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異世界料理道  作者: EDA
第十九章 太陽神の復活祭(上)
342/1675

暁の日④~見世物小屋の奇人たち~

2016.6/8 更新分 1/1

 総がかりで屋台の片付けをした後は、《ギャムレイの一座》への出撃であった。


 観覧希望者は、倍に増えた。前回も参加した俺とリミ=ルウとアマ・ミン=ルティムに加えて、ララ=ルウとシーラ=ルウとユン=スドラが名乗りをあげたのである。


 そして狩人はそれと同数が同行すべしという言葉がジザ=ルウによって告知された。

 それで選出されたのは、アイ=ファ、ルド=ルウ、シン=ルウ、ダン=ルティム、ガズラン=ルティム、ギラン=リリンの6名である。

 その全員が前回と今回の収穫祭で勇者の座を勝ち取ったメンバーであることから、ジザ=ルウがいかにこの別行動を警戒しているかはうかがえた。


 ちなみに、勇者としては唯一選出されなかったラウ=レイは不満そうな様子もなく他の狩人と言葉を交わしており、そして、シーラ=ルウはちょっと切なげな眼差しでダルム=ルウを見つめている。

 すると、にわかにリミ=ルウが「ジザ兄!」と元気な声をあげた。


「今日は、ターラも一緒に行くんだよね! だったら狩人ももうひとり増やしたほうがいいんじゃないかなあ?」


「……こちらは6名もいれば十分だ。連れていきたいのなら連れていけばいい」


「ありがとー! それじゃあ行こうよ、ダルム兄!」


「なに?」とルウ本家の次兄はいぶかしそうに末妹を振り返る。


「どうして俺なのだ? 俺は曲芸などというものに興味はない」


「そんなの、みんな一緒でしょー? 女衆はルウとルティムばっかりなんだから、男衆もできるだけそのほうがいいんじゃない?」


「……ふん、確かにお前たちのせいで眷族の手をわずらわせるのは道理にかなっていないな」


 ということで、ダルム=ルウの参戦が決定された。

 なおかつ、ジザ=ルウによって新たな命令も発せられた。


「ダルムよ、あのようにあやしげな場所に踏み込むのだから、最大限に注意を払え。女衆にはひとりずつの男衆がつき、組となるのだ」


 たぶんジザ=ルウは、この場の責任者としての使命をまっとうしようとしただけなのだろう。

 だけどおそらくリミ=ルウには、言葉以上の思惑があったに違いない。ジザ=ルウの言葉を耳にするなり、してやったりというような笑みを浮かべていたものである。


 ともあれ、俺たちは男女1名ずつのペアになることになった。

 俺とアイ=ファ、リミ=ルウとルド=ルウ、ララ=ルウとシン=ルウ、ガズラン=ルティムとアマ・ミン=ルティムの4組は最初から決定済みのようなものだ。


「やっぱりルウ家はルウ家とだよねー?」


 そのように発言するリミ=ルウは、悪戯小僧をとびこえて小悪魔にすら見えてしまった。

 何にせよ、シーラ=ルウとダルム=ルウで確定である。


 あとは顔馴染みということでダン=ルティムがターラを受け持つことになり、消去法でユン=スドラはギラン=リリンと組むことになった。


「スドラの家のユン=スドラと申します。大変なお手間をかけさせてしまいますが、どうぞよろしくお願いいたします」


「いえいえ、こちらこそ。わたしはリリンの家長でギラン=リリンと申します」


