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異世界料理道  作者: EDA
第十章 変革の前菜
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⑤白の一日、アスタの一日 ~午後~

2015.4/10 更新分 1/1 2015.4/11 誤字を修正

 中天と日没の真ん中あたり、体感としては午後の3時30分。

 すべての仕事を終えた俺たちは、森辺の集落を目指して宿場町を出立した。


 ありがたいことに、《銀の壺》と建築屋の一団という常連客をいっぺんに失ったにも拘わらず、屋台の売上が目に見えて落ち込むようなこともなかった。

 本日の売上は、143食。シュミラルやおやっさんたちが残留していたら売り切れになっていたぐらいの売上だ。


 それはつまり、ジェノスを出ていく人間がいれば入ってくる人間も同程度に存在し、しかもそういった人々はこれまで通りの割合で俺たちの屋台を訪れてくれている、ということなのだろう。


 とにもかくにも、今日の仕事は無事に終わった。


 ルティムやレイの少年たちとは森辺への道の手前で別れて、ギルルの手綱を取る。

 とても心苦しいのだが、リィ=スドラとルウの分家の少年たちも合わせると、それだけで荷車は定員いっぱいになってしまうのだ。


 なおかつ食材や鉄鍋など荷物も山積みであったので、ギルルに無理をさせぬよう並足で帰ることにした。

 それでもルウの集落に到着するまで、30分もかからない。

 あとはさらに30分ほどかけてレイナ=ルウたちにパテ作りの指南をしてから、ファの家に向かう。


 昨日と異なるのは、その帰路をルウルウに乗ったルド=ルウとシン=ルウに警護されている点ぐらいであろうか。

 アイ=ファが同行しない日は、こうして森辺の集落でまで守られることになってしまったのである。


 ジーダにせよサイクレウスにせよ、森辺の集落にまで足を踏み込むことはそうそうないだろうと思うのだが――ドンダ=ルウも、打てる手はすべて打っておくべき、という心づもりなのだろう。

 その気持ちには感謝しつつ、早く平和な日常が戻ってくるようにと願わずにはいられない俺である。


「やあ、待ってたよ、アスタ」


 家に戻ると、6名ほどの女衆が待ち受けていた。

 フォウ家、ラン家、ディン家から2名ずつ料理の勉強に参上したようだ。

 そこにサリス・ラン=フォウの姿はなく、その代わりに、トゥール=ディンとジャス=ディンの姿があった。


「おひさしぶりです、アスタ」


 ディン家の家長の姉、厳しい眼差しを持つ壮年の女衆ジャス=ディンが静かに頭を下げてくる。

 スンの分家からディン家に引き取られた10歳の少女トゥール=ディンもおずおずとそれに倣っている。


 トゥール=ディンとは臓物料理の指南を経てけっこう打ち解けたはずであるのだが、少し期間が空いてしまうと、やはり内気の虫が出てきてしまうらしい。

 ならばまたゆっくりと時間をかけて打ち解けるしかないな、と俺は微笑みかけてみた。


「今日はハンバーグのパテ作りを手ほどきする予定なんだよ。トゥール=ディンも頑張ってね?」


「あ、は、はい……」と、トゥール=ディンはうつむいてしまう。

 しかしその大きな瞳は暗い陰をたたえることなく、上目づかいに俺を見つめてくれていた。


「ところで、よその家のかまどで肉を焼くのは森辺の習わしにそぐわないというお話でしたが。焼く前の下ごしらえまではここで済ませてしまってもかまわないのですかね?」


「はい。そう考えて、わたしどもも必要な材料を持参いたしました」


 そう答えたのは、ランの女衆である。

 ランもフォウも、ディンと同じように未婚の若い娘に既婚の壮年の女衆という組み合わせだった。その6名とリィ=スドラ、俺も含めれば総勢8名の大所帯だ。


「アスタ、アイ=ファが帰ってくるまで、俺たちはそのへんを見回ってるからな」


 そう告げてくるルド=ルウに「ありがとう」と返してから、俺は女衆らとともに玄関の戸をくぐった。


「まずは、つなぎを作るためにポイタンを煮詰めます。時間や手間が惜しいときにはギーゴをすりおろしたものでも代わりはききますので、その辺りは銅貨と相談ということで。……で、ポイタンもこのていどの量ならすぐに干上がりますので、その間にアリアをみじん切りにしておきましょう」


 日没までは、残り2時間強であろう。

 肉の切り分け作業は当日の朝に仕上げると決めてしまったので、この時間、俺は完全にフリーだ。


 なので、みじん切りにしたアリアを果実酒で炒めて、その粗熱を取る間に肉を挽く。その手ほどきをした後は、自分の勉強に取り組むこともできた。


 現在の課題は、これまで手付かずにしておいた野菜の吟味である。


 ルティム家の婚儀や、宿場町での商売など、大きな仕事を始める前には、こうして新たなる食材の吟味をしてきた。そうして俺は、アリアやポイタンばかりでなく、ティノ、プラ、タラパ、チャッチ、ギーゴ、ミャームー、といったさまざまな食材とめぐりあうことになったわけであるが。もちろんのこと、宿場町にはもっとさまざまな野菜が売られていたのである。


