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異世界料理道  作者: EDA
第九十七章 朱と緑の契り
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かまど番の集い④~さらなる論議~

2025.8/14 更新分 1/1

 今後の修練とかまど小屋の増築に関する一件が片付いたのちも、数々の議題が取り上げられることになった。

 そうして会議が進む内に、女衆の弁舌もどんどんなめらかになっていく。もとより多くの女衆は能動的な気性であるし、そうでなくてもかまど仕事に意欲を持たない人間はひとりとして存在しないのだ。最初の二刻が過ぎる頃には、もう本日の会議のかげかえのなさが申し分なく立証されていた。


 そうしてさらに一刻ほどが過ぎて、下りの三の刻あたりに達した頃、数名の女衆を引き連れたリミ=ルウが「しつれいしまーす!」と元気いっぱいに登場した。


「お茶とおつまみを準備しましたー! よかったら、ひとやすみして食べてくださーい!」


「うむ? 茶ばかりでなく、食べるものまで準備してくれたのか?」


 ダリ=サウティが不思議そうに問い返すと、リミ=ルウはにこにこと笑いながら「はーい!」と応じた。


「お菓子の班はけっこー時間にゆとりがありそうだったから、くっきーを焼いてみましたー! 頭を使うとおなかが減るし、考える力もしぼんじゃうんだってアスタが言ってたの! ……です!」


「ふむ。通常の家長会議でも、合間に干し肉をかじる人間はいなくもなかったな」


 そのように語りながら、ダリ=サウティは俺のほうに向きなおってくる。

 リミ=ルウをそそのかした身として、俺は「はい」と応じた。


「これは俺の故郷で聞きかじった話なのですが、頭を使うと脳が糖分を消費するみたいなんです。それで甘いものを口にすると、集中力や記憶力の支えになるみたいですね」


「ほう! 確かに、干し肉では物足りないと感じていたのだ! ギバ狩りの仕事のときなどは、干し肉をかじるだけでずいぶんな力を手にできるのだがな!」


 そんな声をあげたのは、ラッド=リッドである。俺は、そちらにも笑顔と言葉を届けた。


「身体を使う仕事では汗をかきますので、塩気と水分の補充が重要なのでしょう。会議の場では、甘いお菓子が有効なのではないかと思います」


「そうかそうか! 俺などは頭を悩ませることに慣れていないので、なおさらであろうな!」


 ラッド=リッドはダン=ルティムにも負けない勢いで、ガハハと笑った。

 その間に、お茶とクッキーが配られていく。クッキーは、プレーンとチョコ味とアウロ味の三種類も準備されていた。


 サイズとしてはささやかなものであるが、かじってみると強烈に甘い。その甘さに、くたびれた脳が歓呼の声をあげたような感覚であった。


「うむ! これは確かに、目が覚めるような心地だな! かなうならば、腹いっぱい食いたいところだ!」


「あはは。甘いものを食べすぎると、逆に集中できなくなるらしいですよ。夜には、立派な晩餐も控えていますしね」


「うむ! そちらも楽しみなことだな!」


 ラッド=リッドばかりでなく、多くの人々が満足そうにクッキーを食している。それらの姿を笑顔で見回してから、リミ=ルウはぺこりと頭を下げた。


「それじゃーこの後も頑張ってくださーい! しつれいしましたー!」


 そうしてリミ=ルウたちが退室すると、ダリ=サウティが俺に笑いかけてきた。


「これでこの後も、存分に力を振るうことができそうだ。さすがアスタは、博識だな」


「いえいえ。前回のスフィラ=ザザを見習っただけのことです。あのお茶の差し入れは、とてもありがたかったですからね」


「うむ。誰も彼も、頼もしいことだ」


 ダリ=サウティはクッキーの三枚目を口に放り込み、冷たいチャッチの茶をすすってから、あらためて声をあげた。


「これでちょうど、半分ていどの時間が過ぎた頃合いであろうな。では……ちょっと目先を変えて、城下町における祝宴とかまど仕事について語らっていただこうか」


「うむ。それもあって、今日は若い男衆も参ずるべきであるとされたそうだな」


 他の面々に比べると口数の少ないジザ=ルウが、真っ先に応じる。そちらに向かって、ダリ=サウティは「うむ」と応じた。


「しかしまずは、かまど仕事について語らっていただこう。俺から見て、城下町の祝宴などでかまどを預かる際には、おおよそ同じ顔ぶれが集められているように感じられるのだが……やはりそれは、致し方のない話であるのだろうか?」