 深々と頭を下げるユン=スドラと、にこにこ笑っているギラン=リリンの組み合わせは、妙に微笑ましく見えてしまった。


「で、あのターラという娘はいつ来るのだ? 屋台にも顔を見せなかったし、ずいぶん遅いではないか」


 ダン=ルティムがそのように問うたとき、リミ=ルウが「来たー!」と飛びあがった。

 人混みの向こうから、見慣れた3名が近づいてくる。ターラと、2名の兄たちだ。


「遅くなっちゃってごめんねー? ちょっと色々あわただしくって!」


「申し訳ない。うちの家でも親族を集めて、祝いをあげていたので」


 それに関しては、事前に聞いていた。ダレイムにはダレイムなりの祝い方、というものがあるのだろう。


「ふむ? ドーラはどうしたのだ? このような場に姿を現さないのは珍しいではないか?」


「父は、すっかり酔いつぶれてしまいました。そんなに強くもないのに昼から飲んでいたのですから、当然ですね」


「何だ、情けない! いずれ飲み比べをしようなどと言っていたのは何だったのだ!」


 ガハハとダン=ルティムは大声で笑い、息子さんたちも楽しそうに微笑んだ。

 ダン=ルティムとドーラ一家に関しては、もはや通々の仲である。


「それでは妹をお願いします。……あの、俺たちもこの場で待たせていただいていいですか?」


 ドーラ家の長兄に呼びかけられ、ジザ=ルウは不審げに首を傾げる。


「別にかまわんが、おそらく貴方たちと縁のある者たちは、その大半がこの場を離れるはずだ」


「ならば、残られる人たちと縁を結ばせてもらいたいものです」


 ジザ=ルウはしばし沈思してから、ゆっくりとうなずいた。

 息子さんがたは、「ありがとうございます」と声をそろえる。


「あ、アスタたちは見世物小屋に行くんだよね? 危ないことはないだろうけど、他の客に銅貨をかすめ取られないように気をつけてねー」


 と、鉄板の熱気で汗だくになったユーミが、屋台のほうから声をかけてくる。

 そちらは俺たちより1時間遅れの開店であったし、あまり効率のよくないお好み焼きというメニューであったため、いまだ営業中であったのだ。


「うん、それじゃあまたあとでね。……ユーミを取り残すことになっちゃって申し訳ないけど」


「気にしないでいいってばー! アスタたちがいなきゃいないで、この客入りだもん!」


 他のギバ料理が尽きてしまったため、《西風亭》の屋台には長蛇の列ができてしまったのである。

 鉄板でポイタンの生地を焼きながら、ユーミは「にひひ」とルド=ルウばりのいい笑顔を見せていた。


「よし、それでは出発しましょう。ジザ=ルウ、またのちほど」


「ああ」


 居残り組は、屋台や荷車とともに同じスペースで待つ段取りである。

 夜の部でも全部を見回るのに半刻もかからないだろうが、今日は雑談をひかえて真っ直ぐ帰らねばな、と思う。


 そんなわけで、《ギャムレイの一座》の天幕だ。

 日没から1時間ていどが経過しても、客入りに変わりはないようだった。大混雑という様子ではないが、常にちらほらとお客はやってきている。占い小屋の屋台でも、3名ほどの若い娘が嬌声をあげながら順番を待っていた。


 明かりの灯された街道も、俺たちが閉店してしまったためかいくぶん人通りが少なくはなってきたが、それでも果実酒の土瓶を掲げて行き来している人々は多い。そんな中で、衛兵たちは退屈そうに立ち並んでいた。


