ファの家の夜
2016.8/12 更新分 1/1
「いやあ、なかなかとんでもない話になってきちゃったな?」
俺がそのように呼びかけると、晩餐のギバ肉をがつがつと食らいながら、アイ=ファは「うむ」とうなずき返してきた。
城下町での仕事を終えて家に戻ってきた、銀の月の5日の夜である。俺たちは帰りがけに立ち寄ったルウの集落において、族長たちがメルフリードから仰せつかった申し出についてを知ることになったのだった。
「まさかギャムレイたちの要望がこんなにすんなり通っちまうなんてな。いくら貴族にコネがあるっていっても、こんな話は頭っからはねのけられるのかと思ってたよ」
まずひとつ目は、その件についてであった。
見世物にするためにギバを捕らえたいというギャムレイらの要望は、ジェノス侯爵マルスタインの名において正式に認められてしまったのである。
どうやら吟遊詩人のニーヤは、その甘い歌声によってジェノス侯爵家に縁ある子爵家の姫君を篭絡していたらしく、そこから座長らの要望をマルスタインへと届けることに成功していたようなのだ。
しかしそこまでは予想の範囲内であった。問題は、それがこのようにあっさりと許諾されてしまったということだ。
どうしてそんな話がまかり通ってしまったのか。
聞いてみると、それはマルスタインの保守的な部分と能動的な部分が複雑にからみあった結果であるようだった。
「モルガの山麓に広がる森というのは、とても広大です。森辺の民が狩場としているのは、その広大なる森のごく一部に過ぎないのです。……そして、森辺の民の狩場を除けば、モルガの森に踏み入ってはならじという法は存在しないようなのですね」
族長らに同行したガズラン=ルティムは、普段通りの穏やかな口調でそのように説明してくれた。
「その反面、モルガの山そのものに踏み入るのはとても強い禁忌です。山を守るヴァルブの狼、マダラマの大蛇、赤き野人の怒りに触れれば、ジェノスは滅ぶとさえ言われています。しかし、あくまで禁じられているのはそれらの獣が巣食う山中に踏み入ることのみであり、山麓のギバを狩ることは誰にでも許されているのです」
「ええ、ジェノスにとってはギバが減るに越したことはないのですから、わざわざそれを禁じたりはしないのでしょうね」
「はい。ですがもちろん、森辺の民が狩場としている区域に無断で足を踏み入れることは、ジェノスの法で禁じられています。うかつに足を踏み入れれば、森辺の民の仕掛けた罠で生命を落とすことにもなりかねないのですから、それもまた当然の話です。……裏を返せば、その狩場でアイ=ファと遭遇したというアスタは、一番最初からジェノスの法を破っていたことになりますが」
俺は「あはは」と頭をかき、ガズラン=ルティムもにっこり笑ってから、また真面目な表情を取り戻した。
「それで話を戻しますと――モルガの山は、その四方を森で囲まれています。我々が狩場としているのは、その森の西側のみ、ジェノスの町とモルガの山の間に存在する区域のみです。森の中で夜を過ごすことはできませんので、日没までに戻れる範囲でしか、我々は狩場とすることがかなわないのですね。つまり、森辺の集落から半日以上離れた区域であれば、モルガの森に入ることは誰にでも許されているのです。……正確に言えば、危険なギバの徘徊する森の中に足を踏み入れようとする町の人間などは最初から存在しなかったので、それを禁ずる法を立てる意味もなかった、ということなのでしょうが」
それがこのたび、《ギャムレイの一座》という酔狂者が登場してしまった。
つまり彼らはジェノスの貴族や森辺の民に集落や狩場に踏み入ることを拒絶されても、別の区域でギバを狩ることが可能である、ということだ。
「しかし、町の人間には森と山の境界を見分けることもなかなか難しいでしょう。そんな彼らが人知れず森の中に足を踏み入れたら、何かの間違いで山の中にまで踏み入ってしまい、ヴァルブやマダラマや野人の怒りを買ってしまいかねない、ということです」
