小さき氏族の収穫祭③~力比べ・中盤戦~
2016.11/23 更新分 1/1 ・2016.11/24 ・2018.4/29 誤字を修正
次なる競技は、木登りであった。
高さが10メートルはあろうかという木に登り、戻ってくる。そのスピードを競う、シンプルな種目だ。
「この4本の木は、高さも枝の数もだいたい同じぐらいだ。その天辺近くに布を巻いておいたので、そこに手を触れてから降りてくればよい」
これは身軽さを競う勝負であるので、また小柄な人間が若干有利であるかもしれない。
しかし筋力だって必要になるので、大柄な人間が極端に不利になることもないだろう。長いリーチというやつも、木登りでは有利に働きそうだ。
(ダン=ルティムだったら、ものすごいスピードで登りそうだもんな。……って、実際に目にしたら思わず笑っちゃいそうだけど)
俺がそんな失礼な想像をしている間に、木登りの力比べは粛々と開始された。
やはりどの狩人も、尋常でないスピードである。バードゥ=フォウやリッドの家長のように大柄な人間でも、みんな重力を無視した身軽さですいすいと高い木を登っていく。蜘蛛の力を手に入れたアメコミのヒーローもかくやという身のこなしだ。
そんな中で、やはり目立ったのはスドラの男衆であった。
特にライエルファム=スドラの身軽さは尋常でなく、まるで本物の猿みたいだった。
それに、ライエルファム=スドラぐらい小柄であれば、枝葉の障壁をくぐり抜けるのにも有利である。それはまるで平地を駆けるにも等しいスピードであった。
そしてライエルファム=スドラのみならず、誰もが最後は5メートルぐらいの高さから飛び降りてしまう。そのたびに、女衆の側からは歓声があがった。
で、我らが家長アイ=ファである。
アイ=ファも一回戦は難なく勝ち上がっていた。
対戦相手のスドラの男衆も並々ならぬスピードであったが、それにも2秒以上の差をつけての勝利であった。
ギバを狩るにあたって、木登りというのはたいそう大事な作業であるようなのだ。休息の期間の鍛錬や、怪我から回復したときのリハビリなどでも、アイ=ファはかなり木登りというものに重点を置いていた。
そうして9名による準決勝戦である。
めぼしい狩人は、全員勝ち残っている。というか、9名中の6名は各氏族の家長たちであった。
残りの3名は、チム=スドラとジョウ=ラン、そしてトゥール=ディンの父親であった。
「あの顔ぶれの中で勝ち残るなんて、トゥール=ディンの父さんはすごいじゃないか」
トゥール=ディンの父親もまた、スドラの男衆に打ち勝っていたのだ。
トゥール=ディンは、ちょっとうつむきながら「はい」と言った。
「父は正しい生を取り戻すために、見ていて心配になるほど、狩人の鍛錬に励んでいました。少しずつその成果が見えるようになってきて、わたしもとても嬉しく思っています」
ディンの血筋であったのは、トゥール=ディンの母親だ。だからトゥール=ディンの父親は、生粋のスン家の人間であったのである。
年齢はまだ30ぐらいであるようだから、狩人になってわずか数年で森の恵みを荒らすことになり、それから十数年間は生ける屍のような生を歩んできたのだろう。
だけど、ずらりと並んだ9名の中で、トゥール=ディンの父親が見劣りすることは決してなかった。俺がよく知る、精悍で凛然とした狩人の姿だ。そんな姿を見せつけられると、俺まで胸が熱くなってきてしまった。
「それでは、また3名ずつだな。早くに勝負を終えた者から、また順番に挑むこととしよう」
バードゥ=フォウの言葉にうなずき、3名の狩人が進み出た。
トゥール=ディンの父親と、リッドの家長と、チム=スドラである。
ここまで来たら誰が相手でも強敵であるが、チム=スドラというのはライエルファム=スドラに次ぐぐらい、この競技を得意にしているように思われた。
