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異世界料理道  作者: EDA
第九十八章 新星
1671/1695

銀の獅子③~密談の場~

2025.9/24 更新分 1/1

「それでは別室に、移動を願います」


 そのように告げるなり、ダッドレウスは身を起こした。

 そして、ごく何気ない口調で驚くべき言葉を告げてくる。


「なお、別室にはマルスタイン殿とフェルメス殿とアスタのみ、入室を願いたい」


「なに?」と、アイ=ファが腰を浮かせかける。

 それを手で制してから、マルスタインがゆったりと声をあげた。


「お待ちください、ダッドレウス殿。それは、如何なるお申し出でしょうか?」


「わたしは恐れ多くも王陛下になりかわり、アスタを説得しなければならないのです。その際には、王陛下の私的なお心にも触れざるを得ませんので、耳にする人間は最小に留めたいと願った次第です」


「王陛下の、私的なお心? ダッドレウス殿は、それをご存じなのでしょうか?」


「あるていどは」というのが、ダッドレウスの返答であった。


「……発言を許してもらいたい。私はファの家長として、アスタに同行させてもらえまいか?」


 アイ=ファが激情を押し殺した声で問い質すと、ダッドレウスは厳格なる面持ちのまま「何故?」とだけ答えた。


「ファの家において、秘密を持つことは禁じている。よって、アスタが見聞きしたことは、のちのち私にも伝えられるのだ。それならば、席を外す必要もないように思う」


「なるほど。しかしそれは、そちらの都合であるな。わたしが聞き届ける理由はない」


「しかし――」


「わたしは、このたびの話を耳にする人間を最小に留めたいと言い置いた。アスタがその申し出を無下にするというのなら、それはアスタの責任である。アスタが自らの責任においてわたしの信頼を踏みにじるのは自由であるが、わたしに王陛下の信頼を踏みにじることは許されないのだ」


 アイ=ファの気迫に怯んだ様子もなく、ダッドレウスは厳格そのものの面持ちでそう言った。


「そもそも其方は、何故にそうまでいきりたっているのであろうか? よもや、我々が本当に悪しきたくらみを抱いているとでも?」


「それは――」


「森辺の民は、相手の真情を察するすべに長けているものと聞き及んでいる。わたしは王陛下のご期待に応え、アスタに安寧なる行く末をもたらしたいと願っているのみであるが、その真情を疑うのであろうか?」


 アイ=ファはぎりっと奥歯を噛み鳴らしてから、言った。


「あなたの真情を疑っているわけではない。しかし……」


「しかし?」


「……あなたはおそらく、何かを隠している。よって私も、警戒を解くことができないのだ」


 ダッドレウスは眉間の皺をいっそう深めながら、アイ=ファの姿をまじまじと見やった。


「それが……森辺の狩人の眼力というものであろうか? しかし、証もなく貴族を誹謗するような真似は控えるべきであろうな」


「真実を口にしても、誹謗と見なされるのであろうか?」


 アイ=ファがそのように言いつのると、ドンダ=ルウが初めて「やめておけ」と発言した。


「貴様がどれだけいきりたとうとも、望む結果を得ることはできまい。……しかし俺も、アスタを単身で向かわせることには賛同できん」


「ほう。では、わたしの申し出を拒絶する、と?」


 ダッドレウスの鋭い眼差しを真っ向から受け止めながら、ドンダ=ルウは「いや」と応じた。


「森辺の民は、新たな外交官とも正しき絆を紡ぎたいと願っている。ただ気に食わないという理由だけで、申し出を拒むべきではないだろう。よって、君主筋たるマルスタインに進むべき道を示してもらいたく思う」


