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異世界料理道  作者: EDA
第十九章 太陽神の復活祭(上)
327/1675

ルウ家の収穫祭、再び②~アスタの特別料理~

2016.5/11 更新分 1/1

「やあ、待ってたよ、アスタ」


 力比べの予選試合を見届けて本家のかまどの間に向かうと、バルシャが笑顔で出迎えてくれた。


「すみません、すっかりまかせきりになってしまって。何も問題はありませんでしたか?」


「ああ、何も難しいことはないからねえ。居眠りをこらえるのが大変だったぐらいさ」


 かまど番の仕事に従事しているバルシャは、一枚布の女衆の装束だ。

 そして、そんな彼女のかたわらでは、本日の特別料理が実に香ばしい匂いをたてている。


 俺が本日準備したのは、前々からチャレンジしたくてたまらなかった、『ギバの丸焼き』であった。

 ジェノスの町において、太陽神の復活祭では『キミュスの丸焼き』が定番料理であると聞き、ならばと俺も製作に踏み切る決断をした次第である。


 また、復活祭は紫の月の22日から銀の月の3日までの13日間が正式な開催期間であるが、その中にも「暁の日」「中天の日」「滅落の日」「再来の日」という特別な日があり、その祝日にはジェノス城から大量のキミュスと果実酒が無料でふるまわれる、とも聞いていたので、その日取りに合わせて、俺も宿場町にこの『ギバの丸焼き』をお届けできないものかと画策している最中でもあった。


 一口に丸焼きといっても、その作製は簡単ではない。至極当然の話として、直火で焼いたりしたら、中まで火が通る前に表面が焦げついてしまうのである。

 ゆえに、これだけ巨大な肉塊を、長い時間をかけて炙り焼きにしなくてはならないのだ。


「どうだい、いい色合いになっただろう? 今の段階でももう十分に美味そうじゃないか」


 バルシャはご満悦の表情で笑っている。

 確かに表面上には、もう食欲をそそる焼き色がついていた。


 選んだのは、体長7、80センチの若いギバである。

 毛皮の毛だけを焼き、血と内臓を抜いて、肉の重量は40キロていどであろうか。

 これが完全に焼きあがる頃には、水分と脂分が抜けて10キロぐらいは目方が減るはずだ。


 下味は、表皮や腹の中に塩をすりこんだのみである。

 なおかつ、これはフォウの家が2日ほど前に捕らえたギバなので、今日の朝まではピコの葉に漬けられていた。下味としては、それで十分であろう。


 ギバは咽喉から尻までを鉄串でつらぬかれ、石の架台に載せられている。それでぐるぐると回されながら、まんべんなく炙り焼きにされているわけだ。


 使用しているのは、ミケルから仕入れた炭である。

 でかい肉を焼くならば、この炭を芯までしっかり燃やしてから使用するべしと教示されている。


 無論のこと、俺が『ギバの丸焼き』に取り組むのは、これが初めてのことであった。故郷でも、『豚の丸焼き』などにチャレンジしたことはない。せいぜいテレビ番組でその製作過程を興味深く拝見しただけの、机上の知識である。

 あとは、復活祭での習わしを耳にしてこの料理を発案した当時、ギバの後ろ足を使って炙り焼きの練習をしたぐらいだ。


 片足で7、8キロはありそうな後ろ足を焼きあげるのには、およそ2時間ぐらいがかかった。

 テレビ番組においては、これよりも小さな子豚を焼きあげるのに、5、6時間ぐらいはかかっていた。


 なのでバルシャには、上りの六の刻から作業を開始するようにお願いしていた。

 この世界の一刻はおよそ6、70分であるので、日没までには8、9時間を使える計算になる。それならば、これだけ原始的な調理方法でも生焼けは避けられるだろう。


(でも、宿場町で8、9時間もかけられないもんな。前日から泊まりこんで、早朝から作業を開始しても、中天には仕上げたいところだし……それに、3、40キロの肉じゃあすぐに配り終えちゃうから、もっと小さな子ギバを何頭か準備できれば理想的か)


 などと内心でひとりごちながら、俺はバルシャからもうひとりの人物へと視線を移した。

 そこには女衆ならぬリャダ=ルウが地面に座して、炭の火加減を見守っていたのである。


「あの、もしかしたら、バルシャと一緒にリャダ=ルウも手伝ってくれていたのですか?」


「ああ。これぐらいのことなら、俺でも用事は足りる。女衆らは他の料理で忙しいし、それに、狩人の力比べも目にしておきたいところであろうしな」


 リャダ=ルウは、足に深手を負って狩人の仕事から退いた身である。が、片足以外は壮健なる男衆たるリャダ=ルウにこのような仕事をまかせてしまうのは、何だか非常に心苦しかった。


