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異世界料理道  作者: EDA
第九十七章 朱と緑の契り
1653/1699

かまど番の集い①~集合~

2025.8/11 更新分 1/1

・今回は全6話の予定です。

 東の王都の使節団を見送る送別の祝宴の、二日後――青の月の十八日である。

 その日は森辺において初めて開催される、女衆を主体とする家長会議の当日であった。


 祝宴の二日後とは実に慌ただしい日程であるが、こればかりはしかたがない。青の月の二十一日には西の王都の新たな外交官一行が到着するために、森辺の民はそれまでの期間で家長会議とレイ家の婚儀を成し遂げることに決定されたのだ。


 その言いだしっぺはラウ=レイであり、後押ししたのは俺とガズラン=ルティムである。そして森辺の三族長は協議の末、その提案を受け入れてくれたのだった。


 そんな話が持ち上がったのは送別の祝宴の当日であったため、さすがに一日は猶予をもうけなくてはならなかった。そしてさらにその二日後にはレイ家の婚儀を執り行い、その翌日には西の王都の一団を迎えるわけである。


 これでは当初のジザ=ルウが難色を示していたのも、当然の話であるだろう。しかも、送別の祝宴の五日前にはもともとの家長会議を開いていたし、その翌日には東の王都の使節団を迎え入れて、新たな食材の研究に励んでいたのだ。もとより慌ただしい日々を送っていた俺たちでも、これほどスケジュールが立て込むのは決して当たり前の話ではなかった。


「とはいえ、もっとも苦労がかさむのは、お前であろうがな」


 今回のスケジュールが決定された際、アイ=ファは優しい眼差しでそんな風にねぎらってくれたものである。

 新たな食材で美味なる料理を考案すべしと申しつけられたのは俺であるのだから、アイ=ファの言葉ももっともであろう。ただし、それを手伝うかまど番たちも、祝宴に出向くことになった狩人たちも、それなり以上の苦労であるはずであった。


 しかし何にせよ、ラウ=レイの提案を後押ししたのは、俺自身なのである。

 新たな外交官が到着したならば、またしばらくは平穏ならぬ日々が続くかもしれない。それでラウ=レイとヤミル=レイの婚儀が延期されてしまうのは心苦しかったので、俺としては後押しせざるを得なかったのだ。


 それに俺は森辺の民としての節度を守るべく、決して余所では口にしなかったが――そこには、アリシュナからもたらされた星読みの結果も関わっていた。

 俺とアイ=ファは、間もなく大きな試練を迎えることになる。そしてそれは、ジェノスの運命を左右するような大ごとであるのだ、と――アリシュナは、そんな風に語っていたのである。


 新たな外交官がその試練というものを持ち込んでくるのかは、わからない。

 しかし、アリシュナがそんな託宣を下したのは《青き翼》の送別の晩餐会が行われた青の月の九日であり、東の王都の使節団の送別の祝宴が開かれた時点ですでに七日の日が過ぎていたのだ。

 そして、新たな外交官が到着するのは、託宣された日の十二日後となる。アリシュナがどれだけ遠き未来を見透かせるのかは計り知れないが、もういつ運命の変転が訪れてもおかしくはないはずであった。


 だから俺としては外交官の一件のみに留まらず、おかしな騒ぎが起きる前に婚儀を挙げてほしいという気持ちになっていた。

 しかし、星読みの結果を重んじすぎるのは森辺の流儀ではないために、アイ=ファを除く同胞には決して真情を明かさなかったのだった。


「たとえ何が起きようとも、我々は力を尽くすだけだ。決して、怯える必要はないぞ」


 俺が秘めたる内心を明かしたとき、アイ=ファは力強い面持ちでそんな風に言ってくれた。

 それで俺は心置きなく自分の仕事に集中し、そして今日という日を迎えたわけであった。


「お待たせしました。今日はよろしくお願いいたします」


 家長会議の当日、真っ先にファの家にやってきたのはユン=スドラとライエルファム=スドラであった。

 時刻としては、上りの五の刻のことである。家長会議は中天からの開始であったので、俺はそれまでの時間を明日の下ごしらえにあてていた。今日は臨時休業としたので、城下町の営業日も明日にずれこんでいたし、なおかつ昨日からファの家がトゥランの商売を受け持つ日程であったのだ。宿場町とトゥランの下ごしらえは午後のメンバーにお願いして、午前中は城下町の下ごしらえに励んだ次第であった。


