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異世界料理道  作者: EDA
第二十章 太陽神の復活祭(下)
354/1675

復活祭の城下町②~森辺のかまど番~

2016.7/19 更新分 1/1

 それからおよそ1時間半後、日没となる下りの六の刻。

 何とかかんとか6種の料理を完成させることのできた俺たちは、それを携えて会食の場へと移動していた。


 ヤンやティマロなどは単独であるが、俺やヴァルカスは調理助手を全員同伴させている。ただでさえ貴き身分の方々と同じ場で試食をするのだから、本来であれば俺とルウ家の代表1名のみが出向くべきであったのだが、俺はみんなにヴァルカスたちの料理を試食してもらいたかったため、あらかじめポルアースにこのふるまいを許していただけるよう頼み込んでいたのだ。


 いっぽうのヴァルカスは当然のごとく4名の弟子たちを引き連れていたが、それも事前に根回し済みであったのだろう。以前よりも格段に広い会食の間で、俺たちは横並びで整列することになった。


 ヴァルカスたちも、もちろん白覆面は外している。すらりと背が高く、南の民のように白い肌と緑色の目をした年齢不詳のヴァルカスに、半分白くなった黒髪を長くのばした、浅黒い肌の老人タートゥマイ。もしゃもしゃの髪と髭がいかにもジャガル人っぽい大男のボズルに、褐色の長い髪をきゅうきゅうにひっつめた、目つきのきつい少女シリィ=ロウ。そして、象牙色の肌にそばかすの目立つ、中肉中背の不機嫌そうな若者、ロイだ。


「本日はまことに大儀であったな。誰しもが多忙な復活祭の折に力を尽くしてもらい、我々も非常に嬉しく思っている」


 貴族側の代表として、マルスタインがそのように述べてきた。

 そちらはそちらで15名の大人数である。今日は立食の形式が取られていたため、彼らは個々のグループを作って立ち並んでいた。


 ジェノス侯爵家からは、当主のマルスタイン、第一子息のメルフリード、その伴侶たるエウリフィア、その子たるオディフィアの4名。

 バナーム侯爵家からは、使節団の長ウェルハイドと、同じく使節団のメンバーがもう2名。

 トゥラン伯爵家からは、当主のリフレイアと後見人のトルスト。ダレイム伯爵家からは、第二子息のポルアース。サトゥラス伯爵家からは、第一子息のリーハイム。

 さらに、タルフォーン子爵家のベスタ姫、マーデル子爵家のセランジュ姫、ジェノス城の客分たるディアルとアリシュナ。


 多かれ少なかれその身を着飾った、そうそうたる顔ぶれだ。

 そんな中、森辺の族長ダリ=サウティは、貴族ならぬ客分ということでディアルやアリシュナのそばにひっそりと立ちつくしていた。


 広間の形は円形で、ちょっとしたホールのような造りになっている。足もとには葡萄酒色の絨毯、壁には美しいタペストリーの垂れ幕が張り巡らされ、高い天井で瞬くのはガラス製のシャンデリアだ。

 兵士の姿が見当たらないのは、きっと垂れ幕の向こう側にでも身を潜めているのだろう。室には腰の高さぐらいの円形の卓があちこちに配置されており、それが貴族たちと料理人たちの境界線のような役割も果たしていた。


 こちら側の護衛役は3名までが同行を許されたので、アイ=ファとジザ=ルウとガズラン=ルティムが扉の近くに並んで俺たちの背中を見守ってくれている。

 そうした人々をぐるりと見回してから、マルスタインがまた口を開いた。


「では、名だたる料理人らの心尽くしを味わう前に、使節団の代表としてウェルハイド殿からも言葉を賜りたい。よろしいかな?」


「はい」と真紅の礼服を身に纏ったウェルハイドが一歩進み出る。


「今宵は我々のためにこのような場をもうけていただき、ジェノス侯爵には非常に感謝しています。また、高名なるジェノスの料理人たちがどのような形でバナーム自慢のフワノとママリアを料理してくれたのか、とても楽しみにしています。……ジェノスとバナームの行く末に、セルヴァの幸いを」


