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異世界料理道  作者: EDA
第九十六章 青天の日々
1649/1695

試食と送別の祝宴③~開会~

2025.7/25 更新分 1/1

 三十名に及ぶ森辺の民の入場が完了すると、高名なる貴族たちの入場がすみやかに開始された。


 そちらで先頭を切るのは、三大伯爵家の面々だ。

 ダレイム伯爵家は当主のパウド、伴侶のリッティア、第一子息のアディス、伴侶のカーリア、第二子息のポルアース、伴侶のメリム。サトゥラス伯爵家は当主のルイドロス、第一子息のリーハイム、伴侶のセランジュ、他数名。トゥラン伯爵家は当主のリフレイア、後見人のトルストのみとなる。


 侍女のシェイラや武官のムスルなどもそれぞれの主人に付き従っているが、そちらは宴料理を口にすることができない従者の立場であるため、名前を呼ばれることはない。そしてその中にニコラやシフォン=チェルの姿はなかったので、彼女たちはまた料理人の枠で別に入場しているものと察せられた。


 その次はバナーム伯爵家のアラウトとサイとカルスであり、こちらは全員が名前を呼ばれている。サイは従者、カルスは料理番という立場であったが、宴料理を口にできる貴賓の身であるのだ。


 そして次は西の王都の貴族たちで、フェルメスとジェムド、ティカトラスとデギオンとヴィケッツォの五名となる。

 そこで、ひときわの歓声があげられた。ティカトラスとヴィケッツォが、大層な姿をしていたためである。


 ティカトラスはいつも通り、長羽織のように絢爛なる上衣を羽織っていたが、その下の装束と頭に巻いたターバンは銀色を主体にしていた。

 純白の生地が銀色の刺繍でみっしりと埋め尽くされており、全体が銀色に輝いて見えるのだ。それが真紅を基調とした上衣との相乗効果で、とてつもない豪奢さになっていた。


 いっぽうヴィケッツォは、アイ=ファやヤミル=レイと同じ様式の宴衣装である。しかしそちらも、黒くきらめく生地が白銀の生地に差し替えられていた。

 ただしヴィケッツォは東の民よりもさらに深い漆黒の肌をしているため、半透明の織物からはそちらの色合いが透けている。よって、黒と白銀のコントラストであり、それもまたティカトラスに負けない絢爛さであった。


 そしてヴィケッツォは、色香のほどもアイ=ファたちに負けていないのだ。

 普段は黒ずくめの男装であるが、髪をほどくと優美であるのは森辺の女衆と同様であるし、プロポーションも森辺の女衆に匹敵する。よって、森辺の女衆と同様の熱い眼差しを浴びていた。


 そんな熱気も冷めやらぬまま、次にはデルシェア姫が入場する。

 王族たるデルシェア姫はもっとも格式が高いはずであるが、本日の主賓は東の王都の使節団であるため、この順番となったのだろう。名前を呼ばれたのはデルシェア姫ひとりであったが、三名の武官に二名の侍女を引き連れていた。


 そして、東の王都の使節団の登場である。

 団長のソム、書記官、二名の『王子の耳(ゼル=ツォン)』、二名の武官という編成だ。


 ただ特筆するべきは、『王子の耳(ゼル=ツォン)』の二名が番号こみで呼ばれていたことであった。

 かつての祝宴で、『王子の分かれ身(ゼル=ドゥフェルム)』の名が呼ばれたことはない。彼らは王子の一部という扱いであり、参席者とは見なされていなかったのだ。『王子の舌(ゼル=ヴィレ)』もあくまで毒見役に徹しており、それ以上は宴料理を口にすることもなかった。


(つまり今回は、『王子の耳(ゼル=ツォン)』も料理を食べるっていうことなのかな)


 俺がそんな思案を巡らせている間に、主催者であるジェノス侯爵家の面々も入場した。こちらは当主のマルスタイン、第一子息のメルフリード、伴侶のエウリフィア、その息女であるオディフィアといういつもの顔ぶれであった。


