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異世界料理道  作者: EDA
第九十八章 新星
1682/1696

運命の日③~珠玉の品々~

2025.10/18 更新分 1/1

「お次の品は、汁物料理でございます」


 前菜の皿が下げられると、今度は二種の深皿が運ばれてくる。

 そこで料理人の列から進み出たのは、リミ=ルウとティマロであった。


「汁物料理では、責任者を担ってくれたリミ=ルウに解説を担当してもらいます」


 俺がそのように説明すると、アローンがきらりと目を光らせた。


「森辺には、数多くの有望な料理人が育っているものと聞き及んでいる。その中で、どうしてこのように幼き人間に責任を担わせたのであろうか?」


「はい。それは自分が知る限り、リミ=ルウが森辺で指折りの手腕を持っているためとなります」


 アローンはうろんげに眉をひそめ、リミ=ルウは「てへへ」と頭をかく。そんな両名を鋭く見比べてから、ダッドレウスが声をあげた。


「たしかリミ=ルウという名も、試食会の入賞者の中に含まれていたように記憶している。それは菓子の部門であったかと思うが、料理に関してもそれだけの手腕を備え持っているわけであるな」


「はい。リミ=ルウとトゥール=ディンは菓子の手腕が際立っていますが、料理のほうも指折りの腕前です」


 ダッドレウスがうなずくと、アローンも非礼を詫びるように頭を下げたが――ただし、その相手は俺やリミ=ルウではなくダッドレウスであった。


(きっとアローンは護衛部隊の指揮官に過ぎないから、ジェノスにまつわる報告書なんてものにも目を通していないんだろう。そんな自分が差し出口をきいて申し訳ありません、ってところか)


 ダッドレウスもアローンも、貴族に対しては礼儀正しい口調であり、平民に対しては平常の口調になる。しかし、より身分を重んじているのはアローンのほうであるように感じられた。


(それが悪いってわけじゃないけど……アローンはちょっと神経質で、プライドも高そうな印象なんだよな。ジェノスに居残るのがダッドレウスのほうだったのは、誰にとっても幸いなのかもな)


 俺がそんな感慨を噛みしめている間に、配膳は完了した。

 そうしてクロッシュが開かれると、あちこちで感嘆のざわめきがあげられる。ただそれは料理に期待しているばかりでなく――おそらくは、二種の料理が同じ色合いをしていることに起因していた。


「あら。これは、どちらがどちらの料理なのかしら?」


「これは……左側が、ティマロの料理であるようですね」


 色合いの微細な違いを見て取って、俺がエウリフィアの疑問に答えた。

 二種の深皿に注がれた汁物料理は、どちらもまろやかな朱色をしている。ただし、左側のほうがわずかに黄色みが強く、いくぶん濁っているように感じられた。


「えーと、リミたちが作ったのは、甲冑マロール仕立ての豆乳くりーむしちゅー! です!」


「わたしが本日準備しましたのは、かねてより考案していた豆乳の汁物料理に甲冑マロールの出汁をあわせた品と相成ります」


 どちらも豆乳と甲冑マロールの出汁を主体にしていたため、色合いが似通っているわけである。しかしまた、それはどちらにとっても得意料理の延長上にあったので、致し方ないところであった。


「ふむ。見た目は似通っていても、味わいはまったく異なっているようだ」


 マルスタインは悠揚せまらず、そんな感想を述べたてた。

 クリームシチューはクルマエビのごとき甲冑マロールの殻の出汁を使っている上に、甲冑マロールの身やイカタコに似たヌニョンパやホタテガイに似た貝類も使用している。特筆するべきは、そこにギバの肩肉も織り込みつつ、確かな調和を完成させていることであった。


 いっぽうティマロの汁物料理は豆乳と甲冑マロールの出汁の他に、牡蠣に似たドエマの貝とマツタケに似たアラルの茸を主体にしている。もともとこちらはそれらの食材を主体にした料理に、甲冑マロールの出汁でアレンジを加えているのだ。さらにティマロらしい手腕でカマンベールチーズに似たギャマの乾酪もたっぷり使われて、濃厚な味わいに仕上げられていた。


「これはとても深い味わいですね。もしかしたら、隠し味にミソを使っているのですか?」


「さすがは、アスタ殿ですな。甲冑マロールの出汁は風味が強いため、確かな調和を目指すにはさらなる細工が必要であったのです。数々の調味料を試してみた結果、もっとも相性がいいのはミソでありました」