 居並んだ貴族や客人たちは、かしこまった様子でウェルハイドの言葉を聞いている。その中で、青いドレスを纏ったディアルが遠くのほうから俺にウインクをしてきた。

 トルストの隣に立ったリフレイアは、よそゆきの無表情だ。いまだ公の場に出ることが許されないリフレイアも、バナームがらみのときだけは駆り出されるらしい。それがトゥランの前当主の罪を贖うという名目であったとしても、彼女に俺の料理を食べてもらえるというのは、俺にとって喜ばしいことであった。


「それではさっそく、試食の会を始めさせていただこう。余興として、本日はこれらの料理を作りあげた料理人たちにも同じ場で味見をしてもらい、バナームのフワノやママリアについて大いに語り合っていただきたい」


 マルスタインの合図で、小姓たちがころころとワゴンを押してくる。そうしてまずあちこちの卓に並べられていったのは、他ならぬ俺の料理であった。


「まずは森辺の民、アスタの料理だな。……いや、これは最初から楽しませてもらえそうだ」


「はい、まずは黒フワノを使った料理となりますね。正確には、黒フワノとポイタンを使った『そば』という料理です」


 かつてドーラの親父さんたちにも試食していただいた『つけそば』である。

 4対1の割合で黒フワノとポイタンを混ぜあわせた、灰褐色の手打ちそばだ。めんつゆは、魚と海草の燻製で出汁をとって、タウ油と砂糖と赤ママリア酒をあわせている。基本的なレシピは、もうずいぶんな昔から完成されていた。


 しかしこれは、パスタほどの好評を得ることができなかった。

 それもそのはずで、ジェノスの人々は肉と野菜と穀物を同時に摂取するのを常としていたため、そば単品では評価を下すのが難しいようなのだ。肉と野菜を使ったお好み焼きやパスタと異なり、そばを単独の料理として認識しがたいようなのである。


 ということで、本日はきちんとおかずも準備していた。

 手打ちそばと同じぐらい手間のかかった、数々の天ぷらたちである。


「ふむ。アスタ殿はやはり揚げ料理というものを得意としているようですね」


 黒い髪に象牙色の肌を持つ貴公子ウェルハイドが、嬉しそうに微笑みながらそのように言った。


「ジェノスでは揚げ料理というものは流行遅れとされているそうですが、バナームではそのようなこともありません。以前にいただいた料理も非常に美味でしたし、これは黒フワノの料理と同じぐらい楽しみです」


「ありがとうございます。お口にあえば幸いです」


 俺はもう、思いつく限りの天ぷらをそこに準備していた。

 ヤマイモのごときギーゴとズッキーニのごときチャンは輪切りで、ダイコンのごときシィマはいちょう切り、タケノコのごときチャムチャムはくし切り、タマネギのごときアリアとニンジンのごときネェノンは細切りにしてかき揚げの格好だ。あとは緑色が欲しかったので、ピーマンのごときプラとホウレンソウのごときナナールも準備している。


 それに加えて、ジャガル産のシイタケモドキやマッシュルームモドキも天ぷらには適していたし、イワナのような川魚リリオネも申し分ない。あとは、おおぶりの甘エビみたいなマロールという甲殻類の乾物も、水で戻して使用させていただいた。もとが乾物なので本来のエビ天ほどの味わいは望めなかったが、そんなに悪くはない仕上がりだと思う。


 あと、俺にとってのメインであるこの料理でギバ肉を使わないのは物寂しいので、そちらでもふた品ほど準備していた。

 薄く切ったバラ肉で、それぞれタラパとギャマの乾酪を巻いた、イタリア風を意識した天ぷらだ。もちろんタラパはこちらの食料庫で保管されていた甘みの強い品を使用している。


 それらの衣で使用したのは通常の白いフワノ粉であるが、これは『ギバ・カツ』に劣らずそれなりに格好はつけられたと思う。

 まずはキミュスの卵と水をあわせて、そこに少量の白ママリア酢を加えてから、フワノ粉をざっくり混ぜあわせる。混ぜすぎると粘り成分が出すぎてしまうため、少しダマが残るぐらいの加減だ。パスタやうどんを作る際に念入りにこねるのとは、逆の要領となる。

