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異世界料理道  作者: EDA
第九十七章 朱と緑の契り
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かまど番の集い③~明るい行く末~

2025.8/13 更新分 1/1

「それでは、次の議題に移りたく思うが……ここで試しに、かまど番から議題を提示してもらおう」


 ダリ=サウティがそのように呼びかけると、だいぶん砕けた空気になりかけていたかまど番たちがぴたりと押し黙った。

 かまど小屋であれば遠慮なく声をあげる女衆ばかりであるが、やはり氏族の代表として参じた場では用心深くなってしまうのだろう。そのさまを見回したダリ=サウティは、ハヴィラの家長の伴侶に照準を定めた。


「ハヴィラも北の一族と同様に、中央から遠き地に住まう氏族となる。条件としては、サウティの眷族と同様であろう。かまど仕事の現状や行く末について、何か疑問や不安はないだろうか?」


「そうですねぇ……」と、ハヴィラの女衆はゲオル=ザザのほうをちらりとうかがう。ゲオル=ザザは豪気な笑顔で、その視線を受け止めた。


「普段の家長会議では親筋の氏族が眷族の意見をまとめているはずだが、このたびは話をまとめる時間もなかったからな。ザザの血族という立場はいったん忘れて、ハヴィラの家人として思うさま語るがいい」


「承知いたしました。……不安に思うのは、やはり手ほどきについてでしょうかねぇ。わたしらもディンやリッドと家人を預け合うようになってから、格段に多くのことを学ぶことができるようになりましたけれど……このたびのように新しい食材というものが届けられると、いつそれを扱えるようになるかと気が急いてしまうところがあるのですよ」


「ああ、それはもっともな話ですねぇ」


 と、フェイの家長の伴侶が同意を示した。こちらは、サウティの眷族である。


「わたしたちもフォウと家人を預け合うようになってからは、さまざまなことを学ぶことがかないました。だけどやっぱり新しい話が持ち上がると、それを知るのにずいぶんな時間がかかってしまいます。もちろんいずれは同じだけのものを学ぶことができるのですから、何も焦る必要はないのでしょうが……なまじアスタたちの手腕を知ってしまうと、それを目指したいという気持ちがつのってしまうのでしょうかねぇ」


「かまど番として高みを目指す気持ちは、決して間違ってはおるまい。ファやルウの近在に住まう氏族は、そういった思いとも無縁であるのであろうかな?」


 ダリ=サウティが呼びかけると、アウロの女衆が「いえ」と応じた。こちらはラッツの眷族で、ハヴィラやフェイと同じく家長の伴侶である年配の女衆だ。


「アウロではひとりの女衆を屋台の手伝いに出しておりますし、他の女衆が下ごしらえを手伝うこともしょっちゅうです。また、最近では親筋たるラッツの女衆が毎日屋台と勉強会に参加することになって、いっそうさまざまなことを学ぶことができるようになりましたけれど……それでもやっぱり新しい食材などが届けられた折には、みんなじりじりしておりますよ」


「そうですね。わたしが血族の代表として多くのことを学んでも、それを血族に手ほどきできるのは屋台の商売が休みの日ぐらいのものです。もちろん遠方の氏族に比べれば恵まれた環境であるのでしょうが、ルウの眷族には何歩も及んでいないかと思います」


 ラッツの女衆はそのように答えながら、ララ=ルウに向かって微笑みかけた。


「ですが、ルウの眷族も立場としてはわたしたちと変わらないように思うのです。何か、わたしたちが見習えるような部分はあるのでしょうか?」


「手ほどきについてかー。それはやっぱり、場所と人数の差なんじゃないかな」


 考え考え、ララ=ルウはそう答えた。


「ルウはシンと家を分けたけど、空き家を含めて八つのかまど小屋があるんだよ。勉強会の日には、そのかまど小屋にどっさり人を集めることができるの。それでもって、レイナ姉の他にもリミだとかミケルだとかマイムだとかっていう手練れがそろってるし、最近ではレイやミンやルティムの女衆も追いつきそうな勢いだからさ。八つのかまど小屋で、同時に勉強会をすることもできるんだよね」


