レイの祝宴⑦~婚姻の儀~
2025.9/8 更新分 1/2
「あーっ! アイ=ファとヴィナ姉だー! なんでなんで? なんで二人が一緒にいるのー?」
俺たちにそんな元気な声がぶつけられたのは、リリンの夫妻も合流していくつかの簡易かまどを巡ったのちのことであった。
声の主は、もちろんリミ=ルウである。可愛らしい宴衣装を纏ったリミ=ルウは両手に大きな木箱を抱えながら、その場で足を踏み鳴らしていた。
「それは、シュミラルがアスタの存在を追い求めた結果でしょうねぇ……わたしとアイ=ファは、言わば巻き添えよぉ……」
そんな軽口を返しながら、ヴィナ・ルウ=リリンは優しい手つきで妹の赤茶けた髪を撫でた。
「お仕事、お疲れさま……リミもすっかり髪がのびて、立派な女衆ねぇ……」
「うん! それでもリミは、髪がのびるのが遅いみたいだけどねー!」
足踏みを取りやめたリミ=ルウは子犬のように笑いながら、ヴィナ・ルウ=リリンの腕に頭をこすりつける。両手が自由であったならば、思うさま抱きすくめていた場面であるのだろう。
「今からちっちゃい子たちに、お菓子を届けるところだったんだよー! そっちでヴィナ姉に会えると思ってたから、びっくりしちゃった!」
「そうか。では、婚姻の儀式ももう間もなくということだな。我々も、幼子たちに挨拶をさせていただこう」
優しい声で言いながら、アイ=ファは二段積みにされていた木箱の上段を持ち上げる。リミ=ルウは「ありがとー!」と応じながら、アイ=ファの腕にも頭をすりつけた。
大好きな姉と大好きな友達にはさまれて、リミ=ルウはほくほく顔である。そんなリミ=ルウたちを後ろから見守りつつ、俺たちは本家の母屋へと歩を進めた。
「お菓子を持ってきたよー! 男衆もいるんだけど、戸板を開けても大丈夫かなー?」
リミ=ルウが戸板に向かって呼びかけると、「いいよ!」という威勢のいい声が返ってくる。これはおそらく、ラウ=レイの三番目の姉の声であった。
ヴィナ・ルウ=リリンが戸板を開き、リミ=ルウとアイ=ファが土間へと入り込む。俺たちがその後に続く前から、幼子たちのきゃあきゃあと騒ぐ声が聞こえてきた。
「アスタ、やっとあえた」と、俺が足を踏み入れるなり、小さな人影がとてとてと駆け寄ってくる。もちろん俺の幼き友人たる、コタ=ルウだ。俺は「やあ」と身を屈めて、その小さな頭を撫でてあげた。
「コタ=ルウも、お疲れ様。今日はコタ=ルウにとっても、嬉しい日だろう?」
さっきマイムはラウ=レイが幼子と一緒にはしゃいでいる姿をよく見かけると言っていたが、その筆頭はこのコタ=ルウであるはずなのだ。コタ=ルウはにこりと微笑みながら、「うん」とうなずいた。
「ひるまに、ラウ=レイとしゃべったよ。ラウ=レイも、すごくうれしそうだった」
「うんうん。ラウ=レイは嬉しすぎて、ちょっと静かになってたね。でもきっと、明日には元気になってるはずさ」
「うん」とうなずくコタ=ルウの背後から、丸っこい人影も近づいてくる。ガズラン=ルティムの愛息たる、ゼディアス=ルティムだ。この立派な幼子と相対するのは、ユーミ=ランたちの婚儀の祝宴以来であった。
「ゼディアス=ルティムも、ひさしぶりだね。お菓子が来たから、たくさん食べるといいよ」
ゼディアス=ルティムは穏やかな面持ちのまま、「ん」とうなずく。四歳のコタ=ルウに引けを取らない体格であるが、彼はいまだに二歳未満であるのだ。将来は、ダン=ルティムをも凌駕する巨漢に育ちそうなところであった。
「もうすぐ儀式が始まるみたいだから、戻ってきたわぁ……あなたたちは、菓子を食べてから向かえばいいのじゃないかしら……?」
ヴィナ・ルウ=リリンが呼びかけると、小さな赤子をあやしていたラウ=レイの母親が「はいよ」と気安く応じた。
「今日ばかりは、わたしも付添人として出向かないといけないからね。お世話をかけるけど、よろしくお願いするよ」
