送別の祝宴⑨~最後の語らい~
2025.11/11 更新分 1/1
・今回の更新はここまでです。更新再開まで少々お待ちください。
「その前に……まずは、ねぎらいと祝福の言葉を届けなければなりませんね」
壁際の椅子に腰を落ち着けたフェルメスは、ゆったりと語り始めた。
「先日の晩餐会では私的な言葉をかける時間もなかったので、ずっと心残りであったのです。僕と密談した直後にガーデルに襲われたと聞き及び、僕はずっと心を痛めていました」
「はい。でも、そちらも決着がつきましたので、もうお気遣いは無用です」
「ええ。ガーデルは僕たちとともに、西の王都まで移送されます。しかるのちに罪人の刻印を施されて、刑場たる鉱山に送られることになるでしょう。西の王都までの道行きはアローン殿が率いる二百名の精鋭に見張られていますので、どうぞご心配のなきように」
「うむ。ガーデルが逃げ出そうなどという気を起こさないことを、信じたいところだな」
アイ=ファが落ち着いた声で答えると、フェルメスは「そうですね」とあどけなく微笑んだ。
「僕は三回にわたる審問をすべて拝見しましたが、ガーデルはずっと打ちひしがれていました。きっとアイ=ファの叱咤は、ガーデルの幼き心に届いたのでしょう。まさしくアリシュナの予言通り、アイ=ファがガーデルを破滅の相から救ったのです」
「うむ。私は自らの心のおもむくままに振る舞ったに過ぎないが、星読みの技を重んじるのならばそういうことになるであろうな」
「はい。アスタが言う通り、星図というのは人の動きを移す鏡のようなものであるのでしょうからね。アイ=ファは星に従って動いているのではなく、アイ=ファの行いが星の動きに反映されているということです」
そのように語りながら、フェルメスは腹の上でゆったりと指先を組んだ。
「ただ僕は、ガーデルがシルエルの隠し子であったという事実を聞かされて、大きく驚かされました。そして、その事実が僕の中で仮説を補強してくれたのです」
「はい。仮説というのは、『星無き民』についてでしょうか?」
「ええ。密談の場で、僕は大神アムスホルンの呪いについて語ったでしょう? 大神アムスホルンの名が冠せられた現象は『星無き民』に試練をもたらす、と。それで、『アムスホルンの寝返り』が起きた際に、アスタは大きな災厄に見舞われなかったかとお尋ねしました」
「はい。それはアリシュナから預かった護符のおかげで退けられたのかもしれないという話に落ち着きましたよね」
「ええ。それとは別に、シムの護符でも退けられなかった災厄があったのではないかと、僕はそのように思い至りました。それがすなわち、シルエルの再来です」
安らいだ表情のまま、フェルメスは物騒な言葉を語り始めた。
「シルエルが刑場たる鉱山から脱走できたのは、『アムスホルンの寝返り』で坑道が崩れたためとなります。そうして生き埋めになったシルエルは、ゲルドの盗賊たちと力を合わせて脱出をはかり……その過程で、大きな禁忌を犯したのだという話でしたね?」
シルエルたちは生き延びるために、力尽きた仲間の身を食することになったのだ。
俺は悪寒をこらえながら、「はい」とうなずいた。
「それでゲルドの盗賊たちは、もはや四大神に顔向けできないという心境に至り、神を捨てる決断を下しました。あるいはそれも、最初から信仰心を持っていなかったシルエルの誘導であったのかもしれませんが……ともあれ、『アムスホルンの寝返り』によって四大神を捨てた一団が生まれいで、それがアスタを襲ったのです。四大神を捨てるというのは邪教徒に成り下がるも同然の行いですので、シルエルたちは二重の意味で大神アムスホルンの呪いを具現化していると言えるでしょう」
「……ええ。そうかもしれません」
「さらに呪いはそこで終わらず、シルエルからガーデルにまで継承されました。これはアスタの生命を脅かした『アムスホルンの息吹』や聖域の民との絆を脅かした『アムスホルンの落涙』にも劣らない試練でありましょう。やはり『アムスホルンの寝返り』もアスタに大きな災厄をもたらしたのだと、僕は確信するに至りました」
