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異世界料理道  作者: EDA
第十二章 運命の糸
213/1675

⑦料理人たち

2015.7/9 更新分 1/1

2015.7/10 作者の記憶違いから内容に矛盾点が生じてしまったので、文章を一部修正いたしました。ストーリー上の大きな変更点はありません。

「ああ、アスタ、ようやく顔を見せてくれたね!」


 白の月の12日である。

《キミュスの尻尾亭》で屋台を借り受け、まずは必要な野菜を購入するべくドーラの親父さんの店に立ち寄ると、俺はそんな風にただならぬ声で出迎えられることになった。


「ど、どうしたんですか? まさかまた何かおかしなことでも――」


「いいからちょっとこっちに来てくれ! 詳しい話を聞かせておくれよ!」


 わけもわからぬまま、屋根の下へと引き込まれてしまう。

 親父さんの足もとでは、ターラもものすごく不安そうな顔つきになってしまっていた。


「アスタ、森辺の民がジェノスを出ていくかもしれないって噂は、本当のことなのか?」


 俺の両腕をわしづかみにした親父さんが、おっかない顔つきで詰め寄ってくる。

 その言葉で、俺はすべてを察することができた。


「いえ、それぐらいの覚悟でもって、森辺の民はジェノスの貴族に立ち向かうつもりだ、という話なんです。何とか納得のいく道を模索したいだけで、決して軽はずみにジェノスを出ていこうとしているわけでは――」


「それじゃあやっぱり、納得がいかなかったらジェノスを出ていくってことなんだろう? そんなの、あまりにひどい話じゃないか!」


 感情の起伏はなかなかに激しいドーラの親父さんであるが、それでもここまで興奮しきった姿を見せるのは珍しいことだった。

 その足もとでは、早くもターラが瞳を潤ませ始めている。


「いや、ジェノスを出ていくっていうのは本当の本当に最後の手段なんです。森辺の民の中にも、そんな結末を望んでいる人間はひとりとして存在しないはずです。俺だって、もちろんジェノスを捨て去る気持ちなんてこれっぽっちも持ち合わせてはいません」


「だけど、貴族どもが自分たちの非をそう簡単に認めるわけがないじゃないか? あいつらは、最初から俺たちとは違う世界に住んでるんだよ」


 口惜しそうに、親父さんは顔を歪ませる。


「そりゃあ森辺の同胞たちが貴族に利用されていたってんなら、アスタたちも腹の虫がおさまらないだろう。でも、すべては終わった話じゃないか? 罪人たちは、みんな生命を落とすことになった。これ以上騒いだって、何の得にもなりはしないんじゃないか?」


 たった一晩で、そこまでの話がドーラの親父さんに伝わってしまったのか。

 しかし、そういえばザッシュマはたびたび親父さんの姿を酒場で見かけたことがある、と言っていた。両者の行動範囲が最初から重なっていたのなら、この結果もそれほど不思議なことではないのかもしれない。


 それで俺は、自分がいかに迂闊であったかを思い知らされることになった。

 ガズラン=ルティムがその話を宿場町に広めようとしていたことは最初から知れていたのだから、親しい人たちにはあらかじめ自分の口からきちんと話を伝えておくべきであったのだ。


「すみません。森辺の民は、すべてを有耶無耶にしたままジェノスの領主に従うことはできない、と考えてしまっているんです。でも、何とか自分たちの納得できる結果を導きだして、今後もこの地で狩人としての仕事を果たしていきたい、と願っているので――どうか、俺たちを信じていてくれませんか?」


「信じたいよ。信じたいけど……トゥラン伯なんて、下手をしたらジェノス領主そのものよりも厄介そうな相手じゃないか? そんな貴族を相手にして、無事で済むのかい?」


「……俺は、森辺の民の力を信じたいと思っています」


 親父さんは、深々と溜息をついた。

 そこに、アイ=ファが声をかけてくる。


「店主よ、あなたが我々の身を案じてくれるのはありがたいのだが――そろそろアスタの身体から手を放してもらえぬだろうか?」


「うん? ああ、悪かったよ。……だけどさ、俺たちはいつまでもあんたたちと仲良くしていきたいんだよ」


「うむ。西の民の中でも、あなたは誰よりも早く我々に心を開いてくれていた。これまでにあまり口をきく機会はなかったが、私はそれをずっと得難いことだと感じていた。……だからアスタが言っていた通り、私たちを信じて、待っていてほしい」


