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異世界料理道  作者: EDA
第九十六章 青天の日々
1650/1695

試食と送別の祝宴④~感謝の思い~

2025.7/26 更新分 1/1

「次は、揚げ物の料理となります」


 俺の言葉とともに、新たな皿が並べられていく。

 それを見守るソムは、まだ丸っこい身体をゆらゆらと揺らしていた。


「アスタ殿は、揚げ物の料理を得意にしていると聞き及びます。王都の食材がどのような料理に仕上げられたか、期待をかきたてられるばかりです」


「ありがとうございます。揚げ物料理は煮物や焼き物と異なる形で食材の魅力を引き出せるのではないかと思いますので、お気に召したら幸いです」


 揚げ物の料理は大皿で運ばれたのち、こちらで小姓たちが取り分けるスタイルであった。こちらは付け合わせで野菜のフライも準備したので、女性や幼子がすべて食したらそれなり以上に腹が満たされてしまいそうだと配慮したのだろう。


「このたび新たに考案したのは、ヴィレモラの身とヒレを使ったフライという料理です。その他にはネルッサ、ドミュグト、ノ・カザックのフライも準備していますので、ご希望の品を取り分けてもらってください」


「僕はもちろん、すべていただくよ! オディフィア姫には、加減が必要かな?」


「そうね。わたくしもヴィレモラのふたつと、あとはノ・カザックだけいただくことにするわ。オディフィアも、まずはヴィレモラの料理をいただきなさい」


「はい、かあさま」と、オディフィアは貴婦人らしく優雅に答える。ただし先刻からトゥール=ディンと小声で語らっており、それを注意する野暮な人間はその場に存在しなかった。


「こちらの料理でも、ギバ肉が使われていないのですね。僕としてはありがたい限りですが、森辺の方々は不本意なのではないでしょうか?」


 フェルメスが初めて声をあげると、アイ=ファはすました顔で「いや」と答えた。


「このたびはあくまで新たな食材を使った料理を披露する場であるのだから、文句をつけることもできまい。アスタは我々のために手間をかけてくれたのだから、なおさらにな」


「手間? とは、どのような?」


「はい。新たな食材を使った料理とは別枠で、ギバの煮込み料理も準備させていただきました。森辺の同胞はそちらを多く食べる分、新たな食材を使った料理を食べる量はひかえめになりますので、結果的には均等に料理が減っていくはずです」


「なるほど。そちらのギバ料理も楽しみなところでありますな。しかしまずは、こちらの料理を味わわさせていただきます」


 と、ソムが取り分けの完了した小皿に突き匙をのばした。

 形状で、具材を見分けたのだろう。最初に口にしたのは、ヴィレモラの身のフライであった。


 ひと晩乾燥させた焼きフワノを削ってパン粉の代用とした、ジェノスの面々にとってはお馴染みの料理である。

 それを初めて口にしたソムは、無表情のまま「おお」と感嘆の声をあげた。


「これは、素晴らしき味わいであります。つつましき味わいをしたヴィレモラの身が、実に絢爛に彩られております」


「ありがとうございます。そちらはヴィレモラの身にレミュとサルファルで下味をつけて、揚げ物に仕上げています」


 レミュはトウガラシと胡椒の風味および辛さを兼ね備えている上に、それとも異なる清涼な風味と旨みを有している。そこにマスタードに似たサルファルを加えるだけで、いっそう目新しい味わいを目指すことがかなった。

 サルファルはマスタードに似ているが、水で溶かないと辛みが抑えられて風味が際立つのだ。今回は辛さをレミュにまかせて、風味のほうを強調させていただいた。


 そしてヴィレモラの身は塩漬けであったため、洗っても多少の塩味が残されている。それに香草のパウダーをまぶしてフライに仕上げるだけで、後掛けの調味液が不要なぐらいの味わいに仕上げることができた。


「おお! こちらのヒレの揚げ物は、いっそう豪奢な味わいだね!」


 と、昂揚したポルアースがこらえかねた様子で声をあげたので、俺は「はい」と笑顔を返した。


「ヒレのほうは、調味液で煮込んだものに七種の香草をまぶした上で揚げ物に仕上げています。調味液の内容は、東の王都のみなさんにとっても馴染みの深い魚醤と貝醬とシャスカ酒に、タウ油や花蜜などを調合した品となりますね」


