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異世界料理道  作者: EDA
第二十三章 闘技の候
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小さき氏族の収穫祭⑥~血の絆~

2016.11/26 更新分 1/1 ・11/28 誤字を修正

 その後、俺はユン=スドラとともにその場を離れることになった。

 アイ=ファたちはまだ勇者として祝福を受けている最中のようであるし、レイナ=ルウたちも見届け役として、さまざまな人々と言葉を交わしている様子である。

 俺たちはまた後でパスタ料理のブースで働く予定になっていたので、今の内に宴を楽しんでおくべきと思われた。


「ああ、アスタにユン=スドラ。ちょうどいま、新しい肉が焼きあがったところだよ」


 その道すがら、声をかけてきたのはフォウ家の女衆であった。

 ファの家から持ち込まれた鉄板で、さまざまな部位のギバ肉を焼いている。かまどの隣に築かれた丸太の台に置かれているのは、作り置きをしておいた大量の野菜炒めだ。


「ありがとうございます。それじゃあ、いただこうか?」


「はい」とうなずき、ユン=スドラがてきぱきと野菜炒めを取り分ける。その上に、熱々のギバ肉がどっさりと載せられた。

 さらにその上に、さまざまな食材を練りあわせたディップも添えられる。

 これは、ギバ骨の出汁を取るために使われた食材の使い回しである。


 森辺の民は、食材を無駄にすることをよしとしない。でんぷん質を抽出するために絞られたチャッチや、用途を終えた漬け汁なども、すべて何らかの料理に使い回されることになる。ましてやギバ骨の煮込み作業では臭み取りのためにかなり大量の食材が使用されるのだから、それを廃棄することなど許されるはずもなかった。


 というわけで、臭み取りに使われたアリア、ネェノン、ミャームー、ラマムは、すべてこのディップに使われている。

 しかしそのままではギバ骨の強烈な臭みも移ってしまっているので、チャーシューの作製で使われた煮汁にミャームーとチットの実を加えたものがさらに練り込まれていた。


 6時間も煮込まれてくたくたになった野菜や果物をすりつぶし、それらの調味料をまぜあわせる。さらにはスープで使われた海草も刻んで、一緒に和えている。濃い褐色をしたそのディップは、ギバ肉との相性もなかなかのものであった。


「美味しいですね」とユン=スドラが微笑みかけてくる。

 やっぱり髪をおろしているので、普段とは違う大人びた印象である。

 すると、フォウの女衆も目を細めて、「何だかあんたたちはお似合いだね」などと申し述べてきた。


「アスタは17で、ユン=スドラは15だったっけ? ファとスドラが血の縁を結ぶのなら、あたしらは心から祝福するよ」


 俺は言葉を失い、ユン=スドラは顔を真っ赤にした。

 そうして木皿を抱えたままその場を離れると、ユン=スドラは赤い顔をしたまま「申し訳ありません」と頭を下げてくる。


「いや、別に、ユン=スドラが謝るような話じゃないよ」


「でも、アスタにとっては気分のよくない誤解ですよね」


 ユン=スドラは目を伏せて、木匙の肉を口に運んだ。


「……わたしの心情は、以前に語ったときのままです。アスタを困らせるような真似は決してしませんので、どうかご心配はなさらないでください」


「うん……だけどやっぱり、ユン=スドラがそんな風に申し訳なさそうな顔をする必要はないんじゃないのかな?」


 ユン=スドラは、俺か自分のどちらかが伴侶を娶るそのときまで、俺のことを思い続けたい、などと言ってくれていたのである。

 しかもそれは、俺のアイ=ファに対する思いを察した上での言葉であった。


 もしも俺とアイ=ファが結ばれるようなことになれば、心の底から祝福をするし――なおかつ、アイ=ファ以外の人間には決して俺を渡したりはしない、とまで言っていたのだ。


 ユン=スドラは静かに微笑み、そしてたくさんの人々で満たされた広場のほうを見渡した。


「このような宴を開くことができて、わたしはとても幸福です。……その反面、フォウやランの男衆に見初められてしまったらどうしよう、という思いにもとらわれてしまいます」


