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異世界料理道  作者: EDA
第二章 半人前の料理道
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⑤半人前の料理道(上)

「……これはどういう茶番なんだ?」とドンダ=ルウの低い声が響く。


「茶番ではありません。3日前にも同じような言葉を述べましたが、今日はあのとき以上に、本心から、この言葉を述べさせてもらっているんです」


 俺は顔をあげ、正座のまま、ドンダ=ルウと相対する。


「俺の料理は、狩人にとって毒にもなりかねないものでした。それを教えてくれたのは、ルウ家の長兄ジザ=ルウです」


 ぎょっとしたようにジザ=ルウがこちらを振り返る。

 こんな御仁を驚かすことができるなんて、俺もなかなかのものじゃないかと思う。


「たぶん、ジザ=ルウが言っていた通りなんです。俺が作ったあの夜の料理は、きっと狩人にとっての『毒』……というのは言い過ぎでしょうから、やっぱり『毒にもなりかねない食事』だったんです」


「待て、アスタ。貴方は何を言っているのだ? 俺が貴方に、何を言ったと?」


「言ったじゃないですか。こんな柔らかい肉ばかりを食べていたら、歯が弱ってポロポロ抜け落ちそうだって。それはたぶん、本当のことなんです」


「ええっ! それじゃあリミ=ルウもジバ婆みたいに歯がなくなっちゃうの!?」


 木皿を両手で抱えたまま硬直してしまうリミ=ルウに、俺は優しく笑いかけてやる。


「いや。1回や2回食べたぐらいじゃ、どうにもならないよ。100回や200回食べてもどうにもならないかもしれない。ひょっとしたら、1000回や2000回でも大丈夫かもしれないな」


「何だ! じゃあ全然大丈夫じゃん! よかったぁ……」


 こちらもたいそう素直な感じで、リミ=ルウはほーっと息をつく。

 やはり、40過ぎのおじさまと7、8歳の女の子には、それぞれ相応な振る舞いがある、ということだ。


 ちなみにその幼児退行のケが見られる禿頭のおじさまは、肉をかじりながら、ふんふんと熱心に俺の話にうなずいている。

 いや、あんたは『ギバ・バーグ』を知らないだろ。


「うん。だから何も心配する必要はない。……でも、リミ=ルウ、お前は3日前に、なんて言ってた? 朝でも夜でもハンバーグを食べて、今までの食事なんてもういらない、とか言ってなかったか?」


「うん! だって、はんばーぐは美味しいんだもん!」


 俺は、ちらりとドンダ=ルウを見た。

 ルウ家の家長は、燃える双眸で静かに俺をにらみすえている。


 ……ふんふんうなずいているおっさんが超絶に鬱陶しい。


「それは、駄目なんだ、リミ=ルウ。毎日毎日、朝から晩までハンバーグなんて食べていたら、本当に歯が弱くなってしまう可能性があるからね。仮にリミ=ルウが大丈夫でも、リミ=ルウの子どもが歯の弱い子どもになってしまうかもしれない。その子どももまたハンバーグを食べ続けていたら、次に生まれてくる赤ちゃんは、もっと歯の弱い人間になってしまうかもしれない。……俺の国の人間は、そうやってどんどん歯が弱くなっていった一族なんです」


 うろ覚えの知識に、ペテンを混じえて。

 俺は真摯に、語り続ける。


「ここで告白させていただきますが、本日のこの肉料理は、俺にとっての失敗作なんです。……何せ俺には、この料理がまともに食べられないのですから」


 みんな、きょとんと目を丸くしていた。

 ルウ家の、ルド=ルウを除く男衆以外は。


「こんな肉は、固くて食べられません。あばら肉は会心の出来だと思いますし、脂の多い肩肉もまあ何とか食べられますけど、モモ肉なんかは本当にしんどいです。俺にはこの半分ぐらいの薄さがちょうどいいですね」