 フカヒレに似たヴィレモラのヒレは煮汁をたっぷり吸い込む性質を持っているため、それを調味液で煮込んだのち、七味チットを薄くまぶしてフライに仕立てた。煮込んだヒレに七味チットをふりかけるだけで十分に美味であったが、それでは細工が足りないように感じたため、フライに仕上げるというひとひねりを加えたのだ。


 俺としては、そちらもなかなかに会心の作であった。フカヒレなどは扱った経験がなかったために、普段以上に大胆になれたのだ。

 やわらかく煮込まれたヒレとフライの衣のサクサクとした食感は楽しい調和を織り成してくれたし、ギバの煮込み料理とはちょっと配合を変えた調味液の味わいにも満足がいっている。そしてやっぱりヴィレモラのヒレというのは他に似た食材が見当たらないため、俺にとってもきわめて目新しい料理を目指すことがかなったのだった。


「確かに魚醤と貝醬は慣れ親しんだ味わいでありますが、そこにタウ油という調味料が加えられたために、目新しい味わいが生まれております。さらには七種の香草の配合の妙と、見知らぬ衣の心地好い食感が加わって、またとない味わいが完成されているようです」


 とてつもない早口で、ソムもそんな風に言ってくれた。


「あらためて、アスタ殿の手腕に感服いたしました。第七王子殿下やリクウェルド殿の賞賛が決して大仰でなかったことを、深く実感しております」


 そしてソムは、無言で食事を進めているセルフォマのほうを振り返った。


「また、こちらのセルフォマが何度となく森辺の集落に通いつめたというのも納得であります。長きにわたってアスタ殿から学んだセルフォマが、今後の王城でどれだけの働きを見せるかが楽しみでなりません」


「は、はい。無理を言ってジェノスに残らせていただいたご恩を少しでもお返しできるように、力を尽くす所存です。……と、仰っています」


 やはりソムたちの手前、セルフォマは自分から発言することを控えているのだろう。彼女の感想は、のちほどじっくりうかがいたいところであった。


「では、次のふた品で自分が準備した料理は終了となります。そちらもお気に召したら、幸いです」


「はい。期待は高まるばかりです」


 そうして最後に届けられたのは、満を持して肉料理である。

 その片方はギバのステーキ、もう片方はダドンの貝の炒め物であった。


「ダドンの貝は素晴らしい食材ですので、さまざまな料理に活用できる手応えを感じました。ですが、下ごしらえに時間のかかるダドンの貝はあまり研究に時間を割けなかったため、もっとも納得のいったひと品だけをお出しすることにしました」


 それはこれまでのノウハウを活かした、中華風の炒め物であった。

 魚醤に貝醬にマロマロのチット漬けという調味料を手にして以来、中華風の料理はどんどん質が向上していったのだ。そしてさらに今回は、そこにペネペネの酒も加えていた。


 ペネペネの酒は、おそらく紹興酒に似た酒である。

 東の王都でもこちらは調味液に使われているという話であったので、俺もそれを頼りに研究を進めたのだ。


 期待の通り、ペネペネの酒は豆板醤に似たマロマロのチット漬けとも相性がよかった。

 そして、タウ油と魚醤と貝醬とシャスカ酒も理想の調合を研究し、現時点における最高の仕上がりを目指したのだ。研究期間がわずか一日では限界があったものの、俺としては胸を張って出せる出来栄えであった。


 主役であるダドンの貝はセルフォマの助言通り、放射状に切り分けている。これでいずれの切り身を食しても、端のほうのコリコリとした食感と中央のぷりぷりとした食感を同時に味わえるという手際であった。


 他なる具材は、長ネギのごときユラル・パとチンゲンサイのごときバンベしか使用していない。ダドンの貝の素晴らしさを強調するために、具材は最低限に抑えたのだ。様式としては炒め物であるが、ユラル・パは薬味、バンベはつけあわせといった感覚で、ひたすらダドンの貝を前面に押し出していた。


