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異世界料理道  作者: EDA
第二十六章 モルガの御山洗(下)
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雨の恵み②~試食~

2017.3/10 更新分 1/1 ・3/11 誤字を修正 ・6/26 誤字を修正

 あっという間に時間は過ぎて、およそ二の刻を回ったあたりである。

 かまどの間の卓の上には、俺たちの試行錯誤の結果がずらりと並べられていた。


 ルウ家の4名は屋台の料理での使い道を優先的に考案し、その他の人間は晩餐での使い道を考案した。すでにこれらの食材には慣れ親しんでいたマイムはミケルのアシスタントに徹し、俺たちの調理をこまかくサポートしてくれていた。


「とりあえず、炒めたオンダは屋台で出す香味焼きにとても合いそうです。ナナールとの相性も悪くはないようですし」


 つい数日前から売りに出された、香り豊かな『ギバ肉の香味焼き』である。シムの香草や果実酒に漬け込んだギバ肉を鉄板で焼いて、フワノの生地でくるむ料理だ。これには千切りのティノが使えない代わりに茹でたナナールがはさみ込まれていたが、レイナ=ルウたちはそこにモヤシのごときオンダを加えることに決定したようだった。


「オンダも肉やアリアと一緒に漬け込んでおこうと思います。そのほうが、味が馴染むような感じがしましたので」


「ああ、これはいいね。香草の強い風味をまたいい意味で中和してくれているように感じるよ」


 それに、くったりと茹でられたナナールだけではあまり食感に変化がないので、オンダのシャキシャキとした歯ざわりがここに加わるのは、とても素晴らしいように思えた。


「レギィのほうは、アスタの言った通り皮を少しだけ削っておくと、『モツ鍋』でも無理なく使えそうです。やはりレギィは、皮のほうが苦くて土臭いようですね」


「うん。その皮はこんな風に仕上げてみたよ」


 俺とユン=スドラが作り上げたのは、ゴボウのごときレギィとニンジンのごときネェノンを使った『きんぴらレギィ』であった。タウ油と砂糖と果実酒で煮込み、最後に金ゴマのごときホボイの実をちょっぴりだけ掛けている。副菜としては十分な出来であるし、これを挽き肉とそぼろ煮にするのも悪くないだろう。


「さすがに皮の部分だけだと味がかたよってしまうから、別のレギィから中身の部分も加えているけどね。これはなかなかお酒にも合うんじゃないのかな」


「ああ、それほど甘くはしていないのですね。でも、苦みや土臭さも強くは感じませんし、美味だと思います」


「うん、おいしーねー! 別に黒い色とかも気になんないし!」


 俺としては、むしろ真っ赤な表皮の色合いが新鮮なぐらいであった。

 表皮の赤、中身の灰褐色、ネェノンのオレンジ色が、タウ油の茶色でほんのり色付けされている格好である。


「タウ油の色でごまかせてるってのもあるし、それに、切ってすぐ煮汁につけてしまったからね。長い時間、空気にさらさなければ、それほど黒ずむことはないと思うんだよ」


 これぐらいは解答を示してもかまわないだろうと思いながら、俺はそのように説明してみせた。


「『モツ鍋』のほうも美味しいね。これぐらいの土っぽい風味は、俺はまったく気にならないよ」


「ええ、そうですね。……ただ、土臭さを嫌う人間にとっては、これぐらいでも気になったりはしないでしょうか?」


「うーん、そうだなあ。俺の故郷でも、レギィとよく似た野菜は酢水につけたり、あるいは軽く水にさらしたりして、灰汁取りをされることが多かったんだよね。軽く水にさらすぐらいなら、それほど滋養を失うことにもならないだろうしさ」


「そうですか……」


「うん。でもさ、普通の鍋料理でも煮込んでいる最中に灰汁を取ったりするだろう? 灰汁を雑味とみなすか滋養とみなすかは、わりと作る側のさじ加減だと思うんだよね。徹底的に灰汁取りをして上品な味を目指すっていうのも、決して間違ったことではないと思うしさ。レギィに関しても、そこまで神経質になることはないと思うよ」


 そこで何か視線を感じたので振り返ると、木箱に座ったミケルがじっと俺をねめつけていた。


「……城下町では、その上品な味やら見た目やらが求められているんだろう。だから、酢水にひたして黒ずむのを防ぎ、黒く濁った汁はのきなみ捨ててしまうのが主流だったわけだ」