 そちらの作業は無事に終えて、手伝いのかまど番は帰ったのちのことである。

 表で荷車の準備をしていた俺は、挨拶の声をかけてくれたユン=スドラに「やあ」と笑顔を返した。


「おはよう。今日は大変な一日だけど、おたがいに頑張ろうね」


「はい。アスタや家長の足を引っ張っらないように、力を尽くします」


「それはむしろ、俺の台詞だな。家長会議と銘打っているが、今日の主役はかまど番であろうよ」


 ライエルファム=スドラは落ち着いた面持ちで、そんな風に言った。森辺で初の開催となる本日の試みにも、動揺している様子はない。実際のところ、今日の家長会議がどのような形に落ち着くかは、俺にも想像がついていなかった。


 そしてそれは、すべてのかまど番が同様であるのだろう。ユン=スドラも朗らかな表情を保持しながら、その瞳には未知なる試練に向ける熱情が宿されていた。


「お、ユン=スドラたちも来てるじゃん! みんな、お待たせー!」


 と、今度は元気な声が響き渡る。

 俺が振り返ると、アイ=ファに引き連れられたユーミ=ランとランの家長が参上したところであった。アイ=ファはフォウの家に家人たちを預けに出向いていたので、そちらで合流したのだろう。フォウに預けた荷車は、行き道でディンとリッドの参席者を拾ってもらう手はずになっていた。


「いやー、女衆を供にする家長会議ってのが、こんな早々に開かれるとはねー! しかも、あたしみたいな新参者が出張るのは恐縮しちゃうよー!」


「しかしお前は、宿場町の行状にもっとも通じている人間であるのだからな。お前はお前にしか果たせない仕事を果たすのだ」


 ランの家長が厳粛なる面持ちで言いたてると、ユーミ=ランは力強い笑顔で「はい!」と応じた。


「それじゃあちょっと早いけど、出発しようか。レイナ=ルウたちにも挨拶をしておきたいしね」


「うむ。手綱は、私が預かろう」


 アイ=ファが颯爽と御者台に乗り込み、残る五名は荷台に収まる。そうして荷車は八日前と同じように、スン家を目指して出立した。


「今日のかまど仕事を取り仕切るのは、やはりルウの次姉であったか。では、家長会議に参ずるのは三姉ということだな?」


 ランの家長の問いかけに、俺は「はい」と応じた。


「かまど仕事の実務に関してはレイナ=ルウが一番の手練れですけれど、こまかい内情をより正確に把握しているのはララ=ルウのほうですからね。これぞ、適材適所だと思います」


「うむ。貴族との交流に関しても、ルウの三姉は目覚ましい働きを見せているという話であったしな。かえすがえすも、頼もしいことだ」


「しかし」と、ライエルファム=スドラも声をあげる。


「今日は力あるかまど番の数多くが会議のほうに参ずるのであろうから、晩餐を受け持つ組はいっそうの苦労がつのるのであろうな」


「はい。ルウ家も明日の下ごしらえがありますので、そちらにも人手を残さないといけませんからね。でも、余所の氏族でも十分にかまど番は育っているので、何も心配はいらないと言っていましたよ」


 しかし、そういった打ち合わせも昨日だけで完了させなければならなかったのだ。かまど仕事の取り仕切り役に任命されたレイナ=ルウには、多大な責任がのしかかっているはずであった。


「そういえば、本来の家長会議でもルウ本家の三姉妹はいつも勢ぞろいしているな。それでも集落に残された者たちだけでぬかりなく仕事を果たせるぐらい、かまど番が育っているわけか」