「こちらこそ、おかげで祝宴を楽しむことができたわぁ……」
つい先刻までシュミラル=リリンと甘やかな空気を紡いでいたヴィナ・ルウ=リリンが、母親の顔になっている。それを見守るシュミラル=リリンは、とても幸せそうな笑顔であった。
そして、そんなシュミラル=リリンのもとにも小さな人影が近づいてくる。ギラン=リリンの子たる、二歳か三歳の長姉である。シュミラル=リリンは優しい微笑みをたたえたまま、その身をすくいあげた。
「我々、しばし、お邪魔します。どうぞ、菓子、召し上がりください」
「ありがとぉ。この子が寝付いたら、いただくねぇ」
そのように答えたのは、ラウ=レイの二番目の姉だ。彼女は大きなショールにくるまっててるてる坊主のような姿になりながら、その下で赤子に乳をやっているようであった。
その他に顔をそろえているのは、レイの長姉とウル・レイ=リリンだ。どうやら今は、レイを出自とする五名で幼子の面倒を見ていたようであった。
「こちらのお三方は、みんなラウ=レイのお姉さんなんだよ」
俺がそのように紹介すると、無言でその場を見守っていたレム=ドムが「へえ」と目を丸くした。
「ラウ=レイに男兄弟はいないと聞いていたけれど、三人もの姉がいたのね。それで、そちらは……察するところ、母親ね」
それは容姿で、判別も容易かったのだろう。ラウ=レイの母親は息子とよく似た顔で、白い歯をこぼした。
「あんたは、ドムの家長の妹だったね。こんな場所まで、幼子の顔を拝みに来たのかい?」
「わたしはアイ=ファについてきただけよ。だけどまあ……壮観と言えないことはないわね」
草籠で眠る赤ん坊も含めて、そこには十五名に及ぼうかという幼子が集められていたのだ。その中で、あるていど齢を重ねている幼子たちはすでに木箱から配られた菓子を頬張っていた。
「でもきっと、この家に収まりきらなかった幼子がまだまだどっさりいるのでしょうね」
「うん。別の家にも、同じていどの人数がいるはずだよ。何せ今日は、すべての血族の家人が集められてるんだからさ」
「まったくもって、大したものね。これならルウの血族も、安泰だわ」
と、レム=ドムは不敵に微笑んだ。
「でも、ザザの血族も幼子の数では負けていないはずだからね。ルウともども、末永く森辺の民を導いてくれるはずよ」
「ああ、そっちは家の遠い眷族が多いから、すべての血族が集まる機会もないって話だったね。こうやって幼い内から仲良くさせるのは、きっといい影響があるだろうと思うよ」
「北の集落をもっと大きく切り開いて、もっとたくさんのトトスと荷車を買いつけることができたら、すべての血族を集めることもできるかもね。覚えていたら、族長グラフ=ザザに進言させていただくわ」
そんな風に応じながら、レム=ドムは広間の片隅に膝を折る。
すると、両手に菓子を携えたゼディアス=ルティムが忍び寄り、その片方を「ん」と差し出した。
「あら、ありがとう。あなたは親に似て、如才がないわね」
すると、無言で広間を見回していたアイ=ファが声をあげた。
「そうか。お前はルティムの家におもむく機会も多かろうから、ゼディアス=ルティムとも縁を深めているのだな」
「そりゃあわたしたちだって、立派な血族ですもの」
レム=ドムが気安く頭をつつくと、ゼディアス=ルティムは嬉しそうに瞳を輝かせながら「ん」とうなずいた。ゼディアス=ルティムにとってのレム=ドムは、父親の妹の伴侶の妹という名付けようのない親戚関係であったが――何にせよ、こちらの両者がご縁を深めているというのは、なんとも心の温まる話であった。
「アイ=ファたちも、お菓子を食べちゃいなよー。そろそろ儀式が始まるはずだからねー」
リミ=ルウにうながされて、俺とアイ=ファも木箱に手をのばすことにした。
そちらに詰め込まれていたのは、紅白の饅頭と桜色をしたえびせんである。きっとたまたまの符号であろうが、俺にとっては婚儀の祝宴に相応しい色合いであった。
