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異世界料理道  作者: EDA
第二十一章 銀の月
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ルウ家のお泊り会①~思わぬ客人~

2016.8/13 更新分 1/1

 銀の月の7日である。

 それぐらいになると、宿場町もだいぶん落ち着きを取り戻し始めていた。


 とはいえ、まだ完全に復活祭の余韻から解放されたわけではない。街道にはジェノスを離れようとする大勢の旅人たちが行き来をしており、彼らの引くトトスや荷車でたいそう賑わっている。そして、最後のギバ料理を楽しもうとたくさんのお客がその通りがけに立ち寄ってくれたので、その日も俺たちはなかなかの忙しさであった。


『滅落の日』には1410食にまで達した料理も、今は1000食ていどに抑えている。今日ぐらいまでは、問題なくこの数をさばけそうな勢いである。


 人員は、一昨日から2名だけ減らしていた。5名がかりでこなしていた食堂の人員を3名に削ったのだ。主要メンバーはそのままで、臨時雇用の7名を5名に減らし、1日ごとにローテーションで顔ぶれが変わる、という形式であった。


 それでもかまど番の総数は13名であり、それを護衛する狩人の数は7名である。5つの屋台と84の座席を管理するには、これぐらいの人員が必須であったのだ。

 町が完全に落ち着きを取り戻せば、護衛役はいなくなる。が、卓や椅子などを集落に持ち帰ってもあまり使い道はなさそうなので、よほど客足が落ちない限りは青空食堂もこの規模のまま継続していく方針であった。


 もちろん、ただ屋根が張られているだけのスペースは、次回の更新時に解除する予定である。平時には、84もの座席があればそれで十分であろう。現時点でも、平地のスペースにまでお客があふれることはあまりなくなっていた。


 それでも料理は1000食以上も売れている。青空食堂を開店した当初に比べれば倍以上の売り上げである。まあ、復活祭に合わせて食堂の規模を拡大した時点で860食もの売り上げを叩き出していたのだから、今後は500食から800食の間で客足は落ち着くのではないだろうかと俺は予測を立てていた。


「それじゃあな。また半年ぐらい経ったらジェノスに立ち寄る予定だからさ」


「俺たちがいない間に、店をたたんだりしないでくれよ?」


 名も知れぬお客たちが、笑顔で別れを告げていく。

 本当に再会の日は訪れるのか、そのような未来は誰にも予見することはできない。そうであるからこそ、俺はせいいっぱいの真情を込めて「またのご来店をお待ちしています」という言葉を返した。


 そんな中、その一団がやってきたのは、そろそろ下りの一の刻を回ろうかという頃合いであった。

 革のフードつきマントで人相を隠した東の民の一団である。その先頭に立っていた、やや小柄なシム人がフードを外すと、それはジェノス城の客分たる占星師のアリシュナであった。


「ああ、アリシュナ。城下町での試食会以来ですね」


「はい。おひさしぶりです、アスタ」


 顔をあわせるのは10日ぶり、屋台を訪れてくれたのは半月以上ぶりだろうか。復活祭の間はなかなか城下町を離れることのできなかったアリシュナであるのだ。


「ようやくそちらも一段落ですか? お疲れさまでしたね」


 あまり深くは聞いていないが、きっと彼女はジェノスを訪れる貴賓たちから星読みの仕事を頼まれることが多く、それで多忙であったのだろう。その表情の欠落した面から疲弊の色を見て取ることはかなわなかったが、それはなかなかの激務であったのだろうなと察せられる。


「今日も『ギバ・カレー』の日だったので、後でヤンに託そうと思っていたんですが、どうします? こちらで食べていかれますか?」


「はい。せっかくですので、そうしたい、思います」


「では、お預かりしている食器のほうはどうしましょう? 今後のお届けが不要ならば、今の内にお返ししておきましょうか?」


 この言葉に、アリシュナは無表情のまま、すうっと身を寄せてきた。


「私、毎日、城下町を離れる、できません。可能であれば、今後も料理、届けていただきたいのですが……アスタ、迷惑ですか?」


「いえ、以前にもお話しした通り、俺は《タントの恵み亭》のどなたかに料理を受け渡すだけですので、何の苦労もありはしません。苦労をしているのは、それをアリシュナのもとにまで届けるヤンたちのほうなのですよ」


