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異世界料理道  作者: EDA
第十章 変革の前菜
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④白の一日、アスタの一日 ~中天~

2015.4/9 更新分 1/1

 中天――正午である。

 まずは《玄翁亭》に移動だ。


 リィ=スドラと、あとは約束通りにルティムとレイの若き狩人たちが2名ずつ下りてきてくれたので、俺はレイナ=ルウと、ルド=ルウたち4名の護衛役とともに屋台を離れた。


 普段であればルド=ルウが厨房までついてきたがるところであるのだが、今日はシン=ルウがその役を担い、残りの3名は店の外を見張ることになった。


「いいか、赤い髪をした餓鬼を見かけたら、絶対にひとりで突っかかるんじゃねーぞ? 草笛を吹いて、他の仲間を呼べ」


 そんな風に指示を出すルド=ルウは、どちらかというと期待に満ちた目つきをしているように感じられた。

 シン=ルウをも撃退したマサラの狩人というやつがどれほどの腕前を持っているのか、大いに興味をひかれている様子である。


 そんな彼らに別れを告げて、俺たちは《玄翁亭》に足を踏み入れた。


「ネイル、お約束のギバ肉をお持ちしました」


 厨房にて、俺が包みを広げてみせると、ネイルはたいそう嬉しそうに瞳を輝かせた。


「ありがとうございます。今日の分は、味見用の肉であるというお話でしたね?」


「はい。ギバ肉は部位によって味が異なりますし、それに、1頭からとれる量にもけっこう差があるので、やはり部位ごとに少し値段を変える必要があるかなと思いまして」


 説明しながら、俺は次々と包みを開けていった。


「ただ、とれる量が少ないからといって質が高くなるわけでもありません。値段に関係なくそれぞれの部位にそれぞれの美味しさがありますので、まずはご確認をお願いいたします」


「なるほど。カロンは足よりも胴体のほうが柔らかくて美味だとされていますが、ギバの肉はどうなのでしょう。とても興味深いです」


 ネイルは真剣な眼差しで台の上の肉を見回していく。


 本日は、4種類の肉を200グラムぐらいずつ持参させていただいた。

 すなわち、肩、ロース、バラ、モモ、の4種類である。

 ヒレ肉や肩ロースといった希少な部位は値段がはねあがってしまうため、ラインナップには入れていない。


「ギバも1番多くとれるのは後ろ足の肉なので、それをカロンの足と同じ値段にさせていただこうと思います。あとはそれを基準にして、とれる量によって値段の割合を決めました」


 ネイルは晩餐用の肉を1日に10食分、およそ2・5キロほどを買い取りたいと申し出てくれた。


 ならば、値段は――


 モモが、赤銅貨9枚。

 肩肉が、赤銅貨11枚と半分。

 ロースが、赤銅貨14枚と半分。

 バラ肉が、赤銅貨16枚と半分。


 ――という数字と相成った。


「焼くか煮るかでもまったく味は変わってきますので、色々と試してみてください。もちろん、モモが5食分、肩が5食分、という買い方でも問題はありませんので」


「ありがとうございます。ちなみに、焼き料理に相応しい部位、煮込み料理に相応しい部位、という区別はありますか?」


「個人的には、モモと肩は肉質が固めなので、煮込みのほうが食べやすいと思います。でも、あらかじめ土瓶や木の棒で叩いて肉の繊維を潰したり、スジを切ったり、薄切りにしたりすれば、その固さもだいぶんやわらげることはできますよ」


