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異世界料理道  作者: EDA
第十四章 群像演舞
241/1675

     試練の五日間(三)

2015.9/22 更新分 1/1

「待たせたな。何とか話をまとめることがかなったぞ」


 アイ=ファたちのもとにザッシュマが戻ってきたのは、太陽が中天を過ぎてのちのことだった。


 ジーダからアスタの行方を聞かされた森辺の民は、今後の進むべき道を巡ってまた紛糾することになったのだ。

 居所が知れたのだから問答無用で城下町に踏み込むべし、という意見と、あくまで予定通りに門衛たちに話を通すべき、という意見で真っ二つに割れてしまったのだ。


 むろん、城下町に踏み込む、という結論に変わりはない。

 が、ジーダから聞いた話をそのまま門衛にぶつけてサイクレウスの娘の罪を問うべきか、その事実はひた隠しにして、ただ犯人を捜索させてほしいと願い出るべきか、そこで意見が割れてしまったのだった。


 前者は、やはり貴族が犯人だったのだと憤る者たちである。

 後者は、サイクレウスではなくその娘が犯人であったのだから、これは慎重に対応するべきだと唱える者たちだった。


「そのリフレイアというのは、年端もゆかぬ娘であるという話です。下手に騒ぎたてると、どのような真似に及ぶかもわかりません。ならば、こちらがアスタの居所をつかんでいるという事実は隠したまま、救出の手立てを考えるべきではないでしょうか?」


 後者の最先鋒たるガズラン=ルティムは、そのように述べていた。


「力ずくでアスタをさらったというのも、その幼さゆえの短慮であったのでしょう。その短慮さが再びアスタに向けられてしまったら、取り返しのつかぬことになってしまいます。アスタが無事であるとわかった以上、最大限に慎重を期すべきです」


「ならば、どうしろと言うのだ? あのジーダという者のように、こっそり館に忍び込むのか? 家人の案内なく家に踏み込むというのは、森辺でもジェノスでも罪となる行為だろうが?」


 両目を爛々と燃やしながら、ラウ=レイがそのように応じる。

 ラウ=レイは、最初の夜にも「刀を取るべし!」と主張していたのだ。

 その怒りもアスタを思うゆえであり、また、森辺の民らしい直截さでもあった。


「最初に刀を取ったのは貴族どものほうだ! ならば、我らが刀を取っても掟を破ることにはならぬだろう!」


「貴族どもではありません。あのジーダという者の言葉を信じるならば、犯人はリフレイアという貴族の娘と、その従者である2名のみです。それらの者の罪を問うのに、ジェノスそのものを敵に回すわけには――」


 言いながら、ガズラン=ルティムはとても苦しげであった。

 おそらくガズラン=ルティムには、この場で刀を取ったのちの未来が見えてしまうのだろう。


 ガズラン=ルティムは、森辺の民としてはあまりに理知的に過ぎるのだ。

 本心では、ガズラン=ルティムも刀を取って城下町に踏み込みたいと強く思っているに違いない。

 その激しい感情を抑制できる理性と知性が、ガズラン=ルティムには備わっている。それは、森辺の民としての強さなのか弱さなのか――アイ=ファには、判別することも難しかった。


 ともあれ、森と町の境でそのように論じ合っている内に、カミュア=ヨシュの身内である《守護人》のザッシュマが姿を現したのである。


「なるほどな。犯人はサイクレウスの娘だったか。ならば、このような時期にこのような真似をしでかしたのも、うなずける。こいつは陰謀でも何でもなく、道理をわきまえぬ小娘がしでかした大いなる悪ふざけであったわけだ」


「悪ふざけなどという、そんな生易しい言葉で済ますわけには――!」


「わかっている。ある意味では、これはサイクレウス自身が犯人であったよりも厄介な事態だよ。その娘は、自分がどれほど大それたことをしでかしたかも理解できていないのだろう。ガズラン=ルティムの言う通り、下手に動いたら取り返しのつかぬ騒ぎになるやもしれん」


