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異世界料理道  作者: EDA
第十八章 藍の月と紫の月
310/1705

サウティ家の受難②~訪問~

2016.3/28 更新分 1/1 ・2018.4/29 一部表記を修正

 翌日は、前日以上に慌ただしい限りであった。

 まず、何日家を空けるかも不明であったので、食料庫の食材をのきなみ移動させなくてはならなかったのだ。

 とはいえ、ほぼ毎日のように町まで下りている身であるから、余分な野菜などはあまり置いていないし、香草や調味料などはそれほどかさばるものではない。厄介であったのは、ギバ肉だ。


 ギバ肉は、腐敗を防ぐためにピコの葉に漬けてある。それで半月ばかりは保存がきくとしても、一日に一回は水分を吸ったピコの葉を攪拌しなければならないため、放置したままにはしておけないのだった。


 とりあえずは中継地点であるルウ家の食料庫に移動させてもらうとして、百キロ単位の分量であるから、その作業もひと苦労である。ファの家にある革袋や木箱や布の包みなどを総動員させてピコの葉ごと梱包し、荷台に積み込む。これだけでもなかなかの作業量であった。


 なおかつ宿屋の料理の作製はルウ家が当番の日であったが、屋台で売る料理に関してはこの時間に仕上げなければならない。しかも本日は『ギバまん』も『ポイタン巻き』も通常以上の分量を準備しなければならなかったので、休んでいる時間などは片時もなかった。


 その作業を手伝ってくれるのは、トゥール=ディンやレム=ドムを筆頭とする近在の女衆たちだ。

 明日からは、サウティの女衆らに助力を頼まなくてはならなくなる。モガ=サウティからその件については了承を得ているとはいえ、まだ見ぬサウティの女衆らがどれぐらいの手際で料理を作ることができるのか、それだけが俺にとっては心配の種であった。


 そんな風に俺たちが立ち働いている間、アイ=ファは森に入っていた。

 家を空けるので、薪拾いはする必要がない。その代わりに、アイ=ファは森の深部にまで踏み入って、大量のギバ寄せの実を確保せねばならなかったのだった。


 それらの作業を何とかかんとか完了させたら、あとは着替えや日常品や調理器具なども荷台に積み込んで、普段よりは早めにファの家を出立する。トゥール=ディンばかりでなくアイ=ファとレム=ドムも同乗し、ルウの集落まで送り届ける手はずになっていた。


 で、余分な荷物とギバの肉を預かってもらったら、レイナ=ルウらと合流して、ようやく宿場町に出立だ。

 本日はこれから青空食堂を拡張するための設営を行わなければならないのである。


 レイナ=ルウらは4軒の宿屋に料理や生鮮肉を届け、俺たちは組立屋と細工屋に注文しておいた品を受け取りに向かう。ふたつの卓と、22脚もの丸太の椅子、屋根の骨組み、屋根用の革、それに20組の木皿と木匙だ。


 椅子の量が半端ではなかったのでさすがに一日では無理なのではないかと危ぶまれていたが、組立屋の主人は意地で仕上げてくれていた。また、それだけで荷車はいっぱいになってしまったので、すべての物品を運ぶのには二往復せねばならなかった。


 しかるのちに《キミュスの尻尾亭》で屋台を借り受け、あらためて所定のスペースに向かう。


 縄を張られた青空食堂は、昨日までと変わらぬ姿で俺たちを待っていてくれた。

 しかし本日は感慨にふけっているいとまもなく、設営に取りかかる。

 新たに借り受けたスペースに座席を並べ、屋根を張り、料理の準備を進めていく。その作業があらかた終わりを迎える頃には、もう昨日以上のお客さんたちが店の前に集まり始めてしまっていた。


 時刻はまもなく、上りの六の刻。

 アイ=ファやドンダ=ルウらがサウティ家に向かう頃合いで、俺たちは商売を開始することになった。


『ギバのモツ鍋』は昨日の1・5倍の量、120食分を準備している。

 その他の料理はさしあたって20食分を追加することにして、『ギバまん』は120食分、『ポイタン巻き』は140食分と相成った。

 ただし、ルウ家の『ミャームー焼き』は80食分、こちらの特別献立『ギバ・カツサンド』は30食分のままだ。


『ミャームー焼き』と『ギバ・カツサンド』以外の料理は他の商品とあわせて購入されることが多いので、これでどれだけお客さんの総数が増えるのか、正確に推し量ることは難しい。特に『ギバのモツ鍋』などは半人前の量を注文されるほうが多いぐらいであるのだから、なおさらだ。