「ふむ。これは確かに、あやしげですな」


 巨大な天幕を見上げながら、ギラン=リリンが楽しげに声をあげる。

 この中ではダン=ルティムに次ぐ年長者であるが、好奇心の度合いは若者たちに負けていないようだった。


 ともあれ、俺たちはまたリミ=ルウとターラを先頭に、天幕の中へと足を踏み込んだ。

 入口に、ガラスで炎を閉じ込めたカンテラのようなものが吊るされていたが、あとは夜闇に覆われてしまっている。

 数メートルの前方に同じ明かりが見えたので、俺たちはそれを目印に歩を進めた。


 数名の西の民が立ち止まり、受付の人間に銅貨を払っている。

 受付に立っているのは、小男ザンに吟遊詩人ニーヤという、ちょっと奇妙な取り合わせであった。


「おお、美しい人よ、ようやく俺に会いに来てくれたのだね!」


 と、アイ=ファの姿を発見するなり、ニーヤが喜びの声をほとばしらせた。

 たちまちアイ=ファの瞳が半眼に隠される。


「……吟遊詩人とやら、今はお前が店の人間であり、私が客の立場だ」


「ああ、ようやく声を聞かせてくれたね。まるでフルニヤの鳥の羽ばたきみたいに美しい声だ」


「……だからはっきり言わせてもらうが、お前は不愉快だ。その妙にねっとりとした声も、浮ついた言葉の内容も」


 ニーヤは一瞬きょとんとしてから、陶然と微笑んだ。


「ううん、その獲物を狙うガージェの豹のような眼光がまたたまらないね! 俺は人を骨抜きにするのが仕事なのに、こっちが骨を抜かれてしまいそうだ!」


 けっきょくアイ=ファは口をつぐむことになり、俺は脱力気味の吐息をつくことになった。

 こんなに浮ついた人間と相対するのは、それこそカミュア=ヨシュ以来のことであったかもしれない。


「銅貨をお支払いいたします。……ピノは仕事中ですか?」


「ピノ? ああ、天幕のどこかで誰かを手伝ったり邪魔したりしているはずだよ。あいつは存在自体が見世物みたいなもんだからねえ。暗がりで出くわしたら悲鳴をあげないようにお気をつけて」


 どうやらこの御仁の軽薄さは無差別で全方位に向けられるものであるらしい。

 俺たちは無言の小男の指し示す草籠に銅貨を投じ入れ、手ずから垂れ幕を引き開けることになった。

 先日も通った、雑木林の道である。

 間遠に明かりが灯されているが、それこそ夜の森にも負けない不気味な様相だ。


 先に入ったお客さんたちの姿はすでになく、突き当たりのほうから「ぎゃーっ!」という男の悲鳴が聞こえてきた。


「おう、黒猿めはまた同じ場所におるのかな。こいつは楽しみだ」


 ターラの背後を守ったダン=ルティムが愉快げに言う。

 七色の鳥や大亀に行方をさえぎられることなく、俺たちも突き当たりに到達することができた。

 そこで、リミ=ルウがはしゃいだ声をあげる。


「わー、ヒューイとサラだあ!」


 網目の縄の向こうで待ちかまえていたのは、黒猿ならぬ銀獅子と豹であった。

 だけどやっぱり初見の人間にとっては悲鳴をあげるに値する存在であっただろう。カンテラの炎だけが頼りの闇の中、2頭の巨大な獣がうずくまり、それぞれ双眸を燃やしているのだ。「ほほう」「うわあ」と俺たちの背後から声をあげたのは、どうやらギラン=リリンとユン=スドラのペアであるようだった。


 そこでダン=ルティムが、「ふむ」と縄の向こうに左手を突っ込む。

 たちまちヒューイとサラは黒猿にも負けない咆哮をあげ、俺たちを大いに驚かせた。


「何やってんの! ヒューイとサラを脅かしたらダメでしょー!」


「すまんすまん。本当に賢い獣だな、こやつらは」


 やはりこの2頭も、主人の命令なくして人間に反撃することは許されていないのだろう。

 それはともかく、ダン=ルティムの胆力と悪戯心には、リミ=ルウならずとも呆れるばかりである。


 そうしてひとしきり恐ろしくも美しい獣の姿を愛でてから、俺たちは道を折り返した。

 幕の向こう側からは、ひっきりなしに何らかの声が聞こえてくる。その大半はやはり見世物に驚いたお客の声であるようだったが、その他にも猛獣のうなり声や、あるいは動物とも人間ともつかぬ奇怪な雄叫びまでもが聞こえてきて、否応なく俺たちに期待と不安の気持ちを抱かせた。


 しかし、最初の間に到達するまでは、いかなる人間とも獣とも行き合うことはなかった。

 かつては獣使いシャントゥが待ち受けていた場所だ。

 垂れ幕を引き開けてその間に踏み込むと、中は無人であり、その代わりにぽつんと壺が置かれていた。


 高さは50センチほど、幅は40センチほどの、ころんとした壺である。シム風の奇怪な紋様が彫りこまれており、左右に輪っか状の持ち手がついている。蓋などはかぶせられておらず、口の中は真っ黒の闇だ。

