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異世界料理道  作者: EDA
第二十七章 朱の月は恋の季節
470/1704

収穫祭と生誕の祝い⑤~三百と三十日~

2017.6/8 更新分 1/1

・明日は2話更新しますので読み飛ばしのないようにご注意ください。

「おお、アスタではないか! 今までいったいどこに引っ込んでおったのだ?」


 ジザ=ルウと別れて、手近な人だかりのほうに近づいていくと、かまどのそばの敷物に座していた人物から大声で呼びかけられることになった。

 その豪放なる笑いを含んだ声を聞き間違えるわけはない。それはルティム本家の家長の父たるダン=ルティムであった。


「ああ、ダン=ルティム。俺はあちらのかまどで自分の料理を配っていました。石窯を使った料理はもう口にされましたか?」


「うむ! 分家の女衆が運んできてくれたぞ! あのあばら肉は、たまらない美味さであった! まさか、もうなくなってしまったわけではあるまいな?」


「はい。時間を置いてから、もう半分をお出しする予定ですよ」


「そうかそうか! あのように美味いあばら肉を食わされたからには、ルティムの家でも石窯というやつを作らせてもらうしかなかろうな!」


 ダン=ルティムは、ガハハと大笑した。

 俺もつられて笑ってしまう。


「足が動かなくなったと聞いて心配していたのですが、お元気そうなので安心しましたよ、ダン=ルティム」


「うむ? 足は動かんぞ! まあまた数日は杖が必要になるであろうな! 休息の期間であったのが幸いだ!」


 そのように述べてから、ダン=ルティムは「むふう」と満足そうな吐息をついた。


「ガズランは、本当に強くなっていた。ギバを相手にしてもビクともしなかった俺の足がこの有り様なのだから、本当に大したものだ! いよいよ次の収穫祭では、俺もガズランに敗れることになるやもしれん!」


「……かなうことなら、父ダンが足に傷を負う前に勝ってみせたかったものです」


 と、ダン=ルティムの陰からガズラン=ルティムの声も聞こえてきた。

 そちらに目をやった俺は、思わず「あっ」と声をあげてしまう。


「アマ・ミン=ルティム、おひさしぶりです! 身体の具合はいかがですか?」


「はい、おひさしぶりですね、アスタ。お元気そうで何よりです」


 ガズラン=ルティムのかたわらで横座りになったアマ・ミン=ルティムが、穏やかに微笑みかけてくる。彼女と顔をあわせるのは、ずいぶんひさびさであるはずだった。

 そしてその間に、アマ・ミン=ルティムの姿は明らかに変化していた。伴侶のいる証である一枚布の装束に包まれたそのお腹が、わずかにぽこんと大きくなっていたのだ。


「わたしも腹の子も、とても元気です。少し前までは、肉や脂の香りがつらくてしかたがなかったのですが、そういった変調もようやくおさまりました」


 彼女が妊娠を告げてきたのは、去年の紫の月のことだ。それからおそらく、丸5ヶ月は経過していることだろう。お産についてはあまり知識のない俺であるが、そろそろ安定期というものに差しかかる頃合いなのではないだろうか。


 まだお腹がわずかに大きくなっているだけで、他の変化は見られない。ただ、もともと穏やかであったその眼差しには、これまで以上に温かくて慈愛に満ちた光が灯っているように感じられてしまった。


「わたしもアスタの料理をいただきましたよ。先月であれば、乾酪の料理などは香りが強くて口にできなかったかもしれませんが……本当に、どの料理も美味でした」


「それらの料理が、私たちの子の血肉となるのです」


 静かに言いながら、ガズラン=ルティムは伴侶の肩にそっと手を回した。

 幸せそうに微笑んだアマ・ミン=ルティムが、「あら」と目を見開く。


「アスタ、どうされたのですか? どこか身体のお具合でも?」


「ああ、いえ、違います。ちょっと感極まってしまって」


 俺は頬のあたりにまで伝ってきた涙を、手の甲で慌ててぬぐってみせた。

 するとアイ=ファもおもいきり眉をひそめながら、俺のほうに顔を近づけてくる。


「感極まったからといって、たやすく涙など流すものではない。いったい何事かと思ったではないか」


「うん、ごめん。おふたりの幸せそうな姿を見ていたら、なんだか胸が詰まっちゃって。何せ、俺は婚儀の祝宴をきっかけにガズラン=ルティムたちとお近づきになれた立場だったから、なおさらにさ」


