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異世界料理道  作者: EDA
第十章 変革の前菜
188/1675

⑫解

2015.4/17 更新分 1/2 2016.1/21 誤字を修正

「おお、待ちかねたぞ、アスタにシン=ルウ!」


 ファの家に帰りつくと、すでにラウ=レイとヤミル=レイが待ちかまえていた。


「今日もヤミル=レイに料理の手ほどきを頼む! 俺はシン=ルウと狩人の修練だ!」


「残念だったなー。親父からの伝言があるんだぜ、ラウ=レイ」


 ひとり除け者にされそうになったルド=ルウがルウルウの上から事情を説明すると、ラウ=レイはたいそう不満そうに頬をふくらませた。


「どうして俺が使い走りをせねばならぬのだ! そちらもトトスがあるのだから、ルド=ルウが行けばよいではないか!」


「文句だったら親父に言ってくれよ。……でもそういえば、ザザの集落にはダルム兄が出向いてるんだよな」


 と、ルド=ルウも少し思案顔になる。


「なんかしばらくはダルム兄も戻れなそうだし、顔でも拝んでくるかなー。……ただし、修練に夢中になって見張りの仕事をおろそかにしないでくれよ? ラウ=レイも聞いてるだろうけど、昨日だってザザの集落に誰かが近づいたって話なんだからな」


「了承した! 感謝するぞ、ルド=ルウ!」


 そんなわけで、見張り番にはラウ=レイとシン=ルウが居残ってくれることになった。


 俺は晩餐の準備と、料理の勉強――そして、ヤミル=レイへの料理の手ほどきである。


「今日はどうしましょうね? 何かご要望はありますか?」


「……わたしにそんなものがあると思う?」


 今日もヤミル=レイは妖艶でけだるげだった。

 そういえば、ヤミル=レイとふたりきりの作業というのは、ちょっと珍しいかもしれない。


「レイの女衆はルティムの女衆に手ほどきを受けていたのですよね。実際問題、そちらではどれぐらいの腕前に仕上がっているのでしょうね」


「さあ……とりあえず、はんばーぐという料理には苦戦しているようね。まともに作れるのはアマ・ミン=ルティムとモルン=ルティムのふたりぐらいじゃないかしら」


「苦戦ですか。なるほど」


 ルティムの女衆も、そのほとんどはルウの女衆から手ほどきを受けた身である。俺から見れば孫弟子であるし、レイに至っては曾孫弟子ということになってしまうのだ。

 レイナ=ルウやミーア・レイ母さんのお手並みは見事でも、間に人をはさめばはさむほど手ほどきの内容が落ちてしまうのはしかたのないことであろう。


「ハンバーグは、大きくなるほど火を通すのが難しくなってしまうのですよね。フォウやランの人たちもなかなか苦戦していたようですし――それじゃあちょっとだけ目先を変えて、今日は肉団子に挑戦してみましょうか」


