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異世界料理道  作者: EDA
第一章 異世界の見習い料理人
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②新たなる挑戦

「今日は新しいメニューに挑戦するぞ、アイ=ファ」


 夕暮れ時に、俺はそう宣言してみせたのだが、アイ=ファは仏頂面で「勝手にしろ」とつぶやくばかりだった。

 もしかしたら、昼下がりの粗相がまだ尾を引いているのかもしれない。まあ、セクハラで訴えられても敗訴は確実の所業だったからな。少々人格を疑われてしまっても、致し方があるまい。


「『ギバ・スープ』もまあそれなりに仕上がってはきたけども、毎日同じメニューじゃ飽きちまうからな。今度こそ本当にお前を驚かせてやるから楽しみにしていろよ、アイ=ファ」


「勝手にしろ」


「……ところで、さっそく親父さんの服をお借りしてみたんだけどどうかな? 似合うかな?」


「似合わない。滑稽だ。お前などに預けなければ良かった」


 ううむ。なかなかに深刻だな、これは。

 まあ、美味いものを食べればご機嫌も復活するだろう。


 ちなみに、ひらひらのチョッキと腰あてだけでは心もとないので、Tシャツだけは下に着込んだままである。きわめて邪道な着こなしかもしれないが、調理中は火傷が怖いのでご容赦いただきたい。あと、頭のタオルもね。これ抜きで調理とか気分が落ち着かないので。


「でな、何を隠そう、ポイタンはもう調理済みなんだ。また薪を大量に使っちまったけど、明日収穫に励むから、そこのところは勘弁してくれ」


 アイ=ファは無言で、無表情。

 ついに返事まで返ってこなくなってしまった。

 俺を殴打した後はいつも通り森に向かい、ポイタンを調理するさまは見ていないはずなのに、その仕上がりが気になったりはしないのだろうか。


「まあいいや。ちょっと早いけど開始しちまうぜ? 腹が減ってなかったら、今のうちに空かせておいてくれ」


 俺のほうはアイ=ファの反対で、いささかならず躁状態だったかもしれない。新しいメニューに挑戦するのが、楽しみで楽しみでしかたがなかったのだ。


 本来ならば、本日は焼き料理に挑戦する手筈だった。

 蒸し焼きやら照り焼きやら、色々構想は練っていたのだが。ポイタンの正体が判明したおかげで、半ばあきらめかけていたとっておきのメニューにチャレンジすることが可能になったのだ。


 勿体ぶるつもりはない。

 本日のメニューは、『ギバ肉のハンバーグ』である。

 略して、『ギバ・バーグ』である。


 鼻歌混じりに食糧庫に向かい、必要な食材をかまどの前に運搬する。


 ギバのモモ肉と、胸まわりのバラ肉を、それぞれおよそ500グラムずつ。

 タマネギモドキことアリアを6玉。

 ピコの葉をふたつまみ。

 果実酒。

 岩塩。

 そして、ポイタンから得た、魔法のエキス。

 そいつは大した分量ではなかったので、ゴムノキモドキを折って作った器の中に収めてある。


 さて。それでは調理開始である。


 まずは、モモ肉のブロックに約1センチの厚みでひっついている脂身の部分を切り落としていく。

 ちょいと惜しいが、ラードの代わりだ。毛皮に残った脂身はすべて燭台用の獣脂蝋燭として加工されてしまったので、次回からは食用にも少し確保させていただこう。


 すでにこの肉をさばいてから5日の時間が過ぎているが、どこにも傷みの予兆は見られない。ピコの葉というのは本当に優秀な防腐機能を有している。

 しかし、ピコの葉の効能に関わらず、肉自体は2週間目ぐらいからじわじわと傷んでくるらしい。

 そうなったらもう燻製に仕上げて保存するしかないのだが。まだまだ5日前にさばいた分だけでも山ほど余ってしまっているので、どうにか上手く使えないものかと、俺は日々頭を悩ませている。