「アスタは本当にお優しい気性なのですね」


 アマ・ミン=ルティムはゆったりと微笑みながら、そう言ってくれた。


「まだ子供が出てくるのに数ヶ月はかかるでしょうが、そのときはどうかアスタも抱いてあげてください」


「はい。赤ちゃんに涙をこぼしてしまわないように気をつけます」


 すると、ダン=ルティムもまた大きな笑い声をあげた。


「子供が娘であったときは、是非ともアスタにかまど番の手ほどきをしてもらいたいものだ! 生まれる前からアスタの料理を血肉にしていたのだから、さぞかし立派なかまど番になることだろうよ!」


 大声で笑いながら、ダン=ルティムもうっすら涙を浮かべていることを、俺は見逃さなかった。直情的なダン=ルティムは、婚儀の際にもひとり涙を浮かべていたのである。


 さらにそこには、ラー=ルティムやルティムの次兄の姿もあった。ルティムの人々は、祝宴でもわりあいに近親者で集うことが多かったのだ。

 ただその中に、本家の構成員である最後のひとりが見当たらない。


「モルン=ルティムは一緒ではなかったのですね。調理中、何回か姿は見かけたのですが」


「はい。モルンはレイナ=ルウたちを手伝っていると思います。あちらの『ギバの丸焼き』が仕上がったようですので」


「そうですか。……けっきょくドムの人たちはやってこなかったのですね」


「うむ! 家長会議でどのような結果になろうとも、ドムがルウの祝宴に顔を出すいわれはないはずだと言っておった! どうにもあやつらは、頑固でいかん!」


 そのように述べながらも、ダン=ルティムは愉快げであった。


「まあ確かに、ルティムとドムが血族になろうとも、眷族や親筋は関係ないという話ではあったがな! それにしたって、祝宴に顔を出すぐらいは何の問題もなかろうになあ」


「北の一族は森辺の習わしを重んじますからね。モルンを北の集落に置くことを許してくれただけ幸いなことでしょう」


 モルン=ルティムの件でグラフ=ザザたちと会談をしてから、まだ10日ぐらいしか経過していない。モルン=ルティムは、ずいぶん早々と里帰りすることになったのだった。


「モルン=ルティムは、明日にはもう北の集落に戻ってしまうのですか?」


「うむ! まあ、収穫祭と婚儀の祝祭と、あとは家族の生誕の日にでも戻らせるようにすれば、年に10回ていどは顔を見ることもできるであろう! もっと顔をあわせたくなったら、こちらから出向いてやればいいだけのことだ!」


 モルン=ルティムの一件は、ルティムの人々にも暗い影を落としたりはしていない様子だった。ダン=ルティムやガズラン=ルティムはもちろん、他の人々も笑顔でその言葉を聞いている。


「家長会議では、ガズラン=ルティムの提案が受け入れられるといいですね。とりあえず、ファの近在ではすでに賛同の声があがっていますよ」


「はい。婚儀の話と、猟犬の話と、宿場町での商売の話と、次の家長会議ではなかなか話が尽きないことでしょう」


 ガズラン=ルティムも、悠揚せまらず微笑んでいる。

 そのとき、次兄の奥方がふたつの木皿を手にかまどのほうから戻ってきた。


「アイ=ファにアスタ、お腹が空いているでしょう? こちらの料理をどうぞ」


「あ、ありがとうございます」


 それは、煮付けの料理であった。

 タウ油が使われているらしく、ギバ肉やチャッチやネェノンやオンダが、やわらかい茶色に仕上げられている。最近のルウ家の祝宴にしては素朴な料理であったが、実に美味しそうだった。


