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異世界料理道  作者: EDA
第二十三章 闘技の候
402/1622

小さき氏族の収穫祭①~宴の下準備~

2016.11/21 更新分 1/1

・今回の更新は七話分となります。

 月が変わって金の月、その3日目のことである。

 シン=ルウの優勝で終わったジェノスの闘技会から8日後のその日、俺たちはついに収穫の宴を執り行うことになった。


 どの氏族でも、およそ年に3回ほど開催されるという、森辺の収穫祭である。

 俺がファの家でこの行事を迎えるのは、これで2回目のことだ。


 ただしこの行事は、血族たちの手によって行われるのが慣例となっていた。

 ゆえに、前回の収穫祭においては、俺とアイ=ファのふたりきりで、ちょっと豪勢な晩餐を楽しんだのみであった。


 狩人とかまど番のふたりきりでは、狩人の力比べをすることも、求婚の舞を踊ることもかなわない。しかしそれでも、当時はサイクレウスたちとの揉め事が終結した直後であったので、俺たちは家人水入らずでおたがいの労苦をねぎらったものであった。


 それで今回の収穫祭である。

 今回は、他ならぬ俺の提案によって、血族ならぬ近在の氏族たちと合同で収穫祭が執り行われることに決定された。

 理由は単純明快で、家が近在ならば休息の期間が訪れる時期も自然に一致する、という点に俺が着目したためであった。


 ギバという獣は、森の恵みの豊かな区域を見つけると、そこを縄張りにして腰を落ち着ける習性がある。で、その区域の森の恵みをあらかた喰らい尽くしてしまうと、北から南、また南から北へと縄張りを移動させていくのである。

 森の恵みを喰らい尽くされてしまうと、その近在にはしばらくギバが近づいてこなくなる。その期間に狩人たちは休息を取り、普段の過酷な仕事の疲れを癒しているのだった。


 その休息の期間の初日に行われるのが、収穫祭であるのだ。

 収穫祭において、男衆は力比べをして狩人としての力を森と血族に示す。女衆も、婚儀の祝宴のときほど本格的ではないものの、求婚の舞を披露したりもする。そうしてともに豪勢な料理でギバの肉を味わい、血族としての絆を深めつつ、喜びを分かち合うのだろう。

 その喜びを、俺は近在に住まう氏族の人々と分かち合いたい、と願ったのだった。


 休息の期間が重なるほどファの家の近在に住まっているのは、5つの氏族。フォウ、ラン、スドラ、ディン、リッドである。

 それらはいずれも、宿場町の商売に力を貸してくれている氏族であった。


 その中で実際に宿場町まで下りているのはトゥール=ディンとユン=スドラのみであるが、それ以外の氏族も、商売で使う料理の下ごしらえと、商売で使うギバ肉の確保を手伝ってくれている。また、俺はそのすべての氏族の女衆に料理の手ほどきをしているし、なおかつ、時給制で干し肉や腸詰肉の作製、およびギバ骨スープの研究などを依頼させてもらったりもしていた。


 それらの手伝いや手ほどきのために、女衆は毎日のようにファの家に顔を出してくれている。俺にとっては、もはやルウ家と同じぐらい親交のある、大事な同胞であったのだった。

 それで俺は、ごく自然な気持ちで、みんなと収穫の喜びを分かち合いたいと願い、それを各氏族の家長たちに快く受け入れてもらうことがかなったのである。


 惜しむらくは、復活祭の前ぐらいから同じように親交を深めることになった他の氏族とは、休息の時期が重なっていなかったことだ。

 ガズとラッツとベイムを親筋とする、7つの氏族がそれにあたる。

 彼らの集落は、もっと北寄りのスン家の近くか、もっと南寄りのルウ家の近くかに散っており、休息の期間もずいぶんずれ込んでしまっていたのだった。


 トトスと荷車を購入したことにより、彼らとの交流もずいぶん深まってきた。また、こちらの6氏族が休息の期間に入ってギバ肉を確保できなくなる時期は、彼らが頼みの綱となるのである。特にガズとラッツとベイムとダゴラは宿場町の商売でまで人手を貸してくれていたので、いっそう俺としては身近な存在となっていたのだ。


 が、喜びを分かち合いたいという理由で休息の期間をずらすことなど許されるはずもないし、そんなことをしたらギバ肉の確保も困難になってしまう。ガズとラッツの家長たちもたいそう残念そうな様子を見せてくれていたが、こればかりは如何ともし難かった。


