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異世界料理道  作者: EDA
第二十一章 銀の月
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ルウの家のお泊り会③~森辺のティータイム~

2016.8/15 更新分 1/1

「みなさん、お待たせいたしました。それではひさびさに勉強会を始めたいと思います」


 切り分けた肉はピコの葉の詰まった革袋に戻し、それを食料庫で一時保管させてもらってから、俺はようやくそのように呼びかけることができた。

 日時計は、そろそろ四の刻に差しかかろうとしている。晩餐の準備もあらかた片付いているようなので、2時間ばかりは勉強会に費やすことができそうであった。


「まずは、こいつから行きましょう」


 俺は作業台の隅に置いておいた布袋を取り上げて、その中身を木皿にあけてみせた。

 とたんに香ばしい香りがかまどの間に満ちる。昨日、ファの家で熱を通しておいた、ギギの葉である。


「うわあ、素敵な香りですね! ギギの葉だけだとこういう香りになるのですか」


「うん。香りだけだとそこまで苦そうな感じはしないよね」


 チョコレートやココアを想起させる、カカオのごとき香りである。そして、焙煎したギギの葉は、その姿を漆黒に変えていた。もともとは直径5センチの丸い葉であったが、熱を加えたことにより繊維がほどけて、すでに半分がた粉状に崩れてしまっている。


「これはもともとお茶の原料であるそうです。かなり苦いですけど、親父さんたちも味見してみますか?」


「いいのかい? シムの香草なんて、そんなに安いものではないんだろう?」


「なめるぐらいなら、どうということはないですよ。それに、香草の中では特別に値が張るものでもないようですし」


 なおかつ、ヴァルカスが正しい使い方を隠匿してしまっていたために、いまだ城下町の食料庫ではこのギギの葉が山積みになっているのだ。これを正しく使えるようになれば、またトルストやポルアースを喜ばせることができるだろう。


 が、味見をした人間はかまど番も客人も例外なく一様に渋い面持ちをしていた。まろやかで香ばしい芳香に反して、このギギの葉は濃縮されたカカオのように苦いのだ。


「このように苦い香草をもとにして、ヴァルカスはあのように美味なる料理を作りあげていたのですか。わたしなどには、これとどのような食材を組み合わせればよいのか見当もつきません」


 いくぶんへこたれた様子でシーラ=ルウがそのように発言した。レイナ=ルウも、きわめて難しげな面持ちである。


「俺もまだ料理での使い道は思いついていないのですけどね。先日もお話しした通り、まずはお菓子作りでこいつを活用してみようと思っているんです」


「えー? 苦いお菓子なんて、リミはやだなあ」


「もちろん、苦いだけのお菓子じゃあ誰も喜ばない。でも、アロウやシールだって酸っぱいけど、甘い砂糖と組み合わせれば美味しいお菓子の材料にできるだろう? それと同じことだよ」


 ということで、まずはカロンの乳を温めて、そこに砂糖とともにギギの葉の粉末を投入させていただいた。

 これでいっそう、見た目はココアのように仕上がった。が、それを知らないこの地の人々にとっては、ただの茶色い液体である。ただでさえ黒や褐色という色合いはお焦げを連想させるので、みんなには「苦そうだ」としか思えないのかもしれない。


 そんな彼らの固定概念を打ち崩すべく、俺は味見をしながら砂糖をどんどん加えていく。

 むろん、カカオの香りのする香草を溶かしただけで、ココアと同じ味を生み出せるわけがない。カカオからココアを作るには相応の手順があるはずであるし、そもそもこれはカカオではなくギギの葉だ。どれほど砂糖や乳を加えてみても、あの独特のまろやかで深みのある味を再現させることは不可能な話であった。


 が、カロン乳の風味と砂糖の甘さをあわせることによって、ココアテイストの不思議なドリンクを作ることはできた。

 何というか、駄菓子屋で売られていそうなチープな味わいである。


 それでもギギの葉にはおかしな渋みや酸味なども存在しなかったし、砂糖の甘さや乳の風味とも上手く調和する食材であるようなので、本物のココアを知らなければそんなに不満も生じないのではないのかな、というぐらいのレベルには仕上げることができた。


