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異世界料理道  作者: EDA
第二十七章 朱の月は恋の季節
466/1703

収穫祭と生誕の祝い①~ルウの集落へ~

2017.6/4 更新分 1/1

 朱の月の29日。

 その日が、ジバ婆さんの生誕の日であった。

 なおかつルウ家は、その日に収穫祭をも同時に開催することを決定していた。


 ルウ家において、眷族のすべての家人を集める大きな収穫祭は年に一度で、それ以外では7割ていどの家人のみが集められる。本来であれば、今回は小さなほうの収穫祭であったが、最長老の生誕の祝いを兼ねているということで、すべての家人が集められることになっていた。


 なおかつ今回は、ルウ家の人々も屋台の商売を休業にして祝宴の準備に励んでいた。それだけ今回の祝宴には力が入っているということなのだろう。


 ただし、ファの家は商売を敢行していた。

 俺もまた祝宴ではささやかながらにいくつかの料理を供する予定になっていたものの、そちらの準備は商売の後でも十分に間に合う。ならば、ルウ家の人々の手が回らない分、宿場町での仕事を受け持とうと思った所存である。

 それにこれは偶然の産物であるが、翌日は俺たちも5日に1度の休業日であったのだ。それなら、なおのこと奮起するべしと思い至ったのだった。


 というわけで、その日は屋台もひとつ増やして、4種の料理を売りに出すことにした。

 ヤミル=レイの手を借りることもできないし、青空食堂の管理まで果たさなければならないので、屋台の数は4つが精一杯であったのだ。その代わりに、ひと品ずつの数量を増やして、合計700食分の料理を準備してみせたのだった。


 参加メンバーは、これまでに経験を積んできた女衆の全員である。

 屋台の責任者は、俺、トゥール=ディン、ユン=スドラ、フェイ=ベイム。その補助および青空食堂の担当は、ガズ、ラッツ、マトゥア、ミーム、ダゴラの女衆、そしてリリ=ラヴィッツで、総勢は10名だ。


 下ごしらえの問題もあったので、『ギバまん』の販売は差し控えることにした。よってメニューは、『ギバ・カレー』『カルボナーラのパスタ』『ケル焼き』『タウ油仕立てのギバ・スープ』の4品であった。


 面倒なパスタは俺が受け持ち、『ケル焼き』はトゥール=ディン、手間の少ない『ギバ・カレー』と『ギバ・スープ』がそれぞれユン=スドラとフェイ=ベイムである。ふた月半ぶりの参戦となるガズとラッツの女衆は、片方が青空食堂、もう片方が俺の助手をつとめてもらうことにした。カレーとシチューの助手はリリ=ラヴィッツに兼任してもらい、青空食堂には常時3名を置く格好だ。


「すごいですね。なんだか復活祭を思い出してしまいます」


 俺の仕事を手伝いながら、ラッツの女衆は笑顔でそのように述べていた。

 確かに、なかなかの慌ただしさである。客足そのものに変化はないが、屋台が少ない分、集中の度合いが増している。今日はマイムも休んでいたので、普段は6つ出ている屋台が4つに減ったことになるのだ。単純計算で、昨日よりも5割増しの慌ただしさ、ということになるのだろう。


「マトゥアとミームの女衆は、もう一人前に育ちましたか?」


「はい。研修期間のほとんどが雨季でしたけど、もうすっかり一人前ですよ。賃金も他のみんなと同じ額に引き上げましたしね」


「それなら今後は、わたしたちも含めて1日ごとに交代していきたいと思うのですが、いかがでしょう?」


「そうですね。それが公平だと思います」


 このふた月半は、ベイム、ダゴラ、ラヴィッツ、マトゥア、ミームの中から3名が出勤する形態のローテーションであったのだ。その中で、ベイムとダゴラは血族であるのだから、マトゥアとミームの血族であるガズとラッツも同じ割合で出勤してもらうべきだと思えた。