「そちらには、御礼の言葉、届けています。必要であれば、代価、払う気持ちです。どうか今後も、お願いいたします」


「はい、了解いたしました」


 ということで、俺はアリシュナのほっそりとした肩ごしに、その後方をうかがい見ることにした。


「それで、そちらの方々は? アリシュナのお連れですか?」


「はい。案内、頼まれました。彼ら、シムの商人です」


 その言葉を受けて、ひときわ長身の人物がアリシュナのかたわらに進み出てくる。


「初めてお目にかかります。私は《黒の風切り羽》の団長、ククルエル=ギ=アドゥムフタンと申します」


 そのように述べながら、革のフードを背中にはねのける。その下から現れたのは、壮年のシム人の面であった。

 年齢は、四十路を越えているだろう。シム人らしく面長で、目は細く、鼻は高く、唇は薄い。セルヴァやジャガルの男性のように髭などは生やしておらず、長い黒髪を後ろでひとつに束ねている。無表情だが目の光の強い、なかなか研ぎ澄まれた雰囲気を持つ人物であった。


「へーえ、あんたが突拍子もないことを言い出した商団の頭かよ?」


 と、少し離れたところで屋台を警護していたルド=ルウが軽妙な足取りで近づいてくる。護衛役の狩人は知らない顔が増えていたが、ルド=ルウかダルム=ルウのどちらかはその束ね役として必ず町に下りていたのだ。


「俺は森辺の族長筋、ルウ本家の末弟ルド=ルウってもんだ。あんたはいったいこんなところまで何をしに来たんだ?」


「私は料理を食べに来ました。こちらのアリシュナから、素晴らしい料理が宿場町で売られていると聞きましたので。……そしてそれを売るのが森辺の民であるとも聞いたので、是非ご挨拶をさせていただこうと思いたったのです」


「ふーん。どうでもいいけど、言葉が達者だな。そんなにすらすらと西の言葉を喋るシム人は初めて見たぜ」


「はい。私は幼き頃からもう30年以上も西に通っていますので」


 ククルエルは、静かに一礼する。

 ちょっとリャダ=ルウに似た雰囲気にも感じられるし、また、シュミラルが年を重ねたらこういう風に成熟を遂げるのかもしれない、などという想像をかきたてられる人物であった。

 つまり、俺にとっては非常に魅力的に感じられる人物である、ということだ。


「さきほどジェノス侯爵から使者を遣わされました。我々の提案する話を前向きに検討してくださるとのことで、その件についても御礼を申しあげたかったのです」


「それについては、まだ礼を言われる段階じゃねーけどな。頭ごなしに反対することはできないって返事を届けただけのはずだぜ?」


「はい。それでも森辺の民にとっては苦渋の決断であったでしょうから、御礼の言葉を申しあげたかったのです。自らの住む地に道を切り開かれるなど、誰にとっても愉快な話ではありえないでしょう」


 どんなに言葉が流暢でも、やっぱり感情の起伏は感じられない東の民である。が、その低くて落ち着いた声音には、目の光と同様にとても強い意志の力が感じられた。


「今後も同じように商売を続けたいというのは、我々と町の人間の都合です。狩人たる森辺の民には益の薄い話でありましょう。このような無理を願い出ることになり、私は私なりに心を痛めていたのです」


「って言っても、俺らもいちおうジェノスの民だからな。ジェノスの領主に逆らったりはできねーし……それに、シムから荷物が届かなくなったら、このかれーとかも作れなくなっちまうんだろ? だったら俺たちにも無関係な話ではねーさ」


 ルド=ルウは気安く肩をすくめてから、ククルエルににやりと笑いかけた。


「ま、それでもあんな突拍子もない話を持ちかけてきたのがあんたみたいな人間なら、少しは安心することができるよ。あんまり信用ならねーような人間だったら、俺の親父たちもいっそう頭を悩ませることになってただろうからな」


「恐縮です」と一礼してから、ククルエルは視線を隣の屋台へと差し向けた。ルド=ルウが口にした『ギバ・カレー』は、トゥール=ディンの管理するそちらの屋台で販売されていたのだ。


「それは香りだけでも素晴らしい料理と察せられます。私どもにも売っていただけますか?」


「もちろんです。あちらに座席がありますので、ごゆっくりお召し上がりください」


 ククルエルは5名もの団員を引き連れていたので、その内のひとりがトゥール=ディンに注文をすることになった。

 こういう団体連れのシムの商団は、否応なくシュミラルの存在を思い出させてくれる。《銀の壺》がジェノスに戻ってくるには、まだひと月ぐらいの時間が残されているはずであった。


