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異世界料理道  作者: EDA
第一章 異世界の見習い料理人
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⑤ルウ家の男衆

 それは、何やら猛烈なる迫力を発散する男たちだった。

 ルウ家の、4人の男衆。


 その先頭に立っているのが、家長のドンダ=ルウである。

 年齢から言っても風格から言っても、それは間違いない。


 身長は、180センチ以上もありそうだ。

 体重も、90キロは下らないと思う。


 ギバの毛皮のマントを纏いつけ、袖なしの胴衣と、布の腰あて、ものすごく大量の牙と角の首飾りに、足にはベルト状の革の履物、そして巨大な蛮刀と小刀――それらはみな一様に同じ装束である。


 しかし、ドンダ=ルウだけは、その迫力がずば抜けていた。


 腕にも肩にも腿にも脛にも、山のような筋肉が盛り上がっている。

 胸板などは呆れるほどに分厚くて、腰まわりも巨木みたいにどっしりとしている。


 そして、そのご面相もまたド迫力で、ギバのようにごわごわとした黒褐色の蓬髪に、下半面を覆う髭、目も鼻も口も大きくて、皮膚には岩塊のひび割れみたいな深いしわが刻みこまれていた。


 もうそれなりの年齢であるはずなのに、その炯々と光る青い瞳や、岩のような巨躯からは、物理的な圧力をともなった精気と生命力がみなぎっている。


 一言で言って――それは、野生のギバが人間に化けたかのような、魁偉なる大男だった。


(それに比べれば、まあ……)


 後ろに控えた男たちは、まだしも人間がましく見えてくる。


 特に、ドンダ=ルウの右手側に控えた人物などは、温和で善良そうにすら見えた。

 体格は、父親ほどではないが至極大柄でがっしりとしている。その腕は俺の脛ぐらいの太さがありそうだったし、また実際、彼はその逞しい腕一本で50キロぐらいはありそうな若いギバを軽々と担いでいた。


 しかしその顔は、岩塊のような皮膚の質感こそ父親とそっくりではあったが、褐色の髪は短く刈りこまれており、糸のように細い目をしているせいか、何だかにっこりと笑っているように見えてしまう。その口に漂う表情も、とても穏やかだ。


 ただ、温和で善良そうに見えはするが、その大きな身体には父親とはまた別種の不可視な力感みたいなものがまとわりついており、何だかこの人だけは絶対に怒らせたくないなあと俺はこっそり感じ入ってしまっていた。


 その人物はそこそこ年齢もいってそうであったが、残りの2名は若そうである。


 ひとりは、俺より少し上かなというぐらいの年頃で、やっぱりすらりと背が高く、顔も身体も若い狼みたいに引き締まっている。

 顔立ちは、ちょっと面長で、鼻が高くて、口もとは厳しく引き締められており、なかなかの男前かもしれない。この集落では希少な黒い髪を長く伸ばして、首の後ろでくくっている。


 ただ……細い眉の下で光る切れ長の瞳は父親そっくりで、まるで野獣のようにギラギラと燃えていた。

 雰囲気だけなら、こちらのほうが父親似なのかもしれない。


 最後のひとりは、確実に年下だ。俺の世界なら中学生ぐらいの年齢だろう。


 身長は俺より少し低いぐらいで、まわりの男衆に比べれば格段に細っこい。が、それでももちろん弱々しい感じなどはまったくなく、彼とさっきの若者とで、こちらは100キロぐらいはありそうな巨大なギバをグリギの木に吊るして担ぎあげていた。


 黄褐色の髪は長くもなく短くもなく、少し色の淡い瞳をしており、いかにも悪餓鬼っぽい反骨心に満ちみちた表情を除けば、けっこう可愛らしい顔立ちをしているかもしれない。それは、あの不満そうにアイ=ファのマントを受け取っていた赤毛の女の子とよく似た顔立ちでもあった。