 酢を入れるのも、粘り成分の生成を抑えるためである。衣をサクサクに仕上げるには、とにかくこの粘り成分の加減が重要となってくるのだ。


 ちなみに卵を入れるのは、衣をふっくらと仕上げるためである。中にはベーキングパウダーで代用する向きもあるようだが、《つるみ屋》においては卵を使っていた。なおかつ、卵黄のみでなく全卵を使用したのは、そのほうが衣が固めに仕上がって、時間を置いても食感を保てるためであった。


 食材をその衣液にまぶしたら、高い温度で一気に揚げる。大きな鍋で、たっぷりの油を使うのは、カツのときと同じ要領だ。これで、カラッとした小気味のいい食感を生み出すことが可能になる。


 なおかつ、めんつゆのほうには薬味も準備していた。

 ダイコンのごときシィマのすりおろしと、ヤマイモのごときギーゴのすりおろし、梅干しのごとき干しキキを粗く刻んだもの、ニラのごときペペの葉を生のまま刻んだもの、以上の4種だ。王道である長ネギやワサビの代用品を見つけられなかったゆえの、せめてもの心尽くしであった。


「ふむ。揚げ料理はともかくとして、この黒フワノの料理はなかなか面妖ですな。見たところ、以前にいただいたぱすたという料理と同じようなものに見えますが」


 そのように述べたのは、使節団のひとりである温和そうな初老の人物であった。


「はい。パスタと同じように、三つ又の串でお食べください。一口ずつ巻き取って、その汁にひたして食するのです」


 城下町にはフォークのごとき食器が存在するので、こちらとしてはありがたい。パスタを未経験なのは一部の貴婦人がたのみであるので、そちらにはエウリフィアがじきじきに説明してくれていた。


「ふむ! これはぱすたにも劣らぬ味わいだな!」


 そのように声をあげたのは、もうひとりの施設団員たるふとっちょの人物であった。


「ちょいと汁の味が強いようだが、この揚げ料理と一緒に食するとなお美味だ。このリリオネという魚がまた格別だな!」


「汁の味は確かに強めですので、お好みに合わせて加減をお願いいたします。濃い味が苦手な御方は、ちょんとつけるだけでも十分でしょう。あと、シィマのすりおろしなどを入れると、風味がよくなる代わりに味は弱まると思います」


「ああ、肉も野菜もそろっているので、あとは汁物さえあればこれでもう立派な晩餐となりますね。一口ずつしか味わえないのが残念なほどです」


 そんな風にのたまうウェルハイドを筆頭に、おおむねご満足いただけたようである。

 それにしても、美麗な装束に身を包んだ貴族のお歴々が立ったままつけそばを食している姿は、俺的になかなかの壮観であった。


 そこに、ずずーっと麺をすする音色が響く。

 貴族側ではなく、料理人側の卓である。

 見ると、ヴァルカスの弟子タートゥマイが無表情にそばをすすっていた。


「失礼。シムにおいて、シャスカという料理はこのように食するのです」


「ふむ。ずいぶん派手な音であったが、その食べ方に意味や理由はあるのだろうかな?」


「はい。シャスカもこの料理も、こうして空気とともにすすりこんだほうが、より豊かな味と風味を楽しむことが可能となります。丸めて口に入れるのでは、あまり細く仕上げた甲斐もなくなってしまうのではないでしょうか」


 この言葉を受けて、貴族たちまでもが麺をすする努力を見せ始めた。ドレスにつゆが跳ねてしまうと、貴婦人がたなどはてんやわんやの騒ぎである。


「なるほど。アスタもそういう理由があってあのように音をたてて食べていたのですね」


 ひどく真剣な面持ちで言い、シーラ=ルウも自分の器を取り上げた。が、なかなか一朝一夕には上手くいかないようで、ちゅるちゅると可愛らしく麺をすすっている。

 その姿に「おや」と声をあげたのはポルアースであった。


「ええと、そこの君、君は木串でその料理を食べているのだね。ずいぶん器用な食べ方をするものだ」


「はい。これはアスタに習った食べ方となります」


 シーラ=ルウ、レイナ=ルウ、トゥール=ディンの3名は、箸の扱いを練習中なのである。やはり城下町にも箸の文化はないようで、他の方々も物珍しそうにシーラ=ルウたちの姿を見守ることになった。