「本日は斯様な人数にお集まりいただき、得難い限りである。どうか誰もが誠心をもって、東の王都の使節団のお歴々の出立を見送っていただきたい」


 マルスタインが開会の挨拶を開始すると、上品な拍手がそれに応えた。


「なおこのたびは、森辺の料理人アスタとトゥール=ディンが使節団からもたらされた新たな食材によって宴料理と菓子を準備してくれた。このたび届けられた品々も素晴らしき内容であったため、アスタたちもさぞかし立派な宴料理を準備してくれたことだろう。その喜びを噛みしめながら、皆々も新たな食材の普及に努めていただきたい」


 そんな言葉には、拍手に若干の熱意が上乗せされる。大きな期待を背負わされた俺としては、身の引き締まる思いであった。


「では最後に使節団の責任者たるソム殿からも、ご挨拶を賜ろう」


 マルスタインの言葉にうながされて、小柄で丸っこい体格をしたソムがひょこひょこと進み出る。彼は小さいばかりでなく、性急な物腰が大きな特徴であった。


「ご紹介に預かりました、ソム=ラオ=タンです。初回の使節団は同じ外務官たるリクウェルド殿が責任者の役割を受け持ちましたが、今後は私が全責任を担うことに相成ります。ジェノスを来訪するのは年に数回のこととなりますが、どうぞお見知りおきください」


 そんな言葉も、東の民らしからぬ早口で並べたてられる。


「また本日は、市井からも数多くの方々を招待させていただきました。それは我々がお届けした食材の価値を検分していただくためと、ジェノスにおけるシムとジャガルの関係を慮っての行いと相成ります。西の地において東と南の民が諍いを起こすことは大きな禁忌でありますため、この場にお集まりいただいた皆様には異国に身を置く人間としての規範を示していただきたく思います」


 そう言って、ソムは近からぬ場所にたたずむデルシェア姫のほうに向きなおった。


「また、王城に仕える貴族として、使節団の責任者として、私は誰よりも規範を示すべき立場でありましょう。デルシェア姫、こちらにおいでいただけますでしょうか?」


 いったい何が起きるのかと、大広間の人々がざわめいた。

 俺も思わず息を呑んでしまったし、アイ=ファたちもいくぶん気を引き締めたようである。そんな中、デルシェア姫は穏やかな笑顔でソムのかたわらにまで進み出た。


 おたがいの武官は身を引いているため、ソムとデルシェア姫はマンツーマンで向かい合っている。

 その状態で、ソムは指先を複雑な形に組み合わせて一礼した。


「我々は友にも同胞にもなれない身となりますが、それはこの数百年で定められた掟であり、東方神と南方神は同じ父を持つ兄弟と相成ります。この西の地においては同じ兄弟たる西方神の見守るもと、おたがいを忌避することなく尊重させていただきたく存じます」


「はい。ジャガルの第六王子ダカルマスの息女たるデルシェアは、ソム様のご提案に心から賛同いたしますわ」


 デルシェア姫は右手を胸もとにあて、左手でスカートの端をつまみながら、恭しく一礼を返した。

 その光景に、人々は感じ入った様子で拍手を打ち鳴らす。おやっさんやワッズも大いに眉をひそめつつ、分厚い手の平で拍手を送った。


「本日、私とデルシェア姫は、同じ卓で料理をいただきます。それもまた、それぞれの同胞に規範を示すための行いとなります。この場に参じた方々も決して諍いを起こすことなく、すべての相手と同じ喜びを分かち合っていただきたく思います。……私からは、以上となります」


 ソムとデルシェア姫がそれぞれもとの場所に戻り、マルスタインがあらためて声をあげた。


「それでは、送別の祝宴を開始する。四大神に、祝福を」


 人々は声を張り上げることなく、酒杯を掲げることでマルスタインの宣言を受け入れた。

 俺は何だか感無量の心持ちで、アイ=ファのほうに向きなおる。しかし、俺が声をあげるより早く、案内役の小姓が近づいてきた。


「それでは、アスタ様とトゥール=ディン様はこちらの席にお願いいたします」


 序盤はまた、貴族の特別席で宴料理の解説を引き受けることになったのだ。

 俺とアイ=ファ、トゥール=ディンとゼイ=ディンの四名が、小姓の案内で大広間の奥部に導かれていく。そちらには、実に立派な卓が準備されていた。


「ああ、よく来てくれた。手間をかけるが、よろしく願いたい」


 まずはマルスタインが、ゆったりとした笑顔で出迎えてくれる。

 それ以外に顔をそろえているのは、ソム、二名の『王子の耳(ゼル=ツォン)』、セルフォマとカーツァ、デルシェア姫、ポルアースとメリム、エウリフィアとオディフィア、フェルメスとジェムドといった顔ぶれだ。高名な貴族は祝宴の始まりで挨拶を受けるのが習わしであるが、こちらの面々はそれも免除されたようであった。


