第九話 城下町の怪事件 ~失われた右手~(上)
2015.10/7 更新分 1/1
「いやあ、まったくとんでもないことになってしまったよ」
部屋の入口のあたりで、ポルアースが悲嘆にくれた声をあげていた。
その声を聞きながら、カミュア=ヨシュは部屋中を這いずり回っている。
その光景を、レイトは一歩退いた位置から見守っている。
ここは城下町の、ダレイム伯爵家に縁ある貴婦人の館であった。
正式な名称は、アルファン子爵家というらしい。
現在、毛足の長い赤褐色の絨毯に倒れ伏しているのが、そのアルファン子爵家の実質的な主人である貴婦人マティーラである。
マティーラは、絶命していた。
そのゆたかに盛り上がった左胸には、彼女自身が護身用として寝所に置いていたという銀の短剣が深々と突き刺さっている。
この朝、彼女は58年にも渡った生に終わりを迎えることになってしまったのだった。
「まさかこの館に賊が押し入るなんてねえ……そもそも城下町の中に賊などというものが存在していたというのが驚きだよ! 僕だって、ふたつ隣の寝室で休んでいたわけだからね。まかり間違っていたら、この僕こそが魂を召されていたかもしれないんだ。想像しただけで背筋が寒くなってしまうよ」
「ポルアース殿はこのアルファン子爵のお屋敷の晩餐に招かれて、そのままご宿泊なされたわけですか」
「うん。父上も兄上もマティーラを苦手にしていたから、こういう役目はいつも僕が押しつけられてしまうのさ」
「こういう役目とは?」
「……このような場で口にするのははばかられるのだけども、マティーラはいささか謹厳の度が過ぎていて、話をしているととても疲れてしまうのだよ。相手が誰であろうと自分の意見を曲げない頑なさを持ち合わせてもいたしねえ」
「なるほどなるほど」
答えながら、まだカミュア=ヨシュは長身を屈めて床を這いずっている。
その外套に包まれた細長い背中から、レイトは貴婦人の亡骸へと視線を移した。
穏やかとは言い難い死に顔であった。
ポルアースに劣らず福々しく肥えた顔が、苦悶と無念に引き歪んでしまっている。
短剣は、貴婦人の心臓にまで達しているのだろう。その身に纏った白い夜着には、おびただしいほどの鮮血が広がっていた。
惨たらしい死に様である。
そしてその亡骸には、さらに惨たらしい傷痕が刻み込まれていた。
貴婦人は、右の手首から先を失ってしまっていたのだ。
「マティーラは、右手の薬指に貴婦人の証しである燐灰石の指輪を嵌めていたんだ。賊の狙いは、その貴婦人の指輪だったのかなあ」
決して室内には目を向けないよう気をつけながら、ポルアースがそのように述べてきた。
「マティーラは、ご覧の通りに恰幅がよろしかったからね。指輪の環が肉に埋まって抜けなくなってしまったのだと、いつだったか恥ずかしそうにこぼしていたことがあったのだよ」
「そうですか。しかし、指輪を欲していたならば、手首ではなく指だけを切り落とせば用事が足りるようにも思えますが」
「うー、指だろうと手首だろうと僕は御免だね! 貴婦人の亡骸にそのような冒涜を与えた凶賊に災いあれ、だ」
「まったくです」とうなずきながら、カミュア=ヨシュは膝立ちのまま寝台へと移動した。
ここは、マティーラの寝所であったのだ。
亡骸のすぐかたわらには大きな寝台が据えられており、その上にも赤黒いしみが広がっている。寝台の上で刺されたのちに、床へ転げ落ちたということなのだろうか。
カミュア=ヨシュはそちらにも入念な視線を巡らせてから、やがて爪の先でその赤いしみの一部をひっかくような仕草をした。
「ふむ。これだけの出血では、医師団の出番もなかったでしょうねえ」
呑気な声で言いながら、爪の間に詰まった血の塊をふっと吹き散らす。
このように凄惨な殺人の現場であっても、やはりカミュア=ヨシュはカミュア=ヨシュであった。
昨晩は、レイトもカミュア=ヨシュとともに城下町で一夜を明かすことになったのである。
近日中に、カミュア=ヨシュはウェルハイドという貴族をバナームにまで送り届ける予定になっている。その打ち合わせをするために、ウェルハイドが逗留している貴賓用の屋敷に招かれたのだった。
そうして、宿場町に戻る前にポルアースにも挨拶をしていこうという話になり、朝からこのアルファン子爵家を訪れたわけであるのだが――まさかこのような騒ぎの場に出くわしてしまうなどとは、レイトも夢さら思っていなかった。
階下ではこの屋敷の従者や衛兵たちなどが駆け回っていたし、気の毒な貴婦人の遺骸にはいまだ布のひとつもかけられていない。正真正銘、この惨たらしい事件が発覚するのと同時にレイトたちは屋敷の門をくぐってしまったようなのである。