 そうしてその料理を口にした俺は、ちょっと驚かされてしまう。

 素朴は素朴であるのだが、なんとも深みのある味であったのだ。

 タウ油と砂糖と果実酒と、あとはミャームーもわずかに使われているだろう。さらに、ギーゴのすりおろしでも加えているのだろうか。煮汁が、わずかにねっとりとしている。


「これは美味しいですね。それに、なんというか……今までになかった細工が感じられます」


 レイナ=ルウやシーラ=ルウであれば、新たな試みに挑むときは、たいてい俺に味見を頼んできていた。しかしこれは、あんまり俺には覚えのない仕上がりであったのだった。


「それは、レイとルティムの女衆でこしらえた料理です。……あ、それに、リリンの女衆もその場にいて、あれこれ指示を出していたように思います」


「リリンの女衆? ひょっとして、ウル・レイ=リリンですか?」


「はい、ご存じでしたか。あの女衆は、ずいぶんかまど番の仕事が巧みであるようですね」


 これならば、ヴィナ=ルウが羨望するのも無理からぬ話なのかもしれなかった。彼女は自分なりの感性で料理をアレンジできるぐらいの腕前であったのだ。


「ここに座っておれば、あちこちから料理が届けられるぞ! アスタとアイ=ファも腰を落ち着けたらどうだ?」


「あ、いえ、半刻もしたら、また仕事がありますので。しばらくは、自分の足でそれぞれのかまどを巡ろうと思います」


「では、宴が終わる前にまた顔を出してくれ! 最近は、なかなかアスタたちとも語らう機会がないからな!」


 俺は非常な喜びを胸に、ダン=ルティムからの提案を了承することになった。

 そうしてガズラン=ルティムたちにも別れの挨拶を告げて、次のかまどを目指す。広場には等間隔で簡易型のかまどが設置されており、そこでさまざまな料理が供されているために、屋台巡りをしているような楽しさを味わうことができるのだった。


 で、次の場で待ち受けていたのは、『ギバの丸焼き』であった。

 しかし、すでに肉の切り分けは終了しており、頭蓋骨までほじられた骨ガラは瓶の中で山積みになっていた。ひょっとしたら、これから猟犬たちに届けられるのかもしれない。


 そして『ギバの丸焼き』のための架台も除去されたかまどでは、新たに運び込まれたらしい『クリームシチュー』がぐつぐつと煮えている。それを配膳しているのは、リミ=ルウたちの祖母であるティト・ミン=ルウであった。


「おや、アスタにアイ=ファ。ようやくそちらも仕事が終わったのかい?」


「はい。今は小休止です。……レイナ=ルウやモルン=ルティムたちは、こちらではなかったですか?」


「レイナたちが『ギバの丸焼き』の仕事を終えたから、今度はあたしの番が回ってきたんだよ。何かあっちの暗がりに引っ込んで、ぼそぼそ喋ってるみたいだね」


 俺は迷ったが、クリームシチューを木皿に半分だけいただいてから、ティト・ミン=ルウの指し示すほうに足を向けてみた。モルン=ルティムが明日に帰ってしまうなら、今の内に挨拶をしておきたかったのだ。


 モルン=ルティムらは、広場の外の家屋の前で身を寄せ合っていた。レイナ=ルウと、それにシーラ=ルウの姿も見える。


「みなさん、お疲れさまです。……えーと、お邪魔でしたか?」


「ああ、アスタにアイ=ファ。いえ、何も邪魔なことはありません」


 振り返ったレイナ=ルウが、にこりと微笑みかけてくる。どうやら深刻な話題ではなかったらしく、俺はほっとした。


「モルン=ルティムとひさびさに会えたので、言葉を交わしていただけです。よかったら、アスタたちもご一緒にどうぞ」


「それはありがとう。でも、どうしてこんな暗がりで語らっているのかな?」


「それは、モルン=ルティムが深刻そうな顔をしていたからですね」


 レイナ=ルウが笑顔でそちらを振り返ると、モルン=ルティムも気恥ずかしそうに微笑んだ。


「はい。わたしはいきなり屋台の仕事を続けられなくなってしまったので、そのことを改めてわびようと思ったのです」


「何も気にする必要はありません。もちろんモルン=ルティムは屋台の仕事も手馴れていたし、一緒に働けなくなったのは残念ですけど……でも、モルン=ルティムの行く末に大きく関わってくることなのですからね」


 モルン=ルティムが北の集落に出立したのは、半月ほど前のことである。それ以降は、ツヴァイの母であるオウラが仕事を引き継ぐことになったのだ。それでも他の女衆が熟練であったために、宿場町での商売もつつがなく回されているはずだった。


「モルン=ルティムはモルン=ルティムにしか果たせないことに取り組んでいるのですから、こちらのことは気にせずに頑張ってください。ね、シーラ=ルウ?」


「ええ、もちろん。……それでドム家に嫁入りすることが許されるようになっても、わたしたちの関係は何ら変わりません」


 シン=ルウ家のかまど小屋で別れて以来、顔をあわせていなかったので、俺は少し心配していたのだが、シーラ=ルウも普段通りの優しげな微笑を浮かべていた。


 そして言うまでもなく、未婚である彼女たちも美々しい宴装束に身を包んでいる。

 もともと容姿の整っているレイナ=ルウはこれ以上もなく華やかで、シーラ=ルウは月の精霊のように可憐であり――そしてモルン=ルティムは、たいそう可愛らしかった。金属よりも花や木の実をもちいた飾り物を多くつけており、先端だけくるんと丸まった褐色の髪を背中に垂らしている。この中では最年少なので、とても初々しい姿であるようにも感じられた。