「……シムというのも広い国だそうですが、商団同士でおつきあいがあったりはするのでしょうか?」


 だから、そんなことを聞いたのも、少しでもシュミラルの面影を追いたいゆえであった。

 ククルエルは、静かに俺の顔を見つめ返してくる。


「名のある商団であれば、耳に入ってくることもありましょう。商売を円滑に進めるためには、そういった商団の動きを知ることも必要ですから」


「そうですか。俺は《銀の壺》という商団の方々と特に深いおつきあいをさせていただいているのですよね」


「《銀の壺》……その名前ならば知っています。たしか、ジの民が団長をつとめる10名ていどの商団でありましたな」


「ジの民、ですか?」


「はい。シムを離れて商売をするのは、おもに草原の民です。草原には、ジとギの一族が住まっているのです」


 そういえばシムには7つの部族があり、それが「藩」という制度のもとにそれぞれの領地を治めているという話であった。


「ああ、そういえば団長の方のお名前にはジという言葉が入っていたような気がします。シュミラル=ジ、なんとかっていう……それではあなたは、ギの民ということですか」


「はい。ジとギはともに草原を治めているので、シムの中でも特に縁が深いのです。わたしの団にも、ジの人間は7名います」


「なるほど。あなたの商団はとても規模が大きいという話でしたね」


「《黒の風切り羽》の総勢は32名です」


 ならば《銀の壺》の3倍以上の規模ということだ。それぐらいでなければ、10頭ものギャマを運ぶのは難しい、ということなのだろう。


「そういえば、アリシュナはどちらのお生まれでしたっけ?」


 ずっと静かに俺たちの問答を見守っていたアリシュナが、ぐらりと頼りなく倒れかかる。


「……私の名前、アリシュナ=ジ=マフラルーダです。最初に出会ったとき、名乗った、思います」


「す、すみません。長い名前を覚えるのが苦手なもので。……それじゃあアリシュナは、俺の懇意にしている方と同郷であったのですね」


 しかしアリシュナは、祖父がそのジの藩主を怒らせたために故郷を追われた身であるのだ。シュミラルが戻ってきた際に何か確執が生まれてしまうのでは、と少し心配になってしまう。


「……こちらはかつてジの領土を追放された占星師の末裔だそうですね。その血族はシムの地を踏むことをいまだ許されてはいませんが、シムの外で諍いになることはありません」


 と、ククルエルが俺の心情を瞬時に見抜いたかのように言葉をはさんできた。

 やはりなかなか侮れない御仁であるようだ。


「《銀の壺》はジェノスからアブーフ、それからマヒュドラをも訪れて、西の王都アルグラッドを目指したはずですね。我々はこれから真っ直ぐアルグラッドに向かいますので、どこかで彼らとすれ違うこともあるかもしれません」


「あ、そこまで《銀の壺》の動向を把握しておられるのですか」


「はい。同じ時期にジェノスやアルグラッドを訪れては、おたがいの商売の邪魔になってしまいますので。……アルグラッドからジェノスまではトトスで40日はかかりますので、そろそろ彼らも出立した頃合いでしょうか」


 それで40日後には、シュミラルたちが王都から買いつけた商品を携えてジェノスを訪れ、ククルエルたちはシムから持参した商品やこのジェノスで買い付けた商品を携えて王都を訪れる、ということだ。

 そうして彼らが世界中を駆け巡ってくれているからこそ、俺たちは動かずしてさまざまな商品を手にすることがかなうのである。


「モルガの南側を通ってジェノスを訪れたのに、わざわざ北の地までを巡るというのは、あまりない話です。《銀の壺》という商団は、我々以上に軽い翼を持ち、そして貪欲であるようですね」


