ルウ家の収穫祭、再び①~八人の勇者~
2016.5/10 更新分 1/1
ルウの一族の収穫祭は、紫の月の14日に催されることになった。
なんとこの日取りは、宿場町における商売の休業日に合わせて定められたものだった。
収穫祭は一日がかりの大イベントであるため、翌日の商売の下ごしらえなどは不可能になってしまう。なので、休業日の前日たる紫の月の14日に、収穫祭を執り行う顛末になったわけである。
最終的にそれを決定するのはドンダ=ルウであるはずなので、ずいぶんフレキシブルな対応をしてくれるのだなあと俺は感心させられることになった。
ともあれ、14日の当日は営業日である。
無事にすべての商品を売りさばいたのち、普段の通りの終業時間で、後片付けに取りかかる。その間、ずっと騒いでいたのはララ=ルウであった。
「早く早く! 収穫祭はもう始まっちゃってるんだよ? 急いで集落に帰らないと!」
たしか前回の収穫祭でも、ララ=ルウはこのような様子を見せていたと記憶している。
きっとシン=ルウが狩人の力比べで活躍する姿を見たいのだろう。それを内心で微笑ましく思いつつ、俺は「大丈夫だよ」と答えてみせた。
「前回だって、狩人の力比べはそれなりに観戦できたじゃないか。今はそのときよりも終業時間が早まってるんだから、何も焦る必要はないさ」
なおかつあの頃は徒歩で移動しており、現在は荷車だ。トータルすれば、余裕で1時間半ぐらいは早く帰宅できる計算であった。
現在は下りの二の刻、俺の感覚では午後の2時20分あたり、後片付けや銅貨の両替や食材の買い出しなども考慮に入れて、3時ぐらいにはルウの集落に帰りつけるだろう。
明後日からはいよいよファの家でも青空食堂をオープンする予定になっているが、注文した卓や椅子などは明日の休業日に受け取って設置するつもりでいる。露店区域の拡張工事も今日の昼前には完了して、俺たちの屋台の右手側と通りをはさんだ正面には、実に広々とした空き地が広がっていた。
「これで集落に戻ったら、今度は宴の準備なのよね? まったくせわしない話だわ」
すべての片付けを終えて帰路を辿っているさなか、荷台の中でそんな風にぼやいたのはヤミル=レイであった。
「でも、ルウの眷族は100名以上にも及ぶのでしょう? しかもルウ家はどこよりも豊かな家なのですから、さぞかし立派な宴なのでしょうね」
そのように応じたのは、ユン=スドラである。
同じ屋台のメンバーでありながら、この両名が世間話に興じるのは珍しい。
「さあ、どうなのかしらね。前回の収穫祭ではレイの集落に居残っていたから。……でも、今日の宴は全員の眷族が集まらなくてはならないのよ」
「そうなのですか。スドラは家人が少ないので、そのように大きな宴は想像もつきません」
弾んだ声で言ってから、ユン=スドラは「ああ」と手を打ち鳴らした。
「そういえば、ヤミル=レイもトゥール=ディンも、以前はスンの人間だったのですものね。それじゃあ大きな宴というのも、べつだん珍しいわけではないのですか」
ギルルの手綱を操りながら、俺はこっそり首をすくめることになった。
宿場町から森辺に帰る道は細くて傾斜もそれなりなので、荷台のほうを振り返るゆとりはない。
いくばくかの沈黙の後、変わらぬ口調でヤミル=レイは答えた。
「そうは言っても、スンの眷族は家の遠い氏族が多かったから、すべての人間が集まることなど、そうそうなかったわ。わたしの記憶では、族長であったズーロ=スンの婚儀が最後であったかしらね」
「ああ、そうなのですか」
「ええ。そして、それ以降は狩人としての仕事もまともには果たさず、森の恵みを荒らしていたわけだから、余計に眷族を集めるのが難しくなってしまったもの。そのためだけにギバをを狩るのは手間だし危険だから、収穫祭などはそれぞれの家で行うべし、という風に掟を変えてしまったのよ。……そもそもスン家ではまともにギバを狩っていなかったのだから、収穫祭もへったくれもないでしょうしね」
ますます不穏な流れである。
すると、ヤミル=レイの声がほんの少しだけ強い響きを帯びた。