 カイロス三世が俺を召し抱えようとしているという一件をわきまえているのかどうか、ティマロはいつも通りの取りすました面持ちである。

 いっぽうリミ=ルウはちらちらと卓のほうを覗き込みながら、期待に瞳を輝かせていた。


「ティマロの料理も、おいしそー! ……ですね! やっぱりティマロも、アスタを見習ってマロールの殻を使ったの? ……ですか?」


「わたしは以前から、甲冑マロールを殻ごと煮込んで出汁を取る手法を考案しておりました。……まあ、殻だけを煮込むというのは、アスタ殿が最初に発案したということになるのでしょうな」


 ティマロは彼らしい婉曲な言い回しで、そのように答えた。


「甲冑マロールを殻ごと煮込む際には身が固くならないように火加減を考えなければなりませんが、殻のみであれば好きなだけ煮込むことがかないますため、より濃厚な出汁を取ることが可能になりました。やはりこれも、アスタ殿が故郷で見知った手法であったのでしょうか?」


「はい。俺の故郷ではマロールに似た食材が殻ごと使われていたように記憶していましたので、甲冑マロールの立派な殻をただ捨ててしまうのは惜しいなと考えたのが始まりとなりますね」


「マロールに似た食材を、殻ごと使用するのですか。それはずいぶんと豪気な作法でありますな」


「はい。それはもっと小さな生き物でしたので、殻も薄くて食べやすいという面があったのでしょう。もしかしたら甲冑マロールの殻も干した上で細かく挽いたりすれば、そのまま食材として扱えるかもしれませんね」


「それは……実現できれば、また甲冑マロールの使い道の幅が広がりそうな発案でありますな」


 取りすました面持ちで内心を隠しながら、ティマロは口もとだけで微笑んだ。彼も彼で非常に研究熱心であるため、すぐさまこのアイディアを実践してみたいと考えているのだろう。


 いっぽう卓についている面々は、俺たちの会話を肴にしながら黙々と食事をしていたが――その中で、ポルアースがちらりと目配せを送ってきた。


 あまり俺の故郷について取り沙汰しないほうがいいのではないかと、心配してくれているのだろう。ポルアースは武官メイズがカイロス三世であることを知らないはずであるが、ダッドレウスとアローンがどれだけ忠実な臣下であるかは痛いぐらいわきまえているのだ。


 しかしまた、カイロス三世は俺のあやしげな素性にも頓着せず、料理番として召し抱えようとしているのである。よって、俺としては遠慮する筋合いもなかったし――むしろ、その一点こそが俺の突破口であるのだった。


(だから、大丈夫です。どうかポルアースも、見守っていてください)


 そんな思いを込めて、俺はポルアースに笑いかける。

 するとポルアースは一瞬きょとんとしてから、自らも微笑んだ。何か、心から感じ入っているような眼差しである。


「お次は、フワノ料理でございます」


 汁物料理が一段落すると、また新たな皿が届けられる。

 フワノ料理の担当は、ユン=スドラとサトゥラス伯爵家の料理長であった。


「こちらはアスタが考案したぱすたという料理で、ギバの骨ガラの出汁を使用しています」


「こちらは粒のまま仕上げたシャスカを竜の玉子(フェルノ=マルテ)の調味液で味わっていただく料理となります」


 サトゥラス伯爵家の料理長の言葉に、貴族たちの何名かが折り目正しいさんざめきをあげた。


「ついに、竜の玉子(フェルノ=マルテ)を料理に活用することがかなったのね。これは、快挙であることでしょう」


 一同を代表する形で、エウリフィアがたおやかな声をあげる。

 すると、俺たちをはさんで反対側の卓に陣取るリーハイムが「ふふん」と鼻を鳴らした。


「まあ、そちらのマルフィラ=ナハムなどはほんの数日で見事な料理を準備したのですから、後手を踏んだことに間違いはありません。それでも、みなさんを失望させるような出来栄えでないことは保証いたしますよ」


 やはり新任の外交官が同席しているということで、リーハイムも礼儀正しい口調だ。

 それはともかくとして、サトゥラス伯爵家の料理長がついに竜の玉子(フェルノ=マルテ)を食材として活用したのだ。森辺のかまど番たちは、おおよそ驚きに目を見張っていたが――城下町陣営の料理人たちはそれぞれつつましい無表情を保っており、ただひとりプラティカだけが鋭く目を光らせていた。