 神妙に語るアイ=ファの姿を、親父さんは力なく振り返った。


「信じて、いいのかい? 俺は――俺はちょっと、怖いんだよ。貴族どもは、森辺の民の力を侮っているんじゃないのかってな」


 アイ=ファはけげんそうに眉をひそめた。

 俺にも今ひとつ言葉の意味がわからない。


「あの日、アスタがさらわれちまったとき、あんたたちは怒り狂っていただろう? 何十人もの森辺の民が、城門に押し寄せて――俺はこのままジェノスが滅ぼされちまうんじゃないのかって思っちまったんだ」


 そう言って、親父さんは肉づきのいい身体をぶるっと震わせた。


「もちろん城下町には山ほど大勢の兵士がいるんだろう。だけど、森辺の民の全員が刀を取って、ジェノスに戦をふっかけたら――城下町の連中に勝ち目なんてないんじゃないのかなって思えちまったんだよ」


「だ、だけど、森辺の民は総勢でも五百名ていどの人数ですよ? 狩人としての力を持っているのはその半数以下でしょうし――」


「それじゃあアスタには、森辺の民が負ける姿なんて想像できるかい? 俺には、まったく想像できないよ。……ありうるとしたら、せいぜい相討ちぐらいかな」


 いつの間にか足もとに取りすがっていたターラの頭を、親父さんは半ば無意識の様子で撫でていた。


「そこのところが、石塀の中の連中にはわかっていない気がするんだ。森辺の民が黙って仕事に励んでくれているのは、もともとあんたたちが誇り高い一族であるからで――もしもそいつを本当に怒らせちまったら、町をひとつ滅ぼすぐらいのことは、簡単にやってのけるかもしれない。そんなこともわからないまま、貴族どもは森辺の民をいいように扱っちまってるんじゃないのかってさ」


「……万が一にも貴族たちを敵に回すことになっても、私たちの刀があなたたちに向けられることは絶対にないだろう」


「うん、それもわかってる。だけど、ジェノスが滅ぼされたら、俺たちもおしまいだ。……いや、そうなったらまた新しい貴族が新しい町を作るだけだろうし、俺たちだって、どうにかこうにか生きていくしかない。でも、森辺の民はもう西の王国に居場所を失っちまうだろうから、今度はマヒュドラあたりに移り住むしかなくなるだろう? そんなのは、嫌なんだよ」


 親父さんは、くいいるような目でアイ=ファを見つめた。


「俺はこれからも、ジェノスの民として生きて、あんたたちと仲良くしていきたい。そんな風に思っているのは、俺だけじゃないはずだ。だから、どうか短慮だけは起こさないでくれ」


「森辺の族長である俺の親父は、短気だけどな。同胞に正しい道を示すことに、生命と魂をかけてくれているはずだよ」


 と、俺たちの背後からこの会話を聞いていたらしいルド=ルウが進み出てきた。


「モルガの森は、俺たちの故郷なんだ。そいつを簡単に捨てるつもりはない。それでも貴族どものいいようにはさせておかないから、ま、俺たちを信じていてくれよ」


「本当に? ずっとターラと仲良くしてくれる?」


 不安そうな声をあげるターラに、ルド=ルウは「ああ」と笑いかけた。


「ちびリミが、お前に会いたいってうるさくてよ。今回の一件に決着がついたら、あいつも宿場町に下りてこられるようになるからさ。そんときはちび同士、仲良くしてやってくれよ」