「パスタのときにもご説明しましたが、これも自分の故郷の料理なのです。なおかつ、自分の故郷でもパスタはこのような先の分かれた食器を使い、音をたてないように食べるのが主流でしたが、そばにおいては箸と呼ばれる2本の木串を使い、すすり込んで食べるのが主流でありましたね」


「あなたの故郷、この大陸ではないどこかの島国というやつね? ぱすたのときにも思ったけど、これも本当に不思議な料理だわ」


 小さなオディフィアの面倒を見ながら、エウリフィアがにっこりと笑いかけてくる。


「はい。特に俺の国では、一年の終わりにこの料理を食べるという習わしがあったのですよね。『滅落の日』までにはまだ2日ほどが残されていますが、この時期にこの料理をご紹介できたのも、何かの巡り合わせなのかもしれません」


「楽しいわ。やっぱりあなたは素晴らしい料理人ね」


 エウリフィアが、笑顔でそのように述べてくれた。茶会では結果を残すことができなかったがこれで面目躍如だな、と励まされているかのような心地である。

 が、彼女とポルアースの間に陣取っていたリーハイムは、「はん」と鼻を鳴らしていた。


「食べ方だの食器だのでうだうだと注文をつけられたくはないものだ。ま、この前のぱすたとかいうやつよりもいっそう食べにくい料理だということは理解できたよ」


 やっぱり本日も、彼はこういうスタンスであるようだ。

 ちなみに彼の叔父とシン=ルウによる御前試合は、一通りの試食が済んだのちに執り行われる予定となっている。


「最初の品だけで空腹を満たしてしまうわけにはいかないから、次の料理に取りかからせていただこうか」


 そのリーハイムの評には触れぬまま、マルスタインが小姓に合図を送る。

 卓の空いたスペースに、今度はがらりと趣の異なる料理が並べられていった。


「おお、ここで温かい料理はありがたいな」


「白ママリア酒を使ったギバ肉の煮込み料理、白ママリア酢を使った川魚の揚げ料理、および生野菜の料理、チャッチを使った料理、そしてギバ肉を使った料理となりますね。白ママリア酒を使った料理は、レイナ=ルウとシーラ=ルウの作となります」


 レイナ=ルウたちが準備したのは、お馴染みの煮込み料理だ。まだ屋台で売りに出す気持ちにはなれないようだが、白ワインにも似た白ママリア酒の甘みと風味を活かした、なかなかの逸品である。一緒に煮込まれているのはアリアとチャッチとネェノンで、味付けにはタウ油と砂糖と白ママリア酢も使われている。


 そして俺が準備したのは、白ママリア酢を使ったマヨネーズやドレッシングなどをお披露目するための料理である。川魚のリリオネはフライに仕上げて、タルタルソースを使用。ティノとアリアとネェノンと、パプリカのごときマ・プラと甘みの強いタラパの生野菜サラダには、マヨネーズとドレッシング。それに、ポテサラならぬチャッチサラダも準備している。


 それに最後のギバ肉料理は、中華風の甘酢あんかけである。いったん茹でたロース肉とアリアとプラとティノ、それにキクラゲモドキを強火で炒めて、白ママリア酢をベースにした甘酢のあんで仕上げている。今のところ、ダイレクトにママリア酢を使った料理では、これが一番の出来だと俺は自負していた。


「ああ、これは美味です」


 こちら側の卓から、その甘酢あんかけに口をつけたヤンが声をあげる。


「これは白いママリアの酢の味が十二分に発揮されています。なおかつ、この甘さが酸味と調和しているので、とても食べやすいですね」


「本当に、とても美味です。実はわたしはママリア酢というものを少し苦手に思っていたのですが、これならばいくらでも食べられそうです」


 貴賓席から相槌を打ったのはディアルである。茶会ではずいぶんがっかりさせてしまったようなので、その屈託ない笑顔に俺は胸を撫でおろすことができた。

 ちなみにアリシュナは、貴婦人がたの陰で静かに食事を続けている。シム人としてもかなり表情を読み取りにくい彼女であるが、ひそかに食事の摂取量は男性陣にも負けていないようだった。