 城下町にも出入りが許されているザッシュマという男には、ガズラン=ルティムの懸念もはっきり理解できるらしい。

 ザッシュマは、無精髭の濃い顎をかきながら「ううむ」とうなった。


「かといって、俺ひとりでどうこうできる相手でもなさそうだしな。こいつはいよいよ、援軍が必要かもしれんな」


「援軍?」


「しばし待っていてくれ。何とかアスタ姫を穏便に救出できる手立てはないか考えてみる。俺を信用して、この場は預けてくれ」


「……姫というのは、貴族の娘に対する敬称なのではないのか?」


 いぶかしんでアイ=ファが問うと、ザッシュマは面白くもなさそうに笑った。


「あくどい貴族にかどわかされて、なすすべもなく救いの手を待っている。吟遊詩人の歌う歌などでは、そいつはお姫様の役割なんだよ。……とにかく、俺に時間をくれ。《北の旋風》ほどではないが、俺だって貴族の取り扱いにはぼちぼち手馴れているほうだからな」


 そうしてザッシュマは去っていき、数刻も森辺の民を待たせてから、ようやく舞い戻ってきたのである。


「手立てとやらは、整ったのか?」


 一同を代表してドンダ=ルウが問うと、ザッシュマは「ああ」とうなずいた。


「目には目を、刀には刀を、貴族には貴族をだ。……まさか《北の旋風》が戻ってくる前に、この御仁を引っ張り出すことになるとは思わなかったぜ」


 そうしてザッシュマは、ダレイム伯爵家の第二子息ポルアースという者について語り始めた。


「メルフリード殿を除いては、このポルアース殿が唯一の味方と呼べるジェノスの貴族なんだ。この御仁の立ち会いのもとに、森辺の民がサイクレウスの館に踏み込んでしまえばいい」


 そうすれば、いかにトゥラン伯爵家の嫡子といえども、人さらいの罪を有耶無耶にすることはできないはずだ、という話である。


「貴族なら、通行証を用意することもできるしな。森辺の女衆がポルアース殿の侍女か客人のなりでもして同行すれば、アスタの顔を見間違えることもないだろう? それで、リフレイアという娘の罪を告発すればいい」


「……身分を偽り、サイクレウスの館に踏み込むということか」


 ドンダ=ルウの言葉に、アイ=ファは即座に声をあげた。


「虚言の罪は、私がかぶろう。家人を救うためであるならば、それぐらいの罪をいとうものではない」


「お前さんが同行するのか?」


 ザッシュマが、じろじろとアイ=ファの姿を眺め回してくる。


「うーん……まあ、目つきなんかは狩人まるだしだが、森辺の女衆としても際立って美麗な顔立ちをしているしな。乱暴な口をきいたりしなければ何とかなるやもしれん」


「……顔立ちが何だというのだ?」


「うん? それはまあ、貴族が貴族の館に同行させるんだから、それなりの身なりに化けてもらわないと用事が果たせないんだよ。浅黒い肌をしていることは、シムとの混血だとでも言い張るしかないだろうな」


 何とも奇矯な計略であった。

 しかし、貴族どもの気風や城下町の情勢もろくに知らない森辺の民がやみくもに刀を振り上げるよりは、成功の見込みも高いのだろう。


 森辺の民は、若干の不安を抱えながらもザッシュマからの提案を受け入れることになった。


              ◇


「おお、待っていたよ、ザッシュマ殿。そちらが森辺の女衆かね?」


 ポルアースというのは、奇妙な風体をした男であった。

 ころころとした丸っこい体格をしており、もう青年と呼ぶべき年頃なのであろうが、妙に無邪気な顔つきをしている。

 乳白色の長衣を纏っており、申し訳ていどに飾り物を下げているが、それほど華美な装いではない。

 そして、森辺の民たるアイ=ファを前にしても、その面に蔑みや警戒の表情が浮かぶことはなかった。


「僕はダレイム伯爵家の第二子ポルアースだ。良かったら名前をお聞かせ願えるかな?」


「私は森辺の民、ファの家のアイ=ファだ」


「ふむ、森辺の民らしい異国的な名前だね。それに、容姿も素晴らしい! 森辺の女衆には美人が多いと聞いていたが、それは真実であったようだ」


 他者の容姿を無用に取り沙汰するのは、森辺において非礼とされている。

 が、この場でそのようなことを論じても無益と思えたので、アイ=ファは無言をつらぬかせていただくことにした。


「いやあ、恥ずかしながら、森辺の民と間近に接するのは初めてのことなのだよ。君たちの苦心なくしてダレイムの繁栄はないのだから、僕たちはもっともっと森辺の民に感謝するべきなのだろうねえ」