「そうすると、7名の中から3名ということになりますから……ええと……?」


「まあ、2、3日に1回の割合で働いてもらうことになるのでしょうね。それほど大きな変化ではないと思います」


「そうですか。何にせよ、またこうしてアスタたちと働けるのは、とても嬉しいです」


 もちろん俺だって、同じ気持ちであった。

 それに、ルウ家なしで10名もの人間が屋台で働けるというのは、きわめて心強い話である。ちょっと気が早いかもしれないが、次の復活祭もこれでひと安心、といった心地であった。


 そうして着々と料理の数は減っていき、太陽は西へと傾いていく。

 相変わらずの人気である『ギバ・カレー』が真っ先に売り切れかな、というタイミングで、ユーミが姿を現した。


「やあ、すっかり遅くなっちゃった! まだ料理は残ってる?」


「うん、そろそろ『ギバ・カレー』が……って、ユーミ、ずいぶん気合が入ってるね!」


「え、そーお? 復活祭のときと変わらないと思うけど」


 確かに、もともとたくさんの飾り物を下げているユーミであるので、そこまでの変化ではないのかもしれない。が、普段は自然に垂らしている髪を片側だけ結いあげて、半透明のショールを肩から掛けたユーミは、とても豪奢な姿に見えた。


「あんまり気合を入れてると思われたら恥ずかしいなー。髪の飾り物とか、少し外したほうがいいかなあ?」


「いや、よく似合ってると思うよ。それに、今日は森辺のみんなも宴衣装のはずだしね」


 普段の収穫祭では宴衣装を持ち出さないルウ家の女衆であるが、本日は最長老のお祝いも兼ねているため、婚儀の祝宴ばりに着飾るのだと聞かされていた。


「それじゃあ、このままでいいや! せっかくだから、少しは上等な姿を見てほしいしね!」


 ユーミは、無邪気に笑っている。

 森辺における婚儀の重さや難しさというものについては、すでに彼女にも告げていた。生半可な気持ちであれば、自分自身が苦しむことになるはずだ、とユーミも知らされているのである。その上で、ユーミはにこにこと楽しげに微笑んでいた。


「食べ終わったら、そのままあっちで待ってるね! あー、今から楽しみだなー!」


 そんな言葉を残して、ユーミは『ギバ・カレー』と『ケル焼き』を購入していった。

 ラッツの女衆が、きょとんとした顔で俺を見やってくる。


「アスタ、ルウ家の祝宴に招かれたというのは、あの娘ですか?」


「ええ、そうです。復活祭で『お好み焼き』の屋台を出していたユーミですよ」


「はい、覚えています。確かにあの娘ならば、森辺に嫁入りしたいなどと言いだしても、おかしくはないかもしれませんね」


 そのように述べる彼女の顔には、とりたてて心配そうな表情もなかった。ルウ家はすでにシュミラルという異郷の民を家人に迎えていたし、何があろうと族長筋に任せておけばいい、という信頼もあるのだろう。


(すべては森の思すままに、か)


 このたびは、いったいどのような祝宴になるのだろう。

 背中のむずむずするような期待と昂揚感を味わわされながら、俺は最後のパスタを茹であげることにした。


                  ◇


 そうして定刻の、二の刻である。

 予定通りに料理を売り切った俺たちは、後片付けをして《キミュスの尻尾亭》を目指すことになった。

 その道中でドーラの親父さんの露店に立ち寄ると、待ちかまえていたターラがぴょこんと立ち上がる。


「アスタおにいちゃん、お疲れさま! それじゃあ、ターラも行ってくるね!」


「ああ。森辺のみんなに迷惑をかけるんじゃないぞ? アスタ、ターラをよろしくな」


「はい、確かにお預かりします。明日の朝、俺が責任をもって送り届けますので」


 本日は俺とアイ=ファもルウの集落に宿泊し、翌朝にターラたちを町まで送る手はずになっていた。

 ターラもユーミに劣らずに、期待に瞳を輝かせている。オレンジ色のワンピースっぽい装束は普段通りであるが、焦げ茶色の髪に花や金属の飾り物をつけているのがたいそう可愛らしい。


