第五話 宿場町の食道楽
2016.10/12 更新分 1/1
ククルエル=ギ=アドゥムフタンは、3名の同胞とともにジェノスの宿場町を散策していた。
時節は紫の月の23日、太陽神の復活祭が始まって2日目、その昼下がりのことである。
石の街道には、普段以上の人々があふれかえって、たいそうな賑わいになっている。城下町でも同じような騒ぎが繰り広げられていたが、通行証を必要としないこの宿場町のほうが、やはり勢いではまさっている様子であった。
ククルエルは――いや、西の王国で行商に励む東の民は、こういう賑わいを何よりも愛していた。
そうでなければ、故郷を遠く離れる理由もない。風の神たるシムの息吹を頬に感じながら、悠久なる草原の地で、のんびりギャマを追いながら暮らす――そういう生活に飽きたりない人間だけが、流浪の生活に身を投じるのだ。
ゆえに、シムでも屈指の大きな商団で、西の貴族たちとばかり商いをしているククルエルでも、時間を見つけてはこうして雑多な宿場町に下りるようにしていた。礼儀正しい城下町の民も、粗野で蛮なる宿場町の民も、草原の民たるククルエルにはどちらも新鮮であり、そして愛すべき存在なのだった。
『ククルエル、今年の復活祭はいつも以上の賑わいであるようですね?』
ともに歩いていた同胞のひとりが、故郷の言葉でそのように語りかけてくる。
『そうだな。去年は王都で過ごしたので、復活祭の時期にジェノスを訪れるのは2年ぶりになるが、ずいぶん様子は違っているようだ』
その理由は、すでに城下町で明かされていた。
ほんの数ヶ月前に、ジェノスにおいては伯爵家の当主が大罪人として捕縛されるという大きな事件が起きていたのだ。
しかもそれは、ククルエルがシムの食材を売っていたサイクレウスという人物であった。
ククルエルが団長をつとめる商団《黒の風切り羽》ではさまざまな商品を扱っていたが、食材というのはその3割ぐらいを占める大きな商いであった。その取引相手が没落してしまったのだから、ククルエルも難渋することになった。《黒の風切り羽》が持ち込む食材のすべてを、サイクレウスという貴族はのきなみ買い占めてくれていたのだ。
しかし、サイクレウスとの商いは、トゥラン伯爵家とジェノス侯爵家が手分けをして、きちんと引き継いでくれていた。苦労をして運んできた生きたギャマも無事に引き取られることになり、商売の約定が踏みにじられることはなかった。
だが、ジェノスの側では色々と問題があったらしい。
どうやらサイクレウスという人物は、買いつけていた食材を独占して、ろくに流通させていなかったようなのである。
そのような真似をしていれば、使いきれない食材を無駄にして、けっきょく自分が損をするばかりであるように思えるが、それでもかまわなかったらしい。美食というものに異常な執着を見せていたサイクレウスは、自分と縁のある貴族や料理屋の他には一品たりとも食材を流していなかったそうなのだ。
そんなサイクレウスの支配が、終焉を遂げた。
それで、この宿場町にもさまざまな食材が流通することになったのだ。
確かに前回訪れたとき、この宿場町では粗末な料理しか売られていなかった。調味料などは岩塩やわずかな香草ぐらいで、トゥランでとれるママリアの酢すら流通していなかった。あとは自産の野菜やキミュスの肉、それから隣町のダバッグから仕入れたカロンの足肉ぐらいしか使われることもなかったのだった。
(確かにジェノスぐらい豊かな町であれば、宿場町でもこれぐらい賑わうのが当たり前だ。城下町は王都と同じぐらい豊かでありながら、宿場町は場末のような状態であったこれまでのほうが、よほどおかしかったのだろう)
宿場町にはたくさんの屋台が出されていたので、道を歩いているだけでもさまざまな料理の香りを楽しむことができた。
カロンの乳の乳脂の香り、シムから持ち込まれた香草の香り、ジャガルから仕入れるタウ油の香り――それも以前は城下町でしか嗅ぐことのできない香りであった。
『やはり、森辺の民の屋台というのはもう店を閉めてしまっているようですね』
と、また別の同胞がそのように語りかけてくる。
宿場町に食材を流すにあたって、ジェノスの貴族たちは森辺の集落に住まう料理人というものを頼ったそうなのだ。
それは海の外から来た渡来の民でありながら森辺に住みついた変わり者で、城下町の料理人にも劣らぬ腕前でさまざまな食材を使いこなすことができるのだと聞いている。その人物が、宿場町の民には見慣れない食材を使って美味なる料理を披露して、人々に模範を示したのだという話であった。
ククルエルは、モルガの森に道を切り開くべきではないかという腹案を抱いている。そんな中でその人物の評判を聞き、たいそうな好奇心をかきたてられたのであるが、彼の屋台は中天の前から下りの二の刻までしか店を開いておらず、多忙なククルエルたちはいまだにその姿を見ることさえできていなかったのだった。