「ふふん。手練れの中に、お前は含まれないのか?」


 ゲオル=ザザがまぜっかえすと、ララ=ルウは気安く肩をすくめた。


「あたしはもう色んな女衆に追い抜かれてるし、その前から勉強会の指南役を務めることはなかったよ。あたしが取り仕切るのは、あくまで屋台や下ごしらえの場だけだね」


「はい。場を取り仕切る力は、ララ=ルウとレイナ=ルウが図抜けていますので」


 そのように応じたのは、ミンの女衆だ。ただし、さきほどララ=ルウに評価されたのは、集落に居残っているほうの女衆なのだろうと思われた。


「これをファの家でたとえて言うとね、ユン=スドラやマルフィラ=ナハムやレイ=マトゥアなんかがアスタと別々に指南役を務めてるようなもんなんだよ。それなら、ちょっとぐらいは差がつくのが当然でしょ?」


「ふむ……しかし、それならば、数多くの氏族が同じように腕を上げられるのではないか? スドラやナハムの手練れたちも、商売のない日には血族に手ほどきをしているのであろうからな」


 そんな声をあげたのは、最初に発言した女衆の伴侶であるハヴィラの家長だ。

 すると、ララ=ルウは「いやいや」と手を振った。


「まず、勉強会の日程っていうのを説明させてもらうね。ここ最近のアスタは、勉強会を三種類に分けてるの。ファの家の勉強会、ルウの家の勉強会、自分のための修練の日、っていう具合にね。それが毎日くりかえされるわけだけど……あたしが言ってる勉強会ってのは、自分のための修練の日のことなんだよ」


「うむ? いまひとつ、理解が及ばないのだが」


「ルウの家の勉強会ってのは、アスタがルウの集落に来て開かれる勉強会なの。そこではレイナ姉たちもアスタにつきっきりで、血族の面倒は見てないんだよ。たまにリミとかミケルとかが分家のかまど小屋に移って、血族に手ほどきをするぐらいかな。だから、ルウの血族が本格的に修練を積んでるのは、アスタが集落に来ない日なんだよ」


 多くのかまど番が、熱心にララ=ルウの言葉を聞いている。俺がルウの集落を訪れない日、そこではどのような修練が行われているのか――それは、血族ならぬ人間にとっては完全なブラックボックスであったのだった。


「アスタがファの家で自分の修練を積んでる日に、ルウの集落には血族のかまど番がどっさり集まって、そこで大々的に勉強会が開かれてるわけさ。ただし、レイナ姉とかリミとかはたいていファの家に行っちゃうから、そこで指南役を受け持つのはミケルとかマイムとか、さっきも言った眷族の女衆とかだね。三日に一回、そういう大がかりな勉強会を開いてるから、ルウの血族は格段に腕を上げることができるんだろうと思うよ」


「なるほど。それはルウの血族に指南役が務まるほどのかまど番が数多く育っているからこその所業であろうな」


「そうだね。ただし、レイとかの女衆はユン=スドラたちほどの力量ではないはずだよ。ユン=スドラたちはアスタにつきっきりだけど、血族のかまど番はレイナ姉につきっきりで学んでるわけじゃないからね。だから……アスタのほうは深く狭くで、ルウのほうは浅く広く、かまど番の腕が上がってるんじゃないのかな」


 すると、たびたび名前をあげられているユン=スドラが恐縮しきった様子で発言した。


「確かにわたしはファとルウの勉強会のみならず、アスタ個人の修練の日にもお邪魔しています。だから、自分ばかりが力をつけて、血族への手ほどきが滞っている……という状況であるわけですね」


「たぶん、そういうことだね。でも、それって悪いことじゃないと思うよ。ユン=スドラがそれだけの力をつけたからこそ、フォウの祝宴ではあんなに立派な宴料理を出せるんだろうからさ。ガズやラヴィッツも、それは同じことなんだろうし……今では、ラッツもそうなんじゃないの?」


「うむ! ここ最近の祝宴は、どの氏族にも負けないほど立派な料理が準備されているぞ!」


 ラッツの若き家長が元気に答えてから、周囲の面々をぐるりと見回した。


「これもまた、狩人の仕事に置き換えると理解しやすいのかもしれんな! 血族に突出した力を持つ狩人がいたならば、それに従う狩人たちも大きな収獲をあげることがかなおう? ファのもとには少数精鋭の勇者が育ち、ルウの血族には数多くの勇士が育っているということではなかろうか?」