 そういったもろもろの事情を踏まえての収穫祭だ。

 さらにつけ加えるならば、その日は別の氏族からも少しばかり客人を招くことになっていた。


 そのきっかけとなったのは、ディンとリッドの存在である。

 その2氏族は、ザザの眷族であったのだ。


 本来、収穫祭というのは、血族が集まって行われる。が、ディンとリッドはザザの住まう北の集落から徒歩で数時間もかかる場所に存在したため、収穫祭は別々に執り行われていたのだ。


 これは、もともと遠方の氏族とも縁を結んで勢力を拡大しようとしていたスン家の目論見が招いた結果であった。

 彼らは本来、スン家を親筋として縁を結んだ血族であったのだ。

 ゆえに現在は、スン家の縁が絶たれてしまったために、北と南で繋がりがあやうくなってしまっている。先ごろ、南のリッドと北のジーンの間であらためて血の縁が交わされたが、ディン家などは北の集落といっさい血の縁が存在しない状態なのである。


 まあそのあたりのことはこれから血の縁を結びなおしていけば済む話であるが、問題は収穫祭だ。

 果たして余所に親筋を持つ氏族が血族ならぬものたちと収穫祭などを行ってよいものか、それが族長間で議論されることになったのだった。


 結果として、それは許されることになった。

 が、ザザの家は親筋として、その収穫祭の有り様を把握しておくべきなのではないか、という話になった。

 ならばせっかくなので、他の族長筋からも見届け役を派遣してみようという風に話が広がった。

 さらにさらに、ベイムの家からも見届け役を出したいという声があがった。


 ベイムとフォウは、族長たちが議論する際には同じ場に集まって、そこであがった話を他の氏族にも伝え知らせるという役を担っていたのだ。

 宿場町での商売と同じように、この収穫祭も森辺の習わしからは外れた行いである。その行いは正しいことであるのか否か、きっちり見極めるべきだとベイムの家長が主張し、それが受け入れられることになった。


 なんだか大仰な話になってしまったなあと思わなくもないが、言いだしっぺはこの俺なのだ。族長筋やベイムの人々に監査されても、何ら後ろめたいところはない、と胸を張っておくべきなのだろう。


               ◇


 そうして迎えた、当日である。

 金の月の3日、その中天に、6氏族のかまど番が、フォウの集落に勢ぞろいすることになった。

 その数、実に35名。これが6氏族のかまど番の総数である。


 ちなみに、女衆でも0歳の乳幼児から10歳未満の幼子は、これに含まれていない。ルウ家では8歳のリミ=ルウもかまど番の仕事に励んでいたが、小さき氏族の間では10歳未満の幼子に火や刃物を扱う仕事をまかせない習わしであったのだ。


 そういった幼子たちも、家に置き去りにはできないので、この場に連れてこられている。狩人ならぬ13歳未満の男衆もすでに集まっていたので、それを含めると若年層だけで30名ぐらいにも及ぶようだった。

 なおかつ、老人と呼べるような人間はほとんど存在しなかったので、どの氏族も平均年齢はずいぶん低いように感じられた。


「ようこそ、フォウの家に。今日は一日、よろしくお願いするよ」


 フォウの女衆の束ね役、家長バードゥ=フォウの嫁たる人物が、笑顔でそのように告げてくれた。

 そして、にこやかに目を細めながら、小さな幼子たちの姿を見回していく。


「5歳に満たない幼子は、あちらの分家の家でお預かりするからね。男衆は別の家に移ってるから、気兼ねなく遊ばせてあげておくれよ」


 5名の女衆が、幼子を引き連れてそちらに移動していく。この後も、女衆は5名ずつのローテーションで幼子の面倒を見る手はずになっていた。


 そしてその場には、まだかまど番ならぬメンバーも幾人か居残っている。

 5歳以上10歳未満の女衆と、5歳以上13歳未満の男衆だ。

 年齢的に、宴に参加することは許されつつ、かまど番の仕事や狩人の力比べには参加できないメンバーである。


 これらのメンバーは、宴で必要な薪を割ったり、広場に簡易型のかまどやかがり火の台座を組んだりという雑用の仕事に従事する段取りになっていた。5歳未満の幼子を抜いて、人数は16名ほどである。