「はい。今日も三姉妹は勢ぞろいして、明日の下ごしらえは分家のマイムや血族のかまど番に託すそうです。もう最近ではレイやミンの女衆が下ごしらえの場を取り仕切るのが当たり前になっていましたからね」


「なるほど。ファの家で言うと、フォウやラッツの女衆が下ごしらえの場を取り仕切るようなものか。あらためて考えると、実に立派なものだな」


 そんな風に言ってから、ランの家長は小さく息をついた。


「と、こんな思いを抱く時点で、かまど仕事に対する理解が足りていないということか。だからこそ、今日のような場が必要なわけだな」


「うむ。俺たちも必要な話はわきまえているつもりだが、そのほとんどは伝え聞いた話であるからな。実際に働いている女衆にしか見えぬものはあるのだろう」


 そのように語るライエルファム=スドラは、落ち着いたものである。森辺の民としては屈指の柔軟性と聡明さを持っているライエルファム=スドラであるので、誰よりも正しく現状を把握できているのだろう。


 そうして短からぬ時間をかけて、荷車はスンの集落に到着する。

 本日も、スンの長老たる白髪の女衆が穏やかな笑顔で出迎えてくれた。


「お待ちしておりました、家長の皆様がた。このように早く再会できるのは、嬉しい心地でございますねぇ」


「うむ。今日も世話をかける。祭祀堂のほうは、問題なかろうか?」


「はい。寝場所を分ける幕というものも、作りあげることがかないました。粗末な出来栄えではございますが、不備はないはずです」


 その品も、突貫工事で仕上げることになったのだ。送別の祝宴の前に必要な品だけは買いつけていたので、何とか間に合ったようであった。


「それで、族長らはもう参じているのであろうか?」


「ルウとザザはいらっしゃっておりますよ。ただし、どちらも族長の長兄でございます。ルウの長兄は祭祀堂、ザザの長兄はかまど小屋でございますね」


「ふむ。やはりルウとザザは、長兄を代理人としたか。では、俺は祭祀堂に出向くとしよう」


 ライエルファム=スドラとランの家長は祭祀堂、残るメンバーはかまど小屋である。スンの少年の案内でかまど小屋に向かうと、そちらではゲオル=ザザとギラン=リリンが待ちかまえていた。


「あはは。今日のお供は、ゲオル=ザザですか」


 俺が思わず笑ってしまうと、ゲオル=ザザがうろんげに眉をひそめた。


「俺が供とは、どういう意味だ? ザザがリリンの下についた覚えはないぞ」


「あ、すみません。ギラン=リリンはいつもかまど小屋の見物に出向いていて、シュミラル=リリンやラウ=レイと一緒にいたのです」


「ふん。あんな幼子めいたやつと、一緒にするな。あいつのおかげで、このように慌ただしい日取りになってしまったのだからな」


 それはもちろん、ラウ=レイのことを指しているのだろう。送別の祝宴を目前にした控えの間において、ラウ=レイがぎゃあぎゃあと騒いでいたとき、ゲオル=ザザも呆れながら見物していたのだ。