「へえ、リミ=ルウもえびせんを作ったんだね」
「うん。ちっちゃい子たちは他の宴料理も食べられないから、甘いのとしょっぱいのがあったら喜ぶかなーって思ったの」
眠っている赤ん坊たちの耳をはばかって、リミ=ルウは声量を抑えている。そのぶん、笑顔に元気と活力があふれかえっていた。
えびせんは、この近年で俺が考案した菓子だ。甲冑マロールの殻から出汁を取って煎餅の生地に練り込んだ品であり、俺の故郷で販売されていた品と遜色のない出来栄えであった。
いっぽう紅白の饅頭は、白いほうがブレの実のあんことプレーンのクリーム、赤いほうがタウの実のあんことアロウのクリームという取り合わせで、どちらも寒天のごときノマのかけらが練り込まれている。華やかさと繊細さが同居する、素晴らしい味わいであった。
「うん、美味しいね。この饅頭には、ヴィレモラのヒレを使わなかったのかな?」
「ヒレはレイナ姉が使いたいっていうから、そっちに全部あげちゃったの。家長会議でも使ったから、もうあんまり残ってなかったんだよねー」
「そっか。正式に買いつけられる日が楽しみだね」
そんな風に応じながら、俺はずらりと並んだ草籠を覗き込んだ。
エヴァ=リリン、ルディ=ルウ、ドンティ=ルウ――それに、レイの三姉妹の赤子などが、すやすやと安らかな寝息をたてている。名前を知っている赤ん坊もそうでない赤ん坊も、愛くるしさに変わりはなかった。
「失礼します。戸板を開けても問題はないでしょうか?」
と、戸板の向こうから新たな声が聞こえてくる。
リミ=ルウが「だいじょぶだよー」と答えると、姿を現したのはサティ・レイ=ルウであった。さらに、ティト・ミン婆さん、シーラ=ルウ、アマ・ミン=ルティム――そして最後に、ダルム=ルウといった面々が上がり込んできた。
「お待たせしたね。そろそろ付添人は儀式の火の前に集まるようにっていうお達しだよ」
そのように声をあげたのは、ティト・ミン婆さんだ。紅白饅頭を頬張っていたレイの末妹は、「よーし!」と眉を吊り上げながら立ち上がった。
「それじゃあ、出陣だね! うちの子たちを、よろしくお願いするよ!」
「あんたはミンの家人でしょうよ。まったく、しかたのない子だね」
ラウ=レイの母親も苦笑しながら、身を起こす。新たな面々を迎え入れるには、こちらが退室しなければならないぐらいの人口密度であったのだ。部外者であるファとドムの面々こそ真っ先に席を譲らなければならないため、俺たちも慌ててそれに続いた。
「ダルムまでついてきちゃったのぉ……? あなたは、儀式を見届けるべきじゃないかしらぁ……?」
「わかっている。子供の寝顔を見に来ただけだ」
ダルム=ルウもシーラ=ルウが表に出てきたため、こちらに立ち寄る機会がなかったのだろう。シュミラル=リリンとダルム=ルウは常日頃から、幼子のもとに留まる時間が長かったのだった。
そんなダルム=ルウたちと入れ替わりで、俺たちは外に出る。ファとドムの四名にリミ=ルウとシュミラル=リリン、そしてレイの四名だ。そうして戸板が閉められようとしたとき、ティト・ミン婆さんの声が聞こえてきた。
「あなたもリリンの束ね役として、しっかり婚儀を見届けておきなさいな。今後はヤミル=レイがレイの束ね役になるんだから、手を携える機会も多くなるだろうしね」
ということで、ウル・レイ=リリンも退室することになった。
「それじゃーねー! 時間があったら、また来るから!」
リミ=ルウがぶんぶんと手を振ると、ヴィナ・ルウ=リリンたちが微笑みを返してくる。そのさまを目に焼きつけてから、戸板が閉められた。
「それじゃあ、わたしたちは失礼するからね。二人の晴れ姿を、しっかり見届けておくれよ」
最後に朗らかな笑みを残して、ラウ=レイの母親は儀式の火のほうに立ち去っていく。それを追いかけるのは、長姉ひとりだ。余所の血族に嫁いだ次姉と末妹は、あくまで見守る立場であった。
