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異世界料理道  作者: EDA
第二十四章 金の月
421/1703

大いなる変革⑥~決断の日~

2017.1/6 更新分 1/1 ・2017.1/9 1/19 誤字を修正

・今回の更新はここまでとなります。更新再開まで少々お待ちください。

 ルウ家の狩人たちが、ひたひたと広場の中央に歩を進めてくる。

 総勢20名近くにも及ぶ男衆に、客分のジーダ、そしてシュミラルと6頭の猟犬たちである。


 彼らは、全部で7頭ものギバを抱えていた。

 その内の1頭をひとりで担いでいたミダが、俺たちの姿に気づいて、どすどすと歩み寄ってくる。


「アイ=ファ、ひさしぶりなんだよ……? アスタもまた会えて、嬉しいんだよ……?」


「うむ。しっかりと狩人としての仕事を果たせているようだな」


「うん……ギバを片付けてくるから、まだ帰っちゃいやなんだよ……?」


 それでもミダは他の男衆に急かされる前に、どすどすと立ち去っていった。

 それと入れ替わりで、ジザ=ルウとシュミラルが俺たちの前に立つ。


「眷族の長たちが集まっているということは、城下町の貴族たちと話はついたようだな。……家長ドンダを呼んでくるので、貴方もここで待っているといい、シュミラルよ」


「はい」


 そうしてシュミラルと猟犬だけを残し、ジザ=ルウたちは去っていく。

 ダン=ルティムとラウ=レイは、目を輝かせながら猟犬たちとたわむれ始めた。


「シュミラル、ご無事で何よりでした。今日の仕事はいかがでしたか?」


「はい。ギバ狩りの作法、だいぶつかめてきた、思います。むろん、まだまだ、半人前、満たない力量ですが。……ルウの狩人、猟犬、扱う、とても巧みです」


「ああ、とうてい猟犬を使って5日目とは思えぬ手並みだったな。あれならすぐに、いっぱしの猟犬使いになれるだろう」


 と、横合いから別の人影が近づいてきた。

 赤い髪に黄色い瞳をしたルウ家の客分狩人、ジーダである。


「俺も猟犬を扱ったことはなかったが、こいつは便利な代物だ。ルウ家で銅貨が余っているならば、もっとたくさんの猟犬を買い求めるべきだろう」


「そっか――」


 ならば俺も、期待していいのだろうか?

 俺はこんなに動揺しまくっているというのに、当のシュミラルは普段通りの沈着さでたたずんでいる。


 それからいくばくもなく、本家からドンダ=ルウが姿を現した。

 3名の息子たちも、それに続いてくる。さらにその後ろからは、ミーア・レイ母さんとヴィナ=ルウも追従してきていた。


「ご苦労だったな、眷族の長たちよ。今日の昼、ジェノスの貴族メルフリードおよびポルアースと直接言葉を交わすことがかなったので、その結果をここで伝えようと思う」


 何の前置きもなく、ドンダ=ルウはよく響く声でそのように語り始めた。

 猟犬たちとたわむれていたダン=ルティムらも、名残惜しそうに彼らを解放して身を起こす。


「この数日間の行いを鑑みて、俺はひとつの決断をした。これはすでにグラフ=ザザとダリ=サウティ、およびジェノスの領主からも了承をもらえたことなので、そのように心して聞くがいい」


「まさか、こやつらを手放すわけではなかろうな?」


 ダン=ルティムの言葉は黙殺し、ドンダ=ルウは言った。


「西の民シュミラルを、森辺の家人として迎え入れる」


 俺は、電撃に打たれたような心地であった。

 それから肩に人間の体温を感じ、半ば呆け気味に振り返る。

 振り返ると、すぐ鼻先にアイ=ファの仏頂面が見えた。


「いきなり我を失うな。何事かと思ったではないか」


 俺はどうやら無意識の内に倒れかかり、横合いのアイ=ファにそれを支えられたようであった。

 それぐらい、俺は衝撃を受けていたのだ。

「ごめん」と応じて体勢を整えつつ、俺は全身を耳にしてドンダ=ルウの言葉の続きを待った。


「……ただし、氏を与えるかは、今後の行いを見てからだ。そして、今さら言うまでもないが、氏を持たぬ家人が伴侶を娶ることは許されていない。たとえば、そこのミダのようにな」