「だから、トゥール=ディン、いちいち暗い顔をしないでもらえるかしら? ユン=スドラは、過去の罪など気にしていないからこそ、こうして普通にスン家の話ができるのでしょう? それとも彼女は、わたしたちを気遣ってスン家の話を避けるべきだったのかしら?」
「あ……いえ、わたしは……」
「えっ! 何かあなたを悲しい気持ちにさせてしまいましたか? 泣かないでください、トゥール=ディン!」
慌てふためいた、ユン=スドラの声。
そこにまたヤミル=レイの声が重なる。
「それでも眷族から嫁や婿を迎える際は、スンの集落で宴を開かなければならなかったから、そのたびに分家の人間たちは苦しい思いをさせられていたのよ。不慣れなギバ狩りの仕事に従事して、肉やアリアやポイタンを準備して……そうして、眷族にスン家の秘密が露見しないよう怯えながら、宴を楽しんでいるふりをしなければならなかったの。おおかたトゥール=ディンは、そういう苦しさまで思い出してしまったのでしょうね」
「ああ、本当にすみません! わたしは、考えが足りなくて……」
「いいのよ。間違っていたのはスン家のほうなのだから、あなたが言葉を選ぶ必要などないわ」
とても冷ややかなヤミル=レイの声。
「そして分家のあなたには本家の人間に逆らうすべなどなかったのだから、いちいち気に病む必要はないはずでしょう? あなたはもうちょっと気持ちを強く持つ必要があると思うわ、トゥール=ディン」
トゥール=ディンが、くすんと鼻をすする気配がする。
いよいよ俺も口をはさむべきかと思ったが、それよりも早くトゥール=ディンが発言した。
「すみません……だけどわたしは、ディンの家人として北の集落の宴に招かれることができました。かまど番として招かれたので、とうてい宴を楽しむような心持ちにはなれませんでしたが……でも、とても幸福な気持ちを得ることはできました」
「ふうん、そうなの」
「はい……だからヤミル=レイも、今日はレイ家の人間としてルウ家の宴を楽しめるといいですね?」
それは、トゥール=ディンのはにかむような笑顔が想像できるような声であった。
ヤミル=レイは、どんな眼差しでそれを見つめ返しているのだろう。
「そうですよ! ヤミル=レイはレイ家の人間として、トゥール=ディンはディン家の人間として、これからは幸福な生を送ってください」
そのように述べるユン=スドラは、ほっと安堵の息をついているに違いない。
だけどもしかしたら、俺やユン=スドラはいらぬ心配をしているだけなのかもしれなった。
同じスン家であった頃には正しい絆を結ぶことのできなかったヤミル=レイとトゥール=ディンは、血の縁を絶たれたのちに、ようやくこうして素直な気持ちをぶつけ合える関係性を手にすることができたのだ。見ているこちらはひやひやしてしまうが、こうしたやりとりこそが彼女たちには大事なのかもしれなかった。
そうして荷車に平穏な空気が戻ってきた頃、ルウの集落に到着した。
俺とヤミル=レイだけが荷車を下り、ギルルの手綱はトゥール=ディンに託される。
「それじゃあ申し訳ないけど、荷車をよろしくね。アイ=ファは家にいるはずだから」
「はい。今日もありがとうございました」
トゥール=ディンのかたわらから顔を出したユン=スドラも、にこやかに微笑んでいる。俺とアイ=ファはまたもやルウ家の収穫祭に招かれることになったが、彼女たちはこのまま帰宅してしまうのである。この荷車を受け取ったら、その足でアイ=ファはルウの集落にやってくる手はずだ。
最近のこういうイベントではだいたいトゥール=ディンたちも同席することになっていたので、俺としては多少の違和感と物寂しさを禁じ得ない。だけどそれでも、確たる理由もなく他の氏族の収穫祭に参加するというのは、森辺の習わしにそぐわない行為であるのだった。
「明日は中天から、椅子や卓などを運ぶ仕事があるのですよね? どうぞよろしくお願いいたします。……では」
「あ、ちょっと待って! これはこの場の思いつきなんだけど――今度俺たちが休息の期間を迎えるときは、ルウ家みたいに収穫祭を開いてみてはどうだろう?」