で――結果はやはり、チム=スドラの勝利である。
ただしトゥール=ディンの父親は、リッドの家長に勝利していた。
この場では一番頑強そうな体躯を持つリッドの家長は、「ふう」と息をついてからトゥール=ディンの父親の胸を小突いた。
「お前さんは、これほどまでに木登りが得意であったのだな。闘技の力比べではまだ負ける気はせんが、こいつはなかなか驚かされたぞ?」
ディンとリッドは眷族であるため、これまでもともに収穫の宴を行っていたのだ。
トゥール=ディンの父親は、ちょっとはにかむような表情で笑いながら「うむ」とうなずいた。
「……なんとなく、笑った感じはトゥール=ディンに似ているね?」
俺が小声で呼びかけると、トゥール=ディンは恥ずかしそうにいっそう深くうつむいてしまった。
人目がなければ、力を尽くした父親に飛びつきたかったのではないだろうか。うっすらと涙のにじんだ目で父親の姿を追うトゥール=ディンが、とてもいじらしかった。
で、準決勝の2試合目である。
これはライエルファム=スドラが順当に、バードゥ=フォウとランの家長を負かしていた。
それに続いて、3試合目。
アイ=ファとジョウ=ランと、ディンの家長だ。
ここでまた少し波乱が起きた。
アイ=ファとジョウ=ランがほぼ同着で地面に降り立ち、引き分けと相成ってしまったのだ。
尋常でない動体視力を持つ森辺の狩人たちでも、どちらが先であったと判断することはできなかったらしい。
それで、敗退したディンの家長はしりぞき、アイ=ファとジョウ=ランで仕切り直しの再戦が行われたのだが、これまた決着をつけることはできなかった。
「このようなこともあるのだな。2回連続で勝負がつかずというのは初めてだと思うぞ」
ライエルファム=スドラが呆れた様子でそのように述べていた。
「しかし、これ以上勝負を重ねさせると、さすがに力が弱ってしまうかもしれん。木は4本あるのだから、最後の勝負は4名で行えばよいのではないか?」
ライエルファム=スドラの提案が通り、決勝戦は4名で行われることになった。
ライエルファム=スドラ、チム=スドラ、アイ=ファ、ジョウ=ランの4名である。
バードゥ=フォウの合図とともに、4名の狩人が木に飛びついた。
さすがは決勝戦で、誰もが凄まじいスピードである。
俺も手に汗を握ることになった。
女衆は、声援をあげている。特にスドラとランとフォウの女衆は、血族のために声を振り絞っていた。
そんな中、4つの影がほぼ同時に舞い降りてきた。
ずざっと地面に着地する音が響き、砂埃が舞う。
俺の目からは、全員が同着としか思えない。
しばしの沈黙の後、バードゥ=フォウが長い腕を振り上げた。
「勝者は、ライエルファム=スドラ! ……誰か、異存のある者はいるか?」
残りの家長や、狩人たちの何名かは、全員が首を横に振っていた。
異義の申し立てはなく、木登りの勇者はライエルファム=スドラと定められた。
「しかし、本当に全員がほぼ同時であった。この4名を全員勇者と呼びたいほどだ」
そんな言葉には、全員が同意を示すようにうなずいている。それほどの接戦であったのだ。
すると、着地の体勢のままバードゥ=フォウの宣言を聞いていたジョウ=ランが、身を起こしながら声をあげた。
「ちなみに、2位から下はどのような順番であったのでしょう? やはり同着ですか?」
「いや、俺の目にはアイ=ファ、ジョウ=ラン、チム=スドラという順番に見えたな」
「俺には、アイ=ファ、チム=スドラ、ジョウ=ランという風に見えたぞ。……いや、チム=スドラとジョウ=ランは同着かな」
すると、男衆の間で討論が始まってしまった。
何だか、動体視力の力比べでもしているかのような有り様である。
「何にせよ、俺はアイ=ファに先んじることはできなかったようですね」