「ああ、ルウで言うと勇者はレイナ姉とリミとミケルぐらいかな。で、アスタを手伝うかまど番には、その倍以上の勇者が育ってるんだろうね」


 すると、ラヴィッツの長兄がにんまりと笑いながら発言した。


「ひとつ問わせてもらうが、やはりナハムの三姉は勇者の部類なのであろうかな?」


 マルフィラ=ナハムが盛大に目を泳がせる中、ララ=ルウは「もちろん」と答えた。


「では、モラ=ナハムの伴侶はどうであろうか?」


「フェイ・ベイム=ナハム? うーん、あたしはそうまでつきあいがないから、迂闊なことは言えないけど……立場としては、手練れのレイの女衆と同等なんじゃない?」


「では、少なくとも勇士ということだな。そして、それ以上の仕事を受け持っているガズやラッツの女衆も、勇者か勇士の力量なのだろう」


 と、ラヴィッツの長兄はベイムの家長へと視線を移した。


「しかし自慢の娘がナハムに嫁入りしてしまった現在、ベイムの血族にはダゴラの女衆しか存在しないわけだ。ファの商売を手伝う氏族の中では、不遇と称するべきであろうな」


「……嫁入りしたのは本人の勝手であるのだから、俺たちがアスタに文句をつけることはできまい」


「しかし、ラヴィッツでは二名、ナハムでは三名もの女衆を屋台に出しているからな。氏族によって処遇の差が出ることは避けるべきであろう」


 もともとラヴィッツの血族ではリリ=ラヴィッツとマルフィラ=ナハムが屋台で働いており、のちになってラヴィッツとナハムとヴィンから一名ずつが加わった。さらにフェイ・ベイム=ナハムが嫁入りしたことで、それほどの人数にふくれあがったのである。そのぶん、マルフィラ=ナハムとヴィンの女衆を除く三名は出勤の日取りを間遠にしていたが――それでもやっぱり、ダゴラの女衆ひとりしか出していないベイムの血族とは、ずいぶんな差になってしまうはずであった。


「そうですね。ベイムはフェイ・ベイム=ナハムが嫁入りした都合から女手が足りなくなっているかと思い、屋台の当番の増員はお願いしていませんでした。もしも人手にゆとりができた折には、ご遠慮なく相談してください」


「うむ。俺は無理に人手を出す必要はないと考えているが……ことは、かまど番の修練にも関わってくるのであろうな」


 ベイムの家長が仏頂面で視線を向けると、伴侶たる女衆が「そうですねぇ」と微笑んだ。


「屋台の商売も数日に一度のことなのですから、そうまで負担になることはないでしょう。それよりも、得られる恩恵のほうが大きいように思いますよ」


「うむ。ダゴラの女衆の負担を減らすためにも、ベイムは奮起するべきであろうな」


 と、ラヴィッツの長兄はしたり顔で言葉を重ねた。


「このように、ファの近在に住まっている氏族においては、簡単に話をつけることもできる。それでも、かまど番の力量にはずいぶんな差がついているのであろうし……遠方の氏族であれば、なおさらだな」


「うむ。そもそもは、ハヴィラの話から始まっているからな。近在の氏族でも手ほどきが足りていないとあらば、ザザやサウティの血族はなおさらであろう」


 ダリ=サウティは、ひさびさに取り仕切りの声をあげた。


「しかしまた、これは根を同じくしている話であるとも言える。ザザやサウティの血族も、それぞれファの近在の氏族に家人を預けているのだからな。近在の氏族に対する何らかの改善策が生まれれば、ザザやサウティの血族も同じ恩恵を受けられるはずだ」


「それであたしは、何か手本にできる話はないかって尋ねられたんだよね。その答えは最初に言った通り、場所と人数だよ。いっぺんに多くのかまど番を集めることができる場所があれば、ずいぶん手ほどきも進むんじゃない?」


 と、ララ=ルウも話を引き戻した。


「さっきも言った通り、ルウの血族はアスタが個人的な修練を積んでる日に、大々的な勉強会を開いてるんだよ。それと同じように、小さき氏族のかまど番が集合できるような場所があったら便利だと思うんだよね」


「ふむ。しかし、場所だけあっても指南役の人間が足りないのではないか? 勇者の名に値するかまど番たちは、のきなみアスタのもとで学んでいるようであるからな」


 そんな風に声をあげたのは、ハヴィラの近所に住まうダナの若き家長である。若いが大層な力を持ち、血気も盛んな男衆だ。


「リミから話を聞く限り、アスタの個人的な修練の日って、そこまでべったりつきっきりになる必要はないような気がするんだよね。実際のところは、どうなんだろう?」


「うーん。俺は他の人たちの意見を参考にしてるから、必要ないことはないんだけど……つきっきりである必要はないんだろうね」


 俺がそのように答えると、ユン=スドラが不安げな眼差しを向けてくる。

 それを解消するためにも、俺はさらに言いつのった。


「たとえば、ルウみたいにたくさんのかまど小屋があると想定してね。最初はいつも通りの顔ぶれに集まってもらって、その日の修練の内容を決めつつ、意見をもらう。その後は顔ぶれを順次入れ替えながら、手の空いた人には別のかまど小屋で指南役を受け持ってもらうとか……そういう感じかなぁ」


