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異世界料理道  作者: EDA
第十九章 太陽神の復活祭(上)
340/1675

暁の日②~ギバの丸焼き~

2016.6/6 更新分 1/1

 そうして太陽は中天に至り、ギバの肉もキミュスの肉も無事に焼きあげられることになった。


「お待たせしました! どうぞご自由にお持ちください!」


 俺がそのように呼びかけると、街道にひしめいていた人々がものすごい勢いで群がってきた。

 ユーミが言っていた通り、その頃にはもう普段以上の賑やかさで大勢の人々があふれかえっていたのだ。


 南や東からの旅人たち、あるいは同じく他の町から流れてきた西の民たち――そして、商いを休みにしたジェノス在住の人々である。

 すでに果実酒がふるまわれているので、人々はみんないつも以上に陽気であった。

 街道のあちこちからは、「太陽神に!」という声がいつまでもやまずに響いてきている。


『ギバの丸焼き』が焼きあがった後は火鉢の始末をして、穴のない天板を屋台にセットし、それが汚れぬようゴヌモキの葉を敷きつめて作業台とした。そうして鉄串と肉切り刀で焼きたての肉を切り分けていくのだが、トゥール=ディンとふたりがかりで作業の手を進めても、大皿に載せた肉は次から次へと消えていってしまった。


 人々は、木皿や木匙や鉄串などといったものを各自で持参してきている。どうやらキミュスの肉は丸焼きばかりでなく汁物としてもふるまわれているようで、歩きながら木皿の汁をすすっている人々もちらほらと見受けられた。


 普段はギバ料理を購入したお客さん限定で使用していただいている青空食堂も、今日は無制限で解放していた。

 そこに陣取った人々が、大声で祝福の声をあげたり、あるいは俺の知らないこの世界の歌などを歌っている。きっと太陽神を讃える歌なのだろう。勇壮でありながら、どこか牧歌的な、不思議な郷愁感に満ちみちた旋律であった。


「みんなのほうも大丈夫かな?」


 左右の屋台に呼びかけると、「はい!」という元気な声が返ってくる。

 レイナ=ルウはリミ=ルウの屋台に、シーラ=ルウはララ=ルウの屋台について、ふたりがかりで焼いた肉の解体につとめてくれていた。

 肉はやわらかく焼きあげられており、骨からも簡単に外すことができる。が、熱くて直接手を触れられないために、非常に難易度があがってしまうのだ。


 だけどやっぱり、炙り焼きにした肉は文句なく美味そうであった。

 腹に詰めておいた野菜たちも、水分が抜けつつ、しっとりと焼きあがっている。とりわけチャッチやサトイモに似たマ・ギーゴなどはほくほくに仕上がっており、ルド=ルウならずとも垂涎を禁じ得ないところであろう。


「やあ、やっぱりすごい騒ぎになっているね、アスタ」


 と、そのように呼びかけられたので顔をあげると、ドーラの親父さんが笑顔で立っていた。

 その背後には、ターラばかりでなくふたりの息子さんや奥方たちの姿も見える。


「馴染みの宿屋には野菜を届けたから、今日の仕事はもうおしまいだ。あとはぞんぶんに楽しませていただくよ」


 よく見れば、すでに親父さんの顔も酒気に染まっていた。

 そこに、街道で騒いでいたダン=ルティムも戻ってくる。


「おお、ドーラではないか! ずいぶん遅い到着であったな!」


「やあ、ダン=ルティム。太陽神に!」


 ふたりは木皿と酒盃を打ち鳴らし、それをがぶがぶと飲みくだした。

 昨晩以上に、楽しげなご様子である。


「アスタ、俺も腹が空いてしまったぞ! ギバの肉を取り分けてくれ!」


「はい。きちんとダン=ルティムの分は残してありますよ」


 俺は手付かずにしておいた右半身のあばら肉を切り分けていった。

 骨は外さず、それを大皿に並べていくと、それはダン=ルティムとドーラ一家の人々の手に渡った。


 まだ30分とは経っていないのに、すでに子ギバの身体は7割がたが骨がらと化していた。

 もとは30キロで、水分と脂分の抜けた現在は22、3キロに減じてしまっていただろうが、それにしてもルウ家での祝宴にも劣らぬハイペースだ。左右の屋台でも、俺よりは切り分けに苦労してやや遅めのペースになっていたが、それでも半分がたは食べられてしまったようだった。


