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異世界料理道  作者: EDA
第一章 異世界の見習い料理人
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ルウの一族①出陣前

2014.10/30 誤字および文章を修正。ストーリー上に変更はありません。

 そうして俺たちは、ルウの本家に向かうことになった。

 そうと決まったのはめでたいことだが、何の問題も生じなかったわけではない。


 俺がそれを知ったのは、翌日の朝方、リミ=ルウが約束通りに姿を現したときである。


 水場での仕事を済ませて、刀の手入れをしている最中にやってきたリミ=ルウは、俺が「力を貸すよ」と告げたら、それはもう見ているこちらが幸福な気分になるぐらいの満面の笑顔で「ありがとうっ!」と叫んだのだった。


 そして、こう言ったのだ。


「それじゃあ、夕暮れ前になったら、家まで来てねっ! 材料はきちんと準備しておくから!」


 俺は、「うん?」と首を傾げてみせる。


「材料って何のことだ? 俺はこの家で調理して、その完成品をお届けするつもりだったんだけど?」


「それは駄目だよ! その家で作った食事はその家で食べなきゃいけないんだから!」


 よくわからなかったので詳細を聞いてみると、どうやらそれは森辺における約束事であったらしい。


 正確に述べるなら、こうだ。


『食事を作った人間は、それをふるまわれる人間と同じ場所で同じものを食べなければならない』


 要するに、身体に害になるような食事を作らせないようにするための禁則事項であるのかな、これは。


「ふーむ。いまいちピンとこないけど、俺がルウの家まで出向いて、そこで料理を作って、お前の婆さまと同じものを一緒に食べればいいってことだよな?」


 初めて出向く場所で料理を作らなくてはならないというのはちとプレッシャーだが、まあそれしきのことでめげてはいられない。


 しかし、本当の難題はこれからなのだった。


「うん。だけどジバ婆だけじゃないからね? うちは家族がいっぱいだから大変だけど、リミ=ルウも手伝うから頑張ろうね!」


「え? 婆さまだけじゃなく、他の家族の分まで作らなきゃいけないのか?」


「うん。だって、かまどを預かるっていうのは、そういうことでしょ?」


「そういうことなのか?」


「そういうことなんだよ! アスタって、変な人だなあ」


 ついには7、8歳の幼年少女にまで変人認定されてしまった。

 勘弁してくれよ。俺はまだ森辺の掟ってやつも学習中の身であるのだから。


「わかったよ。とにかく家族全員分を作りゃあいいってんだな? 別に作りたくないわけじゃないし、むしろ色んな人に食べてもらったほうがやり甲斐はあるからな。……で、ルウの家ってのは何人家族なんだ?」


「うーんとね……」と、リミ=ルウが指折りで数えていく。

 そのちっちゃな指先が両方折りたたまれた時点で、俺は「おいおい」と心中で突っ込んだ。


「……うん、リミ=ルウも入れて、13人だっ!」


「じゅ、じゅうさんにんか。それはなかなかの大所帯だな」


「あ。でも、コタ=ルウはまだ1歳でお乳しか飲めないから、食事の準備は12人分で大丈夫だよ? もともとかまどの当番だった女衆も手伝うし!」


「12人分ね。……まあ、それぐらいなら、何とかなるか。メニューは全員、昨日のあれでかまわないのか?」


「うん! もちろん! リミ=ルウだってすっごく楽しみにしてるんだからね!」


「ふむ。……まあ、考えようによっちゃあ、今夜の1回だけ婆さんに俺の料理を食べさせることができても、根本的な解決にはならないもんな。ルウ家の女衆に美味い料理のレクチャーをすることができれば、明日以降も安心なわけか……」


