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異世界料理道  作者: EDA
最終章 ファの家の婚礼

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1710/1710

エピローグ 星の舞

2025.12/7 更新分 2/2

・今回は2話同時更新です。お読み飛ばしのないようにご注意ください。

「んー? なんか、あっちが騒がしくなってきやがったなー」


 と、リミ=ルウにかまっていたルド=ルウが横合いを振り返る。広場の片隅から、横笛の音色が聞こえてきたのだ。


「ありゃー、ジョウ=ランたちか。まだ話もついてねーのに、我慢がきかなくなっちまったみてーだなー」


「うむ。であれば、皆には舞を楽しんでもらい、アイ=ファたちにはしばし休んでもらえばいいのではないだろうか?」


 バードゥ=フォウの言葉に、ドンダ=ルウが「そうだな」と分厚い肩を揺すった。


「一刻以上も挨拶を受けていたのだから、少しはくつろがせるべきだろう。俺たちも、脇に引っ込むとするか」


「おー。じゃ、アスタたちの案内はガズラン=ルティムたちがよろしくなー。俺はジバ婆の面倒を見てから、あいつらと合流するからよ」


「うん! アイ=ファ、また後でねー!」


 いささかならず唐突に、俺たちはその場から離れることになった。

 一刻以上ぶりに台座から下りた俺とアイ=ファは、ルド=ルウを除く男衆の先導で母屋のほうに移動していく。その行き道でも、たくさんの人々がお祝いの言葉を投げかけてくれた。


「お前たちも、ゆっくり身を休めるがいい」


 ギルルの手綱を引いてくれたライエルファム=スドラの言葉に、七頭の犬たちも小屋の中に入っていく。その通りすぎざまに、みんな俺とアイ=ファに温かい眼差しを向けてくれた。


 俺とアイ=ファが母屋を覗き込んでみると、幼子の大半はすでに寝入っているようである。

 小さくしぼられた明かりの中で、サティ・レイ=ルウが無言のままに頭を下げてくる。そして、そのかたわらで横たわっていたコタ=ルウが半分夢の中にいるような面持ちで手を振ってくれた。


「では、俺たちはあちらに控えているからな。何かあったら、すぐに声をかけるがいい」


 ライエルファム=スドラとバードゥ=フォウ、ガズラン=ルティムとシュミラル=リリンの四名は、手近なかがり火のほうに歩いていく。俺とアイ=ファは数刻ぶりに二人きりになって、敷物に腰を下ろすことになった。


 食事を終えたアイ=ファは、また玉虫色のヴェールを顔に垂らしている。

 そのきらめきの向こう側で、アイ=ファの顔はこれ以上もなく安らいでいた。


「……今日は本当に、忘れられない一夜になったな」


 俺がひそやかな声で呼びかけると、アイ=ファも小さく「うむ」と応じた。


「縁のある同胞のほとんどが参じてくれたのだから、それも当然の話であろう。心残りがあるとすれば……ラウ=レイの母親ぐらいであろうかな」


「ああ、幼子の面倒があるからって辞退されちゃったんだよな。それじゃあ今度は、こっちからレイの家に押しかけてみようか?」


「そうしたら、次姉や末妹も寄り集まるやもしれんな」


 俺たちがそんな何気ない会話を楽しんでいる間に、舞台が整えられたようであった。

 人々の多くは広場の外周に身を引き、空いたスペースに一部の人々が進み出る。本日は未婚の女衆による求婚の舞は差し控えられているので、最初から誰でも自由に参加できるダンスタイムが始められるはずであった。


 熱気に満ちみちた広場に、あらためて横笛の音色が響きわたる。

 ルド=ルウやシン・ルウ=シン、ラウ=レイやジョウ=ラン――それに今ではさまざまな氏族の若衆が横笛を体得しているのだ。また、のちにはユーミ=ランを筆頭とする女衆の歌も披露されるはずであった。


 どこか哀切な響きを持つ横笛の音色とともに、人々は儀式の火の周囲を回りながら踊り始める。

 やはり中心となるのは、若い男女であるようだ。その躍動する黒い影法師が、俺の胸に昂揚と安息を同時にもたらした。


 こうして輪から外れてみると、あらためて物凄い賑わいである。

 二百四十名の同胞のみによる、森辺の祝宴――これは、森辺の民の歴史における初めての椿事であったのだ。今後、これほどの人間が集まる祝宴が実現するのかどうか、まったく予測は立たなかった。