「うん!」とターラは大きくうなずいた。

 親父さんは、泣き笑いのような顔でその頭をまた撫でる。


「貴族どもが考えを改めてくれるように、俺も祈っておくよ。……そういえば、貴族の中でもうちの領主の息子のひとりは、森辺の民の側に立ってるんだよな?」


「ああ、第二子息のポルアースという御方ですね。あの御方が農園の領主の血筋だっていうのは、ちょっと驚きでした」


「うん。いいとこなしの次男坊って評判だったのに、そいつがアスタを助ける力になってくれただなんて、俺は珍しく誇らしい気持ちになっちまったもんだよ」


 そう言って、親父さんはまた少し違った感じで不安そうな顔をした。


「だけど、あの次男坊はいったい何を企んでいるんだい? 早急に、これまで以上のポイタンが収穫できるように準備を進めてほしいっていうお触れが回ってきたんだけど、くれぐれも町の人間には気取られないように、なんていうおかしな注文をつけられちまったんだよな」


「……それは確かに今回の一件にからんだ話なので、うかつに口にしないほうがいいと思います」


「やっぱりそういう話だったのか。それが森辺の民のお役に立てる話だっていうんなら、ポイタンぐらいいくらでもこさえてみせるよ」


 そう言って、親父さんはようやく弱々しいながらも笑顔を見せてくれた。


              ◇


 その後も、屋台を訪れるお客さんたちの何割かに、同じような話題を持ちかけられることになった。

 宿屋や酒場での噂話の浸透率というやつは、俺が考えていた以上のものであったのかもしれない。


「本当に馬鹿げた話だよなあ。いっそのこと、揉め事になる前にジャガルにでも移り住んじまえばいいんじゃないのか?」


「そいつはいい考えだな。もとを質せば、森辺の民ってのはジャガルの血筋だったんだからよ。西の王国でまともな扱いが受けられないなら、一族総出で出戻っちまえばいいんだよ」


 そのように言ってくれたのは、かつてバランのおやっさんを手伝っていた建築屋の人々であった。

 俺は以前シュミラルにも、東の王国シムに移り住んではどうかと勧められたことがある。


 縁を結んだ人々にそのように言ってもらえるのは、本当に嬉しいことだった。

 しかしそれとは別の話で、シムやジャガルに移り住むのは難しいのだろうな、と思う。


 ギバ狩りの仕事を放棄してジェノスを出奔することになれば、森辺の民は西の王国に裏切り者の烙印を押されてしまうはずだ。友好国であるシムやジャガルがそれを迎え入れてしまったら、国同士の諍いにまで発展してしまうかもしれない。

 だからさきほど、ドーラの親父さんもマヒュドラの名を口にしたのだろう。西の王国に牙を剥いてしまったら、あとは敵対国のマヒュドラぐらいにしか森辺の民の居場所はなくなるのだ、と。


 それに加えて、仕える神を乗り換えるのは非常に困難である、という話もある。

 80年前に神を乗り換えたばかりの森辺の民が、再び神を乗り換えることなど可能であるのか――そして、敵対国であるマヒュドラが森辺の民を同胞として迎え入れることなどありうるのか。

 下手をしたら、森辺の民はすべての王国、すべての神から存在を拒絶されることにもなりかねないのだ。


 だが、何にせよジェノスを出奔するというのは、誰にとっても望ましくない結末であった。


 俺たちは――森辺の民は、このジェノスで、モルガの森で生きていきたいと強く願っているのだ。

 そのためにこそ、サイクレウスとは決着をつけねばならないのだろう。


「……何だか今日は、町がざわめいているな」


 中天の少し前に店を訪れてくれたミケルは、不審そうに眉をひそめながらそう言った。


「いよいよ貴族どもと戦でも始めるつもりか? まったく、ろくでもないことになったもんだ」


「すみません。白の月の15日には、何らかの結果が出ると思いますので」


 ミケルのために『ミャームー焼き』をこさえながら、俺は何とか笑顔でそのように答えてみせる。

 ミケルは同じ表情のまま、ふっと『ギバ・バーガー』の屋台のほうに視線を移した。


「……ところで、そちらの女たちに調理の手ほどきをしたのは、お前なのか?」


「はい? ええ、そうです。あちらの料理に関しては、俺自身が作るものと遜色はないはずです」


「そんなことは、お前が捕らわれている間に料理を買っていたのだから、わかりきっている。……お前はたしか渡来の民で、父親から料理の手ほどきを受けていた、という話だったな?」