「ああ、こちらの野菜もずいぶんと美味に感じられる。ただのママリアの酢をかけるだけではこうもいかないでしょうな」


「このチャッチの料理はとても優しい味わいです。これにもママリアの酢が使われているのでしょうか」


「うむ! この魚料理は格別に美味だ!」


 本日の主賓たるバナームの面々には、特に喜んでいただけているようだ。

 そんな中で、マルスタインが「ふむ……」と声をあげた。


「こちらの皿がルウ家の人々の作であると申したかな、アスタよ?」


「あ、はい。こちらのレイナ=ルウとシーラ=ルウの作です」


「レイナ=ルウとシーラ=ルウ」


 マルスタインは静かに言って、その両名の姿を見やった。


「レイナ=ルウというのは、たしか族長ドンダ=ルウの息女であったはずだな。シーラ=ルウというのは――」


「わたしは分家の出となります。本家の家長ドンダ=ルウの末弟リャダ=ルウの娘――そして、シン=ルウの姉となります」


「ほう、其方がシン=ルウなる人物の姉であったか。それはそれは」


 マルスタインは穏やかに笑い、シーラ=ルウは礼儀正しく頭を下げる。

 俺よりも先んじてバードゥ=フォウの名を覚えたマルスタインであるので、これできっとシーラ=ルウの名も正確にインプットされたことだろう。


「先日の茶会ではトゥール=ディンにリミ=ルウという者たちもアスタに劣らぬ腕前を見せたというし、まったく森辺の民には驚かされるばかりだ」


「……おそれいります」


「そしてこの後は、噂に聞く森辺の狩人の力量も目にすることがかなうのだからな。実に有意義な一日となろう」


 マルスタインが慇懃に述べる中、リーハイムはそっぽを向いてにやにやと笑っていた。

 その姿を、ララ=ルウが姉の陰から燃えるような目でにらみつけている。レイナ=ルウにじゃけんにされた腹いせに、リーハイムはシン=ルウを呼びつけることになったのだ。姉と想い人の両方にちょっかいを出されたララ=ルウとしては、誰よりも彼を憎たらしく思って然りであろう。


「いや、どれも素晴らしい料理です。わたしも感服させられました。ギバを使った料理も、そうでない料理も、どちらも実に見事な味わいです。アスタ殿がこれほどの腕前でもって料理を供しているからこそ、宿場町でも数々の食材を根付かせることがかなったのでしょう」


 と、今度はトルストが発言する。

 パグ犬のような面相をした、初老の貴族である。相変わらずくたびれきった表情をしているが、それでもその瞳にはこれまでで一番明るい光が宿っているように感じられた。


「本当はのちほど別室で御礼の言葉を述べさせていただこうと思っていたのですが、アスタ殿やヤン殿の尽力の甲斐あって、食料庫を満たしていた食材も腐らせることなく売りさばくことができております。特に香草やタウ油や砂糖などは、これまで以上に仕入れねば数が足りなくなるほどで……おかげで、財政が破綻しかけていたトゥランもようよう立て直すことがかないました」


「は、それは恐縮です」


「きっとバナームのフワノやママリアも、あますことなく売りさばくことがかなうようになるでしょう。わたしはそのように思うのですが、如何でありましょうかな?」


 その言葉は、城下町の料理人たちに向けられたものであった。

 黒フワノや白ママリアのメインターゲットは、宿場町でなく城下町の住人たちなのである。俺が城下町で店を開くわけではないので、これらの料理は彼らの今後に活かしていただかないと、望むような販促効果は得られないのだった。


 トルストの言葉を受けて厳粛にうなずき返したのは、ヤンだ。


「わたしもアスタ殿らの料理は素晴らしいと感じています。特にこのたるたるそーすやまよねーず、どれっしんぐといったものなどは、いくらでも他の料理で使うことが可能でありましょうから、城下町の民にも喜ばれることでしょう。しかもこれらは、料理人ならずとも作製することが可能であるというお話でありましたね?」