 ただしその中には、使い道の見いだせない野菜も存在した。

 つまりは、かつてのポイタンのように、自分の知っている食材との類似性を見いだせなかった野菜たちだ。


 さらに、商売には適さない野菜、という分類もあった。

 すなわち、収穫の量が不安定で、必要量を毎日そろえることが困難でありそうな野菜たちである。


 そういったものたちを除外してしまうと、俺の手もとにはそれほど多くの手駒は残らなかった。


(うーん……今日のところはあまり手も空いていないし、こいつをやっつけちゃおうかな)


 そう思って手を伸ばしたのは、ドリアンのようにトゲつきの表皮を持つ、オレンジ色の果実だった。

 大きさはグレープフルーツぐらいで、形状はラグビーボールのような長球だ。これでお代は、赤銅貨0.5枚である。

 名前は、シールというらしい。


 トゲつきの皮はけっこう固いので、菜切り刀ではなく本日購入した肉切り刀で断ち割ってみることにした。

 いわゆる牛刀というやつは三徳包丁と同じように肉以外の食材でも使い勝手のいい調理刀なのである。

 期待に違わず、ディアルおすすめの肉切り刀はすっぱりとシールの実を寸断してくれた。


 甘酸っぱい香りが、生肉の匂いを圧して室内に広がる。

 柑橘系の、さわやかな香りだ。


 断面は、黄色である。

 ザクロのように小さく丸い果肉がぎっしりと詰まっている。

 それを木皿の上で絞ると、ほのかに黄色みがかった果汁がぼたぼたと滴り落ち、さらなる芳香を室内に漂わせた。


「……とても甘そうな匂いですね?」


 と、肉を挽いていたトゥール=ディンがはにかみながら俺を振り返る。

 やはりこの世界でも、幼い人間のほうが甘味には敏感なのだろうか。


「これはシールの実といって、あんまり森辺の集落では食べられていなかったみたいだね。少し味見してみる?」


「え、いいのですか?」


「うん」と俺は木匙でその果汁をちょっぴりだけすくいあげた。


 肉の脂で手を汚したトゥール=ディンが困ったように視線をさまよわせているので、その口もとに「はいどうぞ」と差しだしてみせる。


 トゥール=ディンは恥ずかしそうに頬を染めながら、木匙の先を口にふくんだ。


 そして叫ぶ――「すっぱい!」と。


「うん。だから森辺では使われていなかったんだろうねえ」


 匂いの通りの柑橘系でも、このシールの実というのはレモンに近い強烈な酸味を有していたのである。

 レモンよりは少しだけ甘みも含んではいるようだが、それにしたって酸っぱさのほうが上回っていると思う。


 トゥール=ディンは、「もう!」と怒った声をあげながら手を振り上げた。

 が、脂で汚れた手を人に向けるのは意に沿わなかったのか、肘でこつこつ俺の背中を叩いてくる。


「ごめんごめん。でも、水で割ったらけっこう美味しいと思うよ?」


「美味しくない! 口が痛いです!」


 大きな声をあげてから、ぷいっとそっぽを向いてしまう。

 そんなトゥール=ディンの年齢相応の可愛らしい仕草を、ジャス=ディンはとても満足そうな面持ちで見守っていた。

 フォウやランの女衆たちも、声を殺してくすくす笑っている。


「アスタ、このような感じでいかがでしょう?」


 と、やはりにこやかに微笑んだリィ=スドラが板の上を指し示してきた。

 綺麗なピンク色のミンチの山が完成している。


「うん、それだけ刻めば十分ですね。そうしたら、さっきのアリアと、ポイタンの煮汁を一緒にしてこねあげます。あ、岩塩とピコの葉を少しでも混ぜておくと味がよくなるので、今日はファの家のをおすそわけしましょう」


 その後は、他の女衆らも次々と肉挽き作業を完了させた。

 やはり屈強なる森辺の民である。この肉挽きというのはそこそこの重労働であるはずなのに、作業の手早さは俺に劣るものではなかった。


 こうなったらもう、手ほどきを先に済ませてしまったほうが話は早いかもしれない。

 俺はシールとその果汁を絞った木皿を部屋のすみに追いやって、パテの成型までを一気に伝授することにした。


「ふたつのかまどで強火と弱火を使いわけると大きなパテを焼きあげることもできるんですが、それは火加減が難しいので、今日は小さくいきましょう。肉はこれぐらいの分量を取り分けて、丸く形を作ってください。そうしたら、左右に振って肉の中の空気を抜きます」