 ちなみに彼だけは、グリギの棒を担いでいるのとは逆の肩に、俺がこの世界で初めて見る弓と矢筒を負っている。



 ともあれ――これが、ルウ家の男衆なのだった。

 家長であるドンダ=ルウと、その3人の息子たち、なのだ。


「おお、気のきいたお出迎えじゃねえか、リミ」


 と、父親の節くれだった指先が、娘の腕から果実酒の土瓶を取り上げてしまう。


「あ! 駄目だよ、それは料理で使うんだから!」


「ハッ! リョウリだとか小賢しい言葉を使ってんじゃねえよ」


 ギバの牙みたいに白くて頑強な歯が土瓶の蓋をかじり取り、赤い液体が太い咽喉の奥へと流し込まれた。

 ワインほどではないがそこそこのアルコール度数を有しているはずの果実酒を、そのまま一口で飲み干してしまい、空になった土瓶を足もとに放り捨てる。


「よお、ファの家のアイ=ファ。貴様の父親がくたばって以来だから、ざっと2年ぶりか。ひさびさのご対面だってのに、挨拶が聞こえねえなあ?」


 その猛々しい火を宿した瞳が、じろりとアイ=ファをねめつける。

 アイ=ファは、俺の身体をおしのけるようにして、その魁偉なる大男の前に進み出た。


「ファの家の家長アイ=ファだ。今日はリミ=ルウに願われて、家人アスタとともに、ルウの家のかまどを預かるために訪れた」


「ふん。相変わらず可愛げのない餓鬼だ。そんな尖った目をしてなけりゃあ、母親譲りの別嬪なのになあ」


 ギバとライオンのハーフみたいに巨大な顔が、ぬうっとアイ=ファの鼻先にまで寄せられる。


「男衆の真似事をして、ギバの角なんてぶら下げてよ。どんなに尖っても貴様はか弱い女衆なんだってことをまだ理解できてねえのか、ええ、ファの家のアイ=ファ?」


「……私はファの家の家長として、家を守っていく。それは2年前にも告げたはずだ」


 驚くべきことに、アイ=ファはこんな恐ろしげな男たちを前にして、毛の先ほども怯んではいなかった。

 俺の立ち位置では表情がうかがえないが、きっとその瞳はドンダ=ルウにも負けじと火のように燃えているのだろう。


 まるで、野生の山猫とギバの群れが対峙しているかのようだ。


「ハッ! どうだい、ダルムよ? こうなったらいっそのこと、貴様がファの家に婿入りしてやるか? そうすればファの家も絶えずに済むだろう。それには貴様が家のかまどを守って餓鬼を育てなくちゃあならなくなるだろうがな!」


 巨体を起こして、大男がまた雷鳴のような笑い声を響かせる。

 それに反応したのは、あの、父親と同じ目つきをした2番目に若そうな男衆だった。

 その物騒な光をたたえた瞳が、はっきりと嘲りの色をにじませてアイ=ファを見る。


「こんな獣の目をした女など御免だ。いや、こいつは男でも女でもない、ただの生まれ損ないだ」


 反射的に、俺は足を踏み出しそうになってしまった。

 しかし、ななめ前にいたアイ=ファに、素早く制されてしまう。


「私たちには夕餉の仕度がある。準備が終わったら、また」


「そうだよ! 料理はまだまだこれからなんだから! リミたちの邪魔をしないでよね、父さんたち!」


 こんな野獣のような大男でも、やはり娘にとってはただの父親でしかありえないのか。空っぽになった土瓶を振り上げてピイピイとわめくリミ=ルウにも、まったく物怖じする様子もなかった。


 一方、レイナ=ルウといえば、その手にアリアを乗せた平かごを掲げながら、少し困惑した様子で男衆とアイ=ファの対峙を見守っている。


 ドンダ=ルウは、そんな娘たちをにらみすえてから、また「ハッ!」と咽喉を鳴らして、きびすを返した。


「くだらねえな。他の仕事を後回しにしてまで、こんな明るいうちから夕餉の準備かよ? ギバの生命を喰らうのに、余計な手間暇なんざ必要ねえんだ!」


「だから! これはジバ婆のための料理だって言ってんじゃん! アスタの作る料理は、本当に柔らかくて美味しいんだよっ!」


 すると、怒れる末娘に背中を向けたまま、ドンダ=ルウの語調が少しだけ変わった。


「……ギバの肉を食えなくなったら、人間は死ぬだけだ。たとえルウ家の人間でも、偉大なる最長老でも、神の定めし理には逆らえねえってだけの話だ」


 そうして、のっしのっしと去っていく。

 すると、とんでもないことが起きた。

 リミ=ルウが、その背に飛び蹴りを食らわせたのだ。


「ドンダ父さんの馬鹿っ! なんでジバ婆にひどいこと言うんだよ! 父さんだってジバ婆のことは大切なくせにっ!」


「そうです! ジバ婆はルウ家のみならず、この森辺の集落の最長老なんですよ? それを軽んじるような発言を、ルウの家長がしてしまってもいいのですか?」


 レイナ=ルウまでもが、ちょっと瞳に涙をためて、大きな声を父親の背にぶつけた。


「……ふん」とドンダ=ルウは興もなさげに言い捨てて、そのまま建物の陰へと去っていく。


「それでは、俺たちはギバを片付けるか」


 と、野太い声が何事もなかったかのように告げた。

 荒れに荒れまくった雰囲気が、それだけで少し沈静化する。


「ああ。そういえば名乗りをあげていなかったな。俺はルウの家の長兄、ジザ=ルウだ。ファの家のアイ=ファと、家人アスタ。今日は最長老ジバ=ルウのためにご足労いただき、心から感謝している」