「はい。日本という島国の生まれで、父親は料理人を生業にしていました」


「海の外の話など、俺にはまったくわからんが……とにかくお前の父親は、たいそうな腕前を持つ料理人であったようだな」


「ええ。この世で1番尊敬している相手です」


 そんな言葉が、さらりと口から流れ出てしまった。

 当人にはとうてい伝えられないし、また、伝えるすべもない言葉である。


「お前の料理は、風変わりだ。おまけにこのギバの肉というやつも、カロンに劣らない上等な食材であるようだし、これでは評判になってしまってもしかたがないのだろう」


 そうでなければサイクレウスの目を恐れる必要もないのにな、と言わんばかりの口調であった。


 何となく俺が返答に困っているところに、ぎょっとするものが近づいてくる。

 街道の北側から、がらごろとトトスに引かれてくる大きな箱型の荷車――ダレイム家の荷車である。


 荷車は、露店区域に差しかかったところで、停止した。

 宿場町の領内では、御者も荷車を下りて手綱を引かなくてはならないという取り決めがあるのだ。


 しかし、荷車はそのまま動かず、その代わりにそこから降車した2名の人物が俺たちの屋台に近づいてきた。

 ダレイム家の料理長ヤンと、護衛役の兵士である。


 立派な身なりをした城下町の住人の登場に、ミケルは顔をしかめて何歩か引き退いた。

 それで空いたスペースに、ヤンと兵士が立つ。


「アスタ殿、ダバッグからカロンの乳が到着しました。アスタ殿のほうでも必要ならばお分けするようにとポルアース様から仰せつかったのですが、いかがでありましょう」


 慇懃無礼という言葉にぴったりの立ち居振る舞いであった。

 が、自分の父親よりも年長の相手であるので、こちらのほうこそ恐縮してしまう。


「ありがとうございます。まずは余った分を分けていただけるだけで、こちらは十分です」


「それでは、さしあたっては白銅貨1枚分ていどでよろしいですかな? 今後は肉売りの商人が数日置きに運んでくれる手はずになっておりますので、そちらに注文をすれば毎回必要な量を取り寄せることも可能になります」


「それは本当に助かります。……あの、それは宿場町の住人も同じように買いつけることが可能になるのですよね?」


「むろんです。それはもともとジェノスに肉を運んでいた商人たちなのですからな。明日、わたしの料理が屋台で売られるようになったのちは、誰もがこぞってカロンの乳を求めるようになるでしょう」


 それならば、《キミュスの尻尾亭》でもさらに献立のバリエーションを広げることが可能になるだろう。

 キミュスの卵とフワノ粉に引き続き、これは力強い援軍である。


「では、あちらの荷車に乳を詰めた壺を持参しましたので、どなたかお手を――」

 と、言いかけたところで、ヤンの表情が凍りついた。

 その視線を追って、俺もギクリとする。


 料理長の目は、そっぽを向いて『ミャームー焼き』を食していたミケルの姿を捕らえていたのだった。


「あなた――あなたはもしや、《白き衣の乙女亭》で料理長をつとめられていたミケル殿ではありませんか?」


 ミケルは、不機嫌そうにヤンを見返した。


「城下町の人間なんぞに用はない。俺のことは放っておいてもらおう」


「わ、わたしは《セルヴァの矛槍亭》で修練を積み、今ではダレイム家の厨を預からせていただいているヤンと申します。失礼ながら、ミケル殿はジェノスを出奔されたと聞き及んでいたのですが――」


「人の話を聞いていないのか? 俺は炭焼き小屋で働くただの死にぞこないだ。炭が欲しいなら、トゥランの小屋まで銅貨を持ってこい」


 どちらも初老の男性であるが、年齢はヤンのほうが上回っていただろう。

 しかし、ミケルを見つめるヤンの瞳には、はっきりと畏敬の光が瞬いていた。


「あなたほどの料理人が未来を閉ざされて城下町から追放されたと聞き、わたしは胸を痛めておりました。だけどそれでも、そうしてご無事なお姿を見ることができて、わたしは――」