「ふむ。わたしに判断をゆだねてくれるというのだね」


「うむ。手数をかけるが、領民たる森辺の民に然るべき命令を下してもらいたく思う」


 ドンダ=ルウは決して昂っていなかったが、その青い双眸には重い迫力が満ちみちている。

 マルスタインは明るい眼差しでそれを見返しながら、「そうか」と微笑んだ。


「それでは、命じよう。アスタを単身で出向かせても危険なことはないので、どうかわたしとともに別室まで参じてもらいたい」


「……承知した。ファの家長アイ=ファも、そのように心得よ」


 アイ=ファは無念の形相で、俺のほうに向きなおってくる。

 俺は――まったく心が定まらないまま、力なく笑顔を返すしかなかった。


「では、マルスタイン殿とフェルメス殿はこちらに。そちらの出口にも案内の武官を向かわせるので、アスタはしばし待っていてもらいたい」


 ダッドレウスは何事もなかったようにきびすを返して、貴族専用の出口へと向かっていく。そして、その途上でまた口を開いた。


「……もう一点、あらかじめ告げておこう。実は別室にティカトラス殿をお待たせしているので、そちらにも同席していただく」


「ティカトラス? どうしてティカトラスを同席させるのでしょう?」


 ガズラン=ルティムが落ち着いた声音で反問すると、ダッドレウスは横目の眼差しを返しながら答えた。


「ティカトラス殿は恐れ多くも王陛下と昵懇の間柄であられるため、何も隠す必要はないということである。また、ティカトラス殿は森辺の民とも確かな絆を紡いでおられるようであるので、この際には双方を取り持つ架け橋になってくださろう」


「なるほど。つまりあなたは最初から、こういった事態に至ることを想定していたというわけですね」


「そんな想定は、覆してほしかったものだ。アスタが王陛下のお申し出を了承していれば、このような手間をかける必要もなかったのであるからな」


 そんな言葉を残して、ダッドレウスは退室していった。

 千獅子長のアローンと三名の武官、そしてマルスタインとフェルメスもそれに続く。そうして扉が閉められると、ずっと沈黙を守っていたポルアースが大慌てで声をあげた。


「いやぁ、一時はどうなることかと思ったよ。まさか、王陛下がアスタ殿を王宮にお迎えしようだなんて……これは、困ったことになってしまったねぇ」


「まったくだね。もとは間諜だなどと疑っていた相手を王宮の料理番として召し抱えようだなんて、想像できるわけもない」


 と、ルイドロスも悩ましげな面持ちで溜息をつく。ポルアースの父たるパウドは何十匹もの苦虫を噛み潰したような渋面で、くたびれたパグ犬のような風体をしたトルストは顔面蒼白だ。

 そしてリフレイアが、卓の上から身を乗り出してきた。


「アスタ、どうか気を強く持ってちょうだい。王陛下の真意はわからないけれど……もしかしたら、これでアスタの忠誠心をはかろうという魂胆なのかもしれないわ。わたしだって、絶対にアスタにはジェノスに留まってほしいけれど……くれぐれも、短慮を起こさないようにね」


「うむ。カイロス王陛下は若くしてセルヴァを治める、希代の傑物であるからな。言葉ひとつに、どれほどの真意が込められているかも察することは難しい」


 と、メルフリードも灰色の瞳を氷の刃先のようにきらめかせながら、そう言った。そういえば、彼やマルスタインは王都まで出向いて王と対面した経験があるのだ。


「ひとつ、忠告させてもらおう。この後に向かう別室において、決して確たる返事はしないことだ。すべての申し出は森辺に持ち帰り、同胞とともに進むべき道を決すると答えるべきであろう」


「うんうん。もちろん僕たちも頭をひねって、最善の道を模索するからね。何とかこの場を切り抜けて、穏便に話を済ませよう」


 ポルアースも熱情をあらわにして、そう言ってくれた。

 誰もがそれだけの思いで、俺の身を案じてくれているのだ。俺は深呼吸をして暴れる心臓をなだめながら、「はい」と答えた。


 今日の俺は背骨を引っこ抜かれてしまったような体たらくであるが、ただ一点、この地を離れたくないという思いだけは揺らいでいない。しかし、感情まかせに振る舞っても、決して事態は好転しないだろう。ダッドレウスとその背後に控える王の心象を悪くしないように努めながら、なんとかジェノスに居残る道をつかみ取るしかなかった。


(それにしても、東の王子の次は西の王か……本当に、できの悪い物語みたいに、どんどん規模が大きくなっていくなぁ)