 それらの若い衆が仕事の説明を受けている間に、俺はバードゥ=フォウの奥方にあらためて頭を下げておくことにした。


「今日は一日、お世話になります。広場のほうも、もうけっこう準備が進んでいるのですね」


「うん。手が空いたときにちょこちょことね。今日一日で仕上げるのは大変だからさ」


 フォウの集落には、ルウの集落の半分ほどの広場が存在した。6氏族の中ではここが一番広かったので、合同収穫祭の会場として決定されたのだ。


 広場の中央には、すでに薪を組んだ大きな山が築かれている。儀式の火のための準備である。

 その正面に鎮座されているのは、丸太と板で組まれた平たい台座だ。高さは1メートルに満たないぐらいで、上には毛皮の敷物が敷かれ、ところどころに花が飾られている。


「あれが、力比べで優勝した狩人のための席なのですね」


「ああ、そうだよ。普段はもっとちっこいんだけど、今日は5つの力比べをするって話だったからさ。慌てて大きく造りなおしたのさ」


 力比べに関しても、ルウ家とは異なる段取りで進められる手はずになっていた。

 その件については数日前に6氏族の家長がファの家に集まって、決定が為されていたのだった。


「ルウ家では、闘技の力比べしか行われていないという話だったな。スドラでは、それに加えて木登りと弓の勝負を行っていたのだが」


「フォウとランでも弓の的当ては行っていたな。あとは闘技と、棒引きの勝負だ。ディンとリッドはどうであった?」


「闘技と、棒引きと、あとは荷物引きだな。ファの家は――そうか、狩人がただひとりでは、力比べ自体が存在しないのか」


「うむ。しかし、父が生きていたころは、闘技と棒引きと木登りを行っていた」


 話を聞いてみると、どうやらそれは血族の数の違いから生まれた相違であるようだった。

 ルウ家には、眷族をあわせて50名前後の狩人が存在する。なおかつ、3名を勝ち抜いたら予選を通過というルールであったため、闘技の力比べだけで一日がかりのイベントになってしまうのだ。


 然して、小さき氏族のほうは少人数であった。

 分家も眷族もないファやスドラは極端な例であるが、フォウとランでも合わせて13名、ディンとリッドでも合わせて15名の狩人しか存在しないのだ。これでは闘技の力比べも、あっという間に終わってしまうことになる。

 よって、小さき氏族においては、だいたい3種類の力比べを行うことが慣例になっていたのだった。


「ひょっとしたら、ルウ家はスン家を打倒せんという悲願があったために、とりわけ闘技の力比べを重んじるようになったのかもしれんな。俺は弓の的当ても木登りも、狩人にとっては闘技と同じかそれ以上に大事な技だと思うのだが」


「うむ。しかしルウ家も闘技以外のことをおろそかにしているわけではなく、日頃からさまざまな力比べを行っているように見受けられた。ルド=ルウは客分のジーダと弓の腕を競っていたし、また、どちらも非常にすぐれた弓の使い手であったしな」


「なるほど。ともあれ、我らの収穫祭では闘技以外の技も比べてみてはどうだろうか?」


 アイ=ファを含めて、異義を申し立てる家長はいなかったらしい。

 それで、せっかくならば6氏族で行っていた力比べをすべて採用してしまおう、という流れになったのだそうだ。


 種目は、全部で5種類。闘技、棒引き、木登り、荷物引き、弓の的当て、というラインナップであった。

 で、これではずいぶん時間がかかってしまうため、すべてを一発勝負のトーナメント戦にしてしまおう、ということで話はまとまったようだ。


 なおかつ、かまど番にもその余波は及んできた。

 若い男衆にとって、それは自分の力を女衆に見せるための大事な場であるのだから、なるべく見逃さないでほしいという要請があったのだ。


 これまでは、宴の料理でもそれほどの手間はかからなかった。生活にゆとりがあるときでもないときでも、けっきょくは鉄鍋に食材をぶちこむだけのことであったのだから、男衆の活躍をしっかり見届けてから、のんびり晩餐の準備に取りかかっていたのだそうだ。


 しかし、せっかく美味なる料理を食べる幸福を見いだせたところであるのだから、こちらとしてもぞんぶんに腕をふるいたい。よって俺たちは、このように日の高い内からフォウの集落に集まることになったのである。


