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異世界料理道  作者: EDA
第九十六章 青天の日々
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試食と送別の祝宴②~お召し替え~

2025.7/24 更新分 1/1

 そうして、下りの五の刻を少し過ぎた頃――すべての料理と菓子が完成した。

 大きな仕事を果たした喜びと充足をしばし分かち合ったならば、その余熱を引きずったまま浴堂に移動である。とりわけ女衆は身支度に時間がかかるため、のんびりしているいとまはなかった。


 俺はルド=ルウたちとともに身を清めたのち、すみやかにお召し替えに取りかかる。

 そしてその場には、またもや見知らぬ宴衣装が準備されていた。


「こちらは、ティカトラス様がこのたびの使節団から買いつけた宴衣装となります」


 着付け役の小姓は、そんな風に説明してくれた。そういえば、ティカトラスは食材以外の交易に関しても熱意をあらわにしていたのだ。この宴衣装も、その一部であるようであった。


「まいったなぁ。これはちょっと、予想してなかったよ」


「ま、アイ=ファにだけ新しい宴衣装を準備するわけにもいかねーんだろうなー。アイ=ファの色っぽい姿を楽しむための代償とでも思っておけばいいんじゃねーの?」


 皮肉を言っている様子もなく、ルド=ルウはそんな風に言っていた。

 まあ、森辺の民は原則として、貴族からの厚意を無下にしないという方針であるのだ。俺もべつだん新しい宴衣装に文句があるわけではないので、大人しく小姓に身をまかせるしかなかった。


 しかし、東の王都の使節団から買いつけた品であるため、もちろんこちらの宴衣装もシムの品である。

 俺たちは以前にもシム風の宴衣装をプレゼントされていたが、あれはあくまでシムからの情報をもとに西の王国で仕立てた品であったのだ。今回は、ついに本場のシムの宴衣装を身に纏うわけであった。


 予想通り、こちらの宴衣装もぞんぶんにひらひらふわふわとしている。きっちり着込むジャガルの装束と異なり、シムの装束というのは織物を身体に巻きつけるような様式であるのだ。よって、綿密な採寸も必要なく準備できてしまうわけであった。


 ただし、以前にいただいたシム風の宴衣装とは、それなりに趣が異なっている。

 織物を巻きつける様式に変わりはないが、その巻きつけかたが異なっていたのだ。以前は片腕と胸の半分ぐらいが露出するワンショルダーのデザインであったのに対して、今回はきっちりと全身を包み込む様式となっていた。


 首から上と肘から先、あとは脛の下半分を除く部位が、黒くきらめく織物でぐるぐると巻かれていく。和紙のように軽やかな素材であるため暑苦しいことはまったくなかったが、露出の具合は西や南の宴衣装に負けないぐらいつつましかった。

 最後には胸もとにふわりと掛けられた織物が背中に回されて、マントのように垂らされる。そして、織物の形を保持するために、あちこちが銀の装飾具で留められた。


 姿見で確認したところ、実に立派な様相だ。

 首から上を見なければ、それこそ貴族や王族を思わせるような風格であった。


「へー、やっぱ黒ずくめなんだなー。ま、アスタには似合ってるんじゃねーの?」


 そのように評するルド=ルウは、毎度お馴染み武官の白い礼服だ。その胸もとには、かつてポワディーノ王子から捧げられた黒い勲章が輝いていた。


「俺も、似合っているように思うぞ。アスタもかまど番のわりには、立派な体格をしているからな」


 同じく武官の礼服を纏ったガズの長兄も、笑顔でそんな風に言ってくれた。俺もこの三年ていどで六、七センチは背がのびているため、小さき氏族の狩人の平均値ぐらいには至っているのだ。ガズの長兄も、俺よりわずかに小柄であるようであった。


