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異世界料理道  作者: EDA
第十六章 星はなけれども
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有意義なる休業日②~燻製肉と腸詰め肉~

2016.1/1 更新分 1/1

 ミケルらと言葉を交わしている内に半刻ほどが経過したので、燻製室では香草と薪の追加をして、海草を入れた鉄鍋には火を点すことにした。


 ぐらぐらと煮立つ直前に海草は取り除き、3種の野菜を投じ入れる。

 ミケルの教えに従って、シィマとマ・ギーゴは皮を剥き、チャンは皮ごと投じている。マ・ギーゴは淡い褐色の皮を剥くと、確かにギーゴとよく似たクリーム色のぬめぬめした姿をあらわにした。


 15分ぐらいかけて、すべての野菜に木串が通るぐらいやわらかく煮えたら、火を止める。

 味付けは、ファの家から持参した塩のみだ。


「うん、やっぱりシィマはダイコンとよく似た野菜みたいですね」


 木皿の上に引き上げた、まずはシィマとマ・ギーゴを人数分に切り分ける。

 食べてみると、味わいもかなりダイコンに近い。

 海草の出汁がほのかにしみていて、素朴ながらも素晴らしい味わいだ。


「これは今までにない味わいですね。確かにタウ油には合うような気がします」


 レイナ=ルウが発言し、シーラ=ルウもうなずいている。

 もっとじっくり煮込んだら、さらなるやわらかさと甘みを引き出すこともできるだろう。《南の大樹亭》の料理では積極的に使用させていただきたいと思う。


 ルッコラのごときロヒョイも、熱を通すと罪のない味になった。

 辛みや苦みは綺麗に消え失せ、うっすらとゴマのような風味だけが残り、噛み心地はナナールよりもややしっかりとしている。煮物よりも、おひたしや炒め物に適した野菜であろう。


 そして、マ・ギーゴとマ・プラである。

 皮を剥いたマ・ギーゴは、本家ギーゴのようなぬめりがなくなり、もたっとした歯触りが何やらサトイモを思い起こさせた。

 これも煮物や汁物では美味しく仕上げることができそうだ。


 マ・プラはプラのような苦みもなく、その代わりにほんのりとした甘みがある。ピーマンのごときプラに対して、真っ赤なマ・プラはパプリカの代わりがつとまりそうな野菜であった。


 そうして大トリは、もっとも外見から味の想像がつかないチャンである。

 真っ黒いピンポン玉のようなこの野菜はいったいどんな味なのだろう、と率先して俺がかじってみると――質感はややしんなりとしており、その内側からは少しだけ甘みにある水気がにじんできた。


 なかなか独特の食感である。

 やや歯応えのあるナス、といった感じであろうか。

 いや、口にした経験が少ないのではっきりしたことは言えないが、もしかしたらズッキーニのほうが近いかもしれない。


 海草の出汁と塩の味付けだけでは、それほど美味とは思えなかった。

 しかし、ナスやズッキーニに似た野菜ならば、もっと味付けの濃い料理や、それに焼き料理でも使えそうであった。


「どれもこれも味気ないわね。わたしは好きになれそうもないわ」


 そのように発言してから、レム=ドムは俺をにらみつけてきた。


「わかってるわよ。あくまでこれは味見だっていうんでしょ? あなたの料理にケチをつけてるわけじゃないじゃない」


「俺のほうこそ、何も文句は言っていないじゃないか」


 俺は苦笑を返してから、ミケルに向きなおる。


「城下町の晩餐会で使えるかどうかは献立しだいですが、宿場町で扱うにはどれも問題なさそうですね。お次は茸を試してみましょうか」


「試すのは勝手だが、干した茸は一晩水に漬けておかねば元には戻るまい。そのまま煮込んでも固くて旨みのない茸に仕上がるだけだ」


 なるほど、干した椎茸を水で戻すのと同じことか。

 ならば、そちらからもその過程で出汁が取れるかもしれない。


「あ、それと食料庫からは各国のお酒も頂戴してきたのですよね。あれらのお酒はいかがなものでしょう?」


「酒で味をつける調理法などジェノスにはない。……ただ、シムやマヒュドラでは肉の臭みをとるために酒で煮込む料理が存在すると聞いたことがあるな」


 と、ミケルは考え深げに下顎をさする。


「そもそもキミュスやカロンには大して臭みなどないから、肉を酒で煮込む必要もなかったのだろう。マヒュドラは知らんが、山育ちのギャマは臭いので、シムでは酒で煮込んだり香草を山ほど入れる料理が生まれたということか」