 いつのまにか、ミダが俺たちの背後に立っていた。

 しかしそれよりも、ドンダ=ルウの言葉だ。俺は心臓に胸郭を乱打されながら、ひたすらドンダ=ルウの言葉を待った。


「ミダは収穫祭の力比べにおいても、実際の仕事においても、狩人としての並々ならぬ力量を見せてきた。しかし、その心はまだかつての家族たちにとらわれているとして、俺はルウの氏を与えてはいない。それはルティム家のオウラとツヴァイ、ドム家のディガとドッドにしても同じことだろう。ヤミル=レイだけは、ラウ=レイの判断ですでに氏を与えられているがな」


 ラウ=レイは、素知らぬ顔で肩をすくめている。

 それにもかまわず、ドンダ=ルウは続けた。


「それだけ、血の縁を持たぬ家人に氏を与えるというのは、森辺において大ごとであるということだ。その者が、血を分けた親兄弟と等しい存在であると認められない限り、氏を与えることは許されん。……理解できたか、シュミラルよ」


「はい。本当の家人、認められるよう、力の限り、尽くしたい、思います。そして、氏なき家人、なること、許していただき、とても光栄、思っています」


 シュミラルは指先を組み合わせようとして、それをやめた。

 きっとシム流の、感謝の礼をしようとしてしまったのだろう。軽く首を振ってから、ドンダ=ルウに向かって頭を垂れる。


「では、どの家の家人となるのだ? やはり、ルウ家で引き受けるのか?」


 またダン=ルティムが問うと、ドンダ=ルウは「いや」と応じた。


「ルウ家は森辺の族長筋だ。生半可なことで余所の人間を家人に迎えるべきではないだろう。かといって、他の氏族にこのような厄介事を押しつけるわけにもいかんので、眷族の家人に迎えることとする」


「ほう、俺たちか! ルティムであれば、いくらでも受け持つぞ! ……と、家長を差し置いて、そのような言葉を吐くべきではなかったな!」


 ダン=ルティムはガハハと笑い、ドンダ=ルウはそのななめ後ろにたたずんでいる人物に視線を移した。


「俺はその役を、リリンの家に願おうと思っている。リリンの家長ギラン=リリンよ、俺の願いを聞き入れる気はあるか?」


「なんと、俺の家だったか」


 ギラン=リリンが、とぼけた感じで目を丸くする。

 灰色がかった髪をした、柔和で優しげな壮年の男衆である。ただし、その力量はルウの眷族でも屈指であり、俺にとってもそれなりにご縁のある相手であった。


「むろん、親筋たるルウ家の意向に逆らうつもりはないが、いちおう理由ぐらいは聞かせてもらえるだろうか?」


「レイとルティムは、不適当だと判断した。どちらの家長も、森辺では変わり者の部類であるからな。普通よりも甘い目で、やすやすと氏を与えるようでは道理が通らんのだ」


 この際の家長は、もちろんダン=ルティムではなくガズラン=ルティムのことである。

 あまりに柔軟で進歩的な考えを持つガズラン=ルティムは、確かに森辺の人間の平均像とはかけ離れてしまっているだろう。ヤミル=レイにあっさりと氏を与えてしまったラウ=レイも、また然りだ。


「残る4つの氏族、ミン、ムファ、マァム、リリンの中で、リリンはもっとも家人が少ない。しかし、家長であるギラン=リリンは復活祭の折に護衛役を果たすことが多く、町の人間やあの旅芸人どもともいくばくかの縁を結ぶことができていた。町の人間を公正な目で見るのに、一番相応しいのはリリンの家長であるように思う」


「それは光栄なことだな。確かに俺は、他の男衆よりも町の人間を好いているだろう」


「しかし、レイの家長のように容易く氏を与えることは許されん。俺は森辺の民の掟や習わしを説くことによって、ジェノスの貴族たちからこのたびの了承を取りつけることがかなったのだ。あやつらは、森辺の民を信用して、余所の人間を家人として迎えることを許した。それがどういうことか、貴様にもわかっているだろうな、ギラン=リリンよ」