「それでな、こいつをルウ家のみんなに渡してもらえるかい?」


「え? これは何ですか?」


「もちろん、うちでとれた野菜だよ。毎回お世話になるばっかりじゃ申し訳ないからね」


 そんな風に言いながら親父さんが引っ張りだしたのは、ひとかかえもある袋であった。


「そんな、かえって申し訳ないですよ。こちらも親父さんの家には何度もお世話になってるんですから」


「そのときは、アスタたちも色んな食材を持参してくれてたじゃないか。何も遠慮することはないよ」


 そう言って、親父さんは大らかに笑った。


「それにこれは、ルウ家への贈り物だからな。受け取るかどうかはドンダ=ルウに決めてもらっておくれよ。あのお人なら、こいつを突き返すような水臭い真似もしないだろうさ」


「そうですね。では、ルウ家の人たちにお渡ししてみます」


 俺は頭を下げてから、受け取った袋を荷車にしまい込んだ。


「それじゃあ、ターラも乗りなよ。こっちの荷車にユーミも乗ってるから」


「うん!」と元気よく答えるや、ターラはユン=スドラの手を借りて荷台に乗り込んだ。

 その姿を見守っていた親父さんは、目を細めて笑っている。


「俺も一緒に行けないのは残念だけどさ。何ていうか、こういうのはいいもんだねえ」


「ええ、本当ですね」


 先月は、俺たちが親父さんの家を訪ねることになった。そして本日は、ターラたちがルウ家の収穫祭に招かれた。復活祭が終わっても、こうしておたがいの家を行き来できるというのは、本当に素晴らしいことであった。


「それじゃあな。アスタたちも、祭を楽しんでおくれよ」


「はい。それでは、また明日」


 3台の荷車と4台の屋台を引き連れて、俺たちは《キミュスの尻尾亭》を目指す。

 そちらで合流するのは、テリア=マスだ。

 テリア=マスもターラと同じように、普段通りの装束から前掛けを外しただけの姿だった。ただ、髪にささやかな花飾りをつけている。


「なーんだ、テリア=マスも普通の格好なの? こんなときぐらい、とっておきの宴衣装を引っ張り出したら?」


「あ、いえ……そもそもわたしは、宴衣装を持っていないのですよ」


「あ、そーなの!? 言ってくれれば、あたしの衣装を貸してあげたのに!」


 ユーミや森辺の女衆が纏っているのは、町でシム風と呼ばれる露出の多い衣装である。いっぽうテリア=マスが着ているのは、半袖の上衣に膝よりも長いスカートの、いかにも町娘といった感じの装束だ。首もとに丸い襟がついているので、分類としてはジャガル風なのかもしれない。


 たとえ宴衣装でなくとも、純朴そうな風貌をしたテリア=マスが胸あてと腰巻きだけの装束に身を包んだら、いったいどのような姿になるのか――ちょっと想像が難しいところであった。


「何だったら、森辺で衣装を借りちゃったら? 捜せば、予備を持ってる人もいそうじゃない?」


「だ、大丈夫です。わたしがそんなに肌を出したら……その、みっともなくなるだけでしょうし……」


「そんなことないよー。絶対、似合うと思うけどなー」


 性格は違えど、年頃は近くて仲もよいユーミとテリア=マスだ。

 そんなふたりの嬌声を聞きながら、無事に屋台を返却した俺は、ミラノ=マスに頭を下げてみせた。


「それでは、娘さんをお預かりします。明日の上りの四の刻にはお戻ししますので」


「ふん。あまり浮かれすぎないようにな」


 いつも通りの仏頂面で、ミラノ=マスは俺たちを送り出してくれた。

 大通りから東の側に回り込み、森辺への道に差しかかったら、御者台にのぼって、いざ出発だ。


 客人を含めると13名の大所帯であるし、ギルルの荷車はルウ家に逗留することになるので、今日は3台の荷車で町に下りていた。俺と同乗しているのは、客人3名とトゥール=ディンである。