「……うん」


「ザザの許しがない限り、ディンやリッドの人間は余所の氏族の人間を娶ることは許されないでしょう。それで、フォウやランはもともと眷族であるのですから、その目は自然とファやスドラに向かうのではないかと思います」


 そう言って、今度はにこりと無邪気に微笑むユン=スドラであった。


「だから、アスタにだって嫁入りの話は舞い込んでくるかもしれませんよ? ファの家であれば、フォウやランだって眷族になることにためらいはないでしょうし」


 ファとスドラは、余所の家と血の縁を結ばない限り、いずれは絶えてしまう血筋であるのだ。

 そして、フォウとランも今ではおたがいしか眷族を持たない。このままでは先細りなので、新たな眷族を求めるのが道理であろう。


(そう考えたら、ファやスドラは格好の相手なのか)


 森辺において、血の縁を結ぶというのは生半可な話ではない。血の縁は何よりも重んじられるべきものであるので、相手方の氏族全員と運命をともにする覚悟を固められない限り、たやすく婚儀をあげることなど許されないのだ。


 しかし、ファの家には2名、スドラの家には9名しか家人がいない。これほど少数であるならば、血族に相応しいか否かを見極めるのも、比較的容易であるはずだった。

 なおかつ、ファもスドラも日々の行いや今日の収穫祭で、その力をしっかりと示している。自分の家のことは置いておくとしても、バードゥ=フォウがスドラの家と血の縁を結びたいと決心したところで、俺はまったく驚く気持ちにもなれなかった。


(森辺の民は、そうやって家の名を残しているんだもんな)


 たとえばフォウの家には、18名もの家人がいるという。

 それはルウの眷族でもルティムに次ぐ、レイの家と大差のない人数であった。


 だけどきっと、フォウの家は力を失った眷族を吸収した上での、その人数であるのだ。ランを除くすべての眷族は、この数十年で力を失い、氏を捨てて親筋のフォウの家人となったのだろう。


 現実に、前々回の家長会議から前回の家長会議の間でも、3つの氏族が絶えたのだと聞いている。わずか1年で、3つの氏族が氏を捨てることになったのだ。


 いっぽうレイ家は、古きの時代からルウ家の眷族であったのだと聞いている。だから、他の眷族を家人として吸収することなく、ただ婚姻のやり取りだけでその人数をキープできているのだった。


 親筋のルウ家が衰退しない限り、レイ家もまた衰退することはないだろう。

 しかしフォウ家は、新たな血の縁を紡がない限り、ラン家だけを眷族として生きていくことになる。それではいずれ血が濃くなりすぎて、婚姻の相手にも困るようになってしまうはずだ。


(だからこそ、ファやスドラみたいに眷族の絶えてしまっている氏族が、婚姻の相手としては最適なんだ。ガズやラッツやベイムとかだと、どちらが親筋になるのかという問題が出てきてしまうし、何十人もの家人が血族として相応しいかを確認するのにもひと苦労だもんな)


 しかし何にせよ、新たな血の縁を結ぶことさえできたなら、氏を後世に残すことはできる。

 スドラの家だって、それは同様だ。わずかなりとも未婚の人間は存在するので、それで血の縁を紡ぐことができる。

 よって――このままでいくと氏が絶えることが確定しているのは、ファの家のみなのだった。


 何だか、どんどん感傷的な気持ちになってきてしまった。

 そこにまた、別の声に呼びかけられる。


「アスタ、休憩かい? よかったらこっちの料理も食べていきなよ」


「アスタ、かれーはもうこれっぽっちしか残ってないよ」


「アスタ、トゥール=ディンを見なかったかい? ぎばかつを揚げたいんだけど、まだあたしらはトゥール=ディンほど上手にできないんでね」


 女衆だけで30名以上もいるので、まだその名をすべて覚えられているわけではない。しかし誰もが、多かれ少なかれ見知った顔であった。

 俺にとっては、大事な同胞だ。

 たとえ血の縁がなくとも、それはかけがえのない存在である。

 もしもそんな彼女たちから、婚姻を望まれてしまったら――俺は申し訳なさでいっぱいになってしまうことだろう。


(ヴィナ=ルウなんかは、数えきれないぐらいの申し入れを断ってきたって話だったよな。俺とは事情は異なるとしても、自分の都合で相手の好意をはねのけないといけないっていうのは、きっと大変な心労だったんだろう)