「あの、首飾りを胸もとに引っ張り出すのは控えるべきでしょうか?」


 俺がそのように問いかけると、小姓は困惑する様子もなく「少々お待ちください」と俺の咽喉もとに手をのばした。

 そうして胸もとに掛けられた織物の上に首飾りを引っ張り出したならば、首の周囲の生地を整える。それから一歩引いて俺の姿を検分した小姓は、にこりと微笑んだ。


「シムの作法は存じあげませんが、不備はないように思います」


「ありがとうございます。お手間をかけさせてしまって、すみません」


 俺としては、アイ=ファから贈られた首飾りをなるべく隠したくなかったのだ。本年の生誕の日に黄色い石の飾り物が追加されてから、そんな思いも倍増していた。


 俺が黄の月を生誕の日としたために、アイ=ファはこの飾り物を贈ってくれたのだ。

 最初に贈られたのは瞳の色に合わせた黒色で、シムの宴衣装も黒ずくめとなる。アイ=ファは俺が『黒き深淵』と称されることを嫌がる節があったので、この黄色い飾り物で多少なりとも緩和させたいところであった。


 そうして身支度を終えた俺たちは、控えの間に案内される。

 そちらには、語らいの場に出向いていた狩人たちも勢ぞろいしており――そしてその中から、ラウ=レイが俺のもとに駆けつけてきた。


「おお、アスタ! お前からも、なんとか言ってやってくれ! お前の言葉なら、こやつらも無下にはせんだろう!」


 そのようにわめくラウ=レイは、俺とおおよそ同じような姿をしている。ラウ=レイもまた、ヤミル=レイの運命共同体として新たな宴衣装を贈られたようであった。


「い、いきなりどうしたんだい? 何をそんなに興奮してるのさ?」


「これが興奮せずにいられるか! 俺とヤミルの婚儀がかかっているのだからな!」


 俺が困惑しながら周囲を見回すと、ジザ=ルウに視線でうながされたガズラン=ルティムがゆったりと声をあげた。


「実は今日、ジェノスを目指す西の王都の一団から使者が届けられたのです。西の王都から派遣された新たな外交官は、青の月の二十一日に到着するとのことでした」


 新たな外交官が、ついにジェノスに到着するのだ。

 俺は一気に背筋がのびるような心地であったが――しかし、ラウ=レイが興奮している理由は判然としなかった。


「だからその前に、女衆を供とする家長会議を片付けて、俺とヤミルの婚儀の祝宴を開きたい! しかし、こやつらが渋るのだ!」


「ああ、そういうことか。でも、今日はもう十六日だから……四日間しか猶予がないよね」


「はい。そして、レイの家長の婚儀であれば、ルウの血族をすべて集めることになります。まあ、祝宴は夜ですので、狩人の仕事に支障はありませんが……四日間で家長会議と婚儀を行うのはあまりに慌ただしいのではないかという声があげられているわけですね」


 その口ぶりからして、ガズラン=ルティム自身が反対しているわけではないらしい。

 そんな中、ジザ=ルウが満を持した様子で声をあげた。


「家長会議もレイの婚儀も、決して二の次にすることはできん。であればどちらも、入念に準備するべきであろう。まずはこの四日間で家長会議を開き、西の王都の一団をジェノスに迎えたのち、レイの婚儀を計画するべきであろうな」


