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異世界料理道  作者: EDA
第二十四章 金の月
410/1704

金の月の10日②~それぞれの仕事~

2016.12/13 更新分 1/1

 商売を終えた俺たちは、本日もダイ家の集落まで出向いていた。

 到着したのは、三の刻を少し過ぎたぐらい。ここからファの家にまで戻るのには40分ぐらいもかかるので、手ほどきに当てられる時間はせいぜい1時間ていどだ。


 しかし、手ほどきを始めてからすでに6日目となるので、伝えたい技術もあらかた伝え終えていた。

 ポイタンの焼き方から始まって、肉と野菜の正しい切り方、焼き肉や汁物料理における熱の入れ方、塩やピコの葉やミャームーを使った効果的な味の付け方――さらに、狩人たちが早めに獲物を持ち帰ってくれた日には、臓物の処置の仕方までを伝えることができた。


 最初の研修としては、これで十分すぎるぐらいだろう。

 血抜きをしていないギバ肉を、生のポイタンと一緒に煮込むだけの食生活と比べれば、これだけでも非常なカルチャーショックであるはずだった。


「家長たちが家長会議で受けた驚きを、ようやくあたしたちも分かち合うことができました。本当に感謝していますよ、ファの家のアスタ」


 もとよりダイとレェンもファの家の行いには賛同を示してくれていた氏族であるので、そういった温かい言葉をいただくこともできた。


「血抜きや解体のほうももう問題はないでしょうから、今後はダイやレェンからも肉を買うことができるようになると思います。そのときは、どうぞよろしくお願いしますね」


「ええ、もちろん……」


「そのときは、トトスと荷車を使ってください。休息の期間が終わったら、トトスと荷車をひと組ずつお預けしようと考えていますので」


「ええ? トトスと荷車をこのダイの家に、ですか?」


「はい。そうしないと、ファの家に肉を届けることも難しいでしょう? それに、荷車があれば買い出しの時間をうんと短縮することができます。それで空いた時間を、何か他の有意義なことに使ってほしいのです」


 ここからだと、宿場町までは往復で3時間ぐらいはかかるはずだ。荷車を使えばそれが1時間ていどに抑えられるし、また、人手もひとりかふたりで済む。

 俺が伝えた調理法は、これまで以上に時間や薪を消費するので、時間的余裕がないと継続するのは難しい。それに彼らは近在の氏族やガズやラッツなどとも同じ立場であるのだから、同じように荷車を使ってほしいというのも、俺にとっては自然な心の動きであった。


「重ねがさね、ありがとうございます……このご恩は決して忘れませんよ、ファの家のアスタ……」


 ダイの家長の伴侶たる女衆は、目もとに涙をにじませながら、そのように述べてくれていた。


「かまど番の手ほどきはこれで終了となりますが、今後はもし時間ができたら、ファの家のほうにも来てみてください。そうしたら、また色々なことをお伝えできると思いますので」