「そうですね。なんだか興味深いです。……そういえば、ミケルはシムやジャガルなどに出向いたことはあるのですか?」


「どうして俺が余所の国にまで足をのばさなくてはならんのだ。行商人でもないのに他国へ旅をする人間なんて、よほどの物好きぐらいだろう」


 そんな風に言ってから、ミケルはじろりと強めの眼光を飛ばしてきた。


「お前こそ、森辺や宿場町から一歩でも足をのばしたことはあるのか? 毎日毎日商売をしていては、そんな時間をひねりだすこともできなかろう」


「そうですね。恥ずかしながら、ダレイムやトゥランに出向いたことすらないほどです。城下町も、トトスの車に揺られるばかりで町を歩いたことはありませんし」


 呆れたように、ミケルは溜息をつく。


「それでお前はギバ肉ばかりを使っているのだからな。ひょっとしたら、キミュスがさばかれるところを見たことすらないんじゃないのか?」


「そうですね。……というか、生きたキミュスがどんな姿をしているかもまだ知らないのですが」


 これには、呆れるどころか絶句されることになった。


「……しかしお前は、宿屋でキミュスやカロンの料理を作ったりもしていたのだろう?」


「ええ。新しい献立を開発するために、宿屋のご主人と一緒に色々と研究していたんです。今ではご主人が自分の手で作っておられますが」


「キミュスの姿も知らんでキミュスの料理をこさえていたわけか。お前が同じ店で働く人間だったら、ふざけるなと怒鳴り散らしていたところだ」


「恐縮です」と頭をかきつつ、俺はマイムのほうに視線を転じる。


「それじゃあマイムは、キミュスをさばく現場を見学に行ったことがあるんだね。それはやっぱりダレイムなのかな?」


「はい。2年ほど前、父さんに連れていってもらいました。それでいつかは、ダバッグにまでカロンの牧場を見学に行く予定なのです!」


「へえ、それは羨ましい」


 そんな風に俺が答えると、マイムはぐぐっと身を乗り出してきた。


「それならば、アスタもご一緒に行きませんか? ダバッグであればトトスで半日なので、翌日には戻ってくることもできますよ?」


「いやあ、俺はカロンの料理を作っていく予定もないしねえ」


 と、俺は即答してしまったが、それは何やら胸の躍る提案ではあった。

 ジェノスの外に足を踏み出すなんて、これまでは夢想だにしていなかったことである。

 ちょっと考えこみながら、俺はレイナ=ルウを振り返った。


「森辺の民は、宿場町より遠くには足をのばそうとしないよね。それはやっぱり森辺の習わしに反する行為なのかな?」


「習わしに反するというよりは、必要がなかったというだけのことでしょう。買い出しなどは、宿場町だけで用事が足りますし。……でも、先日には分家の男衆らもカミュア=ヨシュとともにジェノスの外へと出向いていましたから、正当な理由さえあれば咎められることはないと思います」


 ならば、ダバッグへの小旅行などというのも、ことと次第によっては実現可能なのだろうか。

 これはアイ=ファやドンダ=ルウに相談する価値はあることなのかもしれない。


「それなら手始めに、俺はダレイムまで足をのばしてみたいかな。ダレイムだったら知り合いもいることだしね」


 ドーラ父娘の姿が脳裏に浮かぶ。

 いずれは彼らを森辺に招きたいと願っている俺であったが、それならこちらがダレイムに出向くという計画を練ってみてもよいのではないだろうか。

 リミ=ルウなんかも、きっと喜ぶに違いない。


「トゥランにはフワノとママリアの畑しかありませんし、あれは領主の持ち物なので近づくこともできません。だから、ダレイムでアリアやタラパの畑を見るだけでも、わたしにはとても有意義に感じられました」