「どうだろう? 悪い味ではないと思うけれど」


 小鍋の中身を木皿に移し、俺はみんなを振り返る。

 リミ=ルウが動こうとしなかったので、トゥール=ディンが意を決したように木匙を取り上げた。

 で、おそるおそるそれをすすって、とたんに瞳を輝かせる。


「美味しいです! というか、とても甘いですね!」


「そりゃまあ、あれだけ砂糖を入れたからね」


 それでリミ=ルウとターラもようやく木匙を取り上げることになった。

 こちらはもう、トゥール=ディン以上の喜びようである。それに続いたのはユン=スドラとスフィラ=ザザで、甘党の彼女たちは誰もが喜びの声をあげることになった。


「これは確かに美味ですね! ただカロン乳に砂糖を加えたものとは比べようもないほど美味だと思います!」


「おお、こいつは確かに甘くて美味いや。……だけど、こうやって一口すするだけならともかく、こんな甘ったるいものを茶として飲めるのかね?」


 疑念を呈するドーラの親父さんに、俺は「いいえ」と首を振ってみせる。


「これはあくまで菓子の材料です。トゥール=ディン、君だったらこれをどうやって使おうと思うかな?」


「え……それはやっぱり、この汁でポイタンやフワノを練ってみる、という使い方でしょうか」


「うん、それが一番真っ先に思いつくよね。それじゃあ、そいつが冷めたらポイタンの焼き菓子をこしらえてみておくれよ。その間に、俺は他の準備を進めておくから」


 そのように言いながら、俺は足もとの壺を取り上げた。昨日からルウ家の食料庫で保管しておいていただいた、別のカロン乳である。一晩寝かせておいたので、そちらは脂肪分がきっちり浮いてきている。その脂肪分だけを丁寧にすくいあげ、土瓶に封じ込めてから、俺は入口のあたりにたたずむ愛しき家長へと声をかけた。


「アイ=ファ、ひさびさに攪拌をお願いできないかな?」


 アイ=ファはいぶかしむように俺を見つめてから、土瓶を受け取った。

 ひょっとしたら数ヵ月ぶりぐらいになるかもしれない、ホイップクリームの作製である。

 むろん、乳脂を作製するには同じ手順が必要となるのだが、そちらは大きな革の袋に詰めて棒で叩く、というミケルの教えに従っていたので、このやり方はずいぶんひさかたぶりなのだった。


 で、俺だと7、8分はかかってしまうこの作業も、アイ=ファに頼めばその半分の時間で仕上げることがかなう。アイ=ファは栓が外れてしまわないよう土瓶の口もとを押さえつつ、静かに力強く土瓶をシェイクさせ始めた。


 その間に、トゥール=ディンはココアもどきを水瓶の水で冷やし、それを使ってポイタンの粉を練りあげた。まさしくココアパウダーを投じたかのように、褐色のポイタン生地ができあがっていく。味見をして、少しカロン乳と砂糖を加え、さらにそれを入念にこねあげてから、トゥール=ディンは鉄板で生地を焼き始めた。


 俺は攪拌の終わった土瓶をアイ=ファから受け取り、その中身を木皿に移してから、新たに砂糖とギギの葉を加えていく。あとは菜箸でホイップすれば、ほんのり角が立つぐらいのホイップクリームが完成した。


