雨季の終わり①~ドーラ家の晩餐会~
2017.4/20 更新分 1/1 ・6/21 文章を修正
城下町でのお茶会を無事につとめあげた後、俺たちは粛々と日々の仕事をこなしていた。
雨季の野菜を使った献立は好評であり、屋台のほうも宿屋のほうも、それなりに健闘することができている。ミラノ=マスやナウディスからは、むしろ雨季の初め頃よりも微妙にお客が増えたぐらいかもしれない、と言ってもらえた。
宿場町そのものの客足は、まあ相変わらずである。町を出入りする旅人がいないことはないが、雨季の前とは比べるべくもない。というか、2ヶ月も経つとだんだんその状況にも慣れてきてしまって、以前の賑やかな人通りのほうこそが遠い記憶になるぐらいだった。
そんな中、俺たちはダレイム領への訪問を決行することになった。
日取りとしては、赤の月の20日。城下町でのお茶会から5日後のことだ。午後の時間をまるまる使えるように、休業日の前日を選ばせてもらったわけである。
屋台の商売を終えた後、参加するメンバーはドーラ家に直行する。ドーラ家の女性陣と一緒に晩餐をこしらえるというのが、その日の眼目であった。ギバの料理をご馳走するだけでなく、トライプのクリームシチューのレシピをお伝えするというのが、そもそもの訪問のきっかけなのだった。
なおかつ今回は、そのまま宿泊するグループと、晩餐を食べ終えたら帰還するグループとで分けられていた。
この晩餐会に参加したがるメンバーは多かったが、その全員を宿泊させていただくというのはあまりに図々しいのではないか、という話に落ち着いたのだ。
何せ今は、祭の最中でも何でもないのである。
時節は雨季であり、農村部の人々はむしろ普段よりも余計な苦労を味わわされている。ドーラの親父さんは気にする必要などないと言ってくれていたが、その言葉を鵜呑みにすることはできなかった。むしろ俺たちは、忙しくしている親父さんたちを美味しい食事でねぎらいたい、という気持ちのもとに、今回の来訪を決定したのだった。
で、参加メンバーである。
宿場町から直行するのは、俺、トゥール=ディン、ユン=スドラ、レイナ=ルウ、リミ=ルウ、シーラ=ルウの6名と、護衛役であるバルシャおよびリャダ=ルウの2名だった。
5日前と10日前にもルウ家は休息の日を入れていたので、さすがにその日は仕事を休まず、手空きのバルシャたちを護衛役につけてくれたのだ。
なおかつ、普段は同時に屋台の当番になることのないレイナ=ルウとシーラ=ルウも、その日だけは顔をそろえていた。休業日の前日であれば下ごしらえの仕事もないので、ふたりが同時に集落を離れることも可能なのである。
そうして日が暮れる頃に、狩人の仕事を終えたアイ=ファたち後続部隊が、ジバ婆さんをともなって訪れる予定になっている。このたびのドーラ家訪問で熱烈に参加を願い出たのは、リミ=ルウとジバ婆さんの両名に他ならなかったのだった。
で、当然のようにその両名は宿泊までを希望している。それを聞いてから、俺もアイ=ファと一緒に宿泊グループに入れてもらうことを願い入れた。ジバ婆さんたちと同じ寝所で眠る機会は少ないのだからと、俺がアイ=ファ説き伏せたのだ。俺が言葉を連ねている間、アイ=ファはずっとごにょごにょと口もとを動かしていたが、決して反対することはなかった。
ということで、まずは先行部隊による晩餐の準備である。
雨の中、ダレイム領のドーラ家を訪れると、かなりひさびさに顔をあわせる奥方たちがにこやかに迎え入れてくれた。
「どうもおひさしぶりです。銀の月の、ルウ家での祝宴以来ですね」
「あれから3ヶ月は経っているのかねえ。あんたもすっかりよくなったようで何よりだよ、アスタ」
ターラの母君と、上のお兄さんの奥方と、そして御祖母である。母君と奥方は明朗なる笑顔であり、御祖母のほうは相変わらずの仏頂面であった。
もうひとりのご老人、親父さんの叔父にあたる人物もそれなりのご高齢であられたが、雨季の間はオンダの収穫や栽培を手伝っているとのことで、姿がなかった。
なおかつ親父さんも宿場町の商売の後、そのまま畑に向かってしまったので、残る家族はターラのみだ。ターラはさっそくリミ=ルウと手を取り合って、幸福そうに笑っていた。