 そのように言いながら、ククルエルはわずかに目を細めた。

 それはやっぱり、シュミラルが嬉しそうに目を細めるときとそっくりの仕草であった。


「彼らと縁を持つわけではありませんが、とても好ましい生き様です。旅を愛するのは草原の民の性なのです」


「ええ、あなたは俺の知るシュミラルと少し似ているように感じられます」


「それは光栄です。……そして、モルガの森に道を切り開くことがかなえば、彼らにもよき星が巡ることでしょう」


 そのように言って、ククルエルは切れ長の目を強く明るくきらめかせた。


「わたしたちがアルグラッドから戻るのは、どんなに早くとも3ヶ月ののちです。話がうまくまとまれば、ちょうど道を切り開く仕事が一段落している頃合いでしょうか。この話があなたがたにもよき星をもたらすよう、わたしも祈りながら旅を続けたいと思います」


 そうしてククルエルとアリシュナたち7名は、カレーの器を手に食堂へと立ち去っていった。

 その背中を見守っていたルド=ルウが、「ふーん」と鼻をこすっている。


「やっぱシム人ってのはああいう感じの人間が多いんだな。べつに強そうな感じはしねーけど、なんか森辺の民に似たとこがあるよな」


「うん、俺もそう思うよ」


「あのサンジュラとかいうやつは腕が立つ代わりに大嘘つきだったもんな。西の血がまじるとシム人もあんな風になっちまうのかな」


「いやあ、それはあまりに差別的な発言だと思うよ、ルド=ルウ? サンジュラは、複雑な生い立ちのせいでああいう気性になってしまったんじゃないのかな」


「ま、なんでもいーや。あのシュミラルってやつだったら、森辺の民ともうまくやっていけるだろうしよ」


 幸いなことに今日の当番はシーラ=ルウとリミ=ルウであったし、どの道こちらの声が届くような場所にはいない。

 シュミラルは、はたしてギバを狩るための新たな知識や技術などを手中にすることはできたのか。それが森辺の民に受け入れられることはできるのか。受け入れられたとして、ヴィナ=ルウの婿になりたいという願いはかなえられるのか――それもいよいよひと月後には取り沙汰されることになるはずなのであった。


 そこで「アスタ」とフェイ=ベイムに呼びかけられる。

 気づくと、無人であった屋台の前に旅装束の客人がぽつねんと立ちつくしていた。


「あ、どうもいらっしゃいませ。こちらの商品をお求めですか?」


 それは珍しくも、女性の旅人であるようであった。シム人のようにすっぽりと革のフードをかぶっており、おまけに口もとをショールのようなもので隠していたので人相はわからないが、シーラ=ルウぐらいの身長で体格もほっそりしている。


「……あの娘はどこで屋台を開いているのですか?」


「え、何です?」


「あのマイムという娘はどこにいるのかと聞いているのです」


 光の強い鳶色の瞳が、フードの陰から俺をにらみつけてくる。

 それで判明した。それは2日前に別れたばかりのヴァルカスの弟子、シリィ=ロウであったのだ。


「ああ、これはこれは……こんなところで何をされているんですか?」


「だから、あのマイムという娘を捜しに来たと言っているではないですか。何回同じ言葉を言わせれば気が済むのですか?」


 とたんに、後方に引きさがっていたアイ=ファが音もなく進み出てくる。人の悪意や敵意には誰よりも過敏な森辺の狩人なのである。


「マイムの料理をお求めでしたか。それは残念でした。彼女は紫の月いっぱいで屋台の仕事は取りやめてしまったのですよ」


 俺の言葉に、シリィ=ロウはまぶたが裂けんばかりに目を見開いた。


「何故ですか? あの娘も宿場町で屋台の仕事に励んでいるのだと言っていたではないですか!」


「その屋台の仕事のおかげで勉強の時間がなくなってしまったとも言っていたでしょう? また新たな料理を考案するまでは休業して、勉強に専念するそうです」


 なおかつ、ユーミやナウディスも銀の月の3日までで屋台の仕事は取りやめてしまっている。彼らはみな、大きな収入の見込める復活祭にのみ屋台を出す計画であったのだ。


 そんな風に考えている人間はたくさんいたので、屋台の数も復活祭の前と同じぐらいの数に減ってきている。そのたびに俺たちの屋台や食堂は空白を埋めるために南側へとずれ込んでいき、北側には無人のスペースが広がっていったのだった。