「はい。実は先日、ダレイムでご縁のある方々にもそれらの作り方を手ほどきさせていただいたのです」


「ああ、祝日の前日にはダレイムで夜を明かしたそうだね。ううん、可能なことなら僕もその様子を覗いてみたかったなあ」


 にこにこと笑うポルアースにうなずき返しつつ、ヤンはさらに言葉を重ねる。


「また、黒フワノを使ったそばという料理も、美味であるだけでなく非常に目新しいので、多くの人間を喜ばせることがかないましょう。ただし、黒フワノを城下町で売るには、城下町の料理人がその作り方を覚えなくてはならなくなりますが――」


「ええ。これだって、料理人と呼ばれる方々ならば問題なく作製することはできるはずです。そばよりも手間のかかるぱすたでさえ、森辺ではもうこちらのトゥール=ディンを筆頭にひとりで作製できるようになってきておりますから」


 ほう、と感心したような声があがり、視線が俺のかたわらに集中する。

 もちろんトゥール=ディンは顔を真っ赤にしながら俺の陰に隠れることになった。


「しかし、その作り方を我々に明かしてしまってよろしいのでしょうか? 美味なる料理の作り方というのは、料理人にとっての財産に他ならぬはずですが……」


 やや困惑気味の表情となったヤンに、「はい」と俺はうなずいてみせる。


「そのつもりがなければ、この料理をこの場でお披露目する甲斐もなかったでしょう。別に自分の損になる話ではありませんし、それよりも、自分の故郷の料理がジェノスで受け入れられる喜びのほうが勝っています」


「……アスタ殿は、宿場町においても宿屋の主人たちなどに調理の技術を伝えているそうですね。わたしとしては、その度量にこそ感服させられてしまいます」


 それは、価値観の相違というものであろう。俺としては、森辺の女衆に美味なる料理の作り方を広めることがスタート地点であったのだから、余人にレシピを教えることには何の抵抗もありはしなかった。


(城下町で店を開けとか言われるよりは、そっちのほうがよっぽど面倒も少ないしな。そばが一般的に食べられるようになったら、ますますたくさんのポイタンも必要になって、ドーラの親父さんたちの生活も潤うんだろうし)


 また、ウェルハイドなどはザッツ=スンらの手によって父親を害されているのである。そんな彼の望みをかなえるためなら、手打ちそばやマヨネーズのレシピを公開することなど何の痛痒にもなるはずはなかった。


「ティマロやヴァルカスはどのように考えているのかな?」


 と、うっすら笑いながらマルスタインが他の料理人たちに目を向ける。

 ティマロは表情の抑制に失敗し、とても悔しげな顔になってしまっていた。


「は……確かにこのそばという料理なら、城下町でも大きな評判を呼ぶことがかなうでしょう。それに……流行遅れとされている揚げ料理にも、再び目が向けられることになるやもしれません……」


「たとえば、《セルヴァの矛槍亭》でこのそばという料理を売ることは可能なのであろうかな?」


「……わたしの主がそれを望むのでしたら、わたしはその言葉に従うのみでございます」


 ティマロは今や《セルヴァの矛槍亭》の料理長であるはずだが、やはり雇い主というものが存在するらしい。察するところ、出資者はどこぞの貴族なのだろう。


「では、ヴァルカスは?」


 マルスタインの言葉に、ヴァルカスは「はい」とうなずく。


「どれも素晴らしい料理でした。ヤン殿が仰っていた通り、後がけの調味料というものは非常に汎用性に優れていると思われます。アスタ殿はそれを使って3種の料理を披露しましたが、これは100種の料理を披露するにも等しい行いだったのではないでしょうか」


 茫洋として感情の読めない声音であるが、饒舌だ。

 ひさびさに聞くヴァルカスの評価に、俺も思わず緊張してしまう。


「また、そばという料理もきわめて美味でした。同じ汁を使って揚げ料理を食するという発想も素晴らしいと思います。これは城下町の民からもさぞかしもてはやされることでしょう」


「では、其方の店でもその料理を扱う気になれたのかな?」


 この言葉には、「いえ」という言葉が返された。


「わたしは近々、シムのシャスカという料理を自分の献立に加えようと画策しておりました。タートゥマイの弁によると、このそばという料理はシャスカとよく似たものであるらしいので、わたしの店でシャスカを売れば、それと似たこの料理の名を知らしめるお役にも立てましょう」