「そうか。それなら俺もぜひ拝見したいところだなあ。俺たちも、野菜は宿場町で売られているものしか見たことがないもんね?」


 俺が同意を求めると、レイナ=ルウとシーラ=ルウの両名がそろって複雑そうに視線を返してきた。


「あの……申し訳ないのですが、わたしはダレイムでキミュスや田畑を目にしたことがあるのです。シーラ=ルウも、たしかそうだよね?」


「はい。キミュスがあのような姿をしているとは思っていなかったので、少し驚かされました」


「え? ふたりはダレイムまで足をのばしたことがあるのかい?」


「はい。……以前にアスタがさらわれた際、わたしとシーラ=ルウは宿場町とダレイムを捜す役割でしたので」


 納得すると同時に、俺は非常に申し訳ない気持ちを抱えることになった。


「そうだったね。その節は大変お世話になりました。……みんなの苦労も知らずに浮かれたことばかり言って申し訳なかったよ」


「そんな、お気になさらないでください。アスタに責任のあることではないのですから」


 レイナ=ルウが、俺を励ますように微笑みかけてくる。


「あのときはわたしたちも田畑の様子をゆっくり観察するゆとりもありませんでしたので、アスタがダレイムに向かうというならご一緒させてほしいです」


「そっか。それならドンダ=ルウに相談だね。それに、ダレイムの人々に歓迎されるかどうかも確認してみないといけないし」


 ギバを恐れるダレイムの人々は、宿場町の人々よりも森辺の民を恐れる気持ちが強いかもしれない。ドーラの親父さんもミシル婆さんも、出会った当初はずいぶん森辺の民を忌避していたものなのだ。


 サイクレウスたちの悪事が露見したことによって、森辺の民に対する差別感情はだいぶん緩和されてきた。

 それでも、無条件で受け入れられているわけではない。町の人間とは異なる倫理観を持ち、そして勇猛なる狩人の一族であるというだけで、やはり森辺の民は異端視されている側面があるのである。

 また、四大神を畏れずに、森のみを母としている。そういう部分も、町の人々には不可解きわまりないのであろう。


(それでもむやみに蔑まれたり恐れられたりすることはなくなった。異端者ではなく、ちょっと奇妙な隣人として、もっと仲良くなることはできるはずだ)


 そんなことを考えながら、俺は木皿に余っていたチャンの実を口の中に放り込んだ。


               ◇


 それから2時間と少しの後、ついに燻製肉が完成した。

 ただでさえ縮んでいた肉がいっそう小さく干し固められ、布の上に並べられている。


 腸詰め肉などは、およそ半分ぐらいの細さになっていた。

 腸はしわしわに縮みあがり、内部の肉は濃い赤褐色に変じている。


「やはり普通の干し肉ほど固くはならないようですね。ぎゅうぎゅうに圧縮されている感じですけれども」


 言いながら、俺は小刀を取り上げた。

 アイ=ファから借り受けた、親父さんの形見の品である。腸詰め肉はともかく、干し肉はこれを使わないと調理刀の刃を傷めてしまいかねないのだ。


「とりあえず、ひと通り味見をしてみましょう」


 モモ、バラ、肩、ロース、後ろ足をそのまま燻製にしたもの、そして腸詰め肉の6種である。

 まずは無難なモモ肉を削り取り、皿に移していく。

 干し肉は日が経てば経つほど固くなるので、現段階では俺でも歯でかじりとれそうなていどの固さである。


「……これはずいぶんと、味がよくなっているようですね」


 レイナ=ルウが、驚いたように言った。


「少し香草を加えて、燻すのに手をかけただけなのに、とても風味が豊かです。これは男衆にも喜ばれるのではないでしょうか」


「うん。このまま鍋に入れても美味しく仕上げられそうだね」


 味わいとしては、やはりジャーキーに近いだろう。

 かつての森辺の民はほとんどこの干し肉からしか塩分を摂取していなかったので、咽喉がひりつくほど塩辛い。

 しかし、凝縮された肉の旨みと各種の香草の香りが、とても味わい深い。


 そうして、バラ、肩、ロースも次々に味を見ていく。

 個人的に、バラとロースは微妙な味わいであった。

 脂身が、ちょっと中途半端な存在になってしまっている。ぐにぐにとした食感もそんなに気持ちのいいものではなかったし、何というか、脂の旨みを活かしきれていない感じだ。


 かといって、脂身の少ない肩肉がベストとも思えない。

 これは日が経ったら、それこそ鰹節にも負けない固さに変じてしまうだろう。


 そして後ろ足の燻製は、内部にいくにつれずいぶん肉質がやわらかいように感じられる。この質量では、もっと塩に漬け込む時間を長くしてさらに念入りに水抜きをする必要があるようだ。