ならばいっそのこと、森辺の狩人にその動向を見守ってもらい、管理してもらったほうが、よっぽど危険は少ないのではないか。要約すると、そういう話であった。
「この話を受けて、モルガの森に踏み入ることそのものを禁ずる法を立てるべきではないか、ということも取り沙汰されたそうです。しかし、どのような法を立てたとしても、広大なる森の周囲を常に見張ることはできません」
「なるほど。でも、モルガの山に踏み入るというのは、そんなに強い禁忌なのでしょうかね。彼らがヴァルブの狼とかを怒らせたとしても、それで怖い目にあうのは彼らだけのような気もしてしまうのですが」
「わかりません。それは私たちの祖がモルガの森辺に移り住む前から存在した禁忌のようですので。……ひょっとしたらジェノスの民はこの地に町を作る際、モルガの森や山をも切り開こうとして、その際に何かとてつもない恐怖を感じることになったのかもしれません」
何にせよ、ジェノスの貴族らは《ギャムレイの一座》というあやしげな集団を放置したり拒絶したりするのではなく、協力という形で監視する方向に決断してしまったのだった。
「幸か不幸か、現在ルウの集落の周囲は休息の期間が明けたばかりで、ギバの数もそんなには多くありません。森の恵みが完全に回復して多くのギバが戻ってくるにはまだかなりの猶予がありますので、それまではあまり危険もなく町の人間を狩場に招き入れることも可能である、ということです」
ギャムレイたちはギバを生きたまま捕獲したがっているので、罠に掛かったギバなどを安全に持ち帰ることさえできれば、それで用事は足りるということだ。
「もちろんどのような時期であれ、森に入ればあるていどの危険がつきまといます。それでその者たちがどのような目にあおうとも、森辺の狩人に責任はない。なおかつ、我々の仕掛けた罠で捕らえたギバをその者たちに受け渡すならば、牙と角と毛皮と肉から得られるだけの銅貨を支払わせる。……以上の条件で、1日の報酬は白銅貨10枚とし、《ギャムレイの一座》の者たちをギバ狩りに同行させてほしい。それがメルフリードからの言葉でした」
メルフリード個人は、この素っ頓狂な話に特別な感慨を抱いている様子はなかった、という話であった。彼はジェノスの法さえ守られれば、あとのことは大して気にかけない性分なのである。
「まあ我々にしても、町の人間を同行させるだけならば、さしたる苦労があるわけでもありません。この時期は、仕掛けた罠が成果をあげているかどうかを見回るぐらいで、特別にギバを捜したり追ったりすることもないのですから」
ガズラン=ルティムは、そのように言っていた。
「ですから、どちらかというと、族長たちはもうひとつの話のほうにこそ、頭を悩ませているようでした」
「シムの商団、《黒の風切り羽》ですか。確かにそっちは、ギャムレイたちの話を超える大ごとですよね」
サイクレウスとは7年来の交流があり、このたびは生きたギャマを始めとする数々の食材を携えてきたシムの大商団、《黒の風切り羽》。その団長をつとめるククルエルという人物から、ギャムレイをも凌駕するとんでもない話が提示されてしまったのである。
すなわちそれは、「モルガの森の中にシムへと通じる街道をこしらえてほしい」という提案なのだった。
「我々は、モルガの山を迂回するためにその南側の自由国境地帯を通過して、シムからジェノスへと渡ってきております。しかしその行路には現在、ジャガルの民が集落を築きあげてしまっているのです」
ククルエルなる人物は、そのように語っていたそうだ。
「そこは荒涼なる自由国境地帯の希少な水場でもありました。戦乱によって故郷を追われたジャガルの民が、その地に移り済んでしまったのです。水場を利用して土を耕し、岩を砕いて煉瓦を作り、すでに数百名にも及ぶ人間がそこで暮らしている様子でありました。このままでいけば、数年と待たずして強固な砦を打ち立てることにもなるやもしれません」