 しかし、売り上げの推移を計測するのは難しくない。

 もしも本日の料理をすべて売り切ることができたら、総売上はファの家が赤銅貨480枚から550枚に、ルウの家は480枚から600枚に跳ね上がることになる。


 となると、両家の売上の合計額は、これまでが960枚で、本日が1150枚という計算になるので――どんぶり勘定で単価が赤銅貨3枚と考えると、320名のお客さんが383名に増えることになる。


 集客率でいうと、およそ20パーセント増しだ。

 わずか2日でこの伸び率と考えるなら、それは飛躍的な向上と言えるだろう。

 かえすがえすも、青空食堂のもたらした効果は絶大であったわけである。


「確かにこれならば、すべての料理を売り切ることも可能かもしれませんね。こんなに大勢のお客たちが詰めかけてくる姿を見るのは初めてです」


『ポイタン巻き』のための肉を焼きながら、トゥール=ディンがそのように語りかけてきた。

 朝方はサウティ家のことが気になって暗い面持ちをしていた彼女も、働いている内に元気を取り戻せた様子である。

 ディン家もスドラ家も家人を貸し出すことに同意したので、本日からは宿場町で働くかまど番の全員がサウティの集落で寝泊りすることになるのだ。


「ルウ家のほうも問題ないようだしね。下手をしたら、モツ鍋は120人前でも足りないぐらいなんじゃないのかなあ」


 しかし営業そのものについては、何の問題もなさそうな様子であった。

 42席に及ぶ座席に対して、食器は50組を用意してある。食器の回収と洗浄にはゆとりがあるし、屋台の前にも常時2、3名ていどのお客さんが順番待ちをしているばかりである。


 また、昨日はぎゅうぎゅうに座席を詰め込んでいたが、本日は屋台5つ分のスペースに7つの卓をゆったりと配置している。4人掛けの卓に6脚の椅子をあてがっても、見た目的には昨日よりも広々と見えるぐらいだ。


 本日が初めての参戦となるレイナ=ルウとリミ=ルウも、実にてきぱきと仕事をこなしているように見受けられた。


「おい、何だよ? 同じ銅貨を払っているのに、ずいぶん量に差があるんじゃねえか?」


 ただ一度だけ、不満げな響きを帯びたお客さんの声が聞こえてきた。

 驚いて視線を巡らせると、人相の悪い西の民の男性が2名、『ギバのモツ鍋』の屋台の前に立っている。ジェノスの宿場町ではお馴染みの無頼漢たちだ。


 屋台をはさんでそれと相対しているのは、リミ=ルウである。

 身長をかせぐために丸太の台に乗っているリミ=ルウは、金属製のレードルを手ににっこりと微笑んだ。


「そんなことないよ。木皿の形が違うから、量が少なく見えるだけ! どっちもおんなじ量だから心配しないで大丈夫だよー」


「本当かよ? どう見たって、俺のほうが少ねえだろ」


「大丈夫だってばー。あのね、木皿はあちこちの店に注文したから、みんな形が違っちゃってるの。でも、一人前だったらこの『れーどる』で2杯、半人前だったら1杯って決められてるから、絶対に量が変わっちゃったりはしないんだよ?」


 言いながら、リミ=ルウはそのレードルを男たちのほうに差し出してみせた。


「これってね、料理を作るときにも分量をきちんと量れるように、わざわざレイナ姉が銅貨を出して買ってきたんだよ! 木でできた『れーどる』だと濡れたり乾いたりで少しずつ形が変わってきちゃうから、正確な分量が量れないんだって!」