 現在は中天で、男衆は一の刻ぐらいに集まる予定になっている。まずはこの6、70分ていどで最低限の下ごしらえを終わらせて、あとは昼下がりの小休止と、力比べの終わった夕暮れ時と、3回に分けてすべての料理をこしらえる算段であった。


「それでは、さっそく取りかかりましょう。トゥール=ディン、ユン=スドラ、そちらもよろしくね」


 35名の内、5名は幼子の世話役に割くとしても、残りは30名だ。俺はこれをあらかじめ10名ずつの班に分け、トゥール=ディンとユン=スドラに班長をお願いしていた。


 その中で、俺の班が担当するのは汁物料理の下ごしらえだ。

 9名の女衆とともにフォウの本家のかまどの間に移動すると、そこにはすでに巨大な鉄鍋が3つほどかまどで熱せられていた。


 これは金属の蓋つきの、ファの家の鉄鍋だ。

 蓋はもちろん、ディアルから購入したものである。

 その蓋を開けると、なかなか強烈な香りがかまどの間にたちこめた。


 朝から煮込んでもらっていた、ギバの骨ガラのスープである。

 スープはうっすらと白濁し、ものすごい量の灰汁があぶくとともに浮いている。


「どれほどアスタが手を加えても、最初のこの香りに大きな変化はないのですね。この香りばかりは、いまだに少し苦手です」


 そのように述べたてたのは、アイ=ファの幼馴染たるサリス・ラン=フォウであった。

「そうですね」と俺は笑顔を返してみせる。


「でも、煮詰めた後の出汁は素晴らしいでしょう? みなさんのおかげで、ようやくここまで手順を完成させることができました」


 近在の氏族が合同で燻製肉と腸詰肉を作製するようになってから、俺は同時進行でこのギバ骨スープの研究に取り組んでもらっていたのだった。

 あれはミケルを燻製肉作りの講師として招いた日が始まりであるから、もう3ヶ月ごしの研究となる。


 スドラの集落の空き家を改造して、俺たちは共同の燻製小屋をこしらえた。それで、ミケルから伝授された作製方法だとずいぶん時間を費やすことになるので、それを有効活用させていただこうと思いたったのだ。

 まあ、何も難しい話ではなく、燻製肉を燻している間、ギバ骨の出汁をひたすら煮込んでもらうだけのことである。けっきょくどちらも火加減をキープするだけの仕事であるので、同時にこなすのには何の問題もなかったのだった。


 しかし、ファの家は家人が少ないので、なかなか人手を出すことが難しい。よって、銅貨を支払い、5つの氏族の女衆に仕事を肩代わりしてもらっていたのだ。


 そうして日ごとに、骨ガラや水の分量、および火加減や煮込む時間などを調節したり、臭み取りで使う食材を色々と試してみたりした結果、ようやく俺は納得のいく出汁の取り方を構築できたのである。


 で、これは朝からフォウ家のかまどで煮込んでもらっていたギバ骨の出汁であった。俺が3時間ほど前に訪れて下準備を済ませたのち、ずっと火にかけてもらっていたのだ。


 俺はサリス・ラン=フォウらと手分けをして、まずは灰汁取りに励むことになった。

 骨ガラからは、肉よりもたくさんの灰汁が出る。この3時間、具材が焦げつかないように攪拌するとともに灰汁取りをしてくれていたはずであるが、いまだにごっそりとすくうことができてしまう。


 使用しているのは大腿骨と背骨、いわゆるゲンコツと背ガラであった。

 最初に沸騰した湯で下茹でをほどこし、水洗いして血合いなどを除去したのち、ゲンコツは先端の丸い部分を割り砕く。それで新しい水に張り替えて、あらためて煮込むのだ。


「よし。いいかげん灰汁のほうも落ち着いてくるでしょうから、臭み取りの食材を投入しましょう」


 臭み取りの食材は、アリア、ミャームー、ネェノン、ラマムであった。

 俺の故郷の食材に置き換えるなら、タマネギ、ニンニク、ニンジン、リンゴである。

 本来であれば長ネギが欲しいところであったのだが、それに変わる食材はジェノスに存在しなかった。先ごろ、外見だけはよく似たユラルという食材と巡りあったが、あれは木の棒のような硬さであり、なおかつミントのごとき香りを持つ不思議な香辛料であった。