 それを口にしたソムは、無表情のまま「おお」と感嘆の声をあげる。


「これはヴィレモラのヒレのフライよりも、さらに絢爛な味わいに仕立てられております。ダドンの貝の味わいがぎりぎりで負けずに済むほどの、力強き味わいでありますな」


「はい。ご満足いただけましたか?」


「きわめて、満足です。しかしその前に、最後の品もいただかなくてはなりませんな」


 最後の品は、ギバのステーキだ。

 ウェルダンで仕上げたギバのステーキの切り身に、特別仕立ての薬味が添えられている。このたびは、その薬味こそが主眼であった。


 それは、ギバ骨スープをしみこませたヴィレモラのヒレである。

 ラーメンなどで使うギバ骨スープでヴィレモラのヒレを煮込み、それをほぐしたものを薬味に仕上げたのだ。さらにはキャビアのごときヴィレモラの魚卵も後掛けで添えて、そちらにはレモンのごときシールの果汁をふっていた。


 ギバ骨スープは長年にわたって改良を重ねてきたため、味そのものは万全に仕上がっている。

 ただ、それをそのままステーキに掛けても、おたがいの魅力は調和しないだろう。その間を取り持つのが、ヴィレモラのヒレであった。


 ヴィレモラのヒレは繊維質とゼラチン質が重なり合っているような、独特の食感を有している。そこにたっぷりとしみこんだギバ骨スープの味わいが、とろみを持つソースに負けないぐらいステーキの肉にしっかりと絡んでくれるのだ。


 そしてさらにはヴィレモラの魚卵も、そこに楽しい彩りを添えてくれた。

 ヴィレモラの魚卵が持つ魚介の風味とバターに似た風味が、別方向の魅力をも加えてくれるのである。最後にシールの果汁の酸味が寄り添うことで、その魅力はさらに跳ね上がった。


 本来のフカヒレやキャビアがどのような使われ方をしているのか、俺はほとんど存じあげない。しかし、だからこそ、今回は既成概念にとらわれず、自由に発想を飛ばすことができた。今回の献立の半分ぐらいは、俺にとって手本のない創作料理のようなものであった。


「……こちらも、素晴らしき味わいです。ヴィレモラのヒレをこのように活用する料理人は、東の王都にもそうそう存在しないことでしょう」


 それだけの言葉を、ソムは三秒以内の時間でまくしたてた。


「献立の数を重ねるごとに、アスタ殿の手腕をまざまざと思い知らされました。わずか数日でこれだけの料理を完成させたということが、いっそ信じられないほどです。もちろんそれはこれまでに積み重ねてきた経験があってのことであるのでしょうが、何にせよ見事な手腕です。アスタ殿の稀有なる手腕に、心よりの敬意を捧げさせていただきます」


「ありがとうございます。そうまで言っていただけるのは、光栄の限りです」


「これでもまだ、言葉が足りないほどでしょう。ゲルの藩主の第一子息たるアルヴァッハ殿という御方が長きの感想を口にするというのも、納得の話です。交易の責任を担う使節団の責任者としても、ひとりの美食家としても、アスタ殿に最大限の感謝の言葉を送らせていただきたく思います」


 超絶的な早口でそのように語るなり、ソムはやおら短い右腕を振りかざした。

 すると、シム風のゆったりとしたお仕着せを纏った小姓が、音もなく近づいてくる。これまでまったく表に出ていなかったが、もちろん高名な貴族であるソムもおつきの従者を従えていたのだ。


 そのまだ少年ぐらいの年齢に見えるシムの小姓が、卓を迂回して俺のほうに近づいてくる。その手には、何やら豪奢な織物の包みが携えられていた。


「そちらはあくまで、一個人としての私からの贈り物となります。どうぞ、おおさめください」


「え? いえ、そのようなものを受け取るわけには……」


「私もなるべく差し出がましい真似は控えようと考えておりましたため、心の奥底から感服しない限りは何も告げずに持ち帰ろうと決めておりました。ですが、アスタ殿の手腕を前に、この気持ちを抑えることはかないません。あくまで一個人の感謝の品でありますので、どうかご遠慮なくお受け取りください」