恐れを知らないカミュア=ヨシュは、寝台から離れると今度はその亡骸のほうに這い寄っていった。
そして、貴婦人のふくよかな腕を指先でつつき、「うむ。これは死にたてのほやほやだね」などとつぶやいている。
レイトは小さく溜息をついてから、カミュア=ヨシュのかたわらに膝をついた。
「うん? どうしたんだい?」
「僕もさわらせていただいてもよろしいですか?」
「そんなのは俺に決められることじゃないけど、でも、どうして?」
「僕は、カミュアの弟子ですから」
「ううん、よくわからない理屈だねえ」
とぼけた顔で笑うカミュア=ヨシュを横目に、レイトは亡骸の腕へとそっと手をのばした。
脂肪ののった、図太い腕である。
触れると、弾力を失った肉の感触が指先に伝わってくる。
しかし確かにその下にはうっすらと生きていた頃の温もりが残っているような気がした。
夜が明けるまでは、貴婦人の魂もしっかり現世に留まっていたのだろう。
レイトは手を離し、心の中で貴婦人の魂の安息を祈った。
「ポルアース殿、ちょっと状況を確認させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
ようやく身を起こしたカミュア=ヨシュがそのように言った。
寝室の入口で、こちらに背中を向けたポルアースが「うん、何かな?」と応じる。
「朝方に、貴婦人マティーラのご令孫であられるニコラ姫がこの寝所を訪れて、亡骸を発見されたのですよね?」
「うん、そのようだね」
「で、寝所の窓はこのように大きく開け放たれており、どこに誰が潜んでいる気配もなかった、と」
「うん。それ以降は誰かしらがこの部屋に居残っていたから、賊はそこの窓から押し入り、同じように窓から逃げていったのだろう。ニコラ姫がその賊と鉢合わせしなかったのは不幸中の幸いだよ」
「ふむ……で、夜間から朝方にかけては次の間に従者が控えていたので、誰もこの寝所を訪れることはできなかった、というわけですね?」
「そうだね。寝所と回廊のあいだに次の間があって、そこを通らずに出入りすることはできないから、それは確実さ。……まあ、従者が居眠りでもしていたらその限りではないけれども」
「ふーむ。しかしこの寝所は2階に位置しているのですから、そう簡単に忍び入ることができるようには思えませんねえ。見たところ、壁には足がかりもないようですし」
「だけど他には考えようがないからね。しっかりと窓を閉めて眠っていれば、こんなことにはならなかっただろうになあ」
カミュア=ヨシュは、ひょこひょこと窓の近くに寄っていった。
木製の窓は外に向かって大きく開け放たれており、その向こうには緑の深い裏庭と煉瓦造りの塀が見える。
それほど高い塀ではないが、その天辺には鉄の杭が植えられている。
相応の準備がなければ、あの塀を乗り越えて屋敷の敷地内に忍び込むことなどは不可能であっただろう。
カミュア=ヨシュは、もう一度「ふーむ」と、うなった。
「ニコラ姫が寝所を訪れたのは、朝の二の刻の鐘が鳴った頃合いでしたっけ?」
「うん。そのように聞いているよ」
カミュア=ヨシュとレイトがこの屋敷を訪れたのもちょうどその頃であり、いまだ半刻も経ってはいない。室内の惨状など知らぬげに、窓からは朝の陽光が白く差し込んできている。
「通りには、人が満ちておりますよ」
「うん?」
「朝の二の刻ともなれば、すでに町は動き始めています。こんな時間に屋敷の塀を乗り越えようと思ったら、人の目についてしかたがないでしょうねえ」
カミュア=ヨシュは、にこやかに笑いながらポルアースのもとへと歩み寄っていった。
「ポルアース殿。よかったら、昨晩からの様子をもう一度最初からお話ししていただけませんか? もしかしたら、これは見かけよりも複雑な事件かもしれませんよ?」
◇
マティーラは、晩餐のときから不機嫌そうな様子をしていたという。
あれでは毎日顔を合わせている家族たちなどはたまらないだろうねえと、ポルアースは気の毒そうに述懐した。
アルファン子爵家には、マティーラとふたりの孫しか家族というものが存在しない。
先代当主の第一息女テティアと、第二息女のニコラである。
現在の名目上の当主は第一息女のテティアであり、マティーラはその後見人であった。
いずれはテティアが然るべき筋から婿を娶り、その人物が正式に爵位を継ぐことになる。女性は暫定的にしか当主となることを許されない、それが西の王国セルヴァの法であった。
「生半可な人間にアルファン子爵家の名を担わせるわけにはまいりません」
それがマティーラの口癖であったらしい。
西の王国セルヴァにおいて、子爵という爵位は侯爵家および伯爵家の傍流の血筋に与えられるものであった。
