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異世界料理道  作者: EDA
第一章 異世界の見習い料理人
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④ルウ家の末娘リミ=ルウ

2014.10/30 誤字を修正。

「リミ=ルウはね、アイ=ファのこともギル=ファのことも大好きだったの。ギル=ファがまだ生きてた頃は、ギル=ファもアイ=ファもリミ=ルウといっぱい遊んでくれてたんだよ!」


 数分後。

 謎の来訪者リミ=ルウは、俺とアイ=ファにはさまれる格好で、にこにこと笑いながらそんな風に語りだしたのだった。


 さっきまで大泣きしていたのが嘘みたいな、満面の笑顔である。

 とにかく泣きやませないことにはどうにもならん、ということで家の中に招き入れたのだが、俺なんかがなだめてもすかしても、その大きな目から噴きこぼれる涙が止まりはしなかった。


 しかし。


「……嫌いと言ったのは、嘘だ」


 頭痛をこらえるようにこめかみを押さえながら、アイ=ファはそう言った。


「しかし、スン家の恨みを買った私にルウ家のお前が近づくのは、よくないことだ。それは何べんも説明したはずだろう?」


 それだけで、リミ=ルウはぴたりと泣きやんでしまったのだ。


「スンの家なんて怖くないよ! 父さんだって、いつも言ってるもん! あんなぼんくらが跡取りじゃあ、スンの家ももう長くない! いずれはルウ家が森辺の長になるしかないだろうってさ!」


「家長のドンダ=ルウがそんな気性の人間だから、なおさらまずいのだ。スン家とルウ家が相争うことになれば、森辺の集落が滅ぶことにもなりかねないのだぞ?」


 リミ=ルウの涙が止まった後は、またアイ=ファも普段以上に冷ややかになってしまっていた。

 それでもリミ=ルウはにこにこと笑顔を振りまいている。


 笑うと、可愛らしい子どもである。

 年齢は、7歳とか8歳とかそれぐらいであろうか。ちまちましていて、実に小さい。身長なんて、俺の胸にも届かないぐらいだ。


 髪は短く、赤茶けた色合いをしており、タンポポみたいにふわふわしている。肌はもちろんチョコレートのような褐色で、瞳は澄みわたった春の空みたいな水色に輝いている。


 服装は、綺麗な紋様の大きな布を、右肩から腰の下まで巻きつけており、ワンショルダーのミニワンピースといった風情だ。ほっそりとした腕や足は丸出しだが、子どもなので罪がない。


 そして、その胸もとには、3本の牙だか角だかを連ねた首飾りが揺れていた。

 こんな幼子がギバを狩れるとは思えないので、これは純然たる装飾品かお守りの類いなのだろう。


「……ねえ、あなたはよそ者だったんでしょ?」


 と、くりくりとした大きな目が、俺を見る。

 本当に綺麗な、水色の瞳である。

 同じ青色でも、深く、時として火のように燃えるアイ=ファの瞳とは、全然違う。


「あやしい姿をしたあやしいよそ者がファの家にやってきた。あれは災いをもたらす、い、異邦人?かもしれないから、正体が知れるまでは絶対に近づくなってリミ=ルウは父さんに言われてたの!」