 俺たちはその部屋に散開して、遠巻きにその壺を囲むことになった。


「察するところ、この中にも何か物珍しい獣が潜んでおるのかな」


 期待を込めた口調で、ダン=ルティムがつぶやく。

 すると、それに応じるように、壺がかたかたと震え始めた。

 まるで壺そのものが生きているかのように、小刻みに蠢動している。中の獣が動いているのだとしたら、ずいぶん絶妙なタイミングだ。


 が――その中に潜んでいるのは、獣などではなかった。

 壺の口の左右のふちに、いきなりにゅるんと10本の指が這い出してきたのである。

 これには、リミ=ルウやユン=スドラが悲鳴をあげることになった。


 その悲鳴を楽しむかのように、わさわさと指がのびてくる。

 それは細長くて節くれだった、人間の指であった。

 それも、こんなに小ぶりの壺であるのに、どう見ても成人男性の指先だ。

 壺のサイズと指のサイズの対比が、明らかに狂っている。


 それに、ぽっかりと空いた壺の中身が真っ黒に見えるのは何故なのか。

 たとえこれが大人みたいな指先を持つ幼児であったとしても、そんな奥底まで身体を縮められるわけはない。くどいようだが、その壺の高さは50センチていどしかないのだ。


 惑乱する俺たちの目の前で、その壺がころんと後ろに転がった。

 で、地面についた10本の指がまたわさわさと動き、壺を逆さまの状態にしてしまうと、そのままちょろちょろと動いて室内を徘徊し始める。


 悪夢のような光景である。

 あるいはこれは、人間そっくりの指先を持つヤドカリみたいな生き物なのだろうか。


「何なのだ、これは? 壺を叩き割ってみるべきではないか?」


 ダルム=ルウが険悪な声でつぶやくと、またそれに応じるように、壺がぴたりと動きを止めた。

 そして、また何人かの女衆に悲鳴をあげさせる。

 下側になった壺の口から、今度は人間の腕が生えのびてきたのである。


 骨ばった指先から手の甲、手首、前腕部、と骨ばった男の腕がにゅるにゅるとのび、それにつれて、壺は高く持ち上がっていく。

 そうして肘までがあらわになったところで、ばさりと黒いものが垂れ下がった。

 まるで壺の中身の暗黒がぶちまけられたかのようだった。


 しかしそれは、黒褐色の長い髪であった。

 それに続いて、今度は痩せ細った人間の顔が生えのびてくる。

 逆さになった壺の口から、人間の肘から先と首だけが飛び出た格好になった。


 これまた悪夢のような光景だ。

 俺たちの斜め後方で、誰かが息を呑んでいる気配がする。


 そうして壺はまた後方に倒され、そこから残りの部位がずるずると這い出してきた。

 闇色の長衣を纏った、痩せぎすの男である。

 男は虚ろな無表情のまま、ゆらりと立ち上がった。


 痩せてはいるが、背は高い。ガズラン=ルティムと同じぐらいはあるだろう。

 これは先日、受付に立っていたディロという男だ。

 黒褐色の髪で半ば顔は隠されてしまっているが、この東の民めいた長身痩躯は間違いない。


「……《ギャムレイの一座》にようこそおいでくださいました……私は夜の案内人、壺男のディロと申します……」


「ものすごい芸だな! お前のように細長い男が、こんな小さな壺の中でどのように身体を折りたたんでいたのだ!?」


 ダン=ルティムが率直に問うたが、もちろんそれに答えが得られることはなかった。

 まあ……俺の故郷でも、似たような芸は存在した気がする。関節を外したり何だりで、大の男がこのような壺に収まることは可能なのだろう。中身が真っ黒に見えたのは、きっと髪の毛か衣服でそのように見せていたのだ。この暗がりでは、そのように錯誤してもしかたがない。


