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異世界料理道  作者: EDA
第九章 青の終わり
174/1704

⑫緋色の落胤

2015.3/7 更新分 1/1

2015.3/8 ・2018.4/29 誤字を修正。

 そうして俺たちは《玄翁亭》における仕事をやりとげて、今度は《南の大樹亭》に向かうことになった。


《玄翁亭》は石の街道から少し離れた、住宅街とも言うべき区域のど真ん中に位置している。よって、しばらくは細くて入り組んだ街路を進むことになる。


 時刻は、中天を1時間ばかり過ぎた頃合いである。

 この時間、人々の多くは街道沿いの店か、あるいは南方の農園に働きに出ているらしく、人通りは少ない。


「いやあ、今日は大収穫だったなあ。新しい献立は好評だったし、乾酪は手に入るし、ギバの肉を売る手はずもつけられたし、言うことなしだよ」


 相変わらず元気のないヴィナ=ルウの手前、あまりはしゃぐことはできない。

 それでも俺は声をひそめてアイ=ファに語りかけずにはいられなかった。


「まったくけっこうな話だがな。しかし、あの店に売る料理をさらにひと品、完成させねばならぬのであろうが?」


「うん、だけどギルルのおかげで宿場町に通う時間は短縮できるし、これでレイナ=ルウたちに『ギバ・バーガー』の仕込み作業をまかせられるようになったら、ずいぶん時間もとれるようになるからさ。何とかしてみせるよ」


「……それで私はまたあの赤い実を使った料理を延々と食べさせられるわけか」


「いや、だから、アイ=ファに出す分は辛さをひかえめに作るってば」


「そのように気を使われるのも、何やら腹の立つものなのだ」


 と、シン=ルウたちには見えない角度で、アイ=ファは唇をとがらせる。


「そんなにすねるなよ。試食の合間には『チーズ・ギバ・バーグ』も作ってやるから」


「……それを持ち出せばいつでも私の機嫌が取れるなどと思うなよ?」


「え、でも嬉しいだろ?」


 足を蹴られた。

 あんまり浮かれすぎないようにしないとな、と俺も自制する。


(何て言っても、ネイルは特殊な人だからな。生まれは西の王国でも、考え方は東の民に近いのかもしれない。誰もがあんな風にギバ肉の存在をすんなり受け容れてはくれないだろう)


 だけどこれは、大いなる1歩だと思う。

《南の大樹亭》のナウディスだって、そのうち自分でギバ肉を調理しようかという気持ちになってくれるかもしれないし、《西風亭》とも縁を繋げる見込みが出てきた。さらにミラノ=マスとも話を詰めれば、《キミュスの尻尾亭》でも料理を出せるようになるかもしれない。


 数日前には閉塞感を感じていなくもなかったのに、今日1日で大躍進ではないか。

 こんなときこそ焦らずに、じっくり取り組んでいくべきだ――とは思いつつ、自然と足取りも軽くなろうというものだ。


(今日が4期目の4日目だから、屋台の契約完了まであと6日か。今回は2日ぐらい間を空けさせていただいて、料理の研究に没頭してやろうかなあ)


 20日以上ぶりの休日だというのに、そのようなことしか考えられない。俺にはワークホリックのケでもあったのだろうか。


 と――ひそかに心を浮き立てさせつつ歩いていたら、いきなりアイ=ファに右腕をひっつかまれた。

 否応無しに歩みを止められ、後ろを歩いていたヴィナ=ルウたちも停止を余儀なくされる。


 どうしたんだ、と問う前に、その理由と思しき人物が行く手から姿を現した。


「アスタ、奇遇です。このような場所、何故にいるのですか?」


 いくぶんたどたどしい、西の言葉。

 その人物は、皮のフードをはねのけて、栗色の長い髪と、微笑を浮かべた漆黒の面をあらわにした。

 きのう屋台を訪れてくれた、サンジュラである。


「ああ、どうも。本当に奇遇ですね。俺たちは仕事の帰り道なんですよ」


「このような場所、仕事ですか?」


 サンジュラはひたひたと近づいてくる。

 アイ=ファは妙に警戒しているようだが、昨日と変わらぬ柔和な笑顔だ。


「はい。宿屋で料理を作る仕事も請け負ってまして。これからまた別の宿屋に向かうところなんです」


「宿屋。……もしかして、《玄翁亭》ですか?」


「え? はい、その通りです」


「やっぱりですか。だから、あの店、ギバ肉の料理を出していたのですね」


 色の淡い目を細めて、さらに微笑する。

 何とも魅力的な笑顔である。


「あ、もしかしたらサンジュラも《玄翁亭》に宿泊しているのですか?」


「はい。私、西の王国で育ちましたが、東の料理、好きです。だから、東の民のための宿屋、いつも選びます」


 確かに、感情の動きを隠さないという一点を除けば、どこからどう見てもシム人にしか見えないサンジュラである。そんな彼が《玄翁亭》の客であるというのは、至極自然な話であろう。