 俺がそんな想念に沈みかけると、アイ=ファが「おい」と詰め寄ってきた。


「お前はまた、この世でないどこかを見ているような目つきになっていたぞ。そのような有り様で、この試練を乗り越えられるのか?」


 アイ=ファの青い瞳には、煩悶の思いが渦巻いていた。

 俺の情けない姿が、アイ=ファに普段以上の心労を抱かせてしまっているのだ。俺は自分のぶざまさに恥じ入りながら、「ごめん」と答えた。


「ごめんではない。気を確かに持つのだ。さすればお前は、どのような苦難でも乗り越えられるだけの力を持っているのだからな」


 アイ=ファの力強い声が、俺の心にしみいってくる。

 だが――心の真ん中には大きな空洞が口をあけて、黒い疑念がわだかまっているのだ。その奥底には、アイ=ファの情愛さえ届かないのだった。


「失礼いたします。外交官ダッドレウス殿のご命令により、森辺の民アスタ殿のご案内に参上いたしました」


 やがて、王都のお仕着せを纏った武官がやってきた。

 きわめて慇懃な態度であり、その顔は厳しく引き締まっている。そちらの武官に向かって、ドンダ=ルウが重々しく問いかけた。


「俺たちも、部屋の前まで同行することを許されようか?」


「ただいまのご質問に関して、小官はお答えする権限を持ち合わせておりません。よって、ジェノスの立場ある御方にご判断をあおいでいただきたく存じます」


 すると、メルフリードが冷徹なる声をあげた。


「では、わたしと森辺の面々がそちらまで同行させていただこう。他なるお歴々には、こちらで待機を願いたい」


 ということで、森辺の六名とメルフリードだけが部屋を出ることになった。

 王都の武官の案内で、石造りの通路を前進する。そして突き当たりに階段が現れると、それを使って最上階の三階まで導かれた。


 こちらの会議堂は飾り気の少ない質実な風情であるため、どこまで進んでも周囲の様相に代わり映えはない。

 そうして三階の回廊を突き進むと、その中ほどに位置する扉の前に数名の武官とジェムドが立ち並んでいる。フェルメスの従者たるジェムドも、やはり入室を許されなかったのだ。


 俺たちの接近に気づいたジェムドは、いつも通りの穏やかな無表情で一礼する。

 そして――俺たちとは反対の方向から、けばけばしい色彩の塊が接近してきた。


「おお、アイ=ファ! 昨日は宿場町で巡りあえるのじゃないかと期待していたので、とても残念だったよ! ヤミル=レイの花嫁姿は、夢のごとき美しさであったね!」


「ティカトラス……あなたはこのような際でも、相変わらずなのだな」


 アイ=ファが押し殺した声で応じると、ティカトラスはうっとりと目を細めた。


「今日のアイ=ファは、これまでで屈指の迫力だね! まあ、アスタにあんな話が持ちかけられたら、それも当然のことだろうけどさ!」


「ティカトラスも、すでにその一件を聞き及んでいたのですね」


 ガズラン=ルティムがアイ=ファをフォローするように穏やかな声音で問いかけると、ティカトラスは無邪気そのものの面持ちで「うん!」とうなずいた。


「アスタが王陛下の申し出を了承しないようだったら、密談の場に同席を願いたいと言い渡されていたのだよ! だけどべつだん、アスタの説得に助力をするようにという話ではなかったからね! わたしだって、そんな気はさらさらないからさ!」


「では、どうしてティカトラスまで同席を願われたのでしょう?」


「さあ? ダッドレウス殿もアローン殿も、わたしのことは煙たがってるはずなんだけどねぇ。わたしがいれば、アスタの心が安らぐとでも考えたのかな?」


 すると、ヴィケッツォがアンズ型の黒い目を爛々と輝かせながら進み出た。


「横から失礼いたします。森辺の方々は、同席を許されたのでしょうか?」


「いえ。アスタ以外の入室は禁じられました。そちらも、同様なのでしょうか?」


「はい。わたしたちを締め出す理由がわからないので、きわめて不快です」


 そのように語るヴィケッツォは、アイ=ファに匹敵するぐらいの憤懣をあらわにしていた。彼女もまた、それぐらいの深い思いで父たるティカトラスの身を案じているのだ。いっぽう生ける骸骨のごとき風貌をしたデギオンは、完全無欠の無表情であった。