 しかしそれにしても、この人物は長身に過ぎ、そして雰囲気があやしげに過ぎた。

 実はシムの魔法で亜空間に身を潜めていたのです、と説明されても信じてしまいたくなるほどであった。


「ここから道はふたつに分かれております……右の扉は騎士の間、左の扉は双子の間……お客人は、どちらの運命をお選びになりましょう……?」


「ふむ。騎士というのは武人のことだな? 俺はそちらに興味をひかれるが、みなはどうであろう?」


 何だか一番はしゃいでしまっているダン=ルティムがそのように呼びかけてくる。

 とりたてて他に意見はなかったし、俺もあの奇妙な甲冑男は見てみたかったので同意することにした。


 壺男ディロはゆったりうなずきつつ、垂れ幕のひとつを引き開けた。

 その向こうに広がるのは、また内幕にはさまれた雑木林の道だ。

 そこに全員が足を踏み込んだとき、閉ざされた垂れ幕の向こうから女性の悲鳴が聞こえてきた。

 おそらくは、ディロが壺の中に戻ろうとしている最中に、次のお客が踏み込んできたのだろう。それはそれで、悪夢のような光景であるに違いない。


「ターラはあんまりびっくりしてなかったねー? あの人のこと、知ってたの?」


「うん、あの人は去年にもいたから。でも、何回見ても不思議だよー」


 暗い道を歩きながら、リミ=ルウとターラがぼしょぼしょ言葉を交わしている。べつだん声をひそめる必要はないのだが、たぶん場の空気にあてられているのだろう。


 それからシン=ルウがララ=ルウに「大丈夫か?」と問うている声も聞こえてきた。

 俺の視力では、この状態で13名もの仲間たちの居場所を把握することはできそうにない。アイ=ファの凛然とした横顔を見つめつつ、ジザ=ルウの提案は実に正しかったのだなあと思い知ることができた。


「んー? 何か人間が争ってる気配がするな」


 と、ダン=ルティムとともに先頭で最年少コンビを守護しているルド=ルウがつぶやいた。


「でも、殺気は感じられねーな。あれも見世物か」


 騎士というだけあって、やはり武芸に関する見世物なのだろうか。

 慎重に歩を進めていくと、やがて俺にも騒乱の気配が伝わってきた。

 何か固いものを打ち合わせる音色や、どしんっと重いものが倒れるような震動が、闇の向こうから響いてきたのだ。


 そうして、唐突に視界が開けた。

 今度は幕で仕切られた部屋ではなく、雑木林の中にぽっかりと空いた空き地であった。

 そこで、怪力男ドガと甲冑男ロロが相争っていたのだ。


 俺たちは、可能な限り横に広がって、彼らの闘いを見守った。

 ドガは図太い棍棒をかまえており、ロロは木剣をかまえている。

 が、2メートルを超える怪力男に対して、甲冑男はいかにも頼りなかった。

 身長はせいぜい俺ぐらいしかないし、全身を革の甲冑に包んでいるにも拘わらず、妙にぽきぽきとした細っこいシルエットをしている。何だか木でできた人形のような風情である。


 そんなロロが、かくかくとした動きでドガに斬りかかる。

 地に足のついていない、実にユーモラスな動きであった。

 その頼りなげな木剣の斬撃を、ドガは無造作に棍棒で弾き返した。

 そして、巨象のごときその足で、ロロの土手っ腹をおもいきり蹴りぬく。


 ロロは2メートルばかりも吹っ飛んで、そのままぐしゃりと崩れ落ちた。

 崩れ落ちたと表現するに相応しい有り様だ。本当にこれは芸なのかと心配になるほどである。


 俺たちが無言で見守る中、ロロはカタカタと震え始めた。

 その細腰が、くいっと持ち上がる。

 うつぶせで尻だけを宙に持ち上げた、滑稽な姿だ。


 そうして生まれたての小鹿のごとく震えながら、力なく身を起こしていく。

 下半身は立ち上がり、頭だけが地についている、何だか不自然きわまりない体勢になった。

 それから両腕が持ち上がっていき、それに引っ張られるようにして上半身も上がっていく。


 何やら様子がおかしかった。

 立ち上がったのに、身体に芯が通っていない。

 あらゆる関節が力なく折れ曲がっており、首もななめに傾いでいる。よく見ると、右足はかかとしか地面につけておらず、左足はつま先しか地面につけていなかった。


 そのままロロは、カタカタとドガに向かって歩き始めた。

 全身の関節が外れてしまい、手足につけられた紐で上から操られているかのような動きだ。いっさい素肌の見えていない姿なので、それこそマリオネットそのものに見えてしまう。


(ああ、もしかしたら、そういう芸なのかな?)