(でも、今日の騒ぎだって想定外だったんだ。この先にだって、何が待ちかまえているかはわからないさ)


 そんな思いを噛みしめながら、俺はふっと頭上を見上げた。

 盛大なかがり火に慣らされた目には、青白い月と真っ暗な闇しか見て取れない。

 しかしだんだん目が慣れてくると、俺の視界は星々のきらめきで埋め尽くされた。


 さらに目を凝らすと、星にもさまざまな色合いがあることが見て取れる。

 赤や青や、黄や緑――ほんのわずかな違いであるが、同じ星などはひとつとして存在しない。そして、そのひとつひとつが俺たちが所属するこの星にも匹敵するような規模を備えているのだった。


「……この中に、我々の星も存在するということだな」


 と、アイ=ファの静かな声が俺の耳に忍び入ってくる。

 いつしかアイ=ファも、俺と一緒に天を見上げていたのだ。それを嬉しく思いながら、俺は「うん」と応じた。


「いったいどれが、俺たちの星なんだろうな。……あの赤い星なんかは、アイ=ファっぽい感じがするよ」


「赤い星など、いくらでもあるではないか。そもそも赤の月に生まれた人間など、森辺だけで何十名という数であろうからな」


「うん、確かに。でも、あの赤い星を目になぞらえると、猫の形を作れそうなんだよな」


「猫の形? 意味がわからんぞ」


「俺の最初の故郷では、星をつなぎあわせて星座っていう絵柄を作ってたんだよ。ほら、あそことあそこをつなげると、丸くなってる猫の形に見えないか?」


「だから、意味がわからんというのに。やはり星読みなどというのは、理解の外だな」


 そんな言葉を語りながら、アイ=ファの声はとても優しい。

 そして俺は雄大なる星空に、赤い猫と黄色い狼の姿を幻視していた。


 生まれたてである俺の星は、子犬のように小さい星座であるのだろうか。

 俺としては、図体ばかりが大きくて子供っぽい狼と、つんと不愛想にしながら寄り添ってくれる小さな猫――ジルベとサチのようなイメージであった。


(それで……最初の俺は、真っ黒の闇だったわけか)


 しかし、赤い猫はずっとその闇に寄り添ってくれていた。

 その闇の中から、ぼんやりと黄色い狼の姿が浮かびあがってくる図を想像すると、俺は鼻の奥がつんと痛くなってしまった。


 俺はアイ=ファが狩人としての仕事をやりとげる日を待っていた身であるが、俺のほうこそがアイ=ファを待たせていたのではないかという感覚にとらわれている。

 三年余りの時を過ごすことで、俺はようやくアイ=ファの伴侶に相応しい立場を手にできたような気分であったのだ。


 でも、どちらであろうとかまいはしない。

 俺とアイ=ファは、婚儀を挙げることがかなったのだ。これまでも、俺は魂を返す瞬間までアイ=ファのかたわらにいるのだと決意していたが――今はそこに、婚儀の神聖な誓いまでもが加えられたのだった。


 そうしてぼんやりと星空を見上げていると、広間の賑わいもだんだん遠くなっていく。

 それでも意識の片隅で、ワルツ調の曲が派手な曲に切り替わったなと感じたとき――ふいに、アイ=ファが俺の手を握りしめてきた。


「アスタよ、踊るぞ」


 俺が「え?」と振り返るより早く、アイ=ファは身を起こす。そして、手を握られた俺も引きずり起こされることになった。


 美しい花嫁衣裳の姿で、アイ=ファは明るく微笑んでいる。

 そしてその足は、すでに広場の中央に向かって踏み出されていた。


「お、踊るって? みんなと一緒に、踊るのか?」


「うむ。べつだん、初めてのことではあるまい?」


「う、うん。だけど、アイ=ファからそんな風に言い出すのは初めてのことだし……それに、これまでの婚儀で花嫁や花婿が踊ることはなかったんじゃないか?」


「うむ。かえすがえすも、ファの家というのは森辺の習わしをないがしろにしてしまうようだな」


 そんな風に語りながら、アイ=ファはぐいぐいと前進していく。その途中でガズラン=ルティムたちと目が合ったため、俺は曖昧に笑顔を届けることになった。


 俺たちの突入に気づいた人々が、新たな歓声を張り上げる。

 横笛が、それに負けじと力強く吹き鳴らされた。


 儀式の火の周囲には、たくさんの見知った顔がある。

 リミ=ルウやジバ婆さん、ララ=ルウやユーミ=ランは舞を踊ることなく、横笛を吹くルド=ルウやシン・ルウ=シンやジョウ=ランのそばで笑みをこぼしていた。そこにミダ・ルウ=シンやツヴァイ=ルティムやオウラ=ルティム、ディガ=ドムやドッドまで入り交じっているのは、きっとラウ=レイのかたわらにヤミル=レイの姿もあるためであろう。


