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異世界料理道  作者: EDA
第二章 半人前の料理道
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④宴の始まり

2018.4/29 誤字を修正

「……森の恵みに感謝して……」と、ドンダ=ルウの声が響く。


 宴と言っても特別な挨拶はなく、まずは普通に食事を始めるらしい。

 まあ、幸いだ。いくら焼きたてとはいえ、もうけっこうな時間が経過してしまったので、これ以上冷めてしまう前にご賞味いただきたい。


「……火の番をつとめた、ミーア・レイ、ヴィナ、レイナ、アイ=ファ、アスタに礼をほどこし、今宵の生命を得る……」


 みんな合唱しているが、ダン=ルティムなどは、はらわたが煮えくりかえる思いなのだろう。

 ま、そんな苦悶もあと数秒である。


 全員で、口の前に線を引くような合図をして、さあ実食だ。


 本日のメニューは。

『ギバ・ステーキ3種~ウェルダン~』

『ギバ・スープ』

『焼きポイタン』である。


 ステーキは、モモ、リブ、ロースの3種。

 スープは、肉をひかえめに。アリアをふくめて3種の野菜入り。

 ポイタンは、これはここ数日のルウ家の食卓にならって、三つの大皿に全員の分が山盛りにされている。お好み焼きというよりは、色の淡いホットケーキみたいな風情だ。

 その1枚ずつが最低必要摂取量のポイタン2個で作られているわけだが、男衆はこれを2枚から4枚も食するという。


 さて、焼き具合はいかがなものかと、俺はさっそくスペアリブにかぶりついてみた。

 もともとルウ家に備えてあった焼き料理用の金串を刺し、逆の手で骨のほうも支えながら、がぶり。


 ウェルダンなので、肉汁はかなり少ない。

 脂も、だいぶ抜けてしまっている。


 しかし、リブはもともと脂の層が重なった部位なので、これだけ焼いてもまだまだジューシーである。

 肉の味わいも、濃厚だ。

 脂身は柔らかく、肉質はやや固め。それを同時に頬張れば、ほどよい食感で噛み応えも心地好い。

 ポークリブや沖縄のソーキなどが大好物である俺には、たまらない味だった。


 これはいい出来だ、と納得する。


 焼きポイタンで舌を休めて、お次は、肩ロース。

 

 これまた存分に脂ののった部位である。

 骨つきリブと異なり肉の塊なので、噛み応えはかなり強い。

 しかも、厚さは2・5センチだ。

 咀嚼すると、まろやかな旨味が口の中に広がっていく。

 こちらも焼いていく過程であれだけ肉汁が流れていったのに、脂が多いから全然パサついていない。

 肉! まさに肉! という感じだ。

 ちょっと胃弱な方だったら、辟易してしまうぐらいだろう。

 だけど俺は、美味いと思う。

 ただし、そろそろ顎が疲れてきた。


 まあ悪くない、と納得する。


 その後は、ミーア・レイ=ルウが注いでくれた『ギバ・スープ』を堪能した。

 このスープには、彼女が選定してくれた「ティノ」と「プラ」なる食材が追加されている。


 すでに試食で頂いているが、「ティノ」はレタスで作られたバラのような形をした野菜で、ちょっとした青くささはあるがまあほとんど味のしない、食感を楽しむのが主体の野菜であるようだった。

 その食感は、レタスよりもキャベツに近い。煮るとクタクタになるが、その分スープがしみこんで、なかなかに美味い。少なくとも、タマネギモドキのアリアに劣る味わいではない。