「案ずるな。仕事に重きも軽きもない。このような日に俺のなせる仕事は少ないので、むしろありがたいぐらいだ」


「でも、リャダ=ルウだって力比べは気になるでしょう? もう耳にしていると思いますけど、シン=ルウが8名の勇者に選出されたのですよ?」


「うむ。シンが勇者に選ばれたのは初めてのことなので、とても嬉しく思っている」


 と、息子にそっくりの沈着な面持ちでうなずくリャダ=ルウである。


「しかし俺は、狩人の仕事から退いた身だ。若い女衆には伴侶を選ぶという大事な役目があるのだから、俺などよりもしっかりと狩人の力比べを見届けるべきだと思う」


「……前々から思っていましたが、おふたりは本当に似ていらっしゃいますよね。外見ばかりでなく、内面も」


 ちなみにリャダ=ルウの外見は、黒褐色の髪を長くのばし、同じ色の口髭をたくわえた、かなり渋めのナイスミドルである。切れ長の目や細めの鼻梁などはシン=ルウそっくりで、体格もかなりすらりとしている。


「それは、血を分けた親子だからな。……しかし、シンはタリからも強い血をひいているので、きっと俺よりも立派な狩人になってくれるはずだ」


「ああ、リャダ=ルウの子はみんな立派だね。シン=ルウやシーラ=ルウはもちろん、下の子たちだって可愛くてしかたないよ」


 鉄串をゆっくりと回しながら、バルシャも愉快そうに口をはさんでくる。

 気性は正反対なふたりであるが、ともに狩人であった身で、子供を狩人として育て、そして年齢は同世代ぐらいだ。もしこの数時間で両名の絆が強まったのなら、それは喜ばしいことだなと思う。


「それじゃあ、バルシャはいかがですか? ジーダも勇者に選ばれたのですよね?」


「あたしたちは、森辺の民ですらないからねえ。ジーダだって、ルド=ルウにあそこまでせがまれなければ参加してなかったんだろうし、どこで負けたって悔しがることはないだろうさ」


 額の汗をぬぐいつつ、バルシャはまた笑う。言うまでもなく、架台のそばは猛烈なる熱さであるのだ。

 なおかつ、いかに単純作業とはいえ、火加減と肉の塩梅を常に監視していなくてはならないのだから、居眠りなんてしたくてもできるはずがない。さきほどの発言は、バルシャなりの茶目っ気であったのだろう。


「そういうアスタはどうなんだい? アイ=ファが出ていないから、やっぱり興味は持てないのかね?」


「そうですね。結果はちょっと気になりますけど、狩人の闘いっぷりを見守るのはなかなか心臓に悪いので」


 そのアイ=ファは、ちょうど予選が終わった頃合いでルウの集落に到着したが、とたんにリミ=ルウに捕獲され、今はジバ婆さんのもとにいるはずだ。


「それじゃあ俺は、今の内に他の準備を済ませてきます。申し訳ありませんが、もうしばらくお願いしますね」


「別にそのまま広場のほうに行ってもらってもかまわないよ? 何かあったら、呼びに行くからさ」


 俺はふたりに礼を述べ、かまどの間へと足を向けた。

 他の準備といっても、『ギバの丸焼き』を食す際に使う調味料を作製するばかりだ。そんなに手間のかかるものでもない。


 いっぽうで、他の女衆らは右へ左への大騒ぎである。眷族の中ではやや家の遠いリリンやマァムやムファといった氏族の女衆らに調理の手ほどきをするいい機会だと、レイナ=ルウとシーラ=ルウを中心に、綿密な作業の手順を構築したらしい。


 普段は俺に雇われているヤミル=レイも本日ばかりはそちらの戦力に組み込まれているので、俺はひさびさの単独行動だ。ルウ家が自力で美味なる料理を作りあげようとしているそのさまに、俺は一抹の疎外感を喚起されつつ、それ以上の喜びと頼もしさを感じることになった。


(さて、そろそろ力比べも本選が始まる頃かな。ジザ=ルウにガズラン=ルティム、ルド=ルウにシン=ルウ、あとはラウ=レイとミダ、ジーダとギラン=リリンか……いったい誰が優勝するんだろう)