(東と西の混血、か。この人にも何か複雑な生い立ちがあるのかな)


 俺はべつだん、サンジュラに警戒心をかきたてられてはいない。

 しかしそれでも、彼からは不思議な空気を感じたりはしていた。


 何となく、当たり前ではないような――シュミラルのような魅力とも、カミュアのような胡散臭さとも異なる、素通りできない吸引力のようなものを感じてしまっているのである。


(……まあ、シム人の風貌なのに表情を動かすのが珍しいってだけのことかもしれないけどな)


 何にせよ、誘発されているのはきわめて好意的な感情だった。

 よって俺は、笑顔で別れの挨拶をさせていただくことにした。


「それじゃあ、仕事がありますので。ご縁がありましたら、また――」


「待て。勝手に動くな、アスタ」と、アイ=ファに再び腕を引かれてしまう。


 振り返って、俺は驚いた。

 アイ=ファの青い瞳が、狩人の火を燃やしていたのだ。


「ど、どうしたんだよ? 別にこの人は何もしていないだろう?」


「その男は関係ない。何者かが、また私たちに視線を向けているのだ」


 アイ=ファは低く、囁くように言った。


「昨日と同じ、毒の針のような視線だ。この場なら他の人間もいないので、気配をたどれるかもしれん。お前は素知らぬ顔をして、絶対に気配を乱すなよ?」


 俺は目だけで周囲を見回した。

 人の気配はおろか、俺たちの他には人影も見当たらない。

 サンジュラは、少し困惑したように首を傾げていた。


「どうしましたか? 私、何も感じませんが」


「悪いが、しばらく黙っていてもらおう」と、ぞんざいに言い捨てて、アイ=ファはシン=ルウのほうを見た。

 シン=ルウがうなずき、さりげなくアイ=ファの横にまで進み出る。


「どうだ? お前は感じるか?」


「かすかに。……しかし、息を潜めた狩人のようにかすかな気配だ」


「うむ。町の人間にここまで気配を殺せるとは思えないのだが……とりあえず、右手の方向だな」


 そうしてアイ=ファは、ちらりとサンジュラのほうを見てから、また囁いた。


「私はこの場でアスタとルウの長姉を守りたい。気配をつかんだら、その後はお前に頼めるか? いささかならず危険な役回りになってしまうかもしれないが」


「承知した。……右手側の、前方だな。となると、あの家と家の間ではないか?」


「そうかもしれん。少し歩いて近づくか」


 そう言って、アイ=ファは今度ははっきりとサンジュラを見た。


「東の民――ではなかったな。とにかく、お前に頼みたいことがある」


「はい。何でしょう?」


「この場からすみやかに立ち去ってほしい。お前がこの気配の主と無関係であるならば、だが」


 サンジュラは、やっぱり困惑気味に眉を下げるばかりだった。


「よくわかりません。でも、アスタ、これから仕事なのですよね? ならば、私、立ち去ります」


「ああ、どうもすいません。あの、お気になさらないでくださいね?」


 俺自身が事態を把握しきれていなかったので、そんな風に漠然とわびることしかできなかった。

 サンジュラは、最後に涼やかな微笑を見せて、皮のフードをかぶりなおす。


「明日、屋台にうかがいます。今、アスタの料理、食べてきたところなのです」


「あ、そうだったんですか! お買い上げありがとうございます」


「はい。明日、もっと早い時間にうかがうことにします」


 そうしてサンジュラは、きっと意図的にだろう、アイ=ファやシン=ルウに近づかぬよう少し迂回して、俺たちが辿ってきた道――《玄翁亭》のほうへと立ち去っていった。


「よし、行くぞ。アスタにルウの長姉よ、歩きながら、さりげなく私たちの左手側に回るのだ。あそこに見える脇道にたどりつく前に移動すれば十分なので、決して不自然に動くのではないぞ?」


 狩人の眼光を半眼に隠しつつ、アイ=ファは率先して歩き始めた。

 その物騒な目つきを除けば、普段通りの立ち居振る舞いだ。

 本当に――何者かがまた俺たちを監視し始めたのだろうか?