 先日のドーラとの会話でも知れた通り、ダレイム伯爵家というのはジェノス南部の農園の区域を治める領主の血筋であった。

 アイ=ファが連れてこられたこの場所も、ダレイムにある伯爵家の館である。


 とはいえ、普段は召使いが留守を預かっているのみで、伯爵家の人間はそうそう訪れないらしい。

 先日の捜索の際も、トゥラン領のサイクレウス邸とは異なり、すんなりアイ=ファたちを受け入れてくれたのだ。

 もちろんそれはドーラの根回しあってのことなのだろうが、そのときから、同じ伯爵家でもずいぶん作法が異なるのだな、とアイ=ファはひそかに感じていた。


「話はすべてザッシュマ殿からうかがっているよ。いやはや、まさかリフレイア嬢がそのような罪を犯してしまうとは……きっと、彼女はそのアスタ殿という人物が宿場町でたいそうな評判を呼んでいると知り、料理人として招きたくなってしまったのだろうねえ」


「料理人として?」


「うん。リフレイア嬢も父君のサイクレウス卿に劣らず名うての美食家であらせられるからねえ。一日で帰すという約束を破ったというのなら、それはよほどアスタ殿の腕前がお気に召したということなのだろうと思うよ」


「そのように無法な話が……」


 と、アイ=ファはそこで言葉を詰まらせてしまう。

 また激烈な怒りが噴出してしまいそうだった。


 アスタの料理を口にしてみたかったというのならば、正面からそのように願い出れば良かったのだ。

 族長たちの反対がなければ、それを拒むようなアスタではない。

 それなのに、どうして力ずくでかどわかすなどという無法な真似を――


「たとえ罪が露見しても、銅貨を積めばどうにかなると思ったんじゃないのかな。実際問題、トゥラン伯爵家に招かれるというのは、料理人にとってこの上なく栄誉なことだからねえ」


「しかし――!」


「うんうん、君の怒りはごもっともだよ。彼女は僕以上に森辺の民というものをわかっていないのさ。森辺の民が、銅貨で罪を許すはずがない。その一点さえわきまえていれば、このような事態には陥らなかったのだろうねえ」


 アイ=ファをなだめるように、ポルアースがふにゃふにゃと笑う。

 それでアイ=ファも、なんとか怒りを抑制することができた。

 心を乱しても、何の益にもなることはない。

 今は冷静に、アスタを救うことのみに心を砕くべきであった。


「では、さっそくお召し換えをしていただこうか。シェイラ、森辺よりの客人に失礼のないようにね」


「はい」


 シェイラと呼ばれた侍女が、いくぶん緊張した面持ちで進み出てくる。

 こちらは森辺の民に対して相応の警戒心を抱いているようだ。


「こちらへどうぞ……」


 その侍女の案内で、隣の部屋へと誘われる。

 窓に布の張られた、小さな部屋だった。

 この部屋も、先日の捜索で一度は覗かせていただいている。


「では、お召し物をお預かりしてよろしいでしょうか……?」


「うむ」


 アイ=ファは狩人の衣を受け渡した。

 それを受け取ったまま、娘は動かない。


「あとは、何を渡せばよいのであろうか?」


「え? ……あの、下帯以外はすべてお渡し願いたいのですが……」


「……着替えぐらいは、自分で果たせる。女人とはいえ、同胞ならぬ相手に裸身をさらすのは気が進まぬのだが」


「はあ……ですが、こちらの装束はポルアース様が城下町のお屋敷から持ち出されたものですので、わたしが手ずからお手伝いすべしと命じられているのです……」


「しかし、子供ではあるまいし――」


 と、言いかけて、アイ=ファは眉をひそめることになった。

 ふたりの脇にある卓の上には、何やら銀色にきらめく飾り物が山のように積まれていたのである。

 布の類いは、腰巻きと思しき一枚しか見当たらない。

 どれをどこに装着すればよいものか、これではアイ=ファには見当をつけることもできなかった。


(……まったく、面倒なことだ)