「嘘だあっ! 足の肉だってすっごくむぎゅむぎゅしてるけど、全然固くないよ! リミ、このお肉も大好き!」


「だったら、俺の分まで食べてくれないかな? まだ口をつけてないから。……本当に俺には、無理なんだ」


 目線を戻すと、まだドンダ=ルウは無表情で黙りこんでいた。

 しかたがない。なれない舌先をもう少し回転することにしよう。


「俺は、そういう一族なんです。とうてい狩人にはなれない人間なんです。たとえば、俺の国にも肉体を酷使する仕事に従事する人間がいて、えーと――擬似戦争、とでも言いますかね。剣や盾を使わずに、棒と球を使って力比べ、技比べをする競技があって、それで勝利をおさめることを生業にしている男たちがいるのです」


 何のことを言っているか、おわかりだろうか?

 俺としては、「プロ野球選手」を説明しているつもりである。


「その棒や球を操るときに、男たちは全力を振り絞ります。すると中には、そうして奥歯を噛みしめることによって、歯がボロボロになってしまう人間もいるらしいのですね。そういった人々は、口の中に適度な固さをもった詰め物をふくんで、歯の代わりにそれを噛みしめるらしいです」


 マウスピースのことです、念のため。

 実際は知らないよ。知ったかぶりの親父が、そんな話を聞いたことがある、と嘯いていたのを覚えていただけだ。


 だから歯ってのは本当に大事なんだぞ。たとえば野球選手だけじゃなく、ボクシングの選手なんてのはな――と、話はさらに広がった。

 ゆえに、俺も話を広げる。


「――また、もっと直接的に、拳で殴りあう競技も存在します。その人々も詰め物をしているのですが、歯を守るというのとはまた別の話で。詰め物をしているかしていないかで拳の破壊力が全然違ってくる、なんて話も聞いたことがあるんですよ。手加減なしにぎゅっと噛みしめられるものを口にふくんでいるほうが、普段よりも強い力が発揮できるそうです」


 一同は控えめに食事を続けながら、困惑した顔で俺の話に聞き入っている。

 その中で、やはりドンダ=ルウは不動の無表情だ。


「そんなわけで、『噛む』という行為と『力を振り絞る』という行為には、それぐらい強い関わりがあるわけです。それで俺は、考えなおしたわけですよ。ドンダ=ルウとジザ=ルウが仰っていた言葉の意味を。――これは狩人の魂を腐らせる毒だ、こんなものを食べていては歯が弱って抜け落ちそうだ、という言葉の意味を」


「…………」


「もちろんドンダ=ルウたちもそこまでややこしいことを考えた上でそんな発言をしたわけではないでしょうし、そもそも女衆のララ=ルウだってあんなに柔らかい肉は嫌だと言っていたのですから。単に好みの問題だったのかもしれません。だけど、俺はこんな風にも考えました。――それじゃあ、もしもドンダ=ルウたちが、リミ=ルウたちのように大絶賛で俺の料理を受け容れてくれていたら、一体どうなっていたんだろう、と」


 ここからは、うろ覚えでもペテンでもない。

 俺の、本心だ。

 まじりけのない、俺の真情だ。


「俺の料理には、森辺に存在しない技術が使われていました。そのおかげで、大半の人たちは俺の料理をすごいと言ってくれました。だけど、もしも全員がそんな風に、この料理を認めてしまっていたら――それこそ毎日毎日ハンバーグばかりを食べるようになっていたかもしれない。それを考えたら、俺はぞっとしてしまったんです」


