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異世界料理道  作者: EDA
第二十六章 モルガの御山洗(下)
449/1698

甘き集い、再び①~顔合わせ~

2017.4/17 更新分 1/1

・今回は全6話の更新となります。

 アイ=ファの生誕の日から5日後の、赤の月の15日。

 俺たちは約束通り、お茶会の厨番をつとめるべく、城下町に向かっていた。


 屋台の商売は、休業日だ。城下町のお茶会というものは中天の前後に開かれる習わしになっていたので、休業日にしか引き受けることはかなわないのだった。

 なおかつ、護衛役の狩人もまた、仕事を休まなければ同行することはかなわない。今回その役を担うことになったのは、アイ=ファとルド=ルウであった。


「ルウの家は、5日前にも狩人の仕事を休んでいたよね。今日はルド=ルウだけがお休みなのかな?」


「いや、他の連中も家で休んでるよ。雨季の間は、無理したってしかたがねーからな」


 意外というか何というか、狩人の仕事を休む率というのは、ルウ家が一番高いように思われた。こうした雨季ばかりでなく、負傷者が相次いだときや、ギバの集まりが悪い時期などに、ルウ家はすぱっと仕事を取りやめて身体を休ませる潔さがあるのだ。


 それでいて、ギバの収穫量においては北の一族と並んでもっとも優秀であるはずなのだから、それはもう効率がいいと賞賛する他ないだろう。休むべきときは休み、働くときべきはしっかりと働く。ドンダ=ルウ率いるルウの一族は、そこのあたりの見極めが非常に長けているのだと思われた。


「ルウ家がそういう一族だから、猟犬っていうものもすんなり受け入れられたのかもしれないね。勇猛な上に柔軟な考え方のできるドンダ=ルウっていうのは本当に大したお人だと思うよ」


「なんだよ、本人のいないところでほめたって、なんにもならねーぜ?」


 雨の中、城下町の入り口で乗り換えた箱形のトトスの車で揺られながら、それでもルド=ルウはまんざらでもなさそうに笑っている。


「アイ=ファのほうなんかは、ここ最近もずーっと森に入ってたんだろ? それなら、こーゆーのも骨休めになっていいんじゃねーの?」


 俺とリミ=ルウにはさまれて静かに座していたアイ=ファは、すました様子で肩をすくめた。


「とはいえ、アスタが病魔に犯されていた間は、長きに渡って森に出ることがかなわなかったからな。まだその分の収穫をあげたとは思っていないし、べつだん疲れが溜まっているわけでもない」


「そいつは大したもんだけどよー。うちの親父だって、雨季の間はこうやってちょいちょい休んでるんだぜー?」


「それはドンダ=ルウが多数の血族を率いる身であるからであろう。自分自身に疲れはなくとも、血族に休養が必要だと思えば、それを重んじる。それは家長として正しい行いだ」