そこでフェルメスが言葉を切ると、アイ=ファは深々と溜息をついた。
「あなたと語らえればそれだけで満足だと申し述べたが、まさかそのように物騒な話題であったとはな。あなたはどうしても、それを我々に伝えたかったのであろうか?」
「申し訳ありません。僕は先日の密談で、自らの夢想を他者に語る悦楽を知ってしまったのです。このまま王都に帰ったならば、僕の夢想は誰に語るあてもないまま僕とともに滅んでしまいますので……どうにか、他者に伝えておきたかったのです」
フェルメスが甘えるような眼差しを見せると、アイ=ファは苦笑を浮かべた。
「つける薬がないとは、このことだな。しかし、あなたにはジェムドがいるではないか」
「ジェムドは僕の半身のようなものですので、それでは鏡に向かって語るも同然です。それにジェムドは何を聞かせても反応がないので、まったくもって語り甲斐がないのですよ」
ジェムドは穏やかな無表情のまま、一礼した。
そちらにちょっぴりすねているような眼差しを向けてから、フェルメスはあらためて語り始める。
「ともあれ、シルエルの襲来もガーデルの暴走も、アイ=ファたちの活躍によって食い止められました。大神アムスホルンがどのような呪いをかけようとも、おそるるに足りないということです。どうかこれからもアイ=ファたちの強き力で、アスタをお守りください」
「うむ。まあ、私もいずれ刀を置く身であるがな」
「その際は、私たちがお二人をお守りします」
ガズラン=ルティムが即座に答えると、アイ=ファはどこかくすぐったそうな顔をした。きっとアイ=ファにとって、他者に守られるというのはきわめて馴染みのない行いであるのだ。
「それでは次は、祝福ですね。アスタ、アイ=ファ、ご婚約おめでとうございます。婚儀の日には、王都に戻る道中で二人に祝福を捧げさせていただきます」
と、フェルメスがすぐさま言いつのった。
「実はその件に関しても、余人の耳のない場で告げておきたかったのです。アスタが星を授かったという話は、アリシュナから聞きました。どの段階でアスタが星を授かったのかはわかりませんが……何にせよ、それはアスタが正しい道を進んでいるという証でしょう。アスタはどうか迷うことなく婚儀を挙げて、幸せな家庭をお築きください」
「そうか。あなたはアスタが星を授かったという一件に関しても、余念なく祝福してくれるのだな」
アイ=ファがいくぶん真剣な眼差しになると、フェルメスはくすりと笑った。
「アスタが星を授かったならば、もはや『星無き民』と称することもできません。それで僕が落胆するのではないかと考えたのでしょうか?」
「うむ。まあ、あなたはそれだけ『星無き民』というものに執着していたからな」
「はい。だからこそ、僕は胸を震わせているのです。もしかしたら、これこそが『星無き民』にとっての正しい結末であるのかもしれませんからね」
そう言って、フェルメスはうっとりと目を細めた。
「実はこれは、あえて密談の場でも語らなかったのですが……『星無き民』には、末裔というものが存在しないのです。少なくとも、文献で確認できる限りは、『星無き民』が子を残したという記録は発見できませんでした。聖アレシュは屍神を討ち倒したのちに西の王都へと凱旋したはずですが、それ以降の記録はなく……悲嘆の言葉を残した聖ミカエルも、まったく消息が知れないのです」
「……六百年以上も昔の話では、それも致し方あるまい」
「ええ。ですが、聖人というのは王国の基盤を築いた偉人であったのです。その末裔が存在したならば、王宮で大切に守られたことでしょう。しかし、そうでなかったということは……どうしても婚儀を挙げたり子を残したりする心づもりにはなれないまま、孤独に魂を返したと見なすのが妥当なところでありましょう」
フェルメスの陶然たる眼差しが、俺のほうに向けられた。