 竜の玉子(フェルノ=マルテ)は東の王都からもたらされた食材であり、実に不可思議な果実である。果実でありながら肉のような風味を持っている上に、まるでヴァルカスの料理のように複雑な味わいをしているのだ。そして、あまりに味が完成されているため、東の王都においてもそのまま食するのがもっとも正しいと見なされていたのだった。


 なおかつ、竜の玉子(フェルノ=マルテ)は竜神の王国から買いつけられた希少な食材であるため、非常に高値である。よって、やみくもに研究材料として扱うことが難しいのだ。マルフィラ=ナハムなどは、森辺のかまど番に試供品として配られたものをすべて譲り受けた格好で、ようよう研究を進めることがかなったのだった。


(まあ、このお人はサトゥラス伯爵家の財力でもって研究できたのかもしれないけど……何にしたって、取り扱いが難しい料理であることに違いはないからな)


 俺は大いなる興味をもって、その品と向かい合った。

 白米のように仕上げられたシャスカの上に、細かく刻まれた具材と赤味の強いソースが掛けられている。外見としては、見知らぬエスニック料理のようだ。シャスカは白いままであったが、おそらくは油分で照り輝いていた。


 俺はシャスカと具材とソースを均等にすくいあげて、口に運ぶ。

 すると、きわめて鮮烈な味わいが口の中に弾け散った。甘くて辛くて苦くて酸っぱい、竜の玉子(フェルノ=マルテ)の味わいである。


 ただそこに、竜の玉子(フェルノ=マルテ)と異なる風味も入り交じっている。

 真っ先に感じ取ったのは、魚介の出汁だ。もともと肉のごとき風味を持つ竜の玉子(フェルノ=マルテ)に、海草やホタデガイモドキといった魚介の出汁があわされていた。


 そしてさらには、ゴマ油のごときホボイ油や、独特の甘さと香ばしさを持つジュエの花油の風味も感じたが、どうやらそちらの出どころはシャスカである。おそらくこちらのシャスカは炊きあげたあとに、二種の油で炒めているのだ。


 そして細かく刻まれた具材は、おもに食感に彩りを添えている。生鮮のウドに似たニレ、レンコンのようなネルッサ、ピーナッツのようなラマンパという取り合わせである。ニレやネルッサは口にするまで正体がわからないほど細かく刻まれていたが、シャキシャキと歯ごたえの残る仕上がりであったため、実に心地好い食感であった。


「これは、素晴らしい出来栄えですね。竜の玉子(フェルノ=マルテ)に足りない風味や食感が、とても繊細な手際で加えられているように感じられます」


 俺がそのように伝えると、サトゥラス伯爵家の料理長は優雅な仕草で「ありがとうございます」と一礼した。彼自身が貴族であるかのように風格がある、恰幅のいい壮年の男性である。


「アスタ殿の仰る通り、わたくしは竜の玉子(フェルノ=マルテ)に足りない要素を探すという形で研究を進めました。竜の玉子(フェルノ=マルテ)はそのままで完成された料理のごとき味わいでありますため、それはきわめて困難な道のりでありましたが……このたび、ようやく実を結んだ次第です」


「はい。それに、具材の選び方も秀逸であるかと思います。粒状のシャスカに調味液を掛けるだけでは味気ないのでしょうが、その反面、味そのものは複雑な形で完成していますからね。その調和を乱さないような淡白な味わいで、なおかつ好ましい食感を持つ食材を選んだわけですか」


「それもまた、アスタ殿の仰る通りです。具材の選別には、長きの時間をかけることになりました。つけ加えて言うならば、シャスカを粒のまま仕上げたのも、その独特の食感を求めてのこととなります」


 そうしてこちらの会話がひと区切りすると、ポルアースが「うん!」と元気な声をあげた。


「これは確かに、素晴らしい仕上がりだよ! マルフィラ=ナハム殿とはまったく異なる手腕でもって、竜の玉子(フェルノ=マルテ)を見事に使いこなしているね!」


「わたくしも、同感だわ。リーハイムも、さぞかし誇らしいことでしょう」


 そんな風に言ってから、エウリフィアは俺の向かいの面々に微笑みかけた。


「でも、王都の方々のお口には合わなかったかしら?」


「いえ。大変美味だとは思います。ただ……我々は竜の玉子(フェルノ=マルテ)なる食材を口にするのも初めてでありますため、皆様方の驚きに共感することが難しいようですな」