 ぱん、ぱん、とパテを左右の手でキャッチボールする。この作業では、少しばかり器用さの差が生じた。

 上手だったのは、トゥール=ディンとリィ=スドラである。

 やはりこの2人は、なかなか調理のセンスがあるように思える。


「――あ、そうだ、フォウとランの皆さんにご相談したいことがあるのですが」


 と、俺はそこで唐突にララ=ルウとの朝の会話を思い出した。

 宿場町における仕事の割り振りの件である。


 富は公平に分け合いたいので、スドラの家に代わり宿場町の仕事を手伝ってはいただけないものかと、俺はその場にいる4名に問うてみた。

 しかし――反応は芳しくなかった。


「宿場町の仕事かい……もちろんファの家にはさんざん世話になっているんだから、それに報いようという気持ちはあるよ」


 少し年配のフォウの女衆がそのように答えてくれた。

 が、何やら真剣な面持ちである。


「どのような仕事でも申し付けておくれ。必ずや果たしてみせるからさ」


「あ、いえ、報いるとかそういう話ではなくてですね、普段とは毛色の異なる仕事を楽しんでいただければ幸いなのですが」


 ララ=ルウやレイナ=ルウたちの充足した笑顔を思い出しながら、俺はそのように言ってみた。

 しかし、目の前にいる人々のやや固めの表情に変化は見られない。


「アスタ。宿場町の仕事は、今の時点でも手が足りていないのでしょうか?」


 と、リィ=スドラが穏やかに申し述べてきた。


「いや、今のところはそうでもありません。いずれ屋台を3つに増やしたら、そのときこそ人手は必要になりますけれども」


「そうですか。ならば、フォウやランに力を求めるのはそのときでも遅くはないのではないでしょうか。有り体に言って、ルウやルティムのように大きな氏族でもない限り、なかなか半日分の人手を割くのは難しいことでしょうから」


 そう言って、リィ=スドラは涼やかに笑う。


「スドラの場合は、逆に家族が少なすぎるゆえに、女手が余っていたのです。この何年かで分家も眷族もすべてが本家の家人となったにも拘わらず、スドラには4名の男衆と5名の女衆しかおりませんので。……それに、世話のかかる幼子などもおりませんしね」


 聞いてみると、確かにフォウやランではそれなりに女手が足りていない様子であるらしかった。この調理の手ほどきを受ける時間を捻出するにも、相当の労力を払っているらしい。


 それに、ファの家に肉を売るだけで、今は十分な富を得てもいるのである。

 ならば、無理にリィ=スドラと交代してもらう甲斐はないようだった。


 それでも、大恩あるファの家のためならば――と、彼女たちも苦難を背負う覚悟でさきほどのような言葉を述べてくれたのだろう。


「それでは、本当に人手が足りなくなったときに、またご相談させてください。それに、ガズやラッツなど、他にも声をかけたい氏族は多数ありますので」


「そうかい。じゃあそのときは遠慮なく声をかけておくれよ。あたしらだって、ファの家の力にはなりたいんだからさ」


「ありがとうございます。そのお言葉だけでも十分にありがたいですよ」


 それでその場は収まった。

 が――その陰でひとり、暗い表情のままの少女がいた。

 トゥール=ディンである。


 どうしたの、と俺が問う前に、ジャス=ディンが口を開いた。


「ディンの家ならば、多少なりとも女衆の手は空いております。しかしご存知の通り、眷族の長であるザザの家は、ファの家の商売に賛同しておりません。世話になるばかりでそれに報いることのできない身を、わたしは心苦しく思っております」


「あ、いえ、そんなことは――」


 そんなことは承知の上だったから、俺もディン家には話を振らなかったのだ。

 ザザの眷族たるディン家に許されているのは、血抜きや調理の手ほどきを受けることだけで、ファの家の商売に加担することは禁じられてしまっているのである。


「……お前はアスタを手伝ってやりたいだろうね、トゥール=ディン」


 ジャス=ディンが、静かに言った。

 トゥール=ディンは、ふたつに結んだ髪ごと首をぷるぷると振る。


「わたしは、族長や家長の言いつけに従います」


 決して大きくはならないが、きちんと力のこもった声だった。

 ただし、その瞳にはうっすらと涙がにじんでしまっている。


「俺もいつかザザの家長に認めてもらえるよう頑張るよ。それでディン家にも助力を頼めるようになったら、そのときはお願いできるかな?」


「はい」と、トゥール=ディンはうなずいてくれた。


 今はサイクレウスやジーダのことで手一杯だが、いずれはザザの家長を筆頭とする人々とも手を取り合えるように尽力しなくてはいけないだろう。


 それに――今では最大の協力者であるルウの家も、次代の家長はジザ=ルウであるのだ。

 ジザ=ルウとはもう長いこと、腹を割って話していない。

 最後に少しでも彼の本心が聞けたのは、おそらく家長会議よりも前のことであったはずだ。


(こんな想像はしたくもないけど、もしも今ドンダ=ルウの身に何かあったら、ファの家の立場は相当苦しくなっちまうんだよな)