そうして砦が築かれてしまえば、もはや東の民にはそのかたわらを通り抜けることさえ難しくなってしまうのだという。
「そうなったら、我々はモルガの北側からしかセルヴァに出る道を失ってしまいます。その際は、ジェノスにおもむこうという商人も大幅に減じてしまうことでしょう。モルガの北側を抜けるならば、別の町に向かうほうがよほど容易なのですから」
しかしそちらは危険な野盗が多く出没する区域であるので、彼らとしてもそれは避けたい未来なのだという。
「しかし、モルガの森の西端から東端に抜ける道さえ切り開くことがかなったなら、そこを起点として、我々は新たな行路を築くことが可能になります。いわばそれは、シムとセルヴァを繋ぐ第三の行路を確立する、ということなのです。……聞けば、以前にはそうした行路を開く試みが2度ほど為されたそうではないですか?」
それはかつて、レイト少年の父親やミラノ=マスの義兄が切り開こうとした行路であった。
しかしその試みはザッツ=スンらによって無残に打ち砕かれてしまったのだ。
2度目の試みというのは、他ならぬメルフリードがカミュア=ヨシュをともなって、スン家を罠にはめるために商団を偽装したときの話である。それが偽装であったという事実は、秘密扱いではないものの、あまり公に語られることもない。
「メルフリードたちの謀略はともかくとして、最初の試みは確かに『もっと危険なくシムへと旅立てるように』という思いで為された計画であったのだそうですね。その行路が確立されれば、シムとジェノスは今よりも容易に交易を結ぶことも可能になるはずだ、という。……どうにかそれを実現させたいというのが、そのククルエルなる人物の主張であるようです」
レイトの父親たちの野望が、10年越しに取り沙汰されることになったわけである。それはそれで、何だか胸の熱くなる話ではあった。
だが、森辺の民にしてみれば、なかなか簡単には応じ難い話でもある。
「だけどそれは、いちいち森辺の民に案内させるのではなく、いつでも誰でも通れるような道をモルガの森の中に切り開きたい、という話なのですよね? 実際問題、そんなことが可能なんでしょうか?」
「まったく不可能というわけではないようです。その中で、ギバの出る区域は半日から1日ていどの行程で、あとは岩場の道になるそうですから」
そういえば、かつてカミュア=ヨシュもそのように言っていたような気がする。狩人の案内が必要なのは最初の1日だけで、あとは岩場を伝って森の外に出るのだと何だとか。
「また、その周囲の恵みの生る木を伐採してしまえば、切り開かれた道にギバが寄ってくることもありません。集落の道にギバが現れないのと同じことです。それならば、誰でも通ることは可能になるでしょう」
「でも、まったく問題がないわけではないですよね?」
俺の素人考えでも、ひとつやふたつは大きな問題点をあげることができた。
まずひとつ目は、そんなに長々と道を切り開いたら、それだけギバの活動範囲がせまくなってしまう、ということだ。ギバが飢えれば、ダレイムの畑はこれまで以上の脅威にさらされることになる。そんな未来は誰ひとり望んでいないはずであった。
そしてふたつ目は、そんな大がかりな工事を誰が受け持つのか、ということだ。どんなに銅貨を積まれたって森辺の民にそんな時間を捻出することはできないし、また、町の人々だってギバのあふれかえる森の中でそんな仕事に従事する気持ちにはなれないことだろう。
「畑に関しては、ジェノスの貴族たちもそこまで懸念は覚えていないようでした。ここ数ヵ月はダレイムの畑が荒らされることもなかったそうで。……それでこのたびは、褒賞金の額も1・5倍に引き上げられていました」
なおかつ今後は、ダレイム領に面する森との境界にも少しずつ塀を築いていく計画があるのだそうだ。
これはダレイム領の人々にとって、何よりの朗報であった。
「そして、誰がそのような仕事を受け持つのか、という話に関しては……貴族たちは、そこにトゥランの奴隷たちをあてがう心づもりのようです」