「お、おう、そうなのか?」


「うん! だから絶対に大丈夫! そんなに心配なんだったら、別のお皿にいれなおしてあげようか?」


「いや、大丈夫だよ。まったく恥ずかしい野郎だな」


 と、黙って成り行きを見守っていた連れの男が、相棒のごつい肩を叩く。


「文句があるなら、俺の皿と取り替えてやらあ。こんな小さな娘に迷惑をかけんなよ」


「うるせえよ」と男は顔をしかめたが、その後は頭をかきながら「悪かったな」とリミ=ルウに謝っていた。


「ううん。買ってくれてありがとー。また来てね?」


 最後までにこにこと笑っているリミ=ルウに見送られて、男たちは屋根の下に引っ込んでいく。

 俺と一緒に身を乗り出していたトゥール=ディンは「すごいですね」と感じ入ったようにつぶやいた。


「わたしなどは気が小さいので、あのように文句を言われたら、うまく説明できないかもしれません」


「そうかなあ? でもまあトゥール=ディンは森辺の女衆としてはずいぶん繊細な性格みたいだもんね」


 ダバッグの《ラマムのしずく亭》において、アイ=ファに叩きのめされた野盗どもを前に、マイムと一緒に肩を震わせていたトゥール=ディンの姿を思い出しながら、俺はそのように答えてみせた。

 トゥール=ディンは俺の顔を見返しつつ、少しだけ悲しそうな目つきをする。


「実はわたしはアスタの仕事を手伝うようになるまで、ほとんど宿場町に下りたことがなかったのです。……スンの集落では、その必要がなかったもので……」


「ああ」と俺も思わず返事に困ってしまう。

 本家の連中は果実酒やら何やらを購入していたが、分家の人々はそんな贅沢も許されず、ときたま獲れるギバの肉と森の恵みだけで腹を満たしていたのだろう。それならば、町に下りる理由もほとんどなくなってしまうのだ。


 そんなことを考えていたら、隣の屋台からヤミル=レイが手をのばしてトゥール=ディンの頭を小突いてきた。


「トゥール=ディン、あなたがそのようなことで申し訳なさそうな顔をしていたら、わたしまでそれにならわなくてはならなくなるじゃない?」


「あ、す、すみません!」


「すみませんじゃなくて、許された罪についていつまでも気に病むのはおやめなさい、と言っているのよ」


 叱りつけるように言ってから、ヤミル=レイは新たに来店してきたお客さんのほうに向きなおった。

 しょんぼりと肩を落とすトゥール=ディンに、俺は笑いかけてみせる。


「ヤミル=レイの言う通りだよ。森辺の民として正しく生きるのがトゥール=ディンたちの進むべき道だろう? これだけ毎日一生懸命頑張ってるんだから、過去のことを気に病む必要はないさ」


「……はい」とトゥール=ディンはうなずいてから、また新たな肉を鉄板に落とした。

 そんなこんなで時は過ぎ、ユン=スドラとアマ・ミン=ルティムが連れ立って姿を現す。

 俺はローテーションを完成させてから、またちょっとだけ時間をいただいて青空食堂のほうに足を向けてみた。


「レイナ=ルウ、そちらはどんな様子かな?」


「ああ、アスタ。はい、思っていた以上に順調のようですね。きっと座席や木皿が十分にそろっているぶん、昨日のシーラ=ルウたちよりも苦労は少ないのだろうと思います」


 そのように答えるレイナ=ルウは、至極満足げな微笑をたたえていた。

 昨日の倍以上も座席をそろえているので、昨日以上に食堂は賑やかだ。それでもやっぱり、おかしな騒ぎに発展しそうな気配はない。


「それにやっぱり、心が満たされていくのを感じます。同胞ならぬ町の人間でも、これほど楽しげにわたしたちの料理を食べてくれるなら、もっともっと喜んでもらえるように力を尽くすべきではないか、と――自然とそのように考えることができてしまいますね」


「そっか。それなら本当にこの店を出した甲斐があったね」


「はい」とレイナ=ルウはにっこり微笑む。

 その青い瞳が、ふっとけげんそうな光を帯びた。

 それと同時に人の気配を感じた俺が後方を振り返ると、木皿を手にした革マントの若者がふてくされたような面持ちでそこに立ちつくしていた。

 旅人風を装った、ロイだ。


「……こいつはアスタじゃなくお前たち森辺の女衆だけでこしらえた料理だそうだな」


 挨拶をさせるいとまも与えず、開口一番でロイはそのように言った。


「お前たちがどれほどの腕前であるのかを確かめさせてもらうぜ」


 レイナ=ルウは無言のまま、うやうやしくも見える態度で座席のほうを指し示す。

 そうしてロイがそちらに足を向けるのを見やりつつ、レイナ=ルウはこっそり俺に耳打ちしてきた。


「アスタ、あの料理人は何という名前であったでしょう? また失念してしまいました」


「ええ? あれはロイだよ。もう3回ぐらい紹介している気がするけど……」


「そうでしたね。お手間をかけさせてしまい申し訳ありません」


 罪深いなあと心中でつぶやきつつ、俺もロイの様子を見守った。

 他の料理は購入せず、一人前の量を注文したらしいロイは、木皿にたっぷりと注がれた『ギバのモツ鍋』の汁をすする。


 マントのフードをかぶっているので、この位置からは表情を確認することは難しかった。

 ロイは無言で木匙を動かし、ゆっくりと食事を進めている。


(俺が見守っててもしかたがないか)


