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異世界料理道  作者: EDA
第二十一章 銀の月
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ルウ家のお泊り会②~ご挨拶~

2016.8/14 更新分 1/1 2016.9/14 誤字を修正

 下りの二の刻の半、俺たちは無事にルウの集落に帰りついていた。

 同胞を乗せた4台の荷車と、お客人を乗せた2台の荷車である。町のお客人6名を乗せているのは、ドーラ家がふだん畑の仕事を手伝わせているトトスに引かせた荷車であった。


 もうけっこう老齢のトトスなのだろうか。褐色の羽毛もだいぶんすりきれてしまっている。それでもこのトトスは毎日親父さんたちを宿場町に送迎している他、畑で収穫した野菜を倉まで運ぶのにも重宝されており、ドーラ家にはなくてはならぬ存在であるのだそうだ。


「こいつもひさびさに遠出ができて喜んでるだろう。さ、みんな気をつけて降りておくれよ?」


 野菜を運ぶための屋根なしの荷車から、ターラやユーミたちが地面に降り立つ。とたんに、ルウルウの荷車に乗っていたリミ=ルウもそちらに駆けつけて、ターラの手をぎゅっと握りしめた。

 ついに念願のお泊り会が実現するのである。幼き少女たちはまるで姉妹のようにそっくりの表情で微笑みを交わしていた。


 そして、そこから少し離れた場所に停車した箱型のトトス車からも、《ギャムレイの一座》の座員たちがぞろぞろと姿を現し始めている。

 そちらは2頭引きの巨大な荷車である。手綱を握っていたのは獣使いのシャントゥで、ピノ、ロロ、ギャムレイの順で、彼ら旅芸人もいよいよ森辺の集落の地を踏むことになった。


「ようこそ、ルウの家に。そちらのみなさんはおひさしぶりだね。ダレイムの人らにはうちの家族がすっかりお世話になっちまって」


 と、集落の入口で待ちかまえていたミーア・レイ母さんが笑顔で近づいてくる。トトスの手綱を握ったドーラの親父さんは「いやいや」とにこやかに笑みをふりまいた。


「こっちこそ、復活祭では楽しい夜を過ごさせていただいたよ。今日はまたそのお返しとばかりに図々しく押しかけちまって申し訳ない」


「とんでもない。大したもてなしはできないけど、どうぞ自分の家のようにくつろいでおくれよ。次に来るときは、他の家からも眷族を集めるからさ」


 3日後の銀の月の10日、屋台の休業日の前日に執り行われるその歓迎の宴では、眷族の家からも20名ばかりの人間がやってくる予定であった。翌日に仕事さえ控えていなければ、ルウ家の人々もぞんぶんに客人をもてなすことができる、という寸法だ。


 では、なぜその日ばかりでなく今日まで客人を招いたのかというと、それは4回もダレイムに招かれたのに、こちらが招くのがたった1回では釣り合わない、とリミ=ルウらが強く主張した結果であり、ミーア・レイ母さんはもちろん、ドンダ=ルウもとりたてて反対はしなかったようである。


 ドーラ父娘ばかりでなく、ユーミやマイムも口々に礼の言葉を述べている。やや引っ込み思案のテリア=マスのもとにはいつのまにかシーラ=ルウがぴったりと寄り添っており、あたりにはたいそう和やかな空気が生まれつつあった。

 そんな心の温まる人々の交流を眺めつつ、俺はファファの手綱を握ったガズの女衆を振り返る。


「それじゃあ、みんなをよろしくお願いします。あ、アイ=ファ――」


「うむ。ファの家の家長アイ=ファは、アスタの仕事を手伝う女衆がファの家の戸を開き、中に踏み入ることを許す」


「確かに承りましたよ。それじゃあ、また明日に」


 この場に居残るのはトゥール=ディンとユン=スドラのみで、あとの女衆はファの家で待ちかまえているフォウやランの女衆と合流し、カレーの素やパスタの作製、それにポイタンを焼く作業などに取り組んでくれるのである。