 ダッドレウスが厳格なる面持ちで答えると、反対側の卓からフェルメスも微笑みかけた。


竜の玉子(フェルノ=マルテ)というのは、実に不可思議な味わいをした果実であるのです。僕のような門外漢が注釈を加えるのは恐縮の限りですが、こちらの赤い調味液は竜の玉子(フェルノ=マルテ)と魚介の出汁だけで仕上げられているのでしょう」


「ふむ? ですがこちらの料理には、肉の風味や辛みや苦みなども含まれているようですな」


「それらもすべて、竜の玉子(フェルノ=マルテ)の味わいであるのです。それだけ複雑な味わいをしているがゆえに、新たな味をつけ加えるのがきわめて困難であるということですね」


 そう言って、フェルメスはサトゥラス伯爵家の料理長にも微笑みを投げかけた。


「かくいう僕は獣肉を食せない偏食家であるものですから、竜の玉子(フェルノ=マルテ)にはいたく好奇心を刺激されます。きっと他なる方々は、肉料理でこういった満足感を味わっているのでしょうね」


「はい。フェルメス殿は竜の玉子(フェルノ=マルテ)もお苦手なのではないかと憂慮しておりました。そうでなかったのなら、幸いの限りでございます」


「ええ。僕は獣肉の出汁すら受けつけないのですが、竜の玉子(フェルノ=マルテ)は問題なく口にできるのです。きっと獣肉の味そのものではなく、獣肉に含まれる何らかの成分が身体に合わないのでしょうね」


 さらにフェルメスは、無言のアローンに向きなおった。


「アローン殿も、ダッドレウス殿と同じご意見でしょうか?」


「……そうですね。なおかつ自分は不調法なもので、ジェノスで流行する複雑な味わいというものが舌に馴染まないようです」


 しかつめらしい面持ちで応じつつ、アローンはもう一枚の皿を指し示した。


「よって、こちらのフワノ料理に関しては、アスタの料理のほうが口に合うようです。それにこちらも、十分に目新しい味わいなのではないでしょうか?」


「そちらはギバの出汁が使われているそうなので、僕は口にできません。ポルアース殿、如何でしょうか?」


「ええ! こちらはこちらで、素晴らしい味わいでありますよ! 森辺の料理ならではの力強い味わいでありますし、なんというか……これまでのギバ料理の集大成という趣も感じられますね!」


 ポルアースの元気いっぱいの返答に、責任者であるユン=スドラが力強い笑顔で一礼した。


「そちらはギバの骨ガラの出汁に、タラパそーすをあわせた料理となります。そのタラパそーすはアスタがかねてより研鑽していた品ですので、そういう意味では古くからの技術をあわせた品と呼べるかもしれません」


「はい。何せ自分は、森辺でお世話になってからひと月足らずでタラパの研究に取り組みましたからね」


「ふむふむ! そういえば、現在も屋台ではタラパの料理を扱っているよね!」


「はい。ルウ家の屋台で出している、『ギバ・バーガー』ですね。あれは、自分が屋台で最初に扱った品であるのですよ」


 たしか俺はガズラン=ルティムとアマ・ミン=ルティムの婚儀の祝宴を取り仕切る際に、初めてタラパを手にしたのだ。そこで大きな手応えをつかんだため、屋台の商品に流用したのだった。


(何せ俺は、《つるみ屋》でもトマト煮込みのハンバーグを受け持ってたからな)


 そちらの知識を活かす形で、俺はタラパをスープやソースに仕立てあげた。今回は、そこにギバ骨の出汁があわされているわけであった。


 ギバ骨の出汁は、いつかラーメンを手掛けたいという思いで着手した品である。きっとそちらも、二年ぐらいは昔の話であるのだろう。そして現在は圧力鍋の恩恵でもって、こういう準備時間の短い場でも扱うことがかなうようになったのだった。


 練りに練りぬいたタラパソースにギバ骨の出汁を合わせるだけで、力強い味わいには申し分もない。さらに今回はヴィレモラのヒレを使って、目新しいアレンジが施されていた。フカヒレに似たヴィレモラのヒレをともに煮込むことによって、とろとろに仕上げたのだ。それがパスタの麺にからみ、いっそうの濃厚な味わいを実現しているのだった。


 また、具材にはギバのベーコンとカニに似たゼグを使用している。

 ギバ肉とゼグの調和に関しては汁物料理で研鑽を積んでいたので、そちらの応用だ。あとはアスパラガスに似たドミュグドやズッキーニに似たチャン、マッシュルームモドキやキクラゲモドキなどを具材に使い、最後のとどめとばかりにトリュフに似たアンテラのパウダーも掛けられていた。