「そこで検証するべきは、悪夢についてです。聖ミカエルは自らを模造品と称していましたが、聖アレシュは故郷や家族を求めて王都を出奔しました。その事実から鑑みるに、悪夢の内容には個人差があるのでしょう。聖ミカエルはアスタと同じだけの悪夢を目にしながら、それを乗り越えることがかなわず……聖アレシュに至っては、そこまで深く悪夢を見ることができなかったのかもしれません。アスタも悪夢の内容を深く知ったのは、この近年であるという話でしたね?」
「は、はい。夢の中でもうひとりの自分が現れたのは、フェルメスと出会ってからになりますね」
そしてその引き金になったのは、ナチャラの不可思議な術式だ。あれがなければ、俺も悪夢の内容を深く知ることはできなかった可能性があった。
「何にせよ、十六聖人は誰ひとりとして自分の境遇を受け入れられなかったのかもしれません。それで子を生すこともないまま、魂を返すことになってしまいましたが……アスタは自分の運命を受け入れた末に、この世界における星を授かったのです。僕はそこに、因果関係を感じずにはいられません。アスタは自らを模造品であると受け入れて、この世界で心置きなく生きていこうと決心したからこそ、この世界の住人たる星を授かることができたのではないでしょうか?」
「それは自分でも、答えようがありませんけれど……俺もフェルメスに、お伝えしたいことがあります。実はカイロス陛下の件が落着した後に、俺はまた夢を見ることになったんです」
その事実は、アイ=ファにしか伝えていない。よって、フェルメスばかりでなくガズラン=ルティムも身を乗り出すことになった。
「それは俺が元の世界で火事に見舞われたときの記憶だったんですが……細かい話は抜きにして、俺はひとつの確信を抱きました。俺は津留見明日太の模造品ではなく、二つに分かたれた魂の片割れなんだと思います」
「魂の……片割れ?」
「はい。あくまで感覚的な話ですが、俺は自分も津留見明日太本人なんだろうと確信しました。神々の力によって魂を真っ二つにされて、その片方に大陸アムスホルンで生きていくための肉体が与えられたんじゃないかと思います」
あらためて説明すると、どうしようもなく妄想めいた話である。俺にしてみても、このような話は信用できる相手にしか語ることはできなかった。
そして、そんな言葉を聞かされたフェルメスは――「ああ……」とまぶたを閉ざした。
「そうだったのですか……模造品ではなく、魂の片割れ……」
「はい。十六聖人もその事実を実感できれば、この世界で幸せに生きていこうと決断できたのかもしれませんね」
フェルメスは「いえ」とゆっくり首を横に振った。
「僕は、そうは思いません。アスタ自身、その夢のおかげで覚悟を固めたわけではないのでしょう?」
「ええまあ、その夢を見たのはすべての決着がついた後ですからね」
「ではやはり、アスタの覚悟とは関わりのない話です。アスタは自分が模造品であると思いながら、決断を下したのですから……その覚悟こそが、新たな星を生んだのだと見なすべきでしょう。逆に言うと、アスタは星を授かったからこそ、すべての真実を知ることができたのかもしれませんね」
「そうですか。それじゃあやっぱり、こんなに幸せな生活をもたらしてくれた、みんなのおかげですね」
そのように応じながら、俺は隣のアイ=ファに笑いかける。
俺の幸せな生活はたくさんの人々に支えられているが、その出発点はアイ=ファであるのだ。アイ=ファもまた、澄みわたった眼差しで微笑みを返してくれた。
「……やっぱりこれこそが、『星無き民』の正しき結末であるのでしょう。僕は、そのように信じます」
まぶたを閉ざしたまま、フェルメスはやわらかい声でそう言った。
「そして、新たな星が生まれたところで、アスタの力に変わりはありませんし……この世界の住人として確かな根をおろすことで、アスタの力はいっそう強靭に振るわれるかもしれません。だから僕は、アスタの存在を祝福します。新たな星を授かったことも、アイ=ファと婚儀を挙げることも……何もかもが正しい運命であるのだと、僕はそのように信じます」