「それじゃあアイ=ファも、自分より力のない狩人の家人がいたら休みを入れなきゃとか考えんのかな?」


「そうあるべき、とは考えている。考えても意味のないことだが」


「そんなことねーよ。いつかアスタとばんばか子供――」


「わー!」と俺は大声をあげて、ルド=ルウの言葉をかき消すことになった。

 アイ=ファはびっくりしたように俺の顔を覗き込んでくる。


「いきなりどうしたのだ? 毒虫にでも噛まれたのか?」


「い、いや、そういうわけじゃないけれど」


 ごまかしながら、俺は必死にルド=ルウのことをにらみつけてみせた。

 向かいの席に座ったルド=ルウは、そっぽを向いて舌を出している。


「それで、アスタとばんばか何なのだ?」


「いや、だからアスタとばんばかさ」


「きみたち! 話題を変えようじゃないか!」


 俺が再び大声を振りしぼると、御者台のほうからけげんそうな声が響いてきた。


「どうかされましたか? お気分が悪くなったのでしたら、いったん車をおとめしますが」


「いえ、大丈夫です!」


 俺は大声を出す必要がないように席を立ち、ルド=ルウの隣に移動させていただいた。そして、その耳もとに非難の声を注ぎ込む。


「あのさ、ジバ=ルウが余所の家のことにはあんまり干渉するなって言ってたよね?」


「だって、アスタたちを見てっと焦れってーんだもん。どう見たって好き合ってるとしか思えねーしさー」


「お、お願いだから、そっとしておいてくれないかな? 俺たちは森辺でもきわめて特殊な立場にあるふたりなんだからさ」


 そうして小声で囁き合っていると、アイ=ファが「おい」と不機嫌そうに呼びかけてきた。


「何やら楽しそうだな。仲がよいのはけっこうなことだが、話の途中であった私はのけものか?」


 人目がなかったら、唇のひとつでもとがらせていそうな目つきある。

 すると、隣にいたリミ=ルウが笑顔でその腕に寄り添った。


「そんなことより、今日は楽しみだねー! またアイ=ファといっぱい一緒にいられて嬉しいなあ」


 兄のやんちゃをフォローしてくれたのだろうか。まったくありがたい限りであった。

 そして、少し離れた場所に座っていたトゥール=ディンは、困り気味の笑顔でこの騒ぎを見守っている。


 この5名が、本日のフルメンバーであった。

 以前のお茶会とは、シン=ルウがルド=ルウに入れ替わった格好だ。

 今回もまた「狩人を同行させるなら、なるべく見目のやわらかい若衆を」という要望が伝えられたために、ルド=ルウが選ばれることになったのだった。


 シン=ルウは前回のお茶会で若き姫君に見初められることになってしまったので、あえて外すことになったのだろう。今日は家で家族やララ=ルウたちと温かい時間を過ごしているはずだ。大事な妹の護衛役であり、また、試食の機会も巡ってくるこのたびの役目を仰せつかって、ルド=ルウはとても満足げな様子だった。


 そんな中、トトスの車が動きを止める。

 車を降りると、目の前に白い宮殿が立ちはだかっていた。

 以前と同じ場所、たしか《白鳥宮》という名を持つ小宮だ。今回は玄関口のすぐ手前、石の屋根がせり出たスペースにまで車が進められていたので、雨具を纏う必要もなかった。


 後は前回と同じ手順で、宮殿の内に案内される。

 まずは恒例の、浴堂である。

 男女で部屋が分けられているので、アイ=ファたちとはいったん別行動だ。


 そうして身を清めてお召しかえの部屋に移動すると、また前回と同じ装束が準備されていた。

 俺のほうは白い調理着で、ルド=ルウのほうは白い武官のお仕着せである。


「シン=ルウが着させられたってのはこいつかー。確かにこりゃ窮屈そうだな」


 そのように述べながら、ルド=ルウは何やら楽しげであった。

 そして、美々しいお仕着せが意外に似合っている。稚気にあふれたルド=ルウでもやっぱり容姿は整っているし、それにスタイルが抜群であるのだ。貴族の若君のような、とまではいかないが、衣装に負けていることはまったくない。