「本当にすごい賑わいだな。宿屋の区域も賑わっていたが、屋台の区域ではこの北端が一番の賑わいだと思う」


 上のほうの息子さんが、穏やかに笑いながらそのように言ってくれた。

 ターラはリミ=ルウの屋台に駆けつけて、そこから受け取った肉をユーミの屋台に届けてくれている。


 本当に、普段以上の騒がしさであった。

 街道が、人間で埋めつくされてしまっている。これならば、森辺の祝宴にも負けぬ熱気と評することができるだろう。


 ときおり酔漢同士で取っ組み合う者たちもいたが、そういった騒ぎもすぐに衛兵たちによって収められてしまう。衛兵の巡回も強化されており、普段以上の人数が出張ってきているのだ。


「おやおや、すっかり乗り遅れちまったねェ。アタシらの分は残っているかい?」


 と、そこに《ギャムレイの一座》までもが姿を現した。

 軽業師のピノ、怪力男のドガ、笛吹きのナチャラ、獣使いのシャントゥ、それにまだどのような芸を持っているか明かされていない長身の男ディロ、という5人連れだ。


「いらっしゃいませ。なんとかまだ残っておりますよ」


「そりゃ嬉しい。とりわけ美味しいとこを頼むよォ」


「了解しました。他の方々はいらっしゃらないのですか?」


「ああ、人前でものを食べるのを嫌がったり、芸人のくせに賑やかなのを嫌がったり、偏屈ものが多くて難儀なんだよォ。ま、あんな連中は暗がりで干し肉でもかじらせときゃいいのさァ」


 13名中の8名までもがそんな偏屈ものなのだろうか。

 そういえば、芸人のわりには内向的であったり陰気であったりする人間のほうが多いような気がしなくもない。


「おお、お前さんは獣使いとかいう老人だな! あの愉快な獣たちは一緒ではないのか?」


 親父さんと酒を酌み交わしていたダン=ルティムがそのように呼びかけると、シャントゥはそのしわぶかい顔に朗らかな笑みを浮かべた。


「あのものたちを天幕の外に出すと、衛兵たちに叱られてしまいますでな。あちらで焼いていないキミュスの肉をかじっておりますよ」


「それは窮屈な生活で気の毒なことだ! あのように力にあふれた獣たちであるならば、もっと広々とした場所で駆け回りたく思うだろうに!」


「町にいる間はしかたありませぬ。旅の途中では余人を脅かさないていどに自由を与えておりますよ」


 本当にダン=ルティムの社交性というのは大したものであった。

 いっぽうルド=ルウやラウ=レイなどはジザ=ルウの目もあるためか、屋台から離れずに大人しく街道の様子をうかがっている。それでもときおり道をゆく人々が声をかけてくるようで、ルド=ルウは楽しげに笑みをこぼしていた。


 その後は、ギバ肉を堪能したピノたちによって楽器が持ち出され、人々を大いに喜ばせた。

 シャントゥの代わりに小男ザンと双子らが現れて、異国的な楽音が奏でられる。その何曲目かで太陽神を讃える曲が演奏されると、人々は声を合わせてそれを唱歌した。


「いやあ、しかし、ギバの肉というのはこれほどに美味いものであったのだな!」


 と、残りわずかになってきたギバ肉をかじっていた人々のひとりが、そのように声をあげてきた。

 象牙色の肌をした、西の民の一団のひとりだ。


「俺たちは昨日の夜、ジェノスに到着したんだ。宿屋で評判になっていたのでこちらに出向いてきたのだが、いや、実に驚かされた」


「そうですか。普段は昼から屋台を開いていますし、今日みたいな祝日には夜にも店を出しますので、よかったらお越しください」


「ああ、俺たちは半年ほど前にもジェノスを訪れていたんだよ。その頃から、ギバの料理の屋台が出ていることは知っていた」


 金属製の大きな酒盃を掲げつつ、その御仁はにこやかに笑った。


「そのときは、ギバの肉など食えるものかと素通りしてしまったのだが、こいつは俺たちのほうが浅はかだった。今日の夜にも店を出すなら、さっそく寄らせていただくよ」


「はい、ありがとうございます」


 これが初めてのギバ料理、という人々も少なくはないのだろう。見ると、レイナ=ルウやシーラ=ルウたちもいつも以上に人々から声をかけられている様子であった。


「本当に、すごい賑わいなのですね、宿場町の復活祭とは」


 と、今度は背後から呼びかけられる。

 ずっと静かに俺たちの行状を見守ってくれていた、ガズラン=ルティムである。


「そして、西の民たちの様子にも驚かされてしまいます。私も宿場町に下りるのはずいぶんひさびさであったので」


「ええ。このあたりには森辺の民を恐れない人々しか来ないでしょうから、余計そのように思えるでしょうね」


「そうだとしても、これだけの狩人がそろっているのに、ほとんど恐怖の目を向けられないというのは、これまででは考えられなかったことです。父ダンなど、まるで町の民の一員のように馴染んでしまっているではないですか」