そんな中、ジョウ=ランはまた涼やかに微笑んでいた。
「残念です。きっと最初の2回の勝負で、俺は力が尽きてしまったのでしょう。残りの棒引きと闘技の力比べでは、さらなる力を振り絞ろうと思います」
アイ=ファはけげんそうにジョウ=ランを振り返った。
「それは私に述べているのか? お前とは特に言葉を交わした覚えもないのだが」
「はい。何ヶ月も前に、血抜きや内臓抜きの手ほどきを受けるために顔をあわせたぐらいでしょう。そのときも、言葉らしい言葉は交わしていないと思います」
「そうか」と短く言い捨てて、アイ=ファは人垣に戻ってきた。
そこにバードゥ=フォウの声が響く。
「それではここで、小休止を入れる。小休止については、ファの家のアスタから説明をしてもらおう」
「はい。かまど番の仕事を進めたいので、ちょっと長めの休憩時間をいただくことになりました。その長さについてご説明したいので、広場のほうに移動をお願いいたします」
広場の中央、儀式の火を焚くための薪の山のかたわらに、俺は日時計を設置していた。角度は適当であるが、これで時の長さを計測することはできる。
「休憩時間は、一刻ほどいただきたいと考えています。この影がこの印に到着するまでですね。太陽が中天から沈むまでの時間の6分の1という長さになります」
意外にさくさくと3つの種目が終了したので、体感的にはまだ1時間と少しぐらいしか経過していない。ならば時刻は、2時から2時半といったところだろう。遅くとも3時半ぐらいに力比べを再開するとして、5時半ぐらいに決着をつけていただければ、日没までまた1時間半ぐらいは調理の時間をいただける、という計算である。
「みなさん、咽喉が渇いたでしょう? チャッチのお茶というものを準備しましたので、よかったらそれを試してみてください」
フォウ家の女衆が、引き板で水瓶を運んできてくれた。朝の内に作製して、常温で冷ましておいたチャッチの皮のお茶である。柑橘系の香りと若干の渋みを持つこのお茶は、常温でもそこそこいけるのだ。
なおかつ、ささやかながらも軽食を準備していた。どうせみんなフォウの集落にやってくる前に干し肉で栄養補給しているであろうから、本当につまむていどの軽食である。内容は、ギバのベーコンにケチャップを塗って、ポイタンの生地ではさんだものであった。
男衆は地べたに座り込み、木皿ですくったお茶とともに、次々と軽食をたいらげていく。みんなすっかり昂揚しており、小宴会さながらだ。
その光景を見回してからかまどの間に戻ろうとした俺は、集落の入り口から新たな人影が踏み込んできたことに気づき、動きを止めることになった。
トトスを引いた大柄な影と、ちまちまとした小柄な影だ。
それはルウ家の長兄と末妹、つまりはジザ=ルウとリミ=ルウであった。
「おお、ずいぶん早かったな。もう狩人としての仕事は片付いたのか、ルウの長兄よ?」
バードゥ=フォウが立ち上がり、その2名を出迎えた。
ジザ=ルウは「うむ」とうなずく。
「すでに十分な数のギバを狩ることができたのでな。もうひとたび森に入ろうかとも思ったが、それは弟たちに任せることにした。どうせならば、狩人の力比べも見ておいたほうがよかろうと思ったのだ」
療養中のドンダ=ルウであれば最初から自由の身であるのだが、今日の見届け役にはジザ=ルウが選ばれていた。
サトゥラス伯爵家の晩餐会と同じように、これはジザ=ルウに任せるべきとドンダ=ルウは判断したようだ。
「ちょうど小休止であったようだな。これまでの力比べの結果などを教えてもらえたらありがたいのだが」
「ああ、それではこちらで腰を落ち着けるといい。まだしばらくは休みの時間と定めたので、ゆっくり語って聞かせよう」
そうしてジザ=ルウは、ダリ=サウティもまじえて男衆が語らっている広場の真ん中へと導かれていった。