「しかし、最終的に判断を下したのは族長らであるのだから、ラウ=レイに文句をつけることもできまい?」


 アイ=ファが静かに問い質すと、ゲオル=ザザは再び「ふん」と鼻を鳴らした。


「そもそもあいつが騒ぎたてなければ、族長らにおうかがいをたてる必要もなかったのだ。婚儀が半月やひと月おくれたところで、伴侶が逃げるわけでもあるまいにな」


「まあ、恋情というのはそれだけ人を惑わすということだ。俺などは滅びかけている氏族の人間でありながら、ルウの血族に嫁取りを願ってしまった身であるしな」


 ギラン=リリンが柔和に笑いながら口をはさむと、ゲオル=ザザは逞しい肩をすくめた。


「お前はそれだけの力を持つ狩人であったのだから、何も恥じる必要はあるまい」


「何も恥じてはいない。まあ、血族たるラウ=レイが迷惑をかけてしまったので、なだめ役を担ったまでだ」


 すると、かまど小屋から新たな人影が顔を出した。かつてギラン=リリンの心を惑わせた、ウル・レイ=リリンその人である。


「ああ、おひさしぶりです、アイ=ファにアスタ……壮健なようで、何よりですね」


 そう言って、ウル・レイ=リリンはふわりと微笑んだ。

 びっくりするほど線が細くて、妖精か何かのように神秘的な雰囲気を持つ女衆である。金褐色の髪はちょっと長めのショートヘアーで、二児の母とは思えないぐらい若々しい――というよりも、年齢を超越した美しさであった。


「今日は、あなたが参じたのか。顔をあわせるのは、《銀の壺》を招いたルウの祝宴以来だな」


「はい。エヴァが生まれてから、リリンは屋台の商売からも外れていますので……この際は、女衆の取り仕切り役であるわたしが参じるべきかと判断いたしました」


「なるほど。しかし、両親そろって家を空けては、幼子たちが寂しがろう?」


 アイ=ファの言葉に、ギラン=リリンが笑顔で「いやいや」と答えた。


「シュミラル=リリンとヴィナ・ルウ=リリンに分家の家人たちも居揃っていれば、あやつらが寂しがることもあるまい。……まあそれでも、ウル・レイが家に戻った折にはさんざん甘えられることになろうがな」


「それはあなたも、同じことでしょう」と、ウル・レイ=リリンはまた妖精のように微笑む。

 親子のような年齢差であるはずだが、実に似合いの二人である。俺やアイ=ファはエヴァ=リリンの可愛い顔を拝むためにたびたびリリンの家まで出向いているので、二人の睦まじさも見慣れたものであったが――ゲオル=ザザは、いくぶん居心地が悪そうに身を揺すっていた。


「そちらの伴侶は、レイの生まれであるそうだな。家長と似ているのは頭の色ぐらいで、ずいぶん趣が違っているではないか」


「レイの家人には、猛々しい人間が多いからな。このウル・レイは、それが表に出ないだけだ」


「ふふ……それもまた、あなたも同じことですね」


 と、リリンの家長夫妻がまた微笑みを交わしたため、けっきょくゲオル=ザザは居心地が悪そうなままであった。


 そうして楽しく語らっていると、今度はトゥール=ディンとスフィラ=ザザのコンビがかまど小屋から現れる。トゥール=ディンは、慌てた様子で頭を下げた。


「は、話し声がすると思ったら、アスタたちだったのですね。ご挨拶が遅れてしまって、申し訳ありません」


「いやいや。トゥール=ディンたちも、もう来てたんだね。今日はフォウの荷車に拾ってもらったんだろう?」


「は、はい。男衆は祭祀堂で、女衆はかまど小屋を巡っています」


 それでこちらはウル・レイ=リリンを含めて三名で見物していたので、ゲオル=ザザたちは外に弾かれたらしい。俺はスフィラ=ザザにも挨拶をしてから、アイ=ファとともにかまど小屋を覗き込むことにした。


 八日前と同じように、レイナ=ルウの取り仕切りでたくさんの女衆が働いている。ただし、あの日と同じ顔ぶれであるのはリミ=ルウとスンの女衆のみで、それ以外はのきなみ北の一族であった。


「あっ、アイ=ファとアスタだー! おつかれさまー!」


「うん、お疲れ様。他のみなさんも、お疲れ様です」


 スンの人々はつつましい笑顔で、北の一族の面々は引き締まった面持ちで、それぞれ会釈をしてくる。家が近いということで、本日は北の一族を主体にしてチームが組まれたのだ。その中には、屋台の商売に参加しているドムやジーンの若き女衆も含まれていた。