「はい。城下町の仕事は立て込むことが多いので、どうしても力のあるかまど番を優先することになります。もちろん、人数で補うことは可能なのですが……ここ最近は、なるべく少ない人数で臨むように心がけていますね」


「ふむ。まずは、その理由からうかがおうか」


「はい。それに関しては、細かい話の積み重ねなのですが……まず、ジェノス城の料理長であるダイアも、祝宴の際には十五名から二十名ていどの人数で取り組んでいるようであるのです。最近は祝宴の参席者が増加していますので、もはやそれも古い情報なのかもしれませんが、とりあえずは城下町の流儀に従ってみようかという気持ちがありました」


 頭の中で話を整理しながら、俺はそのように言いつのった。


「また、城下町の祝宴ではかまど番の人数を制限されない代わりに、参席者の人数を制限されます。かまど番の人数が参席者の定員を超える場合は、別室で晩餐をとることになるわけですね。自分としては、同じ仕事に取り組んだ人間は同じ場所で同じものを口にするのが理想的なのかなという考えがありました」


「それは、森辺の習わしにも沿った考えであるのだろうな」


 と、祝宴の常連であるゲオル=ザザがそう言った。


「ただ、その前の話がいまひとつわからん。城下町の流儀に合わせてかまど番の人数をしぼることに、どういった意味があるのだ?」


「はい。俺としては、なるべく城下町の料理人と同じ条件で取り組むべきかと考えたのです。人数まかせで立派な料理を準備しているという悪評を避けるため、という意味もありますね。俺はそこまで城下町における評判というものを気にかけているわけではありませんが、なるべくなら公正な目で見られたいところですし……何より、のちのちのこともありますしね」


「のちのちのこと?」


「はい。いつか俺が城下町での仕事から身を引いた際には、別のかまど番が受け持つようになるかもしれません。そのときに備えて、手本になるような仕組みを構築しておきたいのです」


 俺の言葉に、あちこちからざわめきがあげられる。

 それを制したダリ=サウティが、一同を代表する形でゆったりと声をあげた。


「まあ、現時点でもレイナ=ルウやトゥール=ディンが取り仕切り役を担うこともあるのだから、決してない話ではないのだろうが……アスタは、そのように先のことまで見越しているのだな」


「はい。俺は俺個人ではなく、森辺のかまど番の代表としてさまざまな仕事に取り組んでいるつもりですので。城下町の祝宴ばかりでなく屋台の商売に関しても、自分が抜けた後のためにきちんとした手順を確立しておきたいと願っています」


「立派だな。アスタを同胞として迎えられたことを、あらためて誇らしく思うぞ」


 ダリ=サウティがふいにそのようなことを言い出したため、俺は不意打ちで胸を詰まらせてしまった。


「しかしそうすると、仕事を受け持つかまど番が偏りすぎるのは避けたいところであろうな。それでも、力のあるかまど番を選ばざるを得ないということか」


「はい。やはり城下町の祝宴ですと、約束の刻限に間に合わないというのが一番怖い事態ですからね。限られた人数で、ゆとりをもって仕事を進めるとなると、どうしても顔ぶれは偏ってしまいます。ただ、現時点でも色々な氏族からかまど番を募ることができていますので、そういう意味では悪い偏りはないように思っています」


「そうだな。小さき氏族で出番が少ないのは、ベイムとダイの血族ぐらいか」


「はい。それも、ベイムはフェイ・ベイム=ナハムがナハムに嫁入りしたからですし、ダイはもっとも人手が不足気味という理由からです。そういった事情がなければ、均等に割り振れていたのではないかと思います」