(いったい何なんだ? 昨日の朝からっていうタイミングも微妙だし。サイクレウスの息がかかった人間なら、せめて会談の後に動き始めると思うんだけど……)


 むやみに心拍数が上がってしまう。

 こわばりそうになる足を懸命に動かして、俺は少しずつアイ=ファの左側へと進路を修正させた。


 右手側の脇道までは、もう5メートルも残されていない。

 気づけばシン=ルウがアイ=ファの右側に移動しており、ヴィナ=ルウは俺のすぐ後ろを歩いていた。


 相変わらず、人気はない。あともう数分も歩けば表の大通りに出れるぐらいの距離であるのに、あたりはゴーストタウンのように静まりかえってしまっている。

 富裕層の住む区域ではないのだろう。みっしりと立ち並ぶ家屋も、森辺の集落と大差のない木作りの平屋が多かった。


 それらの家にはさまれる格好で細く伸びる脇道――そこまで差しかかったとき、ふいにシン=ルウが地を蹴った。


 今の今まで普通に歩いていたその姿が、瞬間、視界から消失する。

 シン=ルウは、狩人の衣をなびかせて、脇道の奥へと疾走していた。


「あっ!」と思わず叫んでしまう。

 家の陰から放たれた石つぶてが、ものすごい勢いでシン=ルウへと襲いかかったのだ。


 しかしシン=ルウは同じ速度で突進しながら、わずかに首を傾げるだけでその強襲をやりすごすことに成功した。

 そして、俺たちのほうにまで飛来してきたその石つぶては、アイ=ファの一閃させた鞘つきの大刀で弾き返される。


 それと同時に、家の陰から小さな人影が飛び出した。

 シン=ルウに背を向けて、道の奥へと駆けていこうとする。

 ギバとは違う毛皮のマントを纏った、子どものように小さな姿だ。


「待て!」と鋭い声をあげ、シン=ルウはその謎めく人物の肩に手をかけた。

 その瞬間、シン=ルウの身体がふわりと浮きあがった。

 何が起きたのかは、わからない。

 ただ、気づくとシン=ルウの身体は虚空を大きく一回転して、背中から地面に叩きつけられていた。


 シン=ルウは低くうめき声をあげ、襲撃者は俺たちのほうに向きなおる。

 面相はわからない。

 そいつはまるでシム人みたいに、マントのフードを深々と傾けていたのだ。


 背は、小さい。アイ=ファやシン=ルウより小さいぐらいだろう。

 豹のような斑点のある黄褐色の毛皮のマントを纏っており、その下には粗末な布の服を着ているようだ。

 肌の色は――象牙色だろうか? よく陽に焼けている上に薄汚れており、よくわからない。が、少なくともシム人やジャガル人ではないようだった。


 その小さな襲撃者は、地面でうめくシン=ルウと、5、6メートルほど離れた場所で立ちつくす俺たちの姿を見比べている様子である。


 そして――そいつはおもむろに、腰の得物へと手を伸ばした。

 その、子どもか女の子みたいにほっそりとした腰には、半月型の小ぶりな刀が下げられていたのだ。


「やめろッ!」と、アイ=ファが裂帛の気合をほとばしらせる。


「町で刀を抜くことは禁忌であるはずだ! どうしてお前は私たちをつけ狙うのだ!?」


 叫びながら、アイ=ファも革鞘に包まれたままの刀をかまえなおす。

 そして、襲撃者の姿を一心ににらみすえながら、アイ=ファは俺たちに「決して私の背から離れるなよ」と、つぶやいた。


 襲撃者は、半月刀の柄に手をかけたまま、俺たちのほうに視線を固定したようだった。


 その足もとで、シン=ルウが苦しそうに手をついて、身を起こそうとする。

 その瞬間、襲撃者は小さな足でシン=ルウの顔面を蹴りつけた。

 赤いものが、ぱっと飛び散り、シン=ルウは再び地面に倒れこむ。


「やめろと言っている! 森辺の民に刀を向けるつもりなら、私が相手になってやろう!」


 アイ=ファらしからぬ物言いであった。

 しかし、そうまで言わなければシン=ルウを救うことはできない、と判断したのだろう。この距離では、どうあがいたってアイ=ファが駆けつけるより、襲撃者が刀を振り下ろすほうが速いのだ。


