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異世界料理道  作者: EDA
第二十七章 朱の月は恋の季節
456/1703

見果てぬ想い②~混迷~

2017.5/9 更新分 1/1

「どうもスフィラ=ザザは、闘技会の祝勝会でレイリスと顔をあわせて以来、ずっと彼の存在が心にひっかかっていたみたいだね。それで、ダレイム伯爵家の舞踏会であらためて交流を結び、それが恋心であったのだと気づかされてしまったみたいなんだ」


 宿場町に到着して、屋台の準備をしている間に、今度は俺が他の人々に説明する役割を担うことになった。ゲオル=ザザが、どうして血相を変えてルウの集落に押しかけることになったのか、みんながそれを知りたがったためである。


「スフィラ=ザザも悩みに悩みぬいた上で、ついに家族に気持ちを打ち明けたらしい。舞踏会ってのは金の月の終わりに行われたから、まるまる2ヶ月以上はひとりで思い悩んでいたことになるね」


 そしてその期間に、北の集落では収穫祭が行われていた。収穫祭においては狩人の力比べや女衆の舞踏などがお披露目されて、それをきっかけに婚儀の話が持ち上がる機会も多い。それでスフィラ=ザザも、いっそう婚儀というものについて向き合う格好になったのではないだろうか。


「だけどさ、そもそもスフィラ=ザザはどうして貴族なんかに懸想することになっちゃったの? 闘技会と舞踏会で、たった2回しか顔をあわせてない相手だったんでしょ?」


 そのように問うてきたのは、ララ=ルウだった。シーラ=ルウやモルン=ルティム、ツヴァイやヤミル=レイなども、自分たちの仕事を進めながらこちらに耳を傾けているようである。


「うん、やっぱり決め手は、彼が闘技会でゲオル=ザザに勝利したことだったんじゃないのかな。ゲオル=ザザってのは、北の集落でも8名の勇者に選ばれるぐらいの実力だったらしいし」


「ふーん? そりゃあ大したもんだとは思うけど、それだけで森辺の女衆が貴族なんかに懸想するものなのかなあ?」


「それだけの実力を持ちながら、普段は穏やかで礼儀正しいっていうのがスフィラ=ザザの好みに合ったのかもね。……そういえば、ララ=ルウも祝勝会ではレイリスと顔をあわせてるんだよね?」


「うん、その貴族のことは覚えてるよ。やたらとシン=ルウに喋りかけてたしね」


 そのように述べてから、ララ=ルウは記憶を探るように「うーん」と視線をさまよわせた。


「確かにまあ……悪い人間には見えなかったかな。あたしが想像してたよりは、だけど」


「ああ、言ってみれば、シン=ルウは彼のせいで闘技会なんかに引っ張り出されちゃったわけだもんね」


「そうそう! 卑怯な真似をしたのはそいつの父親なのに、どうしてシン=ルウが苦労しなきゃいけないんだよ! って、あたしはけっこう頭にきちゃってたからさ」


 確かに当初のレイリスは、父親の犯した罪によって、そうとう思い詰めてしまっていた。が、闘技会でシン=ルウやゲオル=ザザと刀を交えることによって、気持ちにけじめをつけることができた様子だった。舞踏会で再会した折には、憑き物が落ちたように清々しげな笑顔を見せていたものである。


「そういえば、舞踏会ではその貴族とスフィラ=ザザが言葉を交わしている姿を何度か見た覚えがあります。何もおかしな様子ではなかったので、特に気に止めてはいなかったのですが」


 そのように発言したのは、シーラ=ルウだった。

 俺もシーラ=ルウと同様で、ふたりの様子にはべつだん関心を払っていなかった。むしろ、貴族と森辺の民の交流が深まれば幸い、というぐらいの気持ちであったのだ。


「何にせよ、森辺の女衆が貴族に懸想するってのは、ただごとじゃないよね! それでスフィラ=ザザは、貴族に嫁入りしたいとか言いだしちゃってるの?」


「いや、それが許されないのはわかっているし、自分も森辺の集落を捨てる気持ちにはなれない。ただ、どうしてもレイリスを想う気持ちを押し殺すことができないので、自分は森辺の民として間違っているのだと叱りつけてほしい……って、グラフ=ザザに頼み込んだらしいよ。森辺の族長として、自分を正しい道に導いてほしい、っていう感じでさ」