 俺たちはルウの集落で肉の切り分けなどの下準備をしたのち、あまった時間はひさびさの勉強会に費やして、あとは晩餐をご馳走になってから家に戻る予定であった。


「……さて、それであんたたちが噂の旅芸人って方々なわけだね」


 ファファの荷車と、それにヤミル=レイやアマ・ミン=ルティムらルウの眷族も立ち去ったところで、ミーア・レイ母さんがピノたちに向き直る。


「あたしはルウの家長ドンダ=ルウの妻で、ミーア・レイ=ルウってもんさ。いちおうこのルウの集落で女衆を束ねさせてもらっているから、見知っておいてもらえれば嬉しいね」


「これはご丁寧に。俺は旅芸人の座長をつとめるギャムレイ、こっちの3人は座員のピノ、シャントゥ、ロロと申します」


 今日も日差しに目をしょぼしょぼとさせたギャムレイが、芝居がかった様子で礼をする。その周囲には、荷車を下りたルド=ルウたちがさりげなく散っていた。


 家の仕事に励んでいた分家の女衆や子供らも、目を丸くして彼らの様子を見守っている。

 赤装束にして隻眼隻腕のギャムレイと、振袖のような朱色の装束を纏い、三つ編みにした髪を足のほうにまで垂らした童女のピノ、ぼろぎれのような灰色の長衣を纏った白髪の老人シャントゥ。この3名だけでも人の注目を集めるのには十分であり、男装とはいえ身なりにおかしなところのないロロなどは、そんな彼らの陰に隠れるようにしてひっそりとたたずんでいた。


「今日は大人数なんで、家の外で挨拶をさせていただきますよ。家長を呼んでくるので、家の前で待っててくださいな」


 そうして俺たちは四方から好奇の視線をあびつつ、集落の広場を横断していくことになった。

 初めて足を踏み入れたギャムレイたちは、べつだん集落や人々の様子を物珍しく思う風でもなく、粛々と歩を進めている。妙におどおどとしているのはロロばかりだ。そして、同じ客人の立場であるドーラの親父さんたちも、歩きながらちらちらとギャムレイたちの様子を見やっていた。


 親父さんを除けば、全員が天幕に足を踏み入れたことがあるので、素顔をさらしているロロ以外は見知った相手である。が、ギャムレイなどは実に日の光が似合わない御仁であるし、ピノもシャントゥも、ただ歩いているだけでそこはかとなく目を引いてしまう存在であるのだ。奇矯な格好をしている、というだけではなく、やっぱり町の民とはいささか纏っている空気が異なるのである。祭の浮かれた空気の中では自然に見えていた彼らの姿も、こういう平時では異端者めいて見えてしまうのかもしれなかった。


「戻ったか。ご苦労だったな」


 ミーア・レイ母さんに呼ばれて、ルウの本家からドンダ=ルウがぬうっと登場する。

 右肩に包帯を巻き、腕を吊った姿は相変わらずであるが、やっぱりその迫力にはいささかの陰りも見られない。家の前に立ち並んだ10名の客人たちを、森辺の族長は青く燃える目で鋭く睥睨した。


「もう名乗る必要はない相手ばかりだな。まず、ダレイムのドーラには家人や同胞が世話になった礼を言っておく。今日から明日の朝にかけては、このルウの家で客人としてくつろいでもらいたい」


「ありがとうよ、ドンダ=ルウ。娘のターラも本当に喜んでいるんだ」


 リミ=ルウに手を握られたまま、ターラははにかむように微笑んだ。ドンダ=ルウは、そちらに向かって重々しくうなずきを返す。


「そしてそちらもひさかたぶりだな、旅芸人どもよ。このたびはジェノス侯爵マルスタインの命により、貴様たちをも森辺の集落に招くことになった」


「感謝しておりますよ、森辺の族長ドンダ=ルウ。決して森辺の平穏は脅かさないと約束するので、どうぞ俺たちをギバのもとまで導いていただきたい」


 ギャムレイは、また気取った仕草で一礼した。

 それをうろんげににらみ返しつつ、ドンダ=ルウは「ふん」と鼻を鳴らす。


「森辺の狩人は、中天を合図に森に入っている。貴様たちが同行を望むならば、明日の中天にまたやってくるがいい」


「ご随意のままに。……それで、ひとつふたつ確認させていただきたいのですがね。明日からギバを捕獲するまでの間、俺たちはこの集落に逗留させてもらってかまいませんかね?」