 何にせよ、これが現段階での、俺のギバ骨の出汁の取り方であった。

 下茹でした骨ガラを、3時間ほど煮込んだのち、臭み取りの食材を投入し、差し水をしながら、さらに6時間ばかりも煮込む。火加減は、強火と中火の中間ぐらいだ。

 他の食材も一緒に煮込んだり、あるいは別の部位の骨ガラを使用したりという構想もあるが、現段階ではこれがベストであるように思われた。


 これもまた、故郷で習い覚えた技術の応用である。

 もとより俺は、いずれ《つるみ屋》にもメニュー入りさせたいと願うほど、豚骨ラーメンというものが好物であったのだ。

 なので故郷でも、ひまを見つけては豚骨スープの作り方を研究していた。その頃の知識を、ようやくこの地でも活用できるようになったのだった。


「本当にみなさんには感謝していますよ。俺ひとりでは、こんなに時間のかかる作業に取り組むことはできませんでしたから」


 俺はその場にいる全員にそう呼びかけてみせた。

 各班には、ファを除く5つの氏族の人間がなるべく均等の人数になるよう配置している。そして、いずれの氏族の女衆でも、多かれ少なかれギバ骨スープの研究には関わってもらっていた。


 故郷では圧力鍋を使うことによって大幅に煮込む時間を短縮することができたが、森辺の集落ではそれもかなわない。だから俺には、彼女たちの協力が不可欠であったのだ。


「できあがった煮汁はわたしたちも持ち帰らせてもらっていたのですから、こちらこそ御礼を言いたいぐらいですよ、アスタ」


「そうだねえ。男衆でもこの煮汁を喜ぶ人間は多かったと思うよ」


 みんな口々に、そのように答えてくれた。

 本当にありがたい限りである。


「今日はこの煮汁は、どのような料理に仕上げるのでしたっけ?」


「そうですね。あとで野菜や肉も入れて普通のスープに仕立てるつもりですが、同時にお好みでパスタも試していただこうかなと」


「え? ぱすたというのは、あのにょろにょろとした奇妙なポイタンのことですよね?」


「はい。俺の故郷では、そういう使い方も一般的だったのです。ちょっとみなさんには食べにくいかもしれませんが、後付けでパスタをひたして食べる分にはそれほど問題もないかと思えたので」


 いずれは中華麺に近いものをこしらえてみたいとも考えているが、つけ麺感覚のギバ骨スープパスタというのもオツなものであろう。そのパスタは現在、トゥール=ディンの班が別の家のかまどで準備してくれているはずであった。


「それでは、必要な具材の切り分けも今の内に済ませておきましょうか。荷車から食材を運んでくるので、2名ほどお手伝いをお願いします」


 ちなみに本日の食材は、あらかたファの家が準備していた。

 ただし、ギバ肉とポイタンと果実酒を準備してくれたのは、残りの5つの氏族である。


 6氏族で宴に参加するのは総勢84名、さらに特別枠の客人が10名近くと考えると、消費するギバ肉もおびただしい量になる。で、いまやギバ肉も40キロ見当で赤銅貨120枚の値であるのだから、ファの家が他の食材をすべて受け持っても、そこまで不公平なことにはならないはずであった。


「それにしても、アスタや他の氏族の女衆がフォウ家のかまどで料理をしているのが不思議な心地です」


 と、運搬係に立候補してくれたサリス・ラン=フォウが、野菜の包みを抱えながらそのように述べてきた。

 清楚で、少しはかなげなところもあるが、芯の部分はしっかりしていそうなサリス・ラン=フォウである。一児の母であるが、年齢は俺やアイ=ファと同世代だ。


「俺は以前からルウ家に出入りしていたのであまり違和感はないのですが、普通はそうなのでしょうね」


「はい。ですが、もちろん悪い心地ではありません。ただ、胸の奥がちょっとくすぐったいような心地です」


「わたしもです。ファの家や燻製小屋でも一緒に仕事を果たすことは多かったので、何も嫌な気持ちにはなりません」


 そのように口をはさんできたのは、ランの若い女衆であった。

 サリス・ラン=フォウも出自はランなので、きっと幼い頃からの顔馴染みであるのだろう。さっきから楽しそうに微笑みを交わしあっている。


「でも、6つの氏族でも80名ていどですものね。血族だけで100名もの人間が存在するというルウの一族は、やっぱりすごいと思います」


「ああ、ルウ家は眷族をあわせれば7つの氏族ですからね。その時点で差が出るのはしかたのないことなのでしょう。……だけど、ファの家は家人が2名で、スドラの家も9名しかいないのですから、それ以外の4つの氏族はなかなかの人数なのではないでしょうか? 森辺の民の総勢が500名ていどで、氏族の数が37ということは、平均値は13、4名ていどになるはずですよ」