「れくちゃあって何?」


「ああ。だから、毎日俺がルウ家のかまどを預かるわけにはいかないだろ? だったら、明日以降はお前たちが、婆さんに美味いものを食べさせてやらなきゃいけないんだよ」


「えっ! リミ=ルウたちにもあんなに美味しい食事が作れるようになるの!?」


「昨日のあの料理はちょっと火加減が難しいけどな。うーん……あ、そういえば、13人も家族がいるなら、家に鍋がひとつってことはないはずだよな?」


「鍋? 鍋なら4つあるけど」


「4つか! そりゃいいや!」


 最終的には、何だかちょっとワクワクしてきてしまった。

 4つの鍋を使って、12人分の食事――いや、俺とアイ=ファの分までいれれば、総勢14人分だ。

 敵は、ほとんど歯のない老人と、余所者の俺に反感を抱いているであろう集落の実力者たち。

 こいつはちょいと料理人魂をくすぐられる展開ではないか。


「わかった。それじゃあギバの肉はこっちで用意していくから、アリアとポイタンだけは人数分きっちり確保しておいてくれよ? 後は岩塩と、果実酒もな」


「え? お肉もいっぱい家にはあるけど?」


「大事なのは、肉なんだよ。機会があったら、美味いギバ肉のさばき方も伝授してやりたいところだな」


 俺の脳裏には、料理の構想がぐんぐんと広がり始めていた。

 すると、リミ=ルウがとことこ歩み寄ってきて、俺の着ていた服のすそを、ちょっと控えめにきゅっと握りこんできた。


「アスタ。本当にありがとう。これできっとジバ婆も、もう死にたいだなんて言って泣かなくなると思う。……こんな大変なこと、引き受けてくれてありがとう」


「泣くなよ、馬鹿。まだそこまで上手くいくとは決まってないぞ?」


「ううん! 大丈夫だよ! アスタの料理は本当に美味しいもん!」


 そしてリミ=ルウは、さきほどからひっそりと広間の片隅で刀剣の手入れに没頭していたアイ=ファのほうも振り返った。


「アイ=ファもありがとう! ジバ婆が元気になったら、また一緒に遊ぼうね! それじゃあ、また夕暮れ時に!」


「あ、ちょいと下準備に時間がかかるから、夕暮れ時よりちょっと早くお邪魔してもかまわないか?」


 無言のアイ=ファに代わって俺がそう口をはさむと、リミ=ルウは「うん! わかった!」と、とびっきりの笑顔を残して、家を出ていった。


 まったく、アイ=ファとは違った意味でエネルギーの塊みたいな子どもだな、と俺はついつい口もとをほころばせてしまう。


「……何をひとりでにやけているのだ。気色の悪い男だな、お前は」


「おお! やっとまともに口をきいてくれたな、アイ=ファ! 言葉の内容は失礼きわまりないけれども、ちょっと安心したぜ」


「……やかましい」


 壁にもたれて座りこみ、俺のほうを見ようともしないまま、銀色に輝く小刀をためつすがめつしている。表情も、普段通りの仏頂面だ。


 まあ、昨晩俺なんぞに弱った姿を見せてしまったのが、無念で無念でしかたがないのだろう。その心中は察して余りある。


「しかしなあ、まさか俺たちまで一緒に食卓を囲む羽目になるとは思わなかった。お前は最初からわかってたんだよな、アイ=ファ?」


「当たり前だ。他家のかまどを預かるというのは、そういうことだ」


 うむ。かまどの番が責任ある仕事だ、というのは実に素晴らしい掟だと思う。


「だけどそうすると、リミ=ルウの親父さんとも、がっつり顔を合わせることになるんだな。……でも、お前も一緒に来てくれるんだろ、アイ=ファ?」


「馬鹿かお前は? まだこの世の道理もロクにわきまえていないお前のような男を、たったひとりで他の家に送り込むことなどできるか!」


 吠えるように言って、俺の足もとあたりをにらみつけてくる。


「……私と縁を切るつもりがないなら、それが当然のことだろう」


「そうだよな。いや、助かるよ。さすがに一人じゃ心細いからさ」


 俺は何歩かアイ=ファに近づいて、手を伸ばしてもぎりぎり届かないぐらいの距離で、腰を下ろした。

 アイ=ファの目線は固定されたままだったので、足もとあたりにぶつかっていたのが、胸もとあたりに上昇する。

 それでは、と床に手を着いて顔を下降させると、目線ではなく小刀の切っ先が迫ってきた。


「ごめんなさい。冗談です」


「お前という男は……そんなことで、本当にルウ家のかまどを預かることなどできるのか?」


 切っ先が引っ込んで、今度は目線が飛んでくる。

 実のところ、本日起床して以来、アイ=ファときちんと目が合ったのは、これが初めてなのである。


 たちまちその感じやすい顔には血の気が巡り始めたが、そのままアイ=ファは荒っぽい口調でまくしたててきた。


「家のかまどを預かるということは、その家の人間の生命を預かるということだ。これでもしお前の作る食事によってルウの家の人間が病を得るようなことでもあれば、お前も私もただでは済まんぞ? 両の耳を削がれるか、すべての歯をへし折られるかして、森辺を追放されることになるやもしれん!」


「へえ。そんなに大事なかまどの番を、お前はあんなにあっさり俺にまかせてくれたのか」


「そのような古の風習など、私にとってはどうでもいい! しかし、そう考えない者も森辺には多く存在するということだ!」


「わかったわかった。でも、食中毒なんて起こさせるもんかよ。俺を誰だと思ってやがるんだ?」


 17歳の、調理師免許も持たぬ見習い料理人様であるぞ?……というボケのつもりであったのだが、アイ=ファはピンク色の唇をきゅっと噛みしめて、しばらく喋らなくなってしまった。


 顔は真っ赤なままであるし、きかん坊の子どもみたいな表情だ。

 だけど、すこぶるアイ=ファらしい。

 昨晩の、まったくアイ=ファらしからぬ打ち沈んだ様子に比べれば、それはもう段違いの愛くるしさであった。


 で、けっこう長い時間黙りこくってから、「気を抜くな、と言っているのだ」と、アイ=ファは言い捨てた。


「お前の腕を一番わきまえているのは、この私だ。お前だったら、リミ=ルウとジバ=ルウを救うことができるだろう。しかし、油断をすれば足もとをすくわれることだってありうるのだ」


「うわ……ちょっと感動した」


 できればもっと近づいて手でも取りたいぐらいだったが、本日の様子では本当に殺されかねないので、自制する。


「お前にそこまで言ってもらえるなら、もう大丈夫だ。心配しなくても、俺のなけなしの名誉にかけて、リミ=ルウたちを助けてみせるよ」


 そして、今ではそこに「アイ=ファのために」という理由まで付加されている。


 アイ=ファが大事に思っているリミ=ルウとジバ=ルウを助けるために、包丁を奮う。

 このシチュエーションで、俺が油断や慢心をするはずがないではないか。


 いつまでも怒ったような顔をしているアイ=ファを見つめながら、俺は全身に熱い闘争心のようなものが駆け巡っていくのを、感じた。


 絶対に、俺の仕事を果たしてみせよう。

 この、異世界で初めて得た親愛なる存在のためにも。

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