「なに?」とドンダ=ルウは目を光らせた。


「貴様たちは13名であったはずだな。そのような人数を逗留させるほど家は余っていないし、また、そこまでの世話をするようにはジェノスの領主にも申しつけられてはいない」


「いえいえ、俺たちは7台の荷車を家としているので、それを置く場所をお借りできればそれで十分です。たとえばこの広場の片隅でも、何ならそのあたりの道端でもかまいはしないのですよ。決して勝手にうろつき回って集落の方々を脅かしたりはしないとお約束いたします」


 そのように述べながら、ギャムレイは愉快げに微笑んでいる。


「ギバ狩りの仕事に加わるのは、俺たちの中の4名のみです。残りの人間は中天から夕暮れまでじっとそれを待ち受けるばかりですが、祭が終わったばかりのこの時期では銅貨を稼ぐあてもありませんし、それに、なるべく同胞とは離ればなれになりたくないのですよ。俺たち13名は、いわば家族同然の間柄なのですからね」


「ふん。そんなものは貴様らの都合に過ぎんが……その4名とは、誰のことなのだ? ギバに襲われたとき、生半可な人間では生命を落とすことになりかねんぞ」


「森に入るのは、この場にいる俺以外の3名と、あとはゼッタと申す人獣の子です。そら、あなたがたがモルガの赤き野人なのではと危うんだ例の子供ですよ」


「何だと?」とドンダ=ルウはうなり声をあげる。


「野人のごとき子供というのはこの際どうでもいい。それよりも、こんな娘や老人どもを森に入れると抜かすつもりか? 貴様らの仲間には、ジィ=マァムと力で渡り合えるような男もいたはずであろうが?」


「そいつはドガのことでしょうかね。あいつはなりばかり大きくて性根が据わっていないので、とうていギバを狩ったりはできやしません」


 その返答には、俺も驚かされてしまった。いかにも腕っ節の強そうなドガやザンを差し置いて、ピノたちを森に入れようというのか。


「ああ、それについても話を通すべきでした。森にはね、4名の人間と3頭の獣を入れさせていただきたいのです。ガージェの豹とアルグラッドの銀獅子、それにヴァムダの黒猿ですな」


「……モルガの森に、余所の獣を入れようというつもりか」


「ええ、そのためにも、ピノやシャントゥには同行してもらわなきゃならんのです。あいつらの言葉をわかるのはそのふたりだけなのでね」


 ドンダ=ルウは、火のような目つきでギャムレイをにらみつけた。

 ギャムレイはにまにまと笑いながら、右目だけでそれを見つめ返している。


「その獣たちは決して人間を襲うような真似はしないので、何の心配もありゃしませんよ。それに、あいつらだったらギバに襲われてもむざむざと生命を落とすこともないでしょう。……ああもちろん、森の恵みを荒らしたりもいたしません。そいつはジェノスの法で強い禁忌とされているそうですからねえ」


「ルド」とドンダ=ルウは底ごもる声で息子を呼んだ。


「誰か狩人を城下町に向かわせろ。モルガの森にそれらの獣を入れることは許されるのか、メルフリードからの答えをもらってこい」


「了解」


 ルド=ルウはかたわらに控えていた護衛役の狩人たちを見回し、その中から一番年配の男衆を選んだ。あれはたしか、レイ家の分家の男衆だ。

 男衆は荷車から解放されたジドゥラの手綱を取り、急ぎ足で集落を去っていく。その後ろ姿を見送ってから、ギャムレイは下顎のヤギ髭を撫でさすった。


「これも事前に話を通すべきでしたかね。お手間をかけさせてしまって申し訳ない」


「手間というなら、この話のすべてが手間だ。ギバを生け捕りにして芸をさせようなどという馬鹿げた話につきあわされているのだからな」


 俺の隣にたたずんでいたユーミが肩を震わせるぐらい、ドンダ=ルウの声には気迫がこもっていた。


「言っておくが、もうまもなくこの周囲の森にも多くのギバが舞い戻ってくる。そうなったら、貴様たちの戯れ事にかかずらってはいられなくなる。それまでに、その馬鹿げた望みを果たすかあきらめるかして、このジェノスを出ていくことだ」