「しかし! 以前に監査官というものがやってきたときは、半月以上も身動きが取れなかったではないか! ヤミルとの婚儀を、そんな先までのばせるものか!」


「あれはタルオンなる者が、悪しき策略を巡らせたためであろう。フェルメスが外交官としてやってきた際には、そのような騒ぎも生じなかったはずだ」


「しかしけっきょく歓迎の祝宴やら何やらで、時間を食っていたではないか! 俺はもう、明日にでも婚儀を挙げたいぐらいの心持ちであるのだ!」


 ラウ=レイが子供のように地団駄を踏むと、ゲオル=ザザが苦笑まじりに発言した。


「この場で何を騒ごうとも、すべてを決するのは族長であろうが? ダリ=サウティひとりでは、判断を下すこともままなるまい」


「うむ。そして俺が責任を持つのは、家長会議に関してのみだ。レイの婚儀に関しては、ドンダ=ルウの領分だな」


 ダリ=サウティも、苦笑をこらえているような面持ちで微笑んでいる。また、残る面々もおおよそ同じような面持ちであった。


「どうして誰も、俺に賛同してくれないのだ? 婚儀を挙げている人間なら、俺の心情もわかるはずだろう!」


「いや、さっぱりわからんな。想いが通じているならば、婚儀を待つ日々を楽しむのも一興ではないか」


 と、落ち武者のような頭を油できっちりとまとめられたラヴィッツの長兄が、にやにやと笑いながらそう言った。彼もすでに婚儀を挙げた身であり、ついでに言うならばひときわの子煩悩であるのだ。


「そこのモラ=ナハムなどは、一年以上も時期を待つことになったのだぞ。まあ、それは血族ならぬ相手を見初めたためだが、焦がれる想いに変わりはあるまい」


「俺はそれよりも昔から、ヤミルと婚儀を挙げると決めていたのだ! ようやくヤミルが心を固めてくれたのだから、もう一日だって余計に待てるものか!」


 そうしてラウ=レイは、ものすごい勢いで俺のほうを振り返ってきた。


「アスタも、そう思うであろう? アイ=ファとの婚儀を何年も辛抱しているアスタなら、誰よりも俺の気持ちをわかるはずだ!」


「ああ、うん。頼むから、アイ=ファのいる場所でそんな言葉を口にしないでおくれよ?」


 俺はほんのり熱くなった頬を撫で回しながら、ジザ=ルウのほうに向きなおった。


「それで、あの……やっぱりそんな短い期間で二つの大事な行事をこなすのは、難しい話なのでしょうか?」


「ふむ。アスタはラウ=レイに賛同するのであろうか?」


 ジザ=ルウは気分を害した様子もなく、ただ糸のように細い目で真っ直ぐに俺を見つめてくる。しかしそれだけで、俺をかしこませるには十分であった。


「まあ、心情としては賛同したいところです。新しい外交官がやってきて、何か揉め事が生じるとしたら……それはきっと間違いなく、俺が原因であるのでしょうからね。俺が原因でラウ=レイたちの婚儀が延期されてしまうのは、やっぱり申し訳ないです」


「なるほど。アスタは新たな外交官と揉め事が生じるものと想定しているのであろうか?」


「そうならなければいいと願っていますけれど、どうなるかはまったくわかりません。ティカトラスの見込みだと、新しい外交官はオーグのように厳格な御方であるようですし……そういう御方としっかり絆を深めるには、それなりの時間が必要になるかと思います」


「そうですね」と、ガズラン=ルティムもひさかたぶりに声をあげた。


「また、タルオンのように邪な思いを抱いている人間が、外交官のそばに控えていないとも限りません。もしもあのときのように不測の事態が生じるならば、我々も相応に慌ただしい日々を送ることになるでしょう」


「ふむ。それでガズラン=ルティムは、ラウ=レイの申し出に異を唱えなかったわけか」


「はい。危急の事態が生じたならば、ラウ=レイも重責を担うべきレイの家長という立場です。そのラウ=レイが婚儀のことで頭を悩ませていては、正しく力を振るうことも難しくなってしまうのではないか……という考えはありました」


 ガズラン=ルティムの言葉に、ラウ=レイは猛然と身を乗り出した。


「そうだそうだ! ヤミルと婚儀を挙げられなければ、俺は他のことに頭など回らんぞ! もしも以前の連中のようにモルガの山を荒らそうとしたら、思わず刀を抜いてしまうやもしれんな!」


