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異世界料理道  作者: EDA
第二十三章 闘技の候
401/1703

ジェノスの闘技会④~闘い終わりて~

2016.11/6 更新分 1/1 2016.11/9 誤字を修正

・今回の更新はここまでとなります。更新再開まで少々お待ちください。

 翌日である。

 一日限りの特別営業を終え、普段通りの時間にルウの集落へとおもむいてみると、そこではまた時ならぬ騒ぎが巻き起こっていた。


 ただし今回は本家の前ではなく、シン=ルウの家の前だ。

 昨日はけっきょく顔をあわせることができなかったので挨拶をさせていただこうかなと思い、そちらのほうに近づいてみると、案の定、シン=ルウが家族や血族たちに取り囲まれていた。


「みなさん、おはようございます。……シン=ルウ、昨日はお疲れさま」


 周囲の人々は、笑顔で挨拶を返してくれた。

 シン=ルウは「ああ、アスタ」とこちらに近づいてくる。


「そちらこそ昨日は大変だったようだな。シーラから話は聞いている」


「いやあ、半日も力比べを続けていたシン=ルウに比べればどうってことないよ。それが賞品の剣ってやつだね?」


 シン=ルウの手には、実に見事な長剣が握られていた。長さは1メートルほどもあり、金属製の鞘にも鍔にも精緻な彫刻がほどこされている。閉会式でこの剣がシン=ルウに授与されるところまでを見届けてから、俺たちは森辺の集落へと帰還したのである。


「確かに立派な刀だけどさー、ギバ狩りで使うには、ちっと重すぎるよな。親父ぐらい身体がでかければちょうどいいのかもしんねーけどさ」


 と、人垣の向こうからひょっこり現れたのは、ルド=ルウだ。

 そちらに向かって、シン=ルウは「うむ」とうなずき返す。


「どのみち、諸刃の剣というのは扱いにくい。売りさばいてしまうのはジェノス侯爵の面目を踏みにじる行為になってしまうようなので、物置にでもしまっておこうと思う」


 実に森辺の民らしい言い様である。

 苦笑しつつ、俺はルド=ルウにも挨拶をしておくことにした。


「ルド=ルウもお疲れさま。昨日は王宮で祝賀会だったんだろう? ジェノスのお城ってのはどんなところだった?」


「んー? 何かでっけー建物だったけど、よくわかんねーな。それに人間の数が多すぎて、頭がくらくらしちまったよ」


 彼らは闘技会の後、ジェノス城にまで招かれて、優勝者の祝賀会というものに参加することになったのだ。もとより闘技会の上位入賞者はその祝賀会に招かれるのが慣例であり、そこであらためてジェノス侯爵マルスタインから祝辞と銀貨の褒賞を受け取るのだという話であった。


「ただ、食うもんはいまいちだったなー。あれだったら、あのヴァルカスとかシリィ=ロウとかってやつのほうが、全然美味かったよ。な、シン=ルウ?」


「そうだな。しかしそれは、俺たちが貴族の食べ物というものに慣れていないせいなのだろう。いくつかは、無理なく食べられる料理もあったしな」


 シン=ルウは、普段通りのたたずまいであった。

 見たところ、どこにも外傷を負った様子もない。沈着で穏やかな、いつも通りのシン=ルウだ。


「そういえば、そこにはレイリスって貴族もいたんだよね? 彼とは和解できたのかな?」


「うむ。ずいぶん清々しげな表情であるように思えた。……ただし、来年も必ず闘技会に参加せよと言い張られてしまったが」


「ふうん? でも、恨みを晴らすとかそういう話じゃないんなら、いいんじゃないかなあ?」


「ああ。俺が毎回、収穫祭でルド=ルウに挑むようなものなのかもしれんな」


 するとルド=ルウが「そーそー」と口をはさんできた。


「ゲオル=ザザなんて、来年は絶対に最後まで勝ち抜いてやる、とか吠えてたもんな。俺はあんな窮屈そうな力比べには全然興味がわかねーけどなー」


「そうだな。俺も最後は兜を壊されていなかったら、きっと負けていたと思う。あれでようやく相手の姿がまともに見られるようになったからな。……しかしそれを差し引いても、メルフリードというのは大した力量だと思うが」