 けっきょく携帯食の干し肉としては、ブロック状のモモ肉が1番適しているように感じられた。


「美味しいです! わたしはあまり干し肉など食しませんが、これならカロンやキミュスに負けることはないのではないですか?」


「そうだね。だけどこれは、カロンの1・5倍の値段で売らないといけないんだ。そうすると、普通の旅人なんかはちょっと手が出ないかもしれない」


 マイムは、きょとんと目を丸くした。


「ならば、どうして干し肉の質を高めようと思ったのですか? ……ああ、自分たちが美味しくいただくためなのですね」


「もちろんそれもあるよ。あともうひとつ、干し肉だったら他の町で売ることもできるかな、とも思ったんだよね」


 考えながら、俺は応じる。


「以前にさ、宿場町で知り合ったシムの商団が、転売の目的でたくさんの干し肉を買っていってくれたんだ。よその町の貴族や裕福な人たちだったら、少しぐらい値が張っても珍しがって買ってくれるかもしれないだろう?」


 このままでいくと、いずれギバ肉はカロンの胴体の肉と同じぐらいにまで値段を吊り上げられる恐れがある。そのときに備えて、俺は新たなる販売経路を模索しておくべきかなと考えていたのだ。


 俺がそのように説明すると、マイムはちょっと悲しげな顔になってしまった。


「ギバ肉がそれほど高価になってしまったら、宿場町ではもう扱えなくなってしまいますね? カロンの胴体の肉は、足肉の倍ぐらいの値段がするのでしょう?」


「そうだね。だけどその頃には宿場町の人たちも今より豊かになっているかもしれない。……いや、豊かになっているべきなんだと、俺の知り合いのポルアースという貴族はそんな風に言っていたんだよね」


 まあ、それはあくまで遠い未来の話だ。

 俺としては、不測の未来が訪れる前に、打てる手はすべて打っておきたいと願ったばかりである。


「それでこの腸詰め肉だったら、普通の干し肉よりもいっそう食材として喜ばれるかなと考えたんだけど、さてさてお味はどんなものだろうねえ」


 太さは1・5センチ、長さは10センチばかりにまで縮まった腸詰め肉を、俺は半分ずつ切り分けていった。

 人数はちょうど10名なので、5本の消費だ。


 みっしりと肉の詰まった、ソーセージの燻製である。

 食べてみると、サラミのように歯ごたえがしっかりしていた。

 しかしこちらは練りこんだ脂身が適度にやわらかな食感を生み出しており、噛むとそれほどの抵抗もなく口の中でほどけていく。


 塩とピコの葉の味が鮮烈だ。

 そしてリーロやその他の香草が、豊かな風味をもたらしてくれている。

 肉は普通の燻製肉と同じかそれ以上に味が凝縮されており、わずかな量でもとてつもない満足感を与えてくれた。


「美味しいですね! ものすごく咽喉が渇いてしまいますが」


 マイムにうなずきかけてから、俺はレイナ=ルウたちを振り返った。


「みんなは、どう思う? 味そのものは素晴らしいよね」


「はい。干し肉よりも美味だとは思います。……ですが、ドンダ父さんなどはこの食べやすさをむしろ嫌うのではないでしょうか?」


「うん。晩餐ではやわらかい肉を食べる機会が増えたから、干し肉までやわらかくなってしまったら、不安に思う狩人は多いと思う。俺だって、もちろん同じ気持ちだしね。……だからこれは、他の町での商売用っていうのと、あとは晩餐の食材として使うために挑戦してみたんだよ」


「晩餐の食材ですか?」


「うん。何ヶ月も保存する必要がないなら、ここまで徹底して干し固める必要はないからね。燻す時間を短くしたり、いっそ燻さずに焼いたり茹であげたり、使い道はいくらでもあると思うよ?」


 そして俺は、バラの燻製肉を指し示してみせる。


「こっちのこいつもね、ここまで干し固めてしまうと脂身の美味しさが損なわれてしまうけど、燻す時間を調節すれば、ベーコンっていう別の食材に仕上げることができると思う。以前にシュミラルやバランのおやっさんたちに渡した干し肉は何とも中途半端な仕上がりになっちゃったけど、最初からベーコン目的で作るなら、きっと上手くいくんじゃないかな」


「……アスタは最初からそこまで考えて、干し肉の作り方の修練を積もうとしていたのですね」


 レイナ=ルウは小さく息をついてから、強い目つきで俺を見つめてきた。


「どうもここ最近は、アスタとの力量の差を思い知らされるばかりです。それこそ、暴れるトトスにしがみついているような心境ですが……それに振り落とされてしまわないよう、わたしもいっそう励みたいと思います」