『まあ、復活祭が終われば、我々も今よりは自由に動くことができる。それまでは、他の屋台を楽しむことにしよう』
城下町ならば丁寧に調理された料理をいくらでも楽しむことができる。しかし、市井の人々が頭をひねって作りだした料理を味わうのも、また旅情である。そういう思いもあって、ククルエルは城下町での商売で手が空いたときは、こうして足しげく宿場町に通うようにしていたのであった。
『どれ、適当につまんでみるか』
あまり人の並んでいない屋台を選んで、ククルエルたちは軽食を購入した。
キミュスの肉をポイタンの生地で包んだ、小さな料理である。
最近は、料理の量をおさえつつ安値で売るのが流行であるらしい。これならば一日で複数の料理を楽しめるので、ククルエルにもありがたい話であった。
で、肝心の料理であるが――それはなかなか、奇抜な味であった。
キミュスの肉と野菜が煮込まれているのだが、どうやら乳脂とママリアの酢が使われているらしく、甘さと酸っぱさが奇妙にまざり込んでいる。それも甘さのほうがまさっているぐらいなので、ジャガルの砂糖も使われているように思えた。
『さすがに数ヶ月では新しい食材を使いこなすのも難しいようですね。あまり美味とは思えません』
同胞はそのように述べていたが、東の言葉であったので屋台の人間に反感を抱かれることはなかっただろう。
確かに、美味とは言い難い。何かが余計だし、何かが足りていない感じだ。そもそも乳脂とママリア酢というのは、それほど相性のいい食材であるようにも思えなかった。
(だが、そうして新しいものに取り組んでいこうという気持ちが大事なのだろう。昔のように肉を塩だけで煮込んだ料理では、客の関心を集めることもできないだろうからな)
これだけシムやジャガルの食材であふれた町というのは、王都の他には見たことがない。時間を重ねれば、ジェノスならではの独特な食文化というものが生まれる余地は大いにあるように思われた。
『空いている屋台を選んだのが間違いであったかもしれんな。次は人気のありそうな屋台で買ってみるか』
雑踏の賑わいを楽しみながら、街道を南に下っていく。
すると、露店区域の終わり間際に、たいそう賑わっている屋台があった。
しかも看板には、西の言葉で『ギバ』と記されている。
『あれが森辺の民の店なのでしょうか?』
『いや、主人は南の民であるようだ。……いや、南と西の混血かな?』
ともあれ、城下町でもたびたび耳にしたギバ肉の料理とあっては捨て置けなかった。何か事情があって、ギバ肉は城下町で流通していないのである。それも『いずれ時期が来れば』という話であったので、ギバ肉の品質自体に問題があるわけではないようであった。
『ギバ肉の料理なんて、これも以前には考えられなかったことですね』
『ポイタンがフワノのような形で焼かれているのも驚きでした。わずか数ヶ月で、こうまで変わるものなのでしょうか』
行列に並びながら、同胞らが語らっている。
むろんそれで感情をあらわにするような粗忽者はいないが、彼らが浮きたっているのは明白に過ぎた。
もちろん祭のさなかであるのだから、ククルエルも十分に浮きたっている。
「お待たせいたしました。香草の味とタウ油の味がありますが、どちらをお求めでありましょうかな?」
ようやくククルエルたちの順番が回ってくると、店の主人が朗らかに微笑みかけてきた。
やはり、混血なのだろう。顔の造作や体格などは南の民そのものであるが、肌は西の民のように黄色いし、それにシムの民たるククルエルたちを忌避する様子もない。
「では、ふたつずつ、お願いします」
売られているのは小さな饅頭の料理であったので、それだけの数を購入することにした。
4人でそれを均等に分け合い、それぞれ口にする。
この料理は、掛け値なしに美味であった。
タウ油のほうは、いかにも南の民が好みそうな味付けだ。これも砂糖が使われており、ほどよく甘辛い。タウ油も砂糖もジャガルの食材であるためか、非常に相性がいいようだ。
そして、ギバの肉というのがその味付けにとても合っている。
噛み応えのある、しっかりとした肉である。それなりに強い味付けであるのに、それに負けない存在感がある。カロンよりは、ギャマに近い肉質かもしれなかった。
そして、香草を使った料理だ。
これには、心底から驚かされた。
南の血を引く人間が、どうしてこうまで見事に香草を使うことができるのか。それにはシムの民であるククルエルがこまかく判別できないぐらいさまざまな香草が使われている上に、しかも完璧に調和していた。
舌を刺すほどの強さではないが、それでも風味はとても強い。きっとタウ油やカロン乳や砂糖なども使って、香草の辛さを緩和しているのだろう。ククルエルたちであれば、もっと味が尖っているほうが好ましいぐらいであったが、しかしそれらの手立てを邪魔に感じるほどではなかった。