ジドゥラの手綱を預かったリミ=ルウは、俺に向かってにこーっと笑いかけてくる。
「えへへ。リミも大急ぎで仕事を片付けて、一緒に連れてきてもらっちゃった! アイ=ファにアスタ、お疲れさま!」
心がまえをして背後を振り返ると、いつの間にやら俺の真後ろに立ちはだかっていたアイ=ファが軽食をまぐまぐとかじっていた。
「あれ? アイ=ファ、何か怒ってる?」
「……べつだん、何も怒ってはいない」
「そうかなー? でも、眉のところがきゅってなってるよ?」
リミ=ルウほど観察眼にすぐれていない俺でも、アイ=ファが不機嫌であることは丸分かりであった。また、その理由もだいたいは察することができる。得意の木登りでも勝利を収めることができなかったので、ご機嫌を損ねてしまったのだろう。
「それじゃあ俺たちは仕事に戻るよ。アイ=ファとリミ=ルウはどうする?」
「一緒に行くー! ね、アイ=ファも行くでしょ?」
「……うむ」
ということで、俺たちはアイ=ファとリミ=ルウをともなってフォウ本家のかまどの間へと移動した。
そこで待ちかまえていたのは、他の見届け役の女衆たち――レイナ=ルウとスフィラ=ザザである。
「お待ちしていました、アスタ。サウティとベイムの女衆は、トゥール=ディンたちのほうに向かいました」
「うん、了解。……えーと、おひさしぶりですね、スフィラ=ザザ」
「……はい」とうなずくスフィラ=ザザは、案に相違して悄然としたたずまいであった。
なんだかしょぼんとしたお顔であり、俺やアイ=ファをにらみつける気力もないようだ。俺としては、その心中を思いやらないわけにはいかなかった。
「レム=ドムの一件は聞きました。ドムの家で、あらためて狩人の修練を積ませているそうですね」
「はい。それでドム家の作法を学んだら、見習いの狩人として森に出すそうです」
ディック=ドムは、ついにそのような決断を下したのである。
むろんそれはグラフ=ザザとジーンの家長も交えて、さんざん議論したのちの決断であったらしい。さらにレム=ドムは、北の集落の15歳未満の見習い狩人たちと力比べをして、それに勝利し、自分の力を血族たちに示してみせたのだという話であった。
「……気配の殺し方や弓の腕前などは、見習いどころか一人前の狩人に匹敵する力量であったとのことです。……あなたの見立ては完全に正しかったということですね、アイ=ファ」
「見立てはあくまで見立てにすぎん。実際に力をつけたのはレム=ドム自身だ」
そのように述べてから、アイ=ファは真剣きわまりない眼差しでスフィラ=ザザを見つめた。
「お前はレム=ドムに強い思い入れを抱いているようだな、ザザの末妹よ。しかし、グラフ=ザザやディック=ドムらがそうと認めたのならば、やはりレム=ドムは他の若衆にも劣らぬ力があったということだ。森辺の女衆として、森辺の狩人の無事な帰りを祈るがいい」
「わかっています、そのようなことは……」
と、言いながら、深々と溜息をつくスフィラ=ザザである。
普段が強気で毅然としているだけに、この落ち込みっぷりはいたたまれなかった。
しかし、俺も本日の仕事を果たさなくてはならない。気を取りなおして、下ごしらえの続きに取りかかることにした。
力比べを行っている間も、交代でギバ骨の鍋の面倒は見ていた。30分に1回ぐらいは攪拌しないと具材が焦げついてしまうし、火力を保つにはさらに頻繁に薪を補充しなくてはならないのだ。確認したところ、鍋の中身にも火力にも問題はなかった。
「よし。それではミートソースの準備に取りかかりましょう。ギバ肉の準備をお願いします」
パスタはギバ骨スープともう1種、ミートソースでも楽しんでもらう予定でいた。茹でたパスタはその場で取り分けて、好きな食べ方をチョイスしてもらおうという方針だ。