このアルファン子爵家は、ダレイム侯爵家の傍流――というか、マティーラ自身がダレイム伯爵家の先代当主の妹なのである。
つまり、ポルアースにとってマティーラは大叔母にあたる存在なのだった。
ゆえに、親筋たるダレイム伯爵家の第二子息でありながら、ポルアースもこの気難しい貴婦人にはなかなか頭が上がらなかったわけである。
「まあ、ダレイム伯爵家自体が100年ていどの歴史しか持ってはいないのだから、何も肩肘を張る必要はないと思うのだけれどもね。そのようなことを述べたら手ひどい説教をくらってしまうから、僕も大人しく晩餐をいただいていたんだよ」
晩餐は、なかなか見事な品揃えであった。
カロンの乾酪をレテンの油で揚げた前菜に、乳脂をふんだんに使った汁物料理、カロンの薄い胸肉をはさんだフワノ料理、ママリアの酢で和えた野菜料理、キミュスの胴体に野菜と香草を詰め込んだ肉料理――親筋たるダレイム伯爵家の家人を招くとあって、厨番たちも腕によりをかけてくれたのだろう。
「あなたは2年ほど前に、サトゥラス伯爵家の傍流から伴侶を娶ったのでしたわね、ポルアース殿?」
その晩餐の終り際、マティーラはそのように呼びかけてきたという。
「はい。現当主の大叔父の血筋ですね。僕などには勿体無い良縁でした」
「ダレイム伯爵家の主筋であっても、ジェノス侯爵家やトゥラン伯爵家から伴侶を迎えるのはやはり難しいことなのですね」
「ええ。だけどまあ、今となってはトゥラン伯爵家と縁を結ばなかったのは正しい選択だったのではないでしょうかね」
トゥラン伯爵家はサイクレウスという強力な当主を失い、現在はその立て直しに大わらわなのである。
それにまた、ポルアースがトゥラン家から伴侶を娶っていたなら、カミュア=ヨシュの計画に協力することも難しかっただろう。
「そうですね」とマティーラは重い息をつく。
マティーラは、城下町でも2番目に大きな学問所の副所長をつとめる才女であった。
血筋と、さらにその副所長としての功績も認められて、《貴婦人》の称号を与えられているのである。
わりあいに美食を好んでいたので、いささかならずふくよかな姿になってしまっていたが、それも威厳と風格を増す役に立っている。
また、きわめて厳格な気質を有しており、秩序や道徳というものを重んじる人柄である。
そんな彼女がトゥラン伯爵家の没落をどのように受け止めているのか、その内心はなかなか測りにくかった。
「ポルアース殿。貴方は今回の一件の立役者であるとうかがっています。今後はジェノス侯爵家とも深い縁を結ぶことが可能なのではないでしょうか?」
「いえいえ。僕のような人間には分不相応です。今後は父上や兄上がしっかり侯爵家との縁を結んでくれることでしょう」
「貴方はこれだけの功績をたてながら身を引いてしまわれるのですか?」
「身を引くというか、今は宿場町でポイタンを売りさばく仕事が楽しいのです。これは、ダレイム伯爵家の繁栄に直接つながる大きな仕事でありますからね」
「そうですか」とマティーラはまた息をつく。
晩餐の最後に運ばれてきた甘いフワノの焼き菓子を頬張りつつ、ポルアースは「はて?」と首を傾げてみせた。
「僕などの差し出口がなくとも、テティア姫ならばすぐに良縁がもたらされるでしょう。何もご心配される必要はないのではないでしょうかねえ」
「いえ。わたしが心配しているのは、テティアではなくニコラのほうなのです」
マティーラの目に、何か穏やかならぬ光が灯ったような気がした。
その孫たちは、無言で食事を進めている。
第一息女のテティアは悲しそうに目を伏せながら、第二息女のニコラは興味なさげにそっぽを向きながら――である。
「この家の当主の座は、ニコラの伴侶となる人物に受け継がせたい。……わたしはそのように考えているのですよ、ポルアース殿」
マティーラは、石のように固い声でそのように言い放ったのだった。
◇
「第一息女をすっとばして第二息女の伴侶に跡目を継がせようなどというのは、セルヴァの法が許すのでしょうか?」
煉瓦造りの回廊を歩きながら、カミュア=ヨシュはのんびりと問うた。
ポルアースは「そいつは難しいだろうねえ」と丸い肩をすくめる。
「まがりなりにも爵位を抱いているのだから、そうそう勝手な真似はできないと思うよ。ダレイム伯爵家の傍流としても、上から3番目ぐらいの由緒を持つ家であるわけだし」
「ふむ。では、厳格なる貴婦人マティーラはどうしてそのように横紙破りなことを口にしたのでしょうかね。彼女は秩序や道徳というものを重んじる気性だったのでしょう?」
「秩序や道徳を重んじるゆえ、だよ。ここだけの話、第一息女のテティア姫というのは、先代当主が侍女に生ませた子供なのだよね」
「おや、それは興味深い」