「あー、あいつは2本の刀を扱うのが得意なんだっけ? あのでっけー南の民も、斧さえ使えればもっと面白い闘いができたのにって笑ってたな」


 どうやら祝賀祭では、さまざまな人々と言葉を交わす機会があったようだ。

 そこでルド=ルウが「そうだ」と俺を振り返った。


「そういや、南の民の娘っ子に言伝を頼まれてたんだよな。北の民の話はシフォン=チェルって女衆にきっちり伝わってたし、何の問題もなかったって言ってたぜー?」


「あ、ディアルもその場にいたんだね。わかった、ありがとう」


「あと、東の民の娘っ子も何か言ってたな。えーと……いつも美味い料理をありがとう、とかそんな感じだったかな」


「それはきっとアリシュナだね。ふたりとも貴賓の席に招かれてるって話だったから、祝賀会まで参加することになったのかな。……でもさ、娘っ子とか言ってるけど、あのふたりはたぶんルド=ルウより年上だよ?」


「知らねーよ。娘っ子は娘っ子だろ」


 そっぽを向いて、ルド=ルウはべーっと舌を出した。


「ま、何にせよ、見てる分にはおもしれー見世物だったよ。ララなんて、親父が止めるのも聞かないでシン=ルウのところに飛び出しちまうぐらいだったしなー」


「いや、あれは……」とシン=ルウが頬を赤くしかけたとき、「あたしが何?」というとげとげしい声が横合いから飛んできた。

 普段通りのポニーテールで腕を組んだララ=ルウが、赤い顔をして人垣の外に立っていた。


「あんたたちは、いつまでおしゃべりしてんのさ? アスタ、レイナ姉たちはとっくに準備もできて荷車で待ってるんだけど?」


「ああ、ごめん。……ララ=ルウも、昨日はお疲れさま」


「別に、なんにも疲れてないし!」


 と、怒った表情のまま、いっそう顔を赤くするララ=ルウである。

 そちらを横目で見ながら、ルド=ルウは「へん」と鼻を鳴らした。


「こいつ、親父の言いつけを破ったから、あとで泣くまで叱られたんだぜー? ま、そりゃそうだよな。席を離れないってのは貴族との約束だったのに、あんな勝手な真似をしたんだからよー」


「……うっさいよ」


「しかも、シン=ルウは傷も負わないで全員をぶっ倒したのに、なんでそこまで心配する必要があったんだよ? シン=ルウが出てくるたんびに泣きそうな顔で森に祈ってるしさー」


「うっさいって言ってんでしょ! 馬鹿ルド!」


 怒髪天をついてララ=ルウはルド=ルウにつかみかかったが、優秀な狩人たる兄にあっさり両方の手首を捕獲されてしまった。


「ジェノスの城でも、こいつ、シン=ルウにべたーっとひっついたまま全然離れようとしねーんだぜ? あれじゃあ貴族の娘っ子も近づいてこれねーよなー。メルフリードの伴侶には『お若い奥方ですね』とか言われてたしなー」


「わーっ!」とララ=ルウはわめきたて、意地悪な兄はけらけらと笑う。

 気の毒なのは、シン=ルウである。大勢の血族に囲まれながら、シン=ルウはララ=ルウに負けないぐらい赤い顔をしていた。


「そ、それじゃあ俺たちはそろそろ出発させていただくよ。みなさんも朝のお仕事でしょう? 商売の後は本家で勉強会を行いますので、手の空いている方はそのときにまた」


 ということで、俺はシン=ルウのために事態の収拾を担うことにした。

 分家の人々はそれぞれの仕事を再開させるべく散っていき、タリ=ルウも笑顔で会釈をして家に戻っていく。

 残されたのは、かしましい兄妹とシン=ルウのみである。


「今日の当番はレイナ=ルウとヴィナ=ルウだったっけ? 俺は入り口で待ってるから、呼んできてもらえるかなあ?」


 ララ=ルウは「ふん!」と鼻を鳴らしてから、ルド=ルウの指先を振り払った。

 そうして最後にシン=ルウの顔をちらりと見てから、本家のほうに駆け出していく。


「ルド=ルウ、ララ=ルウをあんまりからかったら気の毒だよ」


「んー? ララとシン=ルウのことなんてみーんなわかってることなんだから、別に隠す必要もねーだろ? いまさらシン=ルウだって、他の女衆に目移りしたりしねーだろうしさ」