 さらには脱脂乳を利用して、カスタードクリームも作製する。

 卵黄と砂糖とフワノ粉に、ここでもギギの葉をまぜあわせて、それを脱脂乳で溶いていく。コクを出すために乳脂もひと匙だけ加えたら、火にかけて水分を飛ばし、完成である。


 かくして、ギギの葉を加えた焼きポイタン、ホイップクリーム、カスタードクリームが仕上がった。

 リミ=ルウたちなどはもう、試食をする前から恒星のごとく瞳をきらめかせていた。


「あー、美味しい! 全然苦くない! いや、苦いのかな? よくわかんないけど、すっごく美味しいよ!」


「うん、美味しいね? もっといっぱい食べたいなあ」


 年少組に劣らず、ユン=スドラとスフィラ=ザザも至福の表情である。

 テリア=マスはびっくりまなこで、マイムやレイナ=ルウたちは喜びつつも真剣な眼差し、そしてユーミやヴィナ=ルウなどはほどほどに満足げな面持ちであった。


「ピノたちも一口ずついかがですか?」


 俺がそのように呼びかけると、ちょっと複雑そうな笑みが返ってきた。


「無理を言って居残らせてもらっているのに、そんなお情けまでいただいちまったら、森の怒りに触れたりしやしませんかねェ?」


「森はそんなに狭量ではないと思いますよ。俺もそのつもりでこの量を準備したわけですし」


 しかもロロが戻ってこないので、その場にはピノとシャントゥしかいないのだ。ふたりの旅芸人はもうしばし逡巡する姿を見せてから、そっと木皿の焼きポイタンを手に取った。


「あらまァ、これは……びっくりするような甘さだねェ」


「これは美味ですな。そして確かに、ギギ茶の風味が香っております」


 白い髭を胸のあたりにまで垂らしたシャントゥが、好々爺という表現がぴったりの顔で微笑んでいる。旅芸人の中でも、この老人はひときわ温厚な気性であるのだ。


「シャントゥはギギ茶を口にしたことがあるのですね。それはやっぱり、ずいぶん苦いお茶なのでしょうか」


「そうですな。しかし、茶葉をけちっても味気ないものでありますし、苦いからこそのギギ茶なのでしょう」


 彼らは遥かなるシムの地にまで足をのばす流浪の旅芸人であるのだ。それを思えば、この試食だって俺たちにとって有意なのではないだろうか。


「でも、さすがにすべてにギギの葉を使っては、せっかくの美味しさも殺し合うことになりかねないようですね。普通の焼き菓子にこのくりーむを塗ってみたり、ギギを使った焼き菓子に普通のくりーむを塗ったりしたほうが、ひょっとしたらいっそうの美味しさを求めることができるのかもしれません」


 ひかえめながらもしっかりとした口調で、トゥール=ディンがそのように発言した。

 俺は「そうだね」とうなずき返してみせる。


「なおかつ、ギギの葉の量もまだまだ研究の余地があると思う。特に火を入れる焼き菓子やカスタードクリームでは、火を入れる前と後で味が変わってくるだろうし。……そのへんの配合については、トゥール=ディンにおまかせしたいかな」


「え、わ、わたしにですか?」


「うん。好きこそものの上手なりけりって格言もあるからねえ。俺は他にも面倒を見なきゃいけない食材が山積みだし、お菓子作りに関してはトゥール=ディンやリミ=ルウに担ってほしいかな」


 トゥール=ディンは、緊張と興奮のあわさった面持ちで「はい」とうなずく。


「俺は俺で、また別の使い道も模索してみるからさ。俺が案を出して、トゥール=ディンが完成させる。菓子作りに関しては、それが一番効率的だと思うんだよね。もちろんトゥール=ディン自身にも色々な使い道を考案してほしいけど」


 ギギ風味のカスタードクリームを作製したことによって、俺も新たな道が見えていた。すなわち、擬似チョコレートの開発である。冷蔵の環境がなくては難しい面もあるかもしれないが、それでも俺の知るチョコレートにもっと味を近づけられそうな手応えをつかむことはできていた。


「なるほど、菓子作りねえ。こいつはやっぱり、貴族たちのためにこしらえているものなのかな?」


 と、ドーラの親父さんに呼びかけられて、「どうでしょう?」と俺は首をひねってみせる。


「もちろん貴族からも甘い菓子を所望されてはいますが、俺としてはやっぱりまず森辺の民のために、というのを一番に考えたいですね。ご覧の通り、森辺でも甘い菓子を好む方はたくさんいるので」


「そうか。それじゃあ、宿場町なんかではどうなんだろうね。俺はわざわざ銅貨を出してまで買おうとは思わないが、ターラなんかはずいぶん喜んでるみたいだし」


 それは俺としても気になるところであった。

 しかし、ジェノスを訪れる旅人に女性や子供というのは極端に少ないものなのである。近在の町からならば多少は存在するのかもしれないが、シムやジャガルからではほとんどありえない。それぐらい、この世界における長期的な旅というのは危険なものとされているのだ。


 ということは、女性客はそのほとんどがジェノス在住の人間になる、ということだ。

 あらためて、俺はユーミとテリア=マスのほうに視線を転じてみた。


「うーん、どうだろうね? あたしもやっぱり、買うんだったら肉の料理かなあ。肉と一緒に食べたくなるような味ではないみたいだし」


「わたしは、数日置きなら食べてみたいと思うかもしれません。他の料理では味わえない味ですし」


 宿場町には数ヵ月前まで砂糖や蜜というものが流通していなかったし、甘い果実というのも数えるぐらいしか存在しなかった。ゆえに、そもそも「甘い菓子」というもの自体がまったく未知なる存在であったのだった。