「肉団子?」


「簡単に言うと、ハンバーグを小さくしたものです。これなら焼きすぎや生焼けで失敗する可能性も低くなるんじゃないでしょうかね」


 これは《キミュスの尻尾亭》で実験的にこしらえたキミュスのつくねから得た発想である。

 森辺の集落でも宿場町の宿屋でも、あまりに手間や時間のかかる料理は歓迎されない、という点は同一なのだ。


「まずはハンバーグと同じ下準備ですね。ポイタンを煮詰めてから、アリアのみじん切りを炒めておきます」


 俺はファの家の晩餐を見本として、ヤミル=レイには試食分を実践でこしらえてもらうことにした。


 つなぎのためのポイタンを煮詰めて乾かし、その間にアリアのみじん切りを炒めて、肉を挽く。

 キミュスのつくねではアリアのみじん切りも使用しないが、肉の味の強いギバ肉では、やはり入れたくなってしまう。


 しかしこれは良い機会だったので、アリアを入れない肉団子も作ってみることにした。

 それに、つなぎにギーゴも使ってみようと思う。


 アリアを入れるか入れないかの2パターンと、つなぎはポイタンかギーゴかの2パターン、それを掛け合わせて4パターンの作製だ。


「あとはお好みで、塩やピコの葉、ミャームーのすりおろしなんかをこの段階で入れてみてもいいですね。ファの家では、さらに果実酒を混ぜこんだりもします」


「ややこしいわね。レイの家ではそこまで色々なものを入れたりはしなかったわ」


「そうでしょうね。まあ、最初は塩とピコの葉を練りこむぐらいで十分だと思います」


 宿場町で売りに出している『ギバ・バーガー』のためのパテでも、塩とピコの葉しか練りこんではいない。果実酒もミャームーも、タラパソースのほうでふんだんに使用しているからだ。


 しかしファの家ではタウ油ベースのソースを作ったり、チーズバーグ、照り焼きバーグなどにもチャレンジしているため、それにあわせてパテ自体の味付けも色々と工夫しているのである。

 かつてアイ=ファはレイナ=ルウより俺の作るハンバーグのほうが美味いと評してくれたが、焼き加減を除けば差異はそれぐらいだろうと思う。


「で、肉をこねたら、これぐらいの大きさに丸めていきます。中の空気を抜く必要もありません」


 大きさは一口大、ころころとしたたこ焼きていどのサイズだ。


「まだ晩餐用の肉を焼くには早いんで、試食用のを手本で1個だけ焼いてみますね。――肉が鍋にくっついてしまわないように、まずは脂を少し焼きます。かまどの火はほどほどの中火で、まんべんなく焼き色がつくように転がしながら火を通します。このときに激しく動かすと肉が崩れてしまうので気をつけてください」


 そうして表面がキツネ色に焼きあがったら、すりおろしたミャームー、塩、ピコの葉を加えた果実酒を投入して蒸し焼きに。


 調理手順は、これだけだ。

 アリアのみじん切りやつなぎを入れるのは割と俺の個人的なこだわりに過ぎないので、もっと簡略化することも可能である。

 まったく今さらの話であるが、煩雑な作業の歓迎されない森辺では、ハンバーグよりもこの肉団子のほうが相応しい献立なのかもしれなかった。


「さて。これはアリアなしでつなぎにはギーゴを使った分でしたっけ。とりあえず味見をどうぞ」


「……あなたは食べないの?」


 俺は晩餐でたらふく食べられますので――と言いかけて、「それじゃあ半分こにしましょうか」と言いなおした。


 これはヤミル=レイがこねあげた肉団子である。焼きあげたのは俺でも、俺が味の保証をしたほうが彼女の自信にもなるだろう。


「ああ、文句なく美味しいですね」


 お世辞でなく、そう言うことができた。

 ギーゴを使うと、食感が少しふんわりとするようだ。

 それにやっぱりアリアを入れないとギバ肉の強い味がさらにぐいぐいと主張してくる。ギバ肉のクセを嫌がらないなら――つまり森辺の民ならこちらのほうが好みに合うぐらいかもしれない。


 そして、薄めのミニバーグよりこの形状のほうが噛み応えも増していい感じである。肉汁もたっぷりで申し分ない。

 ハンバーグとは似て異なる、これはなかなか森辺の民むきの献立であるかもしれなかった。


(アイ=ファだったら何て言うかな。……何か、他のみんなが満足そうにしている中でひとりだけ仏頂面をしそうな気がするけど)