「なるほど。これは取り組み甲斐がありそうですね」


 そう言って、ネイルはまた嬉しそうに目を細めてくれた。


 宿屋の料理などというものは、家庭料理の延長でしかない、とカミュアは言っていた。

 しかし、その中でもこのネイルや《南の大樹亭》のナウディスなどは、料理というものにかなり力を入れている印象だった。


 その根底にはきっと、故郷を離れてジェノスにやってきた東や南のお客さんたちに満足感を与えたい、という気持ちが強くあるのだろう。

 そういう人々であるからこそ、いささか値の張る異国の調味料を買い付けたり、また、俺のような得体の知れない余所者の料理を店で出したいと申し出てくれたのだろうと思う。


「それでは今日の仕事に取りかからせていただきますね」


 レイナ=ルウの手を借りて、俺は30人前の『ギバのソテー・アラビアータ風』の作製に取りかかることにした。


             ◇


 1時間弱で《玄翁亭》の仕事を片付けたら、今度は《南の大樹亭》に移動である。

 昨日はこの時間、この道行きで赤毛の少年ジーダに襲われたわけだが、今日は何事もなく《南の大樹亭》に到着することができた。


「おお、お待ちしてましたぞ、アスタ」


 ご主人のナウディスに笑顔で迎えられる。

 しかし、今日からまた森辺の狩人に出入口を見張らせてほしいと頼みこむと、その笑顔はいくぶん曇ってしまった。


「また何か厄介事なのですかな? 城の人間とはそこまで話がこじれてしまっておるのですか?」


 ミラノ=マス、ドーラの親父さん、サンジュラ、ネイルに続き、5度目の説明だ。

 城の人間と折り合いが悪いばかりでなく、今度は森辺の民に恨みを持つ者に襲われてしまった。だから護衛を強化させてほしいという、なかなかに物騒な話である。

 説明が進むにつれ、ナウディスの顔はどんどん曇っていってしまう。


「ふむ……それは難儀な話でありますな……」


 ナウディスはネイルと異なり、わりとフラットなスタンスで森辺の民と接しているように思える。森辺の民を忌避する筋合いはないし、擁護する筋合いもない。ただ、大事な商売相手として尊重してくれている、という感触であるのだ。


 だから、あまりこのようなことが続くと、俺たちに関わるのも不利益になりかねない、という判断を下される可能性もなくはないと思うのだが――今日のところも、「帰れ」とは言われなかった。


「思うのですが、先日にあのような騒ぎがあったというのに城の人間が我々に何の告知もなそうとしない、というのが問題なのではないでしょうかな。森辺の民にも城の側にも不備はあった、今後は同じ過ちを繰り返さないよう努める所存である――とでも言ってくれれば、宿場町の人間ももっと安心できると思うのでありますが」


 と、ナウディスはそのようなことまで言ってくれた。


「すべてが明るみになったような、なっていないような、そういう気持ちの悪さがわたしなどの胸にも少なからず残ってしまっているのです。……まあ、城の人間が自分たちの恥や失敗を口にすることなどありえないのでしょうがね」


 それは、ジェノス城と宿場町の関係性の希薄さをよくあらわしている言葉でもあった。


 宿場町に初めて足を踏み入れてから、はや1ヶ月半――俺は1度として宿場町の民がジェノス城や衛兵などに対して好意的な発言をしている場面に出くわしたことがない。

 あのメルフリードという未来のジェノス領主は、この現状こそを憂いて打破するべきなのではないだろうか?


「まあ、それはともかくとして我々の商売ですな。今日も新しい料理を食べさせていただけるとのことで心待ちにしておりました」


「はい。それでは先に今日の分の仕事を進めさせていただきますね」


《南の大樹亭》における献立も、今日から変更されるのだ。

 今日の献立は、汁物である。

 名称は、何だろう。『タウ油仕立てのギバ・スープ』であろうか?

 まあ実のところ、これは俺がファの家の晩餐でこしらえている鍋物とほぼ同一の料理なのだった。


 ギバの肉はモモと肩とバラの3種、野菜はアリアとティノとチャッチとギーゴの4種。それらを煮込んで、岩塩とタウ油で味を作る、けんちん汁を意識した最新版の『ギバ・スープ』である。


 野菜の数は豊富であるが、ひと品ずつの量を抑えているので原価率も最低値、肉抜きで23パーセント、肉込みで60パーセントだ。『ギバの角煮』ではタウ油や果実酒を大量に使うため、原価率もこれより5パーセントほど上昇してしまうのである。


