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異世界料理道  作者: EDA
第二十七章 朱の月は恋の季節
472/1706

収穫祭と生誕の祝い⑦~結実~

2017.6/9 更新分 2/2 ・6/15 誤字を修正

・本日は2話更新ですので、読み飛ばしのないようにお気をつけください。

・今回の更新はここまでです。更新再開まで少々お待ちください。

「ドンダ=ルウとミーア・レイ=ルウの話って、アイ=ファは覚えてたか?」


 俺がそのように呼びかけてみると、「当たり前だ」という言葉が返ってきた。


「あれはたしか、私が左肘を負傷していた頃だったな。ルウの集落を訪れたダン=ルティムが、私とお前に長々と語ってみせたのだ」


「うん。アイ=ファの記憶力だったら、覚えてるのが当然か」


 ダン=ルティムが語ってくれたのは、ドンダ=ルウとミーア・レイ=ルウの馴れ初めに他ならなかった。

 まだ数えるほどしか顔をあわせていなかった両名が、とある祝宴で結ばれることになった。そのときの言葉が、さきほどのシーラ=ルウとダルム=ルウの言葉と同一のものであったのである。


「しかしシーラ=ルウは、そのような話も知らされてはいなかったのだろうな。たまたまミーア・レイ=ルウと同じ心情になり、同じ言葉を発することになったのであろう」


「うん。そんな感じだったな」


 俺たちは、さきほどと同じ場所で静かに語らっていた。

 シーラ=ルウたちの姿は、すでにない。ダルム=ルウがシーラ=ルウの腕をひっつかみ、広場のほうに戻っていってしまったのである。


 広場では、まだたくさんの人々が陽気に踊っていた。ユーミやテリア=マス、リミ=ルウやターラ、ルド=ルウやラウ=レイ――それに、ミダ=ルウの姿まで見える。誰もが幸福そうであり、生の喜びをこれでもかとばかりに発散させているかのようだった。


「まだまだ宴は終わりそうにないな」


「うむ」


「収穫祭とジバ婆さんの誕生日と、ミダ=ルウたちが氏を授かったお祝いだもんな。どれだけ騒いだって足りなそうだ」


「うむ」


 俺たちがこれ以上この場所に留まっている理由はなかったが、どちらも立ち上がろうとはしなかった。俺としては、人混みの苦手なアイ=ファのために、しばし休息しているつもりだった。


「リミ=ルウの誕生日は、ララ=ルウのときみたいにルウの本家でひっそり行われるんだろうな。それで、今後は収穫祭に参加するのを自粛するとして――それ以外の、婚儀の祝宴とかにも招いてもらうことができたら、嬉しいな」