「また、ダイの血族はルウの領分であろうしな。やはり今でも、ダイの血族は人手が足りていないのであろうか?」


 ダリ=サウティに水を向けられると、ダイの家長に視線でうながされた若い女衆が「はい」と応じた。ルウの屋台を手伝っている、繊細そうな女衆である。


「とりわけ女手が少ないのは、眷族のレェンとなります。最初の頃は、未婚の女衆を手伝いに出すこともできなかったほどですし……レェンに力を添えるために、ダイでも多くの女衆を外に出すことはかないませんでした」


「なるほど。しかし現在では、どちらもルウの屋台を手伝っているのだな?」


「はい。レェンでは、十三歳になったばかりの女衆を出すことになりました。それも貧しき生活から脱して、誰もが健やかに過ごせるようになったおかげです」


 ダイの家長が大きくうなずいてから、言葉を添えた。


「美味なる料理の滋養でもって、年を食った人間や幼子たちもこれまで以上に仕事を果たせるようになった。それでようやく、若い女衆を手伝いに出すことがかなったのだ。ダイとレェンはこれまで足りていなかった分まで、力を尽くしたく思っている」


「うむ。それは、スンも同様であろうな」


 ダリ=サウティの視線を受けて、スンの家長は沈着に「うむ」と首肯した。


「スンも他なる氏族の支えがあって、だいぶん力を取り戻すことがかなった。今はまだこちらのクルアぐらいしか外に出すことはできていないが、もう数年もしたならば幼子が若衆に育ち、自由がきくようになると思う」


「うむ。ファとスドラを除けば、スンとダイの血族がもっとも苦しき生活に身を置いていたのであろうからな。何も焦ることはないので、じっくり力をつけてもらいたく思う」


 そのように語ってから、ダリ=サウティは人々の姿を見回した。


「では、さらに話を進めさせてもらうが……俺がかまど番の偏りを気にかけたのは、それが祝宴の参席者でもあるからだ。現状では、おおよそ同じ顔ぶれが城下町の祝宴に参じている。これは正しいことであるのか、あるいは改善が必要なことであるのか、実際に祝宴に出向いている者たちにも意見をうかがいたく思う」


「あたしはむしろ、同じような顔ぶれであることが利点にもなっているように思うよ」


 と、ララ=ルウが真っ先に反応した。


「かくいうあたしもそれでようやく城下町の流儀ってものを理解できた身だし、スフィラ=ザザもそれは同じことだろうと思う。ヤミル=レイなんかは持ち前の力で、すぐさま順応できたんだろうけどさ。やっぱり貴族の社会っていうのは特別な世界だから、じっくり時間をかけて馴染むべきだろうと思うよ」


「ふむ。では、改善の必要はない、と?」


「いやいや。これもかまど番の話と一緒で、特定の人間だけが力をつけても後が続かないんだよ。あたしたちがそれなりの役目を果たせている間に、別の人間も馴染ませていくっていうのが理想かな」


「しかし」と声をあげたのは、ひさかたぶりのライエルファム=スドラである。


「ルウの三姉もザザの末妹も、十分に若年の部類であろう。それよりも若き女衆を育てるということであろうか?」


「うん。リミやトゥール=ディンなんかは、その候補だろうけどさ。でも、あの二人はちょっと特殊な立場だから、あんまり真似はできないと思う。それに……あたしとしては、あるていど年を食った女衆にも頑張ってほしいところなんだよね」


「ふむ? すでに婚儀を挙げている女衆ということであろうか?」


「そう。ここ最近は、モルン・ルティム=ドムもしょっちゅう参席してるし……あと、ダリ=サウティの伴侶やイーア・フォウ=スドラなんかも、評判がいいんだよね。あの二人が参席してないことを残念がる人が、城下町にはけっこういるんだよ」


 そのように言ってから、ララ=ルウは白い歯をこぼした。


「まあ、いま名前をあげた三人は、まだまだ若いんだけどさ。重要なのは、婚儀を挙げて落ち着いてる女衆の評判がいいってことなんだよ。とりわけ年を食った貴族なんかは、自分と同じぐらいの森辺の民と語らってみたいって気持ちが強いみたいだね」