 ルティムやレイといった眷族たちもこれほど友好的にファの家と接してくれているのだから、いかにジザ=ルウといえどもいきなり手の平を返すことはできないだろう。


 だけどそれでも、ルウ家とザザ家という族長筋のふたつにそっぽを向かれたら、どうなってしまうかわからない。


 まだまだ前途は多難だなと思いながら、重苦しくなりかけた空気を払拭するために、俺は「さて」と明るい声をあげることにした。


「それじゃあ、あらかたパテの成形も仕上がったようですね。最後にお手本として試食分のパテを外のかまどで焼いてみたいと思います」


 女衆らも気を取りなおしたように笑顔でうなずき、立ち上がる。


 試食分のパテは、ファの家の肉をリィ=スドラにこねてもらっていたので、そいつと蒸し焼きのための果実酒をたずさえて、俺は玄関の戸を引き開けた。


 すると、そこには我が親愛なる家長アイ=ファが立ちはだかっていた。


「うわ、そいつはずいぶんな大物だな!」


「おかえり」よりも、そんな言葉が先に出てしまった。

 アイ=ファの背には、7、80キロはあろうかというオスのギバが担がれていたのである。


「うむ」とうなずくアイ=ファの面には汗が光り、息も少しだけ切れている。

 足もとの悪い森の中を、このような大荷物を抱えて戻ってきたのならば、それぐらいは当然であろう。


 アイ=ファは足もとにギバを下ろし、「ふう」と小さく息をついた。


「わりと近場に仕掛けた罠にこいつが掛かっていたのでな。血抜きも上手くいったことだし、ムントにくれてやるのは惜しかったので持ち帰ることにしたのだ。……しかし、いささか疲れたな」


「そりゃあそうだろ。お疲れ様、アイ=ファ」


「うむ。……お前もな」


 アイ=ファの瞳が、ほのかに柔らかい光を浮かべる。

 きっと俺が無事に帰ってきたことを喜んでくれているのだろう。

 ただ、俺の後ろにずらりと女衆が立ち並んでいるためか、その顔は家長としての威厳をたたえたままだ。


「お前、すげーな、アイ=ファ! たったひとりでこんな大物を仕留めちまったのかよ?」


 と、どこからか出現したルド=ルウたちも走り寄ってくる。

 そちらを振り返り、アイ=ファは目で礼をした。


「ファの家を守ってくれていたのだな。感謝する」


「水くせーこと言ってんなよ。それにしてもすげーなー。そいつは罠に掛かってたのか?」


「うむ。落とし穴に落ちていたので、仕留めるのに難しいことはなかった」


「それならまあ誰でも仕留められるかもしれねーけどさ。でも、罠を正しい場所に仕掛けられるのも狩人の才覚だし、しかも、ひとりでこいつを穴の外にまで引っ張りだして、血抜きもして、ここまで運んできたってんだろ? やっぱりすげーよ、お前」


 ルド=ルウはとても素直な賞賛の目でアイ=ファを見ていた。

 しかし、その隣のシン=ルウは――俺の気のせいでなければ、少し思いつめた眼差しをしているように感じられた。


 かつてはアイ=ファから危険な『贄狩り』の作法を学ぼうとしていたシン=ルウなのである。

 シーラ=ルウが宿場町で働くようになり、銅貨の心配はしなくて済むようになったはずではあるものの、やはり16歳の若き家長としては現在の自分の力量に満足しきれないのだろうか。


 それに、年齢や体格の変わらないアイ=ファやルド=ルウやラウ=レイたちが人並み以上の力量を備えている、という事実もあるし、また――昨日ジーダを取り逃がしてしまった件に関しても、忸怩たる思いであることに疑いはない。


(たぶんアイ=ファやルド=ルウのほうが規格外で、シン=ルウが引け目を感じる必要なんてまったくないんだろうと思うんだけど……それで納得できたら世話はないもんな)