ひょろ長いカミュア=ヨシュと丸っこいポルアースが身を寄せ合って密談をしている。
このふたりは、かたや貴族でかたやマヒュドラの血を引く風来坊でありながら、どこか似通った性質を持っている――と、レイトは常々思っていた。
だからこそ、サイクレウスを打倒するために手を取り合うこともできたのだろう、きっと。
「先代当主の伴侶は、なかなか子をなすことができなかった。それで、侍女に生ませたテティア姫を正式な嫡子として迎えることにしたんだけど、皮肉なことに、その1年後に奥方のほうも子を授かることになってしまったわけさ」
「なるほど。テティア姫とニコラ姫は腹違いの姉妹というわけですか」
「そう。そのせいか、気性もまったく正反対でね。テティア姫は清楚にして可憐、実につつましい淑女の鑑であり、いっぽうのニコラ姫は男の子のように活発であらせられる。生まれ素性を考えたら、その逆であるほうがしっくりくるんだけどねえ」
「ふむふむ。で、侍女の子であるテティア姫は当主に相応しくない、と? それでも現在、名目上の当主はテティア姫なのですよね?」
「うん。だけどやっぱり、内心では面白くなかったんだろう。だから、次代の正式な当主の座はニコラ姫の伴侶となるべき人物に与えたい、などと考えてしまったのかな」
「ふうむ。貴婦人マティーラにしてみれば、どちらの孫にも同じ濃さの血が流れているというのに、不思議なものですねえ」
「そもそもテティア姫を正式な嫡子として迎えることにも猛反対していたらしいよ。気の毒なのは、テティア姫さ。後ろ盾であった父君を失って以降は、ずっと針のむしろだったのだろうねえ」
同情に堪えないといった面持ちで息をついてから、ポルアースはようやく足を止めた。
屋敷の、玄関口である。
そこでは数名の衛兵たちが、屋敷の若い使用人を囲んで何やら詰問している最中であった。
その衛兵のひとりが、ポルアースに気づいて敬礼をする。
「ご苦労さま。ええと、君が昨晩、マティーラの寝所の控えの間に詰めていた従者かな?」
「はい」と若者が青ざめた顔でうなずき返してくる。
ポルアースの視線を受けて、カミュア=ヨシュが進み出た。
「俺にも少し話をうかがわせていただきたいのですよ。あなたは寝所と回廊のあいだの控えの間で一晩中寝ずの番をしていたそうですが、それは確かですか?」
「はい」
「交代もなしに寝ずの番を? それは大変なお役目でありますねえ」
「交代役の男が、突然熱を出して寝込んでしまったのです。急な話であったので、やむをえない処置でした」
レイトには、それでこの若者が青い顔をしている理由がわかった。
寝所を訪れるには、次の間に控えたこの若者に取り次いでもらうしかないのだ。賊が窓から押し入ったのならばこの若者にも責任は生じないが、もしも真実が別にあるとしたら――この若者こそが、誰よりも容易く貴婦人を害することが可能な人物、ということになってしまうのである。
カミュア=ヨシュは、そんな若者の苦悩も知らぬげににこにこと微笑んでいる。
「そうですか。……で、朝方にニコラ姫が寝所を訪れて、それで事件が発覚したのですよね」
「はい。あれはちょうど朝の二の刻の鐘が鳴った頃合いでした。マティーラ様はいつもその時間にお目覚めになられるのです」
「なるほど。しかし、そのような早朝から、いったいどのようなご用事だったのでしょう? ニコラ姫には、そうして朝から寝所にまで出向いて挨拶をする習慣でもあったのでしょうか?」
「いえ。これまでにそのようなことはなかったように思います。どういったご用件であったのかは、うかがっておりません」
「ふむ……」とカミュア=ヨシュは不精髭ののびた細長い顎を撫でさする。
「それで、昨晩から朝になるまで、ニコラ姫の他に寝所を訪れた人間は存在しないのですね?」
「はい。それは確かです。夜の遅くにテティア様が訪れて退去したのちは、何びとたりともお通ししてはおりません」
「テティア姫も、寝所を訪れたのですか」
ごく何気なくカミュア=ヨシュが相槌を打った。
「はい」と若者は力なくうなずく。
「しかしそれは、昨晩の話です。皆様が寝所に引き取られて、一刻ほどが過ぎたのちのことでありました」
「テティア姫は、どれぐらいの時間を貴婦人の寝所で過ごしたのでしょうか?」
「さ……それほど長い時間ではなかった、としか……」
「寝所を出られる際、テティア姫はどのようなご様子でしたか?」
「……深くうつむいておられたので、わかりかねます。貴人の表情を盗み見るような無作法は、このアルファン子爵家では許されませんので」
「なるほど」とカミュア=ヨシュは微笑む。
「では、ニコラ姫のほうは如何だったのでしょう? 貴婦人のご遺体を発見して、すぐ寝所の外に飛び出してきたのでしょうか?」