「はい。俺は自分の気持ちに従って生きているだけですけれど、フェルメスにそう言ってもらえるのは嬉しいです」
「ええ。僕としては、『星無き民』の物語の第一節目までを読了したような心地です」
温かい声で彼らしい言葉を吐きながら、フェルメスはまぶたを開いた。
明るくきらめくヘーゼルアイが、真正面から俺を見つめる。そこには俺個人に対する情愛と『星無き民』に対する探究心が複雑に入り交じっているように思えてならなかった。
「そして物語の二節目では、どのような活躍が果たされるのか……それは、王都に届けられる報告書で拝見します。今後の外交官に任命される方々が確かな文才を持っているように祈ることにしましょう」
「あはは。いつかまたフェルメスが来訪した折には、足りない部分をご説明しますよ」
するとフェルメスは同じ眼差しのまま、「いえ」と言った。
「僕がジェノスに足を踏み入れる機会は、もうないでしょう。これが、今生のお別れです」
「なに? まさか、王の不興でも買ってしまったのであろうか?」
アイ=ファが鋭く問い質すと、フェルメスはもういっぺん「いえ」と言った。
「王陛下とは関わりなく、僕自身の問題です。実は僕は年々持病が悪化していて、この二年ほどで薬の量が倍になってしまったのです。きっと西の王都に戻ったあかつきには、医術師たちから長旅を禁じられてしまうことでしょう。その診断によっては、外交官という役職を失うかもしれませんね」
「そ、そうなんですか? そうしたら、フェルメスはどうなるのです?」
俺も大慌てで身を乗り出すと、フェルメスは悪戯な精霊のようにふわりと微笑んだ。
「席があれば、外務官の補佐役あたりに任命されるかもしれません。何にせよ、僕は立身出世など望んでいませんので、与えられた環境でのんべんだらりと過ごすだけです」
「そうですか……ここ最近はフェルメスもお元気そうな様子でしたので、そんなにお加減が悪くなっているとは気づきませんでした」
「ふふふ。持って生まれた持病なのですから、お気遣いは無用です」
すると――生ける彫像のように立ち尽くしていたジェムドが、深みのあるバリトンの声で「ですが」と発言した。
「フェルメス様のご病状が悪化したのは、このジェノスの地で無理をなさったからに他なりません。フェルメス様は騒乱が起きるたびに夜を徹して力を尽くしておられましたので、それがお身体に大きな負担をかけたのです」
俺が思わず息を呑む中、フェルメスは困ったように微笑みながらジェムドのほうを振り返った。
「ひさしぶりに口を開いたかと思ったら、いきなり何を言い出すのさ? そんな話をアスタたちに聞かせても、意味はないだろう?」
「ですが、フェルメス様はジェノスのために我が身を犠牲にして尽くしたのです。それを知られぬまま、今生の別れとなりますのは……どうしても、我慢がなりませんでした」
落ち着いた無表情はそのままに、ジェムドはゆったりと一礼した。
「ですが、従者には過ぎた行いでありましょう。鞭で打つなり首を刎ねるなり、フェルメス様のお気の済むようにお取り計らいください」
「僕にそんな真似ができるわけないだろう? 君は卑怯だね、ジェムド」
甘えているのかすねているのか、フェルメスはいつになく子供っぽい仕草で肩をすくめる。俺としては、胸を騒がせるばかりであった。
「それは半分がた、俺のせいですよね。フェルメスは以前も根を詰めて、熱を出していましたし……騒乱とは関係ないティアの一件でも、力を尽くしてくれました。本当に、申し訳ありません」
「僕が力を尽くすのは、僕自身の意志ですよ。その大部分は『星無き民』に対する探究心が原因であるのですから、アスタが気に病む必要はありません」
「それでも俺が原因であることに変わりはありませんし、きっとフェルメスは探究心と関わりのない部分でも俺を心配してくれたはずです」