 力強さと豪奢さは、サトゥラス伯爵家の料理長の品にも負けていないだろう。ただ複雑な味わいという一点だけはかなわないが、森辺の民はそこを重んじていないし、ジェノスの生まれならぬアローンもそれは同様であるようであった。


 そしてやっぱり、カイロス三世や『鷹の眼』の両名はノーリアクションである。

 まあ、カイロス三世にとってはこの晩餐会そのものが余興であるのだろう。美食にいっさい興味がないというのは、いささか残念なところであった。


「お次は、野菜料理でございます」


 と、小姓たちが新たな皿を配膳する。

 そこで進み出たのは、プラティカとマルフィラ=ナハムであった。


「こちら、森辺にて、習い覚え、独自、再構築した、ギョーザです」


「こ、こちらは、その……フォ、竜の玉子(フェルノ=マルテ)の料理となります」


 マルフィラ=ナハムのおどおどとした声に、エウリフィアは「まあ」と口もとをほころばせる。


「だから、マルフィラ=ナハムがこちらの料理の責任者であったのね。これは、以前と同じ品なのかしら?」


「あ、いえ、ええと……い、以前の料理に、ほんの少しだけ手を加えたと申しますか……か、かといって、そこまで大きく味が変わったわけではないのですが……で、でも、まったく同じ料理ではありませんし……」


 と、マルフィラ=ナハムはしどろもどろである。ただでさえこういう場を苦手にしている上に、サトゥラス伯爵家の料理長の目を気にしているのだろう。マルフィラ=ナハムは俺以上に、他者とぶつかることを厭う人柄であるのだった。


「以前にマルフィラ=ナハムが供した料理に、東の王都から入手した食材を付け加えた品となりますね。具体的には、ヴィレモラの卵とレミュの香草とペネペネの酒を加えています」


「まあ。あの完成された料理に、三種もの食材を加えたというの? それでどのような仕上がりになるのか、楽しみなところだわ」


 そんな言葉を交わしている間に、配膳が完了する。

 そうしてクロッシュが開かれると、驚嘆のざわめきがあげられた。こちらの皿には、汁物料理と蒸し野菜が準備されていたのである。


「ああ、もともとこちらは汁物料理だったものね。それで、この野菜をひたして食するということなのかしら?」


「は、は、はい。そ、それらの野菜はもともと汁物料理の具材としても使われていましたので、味がぶつかることはないかと思います」


 蒸し野菜は、ビーツのごときドルー、ニンジンのごときネェノン、タケノコのごときチャムチャム、カブのごときドーラ、アスパラガスのごときドミュグド、ゴーヤのごときカザックというラインナップである。タマネギのごときアリアのみ、蒸し野菜には相応しくないということで除外されていた。


 ただしアリアを含めて、すべての野菜はスープのほうでも使用されている。そもそもそちらの野菜類も、この味を完成させるための重要な存在であるのだ。ただし今回はとろとろに溶け崩れるまで圧縮鍋で煮込まれており、それがシチューのごときとろみを生みだしていた。


「ほう、これは……」と、今回はダッドレウスが真っ先に声をあげた。


「……これは、さきほどの料理とまったく趣が異なっている。あの不可思議な味わいも確かに感じるが……それ以外にも、多彩な食材が織り込まれているわけであるな?」


「は、は、はい。そ、そちらの料理には、塩とマトラとエランとギギとラマンパ油とマロマロのチット漬けとホボイ油と赤ママリア酢とギバの骨の出汁と名前を知らない黄色い香草を使っています。い、以前はピコの葉とギラ=イラも使っていましたが、それはレミュの香草に置き換えて、後から煮込んだペネペネの酒とヴィレモラの卵を加えました」