「ふむ。俺などは、若い男の貴族にばかりまとわりつかれている心地であるのだがな」


「あはは。ライエルファム=スドラは、邪神教団や東の王家の一件で大活躍したのが大きいんだよ。それで、剣の腕にみがきをかけてる若い貴族に目をつけられちゃったんでしょ」


「うむ。俺やシン・ルウ=シンなども、いまだに闘技会のことを取り沙汰されているしな」


 ゲオル=ザザの言葉に、ララ=ルウは「そうそう」とうなずく。


「それとはちょっと別の枠で、落ち着いてる男衆と女衆……ルウの血族で言うと、ギラン=リリンとかタリ・ルウ=シンみたいな感じかな。そういう人たちが城下町の祝宴に参席してくれたら、また新しい交流が生まれるんじゃないかと思うよ」


「ほう。俺にお呼びがかかるとは思わなかったな」


「そう? ギラン=リリンは町の人間と語るのも好きみたいだから、うってつけだと思うよ。機会があったら、ぜひお願いしたいところかな」


 そのように語りながら、ララ=ルウは他なる面々に視線を巡らせた。


「あとは……今日はいないけどバードゥ=フォウとか、そっちのスンの家長とかね。二人はいつも長兄に出番を譲ってるけど、たまには自分で参席してみたら面白いんじゃないかな」


「ふむ! 俺のように騒がしい人間は、用無しということか?」


 ラッド=リッドが身を乗り出すと、ララ=ルウは「うーん」と苦笑した。


「あたしは、落ち着いていて話しやすそうな人間にお願いしてるところなんだけど……ダン=ルティムもわりあい城下町の祝宴に馴染んでたみたいだから、リッドの家長みたいなお人も悪くないと思うよ」


「そうか! まあ、俺は宿場町のほうが肌に合っているのだろうがな!」


「だったら、なんで口を出したのさ。……あと、女衆で言うと、ベイムやハヴィラやフェイのお人たちとかね」


「なに? こいつまでもか?」


 と、ベイムの家長は慌てた顔をする。

 ララ=ルウは屈託のない笑顔で、「うん」と応じた。


「別に、名指しで参席しろって言ってるわけじゃないからね? ただ、そういう物腰のやわらかいお人が理想的ってことさ」


「……娘に続いて伴侶まで城下町に送り出すなど、俺としてはまっぴらだがな」


 と、ベイムの家長は平家蟹のような顔をしかめてしまう。伴侶はゆったり笑いながら、そんな家長のことをなだめていた。


「ただ、どの氏族でも若い女衆を優先してかまど仕事の修練を積ませてるだろうからさ。アスタの理想とあたしの理想が噛み合わなくて、ちょっと悩ましいところなんだよね」


「なるほど。でも、あるていどの時間をかければ、どうってことないんじゃないかな。たとえばそちらのタリ・ルウ=シンだって、ルウの血族を代表するかまど番だろう?」


 出会った当初、俺にとってのタリ・ルウ=シンはシーラ=ルウと遜色のないかまど番であったのだ。それでのちのちにも、宿場町で宿屋の関係者に手ほどきをする役目を担ったりもしていたのだった。


「今のタリ・ルウ=シンはシンの女衆の束ね役だから、しばらく腰を据えてほしいところだけどね。でも、年を食った女衆でも、城下町の仕事は務まるのかなぁ?」


「うん。あるていどの腕と体力があれば、問題ないと思うよ。というか、森辺の祝宴ではみんな思い切り働いてるんだから、ほとんどの人は問題ないんじゃないのかな」


「本当に? アスタの言葉は、全面的に信用しちゃうよ?」


「大丈夫だよ。もちろん年齢に拘わらず、いきなり何人も顔ぶれを入れ替えるっていうのは難しいけどさ。ひとりやふたりずつ入れ替えていくなら、心配はいらないさ」


「そっか……じゃあ、あたしはみんなにも前向きに考えてほしいなぁ」


 ララ=ルウが再び視線を巡らせても、心を乱す女衆はいなかった。どちらかというと、伴侶や息子の立場である面々のほうが心配げな面持ちだ。こういう際は、当人よりも周囲の人間のほうがやきもきするのかもしれなかった。