 だけど俺は、まだ訪れてもいない気まずさや後ろめたさのために、人を遠ざける気持ちにはなれなかった。

 異国の生まれで、男衆のくせに料理しか取り柄がなく、そして誰を嫁に娶る気持ちもない――こんな変わり者でよろしければ、どうか仲良くしていただきたいと、そんな風に思ってやまないのである。


 それでもやっぱり、ユン=スドラのことを考えると胸が痛くなってしまう。

 彼女に対してだけは、現時点ですでに気まずさや後ろめたさを感じてしまっている。

 俺なんかと関わり合いにならなければ、いつでも自由に伴侶を選ぶことができたのに――と、そんな風に思えてしかたがなかったのだった。


「……どうしたのですか、アスタ?」


 と、そのユン=スドラが不思議そうに俺の顔を覗き込んできた。

 そして、「あ」と可愛らしく眉をひそめる。


「アスタのほうこそ、何だか申し訳なさそうな顔になっています。余計な気遣いは不要ですよ、アスタ」


「いや、だけどさ……」


「勝手なことを述べているのは、わたしのほうなのです。こうしてアスタを悩ませてしまっている時点で、悪いのはわたしなのですよ。……森辺においては、報われぬ気持ちに執着するほうが悪いとされているのですから」


 そのように述べてから、ユン=スドラはふいににこりと微笑んだ。


「今のわたしが嫁入りを願っても、アスタは断るでしょう? 本来なら、それで終わっている話なのです。それでも気持ちを捨てきれず、はかない希望にすがっているのは、わたしの自分勝手な行いです。他の女衆が耳にしたら、誰もがわたしを叱りつけることでしょう」


「ユン=スドラがそんな風に自分を卑下する必要はないよ」


「卑下などしていません。ありのままの事実を語っているだけです」


 そうしてユン=スドラは、彼女には珍しく悪戯小僧のような表情を浮かべた。


「でも、あえて言うなら、アスタもわたしと同じ過ちを犯しているのですよね。報われぬ気持ちに執着しているのは、わたしもアスタも一緒です。……だからアスタは、わたしのことなどよりも、自分の想い人について悩むべきだと思いますよ?」


 あちこちに炊かれたかがり火に照らされながら、俺は少し頬を赤らめていたかもしれない。

 そんな俺の顔を満足そうに見やってから、ユン=スドラはななめ前方を指し示してきた。


「あちらのかまどでは何の料理を出していましたっけ? ぱすたの仕事を再開させる前に、たくさん食べておきましょう」


「うん、そうだね」


 俺は小さく頭を振って、気持ちを切り替えることにした。

 自分の発言で開催されることになった宴のさなかに、自分が気分を滅入らせていてはお話にもならない。せめて感傷的になるのは宴が終わってからにしよう、と思った。


 で、新たなかまどである。

 ディップを使った焼き肉と野菜炒め、大量の肉団子、『ギバ・カレー』、『ギバ・カツ』ときて、次に現れたのはポイタン料理のかまどであった。


 ここには特に大きな台が置かれて、そこにポイタンが山積みにされている。

 ただし、作り置きにされていたのはギャマの乾酪を練りこんだ特別仕立ての焼きポイタンであり、鉄板で焼かれているのはお好み焼きであった。


 それらをひと切れずついただいて、さらに足を進めると、人垣の外で何やら言い合いをしている人々がいた。

 誰かと思えば、ベイムの家長とフェイ=ベイムである。家長にはまだきちんと挨拶をしていなかったので、俺たちはそちらに近づいていくことにした。


「おひさしぶりです、ベイムの家長。何か問題でもあったのですか?」


「ああ、アスタ。何でもないのです。ただ、家長がやたらと意固地になっているだけで……」


「意固地になどなっておらん。お前が勝手なことを言っているだけだ」


 ベイムの家長は、小柄で肉厚な体格をした壮年の男衆であった。19歳のフェイ=ベイムが末妹であるのだから、年齢は四十路を超えているのだろう。顔立ちは、少し平家蟹に似ている。