「ああ、きっとそうなのでしょうね。……ちなみにミケルも下ごしらえには酢水を使っていたのですか?」


「ああ。ただし、黒く濁って土臭くなった酢水は、もっと強い味と色をつけて、別の料理に使っていたがな」


「なるほど、そういう考え方もあるのですね」


 感心したように、レイナ=ルウが目を見開いた。


「それだったら、酢は入れないで水だけにひたして、その水を煮汁で使ってみるとか……そうすれば、あますことなくレギィの滋養を口にすることができますものね」


「あとでもう一度、試してみましょう。『モツ鍋』もそれなりに味は強いので、レギィの土臭さがついた水でも味を壊されることはないかもしれません」


 やはりレイナ=ルウとシーラ=ルウの料理に対する熱意というのは、森辺の民の中でひとつ飛び抜けているような感じがした。

 いや、もちろんこの場にいるメンバーであればみんな強い熱意は持ち合わせているのだが、探究心という一点においては、やっぱりこの両名が秀でているように感じられてしまう。


 ただし、そうであるからといって、他のみんなの熱意が否定されるものではない。

 それを証明するかのように、リミ=ルウが元気いっぱいに「できたー!」と声をあげた。


「どーかなどーかな? リミはすっごく美味しいと思うんだけど!」


 リミ=ルウは、おもに俺の監修のもとに、まったくの新メニューに取り組んでいたのだった。

 レイナ=ルウたちの手伝いをしていたミーア・レイ母さんが「おやおや」と声をあげる。


「こいつは立派な煮汁だね。なんだか、とてつもなく美味しそうな気がするよ」


「トテツモナク美味しいもん! ねー、食べてみてー!」


 リミ=ルウが、鉄鍋の中身をせっせと木皿に取り分けていく。

 内容は、カボチャのごときトライプを使ったシチューである。

 それを口にした瞬間、ユン=スドラが「うわあ」と感嘆の声をあげた。


「すごく美味しいです! トライプを使った煮汁というのは、こんなに美味しいものなのですね!」


「いやあ、こんなにトライプを美味しく仕上げられたことはなかったよ。リミ、あんたはアスタから何を教わったんだい?」


「えへへー。これはね、くりーむしちゅーなの! くりーむしちゅーにトライプを使ってみたんだよ!」


 俺が北の民のためにクリームシチューをこしらえたために、リミ=ルウも間接的にそのレシピを学んでいた。俺はそこからさらに入念な手ほどきをして、なおかつトライプを使った応用編にまで踏み込んでみたのである。