 レイナ=ルウやユン=スドラは踊りの輪に加わることなく、簡易かまどで宴料理の準備に取り組んでいる。トゥール=ディンはザザの姉弟とともに、広場の片隅から踊りの輪を見守っていた。


 レイ=マトゥアはマルフィラ=ナハムを引っ張り込んで、舞を楽しんでいた様子だ。レイ=マトゥアは俺たちに向かって手を振り、マルフィラ=ナハムもふにゃふにゃ笑っていた。


 アイ=ファに腕を引かれた俺も、その輪の中に足を踏み入れる。

 その瞬間――俺の視界が、回転した。

 アイ=ファが俺の手を握りしめたまま、ものすごい勢いで躍動し始めたのだ。


 俺は狩人の膂力に引っ張り回されて、目が回るような心地である。

 転倒しないようにこらえるのが精一杯で、何がどうなっているのかも把握しきれなかった。


 俺の視界は、万華鏡のように次々と景色を変えていく。

 はしゃぐ人々の姿に、ごうごうと燃えさかる儀式の火、無数の星がきらめく空――そして、アイ=ファの姿が視界をよぎっていく。


 アイ=ファは玉虫色のヴェールとショールを竜巻のようになびかせて、思いのままに躍動していた。

 未婚の女衆による求婚の舞を思わせる勢いだ。それは人間が渦巻く炎と化したかのような美しさと激しさで、俺の心を大きく震わせたものであったが――今はアイ=ファが、誰よりも鮮烈な舞を見せていた。


 アイ=ファはしなやかな肢体をよじり、時には身を屈め、時には大きくステップを踏みながら、一瞬として同じ場には留まらない。その優美にして猛々しい挙動が、玉虫色の輝きに彩られていた。


 その暴風雨のごとき勢いに巻き込まれながら、俺はいつしかアイ=ファの存在だけを目で追っている。

 いや、俺は目ばかりでなく、全身でアイ=ファの熱と力を知覚していた。


 アイ=ファは狩人として鍛えぬいた力をすべて振り絞り、全身全霊で舞を舞っている。

 そして、その顔は――輝くような笑顔であった。


 玉虫色のヴェール越しにも、アイ=ファの青い瞳が恒星のように光り輝いているのが見て取れる。その端麗なる顔は、内側からほとばしる幸福の思いをそのまま笑みとして爆発させていた。


 俺は、大きな勘違いをしていたのだ。

 今日はさしものアイ=ファも喜びの思いをこらえきれず、人前でも遠慮なく笑みをこぼしているように思っていたのだが――あれは、アイ=ファが鋼のごとき精神力で抑制していた結果だったのである。