「え?」
「前回の休息期から、近在の氏族は日にちをそろえて狩人の仕事を休むことになっただろう? だったら、みんなで一緒にお祝いをしてもいいんじゃないかなあと思ったんだ」
トゥール=ディンとユン=スドラは、そろって荷車から身を乗り出してきた。
「わ、わたしたちが、ともに宴を開くということですか? ファの家とともに?」
「うん。休息期を同じ日取りにしたのは、たしかファとディンとスドラと、それにフォウとランだったよね。あと、リッドもディンの近所のはずだから、その6氏族でお祝いをしてみてはどうだろう?」
それらの中で、フォウとラン、ディンとリッドは眷族であるが、ファとスドラはどことも血の縁を持たない。が、仕込みの作業や料理の手ほどきなどで毎日のように顔を合わせているし、現在では共同で燻製小屋を使用してもいる。これだけ関係を密にしていれば、収穫の喜びを分かち合うことぐらいは許されるのではないだろうか。
「もちろんディンやリッドはザザの眷族なんだから、グラフ=ザザの了承が必要になるだろうし、そもそも各氏族の家長たちが賛同するかもわからないけどね。……うちのアイ=ファもふくめてだけど」
「いえ、家長のライエルファムならば、きっと賛同するはずです! むしろ、休息の日取りがずれているガズやラッツなどは、さぞかし残念に思うことでしょう!」
「ディンの家長も、きっと賛同するはずです。……それに、ザザの家長も快く許してくれるのではないでしょうか」
トゥール=ディンとユン=スドラは、本当に幸福そうな顔をしてくれていた。
「そっか。だったらひとつ、他のみんなにも相談してみようか。……ひょっとしたら、一番渋るのはうちの家長かもしれないなあと思えてきてしまったよ」
「ならばそれは、アスタが力を尽くして説得してください」
可愛らしい笑顔のまま、ユン=スドラはそのように言ってきた。
サウティの集落で立ち入った会話をして以来、彼女はこれまで以上に明るく、そして強くなったような気がする。
「わたしたちが休息の期間を迎えるまで、あとひと月ほどのはずですよね? ああ、何だか今から待ち遠しくなってきてしまいました! アスタ、素晴らしい提案をありがとうございます!」
「いや、どういたしまして」
そうして2人は意気揚々と俺たちの前から立ち去っていった。
小さくなっていく荷車の影を目で追いながら、ヤミル=レイは肩をすくめている。
「今日も宴だというのに、もう次の宴の話とはね。宴って、そんなに楽しいものなのかしら」
「楽しいですよ。きっと今日という日を終える頃には、ヤミル=レイもそのように思っているはずです」
そういえば、ヤミル=レイはダン=ルティムの生誕の宴にも参加していなかったので、ズーロ=スンたちを招いたルウ家での晩餐会や、森の主にまつわるサウティ家での晩餐会にしか参加していないのである。
それらはいずれも、豪華な料理が準備されつつ、宴と呼べる集まりではなかった。今日という日こそ、ヤミル=レイもルウ家の宴の楽しさや素晴らしさなどを体感できるはずだ。
「それじゃあ、行きましょう。あっちの荷車ではララ=ルウがやきもきしているでしょうし」
俺とヤミル=レイは、徒歩でルウの集落に足を踏み入れた。
とたんに、とてつもない熱気が俺たちに押し寄せてくる。
年に3度ある収穫祭で、このたびはすべての眷族が集結する大きな宴であったのだ。ルウの眷族百余名が、日中から広場に集まっている、これは俺にしてみても初めて目の当たりにする光景であった。
やはり夜間とは趣が異なる。燦々と降りそそぐ昼下がりの陽光の下、大勢の人たちが歓声をあげている。その中心で執り行われているのは、狩人の力比べである。
「うわー、やっぱり始まっちゃってるじゃん! あれって、誰と誰だろう?」
こちらは荷車で帰還したルウ家のメンバーも、地面に降り立ちながら声をあげている。ララ=ルウとレイナ=ルウ、アマ・ミン=ルティムとツヴァイの4名だ。この人混みでは、荷車を本家に戻すことさえ、ひと苦労であろう。
