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異世界料理道  作者: EDA
第二十章 太陽神の復活祭(下)
351/1705

中天の日③~宿場町の夜、再び~

2016.7/3 更新分 1/1

 そして、夜である。

 俺たちは再び夜の宿場町での商売を執り行っていた。

 料理の数も、日替わりメニューを30食分、汁物とパスタを50食分ずつ追加して、これが本当の上限いっぱいだ。


 なおかつ、本日からは新しい試みにもチャレンジしていた。

 それは、下ごしらえに手間のかかる『ギバ・バーガー』と『ギバまん』を売りきったら、その後に同じ屋台で『ミャームー焼き』と『ポイタン巻き』を売る、という試みであった。


 挽き肉を使用する『ギバ・バーガー』と『ギバまん』は、どうしたって他の料理よりも下準備に手間がかかってしまう。なのでこれまでは、どちらも120食分しか準備していなかった。それに対して、『ミャームー焼き』と『ポイタン巻き』は毎回160食分ずつを準備していた。価格に赤銅貨0・5枚分の差があるので、それでちょうど売り上げ的には五分の計算になるのである。


 が、俺たちは売り上げよりも利用客の数を重んじている。現段階では、ひとりでも多くの人間にギバ肉の美味しさを知ってもらう、ということが肝要であるのだ。

 で、本日はたまたま『ギバ・バーガー』と『ギバまん』を売りに出すスケジュールであった。だったら準備に手間のかかるそれらはこれまで通りの量を用意し、その後で40食分ずつ『ミャームー焼き』と『ポイタン巻き』を売りに出せば、来客数をキープしたまま売り上げをのばすことさえ可能になるではないか、という結論に落ち着いたのだった。


 ということで、料理の数はトータルで1150食である。

 5台の屋台でそれだけの料理を売れば、他の店と比べて倍以上の来客数ということになる。もちろんそれは汁物料理だけで400食分も準備している効果が絶大であったが、とにかく破格の数字であろう。


『暁の日』と比べて一気に160食分も追加した計算になるが、あのときは予定よりもだいぶん早く店じまいをすることになった。お客の勢いが極端に落ち込まない限り、決して分の悪い勝負ではないはずであった。


 卓と椅子のないスペースのほうにも、ようやく屋根を張ることができた。食器も、今度こそゆとりをもって取りそろえている。『暁の日』の反省を活かして、俺たちは万全の体勢でこの夜の仕事に取り組むことができた。


 護衛役は、ジバ婆さんもいないので元通りの12名だ。が、本日も選りすぐりの精鋭たちである。ルウ本家の3兄弟の指揮のもと、屋台と食堂に6名ずつの狩人が配置され、俺たちのことを見守ってくれている。監査役のスフィラ=ザザなども、その頃にはついに食堂のほうを手伝ってくれるようになっていた。


「……本当にこれは、町の人間たちにとっての宴なのですね」


 俺の仕事を手伝いながら、フェイ=ベイムがぽつりとつぶやく。

 確かに町の様相は、日を重ねるごとに祭らしさを増していた。


 この夜などは、特にあちこちで笛や太鼓などが持ち出され、楽しげに踊る人々の姿を目にすることさえできた。若い娘が中心となって、街道の端で輪を作り、くるくると陽気に踊っているのである。それに、《ギャムレイの一座》ばかりでなく、旅芸人や吟遊詩人などが多く流れてきたのだろう。どこに行っても何かしら演奏の音色が耳につき、それがいっそうの祭らしさを演出していた。


《ギャムレイの一座》の天幕も、本日は大入りの様子である。ついに天幕の外まで行列が並び始め、いっかな収まる様子もない。で、それらの人々からのおひねりを期待して、余所の芸人たちまでもがこぞって道端で芸を始めているので、この露店区域の北端も中央部に劣らぬ賑わいを見せているのだった。


「しかもこの宴は、10日以上も続くのでしょう? まったく呆れたものですね」


「ええ。ですがやっぱり、祭の最高潮となるのは『滅落の日』の夜みたいですね。銀の月に入ったら、みんな脱力してしまうそうです。だから、このように騒ぐのはきっかり10日間ということになるのでしょう」