 ということで、マイムはいないのだ。

 シリィ=ロウは、自分の膝に手をついてがっくりとうなだれてしまった。


「そんな……貴重な時間を潰してこんな場所にまで足をのばしてきたというのに……」


「残念でしたね。よかったら、俺の料理でも食べていきませんか?」


「あなたの力量はもう知れています。わたしはあのマイムという娘の力量をもう一度確認したかったのです」


 うなだれたまま、シリィ=ロウはぷいっとそっぽを向いてしまう。

 これだけ力を失っているのに俺への反感をおろそかにしないというのも、なかなか見上げた根性である。


「シリィ=ロウはずいぶんマイムのことを気にかけているのですね。やはり自分よりも年下だからですか?」


「……ミケルというのはヴァルカスが認めた数少ない料理人のひとりです。その娘の行く末を気にかけるのは当然のことです」


「そうですか。それじゃあ渡来の民である俺のことは、作法が邪流であるゆえに気にかけたくない、ということなのでしょうか」


 シリィ=ロウは、下からすくいあげるように俺をねめつけてくる。


「いや、マイムのためならこうして宿場町にまで足を運んでくるんだな、と考えたら、少々悔しく感じてしまったのですよね。ヴァルカスのお弟子さんであるあなたとあまり良い縁を結べていないのも、ちょっと気にかかっていたところでしたし」


「……あなたに悔しい思いをさせることがかなったのなら、それだけでもこんな場所まで出向いてきた甲斐はあったかもしれません」


 ずいぶん意地の悪いことを言いながら、シリィ=ロウはのろのろと身を起こした。


「帰ります。あの娘に会ったら、くれぐれもよろしくお伝えください」


「あ、マイムだったらあと一刻もしない内にやってくると思いますよ。今日はこの後、彼女を森辺の集落に招待する予定なんです」


「森辺の集落に? 何故?」


「何故と言われても困りますが、まあ親睦会のようなものでしょうかね」


 そう、本日はかねてより計画を立てていた、ルウの集落におけるお泊り会なのである。

 メンバーは6名。前回と同じく、ドーラの親父さん、ターラ、ユーミ、テリア=マス、ミケル、マイムという顔ぶれであった。


「……よかったら、シリィ=ロウも参加しますか?」


 シリィ=ロウは、また愕然とした様子で目を見開いた。


「どうしてわたしがそのようなものに参加せねばならないのですか? このように埃っぽい場所に出向いてくるだけで、こんなにも苦痛であるというのに!」


「いや、前々から城下町の方にも参加してもらえたらなあと考えていたんですよ。今日の集まりには、マイムばかりでなくミケルもやってきますしね」


 シリィ=ロウはものすごく惑乱した目つきになり、マントのすそをいじったりこめかみのあたりに手をやったりしてから、「……そのように得体の知れない会に加わることはできません」という言葉を絞り出した。


「それにわたしは、これからすぐ仕込みの仕事に戻らねばならないのです。昼の休みに急いで抜け出してきた身であるのですから」


「そうですか。それは残念です。……それじゃあ、3日後ではどうでしょう? 実はこの会合もそちらが本番であったりするのですが」


 商売の期間中は、なかなかしっかりと客人をもてなすこともかなわない。それゆえに、休業日の前日である銀の月の10日に、俺たちは改めて歓迎の宴を催す計画であったのだった。