「それは駄目だよ、ラウ=レイ。そんなことを理由にしてラウ=レイが暴れたりしたら、一番つらい思いをするのはヤミル=レイじゃないか」


 俺が思わず声をあげると、ラウ=レイは「ぬわー!」とわめきながら金褐色の頭をひっかき回す。そのさまを見守りながら、ガズラン=ルティムは眉を下げつつ微笑んだ。


「このようにラウ=レイがいっそう心を乱してしまうことを危惧して、私はアスタの到着を待っていたのです。ともあれ、アスタと見解が一致したことを嬉しく思います」


「なるほど。確かに二人の言葉を並べて聞かされると、一考の余地はあるように思えてきたぞ」


 どっしりとした大樹のごとき落ち着きを見せながら、ダリ=サウティがそう言った。


「ジザ=ルウはレイの婚儀を重んじるがゆえに、じっくり時間をかけて準備をするべきだと判じたのであろう。ただ俺たちは、万全の態勢で新たな外交官を迎えるべきであるのかもしれん。そのためには、レイの婚儀を先に済ませるというのもひとつの手立てであるやもしれんな」


「族長ダリ=サウティは、そのように考えるのか」


「うむ。何せ俺たちは、西の王都について何もわきまえていないのだからな。タルオンのような存在が他にいないとは限らんし、そもそも西の王が何を考えているのかも判然としない。かなう限りは、用心するべきであろうと思う」


 そう言って、ダリ=サウティは力強く微笑んだ。


「とはいえ、レイの婚儀について判断を下すのは、ドンダ=ルウだ。俺はあくまで族長のひとりとしてドンダ=ルウに進言するので、ラウ=レイもひとまずは心を落ち着かせるがいい」


「……ダリ=サウティは、俺に賛同してくれるのか?」


「うむ。まあどちらかといえば、ガズラン=ルティムとアスタに賛同する立場であるがな」


 すると、苦悶の形相であったラウ=レイが嘘のように顔を輝かせた。


「ドンダ=ルウは、決してダリ=サウティの言葉を軽んじることはないだろう! 感謝するぞ、ダリ=サウティ! それに、アスタもガズラン=ルティムもな!」


「まったく、子供のようなやつだな。それで本当に、俺よりも年長であるのか?」


 ゲオル=ザザがまた苦笑まじりの声をあげたが、ラウ=レイはかまわずにはしゃいでいる。

 そして、そんなタイミングで控えの間の扉がノックされた。


「失礼いたします。森辺のご婦人がたを――きゃあっ」


「おお、ヤミル! 今日も美しい姿だな! さすがティカトラスの準備した宴衣装だ!」


 ラウ=レイが猟犬のような勢いで駆けつけたものだから、案内役のシェイラは悲鳴まじりの声をあげた上で顔を赤くしてしまった。


「し、失礼いたしました。間もなく開会の刻限ですので、もう少々おくつろぎください」


 シェイラはそそくさと退室し、十五名の女衆が連れ立って入室してくる。いささかならず混乱気味であった室内の空気が、それで一気に塗り替えられたような心地であった。


 武官の礼服でおおよそ統一されている男衆に対して、女衆は色とりどりの装いだ。シム風の宴衣装、セルヴァ伝統の宴衣装、ジェノスで流行の宴衣装、ティカトラスが準備した豪奢な宴衣装と、様式もさまざまであり――そしてやっぱり俺の目は、アイ=ファに釘付けにされていた。


 アイ=ファとヤミル=レイのみが、新たなシムの宴衣装である。

 そちらもまた、以前のシム風の宴衣装とは異なる様式で、いっそう豪奢なデザインであった。


 以前のシム風の宴衣装は男女で対になるようなデザインであったが、今回はそれとも趣が異なっている。基本の様式に大きな隔たりはないものの、受ける印象がまったく異なるのだ。


 その理由の大部分は、織物の素材である。

 俺やラウ=レイは黒ずくめの姿であるが、アイ=ファとヤミル=レイは黒と半透明の半々であったのだ。どうやら女性用の宴衣装は、二種の織物を互い違いに巻きつける様式であるようであった。