「は……ニコラ様は、しばし寝所に留まれたのち、這うようにして扉の外に出て参られました。きっとマティーラ様のご遺体を前にして、しばらく自失されていたのでしょう。ニコラ様はまだ15歳というお若さであったのですから、無理からぬことだと思われます」
「なるほどなるほど。……ちなみに、寝所から出てきたニコラ姫のお召し物は、貴婦人の血で汚れたりなどはしておりませんでしたか?」
この質問に、従者の若者ははっきりと青ざめた。
「ニコラ様のお召し物は、べったりと血に濡れておりました。最初はニコラ様自身がお怪我をされたのではないかと心臓が縮みあがったほどです」
「ほほう」
「しかし! ニコラ様にあのような惨たらしい真似ができるはずもありません! それに、マティーラ様の右手首は指輪ごと持ち去られてしまい、それは寝所のどこからも発見できなかったのですから――!」
「はいはい。それに加えて、姫君の細腕であのように刀を深く刺すことは不可能でありましょう。短剣の刃はあばらの骨を砕いた上で心臓にまで達していたようでありますからね」
若者は、疲弊しきった様子で肩を落とす。
カミュア=ヨシュは「ありがとうございました」と述べて、早々にきびすを返した。
回廊を逆戻りするカミュア=ヨシュに追いすがり、ポルアースが不思議そうに語りかける。
「わざわざ話を聞きに来たのに、もういいのかい?」
「はい。聞きたい話は聞くことができました。お次は姫君たちにお話をおうかがいしたいところですね」
「それは別にかまわないけど、いったい君は何を企んでいるのかな?」
「何も企んではおりませんよ。ただ、これはあまりに奇妙な事件ではありませんか? こんな朝早くから賊が貴族の館に押し入って、貴婦人を害したのちに煙のごとく消え失せてしまうなんて、まるで吟遊詩人のこしらえた謎かけの物語であるかのようです」
「ふむ。そういう謎かけの場合、犯人はたいてい意外な人物であったりするものだよね」
言いながら、ポルアースは少し不安そうな顔つきをした。
「まさかカミュア殿は、この事件にも意外な犯人が存在する、などと考えているのかい?」
「どうでしょうね。しかし、俺にとっても大恩あるポルアース殿のご身内にこのような不幸があったのですから、何とか微力を尽くして真相を究明したいと考えています」
「ふむ。だけどカミュア殿は、中天からまたアスタ殿の護衛で宿場町に出向かなくてはならないのだろう? そうすると、残された時間もあとわずかということだね」
「そうですねえ。軽食を食べる時間ぐらいは残しておきたいところです」
そのような会話を交わしているうちに、姫君の寝所に到着した。
まずは発見者の、第二息女ニコラの寝所である。
ポルアースが、扉を叩こうと手をあげる。
その瞬間、扉は内側から押し開けられた。
「あ……?」
中から出てきた人物が、ぎょっとしたように立ちすくむ。
がっしりとした体格の、まだ若い従者である。
着ているものは粗末だが、なかなか精悍な顔立ちをしている。しかし、その顔はすっかり血の気を失ってしまい、茶色い瞳にも不安と焦燥の光が宿っていた。
「失礼しました。……ニコラ様に何かご用事ですか?」
「うん。ポルアースが来たと取り次いでもらえるかな」
「いえ。自分は庭師の身に過ぎませんので、申し訳ありませんが中の従者にお申しつけください」
若者は目を伏せて、その場から立ち去ろうとした。
その背に、カミュア=ヨシュが「ああちょっと」と呼びかける。
「あなたはどのようなご用事でニコラ姫の部屋をお訪ねしたのでしょうかね。何か御用でも申しつけられたのですか?」
「いえ。ニコラ様がマティーラ様のご遺体を発見したと聞きつけて、様子をおうかがいに参ったまでです。出過ぎた真似であることは承知しておりますが、あまりに心配であったもので……」
「なるほど。よかったらお名前をお聞かせ願えますか?」
若者は、警戒心を剥き出しにしてカミュア=ヨシュの顔をにらみ返した。
「自分は、ゼスです。……失礼いたします」
若者が足速に立ち去っていく。その逞しい背中を見送りながら、ポルアースが「へえ」と声をあげた。
「彼が庭師のゼスか。ふうん。なるほどねえ」
「どうしたのです? 彼のことをご存じなのですか?」
「うん。僕の記憶に間違いがなければ、彼は先代当主の侍女の息子――つまりはテティア姫の種違いの兄であるはずだね」
「ええ? そのような人物がお屋敷に居残っているのですか?」
「そうだよ。彼を放逐してはならじというのは、先代当主の遺言であったらしい。マティーラとの関係性を考えると、あまりありがたくない言いつけであるように思えてしまうけどね」