 襲撃者は、迷うように首を揺らした。


 このまま背を向けて逃げ去るべきか。

 足もとの敵にとどめを刺しておくべきか。

 はたまた、気勢をあげているもうひとりの敵を討ち倒すべきか。

 そんな風に、迷っているのかもしれない。


 きわめて物騒な気配をはらんだ数秒間の沈黙の後――襲撃者は、第3の道を選んだ。


 俺たちのほうに、アイ=ファのほうに走り寄ってきたのだ。


「伏せていろ!」


 後方の俺たちに一声叫ぶや、アイ=ファもすかさず腰を落とす。

 数メートルの距離を一瞬で詰め、襲撃者は半月刀を鞘から抜き放った、


 そうして襲撃者は、奇声をあげて跳躍し――アイ=ファも大刀を振りかぶった。


 しかし、両者の刀がおたがいの身体に触れることはなかった。


 その寸前で、襲撃者の姿が消失したのである。

 目の前で見ていた俺にも、瞬時に理解することはできなかった。

 小さな襲撃者の姿が視界から消え、その代わりに、長マントを纏った長身の人影がそこに現出していたのだ。


 アイ=ファと同じように革鞘に収まれた長刀を振り下ろした格好で、俺たちに横顔を見せているその人物は――誰あろう、サンジュラであった。


「余計な真似、すみません。気になったので、引き返してきてしまいました」


 穏やかな声で言い、中腰になっていた体勢を真っ直ぐに伸ばす。

 革鞘に包まれた長刀は、左腕1本で握られていた。


「怪我、ありませんか? たぶんもう、危険ありません」


 俺はハッとして、自分の左手側に視線を向ける。

 アイ=ファのほうは、とっくにそちらを注視していた。


 横合いから飛びこんだサンジュラに撃退された襲撃者は、左肩のあたりを押さえながら、地面でのたうち回っていた。


 サンジュラは3歩ほど前進し、地面に落ちていた半月刀の刀身を踏みつける。


「……力を貸していただき、感謝する」


 まだ用心深く刀はかまえたまま、アイ=ファは低くそう言った。

 苦悶する襲撃者の姿を見下ろしつつ、サンジュラは「いえ」と微笑する。


「治安、守る、民のつとめです。衛兵、引き渡しましょう」


 そしてサンジュラは、その手の刀をふわりと一閃させた。

 刀の先端が、暴れ狂う襲撃者のかぶったフードを弾き、その面相を露出させる。


 とたんに、鮮烈な赤色が目に飛びこんできた。

 その襲撃者は、ララ=ルウにも負けない真紅の髪を有していたのだ。


「抵抗、しないでください。あなた、野盗ですか?」


 サンジュラが穏やかに呼びかける。

 その瞬間、地面にうずくまっていたそいつは、左肩を押さえたまま猛然と身を起こした。


「ふざけるなッ! 俺を野盗呼ばわりするつもりか!?」


 まだ幼い――予想よりも遥かに子どもっぽい、少年の声だった。

 しかし、その形相の凄まじさは並大抵のものではなかった。


 炎のように赤い蓬髪が、ざんばらになって頬のあたりにまで垂れ下がっている。その隙間から、黄色みがかった双眸が獣のように燃えているのだ。


 さらに、眉間を中心に憤怒のしわを刻みこみ、白い歯を剥き出しにして、まるきり猫科の肉食獣のごとき形相である。もとの顔立ちが想像できないぐらい、その面は怒りと憎悪に引き歪んでしまっていた。