「うむ」


「俺たちも近在の人たちと一緒に収穫祭を行うようになったけど、俺はやっぱりルウ家の祝宴も大好きだよ」


「当然のことだ。この場には、私たちにとって大事な者たちがたくさんいるのだからな」


 そのように述べてから、アイ=ファはくいくいと俺の袖を引っ張ってきた。

 アイ=ファのほうに視線を巡らせた俺は、思わず「あっ」と声をあげてしまう。


「アイ=ファ、それ……いったいどこに隠してたんだよ?」


「別に隠してはいない。力比べを終えた後、刀と一緒に預けていたのを返してもらい、腰の物入れに入れておいたのだ」


 アイ=ファの右のこめかみに、七色に輝く透明の花が咲いていた。

 俺が生誕の日にプレゼントした髪飾りだ。ガラスのように透き通った石でできたバラのごとき大輪が、かがり火に照らされて美しく輝いている。


「……このような日ぐらいにしか、身につける機会はないからな」


 アイ=ファは横目で俺をにらみつけつつ、そう言った。

 その唇は可愛らしくとがらされており、頬にはうっすらと赤みがさしている。


「綺麗だよ。すごく似合ってる」


「ふん」と鼻を鳴らしてから、アイ=ファは肘で俺の腕を小突いてきた。


「いや、本当だよ。俺たちの収穫祭でも、是非つけてほしいな」


「……狩人である私が身を飾っても滑稽なだけであろう」


「そんなことはないよ。それならいっそ、力比べの後に宴衣装に着替えたらどうだ?」


「……力比べで勇者となれば、しばらくは勇者の席に座し、祝福の言葉を届けられるのだぞ? もしも再び勇者の称号を得られるのであれば、着替えているひまなどあるものか」


「それじゃあ、フォウとスドラの婚儀の祝宴とかは? 近在の人間は何名かずつ招いてもらえるって話だっただろう?」


 アイ=ファは意表をつかれた様子で、目をぱちくりとさせた。


「しかし私は、そもそも宴衣装など持ってはおらん」


「町で買えばいいじゃないか。本来、婚儀の祝宴では宴衣装を纏うのが森辺の習わしなんだろ?」


「……しかし私は、狩人だ」


 アイ=ファは、静かにそう答えた。

 俺は、内側から突き上げてくる感情に従って、微笑んでみせた。


「アイ=ファは狩人だけど、女衆でもあるだろう? アイ=ファみたいに立派な人間は、狩人としても女衆としても幸福になるべきだと思うんだよ」


「…………」


「それでアイ=ファが宴衣装を纏って、他の男衆にまた嫁入りを願われることになっても――俺も一緒に、断るのを手伝うからさ」


「なに?」


「アイ=ファを他の男衆に嫁入りさせるわけにはいかないって、誠心誠意、俺も説得してみせるよ。そうすれば――」


 すべての言葉を言い終える前に、ものすごい力で頭を引っかき回されることになった。

 俺の髪をぐしゃぐしゃにしながら、アイ=ファは真っ赤になってしまっている。


「フォウやスドラの家長らを家に招いた夜のことを、もう忘れたのか? あのような思いをするのは、二度とごめんだ!」


「い、いや、だけど……」


「嫁取りの話が来れば、私が断る! お前がのこのこと顔を出す必要はない! もともと婚儀の申し入れなどは、家長同士で話をつけるものなのだ!」


 最後にぐいんと俺の頭を押しやってから、アイ=ファは自分の両膝を抱え込んでしまった。

 頭の中身まで軽くシェイクされてしまった俺は、目眩をこらえながらアイ=ファに笑いかけてみせる。


「わかったよ。まあ、ジョウ=ランたちの一件があったから、もう近在の氏族からはそういう話もそうそう持ち上がらなそうだよな」


「……いつまでそのような話を続けるつもりだ、アスタよ」


「ごめんごめん。そこまで取り乱すとは思わなくて」


 そのとき、広場のほうから、わあっという歓声が聞こえてきた。

 気づけば、ダンスタイムも終了している様子である。そして。やぐらの上ではまたドンダ=ルウが何かを告げているようだった。


 俺たちは対角線上の一番遠い場所に陣取っているので、その言葉を聞き取ることもできない。ただ、やぐらの上にはドンダ=ルウの他にシン=ルウの姿も見えていた。


 アイ=ファが言っていた通り、森辺で婚儀をあげるには、おたがいの家の家長の承認が必要となるのである。

 だからきっと、ドンダ=ルウとシン=ルウの間で協議が為されて、ひとつの婚儀が認められることになったのだろう。おそらくは、その内容が血族のみんなに発表されたのだ。

 俺は立ち上がり、アイ=ファのほうに手を差しのべた。


「行こう。シーラ=ルウとダルム=ルウにお祝いの言葉を届けないと」


 アイ=ファはまだ少し赤い顔をしていたが、黙って俺の手をつかんできた。


 今日の祝宴はまもなく終わるが、ルウ家ではきっと休息の期間の内に、さらなる祝宴をあげることになるはずだ。

 願わくは、その祝宴にも是非、招いていただきたいものであった。

 それぐらい、俺にとってシーラ=ルウというのはかけがえのない存在であったのだ。


 そのようなことを考えながら、俺は希望と喜びにあふれかえった空間に参じるべく、アイ=ファとともに足を踏み出した。

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