 俺だって、同世代の連中に料理の腕で負けっぱなしだったら、悔しさのあまり夜も眠れなくなってしまうと思う。

 かといって、自分ではシン=ルウの力になどなれそうにない。


 いったいどうしたものだろう――とか考えこんでいたら、俺の手もとをじっと見つめていたアイ=ファが「……今日の晩餐ははんばーぐか?」と問うてきた。


「いや、これはお手本で焼くだけだけど」


 そんな風に答えてから、俺は慌てて首を振る。


「だけどファの家も今晩はハンバーグにしようかな! みんなが作ってるのを見てたら俺も食べたくなってきちゃったよ」


 一瞬だけ陰ろいそうになった瞳に光を取り戻しつつ、アイ=ファは「そうか」とつぶやいた。

 俺はほっと安堵の息をつく。


 そのとき、ルド=ルウが「ん?」と首を傾げた。


「トトスの足音だ。ザザかサウティの連中かな」


 アイ=ファとシン=ルウもうなずいて、道のほうに目を向ける。

 俺には、音など何も聞こえない。

 しかし、5秒と待つことなく、そこには巨大なトトスの姿が現れた。

 森の陰から飛び出して、その勢いのまま、俺たちのほうに突っ込んでくる。


「うわあっ!」と俺は木皿を落としそうになってしまった。

 女衆の何名かも、悲鳴をあげかけたと思う。


 だが、そのトトスは俺たちにぶつかることなく――すなわち、アイ=ファやルド=ルウに撃退されることもなく、ぎりぎりのボーダーラインで手綱を引き絞られ、急停止してくれた。


「おお、すまなかったな! ついつい楽しくてトトスの腹を蹴りすぎてしまったようだ」


 陽気な声が頭上から降ってくる。

 それは、ザザでもサウティでもなかった。


「あれ? ラウ=レイ?」


「おお、収穫の宴以来だな、アスタ」


 金褐色の長い髪に、明るい水色の瞳、中性的な面立ちと、それにそぐわぬ荒っぽい笑顔――それはレイ家の若き家長、ラウ=レイだった。


「……本当に、いい加減にしてほしいわね。こちらは死ぬような思いだったわ」


 そして、その背から別の声も響きわたる。

 少しけだるげで咽喉に引っかかるような、妖艶な声――ヤミル=レイである。

 ヤミル=レイが、毛皮のマントごしにラウ=レイの背中にしがみついていた。


「どうしてラウ=レイがトトスに乗ってんだ? サウティの家から借りてきたのかよ?」


 ルド=ルウが尋ねると、ラウ=レイはトトスの上で「いや」と首を振った。


「こいつはレイ家のトトスだ。今日の昼間、俺が宿場町まで下りて買ってきたのだぞ」


「ええ!? 自分で買ってきたのかい? 宿場町のトトス屋で?」


 俺も驚きの声をあげてしまう。


「ああ、そうだ」とラウ=レイは自慢たらしく胸をそらした。


「おかげでずいぶんな数の牙と角を失ってしまったがな。まあ、欲しくなってしまったのだから、しかたがない。これでも1番安いやつを選んできたのだ」


 そういえば、このトトスは森辺にいる4頭よりもひと回りほど小柄であるようだ。まだ若くて、そのぶん人を乗せるのにも馴れていないトトスなのかもしれない。

 羽毛の色はギルルよりも淡い感じで、目つきがちょっとだけ鋭い感じがする。


「そんなわけで、驚かせてしまって悪かった。悪気はなかったので許してくれ」


 ラウ=レイはひらりと地面に降り立った。

 それからけげんそうにトトスの上のヤミル=レイを振り仰ぐ。


「何をしているのだ? お前もとっとと降りろ」


「……そんな気軽に言わないでくれる? わたしは狩人でも何でもないのよ?」


「何だ、ぐずぐずと文句を言うほどの高さでもあるまい。いいからとっとと飛び降りろ」


「ちょっと、トトスを動かさないで」


 ヤミル=レイは、冷ややかな眼差しでラウ=レイをにらみつける。

 が、その指先はいささかならず必死な感じでトトスの背中の羽毛をわしづかみにしてしまっていた。


「本当にお前は見かけ倒しだな。女衆にしては背もあるほうだし力も強そうに見えるのに、幼い子供みたいに軟弱だ。まあそれもこれもスン家で堕落しきっていた報いなのだろう」


 相変わらずの率直さで、ラウ=レイはそんな風にぼやいた。

 確かにヤミル=レイは、並の女衆より腕力も弱いのである。ほんの数回料理の手ほどきをしただけの俺でも、それは体感することができていた。


 だけどまあ、森辺の仕事がつとまらないほどの軟弱さではなかったし、それぐらいの欠点はご愛嬌なんじゃないかなあ――とか考えていたら、何故か俺までヤミル=レイにじろりとにらまれてしまった。


「しかたないやつだ。さあ、降りろ」とラウ=レイが手を差しのべる。


 ヤミル=レイは「ふん」と小さく鼻を鳴らしてから、ラウ=レイの頭に手を置いて優雅に地面へと降り立った。


「お前な! 家長の頭を台にするやつがあるか!」


「うるさいわね」と、ヤミル=レイは黒褐色の長い髪をかきあげる。

 ヴィナ=ルウにも劣らぬプロポーションで、ヴィナ=ルウとはまったく異なる妖しい色気と雰囲気を有する、ヤミル=レイである。

 こまかく編みこんだ髪をぞろりと垂らしているのも森辺の女衆としてはちょっと珍しい感じだし、おぞましい血の臭いとともに不吉なオーラは消失したものの、やはりどことはなしに冷たく威圧的な空気を纏っている。