「……だからといって、家族を茶化すのはよくないことだ」


 と、珍しくもシン=ルウが文句を述べたてると、ルド=ルウは「にっひっひ」と白い歯を見せた。


「ま、ララが15になるまでの辛抱だよ。婚儀をあげちまえば、誰もからかったりはしねーだろうからさ」


「ララ=ルウが15になるのにはまだ1年半もかかるし、そもそも俺たちをからかう人間などルド=ルウぐらいしかいないではないか」


「別にシン=ルウをからかってるつもりはないぜー? すぐ真っ赤になるのは面白いけどなー」


「そういうのを、からかっているというのだ」


「何でもいーじゃん。好きな女衆が同じ気持ちでいてくれるってのは幸福なこったろ」


 そのように言いながら、ルド=ルウは頭の後ろで手を組んで、くるりときびすを返した。


「腹が減ったから、肉とポイタンでも焼いてもらうかなー。じゃ、アスタも仕事を頑張ってな」


 かくして、その場には赤い顔をしたシン=ルウと俺だけが残された。

 シン=ルウは去りゆくルド=ルウの背中をにらみながら、溜息をついている。


「……シン=ルウがどこにも怪我を負っていないようで安心したよ。昨日は本当に大変な一日だったね」


 まだちょっとシン=ルウと話し足りない気持ちであったので、俺はそのように呼びかけてみた。

 立派な長剣の鞘を所在なさげに撫でながら、シン=ルウは「うむ」とうなずいている。


「しかし、自分の仕事を果たすことができて、ほっとしている。正直に言って、最後まで勝ち抜けるとは思えない勝負だったからな」


「あの鎧は重そうだし、兜は視界が悪そうだったもんね。普段通りの格好だったら、もっと問題なく勝ち抜けたのかな?」


「どうであろうな。そもそも俺たちは、人間を斬るために剣の腕を磨いているわけではないのだ」


 それは俺もシン=ルウの闘う姿を見ながら強く思ったことである。


「それに、たとえばゲオル=ザザなどは、兜をかぶっていなければメルフリードにも勝てたかもしれん。しかし、鎧を着ていなければ右の手首を折られていたかもしれん。そして、メルフリードが2本の刀を持っていれば、もっと手ごわかったのかもしれん。……だから、仮定の話をしても、あまり意味はないように思える」


「うん、取り決めがあってこその力比べだもんね。取り決め自体に文句をつけたって意味はないか。……とにかく俺は、シン=ルウが最後まで勝ち抜けたことがすごく嬉しかったよ」


 すると、ようやく頬の赤みが取れてきたシン=ルウが、ずいぶんとやわらかい眼差しで俺を見つめてきた。


「そういえば、アスタとリミ=ルウはずいぶん大きな声をあげてくれていたな。あれで俺は、いっそう力を振り絞ることができた」


「ええ? あの大騒ぎの中、俺たちの声を聞き分けられたのかい?」


「かすかにな。狩人には、物音を聞き分ける力も必要なのだ」


 そのように言いながら、シン=ルウは身体ごと俺に向きなおってきた。


「何にせよ、俺もメルフリードという貴族に勝てたことは、嬉しく思っている。あの男は、かつてはジザ=ルウに匹敵するぐらいの力量だとまで言われていたはずだからな」


「うん。それでサンジュラは、ルド=ルウぐらいの力量だって言われてたんだよね。それならメルフリードは、サンジュラよりも強敵ってことになるはずだ。今も昔も、ジザ=ルウはルド=ルウよりも強いっていう見立てであるはずなんだから」


 おもいきって、俺もそのように言ってみた。


「それなのにシン=ルウは、メルフリードに勝つことができた。それはこの数ヶ月で、シン=ルウが以前のジザ=ルウぐらい強くなったってことだよね。シン=ルウは、いつのまにかサンジュラを超える力量を身につけていたんだよ」


 シン=ルウは「どうだろうな」と思慮深げに目を細める。


「俺やルド=ルウやジザ=ルウと同じように、あのサンジュラという男も腕を上げているかもしれん。その場合は、やっぱり俺の力は及ばないということになる」


「そんなことないよ。きっとサンジュラと力比べをしたって、勝つのはシン=ルウのほうさ」


 ガラゴロというレイナ=ルウたちの引いてくる荷車の音を背中ごしに聞きながら、俺はシン=ルウに笑いかけてみせた。


「シン=ルウは、まだ16歳なんだ。サンジュラやメルフリードよりずっと若いんだから、これからだってシン=ルウのほうがぐんぐん力をつけることができるんだろうと思うよ?」


「うむ……」


「そういえば、きちんとお祝いの言葉を言っていなかったね。優勝おめでとう、シン=ルウ。シン=ルウが最後まで勝ち抜くことができて、俺は心から誇らしかったよ」


 するとシン=ルウは、あまり普段にはない感じで口もとをほころばせ、「ありがとう」と静かに言った。

 それは16歳という年齢相応の、とてもあどけない笑顔であるように、俺には感じられてやまなかった。

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