 だけどやっぱり、最後に見たときよりはいくぶん大人びて見えるだろうか。

 平均よりはふくよかで、手足やお腹もきわめて健康的な丸みをおびたモルン=ルティムである。お顔も赤ん坊のようにふくふくとしており、年齢よりもなお幼く見えるぐらいかもしれない。


 それでいて、モルン=ルティムにはかつてない落ち着きのようなものが芽生えているように感じられた。

 おひさまのように明朗で、見る者の気持ちをなごませる愛嬌などはそのままに、ゆるぎない沈着さまで加えられたような感じなのだ。俺の中で一番似ているように思えるのは、ルウ家の女衆の束ね役であるミーア・レイ母さんかもしれなかった。


「モルン=ルティムが北の集落に移り住んでしまうというのは、とても寂しいことですが……でも、それがモルン=ルティムにとっての幸福であるのなら、わたしは心からの祝福を捧げます」


 シーラ=ルウがそのように言葉を重ねると、モルン=ルティムはわずかに頬を染めた。


「でも、家長会議まではまだふた月以上もありますし、それでガズラン兄さんの提案が受け入れられたとしても、ディック=ドムが嫁入りを了承してくれるかはわかりません」


「モルン=ルティムの嫁入りを断る男衆なんて、そうそういないと思います。何も心配はいりませんよ」


 レイナ=ルウがそのように応じると、シーラ=ルウも「その通りです」と賛同の声をあげた。


「それにわたしは、モルン=ルティムの勇気にも感服しています。たったひとりで北の集落に住まうなんて、なかなかできることではありませんし……そもそも、北の集落の男衆に懸想したことを打ち明けるのにだって、相当な勇気が必要であったでしょう?」


「はい。わたしよりも困難な相手に懸想してしまったスフィラ=ザザの行いが、わたしに勇気を与えてくれたのです」


 とても大人びた眼差しになりながら、モルン=ルティムはそう言った。

 シーラ=ルウは、月の精霊のようにひっそりと微笑む。


「確かにその通りですね。スフィラ=ザザもモルン=ルティムも、わたしにはとてもまぶしく感じられます。……わたしなんて、おふたりとは比べようもないぐらい臆病な人間なのですから」


 レイナ=ルウが、気がかりそうに眉を曇らせた。

 しかしその口が開かれるより早く、シーラ=ルウが別の言葉を口にする。


「それでは、そろそろ広場に戻りましょうか。他のみんなもモルン=ルティムと話したがっていることでしょう」


「ええ、そうですね」


 そうして俺たちは、明るい広場に舞い戻った。

 すると、やぐらのほうからまたドンダ=ルウの声が聞こえてきた。


「宴のさなかであるが、俺とガズラン=ルティムから伝えたい言葉がある! 食事を続けながらでかまわないので、俺たちの話を聞くがいい!」


 見ると、ついさきほどまでくつろいでいたガズラン=ルティムも、やぐらの上に引っ張り出されていた。

 いったい何事かと思い、俺はアイ=ファをうながしてやぐらのほうに近づいてみる。


「今日は、最長老の生誕の日だ! このような話をするのにも、相応しい日であるように思える! 眷族の長たちは、この場に集まってもらいたい!」


 その声に呼ばれて、5名の男衆が進み出た。

 ラウ=レイ、ギラン=リリン、そして、ミン、マァム、ムファの家長たちである。


「いったい何事だ? 堅苦しい話であれば、別の日にしてほしかったものだが」


 恐れを知らないラウ=レイがそのように言いたてると、ドンダ=ルウはやぐらの上で「ふん」と鼻を鳴らした。


「俺とガズラン=ルティムは、貴様と違って道理や習わしというものを重んじているのだ。本来であれば、貴様もこちらの側に立っている立場であったのだぞ、ラウ=レイよ」


「まったく意味がわからんな。まあとりあえず、話を聞かせていただこうか」


 ドンダ=ルウは、青く光る目をガズラン=ルティムのほうに差し向けた。

 ガズラン=ルティムはうなずいて、太くてのびのある声を虚空に響かせる。


「私はルティムの家長となってまだ日が浅いが、ひとつの決断を下すことにした。それをこの場にいるすべての眷族に聞き届けていただきたい。……ツヴァイ、オウラ、家長たちの前に」