 大きな卓はおおよそ正方形の形をしており、ひとつの面に四、五名が座れる配置となっている。それが菱形の向きで設置されているのは、おそらく上座を作らないための配慮であるのだろう。


 そのひとつの面は森辺の四名、こちらから見て右側がジェノス侯爵家とダレイム伯爵家の五名、左側がラオリムの五名、対面がデルシェア姫とフェルメスとジェムドという配置になる。使節団とデルシェア姫が隣り合う格好であるが、もちろんその間にはフェルメスとジェムドが配置されていた。そしてこちらは、トゥール=ディンとオディフィアが角で隣り合う配置である。


「アスタ殿、このたびは七割もの宴料理を受け持ってくださったそうで、心より得難く思っております」


 席に腰を落ち着けるなり、ソムが性急に語りかけてきた。


「また、森辺の方々に王都の宴衣装を纏っていただき、光栄の限りであります。そちらは現在の王都で流行している様式であり、ティカトラス殿の要望によってお届けしたのです」


「はい。立派な宴衣装をありがとうございます。ティカトラスとヴィケッツォも、同じ様式の宴衣装を纏ってらっしゃいましたね」


「はい。シムにおいては黒色が東方神を象徴する聖なる色と定められておりますが、それとは別に生まれ月の色合いに仕立てることも流行しております。また、第二王子殿下が白の月のお生まれであられますため、白き宴衣装も流行の兆しを見せておりますな」


 そういえば、第二王子の『王子の耳(ゼル=ツォン)』も白装束であるのだ。そちらはポワディーノ王子の『王子の耳(ゼル=ツォン)』ともども、真っ直ぐ背筋をのばして身じろぎひとつしていなかった。


「そしてこのたびは、デルシェア姫にも同じ卓についていただきました。私どもの方針は先刻述べました通りですので、どうぞお気遣いなく振る舞っていただければと思います」


「うむ。ポワディーノやリクウェルドも公正なる態度で王国の掟を守っているように見受けられたが、あなたはそれ以上であるようだな」


 アイ=ファが凛然と答えると、ソムは無表情に一礼した。


「私は王陛下のお言葉に従ったまでとなります。ですがもちろん憎しみの心を押し隠しているわけではありませんので、ご心配には及びません」


「なるほど。東の王が、あなたに規範を示すべしと申しつけたのか」


「はい。そしてそれは、第七王子殿下の進言によるご裁量であるかと思われます」


 では、ポワディーノ王子が父たる王の心を動かすことになったのだ。

 それだけで、俺は深く感じ入ってしまった。


「……喜びのあまりに、ついひとりで長々と語ってしまいました。どうぞこの後は、料理の解説をお願いいたします」


「はい。みなさんのお口に合えば幸いです」


 そうして食前の挨拶が終了したところで、ワゴンのような台車を押す小姓たちがやってきた。

 銀色のクロッシュがかぶせられた皿が、各人の前に配膳されていく。その段階で、ソムはゆらゆらと身を揺らしていた。


「料理を出す順番は、自分が指定させていただきました。こちらは前菜っぽい仕上がりになったので、最初に供することにした次第です」


 俺の説明とともに、クロッシュが開かれる。

 そこに準備されていたのは、瀟洒でちんまりとした深皿である。最初の品は、ヴィレモラの魚卵を使ったシィマのサラダであった。


「こちらはジャガルの野菜であるシィマに調味料をまぶして、ヴィレモラの魚卵をのせた料理となります。簡素な品ですが、ヴィレモラの魚卵のおかげで祝宴に相応しい料理に仕上がったのではないかと思います」