「お疲れ様です。アスタたちがいらっしゃったということは、上りの六の刻も間近なのでしょうね」


 誰よりも引き締まった顔をしたレイナ=ルウが、厳しい眼差しでかまど番たちを見回した。


「わたしは分家のかまど小屋を見回ってきます。リミ、あとはよろしくね」


「はーい! おまかせあれー!」


 赤茶けた髪をパイナップルのように結いあげたリミ=ルウは、いつも通りの無邪気な笑顔である。それに見送られたレイナ=ルウが退室したので、俺とアイ=ファも早々に首を引っ込めることになった。


「レイナ=ルウは、見回りか。やっぱり普段と違う顔ぶれだから、大変そうだね」


「いえ。かまど番の力量に大きな不足はありませんので、どうということはありません。ただどうしても、自分の目で確認しないと不安な面はありますので」


 レイナ=ルウは調理に関して完璧主義な面があるので、用心に用心を重ねないと気がすまないのだろう。それもまた、レイナ=ルウをこれだけのかまど番に成長させた大きな要因であるはずであった。


 せっかくなので、俺たちもレイナ=ルウの後を追う格好で移動をする。トゥール=ディンたちも追従したので、なかなかの大人数だ。そして、向かった先ではさらに別なる見学者たちが待ちかまえていた。


「みなさんも到着されたのですね。どうも、お疲れ様です」


 そのように告げてきたのは、ミンの若い女衆だ。屋台では二名の女衆が当番となっているが、こちらは後から加わったメンバーである。もっと古株であるミンの女衆はルウの集落に居残り、明日の下ごしらえに励んでいるのだろうと察せられた。

 そして、そちらと行動をともにしていたのは、トゥール=ディンとともに参じたフォウとリッドの女衆だ。そちらはどちらも年配で、家長の伴侶という身分であった。


 ランはユーミ=ラン、スドラはユン=スドラという若い顔ぶれであったため、フォウではバードゥ=フォウの伴侶が出向くことになったのだろう。あるいはディンとリッドのほうも、同じような考えであったのかもしれない。そして何にせよ、集落に残されたメンバーは明日の下ごしらえに励んでいるはずであった。


(これが二年ぐらい前だったら下ごしらえの戦力が足りなくて、明日も休業日にするしかなかったんだろう。そう考えると、本当に人手が充実してるよな)


 家長会議が始まる前から、俺はそんな感慨を噛みしめることになった。


                 ◇


 それから、およそ一刻の後――ついに中天となって、家長会議の開始である。

 やはり女衆の多くは気が張っているのか、普段の家長会議よりもさらに静まりかえっている。それをなだめるように、ダリ=サウティがゆったりと声をあげた。


「それではすべての氏族がそろったようなので、家長会議を始めさせてもらいたく思うが……これは、半日をかけた長丁場だ。途中で力尽きぬように、肩の力を抜くがいいぞ」


 とはいえ、女衆がこのような会議に参ずるのは初めてのことなので、なかなか緊張を解くことも難しいのだろう。かまど番という立場では俺が唯一の経験者であるのだから、何とかみんなに手本を示したいところであった。


「まずは、今日の家長会議について内容を再確認させていただく。これは森辺において初めての試みとなる、女衆をともなった家長会議だ。なおかつ、普段の家長会議における供の男衆というのはあくまで場を見守る立場であり、会議のさなかにはほとんど口をきく機会もない。それに対して今日の家長会議は女衆が主体となり、家長が見守る立場になる場面も多いことだろう。なにぶん前例のない話であるので、どのような会議になるかは予測もつかない部分も多いが……ともあれ、いずれの氏族の人間も遠慮なく発言して、有意義な時間を過ごしてもらいたく思うぞ」


 そんな風に言ってから、ダリ=サウティは鷹揚に微笑んだ。


「と、つい女衆というくくりにしてしまったが、正確に言うならばかまど番だ。アスタは男衆であるがかまど番であるため、今日の会議に参じてもらっている。言うまでもなく、アスタは森辺におけるかまど番の要であるから、今日も存分に力を振るってもらいたく思うぞ」