 トライプは脱脂乳と一緒に煮込み、スープ状に仕上げた上で、完成品のクリームシチューとブレンドさせて、そこから塩とピコの葉で味を整えたのだ。

 具材はシンプルに、チャッチとネェノンとアリアである。ギバ肉は、バラと肩の2種を使っている。


「これは……美味ですね。わたしも先日、北の民のためのしちゅーというものを口にさせてもらいましたが……それと比べても、はるかに美味です」


 レイナ=ルウも、驚きを隠せない様子である。


「これは乳脂だけじゃなく、贅沢にクリームも使ってるからね。やっぱりコクに違いが出るのかな」


「トライプとカロン乳でとても甘く仕上がっているのに、ギバの肉ともとてもあっているようです。このしちゅーも、やはり砂糖などは使われていないのですか?」


「砂糖も果実酒も使っていないよ。トライプとカロン乳のみの甘さだね」


 誰もが驚きの表情であったが、ひそかにそれが一番強かったのは、誰あろうミケルとマイムであった。


「本当に、目を見張るような美味しさですね! わたしはこれほど見事にトライプを扱うことはできません! ね、すごいよね、父さん?」


「……これが城下町の料理屋で出されたところで、俺は何も驚かなかっただろうな」


 ミケルは軽く息をついてから、じろりとリミ=ルウを見た。


「マイムよりも幼い娘にこれほどの料理が作れるとは思わなかった。まったく、恐れ入ったな」


「やー、リミはアスタに教わった通りに作っただけだし!」


 珍しく、リミ=ルウは恥ずかしそうに身をよじっていた。

 それぐらい、ミケルの言葉が嬉しかったのだろう。

 そうしてみんなが試食分のシチューをたいらげたところで、レイナ=ルウが静かに言った。


「あの、屋台で売りに出す汁物料理はルウ家にまかせるとアスタは仰っていましたよね。では、この料理を屋台で出すおつもりはないのでしょうか?」


「え? ああ、うん。これは森辺の晩餐のためにと思って考案した料理だよ」


「では……わたしたちがこの料理を屋台で出すことを許していただけますか?」


 俺は、きょとんとしてしまった。


「それはもちろんかまわないけど……でも、せっかく『ミャームー焼き』を取りやめて、自分たちの料理だけで商売をすることができるようになったのに、いいのかい?」


「雨季ではやっぱり雨季の野菜を使った料理が喜ばれると思うのです。それに、わたしたちがアスタに対抗して意地を張るなんて、そんなのは馬鹿げているではないですか」


 レイナ=ルウは、とても大人っぽい表情で微笑んだ。


「わたしたちはまだまだアスタから手ほどきを受けている身です。自分たちではまだトライプを使ってこれほど優れた汁物料理を作ることはできそうにありませんので、アスタの力をお借りしたく思います」


「それじゃあ、今の『モツ鍋』やレイナ=ルウたち独自のシチューはどうするのかな?」


「それらも、1日置きに出したいと思います。あれらの料理も、きっと宿場町の人々には喜んでもらえているでしょうから」


 そういうことならば、俺にもまったく異存はなかった。


「それじゃあさ、最低限の作り方はもうリミ=ルウに伝授しているから、あとはレイナ=ルウたちの好みで色々と模索していけばいいんじゃないのかな。正直に言って、これは俺にとってもそれほど手馴れた料理じゃないから、トライプの分量とかもけっこう出たとこ勝負だったんだよ」


 それから俺は、ミケルは振り返る。


「あと、ミケルにご相談があるのですが……レイナ=ルウたちに、キミュスの骨ガラで出汁を取る方法を手ほどきしていただけませんか?」


「キミュスの骨ガラで? お前さんたちは、ギバの骨で立派な出汁を取る方法を考案したばかりじゃなかったのか?」


「はい。ですが、この料理にはギバよりキミュスの出汁のほうがあうような気がするのですよね。ギバの骨ガラの出汁というのはなかなかクセが強いので、味を壊してしまいそうな気がするのです」


「ふむ……」


 ミケルが考えている間に、今度はレイナ=ルウたちへと呼びかける。


「実は前々から、クリームシチューにはキミュスの骨ガラの出汁を使ってみたいと思っていたんだ。たぶん、そいつを使えば、クリームシチューもトライプシチューも格段に美味しく仕上げられると思う。俺としては、さっき食べてもらったシチューも不完全な状態なんだよ」


「あれで不完全なのですか」


 レイナ=ルウもシーラ=ルウも驚きを隠せずにいる。

 そうしてふたりは、同時にミケルを振り返った。


「ミケル。もしもキミュスの骨ガラの扱い方というものをご存じなのでしたら、それをわたしたちに手ほどきしてくださいませんか?」


「そういえば、マイムも自分の料理ではキミュスの骨ガラを煮込んでおりましたよね。あれはカロンの乳を使っていますし、くりーむしちゅーという料理と似た部分をたくさん持っているように感じられます」


「……汁物料理を上等に仕上げたかったら、上っ面よりも出汁を重んじるのが当たり前のことだ。お前さんたちの汁物料理が上出来なのも、ギバや野菜から十分に出汁を取れているからなのだろうさ」


 そのように述べてから、ミケルはマイムの小さな頭に手の平を乗せた。


「骨ガラの扱いを学びたいのなら、朝方にこいつの調理を覗いてみればいい。そこに言葉を添えてやれば、さして苦労もなく扱い方を覚えることもできるだろう」


「ありがとうございます、ミケル!」


「……だから俺は、ルウの家に恩義を返しているだけだ」


 あくまでも仏頂面で、ミケルはそのように言っていた。

 とりあえず、トライプシチューに関してはそれで一段落であるようだった。


 あとは、オンダを使った炒め物や、トライプとギバ肉のそぼろ煮など、森辺の晩餐で活用できそうなメニューを俺たちがお披露目してみせる。

 そうして最後に残されたのは、デザートである。

 後半は、トゥール=ディンとユン=スドラもずっとそちらにかかりきりになっていた。トライプを使ったさまざまなデザートだ。


 もともと甘みの強いトライプは、実にさまざまな使い道があった。フワノの生地にペーストを練り込んでもいいし、カロン乳のクリームにブレンドしてもいい。あとは甘いトライプソースをこしらえて、チャッチ餅や蒸しプリンに掛けるという手立てもあった。カカオのごときギギの葉にも劣らない汎用性である。