10名がかりで、ギバ肉や野菜を刻んでいく。みじん切りの作業に関しては、もはや誰でも遜色はなかった。小さき氏族の人々はまだそれほど凝った料理の作り方を体得しているわけではなかったが、肉団子に関しては早い段階で伝授されていたので、肉挽きとみじん切りには手馴れているのである。
(普段から商売の下ごしらえを手伝ってもらってるから、共同作業にも慣れてるしな。トゥール=ディンみたいに際立った存在は他にいないけど、みんな着実に地力を上げてきてる感じだ)
近在の氏族はファの家の手伝いや肉を売ることで多くの銅貨を手にすることになったが、それをルウ家ほど惜しみなく使えているわけではない。これまで不足していた日常品を買いそろえるだけで相応の銅貨が必要であっただろうし、いざというときのために蓄えておきたいという気持ちもあっただろう。怪我や病気や出産など、銅貨が必要になる場面は多々あるのだ。それらを考慮せずに散財する人間など、森辺にそうそう存在するはずはなかった。
だから、高級な食材にだってなかなか手を出せるものではない。もともと宿場町で売られていたような野菜や、あとは少量でも劇的に料理の質を変えられるタウ油や砂糖あたりは普通に購入されている様子であるが、その他の城下町から流れてきた高級食材には、いまだに馴染みが薄いはずだ。
ゆえに、本日の宴料理の献立に関しては、みんなで頭をひねるにひねって決定したのだった。
数ヶ月に1度の宴だからこそ、普段よりも贅を尽くしてみたいという思いはあるし、反面、限られた食材でも美味なる料理を作ることは可能であるということも示したい。ギバ骨スープもミートソース風のパスタも、そうして悩みぬいた末に決定されたメニューの一部であった。
「よし、切り分け作業はこんなところですね。鍋のひとつはユン=スドラの班の家にお願いします」
フォウの本家には4つのかまどしかなく、その内の3つはギバの骨ガラを煮込むのに使用していたので、残るかまどはただひとつだ。ふたつの鍋に分けられたミートソースの材料は、その片方が別の家に運ばれることになった。
「まだ半刻ぐらいは残っていますよね。それじゃあ1名はこちらで骨ガラの面倒をお願いします。残りは隣の家に移りましょう」
フォウの集落には5つの家があった。が、家人は18名しかいないので、現在は2つの家が空き家となっている。その空き家のかまども使わせていただかないことには、とうてい100名近い人間の宴料理をこしらえることはできなかった。
ということで、段取り通りに移動を始める。すると、追従していたレイナ=ルウが感じ入ったように溜息をついた。
「外から眺めていると、宴料理に取り組むかまど番というのはこれほど慌ただしく動いているものなのですね。自分が参加しているときはそうでもないのですが、何だか目が回ってしまいそうです」
「ああ、それはそうかもしれないね。こっちは段取り通りに動いているだけだから気にもならないけど」
その移動中に、フェイ=ベイムとサウティの女衆に出くわした。ひとつところに留まるのではなく、全員の働きっぷりを見学する心づもりであるらしい。それを機に、レイナ=ルウたちは他の家に出向くことになり、今度はフェイ=ベイムたちが同行することになった。
「あ、アイ=ファ。残り2種目も頑張ってな。アイ=ファが勇者の称号を得られるように応援しているよ」
「うむ」と厳しいお顔でうなずきつつ、アイ=ファもリミ=ルウに引きずられて別の家へと去っていった。
闘技の力比べならばアイ=ファが負ける姿は想像できないのだが、小さき氏族にもどのようなダークホースが控えているかもわからない。ライエルファム=スドラやバードゥ=フォウ、リッドの家長にトゥール=ディンの父親――それに謎めくジョウ=ランあたりは、なかなか油断のできる相手ではなさそうだ。