 そのユーモラスな挙動のまま、ロロは再びドガに斬りかかった。

 ドガはやっぱり無造作にその木剣を弾き返す。


 するとその勢いに押される格好で、ロロはぐらりと倒れかかった。

 が、途中で一時停止のボタンを押されたかのように、倒れかかった姿勢でぴたりと硬直する。

 片足は浮いており、腰はななめに折れ曲がっており、首はだらんと下がっている。

 普通はそんな格好で静止することはできないだろう。やっぱり糸で吊られた人形としか思えぬ不自然さだ。


(いわゆるパントマイムってやつか)


 たっぷりと間を取ってから、ロロは姿勢を立て直した。

 で、またカクカクとドガに襲いかかる。


 ドガは棍棒で、その細っこい身体をなぎ払った。

 ロロは再び吹っ飛んだが、今度は地面に崩れ落ちず、また不自然な体勢で静止する。

 そして、再びの突撃だ。


 こっそりみんなを見回してみると、リミ=ルウやターラは楽しそうに瞳を輝かせており、ルティム夫妻はゆったり微笑み、その父は目を丸くしている。ルド=ルウは片眉を吊り上げて、ユン=スドラは驚きに目を見張り、ギラン=リリンは満面の笑みだ。ララ=ルウは興奮しきった様子でシン=ルウの腕を取り、シン=ルウはきょとんとした表情になってしまっている。


 そこで、シーラ=ルウと視線がぶつかった。

 シーラ=ルウは、穏やかに微笑んでいた。


 で、俺と彼女の相棒は、ふたりそろって眉根を寄せて、スペースシャトルに出くわした野生動物みたいに困惑と不審のいりまじった眼差しになってしまっていた。

 目の前の光景をどう解釈したらいいのか決めかねているような表情、とも言える。


 ともあれ、大いに驚き、甲冑男ロロの芸に引き込まれているのだろう。俺だって、パントマイムという概念を持っていなかったら、アイ=ファたちと同じぐらい度肝を抜かれていたかもしれなかった。