「あっはっは! 天地がひっくり返ろうとも、荒事に発展する可能性はないだろうさ! ヴィケッツォもアイ=ファも、心安らかにわたしたちの帰りを待っているがいいよ!」


 そう言って、ティカトラスは扉の前に立ち並んだ武官たちのほうに向きなおった。

 そちらには、ジェノスの武官と王都の武官が混在している。前者は緊迫の表情、後者は厳粛なる表情だ。それらの姿を見回しながら、ティカトラスはにっこりと笑った。


「ではでは、入室させてもらえるかな?」


「はい。ティカトラス殿とアスタ殿のみ、お通りください」


 武官のひとりが扉に手をかけると、アイ=ファが素早く耳打ちしてきた。


「私たちの言葉を、忘れるのではないぞ。何があろうとも無事にやりすごして、答えはのちに引き延ばすのだ」


「……うん、わかった」


 俺は総身の力を振り絞って、アイ=ファに笑顔を返した。

 そして、ドンダ=ルウやガズラン=ルティムたちにもうなずきかけてから、ティカトラスに続いて扉をくぐる。アイ=ファたちと引き離されるのは、心細い限りであったが――そんな感覚すら、今の俺にはいくぶん虚ろであった。


「ダーム公爵家のティカトラス、および森辺の民アスタ、参上つかまつりましたぞ!」


 室内にたちこめていた厳粛な空気をものともせず、ティカトラスは元気な声を張り上げた。

 先刻の部屋よりは小ぶりであったが、それでも十二帖ぐらいはあるだろう。今回は人数が少ないため、十分に広々と感じられた。


 こちらにも大きな卓が設置されており、その向こう側にダッドレウスとアローンが座している。三名の仮面の武官たちも、当然のように立ち並んでいた。

 そして、手前の席に座しているのは、マルスタインとフェルメスのみだ。俺とティカトラスを含めて、総勢は九名――もちろん、従者の類いはひとりとして控えていなかった。


「ご足労をかけましたな、ティカトラス殿」


 厳格な顔をしたダッドレウスが身を起こしながら、武官のひとりに目配せをする。すると、武官はしなやかな足取りで部屋を横断して俺たちの背後に回り込み、扉に立派な掛け金をおろした。


 そして、ダッドレウスに続いてアローンも起立したため、マルスタインとフェルメスもそれに続く。やはりこの中でも、貴族としてもっとも格式が高いのはティカトラスであるのだろうか。ティカトラスは長羽織のような装束の裾をひらめかせながら、軽妙な足取りで卓のほうまで進み出た。


「どうも、お待たせしたね! ヴィケッツォたちが同席できないことに不満をこぼしていたので、それをなだめるのに時間がかかってしまったのだよ!」


 そんな声を張り上げてから、ティカトラスは「あれれ?」と小首を傾げる。

 すると、ダッドレウスが厳しい眼差しでその顔を見据えた。


「ティカトラス殿。しばし発言を控えていただきたく思いますぞ」


「うん……」と応じながら、ティカトラスはしきりに首をひねっている。

 その間に、掛け金をおろした武官も仲間たちのもとに舞い戻った。


「では、面談に先立って、いくつかの前置きをさせていただきましょう。こちらの部屋はひときわ内密な話をするために設計されたそうで、防音の具合も申し分ありません。また、覗き穴や伝声管の類いが存在しないことも、入念に確認させていただきました。よって、これより開始される会談の内容を知るのは、この場の九名のみということになります」


 ダッドレウスはひときわ厳格な声音で、そのように言いたてた。


「さきほどファの家長アイ=ファは、家人の間の秘密を禁ずるなどと申し述べておりましたが……こちらはあくまで、秘密を守るようにと厳命いたします。もしもこのたびの内容が世間に流布されるようであれば、王陛下から甚大なお怒りを受ける可能性もあるでしょう。アスタのみならず、貴族の方々にもそのように心置きを願います」