「シム人め……俺を野盗呼ばわりするつもりなら、貴様から先に片付けてやるぞ……?」


「町で刀を抜き、罪なき民を襲う。野盗、違うなら、何なのですか?」


 あくまでも穏やかに応じながら、サンジュラはその少年――などという優しげな言葉も似合わない小さな襲撃者の姿を上から下まで眺め回した。


「しかし、その姿――そうですね、野盗というよりは、マサラの狩人に見えます」


「狩人?」と、アイ=ファがわずかに反応する。


 怒り狂う少年の目が、たちまちアイ=ファのほうに向けられた。


「薄汚い森辺の民め……俺は絶対に貴様たちを許さない」


「何だというのだ。恨み言があるならばそれを聞かせてみよ。刀を向けられれば、私も刀で応じる他ない」


「うるせえッ!」と、少年がふいに右腕を振り払った。


 銀色の閃光が大気を引き裂き、アイ=ファとサンジュラが同時に刀をなぎ払う。

 ふたりの刀に弾かれて、小さな投げ刀子が地面に落ちた。


 どちらも、ものすごい反射神経だ。

 しかし、少年の目的は達せられてしまっていた。


 サンジュラが刀を振るうために体勢を動かした隙をついて、少年がその足に踏みつけられていた半月刀をすくい取ってしまったのだ。

 そちらも、獣のような敏捷性だった。


「貴様らには、必ず報いをくれてやる! 赤髭ゴラムの息子、ジーダの名にかけてな!」


「何?」とアイ=ファが問うたが、そのときにはもう少年は身をひるがえしていた。

 一瞬、追いかける素振りを見せたサンジュラも、溜息をついて刀を腰に戻す。


「足、速いですね。私、追いつけません」


 アイ=ファは舌打ちをこらえているような表情で、やはり刀を腰に戻す。

 アイ=ファの脚力なら追いつけたのか、それとも俺たちのそばから離れるわけにはいかなかったのか。何にせよ、黄褐色のマントを着た少年の姿は、あっというまに建物の間にまぎれて見えなくなってしまっていた。


「赤髭ゴラムって……なあ、アイ=ファ、それって昨日の話に出た野盗の党首の名前だよな?」


 盗賊団《赤髭党》の党首ゴラム――カミュアは、確かにそう言っていたはずだ。

 そして、その伴侶と息子を捜索するために、森辺の狩人を引き連れてジェノスの外にまで旅立つのだ、と。


「何てこった。カミュアたちとは行き違いになっちまったのか。なあ、この場合はどうしたら――」


「取り乱すな。まずはシン=ルウの手当てが先であろう」


 アイ=ファに強い目でにらまれた。

 それから、その目がちらりとサンジュラを見る。


「やはり、野盗でしたか。日中、町の中、現れるのは珍しいですね」


 サンジュラは呑気に微笑んでいる。

 神経が太いというか何というか、荒事には無縁そうという俺の第一印象はここで修正しておかねばならないようだった。


「だけど、肩の骨、砕く感触がありました。しばらく、悪さ、できないでしょう。衛兵、申し出る、いいと思います」


「……はい。ありがとうございます」と、応じながら、それだけはできないんだろうなと俺は溜息をつきたくなる。


 赤髭ゴラムの妻と息子は、カミュアの捜し求める重要な証人であるのだ。

 なおかつ、町の衛兵というのはけっきょくのところ、サイクレウスの実弟が長をつとめる護民兵団とやらの構成員であるらしい。

 俺たちは、衛兵よりも先んじてさきほどの少年を捕らえる必要があるのである。


(森辺の民を許さないって、それはやっぱり父親が濡れ衣を着せられて処断されたっていうことなのか? だったら――ありのままの真実を聞かせるしかないだろうな)


 その上でなお、あの少年が森辺の民を恨み続けるというのならば――そのときは、そのとき思い悩むしかない。


 何だかどんどん事態が錯綜していくなあと嘆息しかけて、俺はそれを腹の下に飲みくだす。

 これもきっと、森辺の民が乗り越えなければならない試練なのだ。


 悪行をはたらいたのはザッツ=スンでも、それを族長として糾弾できずにいたのは森辺の民だ。ミラノ=マスやレイト少年のように、誰もがザッツ=スンの死をもって森辺の民の罪が贖われたと考えるとは限らない。


(あんな俺よりも小さな子どもが、あんな風に誰かを深く恨むことになるなんて――そんなのは、やっぱり絶対にあっちゃいけないことなんだ)


 頼むから、もう1度姿を現してほしい。そうして、新たな族長となったドンダ=ルウたちと言葉を交わしてほしい――赤い髪をした少年が駆け去っていった街路の果てを見つめながら、俺は心中でそんな風につぶやいた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] シン=ルウを突破できる襲撃者がいて足を怪我したヴィナ=ルウがすぐそばにいるのに襲撃者の心配してる 関係をどうしたらいいのかわからないと言いつつヴィナ=ルウの存在軽いよな
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