 生地の面積そのものは、男性用と大きな違いはない。しかし、その半分が半透明の織物であるために、艶めかしい素肌が強調されているのだ。

 具体的には、右肩と右足と腹部の素肌が覗いている。以前の宴衣装はワンショルダーで大きなスリットが入っているため、やはり右肩と右足が露出していたものであるが、このたびはそこに腹部が追加された格好であった。


 それらの部位も半透明の織物で覆われているものの、玉虫色にきらめく生地はむしろ素肌の艶めかしさを強調している。

 また、肩や腹部を露出するのは森辺の宴衣装も同様であるが、ワンショルダーの形状であると胸もとの露出が増大してしまうのだ。このたびの衣装も右の胸もとが危ういぐらい露出しており、俺の心臓を騒がせてやまなかった。


 そして、綺麗にくしけずられた金褐色のロングヘアーは右半分だけが結いあげられて、左半分は自然に垂らされている。

 大きく開いた胸もとには、玉虫色の織物の下で俺の贈った飾り物がきらめいていた。

 何から何まで、流麗で美しい。それで俺が陶然としていると、いくぶん厳しい面持ちをしたアイ=ファがたおやかな足取りで接近して、俺の耳もとに唇を寄せてきた。


「いささかならず、空気が乱れているように感じられる。何か騒ぎでもあったのか?」


「ああ、うん。実は、新しい外交官が五日後に到着するらしいんだよ。それでラウ=レイがその前に婚儀を挙げたいって、騒いでたんだ」


「ああ、そういうことか。私もシェイラから、外交官のことは聞いていた。こちらも心して迎えるべきであろうな」


 そんな風に囁いてから、アイ=ファはすっと身を引いた。

 アイ=ファの甘い香りは遠ざかったが、またその麗しき姿が視界を覆いつくす。けっきょく俺は、心臓を騒がせるしかなかった。


「しかしまた、五日も前から気をもんでもしかたあるまい。今は目の前の祝宴に集中しなければな」


「う、うん。ラウ=レイも落ち着いたみたいだから、もう大丈夫だと思うよ」


「そうか」とひとつうなずいてから、アイ=ファは優しく目を細めた。


「このたびの宴衣装は、男女でずいぶん趣が違っているのだな」


「うん。そうみたいだな」


 アイ=ファの優しい眼差しの理由は、問い質すまでもない。以前のシム風の宴衣装は男性用も片方の肩が露出するデザインで、俺の古傷が衆目にさらされており、アイ=ファはたいそう心を痛めていたのだ。そしてアイ=ファは俺の胸もとに輝く首飾りに目をやると、いっそう幸せそうに青い瞳を輝かせたのだった。


「へー! アスタやラウ=レイは、そーゆー宴衣装だったんだねー! すっごく似合ってるよー!」


 と、リミ=ルウもちょこちょこと駆け寄ってくる。リミ=ルウは以前にリッティアから贈られた、ジェノスで一般的な宴衣装である。リミ=ルウもどんどん髪がのびているので、女の子らしい可愛らしさが倍増していた。


 アイ=ファとおおよそ同じ格好をしたヤミル=レイもたいそうな色香であり、子犬のようにまとわりつくラウ=レイに対してうるさそうに眉をひそめている。レイナ=ルウやスフィラ=ザザは和装のような宴衣装、ユン=スドラやサウティ分家の末妹はひときわ豪奢なドレスのごとき宴衣装、トゥール=ディンはリミ=ルウと同じ様式の宴衣装、モルン・ルティム=ドムやフェイ・ベイム=ナハムはセルヴァ伝統の宴衣装と、今回はとりわけ多岐にわたっていた。