 そんなことを考えながら、かまどの間の戸板に手をかける。

 すると、頭にこつんと何かが飛んできた。

 足もとに目をやると、小さな木の実が転がっている。

 はて、野鳥か何かが落としていったのかな、と思ったところに、また新たな木の実が顔に飛んでくる。


 犯人は、どうやら5、6メートルほど離れた場所に立っている木の上に潜んでいるようだった。

 首を傾げつつそちらに近づいていくと、「アスタ」という囁き声が降ってくる。


「あれ? ひょっとしたら、レム=ドムかい?」


「ひょっとしなくてもわたしだわ。ちょっとこっちの奥に来てくれる?」


 そこには水場へと向かう小径が切り開かれていたので、俺は言われるままに歩を進めた。

 やがて小径が湾曲し、表の側から目が届かなくなったあたりで、レム=ドムがひらりと舞い降りてくる。


「やあ、こんな時間にレム=ドムがいるなんて珍しいね。修練はどうしたの?」


「今日の修練は、力比べの見物よ。これにまさる修練なんてないでしょう? ……それより、もうちょっと声を落としてよ」


 と、俺よりも長身のレム=ドムが顔を寄せてくる。

 迫力と色気が奇妙に混在したレム=ドムであるので、あまり近づかれると気分が落ち着かない。


「アスタ、あなたにお願いがあるのよ。あとでわたしにも何か食べるものを分けてくれない?」


「あれ? 今日の取り分は明日に回して、夜はスドラのお世話になるとか言ってなかったっけ?」


 レム=ドムは毎朝、料理の仕込みを手伝ってくれている。その代価として、日中に食する干し肉と夜の食事をファの家から出しているのである。

 が、今日は俺もファの家には帰れないため、スドラの仕事を手伝って晩餐を得るつもりだ、と述べていたはずであった。明日は休業日で手伝いのない日だから、ファの家からの食事はそちらに回せばちょうどいい、と。


「本当はそのつもりだったんだけどね。やっぱりこっちの様子が気になったから、スドラの手伝いはやめてしまったのよ。そうするだけの価値は、間違いなくあったしね」


 そんな風にのたまうレム=ドムの目が爛々と燃えているのは、狩人らの闘志にあてられたためなのだろう。


「明日の食事は明日スドラを手伝って何とかするから、今日の代価は今日の内に受け取りたいの。どうかしら?」


「うーん、ルウ家に食材を借りればどうにかできるとは思うけど……だったらいっそのこと、レム=ドムも俺の仕事を手伝って、客人扱いにしてもらったら? そうしたら、ルウ家のご馳走を食べ放題だ。かなり多めに作ってるはずだから、ひとり増えても問題はないだろうし」


「それができたら、世話はないわよ。わたしが何のために身を潜めていると思っているの?」


「ああ、そっか。ザザとかの人たちと顔を合わせたくないんだっけ」


 北の集落に出向いていたルウとルティムの4名は、今日を境に里帰りしている。が、スフィラ=ザザを始めとする北の集落の女衆らは、グラフ=ザザの命でこのルウの集落に居残っているのである。


 前回の収穫祭において、同じように客分の身として宴に参加したダリ=サウティは「グラフ=ザザも呼ぶべきだった」と述べていた。美味なる食事と宿場町の商売で、ルウ家がどれほどの力と豊かさを得ることになったか、それを知っておくべきだという論旨であった。

 グラフ=ザザも、ズーロ=スンらを招いた晩餐会で、その片鱗は感じ取れたに違いない。そしてこのたびは、娘や眷族たちに、自分の目となってそれを確かめるよう命じたのかもしれない、と俺は考えていた。


「まったく、あの連中はいつまでルウの集落に居座るつもりなのかしら。かまど番の修練を積むのに、こんなに時間が必要なものなの?」


 レム=ドムは、不満たらたらでそのように言い捨てる。

 彼女はどうしてもスフィラ=ザザたちとは顔を合わせたくないらしく、早朝バルシャに野鳥狩りの手ほどきをされる際も、苦労しながら身を隠しているそうなのだ。


 また、女衆の交換が行われたのは俺たちがダレイムに出向いた日であったのだから、もうひと月以上も経過していることになる。確かにレム=ドムならずとも、ずいぶん長い滞在だなと首をひねりたくなるところだろう。