「うむ。俺がこのシュミラルという者を、親兄弟と同じぐらい大切な存在と思えるまでは――そして、シュミラルのほうでも俺たちのことを同じように思えるまでは、氏を与えてはならないということだな。了承した」


 そうしてギラン=リリンは、目もとの笑いじわをさらに深くした。


「俺はこの中で、唯一ドンダ=ルウの代に眷族となることを許されたリリンの家長だ。ドンダ=ルウが俺を認めてくれたのと同じように、俺がシュミラルを認めることができるか。つまりはそういう話なのだろう。決してドンダ=ルウの信頼を裏切ったりはしないと、俺はこの場で母なる森に誓わせてもらおう」


「うむ」とうなずき、ドンダ=ルウはシュミラルを振り返った。


「以上が、俺からの言葉だ。俺の娘を嫁にしたくば、まずはリリンの人間として生きよ。今日から貴様は森辺の民、リリンの家のシュミラルだ」


「森辺の民、リリンの家の、シュミラル」


 同じ言葉を繰り返し、シュミラルはまた深く頭を垂れた。


「その名、恥じぬよう、ふるまいます。族長ドンダ=ルウ、温情、感謝します」


「温情ではない。俺は、情で動く人間ではない」


 あくまでも重い声音で言い、ドンダ=ルウはその場にいる全員を見回した。


「猟犬については、ルウ家の狩人たちがその扱いを学んできた。明日からは、その技を眷族に伝えていこうと思う。そして、これが我らの力となるならば――さらに数頭の猟犬を買い求めようと考えている」


「なんと! ジェノスでもこやつらを手に入れることができるのか!?」


「今は無理だ。しかし、ジェノスには南の民もひっきりなしに訪れるので、こちらから話を持ちかければ大喜びで運んでくるだろうという話だった。その際は、ポルアースという貴族を頼ることになる」


 ドンダ=ルウは、すでにそこまでの話をポルアースらとも詰めていたのだ。

 俺はもう、さまざまな思いに翻弄されて、立っているのがやっとなぐらいであった。


 シュミラルは、とても静かな面持ちでたたずんでいる。

 その視線の先にあるのは――ヴィナ=ルウだ。

 ヴィナ=ルウは半分母親の陰に隠れながら、小さな子供のようにうつむいてしまっているようだった。

 その姿に気づいたのか、ドンダ=ルウが「ふん!」と鼻を鳴らす。


「シュミラルよ、貴様にも町の同胞に話をつける必要があるだろうから、リリンの家には明日から住まうがいい。今日のところは、宿場町に帰れ」


「はい。了解、いたしました」


「……そしてこの夜だけは、ルウ家の客人になることを許す。晩餐をともにとってから、宿場町に帰るがいい」


 そのように言い捨てて、ドンダ=ルウは身をひるがえした。

 その大きな背中を見送りつつ、ミーア・レイ母さんがにっこり微笑む。


「今日のかまど番はヴィナだったね。まだもうひと品ぐらい、つけ加える時間はあるんじゃないのかねえ?」


「えぇ……? でも、わたしは……」


「でももへったくれもないよ。シュミラルは眷族の家人になったけど、宴でもない限りはそうそう晩餐をともにすることもないんだよ?」


 きっとその言葉を理解できるのは、本家の人々と俺ぐらいのものであっただろう。

 ヴィナ=ルウはもう見ているのが気の毒になるぐらい全身でもじもじしていたが、最後にちらりとシュミラルのほうを見ると、挨拶の言葉もなくかまどの間へと駆け去ってしまった。