「ええ、この数日の内に果たしてみせましょう。そうして次の復活祭には、愉快な芸をするギバの姿をお見せしたいところですな」


 それでようやく、両者の会談は終了したようだった。

 きびすを返そうとするドンダ=ルウに、ピノが「あのォ」と声をかける。


「こいつはアタシの勝手なお願いなんですけどねェ、ちょいとばっかりこの場で皆サンの暮らしっぷりを拝見させてもらえやァしませんかねェ?」


 ドンダ=ルウは、きわめて不機嫌そうに童女の姿をにらみ返す。

 ピノはたもとを胸の前であわせつつ、ちょっとあどけない仕草で小首を傾げていた。


「もし貴族様からお許しがいただけたら、アタシらは明日から森ン中です。そうしたら、のんびり皆サンの暮らしっぷりを拝見するヒマもありゃァしません。アタシは前々から森辺の民ってェもんに興味を持っていたんで、そいつをさびしく思っていたんですよォ」


 ドンダ=ルウはしばらく考えてから「好きにしろ」と言い捨てた。


「ただし、勝手に動き回ることは許さん。ルド、貴様が責任をもってそいつらを見張っておけ」


「了解。その後は、町に戻るまでを見届けりゃあいいんだよな?」


「ああ」とドンダ=ルウは今度こそ俺たちに背を向けた。

 その大きな後ろ姿が家の中に消えてから、ギャムレイがピノを振り返る。


「おい、いったいどういう話なんだ? 俺はさっきから眠くてたまらないんだがな」


「アンタは荷車ン中で寝てりゃあいいだろ。町に戻ったって寝てるだけなんだから、おんなじことじゃァないか」


「そいつはごもっとも。それでは皆さん、ごきげんよう」


 ギャムレイは大あくびをしてから、頼りない足取りで荷車のほうに戻っていく。すかさずルド=ルウの目くばせを受けて、狩人の一人がその後を追った。

 どうやら荷車に戻るのはギャムレイのみであるらしく、シャントゥはにこにこと笑いつつその場にたたずんだままで、ロロはおろおろと左右を見回している。そんな彼らの様子を眺めつつ、ミーア・レイ母さんが「ふむ」と腕を組んだ。


「小さな娘さん、あんたのことはジザからも聞いてるよ。いったい何を見物したいんだね?」


「さっきも言った通り、皆サンがたの暮らしっぷりでさァ。聞けば、こちらの方々もそういう気持ちで森辺に遊びにいらっしゃってるんでしょォ? アタシもね、そいつを横からちょいとばっかり覗かせてほしいだけなんですよォ」


 どうもこのピノという童女は、他者の心にするりと入り込むのが得手であるらしい。どちらかといえば正体の知れない部類であるのに、ジザ=ルウにすら警戒されなかったというのはなかなかのものであろう。ならば、気さくにして大らかなるミーア・レイ母さんが「否」と応じるはずもなかった。


 ということで、俺たちは思いもよらぬ大人数でかまどの間に向かうことになった。かまど番だけで5名、護衛役の狩人も5名、客人が9名、そして宿場町からずっと静かに付き従っていたスフィラ=ザザと、この場で加わったミーア・レイ母さんで、総勢21名である。


 どうやらロロも、眠っている座長より起きているピノとともにあるほうが安心と思ったのか、最後尾をひょこひょことついてくる。何度見ても、彼女がシン=ルウにも匹敵するような猛者だとは信じ難かった。


「みなさん、いらっしゃい。ようこそ、ルウの家に」


 かまどの間では、レイナ=ルウたちが明日のための下準備に励んでいた。もう作業は終わりに差しかかっているらしく、ティト・ミン婆さんがかまどの火の始末をしている。


「あのねー、この人たちもかまどの仕事を見物していきたいんだって!」


 リミ=ルウの言葉に、レイナ=ルウは「そうですか」とお行儀よく一礼する。ピノとシャントゥとロロという組み合わせは、彼女の警戒心をかきたてるには至らなかったようだ。


「こちらはもう片付けを始めているところです。アスタたちの仕事が終わったら、ひさしぶりに手ほどきをしていただけるのですよね?」


「手ほどきというか、新しい食材の吟味だね。この前持ち帰った食材で色々試してみようと思ってさ」


「とても楽しみです。香草などは、やはりアスタの力がないとどうにも使い道がわかりません」


 そしてまた、客人たちとの挨拶が交わされる。その場にいたのはレイナ=ルウとヴィナ=ルウとティト・ミン婆さん、それに分家の女衆で、中には『滅落の日』の宴に参加したメンバーもまじっている様子であった。