そしてこちらも、ギバの肉がとても合っている。
肉や野菜の出汁がなければ、いくら香草を使っても美味なる料理には仕立てられないのだ。強く感じられるのは香草の風味でも、その土台を支えているのは肉と野菜の出汁であるはずだった。
「この料理は美味ですね。非常に驚かされました」
こらえきれずに、ククルエルは屋台の横から仕事中の主人に話しかけてしまった。
新しい饅頭をこしらえつつ、主人は「ありがとうございます」と笑みを浮かべる。
「この宿場町でギバを扱える店は限られておりますからな。よかったら食堂のほうにもいらしてください」
「あなたは、宿屋のご主人であられるのですか?」
「はい。《南の大樹亭》という宿屋であります。お泊りになられるのは南のお客様が主ですが、食堂には西や東のお客様も大勢いらっしゃいますぞ」
「それは是非、今晩にでもうかがわせていただきたく思います」
《中天の日》や《滅落の日》といった祝日を除けば、夜は比較的自由に動ける。城下町は夜間の出入りを禁じられているので、そうすると宿場町で宿を取ることになってしまうが、このように美味なる料理と引き換えであるならば、それもまたよしであった。
そうして主人に礼を述べて、宿場町の散策に戻る。
道を折り返して、今度は通りの逆側を物色していると、やはりそこでも活気を呈しているのは軽食の屋台であるようだった。
ククルエルと同じようにひさびさに宿場町を訪れた人々は、みなこの変貌っぷりに度肝を抜かれているのだろう。
とある屋台では、鉄串に刺したキミュスにタウ油を塗りながら火で炙っている。
革張りの屋根の張られた一画では、香草の香りのする汁物が配られていた。
こまかく切り分けたカロンの足肉を乳脂で焼いていたり、大量のママリア酢で食材を煮込んでいたり、野菜で色をつけたポイタンで肉や香草をはさみ込んでいたり――とにかく誰もが物珍しい食材を使って客の目をひきつけようと躍起になっている。
ダレイム伯爵家の紋章を掲げた屋台などでは、カロンの胸肉の料理が売られているようだった。
以前までは、安値な足肉ぐらいしか宿場町では売られていなかったのだ。
それに対抗してか、皮つきのキミュス肉で料理を作っている屋台もあった。皮つきの肉では値が張ってしまうが、タウ油やシムの香草といったものの分量を控えれば、他の店と同じぐらいには元が取れるのかもしれない。それに、祭の間は人々も気が大きくなっているので、普段よりは銅貨を惜しむこともないだろう。
まだいくぶん胃袋に余裕があったので、ククルエルたちももうひと品、軽食を買ってみた。
それは肉と野菜を香草の煮汁で煮込み、それをポイタンの生地でくるんだものであった。
肉はカロンの足肉で、野菜はアリアとロヒョイ、それにチャムチャムという組み合わせだ。ロヒョイやチャムチャムというのも、ジャガルか、あるいはセルヴァの他の地域でとれる、このあたりでは珍しい野菜であるはずだった。
『うわ、これはすごい味付けですね』
思わず、というように同胞のひとりが声をあげる。
もう少し気を抜いていれば、顔に感情が出てしまいそうな勢いであった。
だがまあ、気持ちはわからなくもない。この料理にはシムの香草がふんだんに使われていたが、その使い方がずいぶん突飛であったのだ。
舌を刺すようなチットの実と、鼻に抜けていくようなサルファルの葉は、普通シムでは一緒に使わない。サルファルは水で溶いて、焼いた肉などに塗るのが普通であり、そもそも煮込み料理で使う香草でもなかったのだった。
しかも、これでは西や南の民には辛すぎるためか、砂糖やカロン乳まで使われている様子である。
その組み合わせが、また意想外だ。
さきほどのギバ肉の軽食と比べてしまうと、少なからず場当たり的に思えてしまう。
まず香草が辛いから砂糖を使おうという発想が愉快であるし、そもそもシムには砂糖というものが存在しない。いや、シムでも他の藩であればその限りではないかもしれないが、少なくともギやジの一族が治める草原の領土においては、砂糖に類する調味料というものは存在しなかった。
だからこれは、異国でしか味わえない料理であった。
シムの香草が、思いもよらぬ形で使われている。さきほどの店と比べればその使い方は不出来であったものの、しかしククルエルは妙に楽しい気分になってきてしまった。
『故郷の家族にいい土産話ができたではないか。これもまた旅の醍醐味だ』
同胞たちはうなずきつつ、苦労をしながらその料理を口の中に押し込んでいた。
◇
そして、夜である。
いったん城下町に戻って商いの仕事を片付けてから、ククルエルは宿場町に戻っていた。
また3名の同胞を引き連れているが、昼とは異なる顔ぶれだ。昼の3名はサルファルの煮込み料理でいくぶんめげてしまったらしく、晩餐は城下町で済ませたいとのことであった。
『夜でも活気がありますね。まるで祝日のようです』