「うむ! ともあれこれで、シュミラルはルウの眷族となったのだな! その名に恥じぬよう生きるがいい!」


 ダン=ルティムが豪快にシュミラルの背中を叩き、それを合図として6名の家長たちがそれぞれ挨拶をし始めた。

 それを横目に、ルド=ルウが俺たちのほうにひょこひょこと近づいてくる。


「よー、丸く収まってよかったなー」


「うん、本当にね。俺はもう緊張しすぎて頭や身体がどうにかなりそうだよ」


「大げさだなー。そんなに気を張るのは本人たちにまかせとけよ」


 気安く笑いながら、ルド=ルウはあらたまった目つきで俺とアイ=ファの姿を見比べてきた。


「そういえばさ、俺も前から気になってたんだよ。アイ=ファって、どうしてアスタにファの氏を与えねーんだ?」


「…………」


「アスタのことを認めてないわけはねーよな。ひょっとしたら、余所の氏族の女衆が嫁入りできねーようにしてんのか?」


「そのようなわけがあるか! 私には、私なりの考えがあるのだ!」


「そんなに怒ることねーじゃん。ま、今さら呼び方を変えるのはめんどくせーから、俺はアスタがファの氏をもらってもアスタって呼ばせてもらうけどなー」


 そうしてファの家にささやかならぬ波紋を投げかけてから、ルド=ルウは猟犬のほうに戻っていった。いつのまにやらリミ=ルウたち幼子が集まって、ダン=ルティムとともに猟犬を愛で始めている。


 ミダは後ろで俺たちと話したそうにしているし、帰りはまたリリ=ラヴィッツを送っていかなければならない。というわけで、俺は今の内に疑念を解かせていただくことにした。


「俺は別に、氏とかにこだわってはいなかったんだけど、アイ=ファには何か考えがあったのか?」


 俺はそのように囁きかけてみせる。

 しかしアイ=ファは究極的に不機嫌そうな面持ちで、口を開こうとしなかった。


「アイ=ファのことだから、何も心配はしてないけどさ。俺のことを家族として認めてないってこともないだろうし」


「…………」


「あ、あれ? ひょっとして、俺はまだ完璧にはアイ=ファの信頼を勝ち取っていなかったのか?」


「そのようなわけが――!」


 と、思わず大きな声をあげかけてから、アイ=ファはばりばりと頭をかきむしった。


「……ただ、私には私なりの考えがあった。お前が森辺の道理に従うようなら、こちらも道理に従って氏を与えようと考えていただけだ」


「森辺の道理? 俺は何か道理に反してしまっているのか? 心当たりがまったくないというか……ありすぎて困ってしまうというか……」


「ならば、気にかける必要はあるまい。今のままでも、不自由はないのであろうからな」


 アイ=ファはぷいっとそっぽを向いてしまう。

 これではますます放置できるわけがなかった。


「な、何なんだよ、いったい? 俺が何か道理に反しているなら、それは改めるべきじゃないか?」


「……不自由がなければ、無理に改める必要はあるまい」


「いや、だけど、知らない内に道理に反してるってのは心配だよ。俺はいったい、何をやらかしてしまってるんだ?」


「……そこまで言うなら、こちらも言わせてもらうが……」


 と、まわりの人々に聞かれぬよう、アイ=ファはさらに声を低くした。


「……お前もファの家人であるならば、同じ家人である私のことを氏とともに呼ぶのは、不相応であろうが?」


 俺は、きょとんとしてしまった。

 それから、ゆっくりと理解する。


 同じ家の人間が家族を氏つきで呼ぶのは、余人に紹介するときなどの、あらたまった場においてのみなのだ。

 本家と分家で分かれているならば、その限りではない。ルド=ルウたちだって、シン=ルウのことはシン=ルウと呼ぶ。しかし同じ家に住む家族のことは、ドンダ父さんだとかジザ兄だとかリミだとか――とにかく、氏つきで呼んだりはしないのだった。