「それでも十分に長いと思います。今日でようやくその半分ということなのでしょうし」


 何やら不満めいた口調に聞こえるが、俺はもうそれで心配になることもなかった。不機嫌そうな仏頂面も、見慣れてしまえばどうということもない。それで意外に気性は繊細なのだから、スフィラ=ザザにも通じる好ましいギャップであろう。


 そんな俺たちが売りに出しているのは、新メニューたる『ギバの揚げ焼き』であった。

 これはもう、『ギバ・カツ』の簡易版ともいうべきメニューである。つい一昨日にも『ギバ・カツ』を再販したばかりであるのだが、どうしてこれを毎日売らないのだという声があがるぐらいの好評であったため、苦肉の策としてこの料理を考案することになったのだった。


 作製方法はシンプルで、薄切りにしたロースに塩とピコの葉で下味をつけて、キミュスの卵とフワノ粉をまぶし、たっぷりのレテン油で揚げ焼きにするばかりである。

 肉が薄いので熱を通すのに時間はかからないし、見た目も平たい代わりに面積が大きくなるので、なかなか豪快だ。『ギバ・カツ』と同じように半分はソース、半分はシールの果汁で召し上がっていただき、つけあわせの生野菜サラダは干しキキの果汁を加えた特製ドレッシングで提供する。


 何せ本日は『ギバ・バーガー』と『ギバまん』に加えて『ミャームー焼き』と『ポイタン巻き』まで売りに出されるので、通常の焼き肉料理ではインパクトが足りないかな、という思いもあった。

 そして分量も、おもいきっての180食だ。400食の『照り焼き肉のシチュー』や250食の『カルボナーラ』には及ばないものの、こちらは赤銅貨2枚の高額商品である。既存の料理に劣らずお客さんたちに喜んでもらえれば幸いであった。


 そんな俺たちのかたわらでは、マイムとユーミも元気に商売に励んでいる。

 初めて夜の部に参戦するマイムは、普段よりもたっぷり時間をかけて下準備をすることができたので、150食分もの料理を用意していた。


 日を重ねるにつれて、マイムの屋台に押しかけるお客の勢いはぐんぐんと増していっている。正直に言って、すべてのギバ料理の屋台の中で、一番勢いが激しいぐらいだろう。何というか、まずマイムの屋台で料理を買い、それをかじりながら俺たちやユーミの店に並ぶ、というお客さんがずいぶん多く存在するように見受けられるのだ。


 もちろんマイムの料理は手づかみで食べられるし、焼き物料理のように作製の時間もかからない。が、同じ条件の『ギバまん』や『ギバ・バーガー』に比べると、遥かにお客の利用率は上回っている様子である。


 やっぱりマイムの料理には、人をひきつける何かがあるのだ。

 そうして下りの六の刻が近づき、街道の照明器具に明かりが灯される頃には、マイムが準備してきた3つの鍋の内、2つまでもが空になってしまっていた。


 このまま客足が落ちなければ、あと3、40分ていどで150食分も準備してきた料理も売り切れてしまうということだ。

 そのかたわらのユーミなどは、一番遅くに店を開いたということもあって、まだ50食ていどしか売れていない様子である。


「いいんだよ! こっちはマイムやアスタたちが店じまいをしてからが第二回戦なんだから! 値の張る食材も使っていない貧乏料理で、アスタたちにかなうとは思っちゃいないよ」


 ユーミは笑いながら、そのように言っていた。


「アスタたちが帰った後だって、町はぞんぶんに賑わってるんだからね。宵っ張りには宵っ張りの商売ってもんがあるんだよ」


 何とも頼もしい限りである。

 やっぱりユーミやマイムたちも、森辺の民にとっては愛すべき戦友であり競争相手なのだなと痛感することができた。


「よお、ものすごい賑わいだな」


 と――ついに太陽が西の果てに没したあたりでそのように呼びかけられたので振り返ると、ちょっと懐かしい人物が笑顔で屋台の脇に立ちはだかっていた。

《守護人》のザッシュマである。


「ああ、おひさしぶりですね。ジェノスに戻られていたのですか」


「今日の夕刻に戻ったんだ。顔を合わせるのはひと月以上ぶりかな?」


 ザッシュマは、ダバッグの奸臣たちをとっちめるためにジェノスを出立した調査団に同行し、それ以降は姿を見せていなかったのである。風の噂で別の土地へと旅立ったのだと聞いていたが、詳細は不明のままであった。