フェルメスはひとつ溜息をついてから、にわかにあどけない微笑をこぼした。
「まあ確かに、僕自身もどこからどこまでが『星無き民』に対する探究心で、どこからどこまでがアスタ個人に対する思い入れであるのかも判然としません。でも、それが僕の意志であり僕の決断であるということに変わりはありませんので……謝罪の言葉は、無用です」
「……そうですね」と、俺は自分の左肩に手を置いた。
「俺も邪神教団にまつわる騒乱ではムントに肩を引っ掻かれましたが、チル=リムに謝ってほしいとは思いませんでした。だから、謝罪ではなく感謝の言葉をお伝えします。……俺のために力を尽くしていただき、本当にありがとうございます。フェルメスのご厚意は、魂を返す瞬間まで決して忘れません」
「……そんな熱烈な眼差しと言葉を向けられては、挨拶に困ってしまいますね」
そう言って、フェルメスはくすりと笑い声をこぼした。
「アスタは本当に、強くなりました。僕は西の王都でのんびりと余生を過ごしながら、アスタの活躍が耳に入る日を楽しみにしていますよ」
「はい。フェルメスがいなくなってしまうのは、心細い限りですが……どんな騒乱が起きようとも、力を尽くして退けます」
「僕の力など、微々たるものですよ。僕ひとりがいなくなったところで、ジェノスの安息は約束されています」
あどけない微笑をたたえたまま、フェルメスはこれまでと異なる眼差しを見せた。
とても遠くを見つめているような、透き通った眼差し――それは、俺が時おりジバ婆さんやカミュア=ヨシュに感じる眼差しとよく似通っていた。
「確かに僕は人と異なる知識を蓄えているのでしょうが、それはそれだけのことです。以前にも語りましたが、僕が知性や理性で察している物事を、森辺の方々は感性で察しています。そしてその力は僕の力を大きく凌駕しているのですから、何も心配はいりません。たとえどのような騒乱に見舞われようとも、森辺の民はその屈強な心身の力でもって退けることがかなうでしょう」
「うむ。あなたにそうまで言ってもらえるのは、心強い限りだな」
アイ=ファが穏やかな声で応じると、ガズラン=ルティムも「はい」とうなずいた。
「私もフェルメスの力を頼りにしていましたので、フェルメスが去ってしまうことに若干以上の不安を抱いていました。ですが、この地は我々の故郷であるのですから、我々の力で乗り越えるべきであるのでしょう。フェルメスから学んださまざまことを胸に抱きながら、あらゆる苦難を乗り越えるとお約束します」
「ええ。あなたたちであれば、大丈夫です」
フェルメスは同じ眼差しのままゆったりと微笑んで、椅子から身を起こした。
「あらためて、今日までありがとうございました。おそらく僕は森辺のみなさんと絆を結んだことで、ようやく人間らしい心を育むことができたのです。特に、アスタとガズラン=ルティム……そして、アスタの半身たるアイ=ファには、深く感謝しています。みなさんとは、これで今生の別れとなりますが……かつて僕のようにおかしな道化者が存在したことを覚えてもらえていたら、ありがたく思います」
「あなたの存在を見忘れる人間など、この地にひとりとしておるまいな」
「はい。そしてフェルメスの名は、今後も末永く語り継がれていくことでしょう」
アイ=ファとガズラン=ルティムも立ち上がり、フェルメスに微笑を返す。
それに後れて、俺も立ち上がった。
「俺も絶対に、フェルメスのことを忘れません。そして、王都の方々からフェルメスの近況を耳にする日を心待ちにしています。どうか王都でも、心安らかにお過ごしください」
そうして俺が精一杯の笑顔を送ると、フェルメスも「はい」と嬉しそうに笑ってくれた。
その隣では、ジェムドがフェルメスの横顔を見守っている。その眼差しにも、隠しようのない情愛の光がにじんでいた。
そうして俺たちは、祝宴の場に舞い戻り――さらに一刻ほどの時間をともに過ごしたのちに、今生の別れを果たしたのだった。