「13、4名ですか。フォウの家は、5歳に満たない幼子を除くと、18名ですね」


「ランの家は、15名です。ディンやリッドはスンから何名かずつの家人を引き受けているので、そちらのほうが人数ではまさっているのだと思いますが」


 確かに、トゥール=ディンやその父親も、スンからディンへと移された身であるのだ。

 しかし俺は、いくぶん引っかかるものを感じてもいた。


「でもやっぱり、俺は6氏族で総勢84名という人数を聞いたとき、けっこう多いんだなと感じたのですよね。なおかつ、眷族抜きで40名ぐらいもいるルウ家はやっぱりすごいんだなとも痛感させられましたが」


「ええ、ひとつの氏族で40名というのは、ものすごいことだと思います」


「で、眷族のルティムも20名以上で、レイ家も20名近くて、けっきょくルウの血族は110名から120名ぐらいもいそうな感じだったのですよね。最初にルウ家の祝宴でかまど番をまかされたとき、100名分の料理がずいぶんあっさりとなくなってしまったので、おかしいなあとは思っていたのですけれども」


「はあ」とサリス・ラン=フォウが不思議そうに小首を傾げる。


「それはまた大変な数字ですね。でも、それがどうかなさったのですか?」


「いえ、100余名と聞いていたルウの血族が120名ぐらいの人数だったということは、500余名と聞いていた森辺の民の人数も、実はもっと多いんじゃないのかなあと思っただけなのです。550名でも560名でも、森辺では500余名でひとくくりにされてしまうのではないかと」


 それにもう一点、ザザの眷族たるディンとリッドの人数からも、俺は同じような考えを導きだされていた。

 今日の6氏族の合計が84名で、ディンとリッドを除く4氏族の人数を引くと、残りは41名だ。ディンとリッドは、それぞれ20名ぐらいずつの家人が存在することになる。


 しかしかつての家長会議で、グラフ=ザザは眷族を含めた総数は70名ていどと言っていた。これでスンの分家から十数名の人間を家人として迎えたとしても、トータルはせいぜい90名ていどである。


 で、ザザはルウと同じく6つの眷族を持っているのだ。

 ザザをあわせれば7氏族。それで90を7で割ったら、ひとつの氏族の家人の平均は12、3名になってしまう。さらにその中で、ディンとリッドが20名ずつの家人を有している事実もあわせると、残りの5氏族の平均は7名ていどになってしまうのだ。


 中にはリリン家のように小さな眷族もあるのかもしれない。

 が、森辺であれほど恐れられていた北の一族がそこまで少数精鋭であるとは考えにくかった。


 かといって、グラフ=ザザが家長会議で虚偽の申告をしたとも思えない。

 となると、計測方法のほうに問題があるのではないかと思えるのだ。


 たとえばルウ家や小さき氏族では、5歳未満の幼子を家人の数に含めない習わしがある。それと同じように、北の一族には一定の年齢に達していない人間を勘定に入れない習わしでもあるのではないだろうか。


 伴侶を娶ることの許されない15歳未満か、狩人や女衆としての手ほどきを受けていない13歳未満か、男女の別を分ける前の10歳未満か――とにかく、ルウ家や小さき氏族よりも年齢のボーダーラインが高いのではないかと察せられる。


 こまかい経緯をはぶいて俺が持論を展開してみせると、サリス・ラン=フォウはちょっときょとんとした顔で「そうですね」と言った。


「北の一族がそこまで小さな氏族であるとは考えられないので、若衆まで含めれば、きっとディンやリッドよりも家人の数は多くなるのでしょう。そうなると、ザザの眷族も100名以上の数になるのでしょうね」


「それなら森辺の民の総数も、実は500名ではなく600名に近い人数かもしれませんね」


「ええ。そうであっても、わたしは特に不思議とも感じません。たとえ民の数が500であっても600であっても、わたしたちの生活に変化が生じるわけでもありませんし」


 そのサリス・ラン=フォウの言い様が、森辺の民の気質を表しているような気がした。

 気質といっては言いすぎかもしれないが、要するに森辺の民はあまりこまかいことを気にしないのだ。俺にしてみると、民の総数が500名であるか600名であるかは、ずいぶんな違いに思えてならない。