「俺はすぐに戻ろうと思っていたんだが、向こうで別の仕事が舞い込んでな。せっかくだから、復活祭を楽しむための銅貨を稼いできたんだよ。……しかしこいつは、とんでもない騒ぎだな」


「あはは。ザッシュマはこの野外食堂すら初のお目見えになるのでしたっけ」


「ああ、まったく呆れるばかりだよ。まさかジェノスでここまでギバ料理がもてはやされるとはなあ」


 笑いながら、ザッシュマは頑丈そうな下顎をまさぐった。


「それじゃあ俺も約束通り、ギバ料理ってのを堪能させていただくか。これだけ品数があると迷っちまうが、いったいどいつを注文したもんかね?」


「そうですね。俺が作っているこの料理は、期間限定になるかもしれないのでおすすめです。あとはあっちの汁物料理と……この隣のパスタが物珍しくていいかもしれません」


「ふうん? ひとつの料理の量が少ないってことか? 普通は2品も注文すれば十分だが」


「ええ、ギバ肉の価格が上がってしまったので、一品ずつの量と価格を抑えているんです。ザッシュマだったら、これでも足りないぐらいかもしれません」


「足りなかったら別の料理を注文させてもらおう。……もちろんギバがカロンに負けないぐらい美味かったら、の話だけどな」


 ザッシュマと初めて顔をあわせたのは、たぶんもう半年も昔のことになる。そのザッシュマにようやくギバ料理を食べてもらえる日がやってきたのだ。それは何だか、とても感慨深いことだった。


「あ、食堂のほうにはダン=ルティムとガズラン=ルティムもいるはずですよ。今日は親子で護衛役をつとめてくれているんです」


「そいつは楽しみだ。もっと果実酒を余分に買ってくるべきだったな」


 そうしてザッシュマが3種の料理を購入して姿を消すと、また物珍しいお客さんがやってきた。組立屋のご主人である。


「あれ? ご主人が露店区域にやってくるなんて珍しいですね」


「ああ。普段は用事もないからな」


 トトスの荷車や食堂の座席、それに食器に関しても何かと便宜をはかってくれたご主人である。そんなに頻繁に顔をあわせる機会はないが、こちらもつきあいは5ヶ月ぐらいに及ぶ。なおかつ、出不精の彼が露店区域に姿を現したのは、これが初めてのことであるはずであった。


「俺だって、祭の間は足をのばすこともあるんだよ。またうちの若い連中がたいそうお前さんたちの屋台をほめちぎっていたからなあ」


 見た目は武骨だが気のいい親父さんなのである。その若い連中という人々も、親父さんの背後で果実酒の土瓶を傾けている。


「しかし、ここまで賑わってるとは思っていなかったな。どの屋台よりも繁盛しているみたいじゃないか」


「ええ、おかげさまで。復活祭を迎えてからは、ますます順調です」


「たっぷり稼いで、また俺たちにも仕事を回してくれよ。荷車でも卓でも椅子でも、何だって好きなだけこさえてやるからな」


 森辺の民は現在、ジェノス城からの褒賞金をどのように扱うか検討中である。それで新たな荷車を購入することになれば、またお世話をかけることになるだろう。


「それじゃあどいつを注文したもんかな。……おい、お前らが騒いでいたのは、そっちのうねうねした妙な料理か?」


「そうそう! フワノとポイタンをまぜあわせてあるらしいんだけど、そいつがまた美味いんだよ!」


「あと、あっちの汁物も抜群っすよ」


 いつも親父さんには手土産でギバ料理をお届けしているが、パスタやシチューは初のお目見えとなるはずである。若衆たちの言われるままに料理を購入して、親父さんもまた食堂のほうへと歩み去っていった。