 そして、真紅と半透明のマントを羽織ったジルベはえっへんとばかりに胸をそらしており、赤いリボンを蝶ネクタイのように揺らすサチはそのたてがみにうずまりながら大あくびをしている。ジルベの首もとには、ひときわ立派な二種の勲章が燦然と輝いていた。


「ああ、アイ=ファもさりげなく、勲章をさげてるんだな」


「うむ。それならば、武官の礼服というものを準備すればよいものをな」


 と、アイ=ファは気のない面持ちで左肩に輝く勲章を撫でさする。

 しかしその言葉には賛同できなかったので、俺は思いのままに微笑むばかりであった。


「それでは間もなく開会の刻限となりますため、会場にご案内いたします」


 女衆が腰を落ち着ける間もなく、案内役の小姓がやってきた。

 まあ今回に限っては、俺も腰を落ち着けていない。ラウ=レイの面倒を見ている間に、待ち時間が尽きた格好であった。


 三十名の森辺の民が、二列縦隊で回廊を突き進む。

 この時間にはいつも同胞の壮麗な姿に感じ入ることになるが、本日はその感慨もひとしおだ。それでもやっぱり俺の胸をひときわ揺さぶるのは、アイ=ファに他ならなかった。


「今日はファの面々が先頭であるそうだぞ」


 扉の前まで到着すると、ダリ=サウティがそんな声を投げかけてきた。今日は新たな食材の試食会という側面もあるため、取り仕切り役の俺が入場のトップバッターに任命されるようだ。


 そして、正式に依頼を受けたわけではないが、新しい食材で菓子を作りあげたトゥール=ディンが二番手として招集される。あとは、森辺の序列に従った順番であった。


「森辺の民、ファの家長アイ=ファ様、家人のアスタ様、同じくジルベ様、サチ様、ご入場です」


 小姓の澄みわたった声とともに、ファの家人たる四名は扉の内に招かれる。

 とたんに、それなり以上の熱気と歓声が押し寄せてきた。今日は市井の人々も会場の空気を一変させるほどの人数ではないはずなので、貴族の面々が昂揚している様子であった。


 それもやはり、森辺の民が城下町の祝宴に参ずるのがひさびさであるためなのであろうか。

 何にせよ、貴族の面々は熱情もあらわに俺たちを出迎えてくれた。そして、アイ=ファの美麗なる姿がいっそう人々の熱情をかきたてたようであった。


 大きなシャンデリアに灯された眩い輝きに、いずれも豪奢な宴衣装を纏った老若男女の貴族たち、拍手と歓声の向こう側にうっすらと聞こえる楽団の演奏の音色、クロッシュや蓋でも防ぎきれない宴料理の香り――何もかもがひと月半以上ぶりとなる、城下町の祝宴の様相だ。俺は何となく、懐かしい場所に帰ってきたような心地であった。


 アイ=ファは誰に誘導されるまでもなく、右手側の奥部へと歩を進めていく。

 やがて、その理由が判明した。そこには、貴族ならぬ面々――それも、宿場町から招待された顔馴染みの人々が居揃っていたのだ。


「よう、アスタにアイ=ファ。二人そろって、大層な格好だな」


 まずは、建築屋のメイトンが満面の笑みで出迎えてくれる。そのように語るメイトンも、ジャガル風の立派な装束であった。


「どうも、お疲れ様です。みなさんも、よくお似合いですよ」


「こっちはジャガルのお姫さんが大急ぎで準備してくださったんだとよ。こんな立派な装束に袖を通したのは、生まれて初めてだぜ」


 大きな飾りつきの襟が特徴的な、ジャガル風の宴衣装である。建築屋の四名もデルスもワッズも、みんな同じ様式の宴衣装であった。

 ちなみに建築屋はバランのおやっさんにアルダスにメイトンというお馴染みの三名に、まだ二十代の若い団員が加わっている。これはネルウィアからやってくるメンバーではなく、西の地を放浪するメンバーのひとりだ。責任者であるおやっさんとアルダスは最初から確定で、残り二名の枠は盤上遊戯の勝負で決定したのだという話であった。