「それはダン=ルティムのお人柄の素晴らしさだと思います」


 俺は思わず笑ってしまい、ガズラン=ルティムもゆったりと微笑んだ。

 そんな俺たちの背後では、ジザ=ルウとスフィラ=ザザが立ち並んでいる。

 彼らはいったいどのような気持ちでこの光景を見守っているのだろう。

 そして彼らの父親たちもまた、森辺の集落でどのような思いを胸に抱きつつ、彼らの帰りを待っているのか。


 より豊かな生活を得るために、森辺の民はジェノスの町でギバの肉を売るべきだ――俺とアイ=ファが提示したその言葉の是非が問われるのは、次の家長会議においてである。

 その裁定の日が訪れるのも、はや半年後に迫っているはずであった。


                    ◇


「それでは、森辺に帰りましょう」


『ギバの丸焼き』は、下りの一の刻を待たずして、一片の肉をあまらせることなく、町の人々に食べつくされることになった。

 もう少しこの祭の雰囲気を楽しみたい気持ちもあったが、夕刻にはまた宿場町を訪れるのだし、そのための準備も進めなくてはならない。

 それに、露店区域から《キミュスの尻尾亭》に引き返す道行きでも、祭の雰囲気を楽しむことはできた。


 ドーラ家の長兄が言っていた通り、露店区域でもっとも賑わっていたのは俺たちの屋台の周辺であったようだが、それでもまばらに出店された屋台には人だかりができている。で、そこを越えて宿屋の区域に到着すると、いっそうの賑やかさを目の当たりにすることがかなったのだった。


 たいていの宿屋では、店の外に椅子や卓が出されて、そこで騒いでいる人たちがいた。宿のかまどで焼かれたキミュスが、次から次へと屋外の卓に供されるのだ。この日のためだけに、いったい何羽のキミュスがしめられたのか、俺には想像もつかなかった。


 そして宿屋の軒先には、普段には見ない赤色の旗が飾られていたりする。それもまた太陽神を祝福する町の民の習わしなのだろう。通りには焼かれた肉と果実酒の香りがあふれかえり、町全体が酩酊しているかのようだった。


 そんなとてつもない騒ぎであったので、3つの屋台と2台の荷車を引いた俺たちの姿も、そこまで注目を集めることはなかった。

 ただしそれでも、刀を下げた狩人が7名ばかりも同伴しているので、過敏に反応する人々が皆無であったわけではない。ぎょっと立ちすくんだり、果実酒の土瓶を取り落としそうになったり、という人々は一定数存在した。


 そんな中で、一瞬だけ緊迫した空気がよぎったのは、人混みを駆けていた幼子たちがジザ=ルウにぶつかりそうになったときであった。

 むろん、ジザ=ルウはぶつかる前に回避したのだが、その俊敏な動作に驚いた幼子のひとりが、はずみで転倒してしまったのだ。


 ジザ=ルウは、糸のように細い目でその幼子を見下ろした。

 笑っていなくても笑顔に見えるジザ=ルウである。が、身長は180センチを超えており、筋骨隆々たる体格で、狩人の衣を颯爽と纏っている。地べたに転がった幼子の視点では、俺から見た大男ドガ以上の威圧感であったに違いない。