「やかましい男だな。食事が不味くなる」


 険悪な表情で言い捨てて、ミケルは最後の一口を口の中に放り込んだ。

 ヤンは呆けた面持ちで、俺のほうを振り返る。


「ミケル殿が食しているのは、アスタ殿の料理ですな? もしやアスタ殿は、ミケル殿に縁を持つ料理人であったのですか? だからそのような若さで、トゥラン伯の娘に見初められるほどの腕前を――」


「い、いえ。俺はつい最近ミケルと縁を結んだばかりの身です。そんな大それたものではありません」


 俺は慌てて首を振り、ミケルは小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「俺に縁を持つ料理人が、このように風変わりな料理を作るものか。そんなことはこの小僧の料理を一口でも食べれば分かることだろうが?」


「は、わたしはまだアスタ殿の料理を口にしたことがなかったもので……それは、ギバの肉を使った料理であるという話でしたな?」


「はい。ギバの背中や胸の肉を、果実酒とミャームーとタウ油の汁に漬け込んで焼いた料理です」


 ヤンは、苦悩の表情を浮かべた。

 それを見て、ミケルは鼻にしわを寄せる。


「城下町の民の気取った舌で、無理にギバなどを食べる必要はない。何を思って宿場町に出てきたのかは知らんが、腹を壊したくなければ石塀の中でカロンの肉でも食べていればよかろう」


「いえ、わたしは――」


「俺には仕事がある。お前たちなどにかまっているひまはない」


 そんな風に言い捨てて、ミケルはとっとと立ち去ってしまった。

 ヤンは苦悩の表情のまま、その背中を見送っている。


「……ミケルというのは、ずいぶん高名な料理人だったのですね」


「当然です! 《白き衣の乙女亭》というのはさほど大きな店でもありませんでしたが、ミケルが料理長をつとめられていた間は《セルヴァの矛槍亭》にも負けぬ評判を呼んでいたのです。わたしにとっては、ジェノスでも最高の料理人のひとりでありました」


 熱のこもった口調で言ってから、ヤンは肉の薄い肩をがっくりと落とす。


「それが、トゥラン伯などに目をつけられてしまったばかりに、あのようなひどい目に……アスタ殿に心情を偽る必要はないでしょう。わたしは料理人を道具のように扱うトゥラン伯の行状が許せないのです。ですから、ダレイム伯爵様の叱責を受けることは百も承知で、ポルアース様のお力になることを決断することができたのです」


「そうだったのですか。……あなたのような人と手を取り合うことができて、俺は嬉しく思っています」


 それは偽らざる俺の本心であった。

 ひょろひょろに痩せた初老の料理長は、力を取り戻した目つきで俺の顔を見返してきた。


「……あなたの料理を買わせていただいてもよろしいですか、アスタ殿?」


「もちろんです。お代は赤銅貨2枚になります」


 俺は鉄板の端で保温していた肉を使って、『ミャームー焼き』をこしらえてみせた。

 城下町の人間がギバの肉を口にするのは、おそらくこれが初めてのことである。

『ミャームー焼き』をおそるおそる口に運んだヤンは、愕然と立ちすくんだ。


「これが――ギバの肉ですか」


「はい。お口に合いましたか?」


「……これは確かに、カロンの胸や背中の肉にも劣らない味わいです」


 ヤンの瞳に、さらなる強い光が満ち始める。


「しかもこれは、宿場町の食材で作られているのですな? わずか赤銅貨2枚で売ることができるていどの食材で」


「ええ。少しばかりタウ油を使ってもおりますが」


「驚くべき話です。わたしも明日から宿場町で売り出す料理の献立を見直さねばなりません」


 そう言って、ヤンは街道の端に停められた荷車のほうを指し示した。


「カロンの乳をお受け取りください。わたしは早急に館へと戻る必要があるようです」


「了解いたしました。明日は俺のほうがあなたの料理を買わせていただきますね」


「……決して恥じ入らずに済む料理をご用意することをお約束いたしましょう」


 ヤンは、力強い声でそう言った。

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― 新着の感想 ―
[気になる点]  慇懃無礼という言葉にぴったりの立ち居振る舞いであった。  が、自分の父親よりも年長の相手であるので、こちらのほうこそ恐縮してしまう。 ここは「慇懃無礼」ではなく「慇懃」ではないでし…
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