 それでも、鬱屈したりはせず元気そうであるのは何よりだった。


「……で、けっきょく何しに来たんだよ、お前ら?」


 一同を代表して、ルド=ルウが尋ねることになった。


「ん? もちろんヤミル=レイは料理の手ほどきをしてもらうために連れてきた! 今まではルティムの女衆の世話になっていたが、どうせならアスタ本人に習ったほうが上達も早かろうと思ってな」


 そしてラウ=レイは、何故か猟犬のように目を光らせてアイ=ファのほうを見る。


「それで俺は、ファの家長殿に力比べを申し入れるためにやってきた! 狩人とはいえ女衆であるお前に遅れを取ったままにはしておけぬからな!」


「何?」と首を傾げてから、アイ=ファは小さく溜息をついた。


「遠路はるばるご苦労なことだ。……しかし私には家の仕事があるので、そのような面倒事にかまけているひまはない」


「面倒事とは何だ! 狩りの仕事は果たしたのだろう? 実に立派なギバではないか」


「だから、今からこのギバの皮を剥ぎ、内臓を抜かねばならんのだ。……それに加えて、私は内臓の洗い方も覚えたいと思っている」


「え?」と驚いたのは俺である。

 アイ=ファはラウ=レイをにらみつけたまま、ぶっきらぼうに言い捨てる。


「内臓を洗うのには時間がかかる。このアスタには晩餐の支度や商売のための仕事があるから、それは私が受け持つことにしたのだ。……よって、お前の相手をしている時間はない」


「だったら俺もその仕事を手伝おう! それで空いた時間を俺のために使ってくれ」


 アイ=ファはもう1度溜息をつく。


「これから仕事を覚えようというときに余人の手を借りては意味がない。……それに、あの晩にも言ったであろう。何度やっても結果は変わらぬ、とな」


「何だと!? 俺の力はそこまでお前に劣っているというのか!?」


 ラウ=レイの目がさらに物騒な光を浮かべる。

 その言葉に、アイ=ファはむしろけげんそうに目を細めた。


「レイの家長、悪いがお前には一切負ける気がしないのだ。……しかし、そうだな……それは確かに不思議な話なのかもしれん。お前からは、ルウの次兄よりも強い力を感じたりもするのだが……」


「そうだろう! 俺だってダルム=ルウに負けぬほどの力をつけたという自負はある!」


「うむ……ならば、もしかすると……」と、アイ=ファはやおらシン=ルウのほうに向き直った。


「シン=ルウよ、悪いがこのレイの家長と手合わせをしてみてはもらえぬか?」


 シン=ルウは、ひどく静かな目でアイ=ファを見返した。


「……ラウ=レイは8名の勇者に選ばれるほどの力量だ。俺では相手にもならないだろう」


「それはどうかな。どうも私にはお前が勝つ気がしてならんのだ」


 この言葉に、シン=ルウではなくラウ=レイがいきりたった。


「わかった! ならば相手をしよう! ただし俺が勝った場合はお前にも相手をしてもらうぞ、アイ=ファ!」


「好きにしろ」とアイ=ファは肩をすくめる。


 そうしていきなり、狩人の力比べが執り行われる運びとなってしまった。

 狩人の衣と刀を外した両者が、草むらの上で相対する。


「シン=ルウ、全力で来るのだぞ? 俺が負けてもお前を恨んだりはしないからな」


 そのように言うだけあって、ラウ=レイの側には微塵も油断などはなさそうだった。

 だけどたぶん、それが当たり前の話なのだろう。これはきっとただの力比べではなく、狩人にとっては何かしらの神聖さを持つ行いなのである。


 シン=ルウも、普段は静かな切れ長の目に狩人の火を燃やして、腰を沈める。


 勝負は、一瞬で着いてしまった。

 つかみかかろうとした腕を逆手に取られて、実にあっけなく地面に倒れてしまったのだ――ラウ=レイが。


「あれ?」と、ラウ=レイは跳ね起きる。


「お前、なかなか素早いな、シン=ルウ。……すまんが、もう1本お願いできるか?」


「ああ」


 今度は胸ぐらをつかまれて、小内刈の要領で倒されてしまう。


「何だ、強いではないか、シン=ルウ! どうしてこのように強いお前が収穫の宴ではあっさりと負けてしまったのだ?」


 地面に座りこんだまま、ラウ=レイが文句の声をあげる。

 シン=ルウは、いささかならず混乱気味の表情でアイ=ファを振り返った。

 しかし、「なるほどねー」とつぶやいたのはルド=ルウのほうだった。


「わかったわかった。シン=ルウのほうが圧倒的に素早いんだよ。で、あんたはけっこう細っこいくせにダルム兄やジザ兄みたいな戦い方をするんだな、ラウ=レイ」


「何? どういうことだ!?」


「簡単に言うと、力まかせなんだよ。俺やシン=ルウや、それにたぶんアイ=ファだって、力の強さじゃダルム兄とかにはかなわねーからな。できるだけ相手の力を利用して戦わないと勝ち目はねーんだ」