俺たちは、ひとまず儀式の火とやぐらを間近から見渡せる場所で待機をする。
ひそかに胸を高鳴らせながら、俺はティト・ミン婆さんの言葉を反芻した。
(氏族の女衆を束ねるのは、本家の家長の伴侶なんだもんな。それは確かにヤミル=レイにしてみれば、気後れする面もあるんだろう)
しかしまた、本家の家長の伴侶となるのは、余所の氏族の女衆が多い印象である。俺が知る限りでも、ティト・ミン婆さんやミーア・レイ母さん、ウル・レイ=リリンやアマ・ミン=ルティムなどがそれに該当するのだ。まあ、ウル・レイ=リリンは特例であるかもしれないが、血族の絆を強めるためにそういう傾向にあるのかもしれなかった。
ヤミル=レイはレイ本家の家人であるが、もとをただせばスンの家人だ。それでレイの女衆を束ねなくてはならないというのは、なかなかのプレッシャーであることだろう。
しかしまた、モルン・ルティム=ドムやフェイ・ベイム=ナハムなども、おおよそ同じ立場であるのだ。フェイ・ベイム=ナハムが嫁いだのは本家の長兄であったが、ゆくゆくは同じ立場になりおおせる。それを思えば、サティ・レイ=ルウも同じ立場であった。
(ヤミル=レイやモルン・ルティム=ドムは若い家長に嫁いだから、若い身で束ね役を任されちゃうんだな。でも、この二人だったら、きっと大丈夫さ)
もとよりヤミル=レイは森辺で指折りの切れ者であるし、宿場町や城下町の情勢にも通じている。彼女であれば新時代の人間として、立派に束ね役を務められるはずであった。
「……それではこれより、婚姻の儀式を開始する!」
ドンダ=ルウの重々しい声が響きわたると、広場に盛大な歓声が渦巻いたのち、波がひくように静まっていった。
儀式の火の前に広げられていた敷物は片付けられて、今はドンダ=ルウとジバ婆さんとレイナ=ルウの三名が立ちはだかっている。
そして、新郎新婦が座したやぐらには、ラウ=レイの母親と長姉がのぼっていった。
二人が天辺に到着すると、ラウ=レイとヤミル=レイが身を起こす。そうして付添人の先導のもと、ゆっくりと下界におりてきた。
ラウ=レイは穏やかな表情、ヤミル=レイは静謐な表情で、どこにも変わりはない。
そちらの四名が儀式の火に近づいていくと、ドンダ=ルウは巨大な猫型肉食獣のようなひそやかさで身を引いた。
儀式の火の前に立つと、新郎新婦の美しき姿が鮮明に浮かびあがる。
俺が息を呑んでいる間に、ラウ=レイの母親と長姉が儀式の火に香草の束を放り込んだ。
儀式の火から白い煙がたちのぼり、甘くてちょっと刺激的な香りがあふれかえる。
ラウ=レイの母親と長姉も儀式の火の横合いに身を引き、ラウ=レイとヤミル=レイはジバ婆さんの前で膝を折った。
ジバ婆さんは澄みわたった眼差しで二人の姿を見下ろしつつ、頭の草冠をそっと外す。そして、甘い香りがする燻煙に、二つの草冠をくぐらせた。
ラウ=レイがかぶっていた草冠はヤミル=レイに、ヤミル=レイがかぶっていた草冠はラウ=レイにかぶせられる。
「祝福を……今宵、レイ家のヤミル=レイは、同じレイ家のラウ=レイの嫁となった……レイはさらなる絆を深めて、いっそうの力と繁栄をこの森辺に……」
静まりかえった広場に、ジバ婆さんの声がゆったりと響きわたる。
そしてジバ婆さんは、懐から取り出したギバの角と牙を一本ずつ二人に捧げた。
それを押し抱いた両名は、ともにゆっくり身を起こす。
そして、ラウ=レイが落ち着いた声で宣言した。
「ラウ=レイは、森にヤミル=レイを賜りました」
次は、ヤミル=レイの番である。
しかしヤミル=レイは静かに目を伏せたまま、口を開こうとしない。
そうして俺が手に汗を握り、広場に動揺の気配が広がりかけたとき――ヤミル=レイは、やおら口を開いた。
「ヤミル=レイは……森にラウ=レイを授かりました」
一瞬の静寂ののち、歓声が爆発する。
その勢いに全身の肌をわななかせながら、俺はほっと安堵の息をついた。