 そのように言いながら、ヴァルカスはくるりと俺のほうに向きなおった。


「ちなみに、シャスカには冷す食べ方と温める食べ方が存在するようなのですが、このそばという料理にも温めて食する食べ方が存在するのでしょうか?」


「ああ、はい。温かいそばの場合は、あらかじめ汁に麺を沈めておきますね。でもそうすると、時間が経つにつれ麺が汁を吸ってしまいますし、それに、さきほどの『麺をすする』という食べ方をしないと食べにくいので、この場には相応しくないかなと考えた次第です」


「やはり温かいそばというものも存在するのですね。容易に味が想像できたので、きっとそうなのだろうと思いました。あらかじめフワノを汁に沈めておくということは、汁も薄めの味に仕上げるのでしょうね?」


「そうですね。普通の汁物と同じように、汁だけをすすっても美味しくいただけるぐらいの濃さに調節します」


「素晴らしいです。是非わたしもその温かいそばというものを食してみたいものです」


 相変わらずつかみどころのない無表情であるが、このような場でなければまた俺の手をわしづかみにしていたのかもしれない。そんなヴァルカスの姿を見やりながら、マルスタインは小さく笑い声をあげた。


「其方もずいぶんアスタの料理に執心しているようではないか。ならば、シャスカという料理とともにこの料理も売りに出せばよいのではないのかな」


 ヴァルカスはマルスタインに向き直り、また「いえ」と同じ返事をする。


「アスタの料理はとても素晴らしいと思います。しかし、わたしには不要の技術です」


「不要の技術?」


「わたしは長年、セルヴァとシムとジャガルの料理について学んできました。3つの国のさまざまな技術を融合することにより、わたしの料理は完成されているのです。そこにアスタの有する渡来の民の技術をうかつに合わせようと試みれば、まず間違いなく味が壊れます。わたしには、うかつにアスタの技術を取り入れることは許されないのです」


 あくまでも無表情に、ヴァルカスはそのように言いたてた。


「わたしがもう10年か20年も若い時分にアスタと出会っていれば、きっとその技術に心酔し、己のものにしたいと欲したことでしょう。ですが、この年齢でこれまでにつちかってきたものを打ち捨てるわけにはいきません。だからわたしは、アスタの料理に感服することはできても、決して手を取り合うことはできないのです」


「ふむ。それでは其方の店でアスタの料理を扱うことはかなわない、ということだな」


「はい。《銀星堂》はわたしの店であるのですから、わたしの料理だけを出していきたく思います」


 どうやらヴァルカスの店は、自身がオーナーであり店主でもあるらしい。きっとサイクレウスから得た莫大な報酬で、自らの料理店を立ち上げたのだろう。


「ですがさきほども申しました通り、わたしの店ではシャスカを売りに出す予定でいます。それがジェノスで受け入れられれば、アスタのそばという料理が受け入れられる土台を作るお役には立てると思われます。それで少しでもバナームの黒いフワノの存在を知らしめる一助になれれば幸いです」


「うむ。そのあたりが落としどころであろうかな」


 マルスタインは、また微笑する。

 こちらもこちらで、なかなか腹の読めない人物なのである。


「では、ルウ家の料理人が作った料理に関してはどうなのだろう? あれもやはりアスタの故郷の流儀に則った料理なのだろうか?」


「酒で肉を煮込むというのは、シムやマヒュドラで多く使われる作法であるようです。ジャガルでも多少はその作法が見られるようですが、山育ちのギャマやムフルの大熊などはきわめて強い臭みを有しているため、酒で煮込んでそれをやわらげるのがシムとマヒュドラでは一般的な作法となったのでしょう」


 俺に答える間隙を与えず、ヴァルカスがそのように述べたてる。


「しかしそれ以前に、この料理は論ずるに値しません」


「ふむ? それはどういう――」


「酒で肉を煮込めば、それだけで旨みを引き出すことはかないます。しかしこの料理には、それ以外の工夫が見られません。後から加えられた砂糖やタウ油の分量も不適当だと思われます」


 レイナ=ルウがハッと息を呑む気配が伝わってきた。

 ヴァルカスは淡々と言葉を重ねる。


「かつてわたしの弟子であるシリィ=ロウが参席した茶会において、森辺の民の幼き料理人たちが素晴らしい腕前を見せたと聞き及んでいます。なので、今宵もそうした驚きが得られるのではないかと期待していたのですが、とても残念です」