「まあ、それだけグラフ=ザザも美味なる食事というものに強い関心を持ってくれたということさ。ルウやルティムの人たちは戻ってきたんだから、スフィラ=ザザたちも近日中に帰る予定なんじゃないのかな」


「でも、けっきょく今日は夜まで居残るのでしょう? だったらわたしは隠れている他ないわ」


 とても不満げな顔で言い、レム=ドムは乱暴に髪をかきあげた。


「それで、どうなの? わたしに食事を準備してくれるのかしら?」


「うーん、それじゃあ、宴の料理を分けてもらえるかどうか、ドンダ=ルウにこっそり相談してみるよ。それを断られてしまったら、俺が準備することにしよう」


「ふん。アスタもわたしなどに手間をかけたくはない、ということね」


「違うよ。ルウ家のみんなが腕によりをかけてご馳走を作ってるんだから、どうせだったらそれを味わってほしいなと思ったのさ」


 レム=ドムは疑わしげに俺の顔をねめつけてから、やがてひょいっと肩をすくめた。


「そういえば、あなたはそういう人間だったわね。それじゃああなたの厚意に甘えさせていただくわ」


「うん。それじゃあ、料理はどこに届けようか? みんなは外で食べるはずだから、バルシャたちの家を借りてみたらどうだろう?」


「至れり尽せりね。わたしがまともな女衆だったら、あなたを婿に迎えたいと思っていたかもしれないわ」


 まったく気持ちのこもっていない声で言い、レム=ドムは木の枝に手をかけた。


「それじゃあ、日が暮れたらバルシャの家の近くに潜んでいることにするわ。ザザの連中に見つかったら厄介だから、この後もあなたのほうから探そうとはしないでちょうだい」


「了解したよ。それじゃあ、また後で」


 スフィラ=ザザたちの目があっても、ドンダ=ルウはレム=ドムがバルシャから狩人の手ほどきを受けることを許している。そんなドンダ=ルウならば、宴の料理を分けることにも了承をくれるのではないだろうか。


(というか、アイ=ファを毛嫌いしていた頃のドンダ=ルウだったら、レム=ドムがルウの集落に出入りすることさえ許してなかったんだろうな)


 俺が森辺の集落を訪れて、まもなく7ヶ月。その間に、実にさまざまな変転が訪れたものであるが、その最たるはドンダ=ルウの変化ではないだろうか。


 女狩人も美味なる食事も全否定していたドンダ=ルウが、今ではアイ=ファをひとりの狩人と認め、家族が宿場町で商売をすることを許している。7ヶ月前の俺に今日の事態を伝えたところで、絶対に信じたりはしないだろう。あの凶悪な大男が、そんなことを許すものか、と。


(思えば遠くに来たもんだ……って、感傷にひたるにはまだ早いよな)