 ただひとつ普段のスープと異なるのは、最初に肉を煮込む際、リーロの葉を投じて臭み抜きを徹底する、という点だった。

 実際問題、血抜きをした肉なのだから、強い臭みなどは残っていない。それでも、キミュスやカロンよりもクセの強いギバ肉の風味を苦手とする人も少なからず存在するようなので、ひと手間くわえることにしたのだ。


 この料理の売りは、やはりチャッチとギーゴであろう。

 ジャガイモのようなチャッチと、ヤマイモのようなギーゴ。

 チャッチは水の段階からじっくり煮込み、ギーゴはすべての野菜が煮えてから最後に投じる。これで、両方ともほくほくだ。

 

「よし。それじゃあ灰汁取りが終わったら、その後は弱火を保持してね?」


「はい。おまかせください」


 レイナ=ルウが、にっこり微笑む。

 ことスープの作製に関しては俺と同等かそれ以上の腕前を持つレイナ=ルウなので、安心してまかせることができる。

 余談だが、アイ=ファからもまだ「アスタのほうが美味い」という言葉をはっきりとは頂戴できていないのだ。最後にいただいた感想は、「ほぼ互角、と言わざるを得ないであろうかな……」だった。


 ともあれ、俺は本日の試食品の作製に取りかかる。


『ギバ・スープ』の味には納得してくれたナウディスも、まだ『ギバの角煮』は献立から外さないでほしいと熱望している。今日お披露目するのは、その『ギバの角煮』に代わる新しい肉料理なのだった。


「今日の料理にも名前はついているのですかな?」


「はい。俺は『肉チャッチ』と呼んでいます」


 俺の答えに、ナウディスはきょとんと目を丸くした。


「『ギバ・チャッチ』ではなく『肉チャッチ』ですか? 何故にそのような名称なのでしょう?」


「あはは。俺の故郷ではそのような名前で呼ばれていたんです。あと、《玄翁亭》に『ギバ・チット』という料理を卸していたので、それとの区別もつけようかなと思って」


 ただし、俺の故郷にチャッチという野菜は存在しなかった。

 存在したのは、チャッチとよく似た味を持つ、ジャガイモである。


 だからこれは、俺の故郷では『肉じゃが』に相当する料理だった。


(こいつは《つるみ屋》でもさんざん作らされたからなあ)


 ただし、環境が異なるのだからレシピも異なってくる。

 具材はチャッチとアリア、ジャガイモとタマネギの代用品で事足りるが、いかんせん、俺の手もとには醤油も砂糖もみりんも存在しないのである。


 あるのは、醤油とよく似たタウ油、それにワインとよく似た果実酒のみだ。

 しかし、この果実酒はワインよりも遥かに強そうな糖度を有している。そうでなかったら、たぶん俺もこの料理には着手できていなかっだろう。


(具材はともかく、調味料の少なさは何とかならないもんかなあ)


 そんなことを考えながら、鉄鍋にラードをひとつまみ落として、バラ肉を炒める。

 ちょっと赤みが残っている段階で、アリアとチャッチも投入。

 いい具合いに脂が回ったら、タウ油と、果実酒と、水を入れる。

 ひと煮たちしたら灰汁を取り、木の蓋をしめて中火でぐつぐつと煮る。

 あとはチャッチが柔らかくなるまで熱が通れば、完成だ。


「……それであとは待つだけなのですか、アスタ?」


 と、隣のかまどから熱心に作業の手順をうかがっていたレイナ=ルウが呼びかけてくる。


「そうだよ」と答えると、「ならばずいぶん簡単な料理なのですね」と応じられた。


「うん、作業的には簡単だね。その分、タウ油と果実酒の割合とか、煮込む時間、火の強さでずいぶん味が変わってくると思うよ」


 しかもこの世界には、計量カップもガスコンロも存在しない。そういう不安定な環境では、いっそう作り手の感覚が重要になってくるだろう。


「俺の故郷でも一昔前までは家庭料理の代名詞みたいな料理だったんだよね。案外とこういう料理のほうが、ハンバーグや角煮より作り方を伝えるのが難しいかもしれないな」


「そうなのですか」と、レイナ=ルウはいっそう熱心な目つきになった。


「うむ。タウ油と果実酒の香りが芳しいですな」とナウディスは大きな鼻をひくつかせている。


「わたしも果実酒を料理に使わないこともないですが、アスタほど大胆に使ったりはしていませんでした。果実酒からもたらされるまろやかな甘みは、実に南の民の好みにも合うのだろうと思います」