「……ここまでは、スドラやランの狩人の力が目覚しいですね。6氏族の中ではファの家に次いでスドラとランが小さな家であるはずなので、少し驚かされてしまいました」
空き家のかまどの間に到着して、新たな仕事に取りかかっていると、フェイ=ベイムがそのように呼びかけてきた。
「ああ、確かに家人の人数で言うと、ファ、スドラ、ラン、の順で少ないみたいですね。でも、ルウの眷族でも一番家人の数が少ないリリンにものすごく手練の狩人がいましたから、家の大きさと狩人の個人の力量はそれほど関係ないのかもしれません」
「そうですか。まあ、闘技の力比べはこれからですし、これまでの力比べだけで判断するのは早計なのでしょうね。ベイムの家長も弓は不得手ですが、闘技では一番の力を持っています」
ベイムの家長とは、フェイ=ベイム自身の父親のことだ。そういえば、俺はもうずいぶん長いこと、彼の姿を拝んでいない。
「ベイムの家長はお元気ですか? 最近ごぶさたであったので、俺もそろそろご挨拶をさせていただきたいところです」
「家長も日が暮れる前には訪れるでしょうから、ご挨拶はそのときにお願いします」
「あ、今日は家長がみずからいらっしゃるのですね」
何の気もなくそのように応じると、フェイ=ベイムはいつもの仏頂面で「ええ」とうなずいた。
「こういう際には、自分の目で見届けるのが一番早いと申していました。……本心では、美味なる料理を食べたくてうずうずしているのかもしれませんが」
「あはは。でも、フェイ=ベイムがいるのですから、ベイムの家でもぞんぶんに美味なる料理が食べられるようになったでしょう?」
「わたしなど、アスタたちに比べれば幼子のようなものです。もともとかまど番を得意にしているわけでもありませんし」
「そんなことはないですよ。手伝いをしてくれている女衆の中でも、フェイ=ベイムはずいぶん上達が早いほうだと思います」
すると、フェイ=ベイムは口をへの字にしてむっつりと黙り込んでしまった。
彼女もアイ=ファやツヴァイばりに、他者からの賞賛というものを苦手にしているようなのである。
「アスタ、こちらも完了しました。鍋に水を入れて火にかけますか?」
と、隣のかまどで作業に励んでいたサリス・ラン=フォウが呼びかけてくる。
「いえ、いったん火をつけるとこちらまで見回らないといけなくなるので、火にかけるのは力比べが終わってからにしましょう。それからでも十分に間に合うはずです」
「了解しました。それでは、どうしましょう?」
「他の班の様子を見て、手が足りているようだったら広場に戻りましょうか」
そうして俺たちは、また連れ立って家を出た。
すると、隣の家からはトゥール=ディンたちが、広場をはさんだ向かいの家からはユン=スドラたちが姿を現すのが見えた。
「おや、全員作業が終わってしまったようですね」
作業スケジュールはゆとりをもって組んでいたので、まあ想定内の事態ではある。どのみち力比べの再開には、もう十数分ぐらいしか残されていない見立てであった。
「うむ? 仕事は済んだのか、アスタよ?」
広場に戻ると、ジザ=ルウおよびダリ=サウティらと言葉を交わしていたらしいバードゥ=フォウがこちらを振り返った。
「はい。あとは力比べが終わった後で間に合うと思います」
「では、約束の刻限にはまだ早いが、力比べを始めてしまうか。棒引きと闘技では、いささか時間を使うだろうからな」
バードゥ=フォウがそのように述べると、周囲の狩人たちは待ちかまえていたかのように立ち上がった。英気を養うには、もう十分であったのだろう。
「次の力比べは、棒引きだ。みな、勇者の座を目指して力を振り絞るがいい」
おおッ、と勇ましい声があがった。
まるで全員が血族であるかのような統制である。
そうしてジザ=ルウという新たな見届け役が見守る中、6氏族の狩人たちは誰もが奮起している様子であった。