「意味がわからん。力比べなのだから、力を使うのが当たり前だろうが? 相手の力を利用する、とはいったいどういう技なのだ?」


「いやー、逆に考えると、そんなやり方でよく自分より大きな相手を倒せるよな。あんた、ジイ=マァムを負かしたこともなかったっけ?」


「うむ。3回に2回は俺が勝つぞ」


 草むらにあぐらをかいたまま、ラウ=レイが胸をそらせる。


「……もしかしたら、お前は子供の頃、身体が大きかったのではないか、レイの家長よ?」


 と、思慮深げに腕を組みながらアイ=ファも発言した。

「まあそうだな」とラウ=レイは首肯する。


「幼き頃、レイの集落では俺が1番大きかったと思う。狩人になってからも、たいていのやつよりは俺のほうが大きかった。それから2、3年もしたら、みんな俺より大きくなってしまったが」


「だからお前はそのように力まかせで戦うようになってしまったのだな。それで自分よりも大きな相手を倒せるというのは驚きだが――しかしそれでは、絶対にドンダ=ルウやダン=ルティムに勝つことはできん。ジザ=ルウやガズラン=ルティムに勝つことも難しいだろう」


「それは俺だって、まだあの連中に勝てるとまでは思っていないが……」


 と言いかけて、ラウ=レイは水色の目を丸くした。


「ちょっと待て! お前はまさかドンダ=ルウやダン=ルティムにも勝つ自信があるとでも言うつもりなのか、アイ=ファよ?」


「私はすでにダン=ルティムには負けている。……しかし、戦いようによっては勝つこともできると思っている」


「あー、それは俺も一緒だな。まだ親父やジザ兄から1本も取れたことはねーけどさ。負けると思ってたら最初から挑みはしねーよ」


 穏やかな声で語りながら、アイ=ファやルド=ルウの瞳には不屈の炎ともいうべき光がゆらめいていた。


「私は、女衆だ。だから最初はどんな狩人よりも力で劣っていた。そうであるからこそ、どのようにすれば狩人としての力をつけられるか、常に思い悩みつつ鍛錬に励んできたのだ」


「んー、それも一緒だな。俺もなかなか背が伸びねーから、どうやったら親父たちの足を引っ張らずに済むか、ずっと悩んでたよ」


 言いながら、ルド=ルウはにやりと不敵に笑った。


「で、力を認めてもらいたいから、力比べで親父たちに勝つ方法もずっと考えてた。きっとお前もそうなんだろ、アイ=ファ? お前の親父って、狩人としてはすっげー力を持ってたみたいだもんな?」


 アイ=ファは目を伏せて、何も答えなかった。

 ルド=ルウは同じ表情のまま、ラウ=レイとシン=ルウを見比べる。


「まあ要するに、これがモルガの三すくみってやつなんじゃねーの? ヴァルブの狼は野人より強い、野人はマダラマの大蛇より強い、マダラマの大蛇はヴァルブの狼より強いってやつさ。シン=ルウが狼で、ラウ=レイが野人で、ジイ=マァムなんかが大蛇ってことだな」


「どうして俺が野人なのだ! ……それに、アイ=ファやルド=ルウはどこに属するのだ? ドンダ=ルウは? ダン=ルティムは?」


「親父やダン=ルティムは狼にも大蛇にも負けねーよ。……だから俺は、親父に勝ちてーんだ」


 ラウ=レイは、癇癪を起こしたように頭をかきむしった。


「……そういえば俺は、ルド=ルウにも勝った記憶がない。まだ2、3度しか手合わせをした覚えもないが」


「ああ。悪いけど、実は俺もあんたに負ける気はしねーんだ、ラウ=レイ」


「やっぱりか! ……要するに、俺はまだお前やアイ=ファの域には達していないということなのだな」


 ラウ=レイが猛然と身を起こす。


「シン=ルウ! もう1本、手合わせを願えるか? いや、1本と言わず、何度でも!」


「いや、しかし……俺だって易々とラウ=レイに勝てるわけではない。全力を振り絞り、それでようやく勝てているだけなのだ。最初の動作で先手を打てなければ、たぶん俺のほうがことごとく負けていただろう」