同胞の言う通り、夜でも露店区域にはちらほらと軽食の屋台が出されていた。人通りも、日中に比べれば半分ていどであるものの、なかなかの賑わいであるように感じられる。
だが、今宵の目当ては宿屋の食堂であった。
祭の賑わいを心地好く感じながら、また街道を南に下っていく。
《南の大樹亭》は、主街道に面した南寄りの位置にあった。
宿場町の宿屋としては、かなり大きなほうだろう。なおかつ、祝日でもないのに店の前にまで卓が出されて、それらのすべてが客で満たされている。ギバ肉を扱う希少な宿屋ということで、ずいぶん繁盛しているようであった。
「いらっしゃいませ。4名様でありますかな?」
一階の食堂に足を踏み入れると、昼間にも見た主人が笑顔で迎えてくれた。
が、あちらはククルエルの姿を見分けることはできなかっただろう。異国人というのはみんな似通った姿に見えるものだし、それにククルエルは日中も現在も外套の頭巾を深くかぶっていたのだった。
「あいにく混み合っておりますため、2名様ずつ分かれていただくことになってしまうやもしれませんが、それでもかまいませんかな?」
「はい、かまいません」
「あと、本日はギバの料理を切らしてしまっているのですが、そちらはいかがでありましょう?」
ククルエルは、思わず返事に詰まってしまった。
それでも表情を動かすような恥はさらさず、「そうなのですか」と応じてみせる。
「それは残念です。まだ日が没してから一刻も経ってはいないと思いますが、もう品切れになってしまいましたか」
「申し訳ありませんな。今日は大きな団体のお客様が飛び込みで入ってしまったもので……明日からはもっとたくさんのギバ肉を仕入れるよう考えております」
ククルエルは、黙考した。
目当てのギバ料理が品切れであるならば、南の民の多いこの店で、ふたりずつに分かれてまで食事を取る理由はないように思えてしまう。
「おや、ひょっとしたらあなたは、昼間に屋台で料理を買ってくださったお客様でありましょうかな?」
「はい。よくお気づきになられましたね」
「はいはい。あなたのように西の言葉が堪能な東のお客様は珍しかったもので」
そのように言いながら、主人は少し考え深げな顔をした。
「ふうむ。食堂のほうにもいらしてくださいとお誘いしたのはわたしのほうであるのに、こんなに早くからギバの料理を切らしてしまって、本当に申し訳ない限りでありますな。……よろしければ、他でギバ料理を扱っている宿屋をご紹介いたしましょうか?」
「それはありがたいお話ですが、よろしいのですか?」
「はいはい。本当にわたしの店まで足を運んでくださったあなたへの、せめてもの感謝の気持ちであります」
そうして主人は、3軒の宿屋の名前をククルエルに伝えてくれた。
ギバの料理を扱っている宿屋は、この宿場町でもそれしか存在しなかったのだった。
「今は宿場町でも目新しい食材が山のように増えましたからな。それが落ち着いたら、ギバ肉を取り扱いたいと願う店もさぞかし増えることでありましょう」
そんな主人の言葉を最後に、ククルエルたちは《南の大樹亭》を出た。
まずは、3軒の中で一番規模が大きいという《キミュスの尻尾亭》という宿屋を目指す。その宿屋は、大通りを少し北に戻ったところに軒をかまえているという話であった。
『ああ、ここですね』
《南の大樹亭》よりはひとまわり小さな、ごくありふれた宿屋であった。
店の外まで卓が出されたりはしていないが、扉の向こうからは十分に賑やかな気配が伝わってくる。
「いらっしゃいませ。4名様ですね?」
扉を開けると、若い娘が出迎えてくれた。
両手に空の木皿を抱えて、非常に忙しそうな様子である。純朴そうなその顔にも、汗が光っている。
「申し訳ありません。ただいま満席ですので、半刻ぐらいはお待ちいただくことになるかもしれません」
「半刻ですか……」
それは空腹であるククルエルたちには、いささか厳しい条件であった。
「半刻待てば、ギバ料理を食べられますか?」
それでもそのように尋ねてみると、娘は「うーん」と小首を傾げた。
「少々お待ちくださいね。……父さん、ギバの料理は半刻の後にも残っているかしら?」
「そんなことは、食堂に詰めかけた大食らいどもに聞いてくれ!」
受付台の向こうの扉から、荒っぽい声が返ってくる。
食堂はたいそう繁盛しているのに、人手が足りていないらしい。
「申し訳ありません。ギバの料理はとても人気があるので、すぐに売り切れてしまうのです。明日からはもっとたくさんの肉を買い付けることになると思うのですが……」
「そうですか。ではまた機会があればおうかがいさせていただきます」
そうしてククルエルたちは、またすごすごと退散することになってしまった。
『やはり大通りの宿屋というのはひときわ人気があるのだろうな。残りの2軒は小さな宿屋であるという話であったので、そちらに期待をかけてみよう』
ということで、路地に入って次なる宿屋を目指す。