 ともあれ、調理だ。


 かまどに火を入れ、鍋が温まる間に、アリアを2玉ほどみじん切りにする。


 それが済んだら、お次はお肉。

 モモ肉もバラ肉も小さく刻んで、最終的には、包丁で叩く。

 最初は、アイ=ファの親父さんの忘れ形見である、小刀で。

 最後は、俺の親父の魂である、三徳包丁で。


 およそ1キロの肉塊だが、まあ何てことはない。『つるみ屋』でもハンバーグは人気メニューであったから、このへんの作業はお手のものだ。

 10分足らずで、ギバのミンチが出来上がる。


 アイ=ファのほうを振り返ると、何と彼女は寝釈迦の体勢で不機嫌そうに俺の姿を眺めやっていた。

 ふだんはけっこう調理人に敬意を払う感じで静かに座りこんでいるのだが。本日は相当にご機嫌ななめのようだ。

 大事なギバ肉がこんな得体の知れないピンク色の小山へと変わり果ててしまったのに、感想のひとつもないのだろうか。


 いくばくかの不安感をねじ伏せつつ、俺は火加減を確かめてみた。

 水滴を投じると、すみやかに蒸発する。

 頃合いだ。

 脂身をひと固まり投入し、木のへら(自作)でそいつをのばし、2玉ぶんのアリアのみじん切りをぶちこむ。

 フライパンと違って鉄鍋を動かせないのがちと厄介だが、めげずに木のへらでかき回す。

 あるていど色がついてきたら、果実酒を投入。

 アルコールが飛ぶまで、入念に攪拌。

 緑色のアリアがキツネ色に焼きあがったら、木べらを使って器に移す。


 うちの店なんかでは、200グラムの挽き肉に対してタマネギは4分の1個だったから、1キロに対して丸々2玉では、ちょっと多めの分量だ。

 だけどそれほど極端な差ではないし、ギバの肉はクセが強いから、アリアが多めでも問題はないだろう。


 焼いたアリアが冷めるまで次のステップには進めないので、今の内に残りのアリアを切っておくことにする。

 こちらはみじん切りではなく、繊維に沿っての薄切りだ。

 柔らかく煮たいときは、繊維と垂直に切っていくのだが、本日は食感を大事にしたいので、この切り方である。


 合計4玉分のアリアのスライスが、ゴムノキモドキの葉の上に山積みになる。

 贅沢を言えば、もうちょっとばっかり調理用の器が欲しいところだ。


 そんなこんなでアリアも冷めたようなので。やはりゴムノキモドキの葉の上に、そいつとギバ肉のミンチをぶちまける。

 そして、砕いておいた岩塩とピコの葉をまぶし。

 ここで、魔法のエキスの登場だ!


 ねっとりとしたクリーム色のペーストを、肉の山にでろりと垂らす。

 あとは、ひたすら混ぜるだけ。


 アイ=ファのほうを見ると、目をそらされた。

 ごめんごめん。調理の概念の薄い森辺の民には、さぞかし面白い見世物だろう。もう水を差したりしないから、思うぞんぶん鑑賞してくれ。


 そうして数分ばかりもこね合わせていると、期待通りに、粘りが出てきた。

 モモ肉のほうは脂身を削いでしまったが、バラ肉のほうにもたっぷり脂肪はのっていたので、手応え的にも、色合い的にも、申し分ない仕上がりである。

 ばっちりだ。勝利の予感に、背筋がぞくぞくしてしまう。


 手の平についた肉のペーストをこそぎ落とし、余っていたギバの脂肪を手の平に塗りたくる。付着防止の潤滑剤だ。

 あんまり大物だと火加減が難しいので、肉塊から6分の1ぐらいをすくい取って、小判型に成形する。ぽん、ぽん、ぽん、と両手でキャッチボールをして、空気を抜くのも忘れずに。