「だったらお前も力をつけろ! お前は俺に勝てるくせにジイ=マァムなどに負けていたではないか? それで悔しくはないのか!?」


 シン=ルウはぐっと眉間のあたりに力を入れて、それから「悔しい」と低くつぶやいた。


「ならば力をつけようではないか! 狩人としての仕事がない今こそ好機だ!」


 そうしてラウ=レイは、関心もなさげに立ちつくしているヤミル=レイのほうを見る。


「そういうわけで、俺はシン=ルウと鍛錬に励むことにする! お前はアスタに料理の手ほどきを――いや、臓物を洗うというのなら、それも習っていけ! ギバの心臓というのもなかなか美味かったからな!」


「……どうしてこんな粗忽者がレイの家長なのかしら」


 と、ヤミル=レイは小さく息をついた。

 ずいぶん人間らしい表情が板についてきたようだ。

 そこはかとない嬉しさを噛みしめながら、俺はアイ=ファを振り返る。


「それじゃあ皮剥ぎと内臓抜きはおまかせするよ。その間に俺はハンバーグの焼き方をみんなに教えておくから、そのあとで一緒に水場に行こう」


「うむ? お前も来るのか?」


「ああ、俺だってまだ臓物の扱いは素人だからさ。せっかく今日は頼もしい先生もいることだし――」


 と、背後に向き直った俺は、ぎょっとすることになった。

 その小さな先生トゥール=ディンが、真っ青な顔をしてジャス=ディンの身体に取りすがってしまっていたのだ。

 大きな丸い目はいっそう大きく恐怖に見開かれ、ほっそりとした肩は小刻みに震えてしまっている。


 その怯えきった視線を目で追ってみると――そこには、ヤミル=レイの姿があった。


 ヤミル=レイは、不審げに目を細めてトゥール=ディンの姿を見返す。


「ああ……あなたはスンの分家だった娘ね?」


「…………」


「それじゃああなたは、スン家の眷族であった家の人間なのかしら?」


「はい。わたしはディン家の家長の姉、ジャス=ディンと申します」


 ジャス=ディンは、厳しい眼差しでヤミル=レイを見つめ返した。

 その筋ばった指先が、トゥール=ディンの華奢な肩をしっかりつかまえる。


 ジャス=ディンの妹がスンの分家に嫁ぎ、このトゥール=ディンを生み落としたのだ。

 そしてその人物は、森辺の民にあるまじきスン家の歪んだ掟に従わされて、モルガの恵みを荒らすことになり――その末に、無念のまま早逝している。


 ヤミル=レイは、長い髪を揺らしつつ首を横に振った。


「罵倒したいならそうするといいわ。あなたたちには、その資格があるのでしょうから」


「いえ」とジャス=ディンも首を振る。


「血族との縁を絶たれて、レイ家の人間として正しく生きるのがあなたの贖罪なのだとうかがいました。それが族長や家長らの決定であるならば、わたしたちはそれに従うのみです。……いいね、トゥール=ディン?」


「はい」とトゥール=ディンは小声で応じた。

 まだその小さな面は青いままで、身体の震えもまったくおさまってはいなかったが――しかし、その瞳がヤミル=レイの姿からそらされることもなかった。


 その様子をじっと見守っていたラウ=レイが愉快そうに笑い声をあげる。


「スン家は民を導く資格を失った。今後は俺たちがスン家やスン家であった者たちを導いてやらねばならんのだ。不出来な女衆だが、ヤミル=レイをよろしく頼むぞ、ディン家の女衆よ」


「承りましょう」とジャス=ディンがうなずく。


「では俺たちも俺たちの仕事に取りかかるとするか、シン=ルウよ。……あ、そうだ! アスタよ、ヤミル=レイの匂いは如何かな?」


「え? 匂い?」


「ああ。家長会議から20日以上も経ったことだし、リーロの葉をすりこむのはもう勘弁してやったのだ。いいかげんに血の匂いなどは残っていないと思うので、お前が確認してくれ」


「ああ、うん、大丈夫だよ。そんなのは全然気にもしていなかったさ」


「本当か? きちんと確認してくれ。……おい、ヤミル=レイ」


 ヤミル=レイはまた小さく息をついてから俺のほうに近づいてきた。

 で、長い髪をかきあげながら、首筋を俺の鼻先に寄せてくる。


 森辺の民としての森の香りと――それにたぶん、若い女性の自然な匂いがすうっと鼻腔に忍び入ってくる。


「……どうなのかしら?」


「全然大丈夫です!」


 ヤミル=レイは面を上げて、至近距離から俺をにらみつけてきた。

 かつては毒蛇のように冷たかったその瞳が、ふてくされたように俺を見る。


「お……お元気そうで何よりです」


 ついそんな言葉が口をついて出てしまった。

 よく考えたら、ヤミル=レイとは半月ぶりぐらいの再会なのである。

 半月前――宿場町で生命を落としたテイ=スンが森に葬られたあの日以来、だ。


 ヤミル=レイは、顔をそむけて、ぼそりと言った。


「あなたもね」――と。

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