 シィマはダイコンに似た野菜であるので、これは古い時期からお披露目していたシィマのサラダのアレンジ料理であった。

 生鮮のシィマを千切りにして塩をもみこんだのち、ツナフレークのごときジョラの油煮漬けとマヨネーズとピコの葉で和えている。その上に、キャビアのごときヴィレモラの魚卵をのせた品であった。


 ヴィレモラの魚卵は塩漬けである上に、もともとの風味も強い。いかにも魚介らしい風味と、どこかバターを思わせる濃厚な風味だ。そんなヴィレモラの魚卵を使いこなすには、やはり清涼な味わいと組み合わせるのが早道であろう。ジョラとマヨネーズの分量はひかえめであるために、シィマの清涼さが際立っているはずであった。


「なるほど……これは確かに、前菜に相応しき品でありますな。逸る胃袋を優しくなだめられているような心地です」


 ゆらゆらと揺らめくのをやめたソムが、早口でそのように告げてきた。


「また、私にわかるのは魚卵とピコの葉の味わいのみでありますので、きわめて新鮮な心地です。こちらのシィマなる野菜は、交易の品に含まれておりませんでしたな?」


 ソムに視線を向けられたセルフォマは、カーツァを通して「は、はい」と応じる。このたびも、セルフォマは優美な宴衣装、カーツァはちょっと豪華で可愛らしい侍女のお仕着せのような装束だ。


「シ、シィマはきわめて魅力的な野菜ですが、ジャガルの食材は調味料と王都の食材を優先させているために、やむなく候補から外すことになりました。……と、仰っています」


 ソムに対しては通訳の必要もないが、それ以外の人間のためにいちいち通訳をしてくれているのだ。ソムもカーツァが語り終わるのを待ってから、「なるほど」と応じた。


「ジェノスにはさまざまな食材があふれかえっているため、とうていすべての品を交易で扱うことはかなわないという話でありましたね。最初のひと品で、セルフォマの苦悩がすべて理解できたように思います。この素晴らしきシィマなる食材を王都に持ち帰れないというのは、無念の限りでありますな」


「シィマは南の王都の付近でも収穫されますので、わたしも日常的に口にしていました。ソム様のお気に召したのなら、心から光栄に思いますわ」


 笑顔で声をあげながら、デルシェア姫が輝く眼差しを俺に向けてきた。


「それもこれも、アスタ様が見事な料理を仕上げてくださったおかげですわね。わたしもこちらの料理には、感銘を受けました。まよねーずのほのかな風味が、ヴィレモラの魚卵とまたとなく調和しておりますわね」


「ありがとうございます。マヨネーズの量が多いと魚卵の風味とぶつかってしまうため、その加減に少々てこずりました」


 すると、ソムが卓上にぐっと身を乗り出した。


「失礼いたします。マヨネーズとは、調味料の名称でありましょうか? それもまた、交易の品目にはなかったように思います」


「はい。マヨネーズは、複数の調味料を調合した品となります。こちらは長期保存できませんので、現地で調合する他ありません」


 ソムが無言のままセルフォマのほうを向くと、得たりとばかりに言葉が返される。そしてそれを、カーツァが通訳してくれた。


「マ、マヨネーズの原料は、卵と油と酢になります。ひ、東の王都においてはいずれも品種の異なる材料を使うことになりますが、独自の魅力を打ち立てられるように力を尽くす所存です。……と、仰っています」


「なるほど。セルフォマが作成した指南書もひと通りは拝見しましたが、さすがにすべての名称を覚えることはかないませんでした。あなたが王都でどのようなマヨネーズを作りあげるか、楽しみにしております」


 そんな言葉を交わしている間に、次なる料理が届けられた。

 お次は、汁物料理である。このあたりは、ジェノスのフルコースの品目を踏襲していた。


「こちらは、ヴィレモラの身を使った汁物料理です。他にはギバ肉とドエマの貝と何種かの野菜を具材にして、煮汁はタラパという野菜を主体にしています」


 これは、以前から手掛けていたギバとドエマのタラパスープにヴィレモラの身を追加した品となる。牡蠣に似たドエマは良質な出汁が取れるため、森辺でも好評を博した品であった。