(それにやっぱり、他の氏族に対して無関心だったっていう背景もあるんだろうな。あと、実情以上にものを大きく見せるのは潔くないってことで、氏族の人数なんかは切り上げじゃなく切り捨てで語るのが通例なのかもしれない)


 無関心であった部分はこれから改善されていけばいいなと思うし、虚勢を張らない気質は美点と思える。が、それとは別の話で、民の総数ぐらいはきちんと勘定しておくべきなのではないだろうか。


(このあたりのことは、ガズラン=ルティムやライエルファム=スドラあたりに相談させてもらおうかな。あのふたりだったら、俺の疑問に共感してくれそうだ)


 そのようなことを考えながら、俺は野菜の切り分け作業に取りかかった。

 そうして時間はすみやかに流れすぎ、フォウの集落にはぽつぽつと狩人たちも姿を現し始めた。

 で、もちろんというか何というか、真っ先に姿を現したのは、我が家の親愛なる家長であった。


「ああ、アイ=ファ。フォウの家にようこそ」


 目ざといサリス・ラン=フォウがそのように呼びかけると、アイ=ファはかまどの間の入り口で「うむ」と厳かにうなずいた。


「わたしがフォウの家人になってから、アイ=ファをフォウの家に招くのは初めてのことよね? ああ、何だかとっても嬉しいわ」


「……うむ」


「アイ=ファは昔から余ったギバの毛皮を届けてくれていたけれど、家の中までは入ってこなかったものね?」


「……私はそのようなものを届けた覚えはない」


 往生際の悪いアイ=ファはそのように言い張り、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

 しかしサリス・ラン=フォウは、楽しそうに微笑んだままである。アイ=ファを前にすると、彼女はけっこう童心に返ってしまうようなのだ。


「どうぞ中に入って、アイ=ファ。フォウの家人として、アイ=ファをかまどの間にお招きするわ」


「私が足を踏み入れても、かまどの間が窮屈になるだけであろう。それに、力比べの刻限ももうすぐであるはずだしな」


 そうしてアイ=ファは俺のほうにもちらりと視線をくれてから、さっさときびすを返してしまった。


「私は広場で待っている。そちらも仕事が一段落したら集まるがいい」


「うん。力比べ、頑張ってね」


 笑顔のサリス・ラン=フォウに見送られて、アイ=ファは音もなく立ち去っていった。


「アイ=ファはすぐれた狩人ですけれど、今日の力比べはどうなのでしょうね? 腕力が必要な力比べでは、やっぱり身体の大きな狩人のほうが有利なのでしょうし」


「そうですね。さすがに荷運びなんかはかなうわけがないと言っていましたよ」


 俺がそのように答えると、サリス・ラン=フォウは「そうですか」とうっとり目を細めた。


「でも、とても楽しみです。アイ=ファがフォウやランの男衆と、まるで血族みたいに力比べをするだなんて……想像しただけで、胸がいっぱいになってしまいます」


 サリス・ラン=フォウは、複雑な事情があってアイ=ファと疎遠になっていたのだ。そんなサリス・ラン=フォウにしてみれば、感慨もひとしおなのだろう。


「本当にアスタには感謝しています。ファとフォウが縁を結びなおすことができたのも、ともに収穫を祝えるようになれたのも、みんなアスタのおかげですものね」


「ご縁に関しては、俺だけの手柄ではないですよ。以前にも話した通り、スン家の目も恐れず縁を結びなおそうと決断したのは家長のバードゥ=フォウなのですから」


 俺は笑いながらそのように答えてみせた。


「収穫の宴に関しても同じことです。俺なんて言いだしっぺにすぎなくて、決断してくれたのはアイ=ファを含めた6つの氏族の家長たちですよ」


「はい。アスタにも家長らにも、わたしは感謝の念を捧げたいと思います」


 サリス・ラン=フォウは調理刀を置き、胸の前で指先を組み合わせた。

 他の女衆も、みんななごやかに笑ってくれている。


 そんな中、ついに広場にはすべての狩人が集結し、いよいよ収穫祭の力比べが開催される運びとなったのだった。

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