次の店は、《玄翁亭》という東の民のための宿屋であるという話であった。
路地を進むにつれ、人影は少なくなってくる。この宿屋は民家の集まった区域で商いをしているのだ。
『このような場所に、宿屋があるのですね。知らなければ気づきようもない場所です』
『そうだな。しかし、隠れた名店というのはそういうものなのだ』
しばらく歩くと、言われた通りの場所に《玄翁亭》を見出すことができた。
が、造りも大きさも普通の民家である。看板が出ていなければ、見過ごしてしまったことだろう。その建物も含めて、辺りはしんと静まりかえってしまっている。
『これなら、満席ということはないかもな』
そのように思って扉を開けたが、見通しが甘かった。
店の食堂には、シムの民たちがぎっしりと押し込まれていたのである。
シムの民は、食事の場でもあまり騒ぎたてたりはしない。それゆえの静けさであったのだ。
ククルエルたちと同じようないでたちをした外套姿のシムの民が、せまい座席で肉をかじったり煮汁をすすったりしている。そこに満ちているのは、まぎれもなく昼の軽食で味わったあの香草の料理の芳香であった。
「いらっしゃいませ。4名様ですね」
店の主人と思しき男が、音もなく近づいてくる。
一見普通の西の民であるが、その主人は東の民のように無表情で落ち着いていた。
「おや、初顔のお客様ですね。《玄翁亭》にようこそいらっしゃいました。わたしは店主のネイルと申します」
「これはご丁寧にいたみいいります。私は商団《黒の風切り羽》の団長ククルエルと申します」
「ほう、《黒の風切り羽》。お名前はかねがねうかがっております。シムでも指折りの大きな商団であらせられるそうですね」
そのように述べながら、やはり表情を動かそうとはしない。ずいぶん東の習わしをわきまえている人物であるようだった。
「ご覧の通り、現在は満席でありまして……四半刻もすれば、お席を準備できると思うのですが」
「そうですか。……しかし、ギバの料理はいかがでしょう?」
ククルエルが尋ねると、ネイルは申し訳なさそうに目を伏せた。
それだけでもう、次の言葉は予想ができてしまった。
「相済みません。ちょうどさきほど、最後のギバ料理を売り切ってしまったところなのです。どうにも今年の復活祭は例年以上の賑わいであるらしく、仕入れの加減を見誤ってしまいました」
「そうですか。実はこの宿を訪れるのは3軒目であったのですが、いずれの店でもギバの料理を口にすることはできませんでした」
「ああ、きっとそれらの宿でも、復活祭が始まるなり、これほどのお客様を迎えることになろうとは予測できなかったのでしょうね。ましてやギバ料理というのは、ごく限られた宿でしか扱っておりませんし……それでいて、日中の屋台ではギバの料理が大変な評判になっているので、こちらの商売がおっつかなくなってしまっているのです」
「なるほど……しかし、私が日中に散策していたときは、ギバの料理を扱っている屋台もひとつしかありませんでした。早々に店を閉めてしまうという森辺の民の屋台だけで、それほどまでの評判を呼んでいるのでしょうか?」
「はい。森辺の民だけで5つの屋台を出しており、その他にも西の民が2つほど屋台を出しているようですね。それだけで、1000食を超える料理が売れているというお話でした」
「1000食……」
さしものククルエルも表情を動かしそうになってしまい、慌てて自制することになった。
「それは、とてつもない人気ですね。しかも、ごく短い時間しか店を開いていないのでしょう?」
「はい。森辺の民というのは、それだけ料理を作る技術に長けているのです。わたしの店でも、ギバの肉だけではなくギバの料理を森辺の民から買わせていただいております」
そこでククルエルは、ひとつの疑念にとらわれることになった。
「そういえば、こちらには日中に食した料理と非常によく似た香りが漂っているようです。あれは東の民でもなかなか思いつかないような香草の組み合わせであったので、非常に驚かされたのですが」
「ああ、《南の大樹亭》のナウディスの屋台ですね? あちらでは『ぎば・かれー』を使った軽食を売りに出しているのだと聞いています。その『ぎば・かれー』も、森辺の民たるアスタのこしらえたかれーの素というものを使っているのですよ」
ネイルは何か誇らしそうに目を細めながら、そのように述べたてた。
「ギバ肉を扱う4つの宿では、すべてその『ぎば・かれー』を売りに出しています。アスタの作る料理はどれも見事なものですが、やはり『ぎば・かれー』というのは別格の存在であるようですね」
「では、あの香草の組み合わせも、そのアスタという御方が考案したものであったのですか」
城下町の貴族までもが頼りにしたというアスタなる料理人の力量を、改めて思い知らされた心地であった。