「あれは、リリンの家長と、マァムの長兄であるようですね。……レイナ=ルウ、わたしたちはどうしましょう?」
「そうですね。シーラ=ルウを探して準備の進み具合を確認してみますので、本家の近くで待っていてください」
女衆は交代でかまどを預かりながら、合間には力比べの観戦を楽しむ手はずになっているようだった。
また、俺も今回は優勝者に捧げる料理ではなく、みんなで楽しめる料理をひと品準備してほしいと願われている。これまでで最高に手間のかかるその料理の下準備は、ルウの本家でバルシャたちが受け持ってくれているはずであった。
とりあえず、人混みの中に消えたレイナ=ルウを除く5名で、荷車を引きながらのろのろと広場の端を進軍する。
すでにあちこちのかまどでは宴の準備が進められているのだろう。あたりには、人々の熱気や歓声とともに、食欲中枢を刺激する香りも漂っていた。
「よー、戻ってきたんだな。けっこう早かったじゃんか」
と、ようやく広場の半分ぐらいを過ぎたあたりで、ルド=ルウに声をかけられた。
マントや刀を外した、身軽な格好だ。かたわらには、ラウ=レイの姿もある。
「やあ、ふたりはまだ力比べに参加していないのかい?」
「んー? 俺はもう3人勝ち抜いたぜ。ラウ=レイは、2人だったっけ?」
「えっ! こんな明るい内から、もう3人も勝ち抜いちゃったの?」
驚きの声をあげたのは、ララ=ルウであった。
ルウ家の狩人の力比べでは、まず3人を勝ち抜くことによって、予選を突破することができるのである。3回勝つ前に2回負けたら予選敗退で、3回勝ち抜く人間が8名に達したら予選が終了。そうしてその8名によって、今度は優勝者を決めるトーナメント戦が開催されるのだ。
「あー、俺やラウ=レイは、前回8人の勇者になれたからな。勇者になれた狩人は、次から次へと挑まれるもんなんだよ」
「うむ。特に今回は、ドンダ=ルウとダン=ルティムが参加できないからな。ジザ=ルウとガズラン=ルティムも早々に3人勝ち抜いてしまったぞ」
そう、前回の決勝戦を争ったドンダ=ルウとダン=ルティムは、そろって負傷欠場なのである。
なおかつ、アイ=ファも同じく負傷の身であるので、前回の8名の勇者の内、3名までもが欠場することになってしまったのだ。
ちなみに右手の平を負傷してしまったダルム=ルウも欠場であり、頭を数針も縫うことになったラウ=レイは出場であるらしい。
「えーと……それじゃあ、シン=ルウは?」
「シン=ルウは、まだ俺としかやってねーよ。そういえば、さっきから姿を見ねーな」
「えっ! シン=ルウはまたルドに挑んだの!?」
「そうだよ。そんなの、毎回のこったろ」
「だって、シン=ルウはルドに1回も勝てたことないじゃん! いちいちルドに挑まなければ、シン=ルウだって8人の勇者になれるかもしれないのにー」
と、ララ=ルウは頬をふくらませてしまう。
「あー、確かに今回はシン=ルウも見違えるぐらい強くなってたよ。あれだったら、この後は3人勝ち抜けるんじゃねーのかな」
呑気そうに言ってから、ルド=ルウはきらりと目を光らせた。
「ただ、今回は俺も譲れねーからな。あいつを倒すまでは、絶対に誰にも負けられねーんだ」
「あいつって? ああ、ミダのこと?」
「ミダは普段からすっ転ばしてるからもういいんだよ。あいつって言ったら、あいつだろ」
と、ルド=ルウが広場の中心に目を向ける。
審判役たるラー=ルティムの背後から、ちょうど新たに2名の狩人が進み出るところであった。
「あれ? あれって、ジーダじゃん。ジーダは力比べには参加しないって言ってなかったっけ?」
「ああ。俺が尻を叩いてやったんだよ。あいつとは決着をつけなきゃならねーからな」
どうやらルド=ルウは、自分よりも年少で身体の小さなジーダに強い対抗意識を持っているようだった。
それは何故かと問うならば、どうやら先日サウティの集落において森の主の右目を射抜いたのは、ジーダの矢であったようなのである。
弓の腕を自負しているルド=ルウは、それでぞんぶんに闘争心を煽られてしまったらしい。が、もちろんそれを負の感情に転化するような気性ではないので、正々堂々とジーダと腕比べがしたい、と燃えているようだ。