 そんなことを考えていたら、ヤミル=レイが深々と溜息をつく音色が聞こえてきた。


「どうしました? 何か問題でも?」


「いえ。とても美味しいと思うわ。……ただ、このように呑気にしていていいのかしらと思っただけよ」


 意味がわからずに首をひねっていると、長い前髪の向こうからにらみつけられてしまった。


「ズーロ=スンの話は聞いたわ。先日の会談でもまったく話はまとまらなかったそうだし、新しい族長たちはいったいこれからどうするつもりなのかしらね」


「ああ、その話ですか。……どうでしょうね。でも、ヤミル=レイたちを城に引き渡すような結果にだけはならないはずです」


「……あちらはスンの本家であった人間全員を引き渡せと言っているのでしょう? だったら――」


「あなたとズーロ=スンだけを引き渡せばいいってのはなしですよ、ヤミル=レイ?」


 俺が先回りしてみせると、ヤミル=レイはまた溜息をついた。


「察しがいいわね。レイの家長は最後まで言わせてくれたのに」


「ラウ=レイにも同じことを言ったんですか? それはさぞかし怒られたでしょうね」


 そのラウ=レイは、ギルルに見守られる格好でシン=ルウと取っ組みあっている。視界には入るが喋り声の届く距離ではない。


 ヤミル=レイはそっぽを向いて、左のこめかみをゆっくりと撫でさすった。


「怒られるどころか殴られたわ。あれはひどい男よね」


「ええ、手が早いのはラウ=レイの欠点だと思いますけど、でも、怒らせるようなことを言うヤミル=レイも悪いと思いますよ?」


「…………」


「たとえミダやツヴァイをかばうためでも、自分ひとりが犠牲になればいい、なんて考えは捨ててください。そんな考えが通らないってことは、家長会議のときにもはっきりしたじゃないですか?」


「……だけどわたしは、ザッツ=スンの跡継ぎと目されていた人間だわ。城の連中は、そういう人間こそを処刑したくてうずうずしているのじゃないかしら?」


「思惑のはっきりしない城の連中の要望をかなえてやる筋合いなんてありませんよ。ヤミル=レイだって、大事な同胞のひとりなんですから」


 ヤミル=レイは少しうつむき、長い前髪で表情を隠してしまった。


「もういいわ。……そうすれば城の連中の気は済むかもしれないのに、話のわからない人間ばかりね」


「それはこっちの台詞ですよ。どうして俺やラウ=レイが怒っているのかを理解してください」


 すると、ヤミル=レイは急に自分の親指の爪を噛み始めた。

 彼女らしくない、子供っぽい仕草だ。


「……あなたも怒っているの、アスタ?」


「怒るというか、悲しいですかね。同胞が今の生活をないがしろにするような言葉を口にしたら悲しくなりませんか?」


「……あなたは同胞じゃなく異国人だわ」


「異国人でも、同胞のつもりです」


 ヤミル=レイは、黙りこんでしまった。

 何だかやたらと重苦しい空気になってしまいそうだったので、俺はつとめて明るい声をあげてみせる。


「それに、城の人間もザッツ=スンの跡継ぎだとかに興味はないと思いますよ? あちらはいまだに10年前の事件も野盗の仕業だと言い張っているんですから、そういう意味ではスン家の罪をまともに追及するつもりすらないはずなんです」


「……罪を追及するつもりが、ない?」


 表情を隠したまま、ヤミル=レイは静かにつぶやく。


「ふうん……そういうこと……だからこそ、ズーロ=スンは城に引き渡されることを今さら怖がり始めたのかしら……?」


「え? ヤミル=レイにはその理由がわかるのですか?」


「わからないわよ。でも、その話を聞かされたら自ずと想像ぐらいはつくでしょう?」


「俺には全然つきません。だからこそ、これからズーロ=スンにそれを問い質そうという話になったんですよ」


 俺は、思わずヤミル=レイに詰め寄ってしまった。


「教えてください。ヤミル=レイは、城の人間がどういう目的でズーロ=スンの身柄を欲していると考えたのですか?」


「……罪に問うつもりがないなら、後に残る理由はひとつしかないんじゃない?」


 長い前髪の向こうから、今度は得体の知れない光をたたえたヤミル=レイの瞳が見つめ返してくる。


「スン家の再興、よ」


「スン家の再興……」


 その言葉は、ぞっとするような冷たさでもって俺の胸にしみこんできた。


「それ以外に、ズーロ=スンを始めとするスン家の人間に利用価値なんてあるかしら? 城の人間はドンダ=ルウやグラフ=ザザといった新たな族長たちをもてあましているのでしょう? だったら、もう1度ズーロ=スンを族長に据えて、森辺の民をいいように使っていきたいと願うのじゃないかしら?」