 その考えは、ずいぶん前から芽生えていた。

 アイ=ファが、ハンバーグに固執していたからだ。

 それはとても嬉しいことであると同時に、やっぱり俺を不安にさせる出来事でもあった。


 ハンバーグ以外にも毎日固い干し肉をかじっているのだから、そうそう歯が退化してしまうことなど、ありえないだろう。

 それでもやっぱり、ハンバーグだけに固執するのは、よくないことだ。

 万が一にも、そんな食生活の変化によって、アイ=ファの生命力が損なわれてしまったら――俺は自分で自分をくびり殺したくなってしまう。


 その考えを、ルウ家の人々にもあてはめたのだ。

 俺のような異世界人とひょんなことから関わってしまったルウ家の人々にも、伝えねばならない、と強く思った。


 そうして3日前には、あの光景を目にすることになった。


 雄々しく、猛々しく、ギバを狩るために森へと向かう男たち――あの、野蛮な生命力に満ちみちた姿を見たとき、俺の中の気持ちはさらなる確信を得ることができたのである。


 俺の料理は、毒にもなりうるのだ、と。


「これは俺の国の話じゃありませんけど、酒というものの存在を知らなかった一族に酒を与えたら、その大半が酒なしでは生きていけないようになってしまった、なんて怖い話も聞いたことがあります。俺の料理にそこまでの力があるわけないだろうとも思いますが、それでも俺は怖くなってしまったんです。……俺の料理は、毒にもなりうる、と」


 さあ、そろそろ喋り疲れてきた。

 役者不足の長広舌も、クライマックスに向かわせていただこう。


「だから俺は、俺の知る知識を伝えたいと思いました。柔らかい肉ばかりを食べるのは歯を弱める危険性がある、ということと、ギバの胴体はムントの餌なんかじゃなく、ちょっとした手間をかければこんなに美味しく食べられる食材だ、ということ。それらを踏まえた上で、美味しいものを食べる幸福感を味わってほしかったんです」


 見ると、いつのまにやら食事を終えたアイ=ファは、ドンダ=ルウではなく俺のほうに視線を向けていた。


 何だか、すごく柔らかい光をたたえた目で。


「で、そろそろ種明かししますけど、今日の料理で、俺が実際に自分の手で作ったのは、ジバ=ルウが召し上がっているハンバーグだけです」


「なにぃっ!」と叫んだのは、ダン=ルティムである。

 他の人々も、ごく数名を除いてざわざわとざわめいている。


「ポイタンはレイナ=ルウが、鍋はミーア・レイ=ルウが、そして肉料理はヴィナ=ルウが中心になって作りました。俺は、作り方を指導しただけです。いくつかはまあ焦がしちゃいましたけど、肉は余分に持ってきていたので、問題はありませんでした。お味のほうは、みなさんがご賞味した通りです」


 ものすごい勢いで目線が行き交ったが、最終的にその多くはヴィナ=ルウのもとに留まった。


 それはいずれも賞賛の念がこもった目線であったのに、何故かヴィナ=ルウは長い前髪で表情を隠して、俺のことをにらみつけているような気がした。


「これは肉を焼くだけの単純な料理です。かまどの火加減と理想的な肉の厚さをつきとめるのにずいぶん時間はかかってしまいましたが、一度答えがわかってしまえば、あとはそれを伝えるだけです。ハンバーグほどの手間はいりません。これなら、他の仕事をさほど犠牲にすることなく、毎日の食卓を飾ることもできるのではないでしょうか」


 ふっ――と、何処からか優しい視線を感じた気がした。

 しかし、本来視線などというものに物理的な干渉力はない。だからそれも、俺の一方的な思い込みに過ぎないのかもしれなかったが――


 ドンダ=ルウのかたわらに控えたジバ=ルウが、じっと俺を見つめている気が、した。


 そのジバ=ルウと、ドンダ=ルウと、その場にいるすべての人間に向けて、俺は最後の言葉を投げかける。


「俺としては、狩人の一族たる森辺の民に相応しい献立を考案したつもりです。そしてそれは、俺なんかがいなくても家族が協力しあえば作り上げることができる料理なんです。これでいっそうルウ家の絆が深まれば、こんな得体の知れない余所者の俺が森辺にやってきたことも、毒ではなく薬になりうるかもしれない――そんなことを考えながら、この10日ばかりはひたすら美味い肉の焼き方を勉強していました」


 俺は、膝をそろえて一礼した。


「料理人の出す料理としては、自分で味を確認することもできない言語道断の失敗作ですが、家族で食べる家庭料理としては大成功なのではないかと自負しています。この料理がみなさんにとっての薬となりうれば幸いです。――大事な宴の最中に長々と失礼いたしました。どうぞお食事をお続けください」

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