 そして部屋を出て少し待っていると、アイ=ファたちも侍女の案内で姿を現した。

 アイ=ファはルド=ルウと同じ武官のお仕着せで、リミ=ルウとトゥール=ディンはちっちゃなメイドさんみたいなエプロンドレスである。

 大事な妹の可愛らしい姿を見て、ルド=ルウは「うひゃひゃ」と笑い声をあげた。


「なんだお前、妙ちくりんな格好だなー! 子供が無理やり大人の服を着てるみてーだぞ!」


「なんだよ、ばかルドー! せっかくほめてあげようと思ったのにー!」


 リミ=ルウは、ぷっと頬をふくらませてしまう。

 意地悪な兄はまだ笑いながら、アイ=ファのほうに目を向けた。


「アイ=ファは何だか妙に似合ってんなー。男みてーなのにすごく綺麗だしよー。男からも女からもすっげーモテそうだなー」


「…………」


「そっちのお前も似合ってんな! そのへんで出くわしたら城下町の人間かと見間違えそうだ」


 トゥール=ディンも反応に困った様子で弱々しく微笑んでいる。

 リミ=ルウはまだ頬をふくらませたまま、そんな兄の足をげしげしと蹴っていた。


「……それでは、貴婦人がたにご挨拶をお願いいたします」


 と、そこで進み出てきたのはシェイラであった。

 アイ=ファの着付けはまた彼女が手伝ってくれたのだろう。とても満足げに、そしてうっとりとアイ=ファの姿を横目で見つめてから、俺たちを回廊にいざなってくれる。


 お茶会では、仕事に入る前に挨拶をさせられるのが通例となっているのだ。

 まあ、これが城下町の通例であるのかエウリフィア個人の通例であるのかはわからない。ともあれ、すべての段取りは前回とすべて同様のものだった。


 ただし、お茶会の会場は以前と異なっていた。

 前回は屋外の庭園であったのだが、今回は屋内であったのだ。

 庭園の会場にも屋根はあったが、やはり雨季のお茶会には適していないのだろう。俺にとっては晩秋ぐらいの感覚であっても、彼らにとってはこれが一年で一番厳しい寒さであるのだ。


 よって、部屋では暖炉に火が入れられていた。

 その上で、貴婦人がたは雨季の前と変わらぬ薄物に身を包んでいる。ただ、それぞれ瀟洒な刺繍のされた肩掛けやひざ掛けなどで冷気から身を守っていた。


「ようこそ、森辺の皆様がた。今日という日を心待ちにしていたわ」


 大きな丸い卓があり、そこに7名もの貴婦人が陣取っていた。

 ただし今回は、全員が見知った顔ぶれであった。それも俺たちは、事前に知らされていた。


 まずはメルフリードの奥方たるエウリフィアと、その幼き息女オディフィアだ。ディアルとアリシュナの客人コンビも顔をそろえている。

 それに、トゥラン伯爵家の当主たるリフレイア。社交の場から遠ざけられている彼女は、今回もまたエウリフィアのはからいで同席を許されていた。


 そこまでが前回と同じ顔ぶれで、残る2名はポルアースの母君であるリッティアと、奥方であるメリムであった。

 シン=ルウに恋心を抱くことになった若き姫君たちの代わりに、今回は彼女たちが招かれることになったのだ。これならば、身分違いの色恋沙汰などでもめる恐れもないだろう。


「おひさしぶりね、アスタ。それにそちらは……あのときの貴婦人、アイ=ファよね。本当に、見違えるようなお姿だわ」


 ころころとしていて小柄な貴婦人リッティアは、柔和な笑みをたたえてそのように呼びかけてくる。ダレイム伯爵家の舞踏会において知遇を得た、とても優しげな壮年の貴婦人である。