「あいつもあれで3人目の相手だ。もちろん1回も負けてねーから、これで8人の勇者の仲間入りだな」
「ふん。確かにあいつも腕は立ちそうだ。俺と当たったら、絶対に打ち負かしてやるがな」
ラウ=レイはラウ=レイで、さっきから猟犬のように眼光を燃やしている。こちらはどうも、森の主の討伐で確たる功績をあげられなかったことが不本意であるらしい。
すべての狩人に等しく功はある、とダン=ルティムなどは述べていたが、やはり血気盛んな若衆には、色々と熱情をもてあましてしまう面もあるのだろう。
「ルド=ルウとジザ=ルウとガズラン=ルティムが3人抜きで、ジーダとミダが2人抜きか。俺もそろそろ3人目に挑まれたいものだ」
「うん? 自分から挑むのは禁止なのかい?」
「ああ。勇者の称号を授かったからには、挑まれるのを待つのが習わしだ。誰か骨のあるやつに挑まれたいものだが――」
ラウ=レイがそのように言いかけたとき、人混みをすりぬけて近づいてくる者があった。
「あ、シン=ルウ!」とララ=ルウが大きな声をあげる。
そちらにうなずき返してから、シン=ルウはラウ=レイの前に立った。
「ラウ=レイ、俺と手合わせを願えるか?」
とたんにラウ=レイはいっそう激しく両目を燃やし、ララ=ルウは「ちょっと!」とわめき声をあげた。
「ルドの次はラウ=レイ? どうしてそんな腕の立つ狩人にばっかり挑むのさ! ルドもラウ=レイも前回の勇者なんだよ?」
「だからこそ、だ。どうやらミダは他の狩人に挑まれてしまったらしく、前回の勇者で手が空いているのはラウ=レイのみであるようなのだ」
シン=ルウ自身は、いつも通りの沈着な面持ちであった。
それを見返しながら、ラウ=レイは「ほう」と声をあげる。
「それで? 俺が相手なら与しやすいとでも思ったか? 稽古を重ねていく内に、お前とは五分の勝負ができるようになったはずだがな、シン=ルウよ?」
「……力比べにおいては、強き狩人に挑むのが本分ではなかったか?」
シン=ルウは、むしろけげんそうに小首を傾げた。
ラウ=レイは、いっそう猟犬じみた笑みを浮かべる。
「そうだったな。最近どうも、気が立っていていかん。お前の誇りを汚すような言葉を吐いてしまったことを、ここに詫びよう」
「べつだん、気にする必要はない。挑戦を受けてくれるのならば、立ち合いの場で控えよう」
「ああ、いいとも」
そうして2人の若き狩人は姿を消し、ララ=ルウは「ちぇーっ!」とむくれた声をあげた。
「今回こそ、シン=ルウが勇者になれると思ったんだけどなー。ドンダ父さんとダン=ルティムのふたりが力比べに出ないなんて、そうそうあることじゃないんだし!」
「ばーか。そんなみみっちいことを考えるようなやつは、どのみち勇者にはなれねーよ。強い相手を倒してこその狩人だろ」
そんな会話をしている間に、ジーダは勝利を収めてしまっていた。
ルド=ルウの宣言通り、客分たる彼が3人を勝ち抜いて、勇者のひとりに選出されてしまったのだ。
なんとなく、前回のアイ=ファを思い出させる快進撃である。
「お、お次はミダか。えーと、相手は……リリンの家長だな」
「リリンの家長? って、ついさっきマァムの長兄とやりあってなかったっけ?」
「ああ。あっという間にジィ=マァムを打ち負かしてたよ」
ジィ=マァムといえば、たしかミダを除けばルウの眷族でもっとも巨大な体躯を誇る狩人であったはずだ。前回の収穫祭では、集落に帰りつくなり彼とアイ=ファの試合を見せつけられて、肝を冷やした記憶がある。
「リリンの連中は遅くに到着したから、慌てて相手をみつくろったのかもな。それにしても、ジィ=マァムとミダを連続で相手にするなんて、なかなか立派な狩人じゃねーか」
ルド=ルウの言葉に興味をひかれて、俺も広場の中央を透かし見てみた。
遠目にも巨大なミダの前に立っているのは、これといって特徴のない壮年の男衆だ。中肉中背で、少し灰色がかった頭をしている。