「話が、思わぬ方向に転がったようだな。しかし何にせよ、俺も望ましい話だと思うぞ」


 と、ダリ=サウティがひさびさに声をあげた。


「確かに俺も、今日は伴侶を連れていないのかと問われることが、たびたびあったのだ。しかしミル・フェイは血族の女衆の束ね役である上に、幼子を抱える身であるのでな。そうそう引っ張り出すわけにもいかなかったのだ」


「うん。だから、子供も大きく育ってるぐらいの女衆がちょうどいいんだよ。そういう女衆なら、この先もじっくり交流を深めていけるしね」


「うむ。若い女衆は婚儀を挙げて子を生したならば、いったんは身を引かなくてはならなくなるからな。そういう意味でも、年のいった女衆を要のひとつとするのは有用であるやもしれん」


 すると、ジザ=ルウもひさびさに声をあげた。


「俺もその方針に、異存はない。……しかしその件に関しても、西の王都の一団の件が落ち着くのを待つべきではないだろうか?」


「なんだ、お前はよほどその一団のことを用心しているようだな」


 ゲオル=ザザがうろんげに口をはさむと、ジザ=ルウは微笑んでいるような目つきのまま「うむ」と応じた。


「このたびの一団は最初の監査官と同程度の用心をするべきだという話で、早々にレイの婚儀を挙げることになったのだ。それが族長らの決定であるならば、それだけの心構えをするべきであろう」


「うむ! 何があろうとも、俺は存分に力を尽くしてみせるぞ!」


 ずっと大人しくしていたラウ=レイが、やおら声を張り上げる。その隣で、ヤミル=レイは相変わらずのポーカーフェイスであった。


「では、レイの婚儀についても語らっておくことにするか」


 苦笑すれすれの笑顔で、ダリ=サウティがそう言った。


「これはまだ、族長筋とファの人間しかわきまえていない話となる。手間をかけるが、アスタから説明を願えるだろうか?」


「承知しました。……実はラウ=レイは、宿場町の広場で婚儀のお披露目をしたいと熱望しているのです」


 俺の言葉に、人々の多くがどよめいた。

 その中から、にまにまと笑うラヴィッツの長兄が発言する。


「婚儀のお披露目とは、どういうことだ? 以前はランの両名が宿場町で婚儀の祝いに及んだが、それはユーミ=ランが宿場町の民であったためであろう?」


「うむ! しかし俺とて、ジョウ=ランよりも古くから宿場町に下りていた身であるし、あちらの連中とはさんざん絆を深めているのだ!」


「ですが、レイの家長の婚儀ともなると、祝宴ではすべての血族を集めることになります。そうすると、宿場町の人まで招待するのが難しくなるわけですね」


 そしてそれが数名の話であるならば、ドンダ=ルウも一考したことだろう。しかしラウ=レイは十名以上の友人を招待したいと言い張ったので、あえなく却下されることになったのだ。


「で、森辺の祝宴に招けない代わりに、宿場町で騒ぎたいということか。それは俺たちよりも、宿場町の者たちにおうかがいをたてるべきであろうな」


「はい。実は昨日の夕刻に、すでに事情を通達しているそうです。その返事は、明日の朝一番にもらえるそうですが……もしも了承をもらえた場合は、屋台の商売にも大きく関わってくるのです」


「ふむ? 屋台の商売が、どのように関わるのだ?」


「その日はルウの血族が祝宴の準備にかかりきりであるため、ファの家で可能な限りの屋台を出す予定でいます。それで、その場所を広場に移せるかどうかも、お願いしているさなかであるのですよ」


 たとえ広場でのお披露目が許されても、宴料理に代わるものがなければ盛り上げようがないだろう。かといって、懇意にしているのが十数名であるのならば、宿場町の通常の婚儀のように祝いの料理を出すというのも難しい話であるし――それならせめて、森辺の屋台を広場で営業してはどうかという、そんな流れであった。