 そんな父親の手を引っ張っていたフェイ=ベイムが、仏頂面で説明をしてくれた。


「あちらには甘い菓子が準備されているのですが、女衆と幼子が多いので、家長が近づこうとしないのです」


「だから、近づく理由がないと言っているのだ。そのようなものを食べなくとも、料理は他にいくらでもある」


「だって、家長は甘い菓子を楽しみにしていたのでしょう? そんな意固地になって食べそこなって、あとで不機嫌になられても困ります」


 そうしてフェイ=ベイムは、仏頂面のまま俺のほうを振り返る。


「家長は城下町でアスタの作る甘い菓子を口にしたそうですね。それでわたしも家の食事でポイタンやチャッチに砂糖をいれてみたりしてみたのですが、家長はいつも不満げなのです」


「ええと、ベイムの家長が口にした甘い菓子というと……たしか、ティマロと初お目見えしたときの晩餐会だったから……ああ、チャッチ餅ですね。チャッチ餅なら、今日も準備しているはずですよ」


 ベイムの家長は、ひくりと口もとを引きつらせた。

 しかし、不機嫌そうな面持ちのまま、「ふん!」とそっぽを向いてしまう。


「けっきょくその甘い菓子とやらには、女衆や幼子ばかりが群がっているではないか。やっぱりあのようなものは狩人の食べるべきものではなかったのだ」


「そんなことはないですよ。果実酒を楽しんでいる人たちは、後回しにしているのでしょう。甘い菓子を食べながら果実酒を口にすると、酸っぱさが際立ってしまいますから」


「…………」


「ルウの家でも、ドンダ=ルウたちは甘い菓子を喜んでいるそうですよ。特にチャッチ餅なんかは他の料理にはない食感をしているので、男衆にも喜ばれるものなのでしょう」


 ということで、俺もフェイ=ベイムに加勢することにした。


「よかったら、一緒に行きましょう。俺もいちおう男衆ですし。俺よりも菓子作りの巧みなトゥール=ディンが一生懸命こしらえた菓子なので、ぜひ味わってみてください」


 それでも渋るベイムの家長をなだめつつ、俺たちはいざ人垣へと突撃した。

 確かに女衆や幼子が多い。が、若めの狩人もちらほらとはいるようだ。それらの人々に挨拶をしながら、俺たちは木皿の置かれた台まで到達した。


 準備されているのは、チャッチ餅とポイタンの焼き菓子だ。

 チャッチ餅は、プレーンにカラメルがかけられたものと、カカオめいたギギの葉を使ったもの、それにカロン乳を使ったものの3種類が準備されている。焼き菓子は、プレーンとギギ風味の2種であるが、生クリームとカスタードクリームとギギクリームの3種のトッピングが準備されていた。


「これがちゃっちもちという菓子ですか。ずいぶん奇妙な形をしているのですね」


 率先して手をのばしたフェイ=ベイムが3種のチャッチ餅を家長に取り分けてから、自分も口にする。

 その小さめの目が、驚きに見開かれた。


「これは……確かに、美味ですね……チャッチに砂糖をまぜていた自分を恥ずかしく思います……」


「チャッチ餅は作り方が特殊ですからね。今度の手ほどきで、作り方をお教えしますよ」


 食べてみると、確かにどのチャッチ餅も絶品であった。

 甘さは、いずれもひかえめである。しかし、物足りないことはまったくない。トゥール=ディンの性格をそのまま表したかのように、それは繊細で優しい味であった。


 同じものを口にしたベイムの家長は、「ぐむう」とうなり声をあげている。

 それから家長は、感情の定まらない面持ちで俺のほうを見やってきた。


「アスタよ、これはアスタ以外の女衆がこしらえたものなのか?」


「はい。ディン家のトゥール=ディンが中心になってこしらえたものです。彼女は俺よりも菓子作りの才覚に恵まれているようなのですよ」


「ふむう……」


「それで、トゥール=ディンがここまで食材の正しい分量を定めてくれましたからね。あとはその教えの通りに作製すれば、誰でもこれに近いものを作れると思います。作り方そのものが難しいわけではありませんので」