「うわー、そんなこと言われたら、グラフ=ザザのほうこそ困り果てちゃうじゃん! お気の毒な話だねー!」


 ララ=ルウの反応が、俺にはちょっと意外であった。


「グラフ=ザザがお気の毒なのかい? それはまあ苦しい立場だというのはよくわかるけど」


「グラフ=ザザだって、スフィラ=ザザに負けないぐらいお気の毒でしょ! ドンダ父さんだってヴィナ姉の件では頭を悩ませてたけど、これはそれ以上に素っ頓狂な話だもん!」


 なるほど、苦悩する父親として、グラフ=ザザの姿が自分の父親と重なったわけだ。確かにこれは、ヴィナ=ルウとシュミラルにまつわる話よりも素っ頓狂で悩ましい案件であるはずだった。


「それでドンダ父さんやダリ=サウティにまで相談を持ちかけようって考えたってことは、グラフ=ザザもそれだけ困り果ててるってことでしょ。いったいどうなっちゃうんだろうね?」


「うーん、それは俺にもわからないけど……やっぱり貴族と森辺の民で婚儀をあげるってのは、色々な面で難しいんだろうね」


「フン! 貴族が森辺に婿入りなんてするわけはないからネ。ましてや、懸想してるのはスフィラ=ザザのほうなんだからサ」


 ツヴァイなどは、呆れ返った様子で肩をすくめている。

 逆の側では、ヤミル=レイがけだるげに溜息をついていた。


「それにしても、まさかあのスフィラ=ザザがそんな思いを抱え込むことになるなんてね。何が起きるかわからないものだわ」


 この両名は、かつてスン家の人間として眷族のスフィラ=ザザと親交があったのだ。そうしてスン家の罪が暴かれたのちは、スフィラ=ザザに厳しい態度を向けられてもいたのだった。


「よりにもよって貴族に懸想するなんて、トチ狂ってるとしか思えないヨ。ディック=ドムは、いい面の皮だネ」


 ツヴァイがそのように述べたてると、モルン=ルティムが「え?」と反応した。


「ツ、ツヴァイ、ディック=ドムがどうかしましたか? これはザザ家の問題でしょう?」


「ン? スフィラ=ザザは、ディック=ドムと婚儀をあげる予定だったはずだヨ。少なくとも、周りの人間はみんなそう思ってたネ」


 モルン=ルティムはぐらりとよろめき、屋台にもたれかかってしまった。

 ララ=ルウが、慌てた様子でその肩に手をかける。


「どうしたの? 顔が真っ青だよ、モルン=ルティム!」


「い、いえ、何でもありません……そ、そろそろ鍋も温まってきたのではないでしょうか?」


 そのように述べながら、モルン=ルティムはそそくさと自分の屋台に戻ってしまった。

 俺はいくぶん心配になりながら、ヤミル=レイを振り返る。


「あの、スフィラ=ザザとディック=ドムが婚儀をあげる予定だったっていうのは本当の話なんですか? 俺も初耳なのですけれど」


「いや、きっとそうなんだろうなと、そういう雰囲気ができあがっていただけよ。ザザとドムの絆を深めるには最高の組み合わせだし、スフィラ=ザザはディック=ドムの妹であるレム=ドムとたいそう仲良くしていたしね」


 そういえば、レム=ドムのほうはゲオル=ザザとそういう雰囲気であったのだ。レム=ドム本人は否定していたが、少なくともゲオル=ザザの側はそういう気持ちであるようだった。


(その4人はだいたい同じぐらいの年頃なんだよな。それならまあ、そういう話が持ち上がっても不思議はないわけか。ザザとドムの本家同士で、血筋としては申し分ないんだろうし)


 しかしそうなると、今度はザザとドムの関係性が心配になってきてしまう。狩人として生きることになったレム=ドムはゲオル=ザザと婚儀をあげるつもりなどは毛頭ないようであるし、スフィラ=ザザは貴族などに懸想してしまった。ふたつの縁談がいちどきに台無しになってしまうというのは、いかにも不穏である。


(いや、だけど、スフィラ=ザザとレイリスが結ばれる可能性なんてのはほぼ皆無なんだろうし……何も心配することはないのかな?)