 人々がどよめく中、やがてふたつのほっそりとした人影が儀式の火の前に進み出た。オウラとツヴァイの母娘である。


「いったい何だってのサ? アタシたちは、こんな風に晒し者にされる覚えはないヨ?」


 オウラの腕をぎゅっと抱きすくめたツヴァイが、やぐらの上のガズラン=ルティムをにらみあげる。

 ガズラン=ルティムは、そちらに向かって静かに微笑みかけた。


「オウラ、ツヴァイ。ルティム本家の家長ガズラン=ルティムの名において、あなたたち両名にルティムの氏を授けようと思います」


 オウラが、雷に打たれたように立ちすくんだ。

 何かわめこうとしたツヴァイも、ぱくぱくと口を開閉させて、言葉を失ってしまう。

 すると、ざわめきを増した広場に、ドンダ=ルウも蛮声を響かせた。


「家人のミダよ、オウラたちの横に進み出るがいい!」


 遠くのほうから、巨大な人影がのそのそと近づいてくる。

 両手に料理の木皿を持ったまま、ミダはきょとんとドンダ=ルウを見上げた。


「ルウ本家の家長ドンダ=ルウの名において、貴様にはルウの氏を授けよう」


「え……」とミダは、きょときょとと視線を巡らせた。

 その巨体を横目に、ラウ=レイが「なるほどな」と言い捨てる。


「そういうことか。ずいぶん勿体ぶったではないか、ドンダ=ルウにガズラン=ルティムよ」


「抜かすな。家人と迎えたその日に氏を授ける貴様のほうが粗忽なのだ」


 そのように述べてから、ドンダ=ルウはまた声を張り上げた。


「ミダはこの日で、三たびも勇者の座を勝ち取ることになった! ツヴァイとオウラは、ルティムの集落で心正しく生きていると聞いている! これらの者たちを家人に迎えて、およそ300と30日――その心のありようを見定めるのに十分な月日が過ぎたと、俺とガズラン=ルティムは考えた! 血族たる貴様たちにも、どうか賛同してもらいたい!」


 その瞬間、祝宴の開始を告げたときにも劣らない歓声が広場に爆発した。

 俺とアイ=ファの周囲でも、多くの人々が果実酒の土瓶を振り上げている。それで我に返った俺は、心からの拍手を贈ることにした。


「ただひとつ、これにヤミル=レイを加えた4名は、いまだにおたがいを血族として慈しんでいるように見えなくもないが――しかしまた、ルウ、ルティム、レイの家人である4名は、まぎれもなく血の縁を持つ血族でもある! スンの家との悪い縁は完全に断ち切れたとして、貴様たちには氏を授けよう!」


 広場の歓声を圧するような勢いで、ドンダ=ルウはそう述べた。


「今日から貴様たちは、ミダ=ルウ、オウラ=ルティム、ツヴァイ=ルティムだ! この場に上がり、まずはルウの最長老たるジバから祝福を授かるがいい!」


 3人は、おずおずとやぐらの上に上がっていった。

 ミダの手の木皿はガズラン=ルティムに取り上げられて、それぞれジバ婆さんの前にひざまずく。


 ジバ婆さんが祝福の言葉を捧げているようだったが、俺のもとまでその声は聞こえてこなかった。周囲の人々が、いまだに歓声をあげているためである。

 そんな中、アイ=ファが耳もとに口を寄せてきた。


「アスタよ。うかうかと涙を流すなと言っているであろうが?」


「ああ、ごめん……でも、こればっかりはしかたないだろう?」


「何がしかたないものか」


 アイ=ファはしばし迷うような素振りを見せてから、指の腹でそっと俺の頬をぬぐってきた。

 一気に照れくさくなってしまった俺は、逆側の頬を自分の手の甲でぬぐってみせる。


 だけど、視界はまだぼやけていた。

 そのぼやけた視界の中で、ミダたちがこちらに向きなおっている。

 その胸中には、いったいどのような感情が芽生えているのか。それを知るすべはなかったが、俺以上に気持ちを揺さぶられていることに間違いはないはずだった。

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