「あ、そういえばジャガルには砂糖が存在するのですよね?」


 たしか、アルダスあたりがそのようなことを言っていた覚えがある。


「ジェノスにだって存在しましょう。ただ、石塀の外で売られている姿は見たことがありませんがね」


「城下町でしか扱われないほど希少なわけですか。うーん、この宿場町では調味料というものが徹底して不足してますよね。タウ油だって、南の行商人と特別な繋がりがなければ手に入らないわけでしょう? そう考えたら、岩塩以外に普通に売られている調味料というものは存在しないのですか?」


「しない、と答えるのが1番的確でありましょうな。ミャームーなどの香草を野菜ととらえるか調味料ととらえるかは人それぞれでありましょうから」


 かまどに小さな薪を投じながら、俺は「なるほど」とうなずいてみせる。


「そういえば、ピコやリーロの葉もほとんど売られてはいないですよね。ごくたまに岩塩と同じ店で売られている姿は見かけましたけども」


「このあたりでは、モルガの森でしかピコもリーロも採れませんからな。それを好き放題に採取できるというのは、森辺の民にとって数少ない特権なのでありましょう」


 嫌味や皮肉にならないよう、ナウディスが慎重に言葉を選んでいるのが伝わってきた。

 きっとナウディスも、森辺の民を特別視しないようにと心をくだいてくれているに違いない。


「それじゃあ宿場町ではやっぱり肉を保存するにも塩漬けにするしか手段がない、というわけですか」


「そうですな。毎日新鮮な肉を買うのは手間ですし、1度で大量に買わねば値段も上がってしまいますので、たいていは数日分の肉を買って塩に漬けておくことになります」


「なるほど」


 うまくいけば、俺はそのカロンやキミュスの肉を使って、ミラノ=マスに料理の手ほどきをすることになるかもしれない。

 ギバ以外の肉を使って、まともな料理をこしらえることができるのかどうか。俺としては、なかなかにチャレンジ精神を刺激される展開ではあった。


「あ、ちょっと失礼します」


 そろそろ頃合いかもしれないと思い、俺は鉄鍋の蓋を取り去った。

 とたんに、タウ油と果実酒の香りを含んだ水蒸気が爆発的に四散する。

 具材がひたひたに浸かるぐらい注がれていた水分は、半分ぐらいに減じていた。


 俺は木べらで鉄鍋の中身をひと回ししてから、グリギの楊枝でチャッチを刺してみた。

 何の抵抗もなく、楊枝はするすると埋没していく。


 それでは、お味はどうだろう。

 楊枝で断ち割ったチャッチとバラ肉をひとかけらずつ口に運ぶ。


 ひかえめに甘い、優しい味わいだ。

 チャッチはほくほくで、肉は適度に柔らかい。

 噛むと、さらなる甘みと旨みが渾然一体となり口に広がる。


(それでもやっぱり甘みが弱めだから、もうちょい濃い味のほうが理想的かな)


 俺は土瓶からタウ油を木匙に半分だけ垂らし、それを木皿で出汁に溶いてから、鍋に追加した。

 チャッチが崩れぬよう丁寧に攪拌し、もう1度味を見る。


 いい感じだ。

 本来であればこれも角煮と同様に、いったん冷まして味をしみこませるのがベストであるのだが。この段階でも満足のいく味わいである。


 俺は新しい木皿に鉄鍋の中身をすくいあげた。


「どうぞお召し上がりください。量は、これで1人前の半分となります」


 肉は120グラム前後、アリアは半個分、チャッチは4分の1個分である。

 できればチャッチにもっとボリュームを求めたいところであるが、『ギバの角煮』と同程度に原価を抑えるには、これが精一杯だった。成人男性の拳ぐらいの大きさで1個が赤銅貨0.5枚という、チャッチはなかなかに高額の野菜なのである。