 俺が困惑気味にマルスタインのほうを振り返ると、そちらは鷹揚な面持ちでうなずいていた。

 君主たるマルスタインが止めないのならば、受け取るべきであるのだろう。俺はいちおうアイ=ファにも視線で了承を得てから立ち上がり、両手でその包みを受け取った。


 そうして包みをほどいてみると、中身は綺麗なブローチのような飾り物である。

 銀色の盤に、珍しい朱色の宝石が嵌め込まれている。よくよく見ると、銀色の盤は巨大な角を持つギャマの頭部をモチーフにしているようであった。


「私は朱の山羊を、自らの星としております。僭越ながら、私が心から感服した料理人には、そちらの品をお贈りしている次第です」


 ソムの声が響く中、恭しい手つきで飾り物を取り上げた小姓の少年が、俺の胸もとにそれを装着してくれた。

 とたんに、卓の貴族の面々がつつましい拍手の音を響かせる。それにならって、アイ=ファたちも手を打ち鳴らしてくれた。


 俺が頭をかきながら振り返ると、アイ=ファはとても誇らしそうな眼差しになっている。

 それで俺も、恐縮の念を上回る達成感を抱くことができた。


「さあ、それでは次は菓子ですわね」


 小姓の少年が身を引いて、俺が椅子に着席すると、エウリフィアがさりげなく場を進行させた。その隣では、オディフィアがうずうずと身を揺すっていたのだ。


「試食の場をさまたげてしまい、申し訳ありませんでした。そして、あらかじめお伝えしておきたいのですが、私はこれまで菓子のみの作り手に感謝の品を捧げたことはございません。トゥール=ディン殿は、どうぞお気を悪くされないように願います」


「は、はい。そちらこそ、どうぞお気はつかわないでください」


 トゥール=ディンは慌てた顔で、ぺこぺこと頭を下げる。

 そんな中、トゥール=ディンの力作が運ばれてきた。


「こ、今回は研究の時間が限られていましたので、二種の菓子しか準備することができませんでした。それでも自分なりに力を尽くしましたので、ご満足いただけたらありがたく思います」


「それでも、トゥール=ディンの品ですものね。どうしても期待は高まってしまうわ」


 ソムがややトーンダウンしたため、その分までエウリフィアが声をあげていた。

 その間に、配膳は完了する。今回トゥール=ディンが準備したのは、焼き菓子とゼリーであった。


 寒天に似たノマを手に入れたことで、ゼリーはどんどん研究が進められている。今回は、そこにヴィレモラのヒレでアレンジした菓子であった。

 ヴィレモラのヒレはカロンの乳や花蜜やシナモンに似た香草のパウダーとともに煮込まれており、それがギギの葉でカカオ風味に仕上げられたゼリーの内側にちりばめられている。カロンの乳とギギの葉が調和することは歴然であるので、主題にされているのはやはりヒレとゼリーの食感であった。


 ヴィレモラのヒレはやわらかく煮込まれているが、ゼリーのぷるぷるとした食感に比べれば、まだしも歯ごたえが感じられる。繊維質が豊かなヒレがゼリーにトッピングされるというのは、なかなかの新食感であった。


 そして味の調和に関してはトゥール=ディンの作であるから、どこにも妥協はない。結果、匙ですくったゼリーを頬張ったオディフィアは、灰色の瞳を星のように輝かせた。


「トゥール=ディン、すごくおいしい」


「ありがとうございます。でも、そちらはきわめて簡素な仕上がりでしょう?」


「ううん。すごくおいしいの」


 オディフィアはそれほどボキャブラリーが豊かでない上に、感極まるといっそう口が回らなくなってしまう。しかし、オディフィアが喜びの思いを伝えるのに、言葉や表情は不要であるのだ。その瞳のきらめきだけで、トゥール=ディンは幸せそうに微笑んでいた。


 そしてふた品目は、焼き菓子である。

 トゥール=ディンには珍しく、そちらにはパイ生地が使われている。トゥール=ディンはやわらかなスポンジケーキを活用することを得意にしており、パイ生地というのはあまり使う機会もなかったのだ。