 1個160グラムていどのミニバーグが、6個。

 可愛いなあ。色も美しいピンク色だし、このままかじりたくなってしまう。


 それはさておき。火加減はどうだろう。

 うーむ。若干、強いかな。少しばかり薪を手もとに引き寄せて、心ばかりの調節を試みる。

 焼き物料理で火加減が目分量というのが、今回のメニューの一番のネックである。

 最初は強火で、お次は弱火――みたいな加減ができないのは、なかなか苦しい。

 しかし、無い袖は振れないのだから、後は頭で勝負するしかない。

 柔軟性と発想力。そして最後は、決断力だ。


 俺は鉄鍋に脂身を落とし、そいつがカリカリに干上がって脂肪分を出しつくすのを待ち、そして、ついにギバのパテを投入した。

 じゅうっという小気味のいい音色とともに、たまらない匂いが室内に四散する。

 底の丸い坊主鍋なので、パテ同士がくっついてしまわないよう気をつけながら、手早く6つとも投入し、数秒、待つ。


 ここでしくじったら、もう台無しだ。

 匂いの変化にも意識を向けつつ、木べらをさしこんで焼き面を確認。

 火を弱める必要はなかったか。俺の感覚的にはもうひっくり返している頃合いだが、まだ八分ぐらいの焼け加減だ。

 まあ、焦がすよりはマシだろう。ちょっとぐらい旨味が溶けだしてしまっても、そいつはソースの原料だし、そのていどでギバ肉の旨味は枯渇したりはしない、と信じる。


 さらに数秒待って、十分な焼き色がついたところで、ひっくり返す。

 それでは、すみやかに次の準備を――と後ろに下がったら、障害物にぶつかってしまった。


「うわ、びっくりした! いたのかよ、アイ=ファ!」


「……どうして私が私の住処から出ていかなくてはならないのだ」


「いや、そういう意味じゃなくて……あ、ごめん、ちょっと準備があるんでな」


 仁王立ちになったアイ=ファを迂回して、果実酒の土瓶とアリアが山積みになった葉の器をつかみ取る。

 再び鉄鍋の前に立ち、土瓶を置いて、焼き色を確認。

 八分ぐらいだ。頃合いかな。


「アイ=ファ。熱いのが飛ぶかもしれないから、気をつけろよ?」


 返事はないが、躊躇は許されない。俺はアリアを投入し、果実酒をどぼどぼと注いでから、素早く鍋の蓋をしめた。


 ぶじょばー、ぱちぱち、という盛大な音が、少しこもった感じで聞こえてくる。


 この調理方法は、『ギバ・バーグ』のためのオリジナルだ。


 ハンバーグを作るにあたっては、まず旨味が逃げださないように両面を迅速に強火で焼いて、それから中にまで熱が通るように、火加減を弱めてじっくり焼きあげるか、あるいはオーブンに移すのが常道である。


 そのどちらもが不可能であるため、俺は蒸し焼きを選択した。

 これなら肉の表面を焦げさせる前に中まで熱を通すことができるはずだ。

 そのために、パテも小さめに薄めに作った。


 火加減の微調整はできない。

 両面は強火で焼かなくてはならない。

 ならばすべての工程を強火でまかなうしかない。


 ならばパテを小さめにして、短期決戦で挑むしかない。

 それでも強火のまま中に熱が通るのを待っていたら、黒焦げになってしまう。

 ゆえに、蒸し焼きで手早く加熱するしかない。

 非常にシンプルな、論理的帰結である。


「よし。もういいだろ」


 蓋を開けると、今度は果実酒の芳香までもを含んだ香りが爆発する。

 俺は木べらでアリアの山をかきわけて、ギバ・パテのひとつを真っ二つに割ってみた。

 肉は、綺麗な象牙色だ。

 赤みは、まったく残っていない。


「アイ=ファ。器を取ってくれるか?」


 他のパテが焦げてしまわないように木べらをあやつりながら声をかけると、無言のまま、すっと木の器が差しだされてきた。

 そちらに素早く三つのパテを乗せ、また新たな器を受け取り、残りの三つもすべて救出する。


「よし。あとはこいつが焼きあがれば終了だ」


 言いながら、アリアをひとつまみ試食してみる。

 すでにほどよい歯触りだ。あまり焼きすぎないほうがいいかもしれない。

 脂と肉汁と果実酒でできあがったソースが、鍋の底でぐつぐつと煮立っている。

 それにひとつまみの岩塩とピコの葉を放りこみ、アリアと一緒にしっかり混ぜ合わせたら、完成だ。


「アイ=ファ。もっかい器」


 言うなり、パテの乗った器が差しだされてきた。

 あれ。鉄鍋から目を離せないのでわからないのだが、器を両手に持ってずっと待機してくれていたのだろうか。

 気がきくなあ。本当にいい娘さんだと思う。

 しかしまあ、かなり長いことその声を聞いていないような気もするのだが。


 閑話休題と書いて、それはともかく。

 二つの器に均等にアリアを乗せて、木匙でソースをかけてやれば、『ギバ・バーグ』の完成だ。


「あ。ちょっと座って待っててくれ」


 俺は食糧庫に駆けていき、寝かせておいたポイタンを持ってきた。

 しかし、もはやそれをポイタンだと認識できる者はいないだろう。

 ゴムノキモドキに乗せられたその物体を見て、アイ=ファも不審げに首を傾げる。


 クリーム色に少し焦げ目がついた、まん丸で平べったい物体。


 もしも俺と生まれ故郷を同じくする人間が目にしたならば、インド料理の「ナン」か、あるいは「具の入っていないお好み焼き」とでも評したかもしれない。


 これが、ポイタンの正体だったのだ。


「ま、とにかく冷めないうちに食べようぜ! こいつの説明は後でしてやるからさ」

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