「……そのようにまくしたてられても、判別がつかないのだが」


「も、も、申し訳ありません! ええと、塩と、マトラと、エランと、ギギと――」


「復唱は不要である。そもそも、おおよそは我々にとって馴染みの薄い食材なのであろうからな」


「きょ、きょ、恐縮です。い、至らない人間で、申し訳ありません」


 マルフィラ=ナハムがぺこぺこと頭を下げると、ダッドレウスは珍しくも溜息をついた。


「わたしは無用に威圧しているつもりもないのだが、何故に其方はそうまでへりくだっているのであろうか?」


「ははは。マルフィラ=ナハム殿は、誰に対してもこのように奥ゆかしい態度であるのですよ。それでも以前に比べれば、ずいぶん堂に入ったものであります」


 ポルアースの気安い返答に、ダッドレウスは眉間の皺を深くした。


「では、以前はこれよりもへりくだっていたということでしょうかな?」


「はい。料理の解説をした後は、支えがなければ真っ直ぐ座っていることもできないほど気を張っておられましたね」


 それはたしか、アルヴァッハたちに料理を供した際のエピソードだ。そんなマルフィラ=ナハムの背中を支えていたのは、誰あろうアイ=ファであった。


「しかしこれは、素晴らしい出来栄えです。複雑な味わいよりも力強さが際立っており、好ましい限りです」


 そんな風に言ってから、アローンはリーハイムのほうに一礼した。


「失礼。小官は不調法な武人でありますため、こういった際に選ぶ言葉を知りません。決してそちらの料理長を誹謗しているわけではありませんので、どうぞご容赦を」


「ええ、どうぞお気になさらず。もとよりこちらの料理長もマルフィラ=ナハムの手腕をわきまえた上で、今日の料理を供したのですからね。マルフィラ=ナハムと比較されることも厭わない勇敢さを、わたしは誇らしく思っています」


 リーハイムは余裕たっぷりのたたずまいであり、サトゥラス伯爵家の料理長も穏やかな面持ちである。きっとサトゥラス伯爵家ではしょっちゅうレイナ=ルウを招いているため、森辺の料理と比較されることに耐性ができているのだろうと察せられた。


(ティマロもそこを吹っ切ったことで、ぐんと腕が上がったような印象だからな。やっぱりそれぐらいの気概がないと、城下町で大成することはできないんだろう)


 試食会の時代には、サトゥラス伯爵家の料理長もヴァルカスの引き立て役に甘んじていたような印象であったのだ。それがここ最近では、レイナ=ルウと刺激を与え合うような存在に成り上がっている。その手腕を見込んで、俺も本日の晩餐会に指名させていただいたのだった。


「そして、こちらの料理は……野菜料理とは思えないような味わいであるな」


 と、ダッドレウスがプラティカへと視線を送る。

 プラティカは紫色の瞳に闘志をたたえながら、「はい」と首肯した。


「こちら、ギョーザなる料理、長き、わたり、研鑽、重ねています。お口、合えば、幸いです」


「うむ。重ねて言うが、野菜料理とは思えぬ出来栄えである。こちらは肉を主体にしているわけではないのであろうか?」


「はい。具材、ティンファ、チャムチャム、ユラル・パ、ペペ、アラルです。ただし、キミュス、骨の出汁、および、皮の油、使用しています」


「ふむ……それだけで、このように肉のごとき味わいが生まれるわけであるか」


「はい。ユラル・パ、除く食材、あえて、乾物、使っています。目的、旨み、凝縮ですが、歯ごたえ、増したため、肉の食感、近づきました。そこに、キミュスの味わい、絡むことで、いっそう、肉、似たのでしょう」


 ゲルドでもさまざまな食材が買いつけられることになったが、おおよそは保存のために乾物に仕上げられる。それでプラティカも故郷に戻った後のことを見据えて、乾物の取り扱いを研究し始めたのだ。


 それで、かねてより研究を進めていたギョーザが、また新たな発展を見せることになった。肉ギョーザのごとき味わいと食感も好ましい限りであるが、魚醤や貝醬やマロマロのチット漬けを使った味付けも秀逸で、さらには大葉に似たミャンと梅干しに似た干しキキで清涼さも加えられている。肉類をいっさい使用していないのに、主菜でも務まりそうな力強い味わいであった。


「それで……これなる料理は、森辺で習い覚えたと申しておったな」


「はい。ギョーザ、発案、アスタです。私、感銘、受けて、独自、ギョーザ、開発、取り組みました」


「なるほど。まあ、其方はアスタの手ほどきを求めて、長きにわたってジェノスに滞在しているという話であったからな」


 そのように語りながら、ダッドレウスは俺に鋭い眼光を向けてきた。

 ここまでくれば、俺が城下町の面々に助力を願った理由も察せられたことだろう。俺は森辺の料理が城下町の料理人にも強い影響を与えているという事実を知らしめたいと考えていたのだった。


 だけどそれは、話の入り口に過ぎない。

 そこから話を広げるのは、すべての料理を食したのちのことだ。そんな風に考えながら、俺はダッドレウスに一礼しておくことにした。

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