 しかしやっぱりトゥール=ディンの手にかかれば、パイ生地にも不備は見られない。

 そしてそちらに織り込まれていたのも、やはりヴィレモラのヒレだ。こちらのヒレはさまざまな果汁で煮込まれており、未知なる果実を口にしたような感銘をもたらしてくれた。


 ヴィレモラのヒレはプレーンのクリームの中に練り込まれており、それが三枚のパイ生地にはさまれている。パイ生地のほうに大きな細工はなかったが、ただ後味でふわりと不思議な香りが吹き抜けた。


 これは、紹興酒に似たペネペネの酒である。ペネペネの酒を煮込んで酒気をとばし、花蜜を添加した上でカロン乳で溶き、焼く前の生地に薄く塗っているのだ。


 かつてはティマロが菓子に酒類を使用して、リミ=ルウを涙目にしていた。それ以降、森辺において菓子に酒類が使用される例はほとんどなかったが、トゥール=ディンはこのたび意欲的にペネペネの酒を活用したのだった。


 使用されたペネペネの酒はわずかな量であるため、複雑な香気もほのかに香るていどである。

 しかしそのかすかな香りが、こちらの菓子を上品に彩っていた。

 きっと城下町の貴婦人は大喜びであろうし、なおかつ幼子に忌避されるような香りではない。それでオディフィアはゼリーを食したとき以上に、瞳を輝かせたのだった。


「こっちのおかしも、すごくおいしい。すごくすごくおいしいの」


「ありがとうございます。オディフィアに喜んでいただけて、わたしもとても嬉しいです」


 慈愛にあふれかえった眼差しでそのように答えてから、トゥール=ディンはあたふたとソムのほうに向きなおった。


「い、如何でしょう? 新たな食材を十全に使いこなしているとは言えないかもしれませんが……」


「いえ、十全です」


 と、ソムは疾風のごとき早口で言い放つや、右腕を振りかざす。

 それで豪奢な包みを手にした小姓がしずしずと近づいてきたものだから、トゥール=ディンは余計にあたふたとしてしまった。


「いえあの、このような品を受け取るほどでは……」


「いえ。こちらもアスタ殿に劣らない手腕でありましょう。ヴィレモラのヒレやノマは王都からもたらされた食材であり、ギギの葉も王都に存在いたします。乳や蜜の品種は異なれども、代用のきかない品ではございません。そうであるにも拘わらず、こちらの菓子はきわめて新鮮な味わいに仕上げられております。同じ食材を使っても、これほど見事な味の調和を求められる料理人はそうそう存在しないに違いありません」


 そんな言葉も、俺の料理を食したときに負けないぐらいの早口であった。


「そして焼き菓子に関しては東の王都とまったく作法が異なっておりますため、何から何まで新鮮です。その中で、ヴィレモラのヒレとペネペネの酒が何の不足もなく活用されておりました。食材の普及を願う使節団の責任者としても、美食を愛する一個人としても、心よりの感銘を受けました。菓子のみを供する料理人に贈り物をしたことはないという言葉は、今日限りにさせていただきます」


 かくして、トゥール=ディンの胸にも同じ飾り物が捧げられることになった。

 トゥール=ディンは困惑の面持ちであったが、俺の胸もとをちらりと盗み見ると、ふいに涙目になって口もとをほころばせる。それで何故だか、俺は卓の陰でアイ=ファに足を蹴られることになった。


「それでは、森辺の料理人の供する宴料理は、これまでとなりますな。他にもギバ肉の料理が存在するようですので、そちらはダイアの心尽くしとともに味わっていただきましょう」


 マルスタインがゆったりと声をあげて、この場における試食会の終了を示唆した。

 すると、誰よりも早く立ち上がったソムが複雑な形に指先を組み合わせつつ、一礼する。


「あらためて、アスタ殿とトゥール=ディン殿に感謝を捧げさせていただきます。また、森辺の料理人が余念なく調理に打ち込めるのは、狩人たる方々が身を呈して生活を支えているがためでありましょう。アイ=ファ殿とゼイ=ディン殿にも感謝の言葉を捧げるとともに、今後の安息を心より祈らせていただきたく思います」