「えっ!? それはあのマヒュドラの民たちのことですよね?」
「はい。雨季にはフワノを育てる仕事もなくなってしまうので、その期間に仕事を与えられるならばちょうどよい、と。かつてトゥランに築かれた塀についても、そうして雨季のたびに仕事を進めさせていたようです」
あの屈強なる北の民たちがモルガの森に召集されて、道を切り開く仕事に従事させられるのか。
俺はどんな気持ちでその話を受け止めればいいのかもわからなくなってしまっていた。
「……狩人の守りもなくモルガの森の中で仕事をするなんて、そんなのは危険なんじゃないですか?」
「はい。なるべく危険がないように仕事を進めるにはどうするべきか、森辺の民にはそれを指南してほしいという申し出でありました。北の民が作業をするかたわらでは町の兵士たちが見張りをつとめるのでしょうから、そちらに危険が生じることを何より危惧している様子でしたね」
そのように言ってから、ガズラン=ルティムは俺をなだめるように微笑んだ。
「しかし、斧や鉈で道を切り開いている間は、ギバが寄ってくることもなかなかないでしょう。ギバとは人間の気配や騒々しさを嫌うものなのですから」
「ガズラン=ルティムは、この話に賛成なのですか?」
「反対ではない、というぐらいの気持ちです。その道はサウティの集落のすぐそばを通ることになりますので、ダリ=サウティなどはたいそう迷惑げな様子でしたが、これはまた町の人間との垣根を除く行いにもなりうるのではないでしょうか?」
俺には何とも判別がつかなかった。
しかし、このモルガの森辺は事実上ジェノスの領土であるのだから、どのように扱うかの決定権はマルスタインに帰結するのである。
「しかし、森辺の民の意向を軽んずるつもりはない。ギャムレイたちについても道の工事についても納得いくまで言葉を交わし合おう、とのことでした。グラフ=ザザとダリ=サウティはそれぞれの家で眷族たちと協議して、明日またルウの集落にやってくる予定です」
そんな話を聞いたのが、今から一刻ほど前のことであった。
もりもりと食を進めているアイ=ファを横目に、俺はふっと息をつく。
「本当に、他の話題が吹っ飛んじゃうような話ばっかりだったよな。サトゥラス家との和解だとか、褒賞金が引き上げられた話とかだって、本来は十分に大ごとなはずなのに」
ちなみにサトゥラス伯爵家とは、和解の晩餐会が執り行われることがすでに決定されている。森辺の民はあくまで「貴賓」として招かれる身であるが、その力をサトゥラス伯爵家に思い知らせたいという心づもりがあるならば、ひと品かふた品の料理を準備してみては如何か、という話であった。
「ギャムレイたちの話はまだしも、北の民を使って森辺に道を切り開くだなんてさ……俺にはまったく現実味が感じられないよ」
「我々が思い悩んでも詮無きことだ。ややこしい話は族長たちに任せておけばよい」
そのように述べてから、アイ=ファは空になった木皿をずいっと突きつけてきた。
「ああ、はいはい」と、俺は鉄鍋で保温されていたスープを新たに注いでみせる。本日は具だくさんのカロン乳スープである。
「だいたい、旅芸人の件で苦労するのはルウの者たちであり、道を切り開くという件で迷惑をするのはサウティの者たちであろう。この家の前を町の人間たちが自由に行き来する、などという話であれば、私も今少しは頭を悩ませることになったろうがな」
「いや、だから、ルウやサウティの人たちが気の毒じゃないか?」
「気の毒だが、何か力を貸せる話でもない」
アイ=ファの白い歯が、焼きポイタンの生地を噛みちぎる。
何だか俺との話よりも食事に夢中になっている様子である。
まあ確かに、ここで何を語り合っても族長らの心労をなだめることはできないだろう。俺も気持ちを切り替えて、まずは中断していた食事を再開することにした。
「それにしても、アイ=ファはずいぶん空腹だったみたいだな。まあ、普段よりは遅めの晩餐になっちゃったけど」