「いえ、ヴァルカス、それは――」


 俺が思わず声をあげかけると、レイナ=ルウに腕をつかまれた。


「アスタ、いいのです。わたしたちが未熟なかまど番であるというのはまぎれもない事実なのですから」


「いや、だけど――」


「いいのです」


 レイナ=ルウの手が、ぎゅっと俺の手首を握り込んでくる。

 家人ならぬ異性の身に触れることは、森辺においてよしとされていない。しかしそんな習わしを気にかけるゆとりもないぐらい、レイナ=ルウは激しく気持ちを乱されてしまっているのだろう。その綺麗な青い目には、うっすらと悔し涙が浮かんでしまっていた。


「ずいぶん辛辣だな。わたしには、アスタの料理に劣らぬぐらい見事な出来栄えだと感じられたが」


「それはアスタ殿に対して失礼な言い様になってしまいましょう。……まあ、アスタ殿がこれまでに見せてきた料理の中でもっとも不出来なものと並べれば、そこまでの遜色はないのかもしれませんが。何にせよ、この料理が美味であるなら、それは料理人の腕でなくギバ肉という食材の恩恵なのでしょう」


 これといった感情が込められていない分、ヴァルカスの言葉はいっそう残酷に響いた。

 シーラ=ルウは静かにまぶたを閉ざしており、トゥール=ディンとユン=スドラはおろおろと視線をさまよわせている。ララ=ルウは、はっきりと怒りの表情だ。


「ヴァルカス、あなたは相変わらず口が悪いのね」


 と――そこに初めて、リフレイアの取りすました声が響きわたった。


「口の悪さでわたしが人のことをとやかく言えたものではないけれど、このような場では多少はつつしむ必要があるのじゃないかしら?」


「そうですか。この試食の場では率直な意見を述べ合うべきと聞かされておりましたので、それに従ったまでなのですが」


「……まあ、あなたはそういう気性ですものね」


 リフレイアは、何かを思い悩むように口をつぐむ。

 すると、別の声がこちら側の卓からあがった。


「しかし、ひと月やそこらで新しい食材を使いこなすというのは並大抵の話ではないでしょう。誰もがあなたやアスタのような腕前を持っているわけではない、ということですよ」


 誰あろう、それはロイの声であった。

 隣に立っていたシリィ=ロウが、きつい眼差しをそちらに向ける。


「誰もあなたの意見などを聞いてはいませんよ。あなたこそ口をつつしみなさい」


「それは失礼。でも、主人の失言を取りなすのも弟子の仕事ではないのですかね」


「ヴァルカスの言葉が失言などとは――」


「さっきの料理が不出来であったというのは、それほどの失言でもないのでしょう。でも、それで森辺の料理人に失望したというのなら、それは失言だと思います」


 シリィ=ロウの言葉をさえぎって、ロイはそのように言いつのった。

 言葉づかいは丁寧であるが、その表情はいつも通りの仏頂面だ。


「自分が宿場町で口にした彼女たちの料理は、さきほどの料理よりも格段に美味でした。少なくとも、自分が恥も外聞も捨ててヴァルカスに弟子入りを願うぐらいにはね。今日のこの料理だけで森辺の料理人に失望したなどという発言は、のちのちあなたの評判を下げることにもなりかねませんよ、ヴァルカス」


 シリィ=ロウは、火のような目つきでロイの横顔をにらみつけていた。

 そんな中、ヴァルカスは「そうですか」と変わらぬ口調で応じる。


「今宵の期待が裏切られたというのは正直な気持ちですが、それで森辺の料理人そのものに失望したという気持ちはありませんでした。何か誤解を与えてしまっていたのなら、それは謝罪いたしましょう」


「いえ……」とレイナ=ルウはうつむいてしまう。


「それでは、そろそろわたしどもの料理も味わってはいただけませんでしょうか? あまりに時間が移ってしまいますと、料理の味も落ちてしまいますので」


 そんなヴァルカスの言葉によって、ようやく試食会は後半戦に突入することになったのだった。

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