「どうしてそのようにしつこく誘うのですか? わたしとあなたはそのように気安い関係ではないはずですよね?」


「それはあなたが一方的に俺のことを嫌っているだけじゃないですか。俺はヴァルカスのお弟子さんとはなるべく友好的な縁を紡いでいきたいのですよ」


 シリィ=ロウはまた同じだけの長さの沈黙を守ってから、やおら「ふん!」ときびすを返してしまった。


「わたしはあなたなどに絶対懐柔されません。ヴァルカスを惑わすあなたは、わたしの敵なのです」


 そのように言い捨てて、すたすたと小走りに街路を進んでいく。


「絶対懐柔なんてされませんからね!」


 これはいわゆるフラグというやつなのだろうか。そうしてシリィ=ロウはあっという間に人混みの向こうへと消えていってしまったのだった。


「……あの娘は、ヴァルカスがお前に執着することを快く思っていないのであろう。私から見ても、あの執心っぷりは常軌を外れているように思えるからな」


 と、アイ=ファがいくぶん不機嫌そうな声でそのように言った。


「そしてアスタよ、ルウ家の許しもなく勝手に客人を増やすような真似はつつしむべきであろう。町から客人を招くのは、あくまでルウ家の行いであるのだぞ?」


「ああ、そっか、ごめん、軽率だったよな」


「……そしてお前はまた若い娘と縁を紡ごうと腐心しているわけだ」


「え? いや、あれはあくまで俺を嫌っている相手との縁を正したかっただけで……おい、聞けってば!」


 しかし、こういう際のアイ=ファは聞く耳を持ってくれないのである。

 結果として、俺は弁明の言葉を向ける相手を失い、そしてかたわらのフェイ=ベイムからじっと見つめられることになった。


「……アスタは若い娘とばかり縁を紡ごうとしているのですか?」


「そんなわけないじゃないですか! たまたまですよ!」


「冗談です。あまり気持ちを乱すと理解を得られなくなってしまいますよ?」


 始終むっつりとしているフェイ=ベイムが冗談口を叩けるぐらいの心境になってくれているならば、それは幸いなことである。

 そうとでも思わなければやりきれない、宿場町の昼下がりであった。


 そうして時は移り行き、下りの二の刻である。

 本日も1000食あまりの商品を無事に完売し、俺たちは後片付けに取りかかった。

 そろそろマイムたちがやってくる頃かな、と考えたところで、別の人物がひょっこりと現れる。《ギャムレイの一座》のピノである。


「どうもォ、お疲れさァん。それじゃあこの後はどうぞよろしくお願いいたしますねェ、森辺の皆サンがた」


 彼らをギバ狩りに同行することを許す、という話も、今日の朝方に届けられたのである。それで本日は、こまかい取り決めをするために、一座の何名かがルウの集落を訪れる予定になっていたのだった。


 よりにもよって町の人々との親睦会と日取りがかぶってしまったが、うかうかしているとギバの数が増えて、一座の者たちを森に招くことも難しくなってしまう。彼らは短い挨拶をするだけであるし、いちおう客人たちとも大体が顔見知りであるのだから大きな問題はないだろう、という話に落ち着いたのだ。


「こちらも荷車で後を追いかけさせていただきますからねェ。意地悪をして置いていかないでくださいよォ?」


 振袖みたいなたもとで口もとを隠し、くすくすと笑う。『滅落の日』を過ぎてから、彼女は以前よりもいっそう素直に感情をあらわすようになっていた。


「あの、そちらの荷車は1台だけですよね? いったいどなたが挨拶にやってくるのですか?」


「ううン? 今日はアタシと、座長と、シャントゥと、あとはロロの4人だけですよォ。それがどうかしたのかァい?」


「いえ、実は、今日は他にも客人があるので、そちらと折り合いが悪くならなければいいな、と思ってしまったんです」


 ピノは同じ表情のまま、小動物のように小首を傾げた。


「あァ、そういうことなら、なァんも心配はいらないよォ。町の皆サンを怖がらせちまう座員なんて、せいぜいザンとドガとゼッタぐらいだろうからねェ。ご存じの通り、座長も太陽が出ている間はおとなしいもんだからさァ」


「すみませんね、失礼なことを聞いてしまって。あなたたちが何か悪さをする、なんて考えているわけではないのですが――」


 ただ、テリア=マスがちょっとばっかり《ギャムレイの一座》を怖がってしまっていたので、いちおう確認しておきたかったのである。仮面をかぶっている小男のザンや、途方もない大男であるドガなどは、その外見だけでテリア=マスの恐怖心を誘発してしまうようなのだ。


「町の人間なら、アタシらを嫌がるのが当たり前さねェ。すっかりお祭り気分もおさまっちまって、アタシらも身の置きどころがなくなってきたところさァ」


 天幕はまだ張られたままであったが、彼女たちはすでに商売を取りやめていた。銀の月の3日が過ぎて、復活祭が完全に終わってしまうと、とたんに人々の財布の紐は固くなってしまうのだそうだ。


「ま、この時期はどこの町に移ったっておんなじようなもんだからねェ。首尾よくギバをとっつかまえたら、今度はのんびり南のほうにでも向かうつもりだよォ」


「そうですか。まもなくお別れかと思うと、さびしくなってしまいますね」


「そんな風に思ってもらえている内が花でさァ。飽きるぐらいに顔をあわせてたら、とたんに鬱陶しくてたまらなくなっちまうだろうからねェ」


 そんな風に言ってから、ピノはにいっと唇を吊り上げた。

 そうして俺たちは、なかなか尋常でない数のお客人を引き連れて、森辺の集落に帰ることになったのだった。

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