 ピノたちは、そんな人々の交流を邪魔しないよう、入口の外から静かにかまどの間の様子をうかがっている。俺もみんなの歓談する声を聞きながら、トゥール=ディンとユン=スドラに指示を送って明日のための下準備を開始することにした。


「そういえば、ララ=ルウはどこに行ったんだい?」


 ドーラの親父さんが陽気な声で尋ねている声が聞こえてくる。

 それに答えているのは、レイナ=ルウだ。


「ララは分家の女衆と、森の端で薪を集めています。いくら集めても無駄にはなりませんので」


「そうか。復活祭が終わったばかりだってのに、森辺の民は働き者だなあ。俺たちは、朝の内にちょいと畑の手入れをしただけで、あとはのんびり過ごしてたよ。ま、こんなにのんびりできるのは、1年の内で今だけなんだがね」


 そうして会話をしている合間にも、余所の家から女衆がちょいちょい姿を現して、親父さんやユーミたちに挨拶をしていった。きっと彼女たちも宴に参加したメンバーなのだろう。俺が名前を知らないそういった人々と親父さんたちが楽しそうに言葉を交わす姿は、この上もなく俺の気持ちを温かくしてくれた。


「やあ、いらっしゃい。ちょいとおひさしぶりだね、マイム」


「あ、バルシャ! 今日は素敵な格好ですね!」


「ああ、集落で鎧を着る理由はないからねえ」


 森辺の装束を纏ったバルシャが、豪快に笑う。

 マイムは『滅落の日』をもってすっぱりと商売を取りやめていたので、両者が顔をあわせるのは7日ぶりであるはずだった。


「家の中は片付けておいたからね。5人ぐらいなら問題なく寝れるはずだよ」


「ありがとうございます! とても楽しみです!」


 本家でリミ=ルウと一緒に眠る約束をしているターラ以外は、バルシャとジーダの住む家で夜を明かす予定なのである。ミケルやジーダと同じ部屋で眠ることになるのであろうドーラの親父さんは、いったいどのような話題で会話をつなぐのか、ちょっと覗いてみたいところではあった。


 そうしてゆるやかに時間が流れていき、俺たちの下準備もそろそろ終了かな、という頃合いで、最後の役者が姿を現した。

 俺は「あれ?」と驚きの声をあげ、壁際にたたずんでいたスフィラ=ザザはきらりと目を光らせる。かまどの間の入口に颯爽と立ちはだかったのは、誰あろうレム=ドムであったのだ。


「どうしたんだい、レム=ドム? 今日は俺も家に戻れないので、スドラの家から晩餐をもらう手はずだっただろう?」


 女衆でありながら180センチ近い長身を持ち、そしてギバの骨で身を飾った勇猛なる女衆、レム=ドムである。俺にとっては毎日顔をあわせている相手ではあるが、ルウの集落で遭遇するのはずいぶんひさびさのことであった。

 ファやスドラの家のあるあたりから、ここまで駆けてきたのだろうか。その胸筋で底上げされた胸をわずかに上下させながら、レム=ドムは「ふふ」と猛々しく微笑んだ。


「あなたがたの邪魔をするつもりはないから、心配は無用よ。わたしは、こちらの娘さんと会うためにやってきたのだから」


「え? ボ、ボクですか?」


 仰天したように、ロロが悲鳴まじりの声をあげる。

 これは何かの間違いではなかろうか、と頼りなげに視線をさまよわせる姿が、実に気の毒な感じであった。


「ガズの女衆からあなたの風体を聞いて、飛んできたのよ。あなたはルド=ルウが話していた、ルウの勇者にも匹敵する力を持つという娘なのでしょう?」


 俺がルウ家で顔をあわせるのはひさびさであるが、レム=ドムは今でも早朝にジーダたちの野鳥狩りの仕事を手伝っているのだ。その際に、意外と早起きなルド=ルウとも言葉を交わす機会があったのだろう。