 勾配のきつい森辺への道をのぼっていると、またユーミの陽気な声が聞こえてきた。


「さー、いよいよだね! アスタ、ルウの集落ではもう準備が始まってるんでしょ?」


「うん。料理の準備と、あとはそろそろ力比べの予選も始まってる頃かもね」


「力比べかあ。なんかすごそう! アスタはもう何度もそのお祭りに参加してるんだよね?」


「ルウ家での収穫祭は3度目だね。だいたい4ヶ月に1度ぐらいの周期で収穫祭っていうのは行われてるんだよ」


 最初の収穫祭は、青の月の終わり。スン家における家長会議を終えて、ザッツ=スンを巡る騒動が一段落した頃合いであった。


 あのときは、ルウとルティムの人たちと、あとはラウ=レイぐらいしか気安く言葉を交わせる相手もいなかった。そんな中で、俺は力比べで優勝した人間に料理を捧げるべし、とドンダ=ルウに依頼を受けることになったのである。


 その力比べで優勝したのは、当のドンダ=ルウであった。右肘の負傷が治ったばかりのアイ=ファはダン=ルティムに惜敗してしまい、そのダン=ルティムを打ち負かしたドンダ=ルウが優勝を飾ることになったのだ。


 また、あの頃はサウティに血抜きの手ほどきをしていた時期で、ルティムの集落に逗留していたダリ=サウティも祝宴に参加していたことを覚えている。あとは、アイ=ファに負けたラウ=レイが悔しそうにしていたり、同じく悔しそうにしていたシン=ルウをララ=ルウが励ましていたり――それに俺は、アイ=ファに狩りの仕事をやめさせるつもりはないのかと、ダルム=ルウに詰め寄られたりもした。


 その次の収穫祭は、紫の月の中旬。ちょうど太陽神の復活祭を間近にした慌ただしい時期であった。


 その少し前に、ユーミたちは初めて森辺の集落に足を踏み入れたのである。復活祭が始まってしまうとドーラの親父さんたちも収穫の仕事が忙しくなってしまうため、その時期に交流の晩餐会が開催されたのだった。


 後にも先にも、ファの家にあれほど多くの客人が招かれた日はなかっただろう。町からの客人だけでも6名、そこにリミ=ルウとルド=ルウまでもが加わったのだから、それはもう賑やかなこと、この上なかった。


 その数日後に、ルウ家の収穫祭が行われたのだ。

 あの頃は、ちょうどサウティで森の主を退治した直後であったので、多数の負傷者がいた。アイ=ファ、ドンダ=ルウ、ダルム=ルウ、それに別件で負傷していたダン=ルティムも含めて、4名もの狩人が力比べを辞退することになったのである。


 そんな中、優勝を果たしたのはジザ=ルウであった。

 ここ10年は優勝の座を譲らなかったというドンダ=ルウとダン=ルティムが参加できなかった力比べにおいて、次代の族長たるジザ=ルウが見事に勝ち抜いてみせたのだった。


 あとは、それぐらいの時期からめきめきと力量をあげてきたシン=ルウが、ラウ=レイやジィ=マァムやルティムの次兄などを撃破したことも鮮烈に印象に残っていた。

 それに、客分であるジーダや、これまでは陰に隠れていたギラン=リリンなどが8名の勇者に選ばれることになり、大混戦の様相を呈していたように思う。


 また、力比べ以外に関して言うと、その頃はスフィラ=ザザを筆頭とする北の一族の女衆が収穫祭に参加していた。彼女たちは、かまど番としての腕を磨くために、ルウの集落に逗留していたのだ。

 そして、ひと月ばかりも北の集落におもむいていたモルン=ルティムたちが、収穫祭を機に帰還していた。あの頃に、モルン=ルティムは思慕の情をいっそうつのらせることになったのだろう。


 あれから、およそ4ヶ月半――思えば、さまざまなことがあったものである。

 太陽神の復活祭において《ギャムレイの一座》という奇妙な人々と縁を結ぶことになったり、ドーラの親父さんたちと親睦の祝宴を開くことになったり、家出状態にあったレム=ドムが狩人として認められることになったり、ファの近在でも合同の収穫祭が行われるようになったり、ジェノスの闘技会やダレイム伯爵家の舞踏会に招かれることになったり、俺が病魔で生死の境をさまようことになったり――数えあげたら、キリがない。復活祭と雨季を含むこの4ヶ月半で、俺たちは幾多もの変転や騒動を乗り越えることになったのだった。