 これを滑稽な喜劇と解釈した人々は素直に楽しみ、奇怪な体術と解釈した人々は驚いたり困惑したりしている。全体的には、そんな印象であった。


 などと余裕をかましていたところに、いきなり獣の咆哮が轟く。

 その場にいる半数はびくりと首をすくめ、残りの半数は刀の柄に手をかけた。


 黒くて巨大な影が落下してきて、ロロとドガの間に立ちはだかる。

 ヴァムダの黒猿だ。


 突如として登場した黒猿は、双眸を真っ赤に燃やしながら、その巨大な手の平でロロの頭をわしづかみにした。

 そうしてそのまま、ロロの身体を高々と吊り上げてしまう。


 ロロはカクカクと、あまりに哀れみをさそう動作で手足を振り回した。

 黒猿は、ドガよりも逞しい腕を振り上げて、ロロの身体を虚空に投げつける。


 ロロの身体は冗談みたいに軽々と宙を舞い、ひときわ太い木の幹に叩きつけられたのち、地面に落ちた。

 黒猿は両手の拳を地面につき、図太い首をのけぞらして、また咆哮する。


 その咆哮が鳴り止むと、ぞっとするような静寂が満ちた。

 いつのまにか、ドガは姿を消してしまっている。

 ロロはゴミクズのように動かない。

 黒猿は、赤い瞳で俺たちをにらみ回してきた。


 すると――かたん、とかぼそい音色が響いた。

 ロロが身じろぎをして、甲冑が鳴る音であった。


 黒猿はうっそりとそちらを振り返る。

 俺たちもそちらに視線を差し向けた。


 ロロが、カクカクと立ち上がっていた。

 さっきと同じく、滑稽でユーモラスな動きだ。

 で、また木剣を振り上げて、よたよたと黒猿に突進していく。


 その木剣に頭をこづかれると、今度は黒猿が地面に倒れふした。


「イヨオオォォォォ――ワアアァァァオオォォォォ――!」


 と、機械音のような金切り声が響き渡る。

 ロロが木剣を振り上げて、勝利の雄叫びを轟かせたのだ。

 俺たちが幕ごしに聞いていたのは、どうやらこの奇怪な雄叫びであったらしい。


「……騎士王ロロの芸でございました」


 木の陰から、ドガがぬうっと巨体を現す。

 そのごつい手には、棍棒の代わりに草籠がたずさえられていた。


 同時に、ひゅうっと口笛が響き、黒猿がむくりと身体を起こす。

 カクカクと勝利の舞を踊っているロロを尻目に、黒猿は何事もなかったかのように木の上へと駆けのぼっていった。


「いやあ、驚かされました。みなさん、すごい芸ですね」


 俺たちは、おのおの懐から銅貨の袋を取り出した。

 満足したなら4分の1サイズの割り銭、大満足なら半分の割り銭、満足できなかったのなら支払う必要はなし、という相場をターラから聞いていたので、各自がそれに従って銅貨を投じ入れる。狩人たちは銅貨を持ち歩いていないので、同じ家の女衆が代わりに支払う格好だ。


「申し訳ないが、俺の分を出しておいてもらえるかな? それを返すまではこの牙を預けておくので」


 と、同じ家の連れがいなかったギラン=リリンまでもがそのように述べて、ユン=スドラから銅貨を借りていた。


「次なるお客人が参るようですので、どうそお進みください。あちらが、次なる間となります」


 ドガの指し示す方向に、俺たちはぞろぞろと歩を進めた。

 幕は張られていないが、よく見ると木の間に縄が張られて、さりげなく道を作っている。で、あちらこちらにカンテラが吊るされているので迷うことはなかったが、ここが天幕のどのあたりなのかはすっかりわからなくなってしまった。


「あれがジャガルの黒猿か。確かに凄まじい力を持つ獣であるようだ」


 そのようにつぶやいているのは、ダルム=ルウである。

 その隣を歩いているのであろうシーラ=ルウが、それに答える。


「本当に驚いてしまいました。てっきりわたしたちまで襲われてしまうのではないかと……」


「馬鹿を抜かすな。あれだけ吠えても、あの黒猿はまったく殺気を放っていなかった」


 もっと優しく受け答えしてあげればいいのにな、と俺は内心でひとりごちた。

 が、「そうなのですか」と応じるシーラ=ルウの声は、むしろ普段よりも弾んでいるように感じられた。


 どれもこれも、森辺の民には新鮮な体験であることだろう。

 意中の相手とともにあれば、なおさら幸福な気持ちを得られるはずだ。

 アイ=ファの取りすました横顔を盗み見ながら、俺はこっそりそのように考えた。


「おやァ、ようこそおいでなさいましたァ」


 と、いきなり頭上から声が降ってきたので、俺は悲鳴をあげそうになってしまった。

 見上げると、茂みの中から童女の白い面が逆さまに覗いている。


「び、びっくりしたなあ。そんなところで何をやってるんですか?」


「何か悪さをしたり困ったりしている人間がいないか、アタシが見回ってるんでさァ。中には道を外れちまうお客サンもいらっしゃるもんでねェ」


 逆さまの状態で、ピノはにいっと唇を吊り上げる。


「こちらの道から来たってことは、双子たちじゃなくぼんくら騎士の芸をお選びになったんだねェ。この先は、いよいよ座長たちの間ですよォ」


 それだけ言い残して、ピノは茂みの中に消えてしまった。

 どうやらクライマックスも近いようだ。

 俺たちは、連れだって闇の向こうへと足を踏み出した。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 今更ながら書籍を読み直してて気になったのですか、 地面についた10本の指がまたわさわさと動き、壺を逆さまの状態にしてしまうと 指の力強すぎない?
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