 俺としては、話が丸く収まるよう、森に祈るばかりであった。

 しかし、この騒動が決着を見るには、もう数日ばかりの時間とさまざまな苦労を経る必要があったのだった。


                  ◇


 翌日の、朱の月の6日である。

 その日の朝にファの家を訪れたのは、ちょっとひさびさのレム=ドムであった。


「おひさしぶりね、アスタ。元気そうで何よりだわ」


「やあ、レム=ドム。そちらも相変わらずみたいだね」


 昨日のゲオル=ザザと同じように、レム=ドムはトトスにまたがってファの家を訪れていた。時刻は昨日よりもやや早めで、俺たちはちょうど下ごしらえの仕事を終えて、それを荷台に詰め込もうとしているさなかであった。


「申し訳ないけれど、少し時間をもらえるかしら? 例の一件について、あなたの意見を聞きたいのよ」


「例の一件ってのは、もちろんスフィラ=ザザのことだよね? ……トゥール=ディン、申し訳ないけど、積み込みの仕事をおまかせしていいかな?」


「ごめんなさいね、トゥール=ディン。あなたも元気そうで何よりだわ」


 レム=ドムが声をかけると、トゥール=ディンは嬉しげに「はい」とうなずいた。眷族であり、一時期は一緒に働く機会の多かった彼女たちは、意外に仲良しコンビであったのだ。

 トゥール=ディンの他にもたくさんの女衆がいたので、積み込みの仕事は彼女たちに託し、俺たちは家の横にまで移動した。


「本当に、身体のほうはすっかりよくなったみたいね。最後に会ったときはずいぶん痩せ細ってしまっていたから、これでも心配していたのよ?」


「うん、あのときは心配をかけてしまったね。お見舞いに来てくれて嬉しかったよ」


「当たり前じゃない。あなたとアイ=ファには感謝しきれないぐらい世話になっていたもの」


 そのように言って、レム=ドムは静かに微笑んだ。

 レム=ドムは会うたびに、狩人としての精悍さを増していっているように感じられる。それにつれて、以前の荒々しさが抑制されていくように感じられるのが、俺には興味深かった。


 もちろん外見上は、以前よりも逞しくなっているぐらいである。俺より長身で、腕や足には筋肉が目立ち、腹筋も六つに割れている。アイ=ファ以上に女狩人の名に相応しい風貌だ。しかし、その眼差しには落ち着いた光が宿り、表情なども格段に大人びてきているように感じられるのだった。


「それじゃあ、本題に入らせてもらうけれど……あなたもレイリスという貴族とは交流があったのよね、アスタ?」


「うん。顔をあわせたのは2回だけだけどね。サトゥラス伯爵家での会食と、ダレイム伯爵家での舞踏会で」


「ああ、闘技会の祝勝会というやつには参加していなかったの?」


「うん。あれに参加したのは族長筋の人間だけだよ。俺は闘技場の外で屋台を開いて、その後にちょっと観戦をさせてもらったぐらいさ」


「それじゃあ、レイリスという貴族とゲオル=ザザの勝負は見ていたのね」


 レム=ドムは、わずかに身を乗り出してきた。


「それはいったい、どういう形で決着がついたのかしら? ゲオル=ザザはあまり語ってくれないし、しつこく聞くのも気の毒だから、いまひとつ内容がわからないのよ」


「どういう形でって言われると説明が難しいけど……どちらも疲れ果てている状態で、レイリスがぎりぎり勝利をもぎ取った感じかな。ふたりとも、その前の試合が大激戦だったんだよ」


 レイリスはシン=ルウと、ゲオル=ザザはメルフリードと対戦し、激戦の末に敗北してしまったのである。それで両者は、3位決定戦で対戦する段に至ったわけであった。


「印象としては、ゲオル=ザザもシン=ルウも、甲冑を纏って戦うのがすごく窮屈そうだったね。俺なんて闘技に関しては素人だけど、甲冑を纏わずにやりあっていれば、ゲオル=ザザも貴族たちには負けなかったんじゃないかと思ったよ」


「なるほどね。でも、闘技の取り決めに文句をつけても始まらないわ。どのような取り決めであれ、森辺の狩人が敗北するっていうのはちょっと尋常な話じゃないんだろうし」


「それは俺も同感だよ。レイリスもメルフリードも、大した剣士なんだろうと思う。……ああ、そうそう、メルフリードのほうなんて、もともとアイ=ファにはジザ=ルウと同じぐらいの実力者なんじゃないかって言われてたぐらいだしね」