 結果として、その幼子は恐怖に顔を引き歪めることになった。

 その小さな口から泣き声が放たれようとした瞬間、それを背後から抱きかかえたのはルド=ルウであった。


「お前、走るんだったらちゃんと前を見ろよ。トトスに蹴られたら大怪我しちまうぞ?」


 涙をためた目で、幼子がルド=ルウを振り返る。

 ルド=ルウはいつもの調子で白い歯を見せて、その頭をくしゃくしゃにかき回した。


「男がこれぐらいのことで泣くなよー。どっか痛めたのか?」


「あー、膝をすりむいてるね。血が出てるじゃん」


 と、屋台から離れたララ=ルウも幼子の前にかがみ込む。

 そのとき、人混みをかきわけて壮年の女性が駆けつけてきた。


「あ、あ、あの、それはあたしの子でして……」


「そっか。膝を怪我しちまったみたいだから、悪い風が入る前に手当てしてやりなよ」


 ルド=ルウはそちらにも笑いかけた。

 森辺の民としても、格段に魅力的な笑顔を持つルド=ルウである。その女性は青ざめた顔のままつられたように泣き笑いの表情になり、我が子をその手で抱きすくめた。


「お前らも、追いかけっこがしたいならもっと広い場所でやれよー?」


 立ちすくんでいた他の幼子たちにルド=ルウが呼びかけると、その子らもはにかむように微笑した。


 俺はほっと安堵の息をつきながら、また屋台を押して前進し始める。

 ルド=ルウは頭の後ろで手を組んでてくてくと歩き、ジザ=ルウはその小さな姿をじっと見つめている気がした。


「わあ、マス家の宿屋もすっごく賑わってるねー?」


《キミュスの尻尾亭》が近づいてくると、リミ=ルウがそのように声をあげた。

「マス家」というのは馴染みのない呼び方だが、まあ間違ってはいないのだろう。リミ=ルウたちにしてみれば、氏を持たない他の西の民たちのほうが不思議な存在なのかもしれない。


 ともあれ、《キミュスの尻尾亭》もぞんぶんに賑わっていた。

 宿屋は、よほど主人がぐうたらでない限り、ジェノス城からキミュスと果実酒と銅貨を賜り、それを人々にふるまう役を担っているのである。ここでも道に卓や椅子が出されて、おもに西の人々が楽しげな声をあげていた。


「おお、アスタたちはもうギバ肉をさばききっちまったのか? お疲れさん!」


 そのように呼びかけてきてくれたのは鍋屋のご主人であり、その向かいに座っているのは布屋のご主人であった。ドーラの親父さんの紹介で屋台のオープン時からおつきあいのある、最古参の常連さんたちである。


「あのギバ肉はまた格段に美味かったな! 他の連中に悪いからひと切れしかいただかなかったけど、できれば腹いっぱい食べたかったぐらいだよ!」


「ありがとうございます。『中天の日』には、またどうぞ」


「もちろん行くよ! ああ、ルウ家のみんなもお疲れさん!」


 常連さんたちであれば、ある時期からギバ料理の屋台がファ家とルウ家でのれん分けされたことをわきまえている。顔馴染みのレイナ=ルウたちも、笑顔でご主人たちに挨拶を返していた。


「ああ、アスタ。それにレイナ=ルウも、お疲れさまでした」


 と、宿の中から料理を持ち出してきたテリア=マスも、笑顔で俺たちを出迎えてくれた。

 大きな木皿に載せられているのは、やはりキミュスの丸焼きであり、そしてそこからはタウ油とミャームーの甘辛い香りが漂っていた。


 ユーミたちなどの屋台では、ただ塩漬けの肉が丸焼きにされているばかりであったが、宿屋で供される丸焼きにはそれぞれの工夫が凝らされているようだった。

 その材料費は自前となってしまうのだろうが、そこで差をつけることがきっと宿屋の営業活動に当たるのだろう。果実酒もきちんと酒盃に移されて、果汁などで割られている様子であった。


「さきほどジャガルのお客さんにギバの肉は出していないのかと問われてしまいました。どうやら《南の大樹亭》では、キミュスとともにギバの肉をふるまっていたようですね」


「え? もちろん銅貨は取らずに、ですよね」


「はい。そのおかげでたいそうな賑わいであったようです」


 俺たちと同じようにギバ肉までをも無料でふるまって、《南の大樹亭》の名を人々にアピールした、ということか。

 やはり商魂のたくましさでは、ナウディスが頭ひとつ抜けているようである。


「申し訳ありませんが、屋台は倉庫の前に置いておいていただけますか? 手が空いたら片付けておきますので」


「了解しました。それではまた夕刻に」


 そうして俺たちは屋台を返却し、一路、森辺の集落を目指すことになった。

 集落に帰りついたのは、下りの一の刻を少し回ったぐらいで、今日という長い一日はまだまだ終わらない。ここから夕暮れ時までは、ひたすら屋台と宿屋の料理の下準備だ。


 復活祭に入ってから、宿屋に卸す料理はローテーションで手分けすることになっていた。

 今日で言うと、ファの家が《玄翁亭》の料理を受け持ち、ルウの家が《キミュスの尻尾亭》と《南の大樹亭》の料理を受け持つことになる。一日置きに、どちらかが二店舗を受け持つ、という格好だ。