「ふん。そのような話が、まかり通るのか?」


 ラヴィッツの長兄が、俺のかたわらに視線を移動させる。そこに座しているのは、ユーミ=ランであった。


「昔だったら、まず無理だったろうね。広場で商売をするのは、基本的に禁じられてるからさ。でも、今だったら案外すんなり通るんじゃないかな」


「ほう。宿場町の者たちは、そうまで懐が広いのか?」


「この際は宿場町の領民じゃなくって、宿場町の領主であるサトゥラス伯爵家だね。ルウ家はさんざんサトゥラス伯爵家と絆を深めてきたんだから、そうそう嫌な顔はされないでしょ」


 そう言って、ユーミ=ランは朗らかに笑った。


「だからこそ、あたしとジョウの婚儀のときも昼間っから広場で騒ぐことを許してもらえたんだしね。ジェノスの領民は森辺の民と正しい絆を結びなおすべしっていう方針なんだから、貴族様たちも前向きに考えてくれるんじゃないのかな」


「なるほど。聞けば聞くほど、まかり通るような気がしてきたな」


 ラヴィッツの長兄がにんまり笑いながら矛先を収めたので、俺も説明の役割を続けることにした。


「そうすると、屋台の営業にも色々な影響が及びます。まず広場には座席がないので、食器の回収が大変になるわけですね。今回はただでさえルウ家の分まで多くの屋台を出すつもりですので、余計に人手が必要になるわけです。それで、休みの日取りであった人たちにも出勤をお願いしなくてはなりません」


「どうか、よろしく願いたく思うぞ! なんなら、レイの家で余分に銅貨を払うからな!」


 ラウ=レイが満面の笑みで口をはさむと、ダリ=サウティはついに苦笑をこぼした。


「サウティの血族では、むしろ喜ぶ人間のほうが多かろうな。ちょうど今日は屋台の仕事を受け持っている三人がそろっているので、本人と家長に意見をうかがわせてもらおう」


「こやつらはもっと屋台で働きたいと願っているのだから、渋い顔をするわけがないな。また、一日ぐらい当番の日が増えても、家の仕事に支障はないはずだ」


 まずはのんびりとした気性であるドーンの長兄が、そう答えた。その末の妹は、嬉しそうな笑顔でうなずいている。


「ダダも、異存はない。それもまた森辺においては初の試みであろうから、見届ける人間も必要であろう」


 ダダの年配の家長は、落ち着いた態度でそのように応じる。気さくで姉御肌たるダダの次姉も、いつもの調子で微笑んでいた。


「サウティも、異存はない。無論、銅貨の上乗せなども不要であるぞ」


「いちいち個別に聞いていては、埒があかんだろう。異議のある人間はいるか、決を取ったらどうだ?」


 ゲオル=ザザも苦笑を噛み殺しているような面持ちで、そう言った。

 それでけっきょく決が取られて、満場一致で異議はなしである。そこで私見を申し述べたのは、レイ=マトゥアの兄たるマトゥアの長兄であった。


「誰より苦労がかさむのは、アスタであろう。婚儀はもう二日後に迫っているのに、大丈夫なのか?」


「はい。人手を借りることさえできれば、大丈夫です。ラウ=レイもヤミル=レイも、俺にとっては大切な相手ですからね」


 すると、ラウ=レイがいきなり立ち上がり、二歩の踏み込みで俺に跳びかかってきた。


「アスタ、感謝しているぞ! お前たちが婚儀を挙げる際には、俺もめいっぱい祝福するからな!」


「わ、わかったよ。痛い痛い痛い。力加減を考えてくれってば」


 ラウ=レイに抱きすくめられた俺は、あばら骨をみしみしと軋ませることになった。

 見かねたアイ=ファが空いた木皿で頭を引っぱたくと、ラウ=レイはようやく身を離す。その中性的で端整な細面は、無邪気な幼子のごとき笑みをたたえたままであった。

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