「うむ。それに3日前から狩人としての修練を始めたので、むやみに腹が空いてしまうのだ」
確かにそれまでは身体を動かす機会も減っていたので、食欲も減退気味であったのだ。その遅れを取り戻さんとばかりに、アイ=ファはものすごい食欲を発揮していた。
「……ケルの根を使った新しい『ミャームー焼き』のお味はどうだ? ぶっつけ本番のわりには上手くいったと思うんだけど」
「うむ、美味い」
「もともと俺が『ミャームー焼き』に求めていたのはこういう味なんだよな。レイナ=ルウたちにも取り入れてみたらどうかと提案するつもりでいるんだ」
「そうか」
うなずきながら、アイ=ファが空になった木皿を突き出してきた。
「え? 今おかわりしたばかりだろ? 本当にすごい食欲だなあ」
「お前の料理が美味いおかげだ」
しかしその美味い料理も残りはわずかであった。カロン乳のスープも、これが最後の一杯だ。
会話に熱を入れていたので、俺のほうはまだ半分ぐらいしか食事が進んでいない。そうして数十秒後には、自分の分を綺麗にたいらげたアイ=ファにじっと横顔を見つめられることになった。
「……えーと、おすそわけを所望しておられるのかな?」
「馬鹿を抜かすな。お前とて、しっかり食べねば身が持つまい」
などと言いながら、視線は俺の顔から離れない。
どう考えたって、これはおねだりモードの目つきである。
「そうか、わかった、追加で新しい料理を作ればいいんだな」
「そんなものは、お前の食事が済んでからでよい」
「そんなじっくり見つめられてたら落ち着かないんだよ! かまどに薪を追加しておいてくれ」
空になった鉄鍋は床に移動させ、壁にたてかけておいた鉄板をかまどに設置する。それが温まるまでに、俺は手早くティノとバラ肉を切り分けることにした。
「ソースとマヨネーズが余ってるからお好み焼きな。おまけでキミュスの目玉焼きもつけてやろう」
「うむ」
「だけど、今までだって食べる量がそこまで減ってたわけじゃないのにな。運動不足で太ることを心配してたけど、こんなにバカスカ食べてるほうがよっぽど危ないんじゃないか?」
「馬鹿を抜かすな。修練を始めてまだ3日目だが、ここまで無駄な肉を落とすことがかなったのだぞ?」
と、床に板を敷いてティノを刻んでいた俺の眼前に、アイ=ファが膝立ちのまま近づいてきた。
そうして、すっきりと引き締まった腹部が目の前に突きつけられる。
わずかに力を入れるだけで腹筋があらわになるような、きわめてシャープな腹部である。褐色の肌はなめらかで、おへその形までもが美しい。
「正しく力が戻ってきていることが1日ごとに実感できる。これもお前が正しい食事を準備してくれるおかげだな、アスタよ」
「それは恐悦至極でございます」
「この調子で回復していけば、半月を待たずして森に出ることがかなうであろう。レム=ドムとの約定も、もうじきに果たすことがかなう」
「それは何よりでございます。……ただ家長殿、あまりに接近されすぎると、家人アスタは若干気恥ずかしさを誘発されてしまうのですが」
アイ=ファは無言で、膝立ちのまま後ずさっていった。
ほっと息をつき、俺は切り終えた肉の横に調理刀を置く。
とたんに、頭をはたかれた。
「痛いな! 何をするんだよ!」
「お前がいらぬことを抜かすからであろうが! 刀を置くまで待ってやったのだから感謝をしろ!」
そのようにわめくアイ=ファはお顔が真っ赤である。
「いや、そこでお前に照れられると、俺もますます気恥ずかしくなっちゃうんだけど」
さらに数発、頭をはたかれた。
何でも言い合える関係になった副作用であろうか。とりあえず、こんな照れ隠しの攻撃でも脳震盪を起こしそうな破壊力であった。
「ちょ、ちょっと待て! それ以上殴られたら、明日の仕事に支障が出てしまいそうだ」
「やかましいわ! とっとと食事の準備を進めろ!」
そうしてファの家の夜は、今日もおごそかに過ぎていったのだった。