「今日はトライプやキミュスの肉を使った美味しい料理の作り方を教えてくれるんだって? ここ数日はターラが騒いで大変だったんだよ」
「はい。お気に召したら、ぜひご自分たちでも作ってみてください」
原則として、以前に訪れたときはケチャップやマヨネーズなどといった調味料の作製しか手ほどきはしていなかった。一般家庭に押しかけて調理の手ほどきをするなどというのは、ずいぶん思い上がった考えであるように思えてしまったからだ。
しかし、クリームシチューであればギバ肉を使わなくとも美味しく仕上げることができるし、何よりターラが切望してくれている。復活祭を機に交流を結ばせていただいて、はや数ヶ月。ひと品ぐらいは料理の手ほどきをさせていただいても不遜ではないかなと思った次第であった。
「それにしても、なかなかの人数だね。いっぺんに厨に入るのは難しそうだけど、どうしようか?」
「はい。よかったら、こちらは作業に応じて人員を入れ替えさせていただこうかと思います。かまどに入るのは4名で、2名が外に残る感じですね」
「へえ。だけどそうすると、手空きの2人が退屈じゃないかね?」
「その間は、よかったらこちらでお話でもさせていただければと」
俺の言葉にぎょっと目を剥いたのは、無言で話を聞いていた御祖母であった。ドーラ家において、晩餐の支度は母君と奥方の二人でこなすと取り決められているのである。
「お話って、そいつはまさかあたしに言っているのかい? こんな老いぼれと話をしたって、なんにも面白かないだろうよ」
「そのようなことはありません。よければ、ダレイムの畑や野菜について、色々とお聞かせ願えませんか?」
シーラ=ルウが、たおやかに微笑みながら進み出る。
「わたしたちは、野菜について知らないことがたくさんあります。そのお知恵を拝借できたら、とてもありがたいです」
「はい。それに、ダレイムでの暮らしぶりというものについても、もっともっとたくさん聞きたいと思っています」
そのように述べたのは、レイナ=ルウだった。最初の待機組は彼女とシーラ=ルウなのである。
「まずは一刻ほどお願いいたします。その間に、料理の下ごしらえを済ませておきますので」
ということで、ルウ家の2名と護衛役の2名を御祖母とともに広間に残して、俺たちはかまどの間に移動した。
それでもなお、ドーラ家の3名を含めれば総勢7名であるのだから、なかなかの混雑っぷりだ。母君は、リミ=ルウと一緒にターラまでもがちょこちょことついてくるのに気づいて、「おや」と目を丸くした。
「ターラも厨に入るのかい? かまどのそばに寄ると危ないよ」
「でも、火を使わない仕事もあるっていうから、ターラはそれを手伝うの!」
ターラは心から嬉しそうに微笑んでいる。こんな笑顔を見せつけられては、じゃけんに扱うこともできないだろう。母君もまた、目もとに笑いじわをつくりながら「しかたがないねえ」と微笑んでいた。
「それじゃあ、まずはキミュスの骨を煮込むところからね!」
この場の先生であるリミ=ルウが高らかに宣言する。
実のところ、トゥール=ディンやユン=スドラはそのキミュスの骨ガラの扱いを学ぶために、この時間の参加を志願したようなものであった。ミケルからルウ家に伝えられた骨ガラの扱いは、彼女たちもまだ伝聞レベルでしか耳にしていないのだ。
サウティ家でも手ほどき役を担っていたリミ=ルウは、もはやクリームシチュー作りのエキスパートである。屋台で出しているシチューだって、リミ=ルウとレイナ=ルウとシーラ=ルウの3名で完成させたようなものなのだ。立場としてはヴィナ=ルウやララ=ルウと同列ながら、もはやリミ=ルウもルウ家の商売を支える立役者に成長しつつあるのだった。
そんなリミ=ルウの指導のもと、キミュスの骨ガラが煮込まれていく。そうしてその間に、カロンの乳から乳脂をこしらえたり、トライプを煮込んだりという作業も進められる。
カロンの乳に関しては、十分な量を一晩寝かせておくようにあらかじめ伝えてあった。それで分離した脂肪分を土瓶に詰めなおして、ぶんぶんとシェイクさせているターラは、実に楽しそうだった。