 評価は後からレイナ=ルウにでも聞けばいい。そう思いなおして、俺は自分の屋台に戻ろうとした。

 しかし、それより早くロイがこちらを振り返ってきた。


「おい……本当にお前はこの料理を作るのに関わっていないのか?」


 それは俺に向けられた問いだ。

 俺は「はい」とうなずき返してみせる。

 ロイは唇を噛み、まだ8割がたは残っている木皿の中身をにらみつける。


「それで、お前らはミケルに手ほどきを受けているわけでもないってんだな……?」


「そうですね。手ほどきを受けたのは、燻製肉と乾酪の作り方だけです」


 木匙をつかんだロイの手に力がこもっていた。

 レイナ=ルウは、小首を傾げながらその姿を見つめている。


「あなたはこの前から何に心をとらわれているのでしょう? それはわたしと同胞のシーラ=ルウがふたりで作りあげた料理ですが、そもそもタウ油や砂糖などの正しい使い方を教えてくれたのはアスタです。そのアスタも自分の父親に手ほどきを受けてこれほどの技を身につけたのだという話なのですから、人間は、ひとりの力で何かを為すことなどはなかなかできないということなのだろうと思います」


「……そんなことは、俺にだってわかってるんだよ」


「だったらどうしてミケルに教えを乞わないのですか? ミケルはもはや料理人ではなく、そしてあなたは城下町の料理人である、ということで、自尊心が邪魔をしてしまうのでしょうか?」


「そんなんじゃねえ。俺はただ――」


 と、ロイはそこで口をつぐんでしまう。

 レイナ=ルウは、彼女らしくもなく胸の前で腕を組み、そうして溜息まじりに言った。


「わたしには、あなたという人間がわかりません。何かを思い悩んでいるのなら、それを解決するためにもっと力を尽くすべきではないでしょうか?」


 それでもロイは何も答えず、残っていた料理をものすごい勢いでかきこみ始めた。

 まだ湯気をたてている汁物なのに熱くはないのだろうかと俺は心配になってしまったが、ものの十数秒でモツ鍋を完食してしまい、ロイは席から立ち上がる。


「あのマイムという娘は、紫の月の間に屋台を出すつもりでいるそうですよ」


 レイナ=ルウの最後の呼びかけにも答えず、ロイは立ち去っていった。

 レイナ=ルウはもう一度溜息をつき、空いた木皿を樽の水で洗い始める。


「何だかあのうじうじした姿を見ていると、余計な言葉を吐かずにはいられない気持ちになってしまうのです」


 俺が声をあげる前に、レイナ=ルウはそのように申し述べてきた。


「わたしはこんなに意地の悪い人間であったのですね。少し自分が嫌いになってしまいそうです」


「いやあ、意地の悪さは関係ないんじゃないのかな」


 そのように答えつつ、それじゃあ何に起因する心境なのかは、俺にもわからない。

 やはり、料理に関して思い悩んでいるロイに自分の姿を重ねてしまっている、ということなのだろうか。


 一刻も早くロイがスランプ状態から脱することを祈りつつ、俺は自分の仕事に戻ることにした。


                 ◇


 それ以外には大きな波乱もなく、俺たちはその日の商売を終えることになった。

 というか、波乱というならこの盛況っぷりこそが大波乱というべきなのだろう。けっきょくその日も『ギバのモツ鍋』は定刻よりもやや早めに売り切れる事態になってしまったのだった。

 ちなみにその他の料理も、『ミャームー焼き』を含めて定時できっちり完売している。


「ですが、これこそ物珍しさが手伝った上での結果なのでしょう。不満の声があがるほど早く売り切れているわけではありませんし、とりあえずは明日からもしばらくは同じ量を準備したいと思います」