「うんうん。たまーにアスタの都合のつかない日なんかは、レイナ姉がそうやって手ほどきを進めてるよ。しっかり自分の修練も進めながら、他のかまど番に指南役をお願いしてる感じだね」


「しかし」と、ベイムの家長がうろんげな声をあげた。


「けっきょくは、数多くのかまど小屋が必要であるということだな。最近はどの氏族もかまど小屋を増やしているようだが、ルウに比べればささやかなものであろうよ」


「そうですねぇ。一番立派なのはフォウの集落でしょうけれど、それでもルウとは比べ物にならないでしょうし……それに、フォウにはフォウの仕事もあるでしょうしねぇ」


「うん。フォウでは下ごしらえの作業を受け持つことが多いからねぇ。その時間を避けるとしても、下ごしらえの済んだ食材でけっこう場所を食っちまうんだよ」


 と、バードゥ=フォウの伴侶も初めて発言した。

 多くの人々は誰に答えを求めるべきかと視線をさまよわせる。そんな中、声をあげたのはララ=ルウであった。


「別に、悩む必要はないんじゃない? あたしは最初っから、ファの家にかまど小屋を増やしたらどうだろうと思って提案してるんだよね」


「なに?」と、アイ=ファもまた初めて口を開いた。


「それは、どういう話であろうか? ファの家には、二人の家人しかおらんのだぞ?」


「うん。でも、建築屋のみんなを招いた晩餐会でも、かまど小屋が足りてなかったでしょ? かまど小屋を建てるために樹木を伐り倒せばいっそう広場も広くなるし、そうしたら祝宴も開き放題なんじゃない?」


「しかし……ファの家には、かまど小屋を建てる人手もない」


「そんなものは、どうとでもなろう! 今のかまど小屋を建てたのは、誰だと思っておるのだ?」


 と、リッドの家長たるラッド=リッドも豪快な声をあげた。


「そうしてかまど小屋を増やすことでかまど番の腕が上がるというのなら、俺たちはいくらでも力を貸すぞ!」


「いや、しかし……そちらにも、狩人の仕事があろう?」


「最近は、数日置きに休息の日を入れているのだからな! そういう日にちまちま作業を進めていけば、いずれは立派なかまど小屋が建ち並ぶであろう! それにこのたびは、数多くの氏族が力を添えるだろうからな!」


「もちろんだ」と、バードゥ=フォウが穏やかに声をあげた。


「現在のかまど小屋は、リッドとディンの男衆が手掛けたのだったな? 無論、フォウの血族も力を添えるぞ」


「ラッツだって、黙ってはおらんぞ! そこで力を添えなければ、アスタに手ほどきを受ける資格もなかろうからな!」


「では、ガズもベイムも同様だな。ラヴィッツやスンはどうであろうか?」


「ふふん。ナハムの三姉がべったりアスタにはりついている以上、他人顔はしておられんだろうな」


「スンにはさしたる人手もないが、可能な限りは力を添えたく思うぞ」


 そうしてけっきょく、ダイの血族を除くすべての小さき氏族の人間が声をあげることになった。ダイの血族だけはルウの血族のお世話になっており、ファの下ごしらえや勉強会に参加していない立場であるのだ。


「これは……どのように判ずるべきなのであろうな?」


 と、さしものアイ=ファも判断に困った様子で俺のほうを振り返ってきた。

 そんなアイ=ファに、俺は真心を込めて笑いかける。


「俺は、賛成だよ。ただ、そんなに大勢の人間が集まると、子犬たちも落ち着かないだろうからな。もしかまど小屋を増設してもらえるとしても、母屋からは離れた場所にしてもらったらどうだろう?」


「うむ? ファの集落の、離れた場所にということか?」


「うん。晩餐の準備なんかは今のかまど小屋で十分だから、母屋の近くに増設する必要はないだろう? 修練や祝宴の日にだけ使うかまど小屋を、広場の離れた場所に建ててもらうんだよ」