「《南の大樹亭》ではジャガルの食材を使った甘めのかれーを、わたしの店ではチットの実を加えた辛めのかれーを出しております。そうして作る人間によって味を変えられるのも、『ぎば・かれー』の面白いところなのでしょう。ジェノスを離れる前には、是非とも一度は味わっていただきたく思います」
「はい。私も非常に興味をかきたてられました」
そうしてククルエルたちは、3軒目の宿屋も後にすることになった。
月明かりの下、最後の宿屋に希望を託して歩きつつ、同胞がかたわらから呼びかけてくる。
『ククルエル、さきほどの宿屋で香草の香りを嗅がされてしまい、空腹感が耐え難いものになってきてしまったのですが』
『私もだ。これでギバ料理を口にすることができなかったら、わざわざ苦しむために宿場町まで出張ってきたことになってしまうな』
最後の宿屋は、いわゆる貧民窟に存在した。
路上では、見るからに真っ当でない者たちが地べたに座って果実酒をあおっている。さすがに東の民であるククルエルたちに難癖をつけてくる者はなかったが、あまり油断のできる区域ではないようだった。
宿屋の名前は《西風亭》だ。
そちらもそれほど大きな宿屋ではなかったが、《玄翁亭》とは異なり、近づく前からずいぶんな賑やかさが伝わってきた。
「いらっしゃーい。4名様だね?」
迎えてくれたのは、髪の長い西の民の娘だ。
淡い色合いをした肩や腹を惜しげもなくさらしており、やはり忙しそうに立ち働いている。客の入りは、8割ていどであるようだった。
「食事かい? 泊まりかい? 今ならどっちも空いてるけど」
「食事ができるなら、そのまま宿泊もさせていただきたく思います。……ただ、ギバの料理というものは残っていますでしょうか?」
「あー、ギバ料理がお目当て? 悪いけど、『ぎば・かれー』は売り切れちゃったね。《玄翁亭》からあぶれたお客さんが、こっちのほうまで流れてきたみたいでさ」
そのように述べながら、娘はにっと白い歯を見せた。
「でも、それ以外のギバ料理だったら、まだ残ってるよ。3日分の肉をまとめて買い溜めておいたのが、明日でなくなっちゃいそうな勢いだけどさ!」
「では、そのギバ料理をお願いいたします」
ほっとしながら、ククルエルは応じてみせる。
娘はうなずき、「4名様、ごあんなーい!」と大声で店の奥に呼びかけた。
「席はこっちね。ギバ肉を使った料理は、焼き肉とポイタン料理と汁物料理があるけどどうする?」
「はい。4人で食べるには、どれぐらいが適量でしょうか?」
「って、全部ギバ料理でいいの? そうすると、カロンやキミュスの料理より割高になっちゃうけど」
「ええ、かまいません」
「東の民ってのは気前がいいね! それじゃあ、肉料理とポイタン料理をふたつずつ、汁物料理は人数分って感じかな。それで足りなかったら、追加で注文してよ。あと、飲み物は果実酒でいい? 今日はラマムか干しキキの汁だね」
「では、それも2名分ずつお願いいたします」
それでようやくククルエルたちは腰を落ち着けることができた。
空腹な上にあちこちを歩き回されて、なかなか疲れがたまってしまっている。これでギバ料理にありつけなかったら、さぞかしみじめな思いで夜を過ごすことになってしまったことだろう。
(そういえば、軽食でもギバの料理はほんの少し割高だったな。だからこの宿では、ギバ料理が売り切れることもなかったのか)
貧民窟のど真ん中であるのだから、この食堂に集まっているのも無法者じみた輩ばかりである。いきなり衛兵でも踏み込んできたら、半数ぐらいは逃げ出してしまうかもしれない。
その中で、ククルエルたちの他にも東の民というのは数名ばかり見受けられたが、南の民というのはひとりとして存在しない。ジェノスを訪れる南の民というのはあるていど裕福な商人ばかりなので、護衛役もなしにこのような区域には踏み込めないし、そもそも踏み込む理由もないのだろう。
で、無法者や無頼漢であれば、そこまで懐には余裕がないものである。そういう者たちにとって、ギバ料理というのは少なからず贅沢な晩餐となるのだった。
『さすがにここまでうらびれた宿で晩餐を取るのはあまりないことですね。まともな食事を出されるといいのですが』
と、若い団員のひとりがそのように述べたてた。
日中にギバ料理を食したのはククルエルのみなので、彼らは不安をぬぐいきれないのだろう。ひょっとしたら、好奇心でククルエルについてきたことを後悔し始めているのかもしれない。
まあ、このような宿屋であれば、値の張る食材を無駄に使うこともないだろう。ギバ肉であればただ塩で焼いただけでも満足できそうであったし、むしろそういう素朴な料理であるほうが、ギバ肉本来の味を楽しむことができるはずであった。
そんなことを考えている間に、続々と料理が運ばれてくる。
それを目にして、ククルエルは少なからず驚かされた。そこに並べられたのは、思っていたほど素朴な料理ではなかったのである。
焼肉料理というのは、確かにギバ肉を焼いたものであるようだった。