 レイナ=ルウはそのように述べていた。

 俺も異存はなかったが、それに続いて発言する者があった。

 誰あろう、それはツヴァイである。


「だけどサ、献立に関しては今の内から考えておくべきじゃないのかネ? まだしばらくは大丈夫だとしても、別の汁物料理を売りに出す準備を進めておくべきだと思うヨ?」


「別の汁物料理?」


「ああ、そうサ。この汁物は120人前を準備してるけど、お客のほとんどが半人前の量を注文してるじゃないか? ってことは、3、400人ぐらいは来ているお客の内の半数以上がこの料理を食べてるってことになるんだヨ」


 いつになく真剣な眼差しでツヴァイはそのように言葉を重ねた。


「それだけの人数が毎日毎日おんなじ汁物を食べていたら、他の料理よりも早く飽きられちまうんじゃないのかネ? 物珍しさがなくなっちまったら、余計にネ」


 それはそうかもしれないな、と俺は感心することになった。

『ギバのモツ鍋』はどちらかというとサイドメニューのような扱いをされている。で、他の料理は組み合わせを変更することができても、モツ鍋だけは毎日同じものを食べる状態になってしまうのだ。


「そうだね。思えば、俺たちが宿屋に卸している料理だって、一日置きに違う献立を出しているから飽きられずに済んでいるのかもしれない。南や東のお客さんなんかは数日や数週間単位で顔ぶれが変わることが多いから、なおさらにね」


 まだ今ひとつピンときていなそうなレイナ=ルウたちに向かって、俺が補足で説明をしてみせた。


「でも、屋台では西の民のお客さんも大勢来てくれているからさ。1ヶ月も2ヶ月も同じ料理ばかりを食べる気持ちにはなれないだろう。それを考えたら、『ギバ・バーガー』や『ミャームー焼き』よりは早く飽きられる危険があるかもしれない」


「では、ツヴァイの言う通り、汁物料理も一日置きに違う献立を準備するべきなのでしょうか?」


「うん。『ギバのモツ鍋』に負けない料理だったら、お客さんから不満の声があがることもないだろうし。少なくとも、こちらの損になるやり方ではないと思うよ」


 昨日は青空食堂の開設に不満げであったツヴァイであるのに、わずか一日で新たな儲けの筋道を見いだせたらしい。なんとも心強い限りであった。


「そうですね……このままですと、いずれは臓物を準備することも難しくなりかねないですし、今度は普通の肉を使った汁物料理を考えてみてもいいかもしれません」


 そんな有意義なディスカッションを繰り広げながら、俺たちは片付けの作業を終えて、森辺の集落に帰還した。

 すると今度は、サウティの集落に向かうための準備である。


 道行きは、毎日ルウの集落を経由することが決定されていた。

 理由は多々あるが、まず第一に、サウティの人々も日々の買い出しではそのルートを採用していたためである。サウティの集落から宿場町に向かうには、このルートが最短であったのだ。


 ちなみにサウティの集落から直接宿場町に向かうには、いったん南側から森辺の外に出て、大回りで石の街道を伝って北上するしかない。それだと徒歩で4時間、トトスの荷車でも80分はかかってしまう。

 が、森辺の内部を北上し、ルウ家の付近にある道から森の外に出れば、徒歩で2時間40分、荷車なら50分強で宿場町に到着できるのだ。


 まだトトスや荷車を手にしていなかった時代、サウティ家はほとんど宿場町にまで足をのばすことはなく、森辺の南側にある農村から必要な物資を購入していたらしい。

 その後、トトスを手に入れたことによって、宿場町への最短ルートを模索することになり、現在のルートが無事に見出されたのだという話であった。


 ということで、いささかならず前置きが長くなってしまったが、俺たちはそうして宿場町からルウ家に戻り、そこで必要な荷物を積み込み、ついでにルウ家の女衆らは人員も交代して、それからいざサウティの集落を目指したのだった。


 ルウ家の明日の当番はシーラ=ルウとヴィナ=ルウであるので、その両名がレイナ=ルウおよびリミ=ルウと交代し、荷車に乗り込む。下ごしらえのメイン作業はルウの集落に居残る部隊が受け持つことになっていたので、仕事の重さにまさり劣りはない。


 また、この騒動にケリがつくまでは、宿屋の仕事は毎日ルウ家に任せることが決まってもいた。フォウ家やラン家などの助けもないまま、ファの家がその仕事を受け持つのには、少なからず無理があったためである。