「うむ。丁寧な挨拶、いたみいる。あなたの言葉は他なる狩人や族長たちにも、しかと伝えさせていただこう」


 ゼイ=ディンが穏やかな声で応じると、アイ=ファもまた貴婦人のように優美な礼を返した。

 ポルアースたちは、そんなさまをとても満足そうに見守っている。このたびも、俺たちは大きな仕事を成し遂げることがかなったようであった。


「では、この後は自由に振る舞ってもらいたく思うが……よければ、セルフォマたちはアスタに同行させてもらえようかな? アスタと言葉を交わすのも、これが最後の機会となろうからな」


 マルスタインがそのように告げてきたので、俺は視線でアイ=ファに了承をもらってから「はい」と応じた。


「自分もセルフォマたちに挨拶をしたいと願っていましたので、ありがたい限りです。セルフォマもカーツァも、どうぞよろしくお願いいたします」


「は、はい。お、お手数をおかけしますが、何卒よろしくお願いいたします。……と、仰っています」


 カーツァはあたふたと、セルフォマはゆったりと、それぞれ立ち上がる。

 それを横目に、エウリフィアはトゥール=ディンへと微笑みかけた。


「それではこちらは、トゥール=ディンにご同行を願えるかしら?」


「はい、もちろんです」


 トゥール=ディンが嬉しそうに微笑むと、オディフィアは飛びつきたいのを懸命にこらえているかのようにうずうずと身を揺すった。


 そうして全員が立ち上がり、ついに散開である。

 しなやかな足取りでこちらに近づいてきたセルフォマは、あらためて一礼した。


「ア、アスタ様、まずは見事な手腕に賞賛の言葉を送らせていただきます。ちょ、調理のさまを拝見している折から期待を高まらせておりましたが、その期待を上回る出来栄えでした。あ、あまりの素晴らしき味わいに、嫉妬の思いをかきたてられるほどです。……と、仰っています」


 そんな言葉をカーツァに語らせながら、セルフォマは静謐なる無表情だ。また、右肩と右足を露出した壮麗なる宴衣装の姿であるものだから、もともとの優美さが何倍にも跳ね上がっていた。


「セルフォマにそうまで言っていただけるのは、光栄の限りです。でも、セルフォマもご存じの通り、すべては頼もしい同胞の支えがあってのことですよ」


「は、はい。で、ですが、それをまとめあげているのもまた、アスタ様の才覚でありましょう。あ、あなたはその優れた手腕と魅力的な人柄でもって森辺の料理人の結束を固めて、これほどまでに素晴らしき料理を作りあげているのです。ソ、ソム様のお言葉を真似るようで恐縮ですが、料理人としてもひとりの人間としても感服を禁じ得ません。……あ、はい、ええと……」


 セルフォマの言葉が止まらないため、カーツァも慌ただしく通訳を継続した。


「つ、ついつい魅力的な人柄などと口にしてしまい、羞恥の限りです。が、外見を褒めそやしているわけではありませんのでお叱りを受けることはないかもしれませんが、妙齢の異性に対しては不適切な物言いであったことでしょう。わ、私も料理の出来映えの素晴らしさに少々心を乱してしまっておりますため、不調法にご容赦をいただけたら幸いに思います。……と、仰っています」


 それだけの言葉を重ねてもなお、セルフォマの優美なたたずまいに変わりはない。セルフォマの情熱は、あくまで内面にひそめられているのだった。


「過分なお言葉、ありがとうございます。何も謝罪には及びませんので、どうかご安心ください。……それでは、広間を巡りましょうか。あちらでも、セルフォマたちに挨拶をしたいと願う人たちがたくさん待ちかまえているはずです」


 俺の言葉を通訳されたセルフォマは静謐なる無表情のまま、また一礼した。

 その徹底された感情の殺しっぷりに、さしものアイ=ファも苦笑をこらえているような面持ちになっている。しかし俺はセルフォマの内なる熱情をしっかり感じ取ることができたので、大満足であった。


 そうしてとりあえずの挨拶を終えた俺たちは、大広間に渦巻く熱気に身を投じることに相成ったのだった。

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― 新着の感想 ―
フカヒレスープは必要かなと思っていたが。
ソムの最後の動きが期待通りすぎて笑ってました 次はヴァルカスミサイルがいつ飛んでくるのか楽しみw
サメ肉が登場したのに練り物が出なかったのがちょっと意外。そのうち出るかな。
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