 それでもアスタの無事を聞かされて以来、アイ=ファの身にはかつてないほどの力があふれかえっていた。

 アスタを救うためであるならば、少しぐらいの不満は飲み下すべきであろう。


 アイ=ファはそのように覚悟を決めて、まずはギバの首飾りと、毒虫除けのグリギの腕飾りを身から外した。

 そして、胸あてと腰あてと革の履物も脱ぎ捨てる。

 これで、下帯一枚の姿と成り果てた。


「……そちらの首飾りもお預かりしてよろしいでしょうか?」


 それには「否」と答えてみせる。


「この首飾りは、私にとって非常に大事なものなのだ」


「で、ですが、そちらをおつけしたままでは、他の飾り物との調和が乱れてしまうので……」


 アイ=ファは、がりがりと頭をかいてみせる。


「では、あとで目につかぬ場所につけさせていただく。この首飾りを身から遠ざけたくはない」


「……了解いたしました」


 シェイラなる娘はアイ=ファから預かった装束を別の卓に置き、貴族の装束を取り上げた。

 が、アイ=ファの正面に立つや否や、ぴたりと動きを止めてしまう。


「何だ、まだ何か用事が足りぬのか?」


「いえ……あまりのお美しさに、つい見とれてしまいました……」


 頬を赤らめて、うつむく侍女である。

 アイ=ファは腰に手をあてたまま、深々と息をついてみせた。


「狩人にとって、それは褒め言葉になりえない。できれば一刻も早く裸身を隠したいのだが」


「し、失礼いたしました」


 娘が、アイ=ファの胸もとに手をのばしてくる。

 銀色の細工物でこしらえられた、それが胸あてであるようだった。

 胸を覆う部分の裏地には布が張られていたが、背中に回されるのは白銀の華奢な鎖である。

 これが胸あてだなどとは、アイ=ファに判別できるはずもない。


 こまかい刺繍のほどこされた一枚布は、やはり腰巻きであった。

 森辺の女衆が町に下りるときに纏うものと、形状的に大差はない。

 が、妙に肌触りがさらさらとしており、動くとそれが腿にあたって、わずかながらにくすぐったかった。


 さらにその上から金色に光る細い帯や銀色の鎖を巻きつけられ、肩には半透明の肩掛けを掛けられる。

 耳には半月の形をした大きな飾り物、腕には何重もの細い銀の環、ほどかれた髪には赤や紫の石の飾りを編みこまれ――森辺の宴衣装よりも華美な装いである。


 足の先に履かされたのは、底の部分だけがやわらかい革でできていて、それをきらめく帯や鎖で足に留める、靴というよりも装飾具そのものとしか思えないような代物であった。

 このような履物ではまともに森の中を歩くことさえできないだろうな、とアイ=ファは頭の片隅で考える。


「最後に、これを……大きさの合うもののみお付けください」


 そう言って手渡されたのは、やはり銀と光る石でできた指輪であるようだった。

 刀を握る邪魔にはならぬよう、アイ=ファも適度な大きさを持つものだけを選び取った。


「ああ、これなら化粧の必要もありませんね……本当にお美しいお姿です」


「…………」


「それに、香油の準備もしていたのですが、その必要もないようですね。髪からほのかに甘い香りがいたします」


 いい加減にしろ、と怒鳴りたいのを、ぐっとこらえる。

 ともあれ、お召し換えという難儀な仕事は、これで果たされたようだった。

 アスタから贈られた青い石の首飾りは、腰巻きの下にそっとはさみこんでおく。


 そうしてもとの部屋に戻ると、いっそう遠慮のない声をぶつけられることになった。


「おお、なんと美しい! これならシムの姫君と名乗っても疑われることはないだろう!」


「そんなご大層な人物が前触れもなくトゥラン伯爵家を訪れるのは不自然でしょう。……しかしこれは、予想をはるかに越える美しさですな」


 アイ=ファとしては、不快感がつのるばかりである。

 だが――これでようやく、反撃の準備が整ったのだ。

 アイ=ファの胸には、まだ見ぬ敵への闘争心がいよいよ激しく燃えさかり始めていた。


「それではさっそく出発しよう。ザッシュマ殿はどうするのかな?」


「俺は宿場町に居残って、森辺の民の力になろうかと思います。彼らは今、人さらいの犯人はトゥラン伯爵家の娘であったという事実をひそかに触れ回っている最中なのですよ」