ただ、アリアやプラやネェノンといった野菜も一緒に焼かれており、その上に何か甘辛い香りのする汁が掛けられている。ククルエルに判別できるのは、タウ油とミャームーの香りであった。
で、ポイタン料理というのは、なかなか奇妙な料理であった。
どうやらポイタンの中に肉や野菜を混ぜ込んで、一緒に焼きあげた料理であるらしい。形は普通に丸くて平べったいが、そこにもタウ油の香りがする汁が掛けられている。ただしそちらは、甘辛いのではなく酸っぱそうな香りであった。
なおかつその上に、正体不明の黄白色の液体も掛けられている。
いや、半分は固形であるのだろうか。細く網目状に掛けられているのに、そのままの形でてらてらと輝いている。何か油分の強そうな輝きだ。
そして汁物料理に使われているのは、カロンの乳であった。
乳脂も使われているのだろうか。まろやかな甘い香りであり、白い汁からごろごろとした肉や野菜の影が覗いている。
「はい、こっちは干しキキの汁で割った果実酒で、こっちがラマムね。足りなかったら、また声をかけてよ」
年配の女性とふたりがかりで料理を運んできた娘は、せわしなく立ち去ってしまう。
とりあえずククルエルたちは食前の祈りをシムに捧げ、それから酒杯に果実酒を注いだ。
城下町で飲まれるような蒸留酒ではない。甘みと酸味の強い、ママリアの果実酒だ。干しキキの汁ではさらに酸味が加えられ、ラマムの果汁では甘みが加えられている。嫌いな味ではなかったが、いささか酒気は弱いように感じられた。
ともあれ、料理である。
ここまでふんだんにタウ油やカロン乳が使われているとは思わなかったが、外見や香りに大きな問題は感じられなかった。
娘が取り皿を準備してくれたので、2人前の焼肉料理とポイタン料理は半分ずつ4名で分け、それぞれ口に運ぶ。
『これは……美味ですね』
さきほど心配そうに声をあげていた若い団員が、真っ先にそう言った。
ククルエルにも、異論はなかった。
焼肉料理は、その香りの通りに甘辛い。それがギバの肉にはよく合っている。
タウ油やミャームーばかりでなく、砂糖やアリアのすりおろしなども使われているらしく、その甘みがタウ油の塩気やミャームーの風味と素晴らしく調和しているようだった。
肉の部位は、胸か背中あたりであろうか。ほどよく脂がのっており、とても食べ応えがある。日中の軽食でも思ったが、強い味付けに負けない立派な肉だ。これには焼いたポイタンの切れ端も添えられていたので、それを一緒に食べるといっそう美味であった。
ポイタン料理のほうは、それとは対照的な酸味の強い味付けである。
こちらには、タウ油の他にタラパやママリア酢が使われているようで、それが酸味を強めているのだ。
それに、正体不明の黄白色の調味料も、基本的には酸っぱい味であった。
こちらもママリアの酢が使われているのだろう。ただ、それほど風味は強くないし、色合いも白みが強かったので、これは最近ジェノスで流通するようになったバナームの白いママリア酢であるようだった。
他には何が使われているのか、ククルエルには判別がつかない。ただ、酸っぱいだけではなく、妙に料理の味を引き立てる味わいであった。
そうして酸味を強調した2種の調味料が使われている料理であるが、肉と野菜を封じたポイタンの生地はなかなかの厚みがあったので、「酸っぱい料理」という感じはしなかった。
ポイタンに混ぜ込まれた肉にはさきほどの料理よりも脂がのっており、きわめて美味である。野菜はざっくりと切られたティノのみであったが、その噛み応えがまた心地好かった。
ポイタンの生地を肉や野菜と一緒に焼きあげるというのはずいぶん乱暴なようにも思えたが、しかし美味である。ポイタンとギバ肉とティノを別々に焼きあげたのでは、このような味にはならないのだろう。それぞれの食感と味が組み合わさることによって、この楽しい料理はできあがっているようであった。
最後の汁物料理は、比較的、素朴な料理であったかもしれない。
ジェノスの宿場町でカロンの乳や乳脂が使われ始めたのはごく最近であるが、城下町や隣町のダバッグではいくらでも口にすることができる。それを汁物料理で使うというのも、ごくありふれた手法であった。
その他にも、とりたてて珍しい食材が使われているわけではない。塩とピコの葉と、タウ油あたりも少しは使われているのかもしれないが、ごく尋常なる素朴な味わいであった。
ただ、素朴であるゆえに、ギバ肉の質の高さがしっかりと感じられる。
出汁が、力強いのだ。
汁をすすると、さまざまな滋養が身体中にしみわたっていくかのようである。そんなに食欲のない日であるならば、この汁物料理とポイタンの生地だけで満足できそうなほどであった。
それに、ごろりとしたギバの肉も、また美味であった。
これは少し、カロンの肩肉と食感が近いかもしれない。赤身の部分はぎゅうぎゅうに繊維が詰まっており、それが口の中でほどけても、しばらくは噛み応えを楽しむことができる。固い肉が入念に煮込まれたときに生み出される、独特の味わいだ。