「はい、ありがとうございます。そのときは、是非……」


 そうして俺たちはダイとレェンの人々に別れを告げ、荷車へと乗り込んだ。

 宿場町への行き来はルウ家のジドゥラを出してもらう日であったので、本日はギルルの荷車のみである。5名の仲間を荷台に乗せて、俺はいざ我が家へとギルルを急がせた。


「ようやくダイ家への手ほどきが終わりましたね。ユン=スドラやトゥール=ディンはともかく、わたしたちなどは一緒に手ほどきを受けているようなものでしたが」


 道中でそのように言いだしたのは、フェイ=ベイムであった。

 本日の日替わり当番は、彼女とダゴラとラッツの女衆であったのだ。


「そうですね。野菜の切り方や火の加減など、とても勉強になりました」


「これでまた家族たちに美味しい食事を作ることができます」


 ダゴラとラッツの女衆も、そのように言ってくれている。

 朝から働きづめであるのに、ちっとも疲れている様子はない。しかもこの後にはまだ、ファの家で明日の下ごしらえをする仕事が待ち受けているのだ。


「アスタ、明日は手ほどきの仕事を休みにする、という話でしたよね?」


 と、ラッツの女衆が呼びかけてきたので、手綱をあやつりながら、俺は「はい」と答えてみせる。


「せっかくの休息の期間に働きづめでは何ですから、切りのいい日には休みを入れようという話になりました。男衆も、こちらに合わせて休む予定です」


「ええ。そうして家族との絆を深めるのも大事なことですものね。わたしたちラッツの家は休息の期間でもないので、どうということはありませんが」


 なおかつ、宿場町の商売は続行する予定であるので、トゥール=ディンやユン=スドラなどはせいぜい2、3時間の自由時間が生まれるていどである。

 しかし、その2、3時間が大事であるように思えるし、そもそもこれは、勤勉に過ぎる男衆にも休みを与えたいがために、俺から提案した話なのだった。


「それで、いよいよ明後日からは、ラヴィッツの家へと出向くことになるのですよね。ラヴィッツはファの家の行いに賛同していない氏族ですが、いったいどういった心持ちでアスタを迎えるのでしょうね」


「どうでしょう? まあ、血抜きと解体の手ほどきを受けることは了承してくれたので、こちらが肉を売れとか言い出さない限りは大丈夫だと思うのですが」


 ダイとレェンが片付いて、残る氏族はラヴィッツ、ナハム、ヴィン、そしてスンの4つのみである。

 その内、ラヴィッツとナハムはもともと血の縁を持っており、ファの家の行いには否定的な見解である氏族であった。


 なおかつ、ヴィン家はファの家に賛同する立場であったのだが、この数ヶ月でラヴィッツの眷族となってしまっていた。ファの家に対する見解には相違があっても、氏を残すためにはラヴィッツと血の縁を結ぶしか道がなかったらしい。こればかりは、どうしようもないことであった。


「同じような立場であるザザやベイムも美味なる食事の価値は認めてくれたのですから、何とかなるのではないでしょうかね。何にせよ、森辺の同胞であるということに変わりはないのですから、うまくやっていきたいものです」


「それでラヴィッツでの仕事も終えたら、いよいよスンなのですね」


 と、トゥール=ディンがおずおずと言葉をはさんできた。

 スンの集落に居残っている分家の人々にも、手ほどきをすることは許されたのだ。彼らももはや罪人ではないのだから、そこで区別をつける必要はない、というのが族長たちの見解であった。


「トゥール=ディンは、もともとスンの人間だったのよね。やはり、スンの集落に出向くのは気が進まない?」


 ラッツの女衆の心配げな声に、トゥール=ディンは「いえ」と答えている。


「この前も、北の集落に向かうときに少し立ち寄らせてもらいましたが、スンのみんなも懸命に正しく生きようとしていました。そんなみんなに美味なる料理の素晴らしさを知ってもらえるのは、とても嬉しく思います」


「そう。それならいいんだけど」


 御者台に陣取っている俺にトゥール=ディンの様子は確認できなかったが、きっといつもの優しい面持ちで微笑んでいるのではないかと思われた。


 俺自身も、スンの集落に出向くのは心待ちにしている。

 家長会議の際にも、スンの女衆には1日だけ手ほどきをしていたが、あれ以来は血抜きをしていないギバの肉を食しているはずなので、美味なる食事には縁がなかったはずだ。


 あのときは死んだ魚のような瞳をしていた彼女たちも、きちんと生きる力を取り戻せたようだとトゥール=ディンは語っていた。

 そんな彼女たちに、あらためて調理の手ほどきができるというのは、俺にとっても大きな喜びであった。


「……どうかしたの、ユン=スドラ? さきほどから浮かない顔をしているようだけれど」


 と、今度はそんな声が聞こえてくる。

 ユン=スドラもまた、「いえ」と答えていた。


「何でもありません。ただ、色々と考えなければいけないことがあるもので」


「ふうん? わたしたちでよかったら、何でも話してちょうだいね。何も力にはなれないかもしれないけれど」


「ありがとうございます。そのように言っていただけるだけでも、嬉しいです」


 ユン=スドラと話しているのは、ダゴラの女衆である。もう復活祭の頃からずっと一緒に働いているので、彼女たちともフォウやランに負けないぐらい深い交流が生まれていた。


 それにつけても、心配なのはユン=スドラだ。

 ヴィナ=ルウに続いて、彼女までもが何か心労を負ってしまっているのだろうか。

 そういえば、確かに彼女は朝から口数が少ないように感じられた。


(俺もあとで、ちょっと話を聞いてみようかな)