 やはり三店舗分をまとめて受け持つというのは相当の労力なので、復活祭が終わってもこのローテーションを保つべきなのではないのかなと俺は考えていた。


 ともあれ、作業開始である。

《玄翁亭》に卸す『ギバのソテー・アラビアータ風』が60食分、屋台で使う『ポイタン巻き』が160食分、『ギバとナナールのカルボナーラ』が200食分、日替わりメニューの『タラパ煮込み』が120食分、以上を作製し、余った時間にはまたカレーの素とパスタの仕込みも進めなくてはならない。


 だけどまあ、この中で『ポイタン巻き』と『ギバとナナールのカルボナーラ』は現地で仕上げるメニューなので、どうにかなるだろう。焼きポイタンの作業は居残り組のかまど番たちに一任していたし、『ポイタン巻き』のタレは昨日の内に作り終えている。なので、準備に手間のかかるパスタはこれまで通りの数におさえつつ、『ポイタン巻き』と日替わりメニューは20食分を上乗せすることに定めたのだった。


 ちなみに『タラパ煮込み』というのは、イタリア風の煮込み料理であった。

 本日はルウ家のメニューが『ギバのモツ鍋』と『ミャームー焼き』であったので、タラパかぶりする恐れもない。ということで、俺も大々的にタラパ料理を扱うことにしてみたのである。


 ベースとなるタラパソースは昔ながらのレシピにさらなる改良を加えたもので、アリアとミャームーのみじん切りをレテンの油で炒めたのち、タラパと果実酒をあわせて煮込み、塩とピコの葉で味を整える。隠し味にはタウ油と砂糖を使い、それにシムの香草でもっともバジルに近いように思えるものもつけ加えていた。


 肉の部位はバラとモモで、60グラムずつの見当で大きく切り出している。塩とピコの葉で下味をつけたのち、表面だけを焼いて、あとはソースで煮込むのだ。

 野菜はアリアとティノとネェノン、ロヒョイとマ・プラとチャン、という『照り焼き肉のシチュー』にも負けない大盤振る舞いである。

 さらに特筆するべきは、皿に盛った後、ギャマの乾酪を挽いたものを添加する予定でいる。


 タラパ主体の料理というのは、古くはルティムの祝宴で供したシチュー、そして屋台の最初のメニューである『ギバ・バーガー』の時代から研鑽を積んできたものであった。

 不慣れな道具で、未知なる食材を使い、試行錯誤しながら調理を続けてきた俺にとって、もっとも馴染みの深いメニューでもある。


 レイナ=ルウたちは、そんなタラパのソースをベースにして、『照り焼き肉のシチュー』という素晴らしい料理を考案した。

 それに刺激を受けた俺は、現時点での全身全霊で、自分のベストとも思えるタラパソースを作りたい、という欲求にとらわれてしまったのだった。


 それでも、これを食したお客さんたちが翌日にルウ家のシチューや『ギバ・バーガー』を食したとしても、物足りないと感じることはないだろう。

 そのように信じたからこそ、俺も手加減ぬきで自慢の料理を提供できるのである。


 俺にとっては、もはやレイナ=ルウやシーラ=ルウだって、マイムやヴァルカスに負けないぐらい、見過ごせぬ存在であるのだ。

 自分にできる最高の料理を作って、みんなと切磋琢磨したい。

 そのように思いながら、俺はその日も懸命に仕事に取り組んだ。


「……楽しそうだな、アスタよ」


 と、鉄鍋の中身を煮詰めていたところで、アイ=ファにそのように呼びかけられる。

 荷運びの他には為すこともないアイ=ファは、さっきからかまどの横に座り込んで、じっと俺の働く姿を眺めていた。


「ああ、もちろん楽しいけど、それがどうかしたか?」


「どうもしない。楽しそうだから楽しそうだと述べたまでだ」


 ひょっとしたら狩人としての仕事を果たせない我が身を嘆いているのかな、と思ってしまったが、アイ=ファは意想外なほど優しげな眼差しをしていた。

 何がなし、胸がどきついてしまう。


「……なんだかお前も楽しそうだな、アイ=ファ?」


「うむ? 家人が幸福ならば私も幸福だ。今さらそのようなことは言うまでもあるまい」


 木漏れ日が差し込んで、金褐色の髪がきらきらと輝いている。

 どうも昨晩から、アイ=ファは魅力に磨きがかかってしまい、俺を落ち着かない心地にさせた。

 だけど幸福で、甘い感覚を内包した落ち着かなさだ。


(やっぱり俺は――)


 アイ=ファのことが大好きなんだなと、そんな当たり前の思いが熱風のように胸を吹き過ぎていく。


 そうして時間は着々と過ぎていき、次の仕事の刻限も順当に迫ってきたのだった。

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