 アイ=ファは、これほどの思いを押し隠していたのだ。

 俺と婚儀を挙げるという事実が、アイ=ファにこれほどの激情をもたらしたのである。


 それを理解した瞬間、俺の目から涙があふれかえった。

 しかしそれも、すぐに猛然たる勢いで四散してしまう。アイ=ファの躍動と激情が、俺の頬を涙で濡らすことを許さなかった。


 そんな俺の脳裏に、これまで見届けてきたアイ=ファのさまざまな表情がよぎっていく。

 落とし穴から這いずり出した俺を白刃のごとき眼光で出迎えた、狩人としての鋭い顔。

 俺の料理を初めて食べて、「美味い」と言ってくれたときの優しい顔。

 初めてのハンバーグを口にして心を乱してしまい、恥ずかしそうに赤面させた顔。

 生きる希望を失ってしまったジバ婆さんを助けたいと、静かに涙をこぼしていたときの顔。

 普段の凛々しさを忘れてしまったかのように、可愛らしく口をとがらせていたときの顔。

 俺が贈った首飾りをつけて、子供のようにあどけなく微笑む顔。

 俺が初めて参じた家長会議で、並み居る家長たちに凛然と語っていたときの顔。

 俺を人質に取ったテイ=スンと向かい合い、静かに闘志を燃やしていたときの顔。

 ギルルを家人として迎え入れて、我が子を見るように優しい眼差しを浮かべていたときの顔。

 リフレイアにさらわれた俺と五日ぶりに再会して、子供のように泣きじゃくっていたときの顔。

 初めての復活祭の最終日、ともに初日の出を迎えたときの済みわたった顔。

『アムスホルンの息吹』に見舞われた俺を看病していたときの、母親のように優しい顔。

 生誕の日に、俺が贈った花飾りをつけて、くすぐったそうにしていたときの顔。

 俺の生誕の日に、いつか婚儀を挙げたいと言って、涙をこぼしながら微笑んでいたときの顔。

 再来したシルエルと向かい合い、気迫の炎を燃やしていた鋭い顔。

 赤き民ティアとの別れで、俺と一緒に泣きじゃくっていたときの顔。

 俺が試食会で優勝したときの、誇らしそうな顔。

 悪夢に苦しむ俺に向けられた、心配そうな顔。

 炎の海に閉じ込められた俺を助けに来てくれたときの、怒れる天使のごとき勇壮にして美麗な顔。


 その他にも数えきれないぐらいのアイ=ファの顔が浮かんでは、流れすぎていく。

 そんなアイ=ファのさまざまな表情が、俺という人間を形づくっているのだ。


(俺たちは……いつも一緒だったもんな)


 俺の名前は、アスタ=ファ。

 日本の千葉県に生まれ落ち、十七歳までは津留見明日太として生きて――それからの三年余りはこの大陸アムスホルンで過ごした。『星無き民』であり、西の王国の民であり、ジェノスの民であり、森辺の民であり――ファの家のかまど番であり、ファの家長アイ=ファの伴侶となった、幸福な男だ。


 これまでに起きたすべての出来事は、すべてこの幸福な瞬間に繋がっている。

 そしてこのかけがえのない瞬間さえも、今後の何かに繋がっていくのだろう。


 それがどんな行く末であるのかは、誰にもわからない。

 でも、俺は――俺たちは、まぎれもなく幸福であった。

 この幸福な瞬間を、幸福な行く末に繋げていく。そのためであれば、どれだけの苦労も惜しむものではなかった。


「アイ=ファ、ありがとう」


 俺は心のままに言葉を発したが、きっと笛の音や歓声にかき消されてしまったことだろう。

 だが――アイ=ファは輝くような笑顔のまま、ちょっとすねているような眼差しを浮かべて、俺の腕をいっそうの勢いで引っ張り回した。


 そんなアイ=ファの表情や挙動や温もりから、その真情はひしひしと伝わってくる。

 俺は新たな涙を散らしながら、言いなおした。


「ごめんな。ありがとう……アイ」


 それが、俺とアイ=ファの約束であったのだ。

 アイ=ファは幸せそうに目を細めて、けっきょくは物凄い力で俺の身を振り回してくれた。


 そうして俺たちは、人生でもっとも幸せな一夜を過ごし――ひとつの時代に終わりを告げて、また明日からも力強く生きていこうという誓いを新たにしたのだった。



                            --異世界料理道 了--

当作は、これにて完結となります。

このように長大な物語に最後までおつきあいくださいまして、まことにありがとうございます。


今後は『異世界料理道 外伝集』というタイトルで番外編を公開する予定です。

そちらは別作品という形で公開していきますので、ご興味を持たれた御方はよろしくお願いいたします。

また、明日にはあとがきのようなものも公開する予定ですので、そちらもよろしくお願いいたします。


それでは、長きにわたって当作をご愛顧くださり、あらためてありがとうございました。

当作をお読みくださったすべての方々に、心からの感謝の思いを捧げさせていただきます。


2025.12/7 EDA

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― 新着の感想 ―
ありがとう ありがとうございました お疲れ様でした
未読だったぶんも後追いで読んで追いつきました。11年にわたる長期連載を完結させたことがまず素晴らしいと思います。アスタとアイ=ファの結婚ももちろんですが、スドラの家や野菜売りのミシルの物語が特に心に残…
完結おめでとうございます! 感動の終わり方で、みんなHappyになって、大満足です! ありがとうございます。 外伝も楽しみにしています。 お疲れさまでした!
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