侍女に生ませた第一息女と、正妻に生ませた第二息女、そして下男の身に甘んじる第一息女の種違いの兄――いよいよあやしげな舞台のお膳立てが整えられてきたな、とレイトは内心でこっそり思った。
ポルアースは気を取り直したように扉を叩き、控えの間の従者の案内によって一同はニコラの寝所へと通される。
そうして一歩足を踏み入れるなり、きつい視線と言葉をぶつけられることになった。
「今度は何なの!? 誰も彼もがわたしを休ませてくれないのね! いいかげんに、うんざりだわ!」
この年で15になったというニコラは、濃い褐色の巻き毛をした小柄な少女であった。
貴族らしく気品のある顔立ちをしているが、いかんせん現在は相当に気が立っている様子である。ポルアースは、それをなだめるようににっこりと微笑みかけた。
「申し訳ありませんね、ニコラ姫。ちょっと僕の友人が話をうかがいたいそうなのですよ。憎き賊を捕らえるためにも、ご協力を願えませんか?」
「ふん! だったらさっさと賊を追いかけたらいいじゃない! 屋敷の中をうろちょろ動き回って、いったい何になるというの!?」
「いやあ、手がかりもなしに屋敷を飛び出しても何にもなりませんからねえ。賊が屋敷の外に逃げ出したかどうかもわかりませんし」
カミュア=ヨシュが言葉をはさむと、ニコラは険悪な面持ちで口をつぐんだ。
その目がいっそうの鋭さをたたえて、カミュア=ヨシュをねめ回す。
「あんたは何なの? まるで話に聞く北の民みたいな風貌をしているけど」
「俺は《守護人》のカミュア=ヨシュという者です。俺の身もとは、ポルアース殿が保証してくださると思います」
「……《守護人》だか何だか知らないけど、ずいぶん奇妙なことを言うのね。おばあ様をあのような目にあわせた賊が、屋敷に留まっていられるわけはないじゃない?」
「普通に考えたらそうなのですが、どうもこの事件は普通でない匂いがするのですよねえ」
垂れ気味の目を細めつつ、カミュア=ヨシュはにんまり笑う。
「いくつかご質問をさせてください。あなたが寝所に踏み入ったとき、貴婦人は寝台の上にいたのですか? それともすでに床の上だったのですか?」
「……床の上で、事切れていたわ」
「あなたはしばらく寝所の中に留まっており、なおかつ寝所を出た際はずいぶんお召し物を汚されていたそうですが、それには如何なる事情が存在したのでしょうか?」
「そんな話は、衛兵たちにもとっくに伝えているわよ」
ニコラの小さな面に、いっそう不機嫌そうな表情が浮かぶ。
「おばあ様が死んでしまったなんて信じられなかったから、思わずその身体に取りすがってしまったのよ。自分の服が汚れることなんて、気にかけているゆとりはなかったわ。……それでおばあ様が亡くなっていることがはっきりわかったから、恐怖のあまり腰が抜けてしまったのよ。それをぶざまだと思うなら、好きなだけ笑うがいいわ」
「なるほどなるほど。了承いたしました。……しかし、賊はどうして貴婦人の右手首を切り落とすなどという惨たらしい真似をしたのでしょうねえ?」
「そんなこと、わたしが知るわけはないじゃない!」
ニコラの瞳が、怒りに燃えあがった。
貴族の姫君とは思えぬほどの、激しい眼光である。
「これは失礼いたしました」とカミュア=ヨシュはやわらかく微笑む。
「それでは最後の質問です。あなたはどうしてこの朝に限って貴婦人の寝所を訪れたのでしょうか?」
「……わたしはただ、昨日の馬鹿げた話を取り下げてほしかったから、それを相談しに出向いただけよ」
「ふむ。ひょっとしたら、それは家督の一件でありましょうかね?」
「そうよ。血筋がどうあれ、この家の跡継ぎはテティアなんだから、それをねじ曲げることなんてできっこないわ。あたしはそんな堅苦しい身分を背負うのはまっぴらだったしね」
カミュア=ヨシュは、満足げに一礼した。
「おくつろぎのところを申し訳ありませんでした。どうぞごゆっくりお休みください」
さきほどと同様、実にすみやかな退きっぷりであった。
怒りに満ちたニコラの視線に背中を焼かれつつ、寝所を後にする。
「さて。お次はテティア姫ですね」
カミュア=ヨシュは陽気に言ったが、その願いが果たされることはなかった。
祖母の訃報を耳にしたテティアは衝撃のあまり倒れてしまい、そのまま臥せってしまったのだという。
「しかたがありませんね。それではちょっと表に出てみましょうか。屋敷の外の警護がどんな具合いであったのかも知っておきたいところでありますし」
しかし、そちらから有益な話を得ることはできなかった。
何せ凶行は、夜更けでなく朝方に行われたのである。その頃にはもう巡回の兵士たちも屋敷に戻ってしまっており、何の異変も知ることはできなかったのだ。