「あら、あんたはそんなところで何をやってるんだね?」
と、ふいに母君が素っ頓狂な声をあげた。
格子のはまった窓の外を、リャダ=ルウが横切っていったのだ。
狩人の衣を纏い、頭にバンダナのようなものを巻いたリャダ=ルウは、降りそぼる霧雨の向こうからこちらを見やってきた。
「俺の役目は、護衛役だ。昼間から無法者が現れたりはしないという話だったが、家の中にふたりの護衛役が居残ってもしかたがないのでな」
「だけど、身体が冷えちまうだろう? ダレイムはそんな物騒な土地じゃないし、こんな雨の中を物盗りや無法者なんかが近づいてきたりはしないさ」
「俺も以前は狩人であったので、雨には慣れている。何も気にする必要はない」
そうしてリャダ=ルウは、わずかに右足を引きずるようにして視界の外に消えていった。
「以前は狩人って、今は違うのかい? あんなに立派でお強そうな人なのに」
心配げな眼差しをしている母君に、俺は「はい」とうなずいてみせる。
「リャダ=ルウは足の筋を痛めてしまって、狩人の仕事からは退いているのです。無法者なんかが相手であれば、決して遅れを取ることはないでしょうけれども」
「ふうん。やっぱりギバ狩りの仕事ってのは大変なんだねえ。頭が下がっちまうよ」
「それにしても、町や村ではなかなか見かけないような、素敵な殿方ですね」
などと言いだしたのは、兄君の奥方であった。
いわゆる姑にあたる母君は、「おやまあ」と目を丸くする。
「あんたがそんなことを言うなんて珍しいね! あんな立派なお人と比べられたら、息子のほうが気の毒だよ」
「そ、そういう意味ではありません。自分の親ぐらいの年頃の相手に懸想するはずがないじゃありませんか」
「ああ、ずいぶん若く見えたけど、あたしや主人と同じぐらいの年頃なのかね。気の毒すぎて、あたしは主人と比べる気にもなれやしないよ」
奥方たちはそのように述べ合ってから、楽しそうに笑い声をあげた。
もちろん、軽口の類いだろう。そんな話を俺たちの前で気安くできるぐらい、森辺の民と打ち解けてくれているのだ。
その後もひたすら骨ガラを煮込み続け、野菜の切り分けまで済ませてしまうと、クリームシチューの下ごしらえはいったん終了した。骨ガラから出汁を取るのにはきっちり2時間ぐらいはかかってしまうので、どうしたって途中で手は空いてしまうのだ。
ということで、ここで人員の入れ替えである。
お次はレイナ=ルウたちが厨に入り、ギバの料理を作製する順番であった。
トゥール=ディンとユン=スドラが、その代わりに厨を出る。それに骨ガラのほうも灰汁を取るぐらいしかやることはないので、リミ=ルウとターラにも休憩を入れてもらうことにした。
広間にはバルシャという心強い援軍もいたが、トゥール=ディンは人見知りであるので、ターラたちも参加したほうが会話も盛り上がることだろう。
「お疲れさま。気詰まりになることはなかったかね?」
母君がそのように尋ねると、レイナ=ルウが「ええ」とうなずいた。
「ためになるお話をたくさん聞くことができました。シーラ=ルウは、ちょっと大変そうでしたけど」
「あ、レイナ=ルウ、それは、あの……」
と、シーラ=ルウが赤くなりながら、レイナ=ルウの腕を引っ張る。
そちらを見返しながら、レイナ=ルウは「ふふ」と笑った。
「大変って、何がだね? 何か失礼なことでも言っちまったかい?」
「いえ、シーラ=ルウはもうすぐ20歳になるのに、まだ婚儀をあげないのか、と。……ルウの集落でも、20までに婚儀をあげないと、色々と言われてしまうものなのですよね」
「ああ、あんたは独り身だったのかい? ずいぶん落ち着いてるから、とっくに伴侶をこさえているのかと思っていたよ」
そのように述べながら、母君はじろじろとシーラ=ルウの姿を眺め回した。
「でも確かに、言われてみれば生娘の身体つきだね。腰も細いし、子供を産むのはちょいと難儀かもしれないねえ」
シーラ=ルウは、いっそう真っ赤になってうつむいてしまう。
その姿を見て、母君は「ごめんごめん」と微笑んだ。
「あんたぐらい立派な娘なら、放っておいたって男は寄ってくるよ。慌てておかしな男をつかまえちまわないように、どっしりとかまえていればいいさ」