「そちらのあなたたちは舞踏会のときと同じお仕着せですね。とても可愛らしいですわ」


 と、メリムはリミ=ルウたちのほうに目を向けて微笑んでいる。

 こちらも小柄で、とても若く見える可愛らしい貴婦人である。本日も淡いピンク色のドレスを纏っており、それがまた実によく似合っていた。


 ということで、彼女たちと初対面になるのはルド=ルウぐらいのものであった。

 そちらには、エウリフィアが笑いかけている。


「あなたが族長ドンダ=ルウの第三子息であったのね。お名前はうかがっていなかったけれど、何度かお姿を見かけたことはあるわ」


「あー、俺は闘技会とかその前とか、しょっちゅう護衛役として城下町に来てたからな。……丁寧な言葉とか使えねーけど勘弁してくれよな」


「ええ、かまわないわ。族長ドンダ=ルウは、本当にお子に恵まれているのね」


 エウリフィアは口もとに手をやって優雅に微笑んだ。

 これで彼女はルウ本家の三兄弟全員としっかり間近から対面したことになる。城下町の女性としては、もっとも森辺の民と縁の深い人物と言えるだろう。


 そうして貴婦人たちのやりとりが一段落すると、待ちかまえていたようにディアルが発言した。


「すっかりお元気になられたようで安心しましたわ、アスタ。最近は仕事のほうが忙しくて宿場町に出向くことができなかったので、とても心配していたのです」


 こういう場だと貴婦人のようなおしとやかさを纏うディアルであったが、その緑色の瞳には隠しようもない安堵の光があった。

 俺も心をこめて「ご心配をおかけしました」と頭を下げてみせる。


「私も、同じ気持ちです。無事な姿、見ることができて、とても嬉しいです」


 ディアルと同じぐらいひさびさのアリシュナも、そのように述べてくれた。東の民たる彼女はディアル以上に内心が読めないが、その真情を疑う気持ちにはなれない。


「……あなたはアスタが病魔に苦しめられている間もギバの料理を届けさせていたそうですね、東のお人」


 と、ディアルが横目でねめつけつつ、アリシュナを牽制した。

 アリシュナは「はい」と無表情にうなずく。


「というか、毎日、ギバの料理、何事もなく届けられていたのです。その後、私、アスタの病魔、知りました」


「ああ、その頃はこちらのトゥール=ディンが中心になって商売のほうを切り盛りしてくれていたのです」


 俺がそのように応じてみせると、トゥール=ディンは慌てた様子で頭を下げた。

「そうなのですか」とアリシュナはわずかに目を細める。


「ぎばかれー、アスタ、同じ味でした。あなた、すぐれた料理人なのですね、トゥール=ディン」


「い、いえ、わたしひとりで作っていたわけではありませんし……わたしなどは、アスタの足もとにも及びません」


「でも、今日はあなたとリミ=ルウが料理人で、アスタが助手なのよね。どのような菓子を食べさせてもらえるのか、とても楽しみにしていたわ」


 エウリフィアも、笑顔で口をはさんでくる。


「今日も味比べで星をつけさせていただくけれど、そちらはあくまでも余興なのだから気にしないでね。今回はロウ家の令嬢も料理人として招くことができたし、きっと素晴らしいお茶会になることでしょう」


 それはおそらく退室の合図であったのだろう。

 だけど俺はあえて鈍感をよそおって、ずっと黙りこくっている最後のひとりに声をかけさせていただいた。


「リフレイア姫もおひさしぶりですね。お元気そうで何よりです」


 ひさしぶりに見るリフレイアは、相変わらずフランス人形のように可愛らしくて、そしてすました表情をしていた。

 その鳶色をした瞳が、静かに俺を見返してくる。

 が、その小さな唇から発せられた言葉は、俺に向けられたものではなかった。


「……エウリフィア、わたしはこのアスタと気兼ねなく言葉を交わすことを許されているのかしら?」


「ええ、もちろんよ。森辺の民との調停役である御二人に代わって、伴侶であるわたしとメリム姫がその言葉を聞いているのだから、ジェノス侯を心配させることにもならないでしょう」


「そう……」とリフレイアは目を伏せた。

 それからもう一度俺の顔を見て、音もなく椅子から立ち上がる。


「森辺の民、ファの家のアスタ。そして、ルウの家のリミ=ルウ。トゥラン伯爵家の当主として、あなたたちにお礼の言葉を述べさせていただくわ」


「はい、お礼の言葉ですか?」


「ええ。あなたたちが美味なる食事を準備してくれたおかげで、トゥランの北の民たちはこれまで以上に満足な仕事を果たせるようになったの。それはきっと、今後もトゥランに大きな力をもたらすことでしょう。だから……あなたたちには、とても感謝しているわ」


 そうしてリフレイアはスカートのフリルをつまむような仕草とともに、貴婦人の礼をした。

 リフレイアが、俺たちに頭を下げたのだ。

 それはきっと、父親のために料理を作ってほしいと願い出たときと、実際にその料理を与えたとき以来の行いであるはずだった。


「あと、これは余計な言葉かもしれないけれど……同じ北の民であるわたしの侍女も、あなたたちの行いにはとても感謝していたわ。血族に喜びをもたらしてくれたのだから、当然の話よね」