「……アスタは本当に、町の人間ともわけへだてなく縁を結んでいるのですね」


「ええ、もちろんです。森辺の民とはずいぶん気性が異なるでしょうが、そんなに悪い人ばかりではないでしょう?」


 俺の答えに、フェイ=ベイムはむっつりと黙り込んだ。

 不機嫌そうな表情はいつものことだが、どことはなしに普段と異なる気配を感じる。

 彼女が次に口を開いたのは、新しい料理を仕上げてそれを並んでいたお客さんたちに提供した後のことだった。


「……ベイムの人間は、ジェノスの民を快く思っていません」


「ええ、それは森辺の民の大半がそうであったでしょうね」


「違います。ベイムには、他の氏族以上にジェノスを憎む理由があるのです」


 フェイ=ベイムは、じゅわじゅわと焼きあがっていくギバ肉を見つめながら訥々と語り始めた。


「アスタは数十年前にジェノスで処刑された森辺の民のことを聞き及んでいますか?」


「はい。家人を町の無法者に害されて、その仇を討つために掟と法を破ったという狩人のことですね」


「そうです。その狩人は、ベイムの眷族の家長でありました」


 街道は、変わらずに賑わっている。

 その賑わいに半ば消されてしまいそうなほど低い声で、フェイ=ベイムはそのように言い継いだ。


「家長が罪を犯してしまったため、その眷族は氏を失うことになりました。残された人間は、みなベイムの家人として生きていくことになったのです。……その内のひとり、処刑された狩人の娘がわたしの母、現在の家長の嫁となります」


「……そうだったのですか」


「はい。もちろん祖父は、族長らの言葉も聞かずに復讐を果たしたのですから、処刑される他なかったのでしょう。わたしたちがジェノスを憎むのは筋違いだということもわかっています。……しかし、最初に法を犯したのは町の人間たちなのですから、ベイムが血族の不幸を無念に思うのは当然のことでしょう?」


「……ええ、そうですね」


 俺は焼きあがった肉を鉄網の上に引き上げる。

 料理の完成を待ちわびているお客さんたちは、フェイ=ベイムの述懐も耳には入っておらず、楽しげに果実酒をあおっている。


「別に今さら恨み言が言いたかったわけではありません。ただ、わたしの父や母が理由もなく宿場町での商売に反対しているわけではないのだということを、アスタに知っていただきたかったのです」


「はい、話してくれてありがとうございます。ベイムにそのような事情があるなどとは、俺は思ってもいませんでした」


 新しい肉に衣をつけてそれを鉄鍋に投じつつ、俺はそのように答えてみせた。


「不幸な事件があったということは聞き及んでいたのですが、その家人たちがどのような思いで過ごしているか、ということにまでは頭が回っていませんでした。たとえ数十年前の出来事であっても、当事者にとっては忘れられるほどの歳月ではない……そんなのは当たり前のことですよね。自分の浅はかさが恥ずかしいです」


「…………」


「そんな思いを抱えながら、こうしてきちんと俺たちの行動を見極めようとしてくれているベイムの家に感謝します。……本当にありがとうございます」


「……別に感謝をされたくて話をしたわけでもありません」


 フェイ=ベイムはぶっきらぼうに言い、木皿に野菜を盛りつけた。

 俺も油の切れた肉にソースとシールの果汁を塗り、それを木皿に移動させる。

 銅貨を支払い、商品を受け取って、数名ばかりのお客さんが食堂のほうに歩いていき、また新たなお客さんたちが立ち並ぶ。


「フェイ=ベイム、この屋台を貸し出してくれている宿屋のご主人は、10年前にスン家に害された方のご身内であるのです」


 俺が言うと、フェイ=ベイムはいぶかしそうに振り返った。


「そのご主人、ミラノ=マスは、奥方とその兄を失うことになりました。でも、ザッツ=スンたちが裁かれたことによって、森辺の民に対する憎しみを捨ててくれたんです。……いや、その真情はわかりませんが、憎しみを捨てるべきだと思い、こうして森辺の民と縁を繋いでくれているのです」


「はい」


「ミラノ=マスたちやベイム家のように、実際に苦しい思いをしてきた人たちが自分の無念を抑えることで、森辺とジェノスはこうして新たな絆を結ぶことができているんでしょう。まだこの先はどうなるかわかりませんが、それだけは決して忘れずに、俺は正しいと思える道を選んでいきたいと思います」


 フェイ=ベイムは、やっぱり「はい」としか答えなかった。

 だけどその瞳に迷いや逡巡の光は見られなかった。


 ベイム家は、まだミラノ=マスほど無念の思いを捨て去ったわけではないのだろう。それでも、憎しみにとらわれたままジェノスを拒絶し続けるべきか――あるいは、ファとルウの言葉に従って、ジェノスと新しい絆を結び、豊かな生活を手に入れるべきか、それを見極めようとしてくれているのだ。