「なるほど」と、アイ=ファは真剣な面持ちで思案する。

 その判断材料を追加するべく、俺はさらに言葉を重ねた。


「ただし、かまど小屋にはそれぞれ調理器具も必要になるからな。それだけでも、けっこうな出費になるはずだ」


「うむ。しかし、それが森辺のかまど番の行く末に繋がるというのならば、銅貨の正しき使い道と言えような」


 そんな風につぶやいてから、アイ=ファは決然と面を上げた。


「ファの家長として、ララ=ルウの提案は前向きに考えようかと思う。ただし、先刻から声をあげているのは男衆ばかりだな。当のかまど番は、どのように考えているのであろうか?」


「それはもちろん、手ほどきを受ける側の人間に異存などあるまい。迷いが生じるとすれば、指南役を受け持つ側であろうな」


 フォウの長兄が、まずは血族たるユン=スドラへと目を向ける。

 ユン=スドラは懸命に背筋をのばしながら、「はい」と応じた。


「わたしはこれまで、さんざんアスタのお世話になってきましたので……血族や他の氏族の方々のお力になれるのでしたら、苦労は惜しまないとお約束します」


「ユン=スドラは、今でも力を尽くしてくれているぞ。むしろ、ユン=スドラにばかり苦労をかけて、申し訳ないほどだな」


「うむ! しかし、力のある人間は、その力に見合った働きを見せるべきであろうよ!」


 ラッツの家長が元気に声をあげると、ラッツの女衆は落ち着いた笑顔で応じた。

 その裏では、マルフィラ=ナハムやレイ=マトゥアたちも意思確認をされている。そちらでも、反対の声をあげる人間はいなかった。


「話がずいぶん大がかりになってきたようだな。しかしこれこそ、すべての氏族の人間が集まった成果であろう」


 ダリ=サウティはゆったり笑いながら、そう言った。


「サウティは気安くファの家に通える距離ではないが、それでもフォウの集落に預けている家人にばかり苦労を押しつけるつもりはない。休息の日には、なるべく力を添えたく思うぞ」


「では、ザザもそのように振る舞うしかなかろうな。まあ、それで文句をつける人間はおるまい」


 すると、黙って成り行きを見守っていたジザ=ルウもついに発言した。


「ひとつ確認させてもらいたいのだが、それは何も急ぐ話ではあるまいな?」


「うむ? それは、どういう意味であろうか?」


「三日後には、西の王都の一団がジェノスに到着するのだ。そちらの様子が知れるまでは、大がかりな話はつつしむべきであるように思う」


 やはりジザ=ルウが口を開くと、その場の空気が引き締まるようである。

 そんな中、ラッド=リッドはガハハと笑った。


「べつだん急ぐつもりはないし、そうまで大がかりな話ではないように思うぞ! 休息の日にある氏族の狩人が集まって、少しずつ作業を進めていくことになるのだろうからな! ファの家の都合が悪い日には作業を取りやめるだけの話であるし、何も心配には及ぶまい!」


「そうか。では、ルウの血族は黙って見守らせてもらおう」


 ジザ=ルウが口をつぐむと、何名かの女衆がほっと息をついたようであった。

 すると、ダリ=サウティが取り仕切り役として声をあげる。


「では、細かな話を取り決めておきたいのだが。さしあたって、これは有志による自発的な行いであり、ファの家に代価を求めるものではないということでよかろうか?」


「代価?」と、ラッド=リッドが小首を傾げる。


「うむ。休息の日にかまど小屋を建てるというのは、相応の労力であろう。しかしべつだんファの側から願った話ではないので、代価を支払ういわれはないということだ」


「なんだ、そのような話か! 俺たちは以前にかまど小屋を建てた際にも、代価などは受け取らなかったぞ!」


「そうなのか。さすがそちらの六氏族は、固き絆で結ばれているのだな」


「わっはっは! あの頃は、まだファの行いが正しいと認められる前であったからな! リッドとディンは表立ってファに力を添えることがかなわなかったため、その無念を力仕事にぶつけていたのだ!」


「そういう話は、俺のいない場でするがいい」


 と、ゲオル=ザザは苦笑をこぼす。親筋たるザザがファの行いに疑問を持つ立場であったため、リッドとディンはあれこれ自重していたのである。それは二年以上も前の話であるので、懐かしい限りであった。


「そして、手ほどきに関してはどうなのであろうな。ルウは血族であるために代価なども必要なかったのであろうが、このたびは血族ならぬ相手に手ほどきをすることになる。しかも、アスタひとりの話ではなく、数多くのかまど番が指南役を受け持つことになるわけだ」