(ああ、ひやひやした。ここにきて、やっぱり婚儀は挙げないとか言い出すのかと思ったじゃないか)
そんな俺たちの思いを知ってか知らずか、ヤミル=レイは静謐な表情でたたずんでいる。
そして、レイナ=ルウが立派な木皿をラウ=レイたちのほうに差し出した。
以前に城下町で購入した、豪華な装飾が施された木皿である。
その上に、真っ赤なソースがまぶされたふた切れの肉がのせられていた。
俺が二人のために作りあげた、祝いの料理である。
それは可能な限りの香草を詰め込んだ、最新版の『ギバの角煮』であった。辛い料理を好むラウ=レイのために、ヤミル=レイが許容できるぎりぎりの辛さに仕立てた品である。
木皿には肉切り刀も添えられていたため、ヤミル=レイがそれを使って肉を切り分ける。
脂肪分がとろとろになるまで煮込んだバラ肉であるため、切り分けるのに手間はないことだろう。ヤミル=レイは切り分けた肉に鉄串を刺して、それをラウ=レイに差し出した。
ラウ=レイは子供のように微笑みながら、その肉を口にする。
とたんに、水色の瞳がいっそう明るく輝いた。
その笑顔をしばらく無言で見守ってから、ヤミル=レイも同じものを口にする。
しかしそちらは、やっぱり静謐な表情のままであった。
「婚儀の誓約は交わされた! 本日から、ヤミル=レイはラウ=レイの伴侶となる!」
ドンダ=ルウの宣言に、いっそうの歓声が巻き起こる。
そして、広場中の人間が二人のもとに押し寄せた。
ともにたたずんでいた次姉と末妹も、いちはやく二人のもとに駆けつけていく。
あとに残されたのは、俺とアイ=ファ、リミ=ルウとウル・レイ=リリン、そしてレム=ドムとドム分家の女衆の六名であった。
「血の縁を持たぬ我々は、遠慮するべきであろう。リミ=ルウたちは、祝福してやるがいい」
「うん! その後は、みんなで広場を巡ろうねー!」
リミ=ルウは笑顔で人垣に突撃して、ゆったりと頭を下げたウル・レイ=リリンもそれに続く。それを見届けてから、アイ=ファはレム=ドムを振り返った。
「お前たちもルティムの血族であるのだから、我々よりは先んじるべきであろうな」
「ふうん? わたしたちをていよく追い払って、アスタと二人きりになろうという算段かしら? ……ああもう、わかったわよ。憎たらしいわね」
アイ=ファがおしおきのジェスチャーを見せると、レム=ドムと分家の女衆も二人のもとに向かっていった。
そうして二人きりになるなり、アイ=ファがまた俺の顔を覗き込んでくる。
「うむ。ここに至っても、涙は流しておらぬようだな」
「だから、毎回涙腺を刺激されるわけじゃないってば。……まあ、涙をこぼしてもおかしくないぐらい、胸はいっぱいだけどな」
ただ俺は、一抹の懸念を覚えていた。ヤミル=レイが婚姻の宣言をためらったことで、その心情が心配になってしまったのだ。
(ヤミル=レイがラウ=レイのことをどれぐらい思ってるかは、謎だからなぁ。後悔したりはしていないはずだけど……実際のところは、どうなんだろう)
俺がひそかに思案していると、アイ=ファが「どうしたのだ?」と眉をひそめた。
「いや、さっきのヤミル=レイの態度が、ちょっと気になっちゃってな」
「ああ、あれか。しかし何にせよ、婚姻の儀は交わされたのだ。もうその契りを取り消すことはかなわないのだから、心配には及ぶまい」
そう言って、アイ=ファは優しい眼差しになった。
「それに、ヤミル=レイほど強靭な意志を持った人間はそうそうおるまいからな。ラウ=レイが意に沿わぬ相手であったなら、何があろうと婚儀を了承することはあるまい」
「うん、そうだよな。俺もヤミル=レイを信じることにするよ」
そんな風に答えながら、俺は広場の中央へと視線を転じた。
そちらは百六十名からの血族が密集して、新郎新婦の姿を見るすべもない。ただ、人々の頭上から儀式の火がごうごうとたちのぼり――その勢いが、人々の熱狂を象徴しているかのようであった。