 森辺の民はスン家の罪を贖うために、全員が正しく生きていくことを誓った。その誓いに偽りがないか、今、ジェノスの人々に審問されているさなかである。

 それと同時に、ジェノスの人々だって、森辺の民に審問されているさなかなのだろう。この行いに懐疑的なベイム家やザザ家、それにジザ=ルウばかりでなく、ドンダ=ルウだってアイ=ファだって、ジェノスに友たる資格はあるか、それを見極めようと神経を研ぎ澄ましつつ、宿場町での商売を敢行しているはずであるのだ。


 否応なく、俺は昨晩のジバ婆さんやミシル婆さんとのやりとりを思い出していた。

 やはり、過去というのは切り捨てていいものではない。苦しい過去をしっかりと踏まえながら進んでいかなくては意味がないのだ。


 宴に酔いしれる人々の姿を前にしながら、俺はひとりそのような思いを新たにすることになった。


                  ◇


 そうして着々と時間は過ぎていき、料理も順調に減じていった。

 まずは予想通り、営業開始から1時間半ていどでマイムが料理を売り切り、バルシャに護衛されつつトゥランへと帰っていった。

 それから遅れること、4、50分。『ギバ・バーガー』と『ギバまん』が無事に完売の運びとなり、鉄鍋と蒸し籠は鉄板に差し替えられ、『ミャームー焼き』と『ポイタン巻き』の販売が開始される。


 その後に料理を売り切ったのは、ありがたいことに『ギバ肉の揚げ焼き』であった。

 そこそこ手間のかかる料理であるとはいえ、それでも『カルボナーラ』ほどではない。分量だって『カルボナーラ』よりは少なかったのだから、同じぐらいの人気であればこれが当然の結果であったのだろう。


 俺とフェイ=ベイムは青空食堂の給仕と皿洗いを手伝い、そうこうする内に今度は『ミャームー焼き』が売り切れた。最古参のメニューでありながら、やはり『ギバ・バーガー』と『ミャームー焼き』は変わらぬ人気を博しているようである。


 そうすると4名も人手が浮くので、食堂の仕事はずいぶんゆとりが生まれることになった。

 それはそれで喜ばしいことであるが、いささか偏りが生じることは否めない。特に、残された3つの屋台では『カルボナーラ』担当のトゥール=ディンが一番の苦労を負っていたので、俺としても忸怩たる思いであった。


(一番の売り上げを叩き出しているのは汁物料理だけど、あっちは器によそうだけで、あとは追加分を温めなおすだけだもんな。常にパスタを茹であげて、茹であがったそばから調理しなきゃならないトゥール=ディンは気が休まる時間もないはずだ)


 現在のローテーションを守るとなると、次の祝日でもトゥール=ディンは『ギバ・カレー』でなく『カルボナーラ』を受け持つことになる。そのときは、俺が日替わりメニューを売り切った後、自分の屋台でも『カルボナーラ』を調理できるように段取りを整えれば、トゥール=ディンの負担を軽くすることができよう。


(いや、いっそのこと、その日は日替わりメニューをカレーにしてしまおうかな。幸いカレーも好評みたいだから、不満の声があがることもないだろうし……それだったら、ヤミル=レイのほうが先に『ギバまん』を売り切っても、カレーのほうを彼女にまかせて、俺がパスタに移行することができる)


 そのような戦略を練りたおすのも、俺にとっては楽しい仕事であった。


 じきに『ポイタン巻き』も完売の運びとなり、次いで、『照り焼き肉のシチュー』も底をつく。最後に残ったのはやはり『カルボナーラ』となってしまったが、それも営業時間が3時間を突破する頃には、無事に売り切ることができた。


「本当にすべて売り切ってしまいましたね。明日からはどうしましょう?」


 積まれた木皿を洗いながら、レイナ=ルウが問うてくる。

 料理は尽きてもまだ食堂で食べているお客さんがどっさり居残っているので、この間に後片付けを進める算段である。


「そうだねえ。おもいきって今日と同じ量を準備してもいいけど、でも、昨日の昼以上に客足はのびるのかな? 下準備のこともあるから、昼の仕事では営業時間も延長できないしね」


「そうですね。では、汁物だけでも同じ量を準備しましょうか? 余れば、それは晩餐で食べることにします」


「うん、それはおまかせするよ。それじゃあこっちは、余っても使い回せるような焼き物の献立にしようかな」


 料理の準備はレイナ=ルウとシーラ=ルウ、銅貨の管理はツヴァイが受け持ち、ルウ家のほうも立派に屋台の経営をこなしている。復活祭の期間はかなり手探りの部分があるので、その対応力は賞賛に値するだろう。