 その言葉に、レム=ドムはきらりと黒い瞳を光らせた。


「そういえば、そのメルフリードという貴族は、スン家の大罪人を斬り捨てた男じゃなかったかしら?」


「ああ、テイ=スンのことか。……うん、その人物で、間違いないよ」


「そうか。そう考えたら、森辺の狩人が貴族に遅れを取ることもありうるってことよね。少しだけ、スフィラ=ザザの気持ちがわかったような気がするわ」


「そうなのかい?」と俺は首を傾げることになった。

「ほんのちょっぴりだけよ」とレム=ドムは肩をすくめる。


「北の集落では、強さこそが正しさであるとされているからね。余所の氏族の女衆よりも、強い人間にひかれるように育てられているのよ。だったら、ゲオル=ザザを負かした貴族に心をひかれてしまってもしかたがないでしょう?」


「うん、まあ、それはそうかもしれないけれど……でもたぶん、レイリスよりはディック=ドムのほうが強い力を持っているんじゃないかなあ?」


「ディック? どうしていきなりディックの名前が出てくるの?」


「あ、いや、スフィラ=ザザはディック=ドムと婚儀をあげる予定だったっていう噂を耳にしたもんだからさ」


「ああ……それは別に、一番相応しい組み合わせであると見なされていただけよ。ザザの上の姉たちはドム以外の氏族に嫁入りしていたから、なおさらね」


 そうしてレム=ドムは、長い黒髪をかきあげつつ、溜息をついた。


「まあ、わたしが嫁入りなどできない立場になってしまったから、ディックとスフィラ=ザザが婚儀をあげてくれれば、一番安心だったけど……しばらくは、そんな話もできなくなってしまうでしょうね。スフィラ=ザザはああ見えて情が深いから、しばらくは他の男衆との婚儀なんて考えられないはずだわ」


「ああ、うん。彼女だってこの2ヶ月間、なんとか自分の恋心を打ち捨ててしまおうと努力したんだろうしね」


「当然よ。貴族と森辺の民が婚儀をあげるなんて、さすがにありえないもの」


 しかしそれでも、昨晩の緊急族長会議は何の進展も見ないままに終わってしまったのだと聞かされていた。

 いっそのこと、レイリスに事情を伝えた上で、はっきり断ってもらったほうが、まだしもスフィラ=ザザも救われるのではないか――いやしかし、サトゥラス伯爵家とはリーハイムとレイナ=ルウの一件でひと悶着あったのだから、こちらの側から色恋沙汰の面倒をかけてはあまりに体面が悪すぎるのではないか――と、さまざまな意見が飛び交ったらしい。


「……スフィラ=ザザ自身は、いったいどんな様子なのかな?」


「表面上は、いつも通りよ。でもきっと、裁きを下される前の罪人みたいな気持ちなんでしょうね。父親であり族長であるグラフ=ザザを悩ませることになって、申し訳なさでいっぱいでしょうし」


 つくづく、気の毒な話である。

 そもそも、自分だけでは想いを断ち切ることができないので、この恋心は間違ったものであると叱りつけてほしい、などというのは、気の毒の極みであろう。


「なんとも悩ましい話だね。外部の人間と絆を結ぶべきだと主張している身としては、心苦しい限りだよ」


「あら、ゲオル=ザザなんかの言葉を真に受けているの? そんな泣き言を言うのはあなたらしくないわね、アスタ」


「うん。これまでの行いが間違っていたなんてことは絶対に思わないけど、スフィラ=ザザの心情を思うと、やっぱりやりきりきれないよ」


「あなたは他人の心情を思いやりすぎよ。……まあ、わたしなんかはそれで大いに助けられたわけだけど」


 そのように述べながら、レム=ドムはずいっと顔を近づけてきた。


「だいたい、他人の色恋に頭を悩ませている場合なの? アイ=ファとは、その後どうなのよ?」


「え? べ、別にどうもこうもないけど」


「そうなの? 病魔でやつれたあなたとそれに寄り添うアイ=ファは、まるで夫婦のように睦まじく見えていたけれどね」


 レム=ドムの顔に、じわじわと猛々しい表情が浮かびあがってくる。以前は、これが彼女の常態であったのだ。


「ねえ、アスタ……あなたにはとても感謝しているし、あなたのように愉快な人間はとても魅力的だとも思うわ。……でも、女狩人として比類の力を見せているアイ=ファは、わたしにとってかけがえのない存在なの」