 いっぽう「プラ」というのは、かなり苦味の強い野菜だった。

 形状は何だか肉厚のイチョウみたいな感じで、大きさもそれぐらい。色は、濃厚な緑。

 最初はちょっとどうだろう?と思ったが、こうして実際に食事の中で味わってみると、「苦味」というのが他にない味だったので、なかなか有効なアクセントになっていた。

 歯触りは、煮込んでもそんなには柔らかくならず。そこそこ薄切りにしているのに、ぷちりぷちりと弾力がある。

 かなり新鮮な味わいだったが、俺の知っている食材に例えるなら、ピーマンあたりのポジションになるのかもしれない。


 何はともあれ、確実に『ギバ・スープ』の味は向上していた。

 数種の野菜を入れたことによって、スープの味わいもだいぶん深くなったと思う。


 しかし、このスープのもともとの風味、ギバ肉の出汁にそぐわない野菜を投入していたら、絶対に味は損なわれていたはずだ。

 やはり、「食」に関心の薄い異世界なれど、母の力は偉大である。

 これは完全に、ミーア・レイ=ルウの功績だ。


 さて――これで、あらかたのメニューは味わった。

 残りはついに、「モモ肉」である。

 正真正銘、俺にとっての「失敗作」である。


 しかし、とにかく、食べねば始まらない。

 勇を鼓して、俺はその肉塊にかぶりつこうとした。

 その瞬間。


「な――」


 その声が、響いた。


「何なんだ、これはッ!」


 絶叫しているのは、ダン=ルティムだった。

 リブを手づかみでつかんだ状態で、茫然自失としてしまっている。

 大きな口の周りが、脂でぬらぬらだ。


「おいッ! お前ッ! この肉はいったい、何なんだッ!」


 その大きく見開かれた目が、下座の俺をにらみすえる。

 はて、寸評は食べ終わってからじゃなかったのかしらんと思いつつ、俺は「ですから、ギバのあばら肉です」と答えてみせた。


 さらに「その肉がどうかされましたか?」と問うたのは、ちょっと意地悪だっただろうか。


「う……」と、ぬらぬらの唇が震えだす。


「……美味いッ!」


 ほとんど咆哮のような声で叫び、がぶりと肉にかぶりつく。

 骨までかじりとってしまいそうな勢いだ。


「美味いッ! この肉は美味いッ! 何故だ? どうして、ギバのあばら肉が……! こんなものは、ムントの餌であるはずなのに……!」


「ムントの餌なんかではありません。俺の国にもギバの亜種みたいな動物がいましたけど、全身くまなく調理されておりましたよ?」


「し、しかし、ギバの胴体など、臭くてとうてい食べられないはず……!」


「それは、適切なさばき方をご存知なかったからです。……というか、さばき方など習得する必要がなかったのでしょう。森辺の民は、食用のためにのみギバを狩っているわけではないのですから」


 こんな食事中に解説することになるとは思っていなかったが、まあ、顎も疲れていたことだし、ちょうどいいか。よろしかったら、俺の分のモモ肉までお分けしたいぐらいだ。


 こんなもの、俺にはとうてい完食できないのだから。


「ギバは、毎日50頭を仕留めても数の減らない、恐ろしい害獣と聞きました。西の王国の田畑を守るため、森辺の民は生命をかけてギバを狩り続けた――そうすると、どうしたって食肉としては余剰分が出てしまいますよね。だからあなたたちは、さばくのが面倒で臭いも残りやすい胴体の肉をムントの餌として森に打ち捨てることにした。それ自体はごく自然な成り行きだったのかもしれませんが……ですが、ギバは全身くまなく美味しいんです。俺はそれを皆さんに知ってほしくて、あえてこの料理を提供することにしました」


 ダン=ルティムは、まるで夢遊病者のようにぽけっとした表情で俺の言葉を聞きながら、がつがつと肉を喰らっていた。


 その隣りで、ドンダ=ルウは俺の声など聞こえていないかのように黙々と肉を噛みちぎっている。


 その他の皆さまは、人それぞれである。

 リミ=ルウなんかはぱくぱくと食欲を満たしながら俺の姿に見入っているし、ジザ=ルウなんかはたぶん俺と家長の姿をこっそり見比べている。目が細いからよくわからんけど。


 ジバ=ルウに付き添ったレイナ=ルウはやっぱり熱心に俺のことを見つめており、奥様がたはダン=ルティムの驚愕など知らぬげににこやかに食事を進めている。


 その中で、特筆すべきは、ガズラン=ルティムとアマ=ミンだった。

 おふたりも黙然と食事を進めつつ、ただ時々ちらりと視線を見交わして、にこりとひそやかに微笑みあったりして、ああもうお幸せそうで何よりですねという雰囲気である。


 そして、アイ=ファは――

 アイ=ファは肉をかじりつつ、じっとドンダ=ルウの様子をうかがっていた。


「……ルティム家の家長、ダン=ルティム。モモ肉のほうも召し上がっていただけましたか?」


 こんな静かな中ひとりで喋っていては馬鹿みたいなので、俺は自分から話を振ってみることにした。


「食べている。これも美味い」と、ルティムの家長はこくりとうなずく。

 つるつる頭で太鼓腹で、何だかでっかい赤ちゃんみたいだなと俺は内心だけでつぶやいた。


「そのモモ肉が動物くさくないのも、同じことです。ギバは、血抜きという処理で大部分の臭みを取ることができるんです。だから、モモ肉だけでも美味しい料理を作ることは可能ですが、今日は他の部位の美味しさも知ってほしかったんです」