 そうしてルウの集落から40分ばかりも荷車を走らせて、俺たちはサウティの集落に到着した。

 道は一本なので迷う恐れもない。そして、サウティの集落は南の端にあるので見間違う恐れもない。森辺の道をひたすら南下して、その果てに現れるのが、サウティの集落なのだ。


「よくぞ参ったな、森辺の同胞らよ。……サウティの家にようこそ」


 出迎えてくれたのは、モガ=サウティであった。

 俺は荷車の御者台から降り、そちらに一礼してみせる。


「しばらくお世話になります。狩人たちは、予定通り森に向かいましたか?」


「うむ。入念に打ち合わせをして、今は罠を仕掛けに出向いている。その途中で襲われることがなければ、明日から本格的に森の主と相対することになろう」


 サウティの集落は、妙に静まりかえっているように感じられた。

 広さのほうは、なかなかのものである。ルウやスンの集落と遜色のない規模なのではないだろうか。


「ここはサウティのみならず、古きの眷族たるヴェラ家とともに築いた集落であるのだ。サウティの家人が19名、ヴェラの家人が14名、合計で33名の同胞たちが住まっている」


「そうですか。たしか、サウティはすべての眷族を合わせると60名ていどの人数であるのですよね」


「うむ。この数ヵ月で4名の子が5歳の年を迎えたので、今は68名となったはずだ」


 そういえば、森辺においては5歳未満の幼子は人数としてカウントされない習わしであったのだ。


「その中で、狩人たる男衆は23名であったのが、このたびの騒ぎで2名が狩人としての力を失ってしまった。このままでは、サウティも力を失っていくばかりであろう」


「今後は21名で、68名分のギバを狩っていかなくてはならないわけですね」


 それはルウ家などに比べると、ずいぶん狩人の比率が少ないように感じられた。

 女衆か、あるいは子供や老人が多いということなのだろう。


「サウティとヴェラに限っていえば、女衆は14名だ。その内の半数ほどを使って晩餐をこしらえてもらいたいのだが、いかがであろうかな?」


「問題ありません。まずは商売用の下ごしらえをしてから晩餐の準備を始めたいと思います」


「では、サウティのかまどに案内しよう」


 モガ=サウティの先導でサウティの本家に向かいつつ、俺は頭の中で計算をした。

 サウティとヴェラの総勢が33名。手助けに出向いてきている狩人たちが11名。俺たちかまど番が8名。合計で、52名分の晩餐をこしらえればいいわけだ。

 俺たち8名だけでも苦になる量ではないし、サウティの女衆らに手ほどきをしながら作業を進めることも難しくないだろう。


 そこまで考えてから、俺はルウルウの手綱を引いているシーラ=ルウのほうを振り返った。


「そういえば、最近のミダはどれぐらいの食事量なのですか? 以前に10人前から5人前に分量を絞ったという話を聞いた気がするのですが」


「はい、今でも5人前は口にしていると思います。何せあれだけの大きさですから」


 ならば4人前を追加して、56人前。

 ルウの一族の旺盛な食欲を考えれば、60人前は準備するべきか。

 さらに俺はモガ=サウティに改めて問う。


「あの、5歳に満たない幼子で、普通の食事が必要な子は何人おりますか? あと、普通の食事を食べることが困難な負傷者というのは、サウティとヴェラで何人いるのでしょう?」


「乳飲み子でない幼子は4名、汁物しかすすれない負傷者は3名であるな」


 ということは、幼子には半人前ぐらいを用意するとして2名分プラス、負傷者には別の料理を準備するとして3名分マイナスか。

 ざっくりと60人前で、決定だ。


(サウティのみんなを元気づけられるような料理――それに、狩人たちに力を与えられるような料理、か)


 かといって、そこまで特別な料理を意識する必要はないだろう。ファの家やルウの家は城下町から流れてきた食材をも使用しているので、それだけでも森辺では特別仕立ての料理になってしまうのである。

 負傷者たちの容態はあとで確認させてもらうとして、それ以外では普段通りに、丹精を込めて調理するだけだ。


(宴でもないのに余所の家で料理をこしらえるなんて、ルウやルティム以外では初めてのことだな)


 とうてい祝福できないような経緯で訪れてしまったこの状況であるが、なかなか縁を深めることのできなかったサウティ家の力になれるのなら、そこだけは前向きに受け取りたかった。


 かくして、数日間に及ぶサウティの集落における生活が、いよいよ開始されたのである。

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