 そのように語りながら、ダリ=サウティは俺やユン=スドラやバードゥ=フォウの伴侶などに視線を巡らせる。その中で真っ先に声をあげたのは、バードゥ=フォウの伴侶であった。


「これまでは、アスタに世話をかける代わりに屋台の賃金を半分に減らすことにしたのでしたね。でも、こうまでさまざまな氏族が入り乱れると……誰が誰に代価を払うべきか、少しばかり困っちまいますねぇ」


「うむ。そちらではユン=スドラが指南役を受け持つとしても、他の女衆は別なる氏族の女衆に手ほどきを受ける機会も生じよう。それならば、差し引きで代価は不要としたいところだが……中にはサウティの血族のように、習うばかりの氏族も生じるのだ」


「その中には、ベイムも含まれるわけだな。確かに、おかしな優遇は避けてもらいたく思うぞ」


 それは確かに、清廉なる森辺の民に相応しい主張である。

 俺もどのようにつりあいを取るべきかと一考したが――その考えがまとまる前に、ルティムの代表として参じたツヴァイ=ルティムが「フン」と鼻を鳴らした。


「その前に、もっとでっかい出費の話があるでしょうヨ。アンタたちは、食材が空から降ってくるとでも思ってるのかい?」


「うむ? それは……修練の場で扱う食材の費用のことだな?」


「ああ、そうサ。今はファの家が食材を準備してるらしいけど、ルウで大がかりな勉強会を開くときには血族から銅貨を集めてるんだヨ。何十人もの人間が修練するための食材なんて、とんでもない量になるんだからサ」


 いつも通りの威勢のよさで、ツヴァイ=ルティムはそのようにまくしたてた。


「で、その銅貨は手ほどきを受ける人間だけが支払うことに決めたんだヨ。たとえばレイの人間が四人集まって、その内のひとりが指南役を受け持つとしたら、残りの三人分をレイの家が支払うって寸法だネ。そうしたら、つりあいは取れるでショ?」


「なるほど。フォウの血族で言えばユン=スドラを除外して、それ以外の人間の数で支払う銅貨の量を決めるということだな。それならば、公正であるやもしれん」


「そうだな。異存のある人間はおるまいよ」


「では、ここで決を取るとしよう。今のツヴァイ=ルティムの提案に、異議のある人間はあろうか?」


 銅貨の出費に関しては家長の領分であるため、家長たちで決が取られる。そして、異議を唱える人間は存在しなかった。


「では、その線で進めるとしよう。……しかし、食材費の計算というのは、またけっこうな手間になりそうだな」


「最初はファの家が食材を準備して、使われた分の食材費を計算するんだヨ。あとは、そいつを人数分で割るだけサ。アンタだったら、どうってことないでショ?」


 ツヴァイ=ルティムにやぶにらみの目を向けられた俺は、「うん」と笑顔を返した。


「それぐらいなら、どうにかできそうだよ。いい案を、どうもありがとう」


「フン。ひと言ぐらいしゃべっておかないと、家長に文句を言われそうだからネ」


 そのように語るツヴァイ=ルティムのかたわらでは、ガズラン=ルティムが満足そうに微笑んでいる。俺は、そちらにも笑顔を送ることにした。


(そういえば、ガズラン=ルティムやライエルファム=スドラはずいぶん口数が少ないな)


 この聡明なる両名であれば、男衆の側のちょっとした質問に関しても的確な答えを返せそうなところであるが――もしかしたら、かまど番の出番を奪ってしまわないように、見守りの立場に徹しているのかもしれなかった。


 まあ、実際のところがどうなのかはわからない。

 ただ俺たちは、誰もが正しき道を目指して頭をひねり、力を尽くすしかなかった。

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― 新着の感想 ―
お料理教室どころか擬似的な調理師学校制度が生まれちゃってる... これ将来的にはここで得られたノウハウを基に森辺で教育機関としての学校が生まれるんじゃなかろうか 現段階で街から人を呼んで学ぼうって話は…
狩人の修練の風景ってどんなもんなんだろうかね。棒引きや荷運びの修練風景がなかなか場面が想像できんw
確かに今までかまど番の料理の腕の上達しやすさには偏りがあったね。日々忙しくしすぎてた(主にアスタと王族関連ほせいで)から今まではそこまで見る余裕が無かったように思う。
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