 ただし、こちらとしては大きな細工も施していない。淡白な味わいであるヴィレモラの身はさまざまな料理と調和するので、既存の料理に加えただけのことである。よって、セルフォマやジェノスの面々は驚いた様子もなく食していたが――ソムはひとり、ゆらゆらと身を揺らし始めた。


「これは、素晴らしい味わいです。ドエマは王都にも流通しておりまして、私も好物のひとつでありますが……こちらのタラパなる食材とも、きわめて調和しているようでありますな」


「はい。なんとかギバ肉とも調和させることができました」


「ええ、ギバ肉も素晴らしい味わいです。そしてもちろん、ヴィレモラの身も問題なく調和しておりますが……ただ、主役はギバ肉とドエマであるようですな」


 と、ソムはゆらめくのをやめた。


「正直に申しますと、こちらはヴィレモラの身がなくとも至上の味わいでありましょう。邪魔にはなっていないものの、さしたる貢献もしていないといった印象でありますな」


 さすが美食家を名乗るだけあって、鋭い指摘である。

 俺はポルアースたちが心配する前に、「申し訳ありません」と頭を下げた。


「自分も正直に申し上げますが、汁物料理は目新しい料理の考案が間に合いませんでした。それでも汁物料理がないのは寂しい感じがしたので、取り急ぎこちらの品を加えさせていただいた次第です」


「なるほど。こちらは新しい食材を活かした料理ではなく、献立の均衡を保つために準備された料理であるというわけですな。それは料理人としての正しい判断なのでしょうから、謝罪には及びません」


 ソムはそのように言ってくれたが、早口の速度が心なし減じている。どうやら彼は、そういった部分にも内心が表れるようであった。


 しかし俺も覚悟の上でのひと品であったので、後悔はない。ただ、ソムの鋭さに恐れ入るばかりである。そして彼は美食家であろうとも、交易の責任者という立場を忘れることなく、厳正な心持ちで宴料理を検分していることも理解できた。


(そういう意味でも、立派なお人だな。あとは、残りの品がソムのお眼鏡にかなうかどうかだ)


 俺がそんな風に考えていると、卓の下で足を蹴られた。

 それでそちらを振り返ると、アイ=ファが力強い眼差しを送ってくる。以心伝心で、俺はアイ=ファの言いたいことが手に取るように感じ取れた。


(うん。アイ=ファは美味しいと思ってくれたんだな。それだけでも、十分に嬉しいよ)


 俺がうなずくと、アイ=ファもうなずいて、食事の続きに取りかかる。ソムを除く面々も発言を差し控えつつ、満足そうに汁物料理を食べてくれていた。


 ちなみに『王子の耳(ゼル=ツォン)』の両名は深く前側に身体を倒しつつ、それで生じた面布の隙間から汁物料理をすすっている。さきほどの前菜も、彼らはそうして食していたのだ。

 すると、俺の視線に気づいたマルスタインがゆったりと微笑みながら声をあげた。


「『王子の耳(ゼル=ツォン)』の面々は、料理の味を主君にお伝えする役割も担っているのであろうかな?」


「はい。この身はあくまで耳でありますので、正確な感想を伝えることは困難でありますが、力を尽くして役目を果たす所存でございます」


「そうか。ポワディーノ殿下のみならず、第二王子殿下もアスタの手腕に興味をお持ちであるのかな?」


「はい。王子殿下は美食というものに興味は持たれていませんが、ジェノスの運命を大きく動かしているファの家のアスタの手腕には興味を持たれているようです」


 そんな風に応じながら、第二王子の『王子の耳(ゼル=ツォン)』は面布に隠された顔を俺のほうに向けてきた。


「とはいえ、決してファの家のアスタを料理番として迎えようなどというお心はありませんので、どうぞご心配なきようにお願いいたします」


「はい、承知いたしました。ご丁寧に、ありがとうございます」


 ポワディーノ王子はもともと俺を召し抱えるためにジェノスまでやってきたので、あちらもそういう部分は過敏になっているのであろう。そんな懸念を先回りで解消しようとする第二王子の周到さに、俺はひとまず感謝しておくことにした。