 なおかつ、プレーンにカラメルであれば、食材もチャッチと砂糖だけで済む。それに、果実酒と同じ値段のカロン乳だって、そこまで贅沢な食材ではないだろう。一日でも手ほどきをすれば、フェイ=ベイムも美味しいチャッチ餅で家族を喜ばせることができるはずであった。


「ああ、アスタ、ここにいたのか」


 と、低い位置から男衆の声がした。

 そこらの女衆よりも小柄な、ライエルファム=スドラである。


「あ、どうも。お祝いのほうは終了ですか?」


「うむ。ようやく解放された。さすがに80名以上もいると、祝いの言葉を受けるだけで大ごとだな」


 ライエルファム=スドラは焼き菓子をつまむと、口の中にそれを放り込んだ。

 そのかたわらに控えていたリィ=スドラが、気品のある微笑を俺に向けてくる。


「リィ=スドラも今日はお疲れさまでした。……お身体のほうは大丈夫ですか?」


「はい、もちろん。まだ日々の仕事が苦しくなるような時期ではありません」


 リィ=スドラの妊娠が発覚したのは、黒の月の終わりのことだ。

 あれからもう3ヶ月以上が経過していることになるが、外見上にそこまで目立った変化は見られない。ましてや既婚の女衆はゆったりとした一枚布の装束を纏っているのでなおさらであった。


「でも、いささか匂いに対して過敏になってきたようで、せっかくの骨ガラの煮汁も味わえないようになってしまいました」


「それはしかたのないことですよ。もう少し時間が経てば落ち着くのではないでしょうか」


 などと、俺がうろ覚えの知識で慰める必要もないだろう。彼女はすでに、2度ほど出産を経験しているはずなのである。

 リィ=スドラは、普段以上に慈愛に満ちた面持ちで、そっとお腹に手を押し当てている。

 その姿を横目で見つめてから、ライエルファム=スドラがまた俺たちに向きなおってきた。


「そういえば、その煮汁のことでアスタやユンたちを捜していたようだぞ。ぱすたという料理を勝手に茹でてしまっていいものか、判じかねている様子だった」


「そうですか。ありがとうございます。……それじゃあ、そろそろ戻ろうか」


「はい」


 俺たちはベイム家の2名にも別れを告げて、もとの場所へと引き返すことにした。

 ルウ家での宴よりも人口密度が高いので、そうした移動もひと苦労である。だいぶん酔いの回ってきた男衆などとぶつかってしまわないように気をつけながら、俺たちはひたすら人波をかきわけた。


 そうしてようやく目的の地が見えてきたところで、目の端に金褐色の光がきらめいた。

 アイ=ファである。

 広場を囲むように設えられたかがり火の下で、アイ=ファが何者かと語らっていた。


「あれは、ジョウ=ランですね」


 同じものを見つけたらしいユン=スドラが、ちょっと潜めた声でそのように述べてきた。


「勇者の席でも、あの男衆はしきりにアイ=ファへと声をかけていたようですが……サリス・ラン=フォウと同様に、あの男衆もアイ=ファと縁のあるお相手なのですか?」


「いや、そういうわけではないみたいだよ。ただ、狩人としてのアイ=ファに何か思うところでもあるのかもしれない」


「そうですか」と言いながら、ユン=スドラは何となく落ち着かなげな面持ちであった。

 日中にサリス・ラン=フォウが見せていたのと同じような表情だ。

 彼がアイ=ファに近づくとき、女衆は同じような反応を見せる。何か俺にはわからない空気を感じ取っているのだろうか。


 アイ=ファはいつも通り、凛然とした面持ちで対応していた。

 ジョウ=ランも、昼間と同じようににこにこと微笑んでいるようだった。


 これといって、不審なところはない。あえて言うなら、アイ=ファが気心の知れていない相手とふたりきりで語らっている姿が珍しく思えるていどであった。


(……俺だって女衆と接する機会のほうが多いんだから、これぐらいで心を乱すのは器が小さすぎるよな)


 そのように考えながら、俺は自分の仕事を果たすべく、鉄鍋の載せられたかまどを目指した。

 そちらでは、パスタの再開を求める人々がどっさり集まってしまっていた。

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