 森辺も、ジェノスも、いまだ変転の真っ只中であるのだ。

 俺は自分の仕事を果たすために、まずはドンダ=ルウの所在を捜すことにした。


                   ◇


「ああ、アスタ、ようやくお目にかかれましたね」


 人混みをかきわけて広場の端を歩いているさなか、そんな風に呼びかけてきたのはガズラン=ルティムであった。

 これからさらなる苛烈な試合にのぞもうというのに、相変わらず重厚で沈着なたたずまいだ。


「どうも。ガズラン=ルティムも、そろそろ出番ではないのですか?」


「ええ、私の出番は次の次です」


 8名の勇者によるトーナメント戦は、一戦ごとにたっぷりとした休息の時間をはさみつつ執り行われる。現在は最初の試合、ミダとラウ=レイの一戦が終了した直後であった。


「今の力比べも大接戦でしたね。ラウ=レイは残念でした」


「ええ。ミダは本当に力をつけました。実際にギバを狩る力も身につけたようですし、もう一人前の狩人です」


「ガズラン=ルティムは、誰と対戦するのですか?」


「私は、ギラン=リリンとです」


 あの、ミダとジィ=マァムを打ち負かした人物が初戦の相手になってしまったのか。

 俺にとっては唯一見知らぬ相手であるので、ちと不気味だ。


「ギラン=リリンは、名うての狩人です。アスタはリリン家を知っていますか?」


「いえ、名前ぐらいしか知りません」


 というか、俺が交流を持っているのはほとんどルウとルティムの人々のみであり、ラウ=レイとヤミル=レイを除いたら、それ以外の氏族とはほとんど没交流なのだった。


「そうですか。リリンはもっとも新しくルウの眷族となった氏族で、5年前にはわずか4名の家人しかなかったのです」


「4名ですか? 他に眷族もなく?」


「はい。それがレイから嫁を取ってルウの眷族となったわけですが、それが許されたのも、家長たるギラン=リリンの卓越した力がドンダ=ルウに認められたためなのです」


 氏を捨てさせて家人として迎えるのではなく、嫁を与えて眷族となることを許したのか。

 それは何だか、ものすごい逸話であるように感じられた。


「今ではマァムやルティムから婿を取り、もともと家にいた3名の幼子も5歳を越えて、10名の家族となりました。その幼子らが育つまで耐えきれば、リリンの氏も滅ばずに済むでしょう。ギラン=リリンは、私が尊敬する狩人のひとりです」


「すごいですね。それは本当にすごいと思います」


 この森辺の集落で、力を失った氏族はすぐに潰えて親筋に吸収されることになる。そうして昨年度も、4つもの氏が消えてしまったのだ。フォウがランしか眷族を持たないのも、ファやスドラがひとつの眷族も持たないのも、そうして統合された上でなお、先細りの末期状態にあるためであった。


 9名の家人を持つスドラでさえあれほど苦しげであったのに、わずか4名の家人しかないリリンがその力を認められて、スン家に次ぐ有力氏族であったルウ家に迎え入れられるなどというのは、きっととてつもなく異例の措置であったのだろう。


「そんなギラン=リリンと手合わせできるのは、狩人としてまたとなく光栄なことです。私は森の導きに感謝したいと思います」


「ええ。頑張ってくださいね、ガズラン=ルティム」


「はい。力比べに敗れることは恥になりませんが、ルティムの家長として力を振り絞り、そして勝利したいと思います」


 普段通りに落ち着いて見えるガズラン=ルティムも、やはり静かに昂揚しているようだった。


「ところで、アスタはどこに向かわれるつもりであったのですか?」


「あ、俺はちょっとドンダ=ルウに話があって、これからかまどの間に戻るところです」


「そうですか。アスタがひとりで行動しているのは、何だか珍しく思えますね」


「ええ、俺もそう思います」


 俺はガズラン=ルティムと笑顔を交わしてから、自分の仕事に戻ることにした。

 といっても、調味料の作製を済ませた後は、バルシャたちとともに『ギバの丸焼き』を見守るばかりである。肉を焦がさない範囲で強い火を保つ、それ以外には為すこともない。


 しばらくすると、ガズラン=ルティムがギラン=リリンに勝利したという報がアイ=ファとリミ=ルウから届けられることになった。

 ジバ婆さんがお昼寝の時間となったので、ふたりで力比べを観戦していたらしい。


「ガズラン=ルティムは、以前にも増して力をつけたようだ。リリンの家長というのも賞賛に値する狩人であったが……いや、どちらも素晴らしい闘いっぷりであった」


 そのように語るアイ=ファは、何だか普段よりも強く瞳を輝かせているように見えた。

 前回は半ば無理強いで参加させられていたはずであるのに、何やら今回は負傷している身を嘆いているようにすら見えてしまう。


 同時に俺は、ルド=ルウがからくもジーダに勝利したことと、シン=ルウがジザ=ルウに惜敗したことも、その場で知ることになった。


「シン=ルウも、相手が悪かったな。ドンダ=ルウやダン=ルティムには及ばないまでも、やはりジザ=ルウは卓越した狩人だ」


「ってことは、準決勝に進んだのはジザ=ルウとガズラン=ルティム、ルド=ルウとミダか」


 ミダ以外は、すべて前回と異なる顔ぶれだ。

 しかし、それと同時に、全員が前回の勇者でもある。ドンダ=ルウとダン=ルティムとアイ=ファが抜けた分、別の3名がさらに勝ち進むことになったわけだ。

 これだけ結果がぶれないということは、みんな運や偶然ではなく実力で勝ち進んでいる、ということなのだろう。


(で、サンジュラなんかはそのルド=ルウと互角ぐらいで、カミュアはさらにその上を行くって評価なんだもんな。町の人間なのにそんな力を持つあのふたりも、なんだか化け物じみてるなあ)


 ともあれ、太陽はだいぶん西に傾いてきている。

 力比べの決着も晩餐の開始も、もはや目前に迫っているのだった。

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