 それはあまりに突拍子のない話――とは、思えなかった。

 さまざまな記憶や言葉が、かちりかちりと頭の中でひとつの結論に組みあげられていく。


 サイクレウスは当初、スン家の人間を分家まで残らず城に引き渡すべしと主張していた。

 その要求が通らないとなると、今度は本家の人間だけでも引き渡せと言ってきた。


 何のために?

 罪の重さを測るためにと、サイクレウスは最初からそのように述べていたではないか。


 サイクレウスは――スン家の人々を不当に処断するためではなく、その罪を不当に許すために身柄を欲していたのだろうか?


 ドンダ=ルウたちの弾劾こそがいわれなき誹謗であり、今後も森辺の民はスン家に率いられるべきだと、君主筋からのお墨付きをつけるために――?


(そう考えれば――サイクレウスがまったく焦った様子を見せないことにも説明がつく。何かの秘密を保持したいために身柄を要求していたんなら、あまりにのんびりとした話に感じられるけど、そういう魂胆であったのなら、どれだけ時間をかけたって大きな問題はないはずだ)


 それじゃあ、ズーロ=スンだけでなくその家族までをも欲していたのは――ズーロ=スンに言うことを聞かせるための人質か、あるいは、ズーロ=スンが無理ならばその息子にでも族長の座を与えようと画策したためであったのか。


 昨日の侵入者は、ズーロ=スンを害するためではなく、その生存を確認するためのものであったのか。


 森辺の民は処置が手ぬるいと述べていた、サイクレウスのその言葉こそが真意を隠そうというフェイクやブラフであったのか。


 むろん、何を考えたって証しのない話だ。


 しかし、少なくとも口封じのためにスン家の人々を皆殺しにしようとしている、と考えるよりは整合性が保てているように感じられてしまった。


「だけど――それでどうしてズーロ=スンはあれほどまでに惑乱してしまったのでしょう? そのきっかけは侵入者の存在だったのだとしても、もしもズーロ=スンがヤミル=レイと同じことを考えたのなら、そこまで取り乱す理由にはならないんじゃないですか?」


「どうかしら? ズーロ=スンの考えなんてわたしにはわからないわよ。父と娘でありながら、わたしたちにはまったく似たところがなかったのだから」


 抑揚のない声で言いながら、ヤミル=レイはそっと自分の身体を抱きすくめた。


「ただ……自分には城の人間の要求を突っぱねる強さなどない、とは自覚しているのじゃないかしらね。それで再び族長の座に据えられることになったら、今度こそすべての森辺の民に憎悪と呪詛の目を向けられることになる――そんなことを想像してしまったら、泣きわめきたくもなるのじゃないかしら」


 ヤミル=レイの肩が、小さく震えていた。

 だから俺は、その肩をしっかりと両手でつかんでやった。


「大丈夫ですよ。ドンダ=ルウたちは、絶対にヤミル=レイたちを城に引き渡したりはしません。今の話を聞かせれば、その思いはさらに強くなるはずです」


「……こんなのは、わたしが頭の中でこしらえた妄想にすぎないのよ?」


「何にせよ、森辺の民は同胞を見捨てたりはしませんよ」


 ひんやりと冷たそうな空気を纏ったヤミル=レイでも、やはりその内には確かな血と熱が通っていた。

 その温かい身体がやがてゆっくりと震えをおさめていくまで、俺はその肩を握り続けた。

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ズーロ=スン。 やっぱり同胞から憎悪されるのはきっついよなぁ。
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