「それで3日後は、いよいよ城下町ですか。ヴァルカスにまみえるのはひさびさなので、とても楽しみです」


「そうだねえ。彼と一緒に仕事をしたのはダバッグに出向く前のことだったから……ざっと50日ぶりぐらいになるんだね」


 そしてその場には、もっとひさびさのティマロも登場する。レイナ=ルウたちは無関心であったが、城下町の作法をだいぶん知ることができた現在なら、また違った側面から彼の料理を分析できるのではないかと俺は期待していた。

 さらにもう一点、俺は頭の片隅に追いやられていた疑問も思い出す。


「そういえば、めっきりロイも姿を見せなくなってしまったね。彼はどこで何をやっているんだろう」


「さあ」とレイナ=ルウは眉をひそめる。


「あの者ももともと城下町の人間なのですから、姿を見せなくても不思議なことはないでしょう」


 しかし彼は、レイナ=ルウらのこしらえた『ギバのモツ鍋』に衝撃を受け、それからぱったりと姿を消してしまったのである。最後はちょっとレイナ=ルウと口論になるような形になってしまったし、俺としては気になるところであった。


「……あの者と話しているとわたしは妙に胸が騒いで自分の狭量さを思い知らされてしまうので、姿を見せないのならそれに越したことはない、と思えてしまいます」


「うん、そっか」


 このような時期にレイナ=ルウが精神的負荷を負うのも望ましくないことだ。この復活祭が無事に終わってから、ヤンのツテを辿ってロイの現状を突き止めてもらおうかなあと俺は内心で疑念を処理することにした。


「アスタ、レイナ、こっちはみぃんな片付いたわよぉ……あとは客が帰るのを待って、残りの皿を洗うだけだから、そっちの用事を片付けてきちゃえばぁ……?」


 と、屋台の後片付けを担当していたヴィナ=ルウがそのように言ってくれた。俺たちは、これから《ギャムレイの一座》の天幕に出向く予定なのである。


「ありがとうございます。でも、ヴィナ=ルウは本当にご一緒しなくていいんですか?」


「うん、これ以上人数が増えたら、ジザ兄が大変そうだしぃ……わたしは大人しく留守番をしてるわよぉ……」


 確かにまあ、今日も5名のかまど番およびターラが参戦する予定であるので、前回とあまり変わらぬ大人数である。リミ=ルウも当番ではなかったのに、前回のララ=ルウと同じ手段で仕事のメンバーに潜り込んでいたのだ。


「それじゃあお言葉に甘えて出発させていただきます。すでに森辺の民にとっては就寝の時間を過ぎていますしね」


「本当よぉ……あなたたちは、元気よねぇ……」


 そうして色っぽく「あふぅ……」とあくびをするヴィナ=ルウに見送られつつ、俺たちはジザ=ルウのもとに馳せ参じた。本日の護衛役を選定していただくためである。


「あちらに出向くのは、アスタ、レイナ、リミ、それにアマ・ミン=ルティムとスドラの女衆、野菜売りの娘、合計で6名か」


 ジザ=ルウは、考え深げに頬を撫でる。


「それでは護衛役は、俺とルドとアイ=ファと……ガズラン=ルティムにダン=ルティム、それにもう1名は――」


「ああ、ジザ=ルウよ、よかったらまた俺にその仕事を任せてはもらえぬか?」


 そのように言いだしたのは、ギラン=リリンであった。

 糸のように細い目でそちらを見返し、「うむ」とジザ=ルウは首肯する。


「貴方の力量ならば何も心配はない。では、こちらの護衛は任せたぞ、ダルム」


「ああ」


「今日も男衆と女衆が1名ずつで組となる。レイナに俺がつけば、残りは前回と同じ顔ぶれになるはずだな」


 確かに、ララ=ルウとシン=ルウのペアが不在で、シーラ=ルウがレイナ=ルウに入れ替わった格好なのだから、それで平仄は合うはずだ。


「野盗に襲撃される恐れはなくとも、決して油断はすまい。それでは、出発だ」


 そうしてその日の締めくくりとして、俺たちは再び夜の天幕へと出向くことになった。

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