「おいしー! リミにも作り方を教えてー!」


 9名中の3名が甘みを大好きな少女であるのだから、盛り上がりようも尋常ではない。そして、ここでもミケルにうなり声をあげさせることができていた。


「そうか。城下町の貴族に名指しで呼びつけられているのは、そこの娘だったな。確かにこれでは、お抱えの料理人になるように誘われても不思議はないだろう」


 そこのあたりの事情はマイムからも聞かされているのだろう。トゥール=ディンはリミ=ルウよりもさらに強烈に縮こまることになってしまった。


「ちなみにそいつはどういった貴族なんだ? あまり身分のある人間に目をつけられるのは、喜ばしいばかりでもないだろう」


「えーと、実はそれはジェノスの領主のお孫さんなんですよね。まだ5歳だか6歳だかの幼き姫君なのですが」


 ミケルは呆れ果てたように溜息をついた。

 よく考えたら、オディフィア姫は侯爵家の直系の血筋であるのだ。それで父たるメルフリードは第一子息であるのだから、下手をしたらオディフィア姫の伴侶となる人間が次の次の領主に選ばれるのかもしれなかった。


「……トゥール=ディンは、未来の侯爵夫人のお眼鏡にかなってしまったのかもしれないんだね」


 俺が余計なことを言ってしまったばかりに、トゥール=ディンは青くなったり赤くなったりで大変なことになってしまっていた。


「大丈夫だよ。メルフリードがいる以上、オディフィア姫だって無茶な真似はできないんだから。……でも、10年後ぐらいにもトゥール=ディンは月に1回ぐらい城下町に呼びつけられて、オディフィア姫に美味しいお菓子をふるまっているのかもしれないね」


 15、6歳のオディフィア姫と21歳ぐらいのトゥール=ディンを想像して、俺も思わず感じ入ってしまう。

「も、もう勘弁してください……」と、トゥール=ディンは力なく俺の腕に取りすがってきた。


「ごめんごめん。でも、どのお菓子も美味しかったよ。俺はこのトライプクリームの焼き菓子が一番お気に入りだね」


「リミはねー、チャッチ餅! あーでもフワノのお菓子も美味しかったなー」


「わたしはとうてい選べません。早くみんなにもこの美味しさを伝えたいです」


 リミ=ルウとユン=スドラはすっかりはしゃいでしまっている。

 そして、レイナ=ルウもまた、晴ればれとした表情で俺を振り返ってきた。


「アスタやミケルたちのおかげで、雨季の間も美味なる料理をぞんぶんに作れそうです。今日は本当にありがとうございました」


「うん。勉強会の1日目としては上出来だよね。これならティノやタラパを使えない物足りなさも何とかできそうでよかったよ」


「ああ、本当にねえ。特にあたしらの家は茶の月に生まれた人間が多いから、普段以上に立派な料理をこしらえたいところだったんだよ」


 ミーア・レイ母さんも、笑顔でそのように述べてくる。


「へえ、茶の月ももう21日ですが、これから生誕の日を迎えるご家族が多いのですか?」


「ああ。何故か後半にばっかり固まっていてね。家長とジザとルドとヴィナと、おまけにコタまで増えちまって、5つも生誕の宴が控えているのさ」


 わずか10日足らずでその人数というのは、確かに尋常な話ではなかった。

 すると、リミ=ルウが俺の袖をくいくいと引っ張ってきた。


「そういえば、アイ=ファももうすぐ生誕の日だね! アスタ、ちゃんとわかってる?」


「あ、そういえば赤の月としか聞いていないんだよ。リミ=ルウは日にちまで知っているのかい?」


「もちろん! アイ=ファが生まれたのは、赤の月の10日だよ!」


 赤の月は、来月なのだ。それならば、アイ=ファの誕生日までもう20日ていどしか残されていないことになる。


「それじゃあ、ファの家でもご馳走を用意しないとね。ありがとう、リミ=ルウ」


「どういたしまして! きちんとアイ=ファを祝ってあげてね! ……そういえば、アスタの生誕の日はいつなの?」


 これはちょっと即答の難しい質問であった。


「うーんとね、俺の故郷とこの大陸は暦の数え方が違っているんだよ。3年に1回だけ13ヶ月になるっていう習わしもなかったし、俺の故郷の暦を当てはめるのは難しいみたいなんだ」