「はい。よろしくお願いします」


 俺も意識的に明るい声を返すと、一部の女衆がほっとした様子で表情をゆるめた。きっと俺の存在は、男女の架け橋にもなり得るのだろう。


「あと、本来の家長会議では三人の族長が交代で取り仕切り役を担っている。この習わしは三年前から始められたことであるため、ちょうど先日の家長会議でひと巡りしたところであったのだ。今日はルウとザザが長兄を代理人としているし、順番的にも俺が受け持つ回であったので、こうして取り仕切り役を担わさせていただくが……それはあくまで、初めての回であるためだ。次回からは代理人の身であっても、順番に従って取り仕切り役を担ってもらおうと思う」


「ふん。まずは、来年もこの家長会議が開かれるかどうかだがな」


 ゲオル=ザザの言葉に、ダリ=サウティは「そうだな」と穏やかに応じる。


「こういった家長会議が毎年必要かどうかは、今日の内容で判じられることになるだろう。それも含めて、有意義な語らいを目指してもらいたい」


 女衆の何名かが、理解を示すようにうなずいた。

 そのように振る舞うのは、おもに年配の女衆だ。あらためて、本日の家長会議には老若の女衆が入り乱れていた。


 理屈は、俺が午前中に感じた通りであるのだろう。それぞれの血族の中で、偏りが出ないようにバランスを取っているように見受けられる。大雑把に分けて、それは屋台の参加メンバーか、もしくは家長の伴侶という区分になっていた。


 ルウの血族は、ララ=ルウ、ツヴァイ=ルティム、ヤミル=レイ、ミンの女衆が屋台の参加メンバーで、マァム、ムファ、リリンが家長の伴侶となる。そしてシン家は家長のシン・ルウ=シンが未婚であるため、母親のタリ・ルウ=シンが参じていた。


 ザザの血族は、ザザ、ドム、ディン、ダナが若い女衆で、ジーン、リッド、ハヴィラが年配の女衆となる。ただし、ドムは家長たるディック=ドムが若いので、モルン・ルティム=ドムが家長の伴侶として参じていた。


 サウティの血族は、屋台の商売に参加しているサウティ、ダダ、ドーンが若い女衆、ヴェラ、フェイ、タムルが家長の伴侶という区分であったが、ヴェラはドムと同じ理屈で若い家長と若い伴侶だ。


 小さき氏族は二つか三つの血族で構成されているが、やはり老若で偏っている氏族はない。二つの血族でどちらかが若ければ、もう片方は年配であるという寸法だ。ガズであれば、ガズの家長の伴侶とレイ=マトゥアという組み合わせとなる。あとはマルフィラ=ナハムにリリ=ラヴィッツ、屋台の当番であるラッツ、ミーム、ダゴラ、ダイの女衆、そしてクルア=スンという見慣れた面々も居揃っていた。


 そしてまた、家長に関しても同様である。

 本日は、三割ぐらいの氏族が本家の長兄を代理人としているように見受けられた。

 ただし、家長当人が若い氏族もあるので、老若が半々の印象である。


 ジザ=ルウ、ガズラン=ルティム、ラウ=レイ、シン・ルウ=シン、ゲオル=ザザ、ディック=ドム、ダナの家長、ディンの長兄、ダリ=サウティ、ヴェラの家長、ドーンの長兄、フォウの長兄、ラヴィッツの長兄、モラ=ナハム、ラッツの家長、ガズの長兄、レェンの長兄、ダゴラの長兄――若い男衆の顔ぶれは、そういったところだ。


 フォウやラヴィッツやガズなどは家長の伴侶と長兄という組み合わせであり、ディンやナハムやドーンなどは若い男女の組み合わせ、ベイムやジーンやハヴィラなどは年配の家長と伴侶という組み合わせと、そういった部分は氏族それぞれとなる。何にせよ、氏族単体ではなく血族全体でバランスを取っているのだろうと察せられた。


(見慣れた顔も多いけど、そうじゃない人もたくさんいるし……やっぱり、すべての氏族のかまど番が一堂に会するっていうのは、壮観だな)


 そんな思いを胸に秘めながら、俺はその日の会議に立ち向かうことになったのだった。

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