「……ねえ、アスタ。あたしの話、聞いてるー?」


 と、ふいにユーミの声が耳に届いてきた。


「あ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた。何の話だい?」


「もー、やっぱり聞いてなかった! 今日はどんな料理を作るつもりなのかって聞いたんだよ!」


「今日の料理か。それはね……後でのお楽しみだよ」


「わー、もったいぶるね! それじゃあ、あたしが当てちゃおっかなー」


「それは無理だね。だって、宿場町どころかルウ家でも初めてお披露目する料理なんだからさ」


 ユーミは「そうなんだー?」とはしゃいだ声をあげた。


「そいつは一番のお楽しみだね! ね、トゥール=ディンはどんな料理だと思う?」


「あ、それはその……ごめんなさい。わたしはファの家でその修練を手伝っていたので、どのような料理であるかは知っているのです」


「あ、そーなの!? そっかー、トゥール=ディンはアスタとご近所さんなんだもんね! ……でも、トゥール=ディンたちが帰っちゃうのは残念だなー。また一緒に眠れるかと思って楽しみにしてたのに!」


「は、はい。収穫祭というのは、もともと血族の祝いですので……理由もなく余所の氏族の人間が招かれることはないのです」


「ふーん。だけど、アスタとアイ=ファはもう3回目なんでしょ?」


「うん。それでもやっぱり、今回の主題は最長老のお祝いだと思ってるよ」


 とはいえ、アイ=ファは力比べのほうにも招かれてしまっていた。前回は負傷で参加することができなかったため、多数の狩人たちから出場を願われてしまったそうなのである。


(まあ、最初の収穫祭でアイ=ファは準決勝まで勝ち抜いちゃったからな。森辺の狩人は、強い相手とやりあうことが誇りみたいだから、誘われちゃうのが当然なのか)


 俺としては、若干の不安が残らないでもない。

 何というか、アイ=ファがジザ=ルウやガズラン=ルティムなどとやりあう姿を、うまく想像することができないのだ。


 また、アイ=ファが優勝でもしてしまったらどうしよう、という焦燥と、アイ=ファが負けてしまったら悔しいな、という思いが、奇妙な風に混在してしまっている。斯様にして、俺は「闘技」というものが、はなはだ肌にあわないのだった。


(俺たちの収穫祭みたいに色んな競技があって、勝ったり負けたりっていうほうが、まだ安心して見られる気がするな。まあ、闘技を重んじるのはルウ家の流儀だから、しかたないけど)


 そんなことを考えている間に、森辺の集落へと到着していた。

 あとは道を北上して、ルウの集落を目指すばかりである。


「あー、懐かしいな、この感覚! 森辺って、なんだか空気が違うよね!」


「うん。草木が多いと、湿度や温度も変わってくるんだろうね」


「やっぱりあたし、ここが好きだよ! ごみごみした貧民窟で生まれ育ったせいなのかな。なんかこう、ぱーっと心が自由になるみたいな気分なんだよね!」


 俺もこの地に移り住んだ当初は、そのように感じていたのかもしれない。

 だけどもう一年近くも暮らし続けて、この地こそが自分の故郷であるという感覚がこの身体には満ちている。電気やガスといった文明の利器や、自動車の排気ガス、熱気のたちこめるアスファルト――そういったものの感触を思い出すことのほうが、今の俺には困難なぐらいであるのだった。


「それでは、わたしたちはここで失礼します」


 ルウの集落の手前で荷車をとめて、俺たちは他の女衆と別れを告げることになった。

 ギルルの荷車から降りたトゥール=ディンは、ユン=スドラが手綱を握るファファの荷車に乗り込んでいく。


「ユン=スドラもトゥール=ディンも、またゆっくりおしゃべりしようね! 今度はそっちのほうにも遊びに行かせてもらうから!」


「はい、楽しみにしています」


 朗らかな笑顔を残して、ユン=スドラたちは立ち去っていった。

 残されたのは、俺とユーミとターラとテリア=マスの4名だ。

 集落を囲んだ樹木の向こうからは、すでに人々の歓声が聞こえてきている。男衆の力比べが行われているのだろう。


「それじゃあ、行こうか。熱気がすごいから、驚かないようにね」


 いずれも楽しげに微笑んでいる3名の客人を引き連れて、俺はルウの集落へと足を踏み出した。

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