「えー! それじゃあどうするの? アスタはずっと17歳のまま?」


「そういうわけにもいかないだろうから、いっそ森辺にやってきた日を誕生日にしちゃおうかなって考えているんだよね」


 そうなると、俺の誕生日は黄の月の24日ということになる。その日付は、アイ=ファがしっかり記憶してくれていたのだ。


「そっかー! リミも黄の月だから一緒だね! なんか嬉しいな!」


「黄の月ならば、赤と朱の次ですか。今年は金の月が入っているとはいえ、アスタが森辺に現れてからまだ1年も経っていないのですね」


 感慨深そうに、レイナ=ルウがつぶやく。


「それでもわたしたちの生活は、これほどまでに大きく変わりました。アスタとの出会いを、あらためて森に感謝したいと思います」


「こちらこそ、みんなと出会えた幸運には心から感謝しているよ」


 というところで、本日はそろそろお開きの時間であった。

 ミケルを除くメンバーで、後片付けに取りかかる。洗い物はまかせてくれとミーア・レイ母さんに言われてしまったが、その前準備まではきちんと協力させていただいた。


「今日はどの家も賑やかな晩餐になりそうだね! アスタたちは、これから近所の氏族の女衆に今日のことを手ほどきするのかい?」


「はい。どうせ明日のための下ごしらえでみんな集まりますから。ファの家の晩餐を手本にして、色々と伝えてみようと思っています」


「あたしらも、眷族のみんなに伝えてやんなきゃね! で、次は明後日に来てくれるんだよね?」


「はい。サウティのほうもずいぶん落ち着いたみたいなので、しばらくは大丈夫かなと。以前みたいに1日置きにお邪魔させてもらえたら嬉しいです」


「嬉しいのはこっちのほうさ! それじゃあ、気をつけて帰っておくれよ」


 俺たちはそれぞれ挨拶を交わしてから、いざ外の荷車に向かおうとした。

 そこで、最後にミケルに呼び止められる。


「おい。お前さんは、あのシュミラルという男と顔をあわせているのか?」


「シュミラルですか? いえ、リリンの家は遠いので、病気が治ってからは顔をあわせていませんが……シュミラルがどうかしましたか?」


「別に、どうもせん。何かあれば、このルウの家には連絡が入るのだろうしな」


 そういえば、俺をミケルに引き合わせてくれたのは、他ならぬシュミラルなのである。

 それで今では両者ともに森辺で過ごしているわけだが、俺はまだふたりが顔をそろえている現場を目にしたことがない。というか、ミケル自身はシュミラルと顔をあわせているのだろうか?


「一度、こちらの家を訪れたことはある。今は俺などにかかずらってる場合でもないだろうと、すぐに追い返してやったがな。……物好きな男だとは思っていたが、神を乗り換えてまで森辺に婿入りを願うなどとは、まったく呆れた話だ」


「はい。ミケルとシュミラルが森辺で暮らすことになるなんて、あの頃にはとうてい想像がつきませんでしたよ」


 これはいい機会なのかなと思い、俺はミケルと立ち入った話をさせてもらうことにした。


「あの、ミケル。俺にあなたのことをどうこう言う資格なんてないのはわかっているのですが……俺はミケルとマイムが森辺で暮らすことになって、とても嬉しいです。客人の身では何年も過ごすわけにはいかないのかもしれませんが、なるべく長いご滞在になることを心から願っています」


「……ふん。願うだけなら誰の迷惑にもなりはしないだろう。好きなだけ願っていればいい」


 まあ、ミケルであれば、これが当然の反応であろう。

 それでも俺は、自分の気持ちを伝えられただけで、うんと心が軽くなっていた。それに、レイナ=ルウやシーラ=ルウやリミ=ルウが、今日の勉強会でミケルにとって今まで以上に興味深い存在になっただろう、ということは確信できていた。


「それでは、失礼します。また明後日に来ますので、そのときもよろしくお願いいたします」


 俺は雨具のフードをかぶり、しとしとと霧雨の降る外界へと足を踏み出した。

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