「わたしには、まったくそんな力があるようには見えないのだけれどね。でも、それこそが、わたしが未熟な証拠なのでしょう。……ねえ、わたしと力比べに興じてくれないかしら? わたしにできることなら、どんな御礼でもしてみせるから」


「ち、力比べって何の話ですか!? ピノ、これはどういうことなんです!?」


 もちろんピノにだって事情を察することなどできようはずもない。そんなピノに探るような視線を差し向けられると、レム=ドムはふてぶてしく口もとをねじ曲げながら、「わたしは狩人になるために修練を積みたいの」と言葉少なく心情を明かした。


「……アタシたちは、どんな風にふるまうべきなんでしょうねェ?」


 ピノに問われて、ルド=ルウが肩をすくめた。


「好きにしてくれてかまわねーよ。そのレム=ドムは余所の氏族の女衆だし、ルウ家はそいつが狩人になりたがってる一件に関しては手も口も出さないって決めてるんだ」


「はァ、ルウ家と悪い因縁をお持ちになる御方なんで?」


「よいも悪いもねーよ。森辺の民は全員が同胞だ」


「なるほどォ」と、ピノは小鳥みたいに太い袖をたなびかせた。


「それじゃァまァ、どうぞお好きにしてやってくださいなァ。まさか、血ィを見るような修練じゃありゃしないんでしょォ?」


「力比べは力比べよ。あなたたちは、マァム家の男衆とも力比べをしてるのでしょう?」


「棒の引きっこかい? それとも、押しくらっこかねェ。ま、何でもいいから、怪我のないていどに可愛がってやってくださいなァ」


「ちょっと! ピノ!」


「うるさいねェ。森辺の皆サンにはちょっとでも御恩を返さなきゃだろォ? うだうだ言ってないで、とっととブン投げられてきなァ」


 かくして甲冑を纏っていない騎士王のロロは、レム=ドムの修練の相手として引っ張られることになってしまった。


「おーい、俺たちの目の届かないところには行かないでくれよ?」


「わかったわ。……ありがとうね、ルド=ルウ」


 レム=ドムの声には意外なほど素直な感謝の気持ちがにじんでおり、それに手を振るルド=ルウもなかなか楽しげな笑顔であった。

 ひとり気の毒なのはロロである。俺たちは仕事の手を休めることもできないまま、少し離れた場所から響いてくる彼女の「うひゃあ」だとか「ひょええ」だとかいう雄叫びに首をすくめることになった。


「ちょ、ちょっとルド=ルウ、本当に大丈夫なんだろうね?」


「ああ、レム=ドムもずいぶん狩人っぽく動けるようになってきたな。あれなら手傷を負う心配もねーだろ」


「手傷を負う心配? 負わせる心配は?」


「そんな心配が必要だったら、あいつもとっくに狩人として認められてるだろ」


 ということは、聴覚から得られる情報とは異なり、レム=ドムが一方的にやられてしまっているのだろうか。まあ、ロロはシン=ルウに匹敵する力量かもしれない、というアイ=ファの見立てが確かであったなら、それが当然の結果ではあるのだが。

 興味をもったらしいユーミやマイムがかまどの間の外を覗いたが、すぐに眉尻を下げて戻ってきた。


「すごいね。なんだか曲芸みたい」


「ああいう乱暴なのは、わたしはちょっと苦手です」


 ならばきっと、俺にも苦手な分野であろう。スフィラ=ザザなどは、つとめとしてこの場を離れられないまま、祈るように目を閉ざしてしまっている。

 ふと気になって見てみると、アイ=ファは壁にもたれかかり、静かな面持ちで腕を組んでいた。


「……アイ=ファは見物しないのか?」


「その必要はないし、そうするべきでもないだろう」


「そっか」


 アイ=ファとレム=ドムの立ち会いは、もう目前に迫っている。レム=ドムは果たして女狩人として生きていくことはできるのか。いつまでも鳴りやまないロロの素っ頓狂な雄叫びを聞きながら、俺は俺の仕事を片付けることにした。

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