 シーラ=ルウもトゥール=ディンも、レイナ=ルウに負けず真剣な面持ちになっていた。

 リィ=スドラはそれを見守るように微笑しており、レム=ドムは無関心、サリス・ラン=フォウは今ひとつ状況が飲み込めぬ様子でおどおどとしており――


 そしてユン=スドラは、妙に熱っぽい眼差しで俺を見つめている。

 そちらをちらりと見やってから、レイナ=ルウは身を乗り出してきた。


「アスタ、これからも手ほどきをお願いいたします。足手まといにならぬよう、すべての力を振り絞りますので」


「ありがとう。レイナ=ルウにそう言ってもらえたら心強いよ」


 ベーコンとソーセージの作製に、『ギバ・カレー』の味の向上、歓迎会の献立の開発、新たな食材たちの吟味――それに、フワノとポイタンの配合についても、そろそろ面白い結果が得られそうになっている。みんなの協力があるからこそ、俺もここまで手を広げることができているのである。


「だけどアスタ、この腸詰め肉というのはずいぶんな手間がかかってしまいますね。今日はフォウやスドラの女衆らをたくさん集めることができたので朝の内に終わらせることができましたが、今後はどうなのでしょう?」


 と、サリス・ラン=フォウがひかえめに発言してくる。

 俺は笑顔でそちらを振り返った。


「それについては、ひとつ考えていたことがあります。今日のようにまとめて燻しの作業に取り組めば、最低限の人数で干し肉を作ることができますよね。これでさらにリッドやガズやラッツの家まで参加してもらえれば、その分の人手を浮かすことができます」


「ああ……それは確かにそうですね。これだけ大量の肉を1名か2名で燻すことができるなら、ずいぶん手を空けることができそうです」


「はい。それに加えて、宿場町への買い出しの仕事が免除されたら、さらに人手を作ることもできますよね?」


 サリス・ラン=フォウは、いぶかしそうに首を傾げた。


「実は、買い出し用のトトスと荷車を新しく購入しようかと考えているんです。それをみんなに使ってもらえば、かなりの時間を浮かせることができるでしょう? その時間を俺の手伝いに費やしていただけないものか、それぞれの氏族の家長に相談してみようと思っていたところなんです」


「え……他の氏族のために荷車を買うというのですか? でも、荷車というのは驚くほど値の張るものなのでしょう?」


「それで俺の仕事を手伝ってもらえるなら安いものです。確かにたくさんの腸詰め肉を作るには、とてつもない労力がかかりますからね。俺ひとりではとうてい成し得ない仕事なのですよ」


 一方的に荷車とトトスを買い与えるだけでは、きっと各氏族の家長たちも施しを受けているようでいい気分はしないだろう。

 だけどそれがファの家にとっても益のある話なら、一考してもらえるのではないだろうか。


「……それもつまり、あなたたちの言う『豊かな生活』のひとつのあらわれということね」


 レム=ドムが、肩をすくめながら発言した。


「なんというか、恐れ入ったわ。荷車を他の氏族に買い与えるだなんて、ただギバを狩っているだけではまず成し得ないことでしょう。それで作った腸詰め肉とやらが売り物になれば、さらなる富が転がりこんでくる。本当に途方もない話ね、これは」


「うん。ギバ肉の値上げなんていう不測の事態が生じてしまったから、こちらも手を広げざるを得なくなっちゃったんだよね」


 しかし、どんなに商売の手を広げようとも、そこにギバ肉の存在は不可欠である。ギバ肉なくして、俺の商売は成り立たないのだ。

 だから、森辺の民はどれほどの富を得ても、狩人の仕事をおろそかにすることはできない。

 これならば、堕落せずして豊かな生活を手に入れることができるのではないだろうか――というのが、俺の基本理念であった。


「たいしたものだわ。たったひとりの異国人が、ここまで森辺の民の生活を一変させてしまうなんてね」


 そう言って、レム=ドムはにやりと不敵に笑った。


「あなたがどこかでつまずいてしまうのか、それともこのまま発情したギバみたいに何もかもを突き破っていくのか、行く末が楽しみでならないわよ、アスタ」


「そうだね。俺も足もとに気をつけながら突き進んでいきたいと思っているよ」


 そうして燻製肉の試作会は、数々の課題を残しつつ無事に終結したのだった。

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