 つまり、俺がアイ=ファのことを氏つきで呼ぶのは、森辺の習わしにそぐわない行為であり――ファーストネームのみを呼ぶべきなのだろう。


 俺は、生唾を飲みくだした。

 それから、「アイ」という言葉を口の中で転がして、たちまち惑乱してしまう。


「うわー、駄目だ! 気恥かしくて死にそうだ! 申し訳ないけど、もうしばらく時間をくれ!」


 みんながびっくりしたようにこちらを振り返った。

 それと同時に、アイ=ファが真っ赤な顔をして俺の足を蹴りつけてきた。


「だから、不自由がないのなら無理に改める必要はないと言っておろうが! お前は何を考えておるのだ!?」


「ご、ごめん。自分の不明と未熟さを恥じるばかりでございます」


「……アスタにアイ=ファ、喧嘩は駄目なんだよ……?」


「喧嘩ではない! うつけな家人をしつけているのだ!」


 今回ばかりは、言い訳のしようもない俺であった。

 だけど何だか、取り乱さずにはいられない心境であったのである。

 そんな時ならぬ騒乱に見舞われた俺たちのもとに、シュミラルが単身で近づいてくる。


「アスタ、ご心配かけました。私、最初の願い、かなえること、できました」


「はい、おめでとうございます。心から祝福の言葉を述べさせてください、シュミラル」


「ありがとうございます。すべての始まり、アスタ、出会えたことですね」


 そう言って、シュミラルは静かに微笑んだ。


「アスタ、出会った、緑の月、終わりです。あの頃、私、自分の運命、ここまで変転すること、わかりませんでした。シム、セルヴァ、モルガの森――さまざまな神、もたらした、運命です」


「ええ。俺だって、まさかシュミラルを同胞と呼べる日が来るなんて、想像すらしていませんでしたよ」


 言いながら、俺はぐんぐんと胸が詰まってくるのを感じた。

 俺たちは、今日から森辺の同胞なのである。

 それも森辺でただふたりの、血の縁を持たない異国生まれの家人同士だ。

 それがどれほどの喜びと驚きを俺たちにもたらしたか、なかなか余人には想像もつかなかっただろう。


 最初に出会った頃は、屋台の主人とお客に過ぎなかった。

 顔をあわせていた期間は、せいぜいひと月ぐらいでしかない。

 だけどシュミラルは、俺にとってかけがえのない存在であった。


 俺は最初から、このシュミラルには心をひかれていたのだ。

 シム人特有の無表情で、そうであるにも拘わらず、とても優しい眼差しをもっていて、ときおり子供っぽい部分を見せてくれて、西の言葉はつたないがおしゃべり好きで――そんなシュミラルのことが、俺はずっと大好きなのだった。


「次の願い、リリンの家長、認められることです」


 シュミラルは、静かにそう言った。

 俺は、泣きそうな顔に笑みを浮かべてみせる。


「ギラン=リリンは、楽しい人ですよ。きっとシュミラルとは話があうと思います」


「はい。新しい家族、得られること、嬉しい、思います。アスタ、アイ=ファ、同じように、私、ギラン=リリン、おたがい慈しむ、本当の家族、なれるよう、励みたい、思います」


 まだいくぶん不機嫌そうな顔をしていたアイ=ファは、家長としての厳粛な表情を取り戻しつつ、シュミラルに向きなおった。


「きっとお前もアスタに劣らず、苦労の多い生を歩むことになるのだろう。ギラン=リリンは立派な家長であるので、その姿から森辺の民としての生を学ぶがいい」


「はい。ありがとうございます」


「シュミラルも、ルウの眷族になったんだね……? 血族が増えて、ミダも嬉しく思ってるんだよ……?」


「はい。ルウ家のミダ、これから、よろしくお願いします」


 そんな何気ないやりとりにさえ、俺は心を乱さずにはいられなかった。

 やがてはシュミラルも、狩人の衣を纏い、牙と角の首飾りをすることになるのだろう。

 そうして1年間を過ごしたら、狩人の衣を革のマントに着替えて、旅立っていく。料理人として町を行き来している俺と同じかそれ以上に、それは突拍子もない生き様であるはずだった。


 そんな生き方を、森辺の族長たちやジェノスの貴族たちは許したのだ。

 これもまた、森辺の民が迎えた大きな変革のひとつであるに違いない。


 森辺の民、リリンの家のシュミラル。

 それが家長たるギラン=リリンに認められて、シュミラル=リリンとなるか――そのまた果てに、シュミラル・リリン=ルウとなることを許されるか――はたまた婿入りではなく嫁取りが許されて、ヴィナ=ルウがヴィナ・ルウ=リリンとなるのか――そこまでは、まだまだ誰にもわからないことであった。


 それでもシュミラルは、大きな一歩を踏み出すことが許されたのだ。

 今はその喜びを噛み締めながら、ヴィナ=ルウがこの数ヶ月で修練を重ねた『ギバ・カレー』を味わってほしいと思う。


 そんな俺の思いとともに、金の月の21日はゆるゆると暮れなずんでいったのだった。

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