「ふうん。それなのに近づいちゃったのか?」


 じわじわと温度を失っていく『ギバ・バーグ』のほうに半ば気を取られつつ、俺は返事をしてやった。


「近づかなかったよ! でも、きょう見たら、あなたがギル=ファの服を着てたから! もうよそ者じゃなくなったのかなって思ったの」


 大方の予想はしていたが、やはり「ギル=ファ」というのは、アイ=ファの父親の名前であったのか。

 その名前をそんなに気安く連呼していいのかどうか、俺には今ひとつ判別がつかない。


「ねえ! 一族の召し物を与えたってことは、この男の人を家族として迎えいれたってことなんでしょ? それなのに、この人はアイ=ファの旦那さんじゃないの?」


「そんな古の風習など知ったことか! こいつがいつまでも薄汚い格好をしているのが目障りだったから、余っている服を与えてやっただけだ!」


 うーん、傷つく。

 だけど、お顔が真っ赤です。

 それが純然たる怒りの感情による赤面の発露でないことを祈りつつ、相殺。


「リミ=ルウ、お前はもう帰れ! スン家とルウ家の争いの火種になるなんて、私は御免なのだ。帰って、二度とここには近づくな」


「いやだよーだ。父さんは、よそ者には近づくな、としか言ってないもん。この人がよそ者じゃなくなったら、もういいの」


 けらけらと笑うリミ=ルウを赤い顔でにらみすえてから、アイ=ファは「勝手にしろ」と言って食べかけの器を取りあげた。

 たちまちリミ=ルウの幼い顔に興味と好奇の色が広がっていく。


「ねえ、それは何なの? どうしてこんな匂いがするの? ギバの肉なの? そっちのポイタンみたいな色をしてる平べったいのは、何?」


 アイ=ファは答えず、黙々と食し始める。

 それでは、私めも――と、アイ=ファにならって器に手を伸ばすと、幼女の首がぐりんと俺のほうに向けられてくる。


「この前ふたりで、ギバを担いで帰ってきたよね? そのギバがその肉なの? 何でこんな形をしているの? ポイタンの汁はどこに行ったの?」


「えーっとね……こいつは、俺が作ったんだよ。おかしな形をしてるけど、これはギバの肉だし、こっちのこいつはポイタンだよ」


 俺にはこんなに無邪気そうな子どもをスルーできるスキルは備わっていなかったので、そんな風に応じるしかなかった。


 リミ=ルウの目が、さらに激しい好奇心にきらめいて、半ば予想していた言葉がその小さな口から解き放たれる。


「どんな味がするの? 食べてみたい!」


 俺は溜息を噛み殺しつつ、アイ=ファを振り返った。


「あのさあ、アイ=ファ。他の家の人間に食事をわけ与えたりするのは、何かの禁忌に反したりするのかな?」


「……そんな禁忌など、存在するか」


 究極的に不機嫌そうなお顔をしていたが、とりあえず止められはしなかった。

 だったら、別にかまわない。食い意地は張っているほうだけど、そこまで意地汚くはないつもりだ。それに、第三者の感想というのは料理人とって何より貴重なものだからな。


「それじゃあ、味見をさせてあげよう。普通のギバ肉とは全然違うと思うから、びっくりしないようにね?」


 そう言って器を差しだそうとすると、幼女はにっこり微笑んだのち、「あーん」と口を開いてきた。

 警戒心は、ないのかな?

 アイ=ファの冷ややかな目線を右の頬あたりに感じつつ、俺は一口サイズに切りわけたバーグとアリアのスライスを2切れほど、その小さなお口に木匙で投入してやった。


 ぱくん、と幼女の口が閉じる。

 そして、その口がもにゅもにゅと動き。

 水色のまん丸い目が、いっそうまん丸く見開かれていく。


「えーと、お味はどう……」「あーん」


 そうきたか。

 まあ、2口ぐらいは看過してあげよう。

 だけど、これ以上はお兄さんの栄養摂取にも支障が出てきちゃうかもしれないからね?

 そんなことを念じながら、今度はちぎった焼きポイタンも添えて投入する。


 ぱくん。

 もにゅもにゅ。

 ごっくん。

 大きな目が、くわっ。


 表情が多彩で、こんなに擬音が似合う子も珍しい。


「お……」


「うん?」


「おいしいっ!」


 そうして俺は、つかみかかられた。

 ああ、我を失った人間につかみかかられるってのは、こんなに心臓の悪いものなのか。アイ=ファには本当に悪いことをしたなあと反省する。


 いや、反省している場合ではないか。

 リミ=ルウは、そのちっちゃな指先で俺のTシャツをわしづかみにして、子どもとは思えないような怪力でぐわんぐわんと俺の身体を揺さぶり始めたのだった。


「おいしい! すごくおいしいっ! どうしてこんなにおいしいの?! これがギバなの!? どうしてこんなにやわらかいの!? ねえ、どうして!?」


 最初の夜、アイ=ファがあそこまで苦労してひねりだしていた「美味い」という言葉を、実にあっさりと連呼してしまっている。

 だけどまあ何にせよ大絶賛だ。これぞ料理人冥利に尽きるというもの。


 それにしても、怪力すぎる。やっぱり狩猟民族ってのは、こんなに小さなうちから筋肉の造りが異なっているのだろうか?