 しかしまずは、ファの家への帰還である。

 細く長く続く森辺の道を、俺はひたすら北上した。


 そうしておよそ40分後、ようやくファの家に到着だ。

 家ではすでに、フォウとランの女衆が仕事の準備を始めてくれていた。


「ありがとうございます。毎日、すみません」


「何を言ってるんだい。代価をいただいてるんだから、アスタが申し訳なさそうにする必要はないよ」


 時刻はすでに、五の刻を回っている。普段は晩餐の支度に取りかかるこの刻限に、彼女たちは下ごしらえの仕事を手伝ってくれているのだった。


「おお、アスタ、戻ったのか!」


 と、壁の陰からにょっきりと男衆の顔が覗いた。

 福々しい顔にどんぐりまなこが印象的な、リッドの家長ラッド=リッドである。


「ちょうどよかった! ようやく上っ面だけは完成したぞ!」


「え、本当ですか!?」


 俺は急いで家の裏手へと回り込んだ。

 屋根の張られた屋外厨房の向こう側に、大きな建物がででんと鎮座ましましている。

 待望の、新しいかまどの間である。

 昨日の時点でだいぶ完成には近づいていたが、ついにここまでこぎつけられたのだ。


「まあ、いまだに中身は空っぽなんでな。明日にはかまどやら物を置く台やらを仕上げるので、そうしたらいつでも使うことができるぞ」


「ありがとうございます! 本当に感謝しています!」


 ルウの本家にも劣らないぐらいの、至極立派なかまどの間である。10名ぐらいの女衆が無理なく入れるように、これだけのサイズのものを準備してくれたのだ。

 しかも、きちんと食料庫や解体部屋のスペースまで確保して、部屋は3つに区切られている。こんな立派なかまどの間がたった数日で完成してしまうなんて、驚きの一言であった。


「リッドとディンで男衆は15名もいたのだからな! これぐらいは、造作もないことだ! それに、美味なる食事の礼としては、まだまだ安すぎるぐらいだろう!」


 ラッド=リッドは、そのように言って呵呵大笑した。

 相変わらず、ダン=ルティムもかくやという豪放さである。


「では、かまどを組むための石を集めて、今日の仕事は終わりとするか。アスタ、またのちほどな!」


「はい、どうぞお気をつけて」


 その場に居残っていた男衆が、ぞろぞろ森のほうに歩いていく。

 その内のひとりを、トゥール=ディンが途中で捕まえていた。


「父さん、お疲れさま。川べりまで行くのなら、ギバに気をつけてね?」


「ああ。この辺りはすっかりギバの影もなくなったので、心配はいらない」


 そうして彼は、俺のほうにも目礼をしてから立ち去っていった。

 その他の顔見知りになった男衆も、それぞれの流儀で挨拶をしてから立ち去っていく。名前まではわからなくとも、みんな力比べで見たことのある顔ばかりだ。


「こいつは立派なもんだねえ。中にはいくつのかまどを造るんだっけ?」


 フォウの女衆に問われて、俺は「4つです」と答えてみせる。


「それじゃあ、いま使ってるのも合わせて、合計8つかい。雨季の間は外のが使えないとしても、それ以外の時期は色々と便利になりそうだね」


「はい、まったくです。俺とアイ=ファだけではこんな立派なかまどの間を造ることはできなかったでしょうから、本当にありがたい限りです」


「ふふん。あたしらにとってもここは大事な働き場所なんだから、ありがたいのも嬉しいのも一緒さ」


 そういう言葉が、俺にはまたありがたく、そして嬉しかった。

 血の縁で結ばれているルウやルティムと同じぐらい、今や近在の6氏族は団結しているように感じられる。ザザの眷族であるディンとリッドまでもが、これほど惜しみなく力を貸してくれるのである。収穫祭を経て、俺たちはいっそう強い絆を結ぶことがかなったようだった。


「何だか、羨ましいですね。わたしも一緒に収穫を祝いたかったです」


 そのように発言したのは、ラッツの女衆であった。

 フェイ=ベイムは相変わらずの仏頂面であるが、ダゴラの女衆はちょっともじもじとしている。立場上、ラッツの女衆に同意はできないが、個人としては同じ気持ちを抱いてくれているのかもしれない。