 で、鉄鍋に残ったもう半人前は、別の木皿にすくってレイナ=ルウに差し出してみせる。


「火の番を替わるから、レイナ=ルウも味を見てくれる?」


「え、いいのですか?」と、レイナ=ルウは子供のように喜んでくれた。

 ナウディスも、レイナ=ルウに劣らずにこにこと笑ってくれている。


 そうして2人は同時に木匙を口に運び、同時に喜色を爆発させた。


「アスタ、美味しいです!」


「うむ、これは美味ですな」


 特にナウディスは、目尻も眉もこれ以上ないぐらい下がってしまっている。


「ああ、本当に美味です。チャッチの柔らかさが素晴らしいし、甘い味のしみこんだアリアも格別です。ああでもギバ肉も美味ですし……これはあの、かくにという料理よりもいっそう野菜の味を活かした料理であるようですな!」


「ありがとうございます。……でもこれは、角煮やスープと違ってリーロの葉を使っていないのですよね。それほど強い味付けでもありませんし、ギバ肉のクセが南の民のお客様に嫌がられないか、それだけが少し心配なのですが」


「その点は大丈夫でありましょう。というか、わたしはそのギバのすーぷにもリーロの葉を入れる必要はないのではないか、と考えておりました。どうもリーロの葉の強い香りがわずかながらにタウ油の風味を阻害しているように感じられましたからな」


 それはなかなかに鋭い指摘であった。

 リーロの葉がそこまで『ギバ・スープ』の味と調和するならば、俺だってファの家でもリーロの葉を使っていただろう。これはあくまで、臭み消しのための苦肉の策であったのだ。


「そもそもわたしはギバ肉にそこまでの臭みがあるとも思っておりません。この風味を嫌がるお客様がいた、というのが不思議に感じられるぐらいでありますな」


 と、笑顔のままナウディスは小首を傾げた。

 髭面で壮年の男性であるのだが、なかなかにチャーミングな仕草である。


「もしかしたらそれは、ギバなどまともな人間の食べるものではない、という思い込みもあってのことなのではないでしょうかな? 確かにギバ肉の味わいはカロンともキミュスとも大きく異なりますし、風味が強いのも確かではありますから、そういう思いと結びつけば、嫌悪感などが生じることもありうるやもしれません」


 確かに――バランのおやっさんたちはそういう思いのもとに『ギバ・バーガー』を試食して、不味いという評価を下したのだ。

 しかしそのひと月後には、カロンでなくギバの干し肉を大量に購入してくれた。「ひと月も食べていれば強い風味にもなれる」と。


「アスタが屋台の商売を始めてもうひと月以上が経ちましたな? ならば、ギバ肉が食べるに足る肉だという評判は宿場町にも広まったことでしょう。この味わいこそがギバの美味さであるのですから、それを弱めるような味付けにこだわる必要はないように思われますな」


「そうですか。……そのように言っていただけると、とても心強いです」


 俺も笑顔でナウディスに応えることができた。


「それでは、この料理も買っていただけますか?」


「もちろんです! ……あ、しかしその、やはりわたしはかくにという献立も捨てがたいと思っているのです。5日にいっぺん、いや10日にいっぺんでもかまいませんので、かくにを売っていただくこともかないませんかな……?」


「それぐらいの頻度でよろしければ請け負います。それでは10日間の契約の初日に『ギバの角煮』を用意して、その後は1日おきにこの『肉チャッチ』と『ギバ・スープ』を提供する、ということでいかがでしょう?」


 お客様の評判うんぬんのみならず、ナウディス自身が『ギバの角煮』を欲してくれているのだろう。ナウディスはネイルと異なり、俺から買った料理を自分でも晩餐で食してしまっているようなのである。