 それはもちろん、あの糸のように細い目をした善良そうな大男だった。


「……とはいえ、ルウの家が他家の人間にかまどをまかすなど、西神セルヴァに剣を捧げて以来の大椿事だろう。家長たるドンダ=ルウがそれを手放しで歓迎できる立場ではないということは理解してもらいたい」


「ヘッ! だいたい親父は、ちびリミに甘いんだよ、昔っからな!」


 そう応じたのは、黄褐色の髪をした少年だった。

 たちまち、リミ=ルウがそちらをキッと振り返る。


「何だよぉ、やんのか、ちびルド?」


「ちびにちび呼ばわりされる筋合いはねえよ!」


 少年と幼女が子犬のようににらみあう。

 さっきまでの一幕に比べれば、なんと微笑ましい光景だろう。


「その小さいのが末弟のルド=ルウ。こっちは次兄のダルム=ルウだ。俺たちはみな、ジバ=ルウの行く末を思い、心を痛めている。君たちがジバ=ルウの魂を救ってくれるのならば、みな心から感謝し、敬服の念を示すだろう」


 口もとは、ゆったりと笑っている。

 しかし、糸のように細い目をしているせいか、その心情までは読み取れない。


「……だが、ルウの家のかまどを、ひいては家人の生命が汚されることがあれば、俺たちは刀を取るしか道がなくなる。それだけは、どうか心に留めておいてほしい。それでは。……行くぞ、ダルム、ルド」


 2頭のギバを抱えた3人の兄弟が、解体部屋へと姿を消していく。

 その姿が完全に見えなくなってから、俺はふーっと息をついた。


「いやあ……ものすごい人たちだったなあ。男衆と間近で顔を合わせるのはこれが初めてなんだけど、森辺の男衆ってのは、みんなあんな感じなのか?」


「……ルウの家は、森部の集落でも特に力を有している。その家を支える男衆なら、強い力を持っていて当たり前だろう」


 と、アイ=ファの瞳がひさびさに正面から俺を見る。


「今さら怖気づいたところで、もう引き返すことはできないぞ、アスタ」


「いやあ、ふだんからおっかない女主人と暮らしてるせいか、怖気づくってことはなかったな。……痛いって」


 足を蹴られた。


「だけどまあ、あの親父さんも大概だけど、本当におっかなそうなのは、あの一番上の兄さんみたいだな。こいつは気合が入っちまったぜ」


 そう言うと、何故か仲良し姉妹が絶妙のコンビネーションで俺のほうを振り返ってきた。


「アスタ、すごいね!」


「え?」


「怒ったときに本当に怖いのは、ジザ兄です。わたしなんて、今でもジザ兄に叱られると子どものように泣いてしまいます」


「ふ、ふーん」


「それに……アスタとアイ=ファを家に招くことに一番反対していたのは、父ではなくジザ兄なのです。ジザ兄は、何よりも規律を重んじる気性なので、他家の人間にかまどをまかすというのが、どうしても許せなかったようなのです」


「……そいつは貴重な情報をありがとう。ますます気合が入っちまったよ」


 頭をぽりぽりとかきたいところだったが、両手がアリアでふさがっていたので、それも無理な相談だった。


「さて、と。……リミ=ルウ。果実酒はまだ食糧庫に残ってるのかな? 正直な話、そいつがないとかなりまずいことになっちまうんだけど」


「大丈夫! いっぱいあるよ! 父さんが毎日3本も4本も飲んじゃうからさあ。いちいち宿場町まで交換に行くのが大変なんだよねー」


 そいつは重畳。何とか首の皮がつながった。

 何にせよ、俺のやることは変わらない。現在の持てるすべてを使って、最高の料理を作りあげるだけだ。


(ジバ婆さんだけじゃなく、あの大ギバみたいな親父さんと、見た目は善良だが裏番長みたいなお兄様まで納得させないと、本気で生命が危ないかもしれないな……)


 あんな強烈な家長と跡取りがそろっているなら、ルウ家の未来もさぞかし安泰なんだろうな、と思う。


(あ、そういえば……)


 森辺の男衆と顔を合わせるのは、これが初めてのことではなかった。

 俺がこの異世界に生まれ落ちたその日の夜に、ご立派な男衆と対面していたではないか。


 父親を失って失意に沈むアイ=ファのもとに、邪なたくらみをもって訪れ、返り討ちにあい、川に沈められたという、あのご立派な御仁と、だ。


(……スン家は、あれが跡取りなんだよな?)


 これはもう、スン家とルウ家の間で抗争が巻き起こったところで、その勝敗など最初から明らかなのではなかろうか?

 そんな埒もない考えにふけりながら、俺は女衆および女主人とともに、かまどの間へと引き返したのだった。

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