「美味い! こっちのほうが美味い! 俺はこの骨つきのやつが一番好きだ! でも、足の肉も美味いッ!」


 うわあ、素直すぎてこっちが恥ずかしくなってくるなあ。

 それに少し、複雑な気分でもある。

 何せ、この料理は「俺にとっては」失敗作なのだから。


「男手が少なくて、巨大なギバを持ち帰ることが困難ならば、足しか持ち帰らないというのもしかたのないことです。だけど、このルウの家みたいに毛皮を剥ぐために毎回ギバを持ち帰っているのに、足しか残さず後はムントの餌にしてしまう、というのが、俺にはとても勿体ないことに感じられてしまったんですね」


「俺の家だって持ち帰っているぞ! 俺は――俺たちは、こんな美味いものをムントにくれてやっていたのか……くそぉッ!」


 うーん。

 素直さの度が過ぎて、やりづれえなこのおっさん。


「ですからね、ギバを捕らえた時に血抜きという処理をして、皮を剥いだ後に適切な手順で解体すれば、誰でもこれぐらい美味い肉を食べることができるんです。それは、決して難しいことじゃありません。何せ、この青二才でもこれぐらいのことができるんですから、やろうと思えば誰だって……」


「そんな手間をかける必要がどこにある?」


 と――

 ついに、ドンダ=ルウが口を開いた。


 なんと、この短時間ですべての肉を喰らい尽くしてしまったのだ。

 俺なんて、まだリブとロースを一口二口かじっただけなのに。


「ギバの生命を取りいれるのに、そんな手間など無用の長物だ。狩人が生きるのに、そんな余計な仕事はいらん」


 それは、ひどく静かな声だった。

 この男にも、そんな静かに語ることができたのか、と驚くほどに――


 見れば、家人も全員驚きの表情になってしまっている。


 リミ=ルウやルド=ルウなんかはそれでも熱心に口を動かしていたが、ほとんどの者は、その手を止めてしまっていた。


 それぐらい、これは異常なことなのだ。

 と、いうことは――

 ここが、俺の正念場だ。


「……ただ生きるだけなら、そうでしょう」


 背中に、じっとりと汗が浮かんでくる。

 今回は、料理だけでは足りないのだ。

 この男に満足と納得を与えるには、「言葉」も必要なのである。


 はっきり言って、一介の見習い料理人には荷の重い仕事だ。

 だけど俺は、やりきらなければならない。

 今、俺の隣りで静かに瞳を燃やしているアイ=ファのためにも。


「食べて寝るだけの生活なら、野生の動物と同じ――とは、言いません。森辺の民は、ただ食べて寝ているわけではありませんからね。生きるために仕事をして、働いている。家族でおたがいを支え合いながら、そこに幸せを見出して、生きている。俺の生まれた国とは全然違う生活ではありますけど、それでも、根本的に大きな差はない……と思うんです」


「ふん。何を長々とくっちゃべっているのだ、小僧? その手先よりも器用に動き回る舌先で、家族だけではなく俺までをもたぶらかそうというつもりか?」


「俺の舌先はそこまで器用じゃありませんよ。正直言って、さっきからもういっぱいいっぱいです。それに、ご家族をたぶらかしたつもりもありません」


 と、俺はその場にいる全員に目線を巡らせてみる。


 ルウの家の12人の家族たち。

 ルティム家の2人と、ミン家の娘。

 そして、アイ=ファ。


 アイ=ファ以外のほとんどの人間が、いったい何が始まるのかと困惑の表情を浮かべている。


 今から始まるのは、喧嘩だ。

 そして謝罪と、相互理解だ。

 俺は、そう思っている。


「俺はご家族をたぶらかしたんじゃありません。ただ、美味しいものを食べて幸せな気持ちになってほしかっただけなんです。最初の目的はジバ=ルウだけでしたが、リミ=ルウも俺の料理を美味しいとほめてくれたので、だったらルウ家の全員に美味いものを食べせてやろう――なんて、驕った気持ちになってしまっていたんだと思います」


「…………」


「その結果、たくさんの人たちから祝福してもらえることができました。それは、とても嬉しかったです。だけど……その反面、俺は、賞賛をいただけなかった人たちを逆恨みしてしまいました。特に、ドンダ=ルウ、俺の料理を悪し様に罵ったあなたのことを、俺は激しく恨んでしまいました。だから、本当は、あなたを見返すために、俺はもう一度かまどを預からせてほしいと願い出たんです」


「そんなこたあ、百も承知だ。今さらくどくどと言われるまでもねえな」


「いいえ。それでもくどくどと言わせてもらいます。ほとんど同じ言葉になってしまいますが、今度こそ本心から言うことができるんです」


 そう言って、俺はあぐらから膝を正し、3日前と同じように深々と頭を下げた。


「未熟な料理人たる俺は、ルウの家の家長ドンダ=ルウに、狩人の魂を腐らせる毒にもなりかねない料理を食べさせてしまいました。それをあらためて、おわびさせてください」

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