「はい……」と蚊の鳴くような声で応じながら、シーラ=ルウは恨めしげにレイナ=ルウを見た。
レイナ=ルウは、悪戯小僧のように笑っている。やんちゃな弟や妹が不在な分、その役割を担おうと考えたのだろうか。彼女がこのような茶目っ気を発揮するのは、少し珍しいことだった。
「ちなみにシーラ=ルウは、さきほどのリャダ=ルウの娘さんですよ」
俺がそのように告げてみせると、母君は「あらやだ」と目を丸くした。
「親御さんがすぐそばにいるってのに、失礼なことを言っちまったね。悪気はないから許しておくれ」
「は、はい……」
「本当にさ、器量はいいし料理はうまいし、下の息子の嫁に欲しいぐらいだよ。どんなに仲良くさせてもらっても、嫁や婿って話に持っていけないのは、ちょいとさびしいところだね」
「そうですね。わたしたちは森を母としていますので、外の人間と婚儀をあげることだけは、なかなか簡単にはいきません」
レイナ=ルウは、つつましやかに微笑みながらそう答えた。
しかし、シュミラルは森辺の家人となり、ユーミも森辺に嫁入りすることを夢想している。それだって一年も前には考えることもできないぐらいのことであったのだから、こうして外部の人々と交流を結んでいれば、いつか垣根は崩れるかもしれない。森辺とジェノスの人々にどのような行く末が待っているかは、神のみぞ、森のみぞ知ることだった。
「それでは、料理を作らせていただきますね。せっかくですから、屋台では出していないギバの料理を作ってみたいと思います」
レイナ=ルウのそんな言葉で、作業は再開された。
扉の向こうからは、リミ=ルウやターラたちの楽しそうな笑い声が響いてきていた。
◇
日没の少し前、ドーラ家には予定されていたメンバーが全員顔をそろえていた。
後続部隊は、アイ=ファ、ジバ婆さん、ルド=ルウ、ダルム=ルウ、チム=スドラの5名である。ルド=ルウとダルム=ルウは宿泊する家族たちの護衛役、チム=スドラは帰還組であるユン=スドラたちの送迎役であった。
これで森辺の側の客人は総勢13名。復活祭のときと変わらないぐらいの大人数である。
そうしてドーラ家のほうも8名の家族がそろっており、なおかつスペシャルゲストとしてミシル婆さんが招かれていた。ジバ婆さんが参席すると聞いて、親父さんが招待してくれたのだ。
「ふん。どっちかがくたばる前に、また顔をあわせる羽目になっちまったね」
「ええ、本当にねえ……とても嬉しく思っているよ、ミシル……」
きわめて対極的なタイプであるおふたりが、そんな風に言葉を交わしている。広間にはふたつの大きな卓が出されて、森辺とダレイムの人間が適度に散らばるように席が決められていた。
「それじゃあ、さっそくいただこうか! いやあ、こんな日には汁物の料理がありがたいな!」
ドーラの親父さんの言葉を合図に、食事が開始される。森辺の民は食前の文言を唱えてから、各々の食器を取った。
レイナ=ルウたちが準備したのは、角煮とコロッケとメンチカツであった。
『ギバの角煮』は、10日にいっぺんだけ《南の大樹亭》で販売されるスペシャルメニューである。
そして揚げ物に関しても、コロッケやメンチカツは手間がかかるために屋台で販売されたことはない。コロッケのほうが、かろうじて歓迎の祝宴でお目見えされたぐらいであろう。
屋台の常連客である親父さんやターラにも喜んでもらえるように――そして、歯の不自由なジバ婆さんでも同じものを食べられるように、という思いの込められたメニューであった。
そして、リミ=ルウ自慢の『トライプのクリームシチュー』である。
こちらはキミュスの肉しか使っていないということで、そういう意味ではやはり親父さんたちにとっても初めて口にするメニューであった。
あとはドーラ家の奥方たちが、さまざまな副菜を準備してくれていた。俺たちの伝授したウスターソースやケチャップやマヨネースなども駆使した、炒め物や煮物の料理だ。雨季の野菜たるトライプやレギィやオンダもふんだんに使われているので、俺としては食べるのが楽しみなところであった。
「これがターラの騒いでいた料理か。うん、騒がしくしていた理由がようやくわかったよ」