「う、うん。それはもちろんわきまえているよ」


「……そんなアイ=ファが普通の女衆として婚儀をあげてしまったら、わたしは森辺でたったひとりの女狩人になってしまうのよね」


「そんな心配をしていたのかい? 俺とアイ=ファが婚儀をあげる予定はないよ」


 俺がそのように答えると、レム=ドムはうろんげに眉をひそめた。


「ずいぶんあっさりと言いきるのね。あなたはアイ=ファを女衆としても好いているのでしょう?」


「あ、朝っぱらから俺を追い詰めないでもらえるかな? ……そうだとしても、俺はアイ=ファの気持ちを尊重したいんだよ」


 レム=ドムは、食い入るように俺の瞳を覗き込んできた。


「ああ、そうなの……あなたは相当な覚悟をもって、そのように決断したみたいね」


「うん、そりゃまあね」


「……だとしたら、今度はあなたのほうが気の毒に思えてしまうわ、アスタ」


 レム=ドムの瞳に、また新たな光が浮かぶ。ねっとりとした、見る者を包み込むような妖しい眼差しだ。その舌が、ぺろりと自分の唇をなめている。


「だったらわたしが、あなたの苦悩を少しでもやわらげてあげましょうか、アスタ?」


「き、君のその目つきは苦手だよ。以前にも、そんな目つきでロクでもない提案をしてくれたしね」


「あら、ロクでもない提案とはご挨拶ね。子を生さないように快楽だけをむさぼる手段を教えてあげようとしただけなのに」


 そうしてレム=ドムは、再び悪魔の囁きを俺の耳に吹き込んできた。


「だけど確かに、興味のない女衆と快楽をむさぼりあったって、楽しさは半減だものね……だったらわたしが、その手管をアイ=ファに伝えてあげましょうか……? そうしたら、心ゆくまで愛するアイ=ファと快楽をむさぼることができるわよ……?」


「と、とんでもないことを思いつくんだな、君は!」


 俺はほとんど飛び上がるようにして、レム=ドムから身を離した。


「ぜ、絶対にそんなことはやめてくれ! 俺は非力なかまど番だけど、そんな真似は腕ずくでも止めさせてもらうからな!」


「あら、ずいぶんムキになるのねえ。喜んでもらえると思ったのに……いったい何がそんなに不満なの?」


「ふ、不満に思うのが当たり前さ! そんなの、森辺の習わしに背く行いだろう?」


「これまでさんざん森辺の習わしをくつがしてきたあなたが、そんなことを気にするの? そんなことは気にもならないぐらい、幸福な心地になれると思うのに……」


「ま、万が一にもアイ=ファとそんな関係になってしまったら……俺はたぶん、気持ちに歯止めがきかなくなってしまうよ! そうなったら、君だって困るだろう?」


 レム=ドムは、きょとんと目を丸くした。

 それから、こらえかねたように、ぷっとふきだす。


「あなたは意思が強いんだか弱いんだか、さっぱりわからないわねえ。でも、とってもあなたらしいわよ、アスタ」


「ああ、そうかい。面白がってもらえたのなら幸いだよ」


「そんなに怒らないでよ。あなたが喜ぶと思ってのことなんだから。……別に喧嘩をしてるわけじゃないから心配しないでね、アイ=ファ」


 その言葉に、俺は総毛立つ思いであった。

 で、おそるおそる振り返ってみると……予想通りの人物が、家の陰から姿を現したところであった。


「だったら、何を大声でわめきあっていたのだ? アスタは取り乱しきっているではないか」


「ア、ア、アイ=ファ、いつから俺たちの話を聞いていたんだ?」


「言葉の内容までは聞き取れなかった。私に聞かれては都合の悪い話なのか?」


 アイ=ファの目つきは、明らかにむくれていた。レム=ドムがいなければ、遠慮なく唇をとがらせていたに違いない。

 俺は返す言葉も見つけられぬまま、恨みのこもった眼差しをレム=ドムに突きつける。が、レム=ドムは口もとを押さえて愉快そうに笑っていた。


「あなたたちが相変わらずで安心したわ。どうかわたしのためにも、いつまでもそのままでいてね」


「まったくわけがわからんな。お前などに指図されなくとも、私たちは私たちだ」


 その言葉を素直に喜ぶべきなのかどうなのか、俺は溜息をつかざるを得なかった。

 そんな俺に、今度はアイ=ファがぐぐっと顔を寄せてくる。


「お前が溜息をつける筋合いか。私に隠れて、何かよからぬことを企んでいるのではあるまいな?」


「そんなことは、絶対に企んでいない!」


 俺は朝から心をかき乱されることになった。

 スフィラ=ザザに比べれば、まだしも苦労は少ないほうなのか――まったく判別は難しいところである。


 ともあれ、周りの人間をやきもきさせながら、その日もスフィラ=ザザとレイリスの一件は解決の目処も立たずに過ぎ去っていくことになったのだった。

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