「まあ、いずれお試しで売ってみるのも面白いかもしれませんね。ギギの葉はたっぷりあまっているようなので、商売で使わないことにはなかなか消費できなそうですし。……でもやっぱり、俺はまず森辺の集落での取り扱いを優先したいと思います」


 そこで俺は、ミーア・レイ母さんに意見を求めることにした。


「以前にも少し話題に出ましたが、日中の軽食で甘い菓子を食べるというのはどうなのでしょうね? やはり干し肉のほうが力が出るのでしょうか」


「いや、最近は焼いたポイタンをかじったりもしているよ。女衆ばっかりじゃなく、男衆もね。そのほうが力が出るって男衆も多いみたいだからさ」


「ああ、俺なんかは干し肉とポイタンを半々だな。いっそアリアとかも食ったほうがいっそう力が出るんじゃねーかなって思ってるよ」


 入口のあたりから、ルド=ルウもそのように声をあげてくる。


「それなら、女衆の軽食に甘い菓子をひとつまみっていうのもいいかもしれませんね。なんなら、一緒にお茶などもいかがでしょう?」


「お茶ねえ。あたしなんかは飲んだこともないから何とも言えないよ。城下町やダレイムなんかではそういうもんを飲むんだって、レイナたちからは聞いてるけどさ」


「宿場町の宿屋でも飲まれていますよ。宿場町の井戸ではそのまま飲める水が汲めるのに、みんなあえてそれをお茶にして飲んでいるんです。お茶は美味しいし、それに滋養もありますからね」


 そこで俺は、布袋から新たなアイテムを取り出してみせた。

 昨日の内に干しておいた、チャッチの皮である。


「ダレイムではこのチャッチの皮のお茶をいただいてたんですよね。城下町でもちょっとお茶の話題になったんで、帰りがけにその作り方を教わってきたんです」


 何も難しいことはない。このカラカラに乾燥させたチャッチの皮をすり潰し、お湯を投じて、濾して飲むのである。

 ちなみにチャッチはジャガイモのごとき食材であるが、表皮は柑橘系のような形状をしている。それを煎じたチャッチ茶も、フルーティな香りのする清涼な味わいなのだった。


「そういえば、こちらの食料庫にはずーっとゾゾの実が置いてありましたよね。俺が初めてお世話になった頃から置いてあるので、もう7ヶ月ばかりも経つわけですか」


「ああ、あれは腐るもんじゃないっていうから、ずっと手つかずのままだったんだよねえ。レイナたちがたまに削って料理に使ってみては、やっぱり役立たずだって元に戻すの繰り返しさ」


「ついでにゾゾ茶の作り方も習ってきたんですよ。せっかくなので、みんなで飲んでみましょうか」


 蛇がとぐろを巻いたような形状の、ゾゾの実である。蛇の抜け殻か、あるいは蜂の巣でも想起させる質感で、なおかつ中身はずっしり詰まっている。大きさはラグビーボールぐらいもあろう。

 初めてこの食料庫で出会ってから7ヶ月ぐらいが経過しているのに、そのゾゾの実はまだ8割がたが残存していた。確かに、ところどころに新しく削った跡があるが、これもやたらと苦みが強いので、お茶の他にはなかなか使い道も存在しないのだ。


「中には1年や2年も放置しておく家もあるようですよ。そうすると、渋みが増す代わりにとても香りがよくなるのだそうです。もちろん、途中で濡らしたりしたら腐ってしまうのでしょうけれど」


 これもまた、削って煮立てて濾すばかりである。専用の目のこまかい網はまだ入手していないので、俺は目の粗い布を利用して、チャッチとゾゾの茶をこしらえてみせた。


 柑橘系のチャッチ茶に対して、ゾゾ茶は漢方薬のような強い香りを有している。が、飲み口は意外にやわらかく、それほど苦いわけでもない。ドーラの親父さんなどは、「ああ、これはいい茶だ」とご満悦であった。