気づけば、同胞らも黙々と食事を進めていた。
感想を述べ合う時間をも惜しむかのように、ひたすら木匙を動かして料理を楽しんでいる。果実酒の減りに比べて、明らかに料理の減っていく速度はまさっていた。
「どう? お口にはあったかな?」
と、他の卓に果実酒を配っていた娘が、そのように声をかけてきた。
そちらに向かって、ククルエルは「はい」とうなずいてみせる。
「非常に美味です。ギバ料理を口にするのはこれで2度目ですが、とても満足しています」
「そりゃーよかった。2度目ってことは、アスタたちの屋台で何か食べたのかな?」
「いえ。宿場町に下りた時間が遅かったので、《南の大樹亭》の屋台で軽食を買いました」
「あー、アスタたちは二の刻に店を閉めちゃうからね。アスタたちはすっごく凝った料理を出してるから、集落に戻ってもその下ごしらえが大変なんだってさ」
なかなかおしゃべり好きであるようで、娘は楽しげにそのようなことを話してくれた。
「うちの店でもその『お好み焼き』っていうポイタン料理を屋台で出してるんだけど、アスタたちの人気に便乗して、同じぐらいの時間には売り切っちゃうんだ。マイムなんて、アスタたちより先に売り切っちゃうぐらいだしなあ」
「ああ、森辺の民とともにギバ料理の屋台を出しているというのは、この店であったのですか」
「うん、そうそう。復活祭の間だけ、特別にね。アスタたちの料理は別格だから、ジェノスを出る前に一度は食べておいたほうがいいよ?」
「他の宿屋でも同じようなことを言われました。しかし、こちらの料理もきわめて美味であると思います」
「そりゃまあね! そーすやまよねーずや焼肉のたれなんかは、ぜーんぶアスタの手ほどきで作りあげたものだしさ! ……でもね、やっぱアスタたちの料理は別格なんだ。うちより立派な食材をたーくさん使ってるし、きっと驚かされると思うよー?」
「……自分の店よりも立派な料理が売られていることを、あなたはそのように嬉しそうな様子で語るのですね」
「ん? どーゆー意味?」
「いえ。さきほどの宿屋のご主人も、何やら同じような様子であったのです。あなたたちは、そのアスタという人物に強い敬服の念を抱いておられるようですね」
「けーふくとかよくわかんないけど、アスタたちとはそれなりの仲だからさ! 商売仇じゃなくって、一緒に頑張ってる仲間みたいなもんなんだよ」
そのように述べる娘の顔には、とても無邪気な笑みが浮かんでいた。
表情を動かすことを恥と考えているシムの民でも、異国の民がそうでないことに苦痛を感じるわけではない。有り体に言って、それはきわめて魅力的な笑顔であった。
「私は若い頃から20年以上もジェノスに通っていますが、いまだ森辺の民とは言葉を交わしたことはないのです。狩人の一族である彼らが宿場町で屋台を開くというのはずいぶん奇妙に感じられたのですが、やはりそのアスタという人物が彼らに変化をもたらしたのでしょうか?」
「うーん? どうだろ? そりゃまあアスタがいなかったら屋台の商売なんて始めなかったんだろうけど、あの人らは前からああいう人柄だったんだろうね。あたしは森辺の民、大好きだよ?」
西の民からそのような言葉を聞かされるのも、かつてはまったくなかったことだ。
野蛮なる狩人の一族として、南方神を捨てた異端の徒として、森辺の民は長らく西や南の民に忌避されていたのである。それが、災厄の象徴とされていたギバの肉で屋台を出し、これほどの評判を呼んでいるなどというのは、数ヶ月前の宿場町からはまったく考えられない事態であるはずだった。
(それならば……モルガの森に道を切り開くというのも、意外に絵空事ではないのだろうか?)
ククルエルがそのようなことを考えたとき、娘が卓の上を見回しながら、呆れたような声をあげた。
「それにしても、ずいぶん早食いのお客さんだね。そんなにお腹が空いてたのかい?」
ククルエルも驚いて視線を巡らせると、他の団員たちはすっかり料理をたいらげてしまっていた。
そして、全員が同じ目つきでククルエルのことを見つめている。
「どうする? それで満足したんなら、寝所のほうに案内するけど」
ククルエルは、口もとがほころびそうになるのを懸命にこらえながら、娘に言葉を返した。
「いえ。私も同胞もまったく満ち足りていないようです。焼肉料理とポイタン料理をもう2人前ずつ運んでいただけますか?」
「りょーかい!」と元気よく応じながら、娘は身をひるがえした。
城下町に居残った仲間たちは、石造りの立派な宿屋で空腹を満たしているはずだ。しかし、この場にいる4名よりも充足した気持ちを得ることはできているだろうか?
そのようなことを考えながら、ククルエルは追加の料理が届くまでラマムの香りがする甘酸っぱい果実酒の味を楽しむことにした。