「本当にアイ=ファは、大層な姿だなあ。見知った相手がこんなに色っぽくなっちまうのは、なんだかおかしな気分だよお」


 ひときわ大きな図体をしたワッズは、無邪気に笑いながらそう言った。色っぽいという言葉は褒めそやす範疇に入るのか否か、とりあえずアイ=ファはすました顔で聞き流していた。


「それにしても、そちらが最初から行動をともにしているとは思わなかったぞ」


 と、アイ=ファは南の面々のかたわらへと視線を転じる。そこにひっそりと控えていたのは、ラダジッドと最年少の団員であった。


「はい。我々、友、ありませんが、忌避する理由、ありませんので、言葉、交わしていました」


 ラダジッドが落ち着いた声で応じると、おやっさんは「ふん」と鼻を鳴らした。


「こちらは他に、見知った相手も見当たらなかったのでな。鉄具屋の娘や城下町の料理人たちは、挨拶回りが忙しいようだ」


「そうか。我々にとってはどちらも大切な友であるので、喜ばしく思うぞ」


 そうしてアイ=ファが穏やかに目を細めると、最年少の団員がもじもじとした。


「あの、私、森辺の禁忌、わきまえています。ですが、東の言葉、意味、伝わらないので、賞賛、許されますか?」


 アイ=ファはうろんげに小首を傾げ、ラダジッドは無表情のまま溜息をついた。


「気持ち、理解、できますが、やはり、つつしむべきでしょう。内心、留めるべき、思います」


「承知です。困難、ですが、努めます」


 宿場町を根城にする面々は、アイ=ファの城下町における宴衣装の姿を見る機会もそうそうないのだ。おやっさんとアルダス、デルスとワッズの四名だけが、その貴重な機会に見舞われたこともあったが、それももはや一年以上も昔日の話であった。


 そうこうしている間に、森辺の同胞が続々と寄り集まってくる。そうすると、メイトンたちがいっそうはしゃいだ声をあげて、ますます賑やかになってきた。


「おお、ラウ=レイたちも、アスタたちと同じ格好なんだな。お前さんがたも、あのティカトラスって貴族様に気に入られてるって話だったっけ?」


「うむ! 俺やアスタなどは、もののついでだな! しかし、ヤミルの美しい姿を目にできれば、俺は満足だ!」


 ラウ=レイは、すっかりご機嫌が回復した様子である。

 そして、おやっさんはユン=スドラの姿に「ほう」と目を丸くした。


「お前さんも、見違えたな。それこそ、西の姫君のようではないか」


「い、いえ。わたしも何故だか、ティカトラスに宴衣装を贈られてしまって……」


 と、ユン=スドラは気恥ずかしそうに身をよじる。ユン=スドラが纏っているのは、かつてアイ=ファが肖像画を描かれたときに纏った宴衣装と同じ様式の色違いであるのだ。淡い灰色の生地に銀色の刺繍が施された宴衣装は壮麗きわまりなかったし、大きく開いた襟ぐりが目の毒であった。


 しかし、和装めいたレイナ=ルやスフィラ=ザザウの宴衣装もそれに負けない壮麗さであるし、それ以外の女衆もそれぞれ華やかだ。一年前にはここまで宴衣装も充実していなかったので、おやっさんたちが驚嘆するのも当然の話であった。


 そんな中、シュミラル=リリンはラダジッドたちと合流して、とても嬉しそうな笑顔を見せている。シュミラル=リリンもまた武官の白い礼服の姿であるため、ラダジッドたちはその勇壮なる様相に驚いている様子である。


 そうして俺たちは大広間の一画でひときわの熱気をかもし出しながら、高名なる貴族たちの入場を待ちかまえることになったのだった。

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「和装めいたレイナ=ルやスフィラ=ザザウの宴衣装も」 “ウ”が迷子になってるw
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