「アスタを王都に迎えたいという話に、それほどの秘密がともなうのでしょうか? いよいよこれは、尋常ならざる事態であるようですね」


 フェルメスが妖しい笑いを含んだ声音で言いたてると、ダッドレウスは厳しい眼差しを突きつけた。


「もしもフェルメス殿にご不満があるのでしたら、退室していただいてもけっこうですぞ。前任の外交官としてご同席を願いましたが、必ずしも貴殿が必要なわけではありませんのでな」


「そうですか。それでは大人しく、ダッドレウス殿のお言葉を拝聴いたしましょう」


 そうしてフェルメスが口をつぐむと、おかしな具合に沈黙が落ちた。

 なおかつ、全員が立ったままの状態である。何かの疑念にとらわれたティカトラスが座ることも忘れて首を傾げているため、全員がそれにならっているのだ。


 すると――そこでまた、おかしなことが起きた。

 彫像のように立ち並んでいた武官のひとりが、いきなり兜を外したのだ。


 その下から現れたのは、もしゃもしゃの茶色い髪である。

 そしてその武官は、金属の仮面にも手をかけた。


 どうやらそちらの仮面は、頭の後ろにベルトが回されていたらしい。武官がそのベルトを外すと、髭もじゃの素顔があらわにされた。


 のび放題の髪が目もとにまで垂れて、鼻から下は豊かな髭に覆われているため、仮面を外しても人相はほとんどわからない。ただ、前髪の隙間から鋭い眼光が瞬き、すっと筋の通った鼻がそびえたつばかりだ。


 そうして、最後のとどめである。

 その武官が自分の頭をわしづかみにすると、もしゃもしゃの髪も髭もきれいに剝がされてしまったのだった。


 そこでティカトラスが、「ああ」と声をあげる。


「やっぱり、そういうことだったのですね。なんだか、おかしな雰囲気を感じていたのですよ」


「ふん。其方であれば、ひと目で看破するのではないかと危ぶんでいたのだが……どうやら、杞憂であったようだな」


 本当の素顔をあらわにした武官は、不敵な笑みを浮かべつつそう言った。

 まだ若い、二十代の前半と思しき男性である。

 本当の髪は淡い褐色で、武人らしく短く切りそろえられている。厳しく引き締まった端整な顔で、髭などひとつも生えていなかった。


 ただ――明らかに、只者ではない。

 容姿そのものにおかしなところはなかったが、眼光の迫力が尋常でないのだ。それは若獅子と呼ぶに相応しい、精悍にして獰猛な眼光であった。


「わたしは遠見の奇術師ではないのですからね。そうまで入念に素顔を隠されていたら、正体を看破することなどかないませんよ」


「ふん。その割には、ずっとうろんげな顔をしていたではないか?」


「だから、雰囲気です。魂の色合い……などと言ってしまったら、不興を買ってしまうのでしょうけれどね」


「ふん。東のまじない師でもあるまいし、余の前では言葉を選ぶべきであろうな」


 謎の武官はにやりと笑い、ティカトラスは苦笑を浮かべる。

 そして、フェルメスがその言葉を口にした。


「これは、どういうことなのでしょう? どうして王陛下おん自らが、このような場にいらっしゃるのでしょうか?」


 俺は、愕然と立ち尽くす。

 そして、マルスタインが内心を押し隠しつつ声をあげた。


「王陛下……まさか、本当に?」


「うむ。ひさしいな、マルスタインよ。其方とは、戴冠の祝典以来であろうな」


 そう言って、その人物は真ん中の席にどかりと座った。

 そうして肘置きに頬杖をついて、傲然と足を組む。その獰猛な眼光が、真正面から俺を見据えてきた。


「初の対面となるのは、其方だけか。森辺の民、ファの家人アスタよ。余は西の王国セルヴァの王、カイロス三世である。どうぞ、よしなにな」


 そうして、その人物――西の王カイロス三世は、若き獅子のような目つきで勇猛に笑ったのだった。

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― 新着の感想 ―
久しぶりに次話が楽しみな章だわ
こうなると一旦持ち帰るのもできなさそうですね。王直々来られるような議題、気になります。
来ちゃったの!?王陛下が!? 誰もついてきてはいけない事とか何も起きないよってのは間違いない最上級みたいなのがいるからだったのはわかったけど、来ちゃったの!?
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