「それでは、仕事に取りかかりましょう。今日もよろしくお願いします」


 まだまだ思いは尽きなかったが、俺たちには果たさねばならない仕事があった。

 いつも通りに仕事を分担し、それぞれの作業に取りかかる。パスタやカレーの素の作製に関しては、すでに多数の人間が手順をマスターしつつあった。


 そんな中、俺はこっそりユン=スドラに呼びかけてみる。


「ユン=スドラ、本当に大丈夫かい? ここ数日、ダイの家ではだいぶ頑張ってもらっちゃったけど、疲れてないかな?」


「はい、もちろんです。あのように責任のある仕事をまかせていただき、わたしはとても誇らしく思っています」


 ダイの集落においては、彼女とトゥール=ディンにも講師の役を担ってもらったのだ。ユン=スドラは、その言葉が嘘でないことを示すように、明るく微笑んでいた。

 しかし、その目がふっと憂いげに伏せられてしまう。


「ただ……やっぱりアスタにはお話ししておくべきでしょうね。実は、フォウとスドラの間で、血の縁を結ばないかという話が進められているのです」


「……ああ、そうなんだ?」


「はい。それで、スドラには未婚の人間が男衆と女衆で2名ずつしかいないので……当然、わたしにも話が持ちかけられてきたのですね」


 こらえかねたように、ユン=スドラは嘆息をこぼした。


「これからはいっそうフォウやランとの交流を深め、伴侶に相応しい相手がいるかどうかを見極めるべし……と、家長に念を押されてしまいました」


「うん……」


「せめてあと1年ぐらいは自由にさせてもらえるのではないかと期待していたのですが、そういうわけにもいかないようです。スドラの人間として、色々と覚悟を固めねばならないのでしょうね」


 そうしてユン=スドラは、自分を力づけるように微笑んだ。


「すべては森の導きです。わたしは悔いのないよう、正しき道を探しますので、アスタも頑張ってください」


「うん」と俺は応じたが、何をどう頑張ればいいのかもわからない立場ではあった。

 幸いながら――などと言ってしまったら不遜に過ぎるかもしれないが、収穫祭から数日を経ても、ファの家に嫁入りや婿入りの話が舞い込んでくることはなかった。ただひとり、ジョウ=ランのみがそれに準ずる申し入れをしてきたぐらいである。


 何となく、フォウやランやスドラの人々は、ファの家の行動を見守ろうという立場を取っているように感じられた。

 女の狩人に男のかまど番というアイ=ファと俺が、この先にどのような展望を持っているのか。余所の氏族と血の縁を結ぼうという意思はあるのか。まずはファの家の思惑を重んずるべし、という雰囲気であるのだ。


 俺とアイ=ファにとって、それは何よりありがたい話であっただろう。

 そうであるからこそ、ユン=スドラに対しては申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。


(ヴィナ=ルウはヴィナ=ルウで大変そうだし……俺とアイ=ファは、本当に恵まれているんだな)


 このままでは一生独り身をつらぬく立場であるというのに、俺にはそのように思えてしまう。

 俺としては、他ならぬアイ=ファと理解し合えている、というだけで、もう大概のことは満足に感じられてしまうのだ。

 しかしそれは言ってみれば、ファの氏がアイ=ファの代で絶えるという運命を呑み込んだ上での安息なのかもしれなかった。


             ◇


「……アイ=ファはずいぶん疲れてるみたいだな」


 そうして時間は過ぎゆきて、晩餐の刻限である。

 俺がそのように呼びかけてみると、黙々と食事を進めていたアイ=ファは「うむ……」と大儀そうにうなずいた。


「余所の家に出向くようになってから、これで6日目か。正直に言って、普通に狩人としての仕事を果たすよりも疲れているやもしれん」


「そうなのか。やっぱりラヴィッツの人たちは扱いが難しいのか?」


 狩人たちは、最初から3組に分かれて仕事を果たしていた。内訳は、ランがダイに、スドラがスンに、そしてファとフォウがラヴィッツに、というものである。

 ラヴィッツはファの家の行いに否定的であるので、ここはアイ=ファ自らが出向くべきであろう、という話に落ち着いたのだった。


「確かにラヴィッツの家長というのは、いささか変わり種であるようだ。しかしそれ以前に、私がこういう仕事を苦手にしている、ということなのであろう」


「ああ、うーん、ずっと前にガズやラッツの家まで出向いていたときも、アイ=ファはかなりお疲れの様子だったもんな」


 つまるところ、アイ=ファは面識のない相手と時間をともに過ごしたり、何かの手ほどきをしたりという行為そのものが苦手なのである。

 カレーにひたした焼きポイタンをかじりながら、アイ=ファはまた「うむ」とうなずいた。


「それに、ラヴィッツの狩人らはギバを取り逃がすことも多いのでな。それでいて、私やフォウの狩人が手を出すことを許してくれぬので、なかなか手ほどきも進まずにいる。……まったく、難儀なことだ」