「ああ、なるほど。あの癇癪持ちのリフレイア嬢を相手にするには、それぐらいの用心が必要かもしれないねえ。こいつは大変な騒ぎになってしまいそうだ」


 肝が座っているのか危機感が足りていないのか、ポルアースという貴族はいつまでも無邪気そうに笑っていた。

 そんなポルアースとともに箱型の車に乗り込み、ダレイム領を出る。

 目指すは、城下町である。


「アイ=ファ殿は、ダレイムの恵みを買い付けに来た豪商の娘であるということにしておこうか。それで、噂に名高いトゥラン伯爵家の晩餐を口にしてみたいと熱望した、と。それならリフレイア嬢にも素性を疑われることはないと思うよ」


「……色々と面倒をおかけしてしまい、感謝の言葉もない」


「いいよいいよ! カミュア=ヨシュ殿には色々と興味深い話を聞かせてもらっているからね。今後は手をたずさえて、悪逆なるトゥラン伯爵家に立ち向かっていこうじゃないか!」


 ごろごろと進む車の中で、やはりポルアースは笑っていた。

 アイ=ファにとっては、これがメルフリードに続いて二番目に顔を合わせることになったジェノスの貴族なのである。

 貴族にも色々といるのだな、と少し感心したくなってしまう。


「ポルアースよ、あなたにひとつお尋ねしたいことがあるのだが」


「うん、何かな?」


「ダレイムでは、どうして田畑を守るための塀を築かないのであろうか? トゥランのように領地を塀で囲ってしまえば、ギバが森からあふれても、被害を最小限に留めることが可能であろう?」


「うーん、ダレイムの領地は広いからね! トゥランのように奴隷でも使わない限り、人手や費用を捻出するのも難しいんだよ。……それにきっと、そのようなものに着手しようとしたら、トゥラン伯爵からの横槍が入ってしまうのだろうと思うよ」


「横槍? 何故であろうか?」


「それはもちろん、ダレイムまでもがそこまで守りを固めてしまったら、トゥランでの被害が増えてしまうからさ。トゥランだって、ギバが本気でかかったら打ち破れるていどの粗末な木の塀しか築いていないからね。ダレイムの田畑が無防備にさらされているからこそ、ギバたちもトゥランの田畑を早々にあきらめることになったのではないのかなあ」


 そう言って、ポルアースは初めて真剣そうな表情を見せた。


「長い目で見れば、塀を築いたほうがダレイムのためになることはわかりきっている。それでも父上がその道を選ばなかったのは、きっとトゥラン伯爵を恐れてのことだと思うんだよ。同じ伯爵家でありながら、サイクレウス卿の力はジェノスで突出してしまっているからねえ」


 田畑がどうなろうとも苦しむのは農民たちばかりで、貴族どもは素知らぬ顔をしているのではないのか――森辺ではそのような認識がはびこっていたが、真実にはもう少し複雑な裏事情が存在するらしい。


「だけどまあ、それだけが理由のすべてではないのだろうなとも思う。もしもジェノスの田畑を厳重に守ってしまったら、今度は飢えたギバの矛先がどこに向かうか知れたものではないだろう? 宿場町の家屋や、あるいは街道を行く旅人などにも災厄が広がってしまうかもしれない。けっきょく被害を減らすには、ギバを狩り続けるのが一番ってことさ」


 また無邪気そうな笑顔を復活させて、ポルアースはそのように言った。


「だから僕たちは、塀を築くよりもまず森辺の民を支援するべきだと思うんだよね。サイクレウス卿を失脚させて、森辺の民が力を得られるならば、それはきっとダレイムの富に繋がる。そういう意味でも、僕は君たちに力を貸すべきだと考えたのさ」


 ポルアースにはポルアースの目論見があるのだろう。

 ダレイムに向かう前、ザッシュマはポルアースのことを「がめつい」などと評していたし、どこまで領民のことを思いやっているのかもよくわからない。


 ただ、悪辣な人間ではないのだろうなと思う。

 今のアイ=ファには、それだけで十分だった。

 アスタを救うためであったら、貴族とだって手をたずさえてみせよう。


 そのようなことを考えているうちに、トトスの引く車は宿場町を抜けて、城下町の城門に辿り着いたようだった。

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