ただし、邸宅の内外では護民兵団から派遣されてきた衛兵たちによる捜索が開始されていた。
そちらからはカミュア=ヨシュが予見していた通り、朝方から塀を乗り越えて屋敷に出入りするのは不可能なのではないか――という報告が届けられることになった。
夜の内に巡回の目を盗んで忍び込むことはできたとしても、マティーラが殺害されたのは朝の二の刻の直前であるはずなのだ。それから塀を乗り越えて表の通りに逃げ出したのなら、人の目につかないはずはない。これならば、侵入者などはもとから存在しなかったのだと考えるほうが妥当である、と衛兵の長はそのように告げてきた。
「ううむ。このままだと、控えの間で見張りに立っていた従者こそが犯人であるという結論に落ち着いてしまいそうだねえ」
「そうですね。しかし、彼は彼で控えの間を離れることはできなかったはずです。そんな彼に、自分の身体を汚さずに貴婦人の右手首を切り落としたり、それをどこかに隠したりすることなどが可能であったでしょうかね」
「ああ、朝方から血まみれの姿で屋敷をうろつき回ることなどできるはずもないか。……だけどそれだと、いったいどういうことになるんだろう?」
そうしてポルアースが首をひねったとき、裏庭を捜索していた衛兵のひとりがこちらに駆け寄ってきた。
「ポルアース様! 貴婦人の右手首と思しきものが発見されました!」
「ええ! 本当かい!?」
おっとり刀で、裏庭の奥へと進軍する。
綺麗に切りそろえられた茂みの向こうで、別の衛兵が立ちつくしていた。
その足もとの地面が掘りおこされており――そして、世にも無残な物体が布の上に置かれている。
ポルアースは途中で足を止め、カミュア=ヨシュとレイトのみがそちらに駆け寄った。
「これは……間違いないようですね」
白蝋のように色を失った血まみれの手首がそこに転がっていた。
薬指には、黄色く輝く燐灰石の指輪が窮屈そうに嵌められている。
「これは、地面に埋められていたのですか? その割には、土で汚れてもいないようですが」
「はい。この下に敷かれている布に包まれて埋められていたのです。……布というか、ずいぶん上等な織り物であるようですが」
「そうですね。これは貴婦人の持ち物なのかな」
カミュア=ヨシュは衛兵の許可を取ってから、手首をその織り物で包みなおした。
半透明の、おそらくはシムの絹である。金の糸で縁取りがされている見事な細工だが、それもじっとりと赤い血に濡れ、そして黒い土に汚れてしまっている。
「ポルアース殿、この織り物に見覚えはありませんか?」
「いやあ、勘弁しておくれよ! 人間の血なんて、僕は見るだけで気が遠くなってしまうんだ!」
「ポルアース殿は、血のしたたるようなカロンの肉が好物ではありませんでしたっけ?」
「だからこそ、だよ! ううう、しばらくカロンは食べられそうにないなあ」
それでもポルアースは顔をおさえた指の隙間から、カミュア=ヨシュの差し出す包みをこわごわ覗き込んだ。
「うん……それはどうやら、マティーラが愛用していた肩掛けのようだね。昨日の晩餐でも同じものを身に纏っていたと思うよ」
「ありがとうございます。しかし、ひどいことをするものだなあ」
ポルアースに背を向けてから、カミュア=ヨシュは包みを解いた。
そうして「おや」と楽しげな声をあげる。
「レイト、見てごらん。手の平のほうには、ずいぶん深い傷がつけられているよ」
カミュア=ヨシュの言う通り、手の平の真ん中にざっくりと刀で断ち割られた痕があった。
そこからも激しく出血したのだろう。手の平と指の腹には、一面に赤黒い血がこびりついてしまっていた。
「胸もとに迫ってきた短剣を避けようとして手傷を負ってしまったのでしょうかね」
「どうだろうね。そうかもしれないし、そうではないかもしれない」
言いながら、カミュア=ヨシュはふいに視線を巡らせた。
「すみません。あの建物は何でしょう?」
「あれは野良道具や薪などを収納する小屋だと庭師の男が述べておりました。真っ先に捜索しましたが、これといって不審な点は見当たらなかったようです」
「庭師――それはあのゼスという御方ですね?」
「はい」
カミュア=ヨシュは血まみれの包みを衛兵に託し、ひょこひょことそちらに近づいていく。
木造りの、粗末な小屋である。扉には鍵もかけられていなかったので、カミュア=ヨシュはそれを無造作に引き開けた。
薄暗く、雑然とした様相であった。
衛兵が言っていた通りのものが詰め込まれており、一間なので誰が隠れる場所もない。
カミュア=ヨシュはその空間に視線をひと巡りさせてから、やがて右手の壁へと足を踏み出した。
そこには、おおぶりの鎌や鍬といった刃物類が掛けられていたのだ。