「うーん、リリンの家長って、あんまり覚えてねーんだよなあ。たしか前回とかは、親父とダン=ルティムにあっさり負けてたような気がするし」
「よりにもよってそのふたりに挑むなんて、確かに立派な狩人だね」
俺が言うと、ルド=ルウは「ん?」と眉をひそめた。
「ちょっと待てよ? そういえば、その前の収穫祭でも、リリンの家長は親父とダン=ルティムを相手にしてたような……まさか、毎回そのふたりにしか挑んでねーのか?」
「そうなのかい? でもたしか、ここ10年は毎回ドンダ=ルウかダン=ルティムが優勝を飾ってるんだよね?」
「ああ。しかも、ここ5、6年はふたりともおたがいの他には誰にも負けてねーはずだ」
では、もしもリリンの家長が本当に毎回そのふたりにしか手合わせを挑んでいなかったら、その時点でふたつの黒星がつき、他の誰とも対戦しないまま敗退していたことになる。
「だけど、いくら何でもそこまで極端なことをするやつは――」
ルド=ルウの声に、歓声がかぶさった。
振り返ると、ミダが後ろざまにぶっ倒れて、リリンの家長に手を差しのべられているところであった。
「リリンの家のギラン=リリンの勝利である! ルウの家のミダは退くべし!」
審判役たるラー=ルティムの声が朗々と響く。
「へえ」とルド=ルウは虎の子供みたいに舌なめずりをした。
「何にせよ、リリンの家長の力は本物だな。こいつは面白くなってきたぜ」
ドンダ=ルウやダン=ルティムがいなくとも、狩人の力比べはまったく精彩を欠いていないようだった。
いや、むしろ大本命の2名が不在なことで、いっそう混戦の様相を呈し、盛り上がっているのかもしれない。
そうしてその後はシン=ルウとラウ=レイの対戦であり、大接戦の上でシン=ルウが勝利することになった。
ラウ=レイは自分よりも小柄で敏捷性に秀でたタイプを苦手にしていたが、それでも勇者のひとりである。それを打ち負かしたシン=ルウには、惜しみない賞賛の歓声が向けられることになった。
「やったあ! ラウ=レイに勝てるなら、あとふたりにも勝てるかも!」
ララ=ルウはすっかり観戦モードで、俺たちはかまどの間に向かうタイミングを逸してしまった。
どうしたものだろうと思い悩んでいると、アマ・ミン=ルティムがこっそり俺に呼びかけてきた。
「アスタ、わたしだけでも本家に向かってみます。ひょっとしたら、レイナ=ルウが捜しているかもしれませんし。……アスタの料理を手伝っている女衆らにも、アスタの力が必要かどうか聞いてきましょう」
「あ、お気遣いありがとうございます」
とても涼やかな微笑を残して、アマ・ミン=ルティムは人混みの向こうに消えていった。
そして、そこにまたまたララ=ルウのわめき声が響く。
「えーっ! どうして今度はジィ=マァムに挑んでんの!? ああもう、頭をひっぱたいてやりたいなあ!」
たったいま試合を終えたばかりのシン=ルウが、もうジィ=マァムとともに控えの列に並んでいたのだ。
俺の記憶が正しければ、前回の力比べでシン=ルウはジィ=マァムに敗北しているはずである。
(今後あの男と刀を交える機会がないならば、いっそう俺は腕を磨く必要がある、というだけのことだ。そうでなくては、一生自分の弱さに苦しめられることになるからな)
数日前にシン=ルウが述べていた言葉が脳裏に蘇る。
シン=ルウは、サンジュラに遅れを取ったことで、これまで以上に強さを求めるようになったのだ。
(俺がララ=ルウの立場だったら、似たような気持ちになっていたかもしれない。でも――)
これが料理の勝負だったら、俺だってシン=ルウと同じ行動を取っていたかもしれなかった。
できるだけ抑制はしているものの、俺だって元来は負けずぎらいなのである。
(シン=ルウも、ギラン=リリンという人も――いや、ルウの眷族の狩人たちは、みんな立派な志を抱いて、この勝負に挑んでいるんだろう)
そうしてその後、シン=ルウはジィ=マァムばかりでなくルティム本家の次兄をも打ち負かすことになった。
なおかつ、ギラン=リリンは無傷の3連勝、一敗を喫したミダとラウ=レイも新たな勝利をつかみ取り、ここに8名の勇者が選出されたのであった。