「なるほど。確かにアイ=ファには心労がつのりそうな仕事だな」


「まあ、このていどのことで弱音を吐くわけにもいくまい。明日は手ほどきの仕事も休みと定められたのだから、それで少しは疲れを癒すこともかなうであろう」


 俺は、いささか思い悩むことになった。

 実は本日、俺はアイ=ファにお願い事をしようと目論んでいたのである。


「えーと、こんな流れでこんな話をするのは、とても気が引けてしまうんだけど……」


「何だ。まさか、私にこれ以上の厄介事を持ち込むつもりか?」


「うん。そこまで厄介ではないはずだけど、ちょっとお願いしたいことがあってさ」


 アイ=ファはとても恨めしげな目つきで俺を見つめてきた。

 ますます俺は申し訳ない気持ちになってしまう。


「いや、せっかくの休みにこんなお願いをするべきじゃないんだろうけど、どうしても気になることがあるんだよ」


「…………」


「駄目なら駄目でかまわない。気になることっていうのは、ミケルとマイムのことなんだ」


「ミケルとマイム?」


 半眼になりかけていたアイ=ファの目が、きょとんと見開かれた。

 あまりに俺の言葉が意想外であったのだろう。しかしこれは、シュミラルの帰りが遅いのと同じぐらい、俺にとっては心労の種なのだった。


「うん、実は、金の月に入ってから、ミケルとマイムが宿場町の屋台に姿を現さなくなっちゃったんだ。これまでは、どんなに長くても5日以上は空けることがなかったのに、もう10日ぐらいは経ってしまったんだよ」


「……ふむ?」


「ミケルには炭焼きの仕事があるし、マイムも料理の勉強で忙しいんだろうけどさ。でも、以前に渡したギバ肉だって、とっくに使い果たした頃だろうし……マイムはギバ料理の研究をしているはずなんだから、肉がなくっちゃ勉強も進められないだろう? だから、余計に気になっちゃうんだ」


「それで? 私にどうせよと言うのだ?」


「うん、だから、アイ=ファにミケルたちの様子を見てきてほしいと思ったんだよ。ほら、アイ=ファとアマ・ミン=ルティムはミケルの家の場所を知ってるんだろう? で、アマ・ミン=ルティムはそんな遠出をさせられるような状態じゃないから、アイ=ファに頼むしかない、と思ったんだよな」


「…………」


「いや、無理ならいいんだよ。それなら、他の誰かにお願いするんで、ミケルの家のだいたいの場所を教えてもらえれば――」


「何を言う。あのように入り組んだ町のことを、言葉でうまく伝えられるものか」


 アイ=ファはしかつめらしく言い、その手の木皿を敷物に下ろした。


「私がミケルの家にまで出向いて、その無事を確かめてくればよいのだな? それぐらいのことは、どうということもない」


「本当に大丈夫なのか? 自分で言いだしておいて何だけど、せっかくの休日にはしっかりと休んでおくべきじゃないか?」


「……たとえ私が休みになろうとも、お前には宿場町での仕事があるのだろうが?」


 と、とても唐突に唇をとがらせるアイ=ファである。

 威厳にあふれていたお顔が、いきなり子供っぽくなってしまう。


「……まさか、家に残されているトトスを使って、勝手にトゥランまで出向いてこい、という話ではなかろうな?」


「う、うん。もちろん一緒に宿場町に下りて、俺たちが商売をやっている間に見てきてもらえればと考えていたけど……」


「ならば、それでよい」


 アイ=ファはすみやかに唇を引っ込めて、木皿のギバ・スープをすすり込んだ。

 愁眉が開くという言葉そのままに、機嫌のよさそうな面持ちになっている。


(そうして家族との絆を深めるのも大事なことですものね)


 俺の頭には、ラッツの女衆の言葉がまざまざと蘇っていた。

 胸の中が、何か温かいもので満たされていくのを感じる。


「……何をじろじろと人の顔を見ているのだ? 早く食べねば、せっかくの料理が冷めてしまおう」


「うん、そうだな」


 アイ=ファが一緒に宿場町に下りれば、ひさびさに朝から晩まで一緒にいられるな――などという言葉を口に出したら、頬をひねられるか膝を蹴られるかに決まっているので、俺はおとなしく食事を進めることにした。

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