「うちではミシル婆さんからチャッチの皮をおすそわけしてもらってるからさ。そうそうゾゾの実なんて買うこともないんだよ」


「うちの宿ではゾゾの茶を扱っていますが、確かにこれはいい実ですね。さっき7ヶ月と仰っていましたが、1年ぐらいは寝かせていたのではないでしょうか?」


 テリア=マスの問いかけに、ミーア・レイ母さんは「そうかもしれないね」と口もとをほころばせた。


「こいつは汁物に入れるために買ったんだけど、ちょっぴり入れるだけで十分に香りがつくからさ、なかなか使いきることができなかったんだよ」


「そもそも、茶を飲まないのにどうしてゾゾの実なんかを買ったんだね? これだけでかいとけっこう値も張っただろう?」


 親父さんが不思議そうに問うと、ミーア・レイ母さんはたくましい肩をひょいっとすくめる。


「何だかよくわからないけど、とにかく味を確かめてみようって話になったんだろうねえ。その頃は、野菜売りと親しく口をきくような機会もなかったからさ。茶だの何だのなんて話は知りようがなかったんだよ」


「ああ、まあ、そりゃそうか。半年ぐらい前までは、俺たちがあんたがたと親しく口をきくこともなかったんだもんなあ」


 しみじみと言って、親父さんはルド=ルウとヴィナ=ルウの顔を見比べた。


「今でもよーく覚えているよ。アスタと一緒に店に来たルド=ルウとヴィナ=ルウが、チャッチは好きだとかプラは嫌いだとか、そんな話をしている姿を見て、俺は心からびっくりしちまったんだ。どうせ森辺の民なんて、味もわからないまま俺の野菜を食べてるんだろうな、なんて思っちまっていたからさ」


「んー? そんな話、したっけか?」


「したわよぉ……あれはアスタが屋台でどういう料理を出すか決めるために、一緒に町へ下りたときよねぇ……」


 ヴィナ=ルウは、懐かしそうに目を細めている。

 それはきっと、アイ=ファには狩人の仕事があったため、ヴィナ=ルウたちに買い出しの付き添いをお願いしたときの話であろう。あのときの親父さんは、たいそうびっくりしながらヴィナ=ルウたちの姿を見守っていたものである。


 なんとなく空気がしんみりしたところで、ミーア・レイ母さんが「でもさ」と明るく声をあげる。


「やっぱりこのゾゾってほうの茶はずいぶん苦いんだね。別に飲めないことはないけれど、水より上等って感じはしないねえ」


「そうですか。でも、苦いお茶には菓子の甘さを引きたてるという役割もあるんですよ。それ以外でも、食事の際に口にすると、また印象が変わってくるかもしれません」


「あたしはけっこう好きな感じだよ。肉も野菜も入っていない熱い飲み物っていうのも、なかなか楽しいもんじゃないか」


 そのように述べたのは、ティト・ミン婆さんであった。

 その言葉を受けて、ミーア・レイ母さんは「なるほどね」とうなずく。


「ま、使い道のなかったゾゾの実ってやつを腐らせずに済むなら、それだけでもありがたいこったね。こいつを使いきる頃には、美味いか不味いかの区別もつくようになってるかもしれないし」


「うん、それにチャッチだって、うちでは山のように使ってるしね。晩餐でチャッチを使わないと騒ぐ子供がいるおかげでさ」


「うっせーなー。みんなだって、チャッチは好きだろ?」


 ぼやきながら、ルド=ルウもそのチャッチ茶をすすっている。


「それにこいつも、俺は好きだよ。果実酒なんかよりよっぽど美味いじゃん」


「リミもけっこう好きかもー! お菓子と一緒に食べたら、いっそう美味しく感じるの?」


 尻尾を振る子犬のようなリミ=ルウに「そうだね」と俺は笑いかける。


「今日の晩餐で試してみなよ。またリミ=ルウがお菓子を作ってくれるんだろう?」


「うん! ターラと約束したもんねー?」


 ターラも、にこにこと笑っている。アイ=ファやミケルなどの一部を除けば、みな笑顔だ。前回の来訪時でもすでに十分なごやかであったが、あれからひと月ほどを経て、ますます町の人々とルウ家の人々との垣根は取り除かれたようだった。


「それじゃあ、次の食材に取りかかりましょうか。ケルの根については、『ミャームー焼き』に応用がききそうなんですよね」


 そうしてひさびさの勉強会はたゆみなく続いていき、森辺にはゆっくりと夕暮れが近づきつつあった。

 ピノとシャントゥの両名は、俺たちと同じものを口にして、同じ空間にたたずみながら、それでもかまどの間の入口を境界線として、少し遠くからこの交流の場を眺めている様子であった。

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