 そのように付け加えてから、リフレイアは着席した。

 ひょっとしたら、そちらの言葉のほうこそが、俺たちに伝えたかった内容だったのではないだろうか。彼女も立場上、奴隷の身分にあるシフォン=チェルのことを前面に押し出すわけにはいかないはずであるのだ。


「……そういえば、トゥランに居残っている北の民の人々にも、俺たちの考案した料理が出されるようになったそうですね」


 俺の言葉に、リフレイアは「ええ」とうなずく。


「怪我をしたために森辺まで出向くことのできなくなった女衆がふたりほどいたので、その者たちが他の女衆に手ほどきをすることになったの。だから今では、すべての北の民があなたたちの考案した料理を食べられるようになっているわ」


 ならば、同じようにトゥランに居残ることになったエレオ=チェルも、クリームシチューやフワノ饅頭の食事を食べ続けることができている、ということだ。

 彼のあどけない笑顔を思いだしながら、俺はほっと息をつくことができた。

 リミ=ルウはにこにこと笑いながら、無言で俺たちのやりとりを聞いている。


「それでは、菓子の準備をお願いするわ」


 鷹揚に微笑みながら、エウリフィアがうながしてきた。

 俺たちは一礼して、貴婦人の部屋を後にする。


「……部屋の奥の布の向こうに、うじゃうじゃ兵士が隠れてるみたいだったな」


 と、回廊を歩きながら、ルド=ルウがアイ=ファに耳打ちしている声が聞こえてくる。


「で、きっとその中には、あのサンジュラってやつもいるんだよな。今さら城の人間が喧嘩を売ってくるとは思わねーけど、ちっとばっかり落ち着かねーな」


「案ずることはない。今のお前なら、あのサンジュラという男に遅れを取ることはないだろう」


「そうなのかな。ま、昔より力をつけたって自信はあるけどよ」


 ふたりがそんな言葉を交わしている内に、厨に到着した。

 シェイラの手によって扉が開かれると、甘い香りがふわりと漂ってくる。何か果実を煮込んでいる香りだ。


 そしてその香りの向こうには、ひさびさに見るシリィ=ロウとロイの姿があった。

 まあ、白い覆面をすっぽりとかぶっていたので確証は持てないのだが、背格好からして間違いはないように思う。俺たちが厨に踏み込んでいくと、かまどで鍋を煮立てていたロイと思しきほうが「よお」と声をかけてきた。


「ちょいとひさびさだな。ひどい病魔に見舞われたって話だったのに、すっかり元気そうじゃねえか」


「はい、おかげさまで。すっかり元の体調を取り戻せたようです」


「そいつは何よりだったな。ヴァルカスなんかは、たいそう心配してたからよ」


 すると、近くの作業台でフワノの粉を練っていたシリィ=ロウらしき人物が、とげのある視線で俺たちを見比べてきた。


「挨拶をするのは作業の後にしていただけませんか? 火加減をしっかり見ていることができないなら、わたしと代わってください」


「ちょいと目を離したぐらいで焦げつくわけじゃねえだろ。お前だってヴァルカスに負けないぐらいオロオロしてたくせによ」


「わ、わたしはオロオロなどしていません!」


 白覆面に丸く空けられた穴の向こうで、シリィ=ロウの目もとの肌が赤くなっている。

 そちらに向かって、俺は頭を下げてみせた。


「それでは、ご挨拶は仕事の後に。……どうもご心配をおかけしてしまって申し訳ありませんでした。


「だ、だから心配などしていないと言っているのです!」


 だいぶんシリィ=ロウの気性というものがわかってきた俺なので、その言葉に悲しい気持ちを誘発されることはなかった。

 ともあれ俺たちも、貴婦人がたのためにとっておきのお菓子をこしらえなくてはならなかった。

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