その中から、カミュア=ヨシュは二股の奇妙な形状をした刃物をつかみ取った。
「レイト、こいつを知ってるかい? これはね、枝葉を切る剪定用の鋏という道具だよ」
「はさみ……ですか?」
「うん。こうして左右に開いてから閉じると、ふたつの刃にはさまれたものを切ることができるのさ。これぐらい大きな鋏であれば、頑丈なグリギの枝葉を落とすことも簡単だろうねえ」
確かにそれは短剣よりも長い刃のついた、なかなか物騒な刃物であった。
柄の長さは、レイトの腕ぐらいあったかもしれない。高い位置にある木の枝を落とすための道具なのだろう。
カミュア=ヨシュは、それを両手でじゃきじゃきと鳴らしながら、小屋の入口を振り返る。
「これは柄の部分が少し水で湿っているようです。朝から誰かが使用したのでしょうか?」
入口では、衛兵のひとりがうろんげな目でカミュア=ヨシュの行動を見守っていたのだ。
しかし、ポルアースの連れには敬意を払わなくてはならないのだろう。素直に「はい」とうなずいてくる。
「庭師が、刃を研いでいたそうです。それが朝のつとめなのだと申しておりました」
「なるほど。確かに鎌や鍬の柄も湿っているようですね」
カミュアはその刃物を壁に戻し、小屋を出た。
そうして今度は、左手の方向に視線を向ける。
そちらには、アルファン子爵邸がそびえたっていた。
灰色の壁に窓が並んでおり、その内のひとつが大きく開け放たれたままになっている。
「ここからは、貴婦人の寝所も視界に入るようですね」
「はい。しかし庭師はこの小屋の中にこもっていたので何も気づかなかったと申しておりました」
「そうですか。ありがとうございます」
カミュア=ヨシュは、のんびりとした足取りでポルアースのほうに戻り始める。
その横に並びながら、レイトは遥かな高みにあるカミュア=ヨシュの顔を振り仰いだ。
「カミュアには、すべての謎が解けたのですね」
「うん? どうしてそう思うんだい?」
「だって、そういう顔つきをしています」
「レイトはずいぶん目端がきくんだなあ」
カミュア=ヨシュはにんまり笑いつつ、紫色の瞳をレイトのほうに向けてくる。
「レイトはどう思う? 君も俺と同じものを見て、同じ話を聞いてきたわけだけれども、何か自分なりの結論というものを得ることはできたのかな?」
「そうですね。今までの話だけから判断すると……犯人は、ゼスであるように思えます」
「へえ、どうして?」
「従者には血で身体を汚さない方法がないように思えますし、ニコラ姫ではあのように深々と短剣を突き刺すことはできそうにありません。そうなると、やはり誰かが窓から押し入ったということになりますが……カミュアや衛兵たちの言う通り、外部の人間が塀を乗り越えてきたと考えるよりは、もともと敷地内にいた人間のほうが、容易くその仕事を果たすことができるでしょう」
「うん。だけど、それをゼス殿と特定するには相応の理由が必要になるだろう。それに、庭師ていどの腕力では、あの壁をよじ登るのも難しいように思えてしまうね」
「はい。ですからそれは、ニコラ姫が寝所から縄を垂らしたりしたのではないでしょうか? そうして庭師のゼスが寝所にまでよじ登り、貴婦人を護身用の短剣で殺害したのち、さきほどの刃物で手首を切り落とした。……そう考えると、刃物が濡れていたことや、小屋のすぐそばに手首が埋められていたことにも説明がつきます」
「ふむふむ。それなりに整合性は取れているように思えるね。……ならば、ゼス殿はどうしてわざわざ貴婦人の手首を切り落としたりしたのだろう?」
「それは……死者を冒涜するためだったのでしょうか。マティーラという貴婦人は、貴族としての権威をずいぶん重んじる人柄であったようですし。貴婦人としての証しである指輪を持ち去られてしまうというのは、マティーラにとってすこぶる無念なことであったでしょう」
「なるほどね! 確かにそれも、ひとつの考え方だ」
レイトは、肩を落とすことになった。
「その口ぶりからすると、カミュアの考えとは異なっているのですね」
「うん? そうだねえ。ところどころ重なっていなくはないけれど、まあ別物かな」
「それじゃあたぶん、僕が間違っています。第一息女の兄であるゼスと第二息女のニコラが共謀する理由も思いあたりませんし」
「そんなことは、俺にだって想像もつかないよ。真相が知れる前から諦める必要はないさ」
「いいえ。きっと僕の考えは間違っているんです」
カミュア=ヨシュはひとつ肩をすくめてから、手持ち無沙汰にたたずんでいたポルアースの前に立った。
「それでは、お屋敷に戻りましょうか。ニコラ姫とテティア姫と、ついでにゼス殿にもご足労を願って、真実がどうであったかを問い質してみましょう」