「失礼いたします。次の料理をお持ちしました」


 と、早くも第三の料理が届けられる。

 ここからは、二種ずつのお披露目であった。


「次はポイタンやフワノという穀物を使ったパスタという料理になります。パスタはシャスカのように細長く仕上げておりますので、東の方々のお気に召したら何よりです」


「こちらが噂の、パスタでありますか。城下町においても、その名は聞き及んでおりました。私が口にしたそばやうどんといった料理とはまた一風趣が異なるという話でありましたので、とても興味をそそられます」


 どうやら城下町の誰かが、使節団の面々にそばやうどんをふるまったようである。パスタや中華麺のレシピも公開しているが、やはり調理の手間がかからないそばやうどんのほうが普及率が高いのだろうと察せられた。


「パスタは、二種準備しました。どちらもヴィレモラの魚卵が使われておりますが、それぞれ異なる味を楽しんでいただけたら嬉しく思います」


 片方はキャビアのごときヴィレモラの魚卵とカニのごときゼグを使い、トウガラシ系のイラとニンニクのごときミャームーでペペロンチーノ風に仕立てている。あえて簡素な仕上がりにすることで、ヴィレモラの魚卵とゼグの味わいを強調した献立だ。


 そしてもう片方は、魚卵尽くしの濃厚な味わいとなる。

 基本となるのはジョラの魚卵とカロンの乳製品で、そこにヴィレモラの魚卵とフォランタの魚卵をまぶしている。俺の感覚としては、キャビアとイクラをまぶした明太クリームパスタといったところであった。


 まずペペロンチーノ風のパスタを食したソムは、「これは……」というつぶやきをこぼす。あくまで感情が欠落した声音であり、声量が増すこともなかったが、思わず聞き逃しそうになるほどの早口になっていた。


 しかしこちらは宴料理の一環である上に試食の場でもあるため、準備されたのはほんのふた口ていどとなる。それをすみやかにたいらげたソムはアロウの茶で口内を清めたのちに、すぐさまクリームパスタへと手をのばした。


 他の面々も同じ料理を食しつつ、ソムの動向をうかがっている。

 そんな中、二種目のパスタも食べ終えたソムは再びお茶をすすってから口を開いた。


「こちらはまぎれもなく、ヴィレモラの魚卵なくしては成立しない料理でありましょう。また、かたや簡素な味わい、かたや濃厚な味わいに仕上げることで、ヴィレモラの魚卵の魅力を異なる形で表しているものと思われます。なおかつ、簡素なほうは王都の食材たるゼグの塩漬けが使われているために非常に馴染み深い味わいであり、いっぽうの料理は王都に存在しない食材尽くしであるために、そちらの面でも異なる喜びを授かることがかないました」


 それなりの長広舌であったが、アルヴァッハに比べればまだまだ可愛いほうであろう。

 ただし、それらの言葉は驚くべき早口で語られており、ソムは語り終えたのちもゆらゆらと身を揺らしていた。


「僕たちにとってはどちらも馴染み深いぱすたの味わいとなりますが、東の王都の食材の恩恵でいっそう素晴らしき味わいに感じられます。きっとヴィレモラの魚卵はゼグの塩漬けにも負けない人気を博することでしょう」


 ポルアースがにこにこと笑いながら発言すると、ソムはせわしなく「はい」とうなずいた。


「王都においてもゼグとヴィレモラの魚卵を合わせて使う料理は数多く存在いたします。ですがこちらは私の知る宴料理にまさるとも劣らない味わいとなります。この短い期間でこれほどの素晴らしい料理を考案したアスタ殿の手腕に、あらためて深く感じ入りました」


 どうやら汁物料理で失望させてしまった分は、なんとか盛り返せたようである。

 俺が準備した宴料理は合計八種であるので、ここがちょうど折り返しだ。残る半分の献立でもソムに満足してもらえれば、俺としてもありがたい限りであった。

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― 新着の感想 ―
いつも楽しく拝読させて頂いています。 瀟洒(しょうしゃ)という言葉を初めて知りました、オシャレな日本語です。 キャビアは使い方が難しいですよね。料理の上に乗せる以外に見たことが無いです。 サメの肉とい…
アルヴァッハが強烈な個性を持ってるから、名前が出てくるだけでも面白い☺️
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