上のほうの兄君が、ゆったりと笑いながらそのように述べた。
下のほうの兄君は、さらに興奮した面持ちでシチューをすすっている。
「しかも、ギバの肉を使わないでこの美味さだもんな。母さんたちも、この料理を作れるようになったのかい?」
「うーん、どうだろうね。骨ガラやトライプの扱いなんかはどうにかできそうだけど、カロン乳の扱いってのがなかなかややこしくってねえ」
「頼むから、なんとか覚えきっておくれよ。雨季が終わってトライプを使えなくなっちまう前にさ」
「あ、これはトライプを使わなくても美味しく仕上げることができるのですよ。むしろ、もともとある料理にトライプを加えてみた、という仕上がりなのですよね」
俺もその美味しさを堪能させてもらいつつ、口をはさませていただいた。
「手順や分量を忘れてしまうことがあったら、いつでも声をかけてください。どうせターラや親父さんとは毎日のように顔をあわせているのですから、その都度お答えしますよ」
「それこそ、最初の内は毎日尋ねることになっちまうかもしれないなあ」
親父さんが、愉快そうに笑い声をあげる。
そして木皿に取り分けたメンチカツをひと口かじると、その目がめいっぱいに見開かれた。
「これも美味いな! ぎばかつかと思ったら、中身ははんばーぐじゃないか!」
「はい、めんちかつという料理です。これは大量に作るのが大変なので、なかなか屋台で売る機会はないでしょうね」
「いやあ、どれもこれも美味しくて驚かされるな! 今日の疲れが吹っ飛んだよ!」
その隣に陣取ったルド=ルウは、にこにこしながら大好物のコロッケを頬張っている。そしてその横には笑顔のリミ=ルウとターラが並んでいるので、微笑ましいことこの上なかった。
ジバ婆さんにはレイナ=ルウが付き添い、ミシル婆さんやご老人がたと静かに言葉を交わしている様子である。シーラ=ルウとリャダ=ルウとダルム=ルウも、ときおり会話に加わっているようだ。
ドーラ家の兄弟は、向かいの席のバルシャやユン=スドラと意気投合している様子であった。ユン=スドラの隣では、チム=スドラが小柄な身体には不似合いなほどの食欲を発揮している。
で、俺はアイ=ファとトゥール=ディンにはさまれて、奥方コンビと向かい合っている。俺の両隣は寡黙であったが、奥方たちがしきりに話を振ってくれるので、とても楽しい時間を過ごすことができた。
「……それにしても、こんな風に楽しく過ごせるのは、アスタがすっかり元気になってくれたおかげだな」
果実酒も口にしていた親父さんが、やがて大きな声でそう言った。
「あ、ルウ家や他の家の人たちを軽んじてるわけじゃないぞ? アスタにもしものことがあったら、こんな呑気に騒いではいられなかったって意味でさ」
「楽しいさなかに、そんな不吉なことを言わないでおくれよ。果実酒を飲みすぎなんじゃないのかい?」
背中合わせの席にいた奥方が、肘で伴侶の背中をつつく。
「まだ土瓶の一本も空けていないのに酔っ払うもんか。俺はそれだけ、アスタのことを心配してたんだよ!」
「そんなの、この場にいる全員が同じ気持ちだろ。ことさら大きな声で言う必要はないってことさ」
俺は恐縮することしきりであった。
病魔に苦しめられてからひと月以上が過ぎ、身体もすっかり回復してきたが、もちろん健康のありがたみを忘れたりはしていない。こんなに幸福な時間を過ごせるのも、元気な身体があってのことなのだ。
「それでアスタは約束通り、雨季の野菜をこんなに美味しく仕上げてくれたもんな。雨季ってのは厄介な時期だけど、今年は楽しい気分でしめくくることができそうだよ」
「ええ。雨季ももう10日ぐらいで明けるんですものね」
「ああ。5日かそこらはずれこむこともあるけれど、長くったって半月は続かないだろう。この忌々しい天気とも、もうすぐおさらばさ」
確かに雨季では、苦労のほうが多いに違いない。
しかも俺などは、特殊な病魔に冒されるという悲惨な体験をしてしまった。
だけどそれでも、悪いことばかりではない。楽しそうに食事を続ける人々の姿を見回しながら、俺はあらためてそのような思いを噛みしめることができた。