「やめんか。食事の邪魔をするな」


 そこで助けてくれたのは、アイ=ファだった。

 いつのまにか自分のぶんは完食したらしく、リミ=ルウの首ねっこをひっつかんで、何の苦もなく引きはがしてしまう。


「食事とは、生きるための手段だ。それを邪魔するのは相手の生命を脅かす禁忌である、とお前は家長に習わなかったのか?」


「……ごめんなさい」


 アイ=ファに半分吊りあげられたまま、リミ=ルウはぺこりと頭を下げた。

 一転して、しょぼんとした顔つきになってしまっている。


「おいしかったです。ありがとう。邪魔してごめんなさい。リミ=ルウは……」と、そこでぴょこんと小首を傾げる。

 本当に擬音の似合う仕草だな。


「……リミ=ルウは、あなたの名前を知りません。あなたは何ていうお名前なのですか?」


「俺は、津留見明日太だよ。呼びにくかったら、アスタでいい」


「ちゅる……アスタ。リミ=ルウはファの家のアスタに感謝とおわびの言葉を申しあげます」


 何だかずいぶんかしこまっちまったな、と俺は気安く手を振ってみせる。


「いや、いいよ。びっくりはしたけどね。ほめてくれて、ありがとう。……アイ=ファも、止めてくれてありがとうな?」


「ふん」と無愛想に鼻を鳴らし、アイ=ファはまた元の位置に腰を下ろす。

 アイ=ファに解放されたリミ=ルウは、その場にぺたりと座りこんだかと思うと、小さな膝を抱えこんで、そのまま喋らなくなってしまった。


(……森辺の民ってのは、よくわからんなあ)


 しかし、いささか言動は素っ頓狂なれど、これは異世界生活5日目にして初めて出会う、アイ=ファを忌避しない森辺の民だった。

 スン家の人間を恐れて、他の民たちはアイ=ファと交流を結ぼうとしない。それに比べれば、アイ=ファに対するあけっぴろげな好意も見ていて微笑ましい限りだし。もっと仲良くしてやればいいのにな、と思う。


 しかし、けっきょくその後はアイ=ファもリミ=ルウも口を開こうとはしなかったので、俺も黙然と食事を続けることにした。

 だいぶん冷めてしまったが、それでも美味い。個人的には、大満足の仕上がりだ。


「ごちそうさまでした。……さて、だいぶ暗くなってきたみたいだけど、お前さんは一人で帰れるのかい、リミ=ルウ?」


 俺が呼びかけると、何やら思いつめた表情で膝を抱えていたリミ=ルウが、ハッとしたように面を上げた。

 そして、がばっと立ち上がったかと思うと、今度は敷布に両膝をついて、両腕を俺に差しのべてくる。


「ルウの家のリミ=ルウから、ファの家のアスタにお願いがあります! どうかあなたの力を貸していただけませんか?」


 俺は困惑し、アイ=ファのほうを横目で見た。

 アイ=ファは片膝を立てた体勢で、不審そうに眉を寄せている。


「あなたの作った不思議な食事を、どうかルウの家の最長老ジバ=ルウにもお恵みください! ジバ=ルウは……このままだと、もうすぐ死んでしまうのです!」


 リミ=ルウの水色の瞳から、また大粒の涙が流れ始める。

 しかし、今度は大泣きしたりせず――リミ=ルウは、こらえかねたように顔を覆って、しくしくと声もなく泣き始めてしまったのだった。

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