 その1食分の稼ぎを犠牲にしてでも食べずにはいられない、と思っていただけたのだから、光栄なことであるに違いない。


 何にせよ、『ギバの角煮』を献立から外そうと思ったのは調理時間が原因であったので。10日にいっぺんなら、何とか他の仕事との折り合いもつけられる。つけられなかったら、屋台に立つ時間をその日だけ短くする他ない。


(ああでも今の状況だと、そのぶん朝から護衛役も増やさなきゃいけなくなるのか……やっぱり他の宿屋で仕事を始められる頃には、護衛役なんて必要ないような生活になっていてほしいもんだなあ)


 そんなことを考えていたら、まだちょっと頼りなげな表情をしているナウディスがさらに呼びかけてきた。


「ところで、アスタよ……これからは10日にいっぺん商売を休むという話でしたな?」


「はい。ですから今後の契約はその日取りに合わせて10日ずつお願いしたいと思っています」


「それはもちろんかまいません。しかし――今回は、白の月の7日と8日の2日間を休む予定であるのですな?」


「はい。ちょっと自分も料理の勉強がしたいなと思いまして」


「そうですか……」と、ナウディスはうつむいてしまう。

 その間に、レイナ=ルウは自分の『肉チャッチ』をシン=ルウにおすそわけしてあげていた。

 それを口にしたシン=ルウが満足そうに目を細めるのをこっそり確認してから、俺はナウディスに向きなおる。


「どうしました? 何か問題でもありますか?」


「問題は、あります。しかしこれは、わたし自身が何とかしなければならない問題なのでしょう」


 そうしてナウディスは決然と顔を上げ、言った。


「アスタよ、あなたは以前、わたしにギバの肉を買って自分で調理してみてはどうかと言ってくださいましたな。あの話は、まだ有効であるのでしょうか?」


「ええ? はい、それはもちろんです」


「ならば――わたしはギバの肉を買わせていただきたいと思います」


「何故ですか?」と問わずにはいられなかった。

 ナウディスは、そこまで俺の提案に前向きではなかったはずなのである。


「それはもちろん、商売のためです。もしもアスタの料理を提供できない日が2日も続いてしまったら、我が店のお客様たちも他の店に晩餐を食べに行ってしまう気がするのです」


「そ、それは考えすぎではないですか? 休むときはすべての宿屋での仕事を休ませていただきますから、その日はどこに行ったって俺の料理は売られていないのですよ?」


「しかしアスタは《玄翁亭》のご主人にギバの肉をお売りになるのでしょう? そして、《西風亭》や《キミュスの尻尾亭》でも料理を卸したいと仰っていた。……ならば、それらの宿屋もいずれは独自でギバの料理を売りに出すようになるやも知れないではないですか? わたしは、それを危惧しているのです」


「はあ……」


「他の宿屋のご主人たちが、アスタほどの腕を持っているとは思えません。しかし、ギバの料理を食べられない不満は、やはりギバの料理でしか埋められないのではないでしょうか? 少なくとも、わたしがお客様の立場であったら、そのように考えてしまうと思います」


 そう言って、ナウディスは深々と頭を下げてきた。


「どうかわたしにもギバの肉をお売りください。何とか残された数日間で、お客様にお出ししても恥ずかしくない料理を女房と一緒に作りあげたいと思います」


 もちろん俺も「ありがとうございます」と頭を下げることになった。

 ありがたすぎて、呆気に取られるような展開である。



 ともあれその日は、赤毛の少年ジーダに襲撃されることも、サイクレウスに魔手を伸ばされることもなく、宿場町での商売を終えることができたのだった。


 奇妙に充実した白の月の1日の、これでようやく3分の2ていどが終了したのである。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ピコやリーロは栽培出来ないのですか。 これらを採集したのを自家消費以外に町で売ってみるのも、それが許されるなら、肉や料